番組構成師 [ izumatsu ] の部屋


中学、高校時代の友人たちとひさびさに飲む。2年半ぶりくらいかな。

ひとりは北の方へ居を移したのでなかなか会えない。でも、同じ県内に住んでいるヤツでもそれぞれの生活を過ごしていると、こちらもなかなか会う機会がない。

まぁ、飲みながら話すことは別段目新しいことがあるわけではない。確かに話の素材は“今”のことが多いけれど、語り合うリズムやテンションは数十年前とあまり変わらないね。体型は大きく変わったけどね。

まだまだ明るい6時くらいから飲み始め、なんとなく眠りに入ったのは2時頃かな。

男3人で川の字になって寝ているのを第三者の目で見るとさぞかし不気味だろうけど、3畳や4畳半の下宿を思い出してちょっと嬉しい。

次に会うときは、もう少し顔ぶれを増やしたいもんだな。


しかし、あの頃よりイビキがでっかくなったのは、オヤジになった証かね?



少し遅れたけど、成人式の日の想い出。


学生時代、吉祥寺の喫茶店で友人と二人、時間をつぶしていた。

吉祥寺の街は妙に着飾った女の子たちがぞろりと歩いていて、どうしたんだろ、何かあるのかなぁ…なんて話していた。

隣の席に座った素朴な、小ぎれいな身なりのカップルが嬉しげに、

「ぼくらも今日から大人だね」


そうそう、成人式じゃん!!

あら、オレらもそうじゃん!!


全然、気づかなかったね。ハタチだなんて、ね。

住民票を移していなかったから、行政が開く成人式の案内なぞは届かなかったし、たとえ届いていても、帰省して出席するほどの粋人でもない。

それより何より、ずっと思っていたのだけど、どうして大人が段取りをした式に着飾って出席する気になるのだろう?

親としてはハタチまでよく育ってくれたという感慨があるだろうから、出来る限りのことはして祝ってやりたいという思いはわからないでもない。

でも、ハタチになった当の本人はどうなのかね?

大人から「大人の仲間入り、おめでとう」なんて言われて、気持ち悪くないのかね?

姿形や髪の色のわりには従順なんだね、結構ね。

今年もメディアに載ってその姿がたんと流されていた。

「自分の行動に責任が持てる大人になりたいです!」

なんて、晴れ着の女の子が答える姿がどの局でも見られたね。

まぁ、ああいう街頭インタビューで、

「年とって錆びつくくらいなら、このまんま燃え尽きたいわい!」

なんてコメントしたりしても、それをテレビ局が選ぶわけはないわけで。

ことほどさように、祝う側も報道する側も段取りさえもが出来上がっている。そんなひな壇に並びたくはないと思ってたね。


若いそのころ。

大人の言う「大人の仲間入り、おめでとう」なんて言葉、気持ち悪くて気持ち悪くて仕方なかった。

それは、今もそう。

だから、嬉々として集合写真に収まるハタチの思いがいまだにわからない。

クラス会を兼ねて? なら、自分たちで会を開きなよ。



オレらも成人なんだな…。

そう気づいた夜だったと思う。

一緒にそう気づいた友だちと、吉祥寺のビルの地下にあるジャズ喫茶で飲んだ。

流れている音楽のせいもあったのか、口数少なく、ちょいとブルーな感じで飲んだね。

ふと、壁のお品書きに「哀愁雑炊」という文字を見つけた。

哀愁雑炊? なんなの、それ?

よくよく見ると「京風雑炊」だった。

笑えた。

この話、ここに一度書いたな。


その夜はどうしたんだっけなぁ? 井の頭公園を抜けて、友だちの下宿に泊めてもらったのかしらん。



今でもときどき思うんだ。

“京風”が、なぜ“哀愁”に見えたんだろうって。





懐かしいヤツから同窓会の通知が舞い込んだ。

メールをくれるなんて、卒業以来初めてじゃん。

同窓会は、「12月30日に東京で」。

あらら、急だね。

12月の30、31日って晦日大晦日、帰省のピーク時だから上京できたとしても翌日に戻るすべがない。

でも、同じ時間を過ごしたヤツらには会いたいね。ぼくが都落ちをしたこともあって、卒業以来、一度も会ったことのない連中ばかりだし。


通知の中に「同窓の野田さんが総理のうちに同窓会を開こうということで」との文字が。

ん? 野田さん?? 同じクラスにその名はなかったような・・・。

あぁ、首相を務めているあの野田さんかぁ!

そうか、時の総理は同窓生なのね。

同じ年代だねとは思っていたけれど同窓だとは、この通知が届くまで気がつかなかった。

でも、面識があるわけじゃないし、学生時代は知らぬ同士だし、今はこちらが一方的に知っているだけなので、同窓会に集まるモチベーションが「総理のうちに」というのもしっくり来ないけどな。


時の総理に会ったとしたなら・・・、

「現時点で原発の事故収束はないでしょう」

「八ッ場ダムの建設再開とのことだけど、マニフェストって一体何だったの?」

「沖縄の人たちに与えた取り返しのつかない失望はどう収束するつもりなの? あ、期待はずれの幻滅だけを残してあっさり姿を消した宇宙人のあの方は、今、何してるんでしょ?」

なんてことを尋ねないといられないし、そんなことを尋ねると同窓会の和気あいあいの雰囲気も雲散霧消してしまうだろうしね。


同じクラスだったヤツに「出る?」って聞いたら、

>野田さんが総理のうちと言われてもね。

だと。

んだよね。

共に過ごした時間だけに浸れないもんな。

でも、懐かしい顔は見たいよ。


驚いたのは、通知の中の「同窓でも10名ほどが既に他界されているそうです」という一文。

多いな。

今年の夏、同じクラスの友人が世を去った。

彼が10年間ほど患っていたのは知っていたけれど、ぼくらと同じ世の住人ではなくなる時がこんなに早く訪れるとは思わなかったから、やっぱりショックだった。

しばし呆然…かな。

同じように世を去った同窓生が10人ほどにのぼるとはなぁ・・・。

同じ学部学科の同窓生は320人前後だったそう。その内、鬼籍に入ったのが既に10人を超えるほどもいるなんてね。

次がぼくではないというお墨付きなんぞはナイわけで。

そろそろ人生をまとめどきなのかな。


しかし、懐かしい顔が集まるのは誰かが世を去ったときばかりだなんてのはイヤだ。

そいつの思い出話をしながら酒を飲むばかりなんてのはイヤだ。


懐かしい顔を拝むための「再会行脚」にでも出かけようか。

それって、かなり大事なことのような気がする。

仕事も確かに大切だけどね。





学生時代の友人が亡くなったとの知らせ。

驚いた。

病気だと知ってはいたけど、あまりに早い。

中学時代、同級生が病気で世を去ったことはあったけれど、同じ時間を過ごしたヤツが逝ったのは初めてだ。


笑顔が優しいサラリとしたヤツで、大きな声を上げることもめったにない。いつもニコニコしている印象だ。

授業に来る前、下宿のある駅で尻押しのバイトをこなしてた。あの頃の電車は軒並みすし詰め、酷電だったからなぁ。

「女の人だと押すところも気をつかうし、けっこう疲れるんだよ」

ニコニコしながら言ってたな。


他のヤツらと一緒に、海のある街に住む友人宅へ遊びにも行った。男だけの、色気のない旅だったね。


病を得て、歩けなくなっても、「車いすになっちゃったよ」なんて、サラリと言っていたそうな。


病気だとは知っていた。

でも、なにもしなかったね。噂を聞いていただけだった。


卒業以来、一度も会わないままだったかな?

会えるときに、ムリしてでも会わないとダメなんだ。


合掌。





「オープンカー、買ったとばい!」

北に住む友人からメールをもらった。

これまで長年乗っていた車がどうやらダメになったというメールをもらってからそんなに時間はたってないのだけど、いきなり何を勘違いしたやら・・・、

いや、待て待て・・・。

「今度はオープンカーにしようかな!」という言葉を別の友人から聞いたのを思い出した。

こちらは南の島に住む、やはり同い年。

オープンカーか、あり得るな・・・。

50年以上生きて来て、会社勤めが30年近くにもなってくると(片方は早めに切り上げたけど)、短く刈った髪を風になびかせて走りたいという同じような思いになるのかも。

南の島の友人は「真っ赤なオープンカー!」と言っていたけど、北の友人が入手したオープンカーは写真で見る限り濃い紫色という感じでちょっとホッとした。

きのう、納車で、きょう、初乗りだったのかな。

風を切っていい気持ちで走っていたら雨がザッと来てホロをあげるのが間に合わなかったとか、ガソリンスタンドで給油口の開け方が分からずにオロオロしたとか、ハンドルを握ったその日に早くも面白い走りをしているようだ。

オープンカーか、乗ってみたいね。