番組構成師 [ izumatsu ] の部屋


フセイン元大統領があっさり処刑された。死刑という判決が出されてからわずか四日。あまりの素早さに驚くばかり。その、あまりの早さとあっさりさに、絞首刑に処せられたのは“影武者”じゃなかろうかと思ったり。

処刑、早すぎ。

裁判に関する情報はほとんど流されず、フセインさんが何をやったのかということもほとんど明らかにされなかった。いやいや、なんにもわからないままにフセインさんの口はふさがれたって感じかな。

古い体制が復活することはもうあり得ないということを明確にするため、それだけのためにフセインさんは処刑されたような気がする。彼の口から発せられる虚々実々の情報に戦々恐々とする人々がたくさんいることだろう。そんな人たちはこの処刑でほっと胸をなで下ろしただろう。

アメリカ主導の法廷でフセインさんは裁かれ、世を去った。素早い処刑はブッシュさんの指示があったとフセインさんの弁護団は語っているという。

そうだろうな。

イラクという国で、フセインさんが独裁政権を築き上げることができたのはなぜなのか? その後押しをしたのはアメリカという超大国だったはず。言うことを聞かなくなった傀儡には“死”しかないということをフセインさんの処刑は明らかにしたということなのかな。

彼を葬り去ることで表に現れることのなくなった真実がどれほどあることか。

イラクにミサイルを撃ち込み、あまたの市民を死に至らしめた大義名分の“大量破壊兵器”はどこにあるのだろう。「実は、ありませんでした」というレポートもまとめられたけど、でっち上げ情報を元に主権国家への侵攻を命じたブッシュさんが国際法廷で裁かれることは、未来永劫、ないだろう。

結局、力あるものが正しことになっちゃうのね・・・なんて、諦めはしないからね。


元楽天住人のnonkeyさんのブログで、懐かしいビデオを見せてもらった。

『 We Are The World 』。作られたのが1985年だから、もう20年以上前になる。


  → nonkeyさんブログ 「 Paradise City 」 2006.9.23 “KING OF POP”


クィンシー・ジョーンズ指揮のもと、次々と自己のパートを歌いつなぐミュージシャンたち。マイケル・ジャクソンとライオネル・リッチーによる詞と曲はとても分かりやすいし、耳になじむ。とてもいい歌だ。

nonkeyさんが書かれているようにメイキング・ビデオもあって、こちらでは声が大きすぎてマイクから離れるように指摘され、ちょっと不満げなヒューイ・ルイスや、身につけているたくさんのアクセサリーがノイズの元になるというのではずしているとこんがらがってしまって笑い出すシンディ・ローパーなど、楽しいシーンを見ることができる。

ベラボーに多い参加ミュージシャンたちは、上記5人を除いて下記の通り。

  * ダン・エイクロイド
  * ハリー・ベラフォンテ
  * リンジィ・バッキンガム
  * キム・カーンズ
  * レイ・チャールズ
  * ボブ・ディラン
  * シーラ・E
  * ボブ・ゲルドフ
  * ダリル・ホール&ジョン・オーツ
  * ジェームス・イングラム
  * ジャッキー・ジャクソン
  * ラトーヤ・ジャクソン
  * マーロン・ジャクソン
  * ランディ・ジャクソン
  * ティト・ジャクソン
  * アル・ジャロウ
  * ウェイロン・ジェニングス
  * ビリー・ジョエル
  * ケニー・ロギンス
  * ベット・ミドラー
  * ウィリー・ネルソン
  * ジェフリー・オズボーン
  * スティーブ・ペリー(ジャーニー)
  * ザ・ポインター・シスターズ
  * スモーキー・ロビンソン
  * ケニー・ロジャース
  * ダイアナ・ロス
  * ポール・サイモン
  * ブルース・スプリングスティーン
  * ティナ・ターナー
  * ディオンヌ・ワーウィック
  * スティーヴィー・ワンダー
         ※ フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より転載。


レイ・チャールズのように亡くなったミュージシャンもいるが、20年以上を経た今も第一線で活躍している人たちが多いのに驚く。大したもんだよね、皆さん。


ビデオを見始めてしばらくは「お~、懐かしかぁ」と思って見ていた。誰の次に誰が歌うのか、結構きちんと覚えていて、やっぱり相当印象が強かったんだなぁと改めて思ったり。

でも、だんだん切なくなってきて、モニターに背を向けた。forever young な曲を聞いたときより泣けてきそうになっちまった。


『 We Are The World 』は、アフリカの貧困層を解消する目的で行われたプロジェクト。オトナのいさかいで病気や飢餓にあえぐ子どもたちを救おうとミュージシャンたちが集まってこの曲を作り、ぼくらはこの曲を買うことで子どもたちを救うという行動にいくばくなりとも参加した気持ちになれた。

でも、この20年あまりで、なにかが変わったんだろうか?

戦火の火種は絶えない。火のあるところにもないところにも火をつけるかのごときアメリカは、闘うことに世界の盟主の道を見いだして久しい。日本は追随することに喜々とし、その国民はよりタカ派の人間をリーダーに仰ぐことを良しとした。

沖縄では、新たな基地建設に反対する人々のリーダーが公務執行妨害で逮捕された。反対「行動」は「事件」とされた。長い間、反対闘争を遠巻きに見ていた警察がついに乗り込んだ。権力がその力を現場へ持ち込み始めた。

これからどうなるのか? 安保闘争や成田闘争のときのように、権力は力で人々の主張をねじ伏せるのか? 権力側は経験で学んできたことの上に行動するから、同じ轍は踏まないだろう。『美しい国 日本』なる旅行代理店的なキャッチフレーズでぼくらの歓心を買いながら、舵を大きく切っていくだろう。戦争ができる国へと。

暗然とするね。


今、仕事の関係で『アンネの日記』を読んでいる。中学のころ以来かなぁ。内容はすっかり忘れていたけど、アンネはこんなことを書いていた。

「なぜ人間は、ますます大きな飛行機、ますます大型の爆弾をいっぽうでつくりだしておきながら、いっぽうでは、復興のためのプレハブ住宅をつくったりするのでしょう? いったいどうして、毎日何百万という戦費を費やしながら、そのいっぽうでは、医療施設とか、芸術家とか、貧しい人たちとかのために使うお金がぜんぜんない、などということが起こりうるのでしょう? 世界のどこかでは、食べ物がありあまって、腐らせているところさえあるというのに、どうしていっぽうには、飢え死にしなくちゃならない人たちがいるのでしょう?」

ナチスによるユダヤ人狩りにおびえながら隠れ家で暮らす14歳の少女の投げかけた疑問。60年以上経った今、その回答の一端も見いだせてはいない。

「わたしは思うのですが、戦争の責任は、偉い人たちや政治家、資本家だけにあるのではありません。そうですとも、責任は名もない一般の人たちにもあるのです。そうでなかったら、世界じゅうの人々はもうとうに立ちあがって、革命を起こしていたでしょうから」

革命を起こさなきゃね、せめて心の中に。




新聞の一面に、大きな見出し。琉球新報 8月24日朝刊。

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沖縄県名護市の辺野古崎に建設が予定されている普天間飛行場の代替施設(回りくどい言い方だなぁ。「日米政府ごり押し決定の辺野古崎基地」じゃダメ?)の滑走路が1800メートルの長さになったことについて、沖縄に在駐する米軍海兵隊基地司令官はこう述べた。

「有事の際にC130(輸送機)や、MV22オスプレイを使うのに必要な滑走路の長さだ」


   琉球新報の記事はこちら→ 琉球新報 2006.8.24付記事


記事にはこんな見出しもついた。


      060824見だし02 ← いつものことだけどね。


いつもこうなのだ。「そんなことはない」と日本政府は言い、アメリカ側が事実の一端をちょろと述べる。それに対して日本政府は「そんなこともあったかも」と言い出し、いつの間にやらなし崩し的に既成の事実となっていく。

たとえば・・・・・、
沖縄返還の際、密約があったことは、公開されたアメリカの公文書で明白だ。しかし、その事実が「公文書」という形で明らかになったとき、時の官房長官・福田康夫氏は、

「密約はない。ないんです」

と、記者諸氏の前で言い切った。なんとも信じられない嘘八百。
これは、アメリカ側から出た証拠を見せつけられても「ナイ」と強弁した例だけど、「ありました」と認めると日本政府はよほど困るのだろう。沖縄返還当時、外務省のアメリカ局長だった吉野文六氏も「密約はあったよ」と言っているのに。

自分たちの前でおおっぴらされた日本政府の嘘八百を追求しなかった記者諸氏も情けないし、その嘘の奥にあるモノを明らかにしようとしないマスコミの及び腰も治療不可という感じだけど、もっとアブナイのはそんな事実が留まらずに通り過ぎていくぼくたち国民の脳みそだ。


考案した額賀さんが自画自賛したというV字型の滑走路を備えた普天間基地の代替施設。それを使用するのはヘリコプターと空中給油機だけと日本政府は言っていた。そんなこと、どうして信用できようか。

米軍の基地司令官は、有事の際に必要十分の機能を持つと言っているし、「有事」か否かは米軍の判断だろうから、アメリカがまた世界のどこかで戦火を起こせば毎日、24時間が「有事」となって、V字型の滑走路は米軍が自由自在に使用することになるのだろう。

普天間飛行場の移設により、緊急時の滑走路使用は宮崎の新田原と福岡の築城にある自衛隊基地へと移転するという説明を日本政府はしている。辺野古崎のV字型滑走路を「有事」に活用するつもりが米軍にあるからといって、新田原と築城がその難を逃れたわけでもなんでもない。いざというとき、使用に耐える基地があればあるほどいいだろうしね。


「V字滑走路は、有事も想定」

沖縄の新聞の一面を飾ったこの情報、全国紙に載ってたのかなぁ。掲載されてなかったのか、ぼくが見落としたのか。見落としたとしたら、ぼくの脳みそもかなりヤバイかも。



あきれ果てて言葉もないという感じだけど、地元の人たちはたまらないだろう。

「“新”辺野古崎案」。

新辺野古崎基地図<朝日新聞 2006.4.9 より>


ヘリや航空機が頭上を飛ばないようにという地元の要請に応えて、滑走路を2本、V字型に造るという。それを使い分けることで着陸時と離陸時に飛行ルートを変え、人々が暮らす家々の上を飛ぶことを避けるとか。

誰が考え出したのやら、こんな姑息な変更を。

辺野古への移転って、普天間飛行場のヘリ基地としての機能を移すということでしょ? ヘリポートとして使うのに、どうして滑走路が必要なの?

ガキんちょのような疑問がずっと解けないまま、滑走路が2本に。その上、政府が最初に提示した「辺野古崎案」よりも基地のサイズ自体が大きくなっているではないの。「2本の滑走路を造るため」というのが言い訳だろうから、「なんで?」とは聞きたくないけど、やっぱりその理由は明快にしなきゃダメだろう。

このV字型の滑走路、「アメリカ側に提示して了承を得たので地元へ提示した」んだそうで。逆だろ、順序が? 迷惑をこうむる方の言い分をよく聞き、熟考したうえで、計画を練るのがあたりまえなんじゃないの?

基地をめぐる一連の出来事を見ていると、自分の常識の方がおかしいのかと思えてしまう。

多くの人は「人を殺すための基地はいらない」と言っているのだ。沖縄のどこに造るかとか、ヘリやジェットがどう飛ぶかとか。それは俎上にのぼる問題じゃないはずなのだ。地元行政と数時間の会議で「合意しました」。それで済ませられるはずがない。

2本造られるという滑走路。そこから人々を殺戮するための航空機が飛び立たないという保証などない。軍事基地なのだから。埋め立てられることになる大浦湾側は水深が深いそうだから、軍事的に疑い深い方々がお好きな「有事」には軍港ともなりかねないし、それを見越しているからこそ、この基地はこんな形をしているのだろう。


辺野古に住むお年寄りたちを中心に、本土から駆けつけた若者たちをまじえ、港に座り込むこと8年、国がだまし討ち的にボーリング調査を始めようとしてからの2年間は海の上に座り込み、今では「旧」の文字が付く「辺野古案」を阻止した反対派の人たち。

あの人たちは、今、どんな状態にいるのだろう?
基地は陸続きとなってしまった。


「基地建設“反対”ではない、あくまで“阻止”だ」

暴力をふるうことなく、黙々と、しかし絶え間なく動きながら、その言葉を現実のものとした人たち。「辺野古案」を廃案に持ち込んだのだ。それは、絶対的な勝利。でも、その向こうにこんな姑息な計画が待っていた。

自分たちの国、自分たちがその存在の基盤であるはずの国の、なんと情けなくもあきれ果てた詭弁だろうか。

政府と名護市との「合意事項」の中にはある「事業の実行可能性に留意する」という文言。もう邪魔はさせないぞという宣戦布告なのか。

それでも、「阻止」を目指して座り込むに違いない。
「人を殺すための基地はいらない」のだから。


しかし、朝日新聞8日付け朝刊一面「解説」の最後の一文には落胆した。

「政府が考えなければならないのは、封じ込めより、
不満を解消し、反対を解きほぐすことではないか」

沖縄の基地問題の、いつの時点を見れば、こんな言葉が書けるのだろう。
地図を無断借用して申し訳ないけど、感覚が「大新聞」だわ、やっぱ。



普天間飛行場の代替基地建設に揺れる沖縄県名護市辺野古。

「辺野古沖案」が地元のお年寄りたちを中心とした10年間の座り込み、さらには600日間に及ぶ海上での阻止行動で頓挫したかと思ったら、「辺野古崎案」なるものが待ってましたとばかりにあらわれた。

代替基地とは言うが、実は1966年にアメリカ海軍が計画していた軍事基地とうり二つ。アメリカは40年前に青写真を描いていた基地をまんまと手に入れようとしている。それも日本の予算、つまりぼくらの税金で。

アメリカ側の言い分としては、

「代替基地をめぐるごたごたは日本国内の問題で、その結果がどうなろうと、どこに基地が造られようと、それは日本が決めること」

ってことだろう。うまい言い分だ。

日本側がごたごたを起こしてくれたおかげで、本当に欲しかった「軍港&滑走路付き軍事基地」を手に入れることができる。濡れ手で粟ってところだ。

「辺野古崎案」」が浮上したとき、辺野古沖案に反対し、建設工事を体を張って阻止し続けてきた人たちの心に浮かんだものはなんだろう。

新たな基地建設は阻止した。それは明らかな勝利。

しかし、彼らを待っていたのは、海岸に隣接し、サンゴをはじめ豊かな自然あふれる大浦湾を埋め立てる「辺野古崎案」。たまらんだろうな、この仕打ち。





自民党の山崎さんは、地元の理解が得られたら、小泉首相と沖縄の稲嶺知事との「トップ会談」で事の収拾をはかりたいと言う。

「地元の理解」って、なんですか?

辺野古で座り込んでいる人たちは言う。「地元にはまったく相談もなにもない」と。その地で生活し、生きているひとが「地元」。沖縄県知事が「地元」じゃないのだ。彼の言葉をして、「地元民の意見」とするわけにはいかないだろう。

なんて思ってたら、名護市の助役が、

「辺野古崎案と、辺野古沖合案との間の位置まで設置場所を移動すれば、政府と話し合う用意がある」

と、市議会で発言したという。

なにを考えてんだろねぇ、この方は。「じゃ、中をとって、このあたりでどうでしょ?」といって妥協し、シャンシャン手を拍って締めるってな問題じゃないだろ、軍事基地をつくるってことは。

軍事基地って、武装したジェットやヘリが飛び立つんでっせ、生きてる人をターゲットに。人の命を奪う以外にその使用目的はないんだよ。「安全保障」なんて、外交の努力不足の隠れ蓑に過ぎない。

新たな基地は軍港も併設するかもしれない。核ミサイルを搭載した潜水艦が係留されるかもしれないんですぞ。核ミサイルって、人が生活する街を壊滅させる以外に使い道はないんだよ。

そんな人殺し基地から落ちる金を使って、我が町を作り、子どもを育てようというのかね? 

なにがなんでも、「辺野古ありき」で押し通すつもりなんだろうか。

辺野古で基地建設阻止を貫いている人たちはもちろん、沖縄の人たちの多くは「新たな基地ができること」自体に「NO!」と言っているのだ。その動きを直視せず、地図上でちょこちょこと位置をずらして日米両政府にいい顔をしようとする輩が地元の議会にまだいるとは、市民にとって不幸この上ない。


景気が上向きや、満額回答も大切なこと。
同じように、戦争への道を着々と固めつつある日本という自分の国の行く末に目を向けることも大切だ。