番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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32年ぶりの邂逅も無事に終了。

翌日、茨城と福島の県境に近い集落へ、中学時代の友人を訪ねる。

会社を少し早めにリタイアした彼は、田舎暮らしがしたいと縁もゆかりもないこの地に奥さんと二人で移り住んだ。

築100年ほどの農家を借りてるが、あの大震災のときはアップライトピアノが踊り出すほどに揺れ、瓦や風呂の壁は落ち、とっても怖い思いをしたそうで、しばらくは庭にテントを張って生活していたとか。


夜は近くの居酒屋で奥さん共々呑みつつ話し、家に戻ってオリンピックを眺めつつ話し、そのまま布団にごろり。

目が覚めたときには、奥さんはすでにご出勤。

見送りもせずにすみません。


朝食は、飼っているニワトリが産んだ卵で、友人が目玉焼きを作ってくれた。

これも自家製のトマトが添えてある。

うまいね。


周囲は田んぼに囲まれて、夜は窓を開け放ち、網戸ごしに入る涼しい空気が心地よかった。

おじゃましました。

次はいつ会えるかな。



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クラス会の会場は東京駅と有楽町駅の間、元都庁の跡地に建てられた東京国際フォーラムという、壮麗な建物の中。

ここに学生時代の友人が支配人を務めるビアレストランがある。

しかし、立派で広い建物だね~。東京駅から徒歩5分と書いてあったので歩いて来たけど、駅地下の蟻の巣のような通路でまず迷い、フォーラムに入ってからまた迷い、開始時間ギリギリに滑り込みセーフ。

仲の良かったヤツが幹事係で、ぼくの顔を見るなり「はい、会費5000円」と手をつき出す。

おいおい、32年ぶりの感慨は後回しかよ。


集まったのは11人。頭やお腹がしっかり中年になったオヤジたち、名刺交換から始まるのがなんとなく滑稽。会話のきっかけが必要だし、やっぱり所属は大切だもんね。

だれが、どんなところに就職したのかさっぱり知らなかったぼくは、おかげでみんなのこしかたがおぼろ気ながら見えた。

卒業してもうかなりな年月がたつので、中には転職を6回も7回も繰り返したヤツもいれば、この7月(つまりは今月)独立して自分のコンサルタント事務所を開いたヤツもいる。

いろいろだね。

そんな中、ぼくは自分の仕事内容を伝えるのにひと苦労。番組の構成係って認知度が低いな、ほんと。

次に全国放送がある際には「見てね」メールを出さねばね。

しかし、26時とか27時とか、「それ、何時?」っていう時間ばかりだからなぁ。見てって言いづらい時間帯なのがネックだな。


みんなでかくなったり、薄くなったり、シワシワになったり。

顔と名前が一致しないヤツもちらほら。ぼくらは第二外国語でクラス分けされていて、ぼくらスペイン語かを選んだのは人数が少なく、政治学科と経済学科、二つの学科が混じった55人のクラスだった。

やっぱり選択科目の関係もあって、同じ学科のヤツの方が馴染みが多いね。


見かけはそれぞれ年相応だけど、話すと中身は昔のまんま。

まぁ、それぞれに山も谷もあるんだろうけど、そんな話をしても楽しくないもんね。

みんなの記憶をジグソーパズルのように組み合わせていくと、当時の光景がクリアに見えて来るのが昔馴染みのヤツらと話す時の楽しみだ。

思い返すとバカな学生時代だったね。だから、楽しいんだけど。


出席者はほぼ全員、東京はじめ関東在住。九州くんだりからやって来たのはぼくだけ。だからそれだけは喝采を受けた。

いやいや、フライトはタダだから…。


次はもっと人数を増やして、来年の正月にやろう!と、盛り上がる。

それまでに、マイル、貯まるかなぁ。



今日は、花の東京。いい天気だ。

八重洲南口行きのリムジンバスはガラガラ。

窓からは西に傾いた陽射しがジリジリ。東京も暑いね。

走りはノロノロ。無線で道路情報が着々入る。

「首都高、大井の事故は片付きましたので通れます」

片付いちゃったのか…事故が多いんだろうね。

今回は大学時代のクラス会。こっちに住むヤツらを中心に、集まるのは12、3人。九州くんだりから出席するのは、ぼくくらいかなぁ。

世を去る同年輩がポロリポリと出始めた。

今のうちに会っておかないとアカンかな…。

なんて思ったのが、東京へ向かった理由だね。マイルが貯まってて、往復タダっていうのも大きいけどね。

出席予定のメンバーを見ると、卒業以来、一度も会ってないヤツばかり。ぼくらの頃は4年生ギリギリまで就職活動をしていたし、卒業式は父兄の出席者が多過ぎて卒業生であるぼくらが会場からはみ出るというヘンテコなことがあったから、クラスのヤツらの顔を最後に見たのは卒業前年の冬かもしれない。

メールで届いた案内状によると、32年ぶりの再会だって。

全然そんな気はしないんだけど…時がたつのは速いな、ほんと。

みんなオヤジになってるだろな。

気づかないけど、もちろんぼくもね。






きょうはアメリカ合衆国の独立記念日。

「7月4日に生まれて」という映画があったけど、この日に生まれた友人・知人が何人かいるなぁ。

そのうちのひとりは、会社を早めに退職し、農業したり新たな役割を求めたりするために北の方へと居を移した。

家は売り払う予定だったはずだけど、なかなか景気が上向かないこの世の中、まだ買い手はつかないらしい。でも、本人も奥さんも仕事を持ってるし、ゆったり広い農地に家がちらほらという穏やかな空間に楽しく住んでいる。

そうそう、近くの小川には鮭が遡上するそうだ。

そんなところに起こったあの大震災。震源から離れてはいるけれど、それでもアップライトピアノが踊り、瓦の一部が落ち、浴室の壁がはがれるほどの揺れだったそう。

今でも地面の揺れを感じない日はないとか。怖いね。

でも、放射能の方がより怖い。風向きによっては彼の家の方まで流れてくる可能性も無くは無し。

安心な生活って大切だよね。



ぼくが学校を卒業し、某企業に就職したとき、前の机に座っていたひとつ先輩もきょうが誕生日。

仕事は良くできるけれど、だだっ子みたいなところがある人で、でもそれがかわいがられるゆえんでもあり、上司や先輩たちはそばを通るたびに、「しっかりしろよ、お前」とか「また忙しい振りをして」とか言いながら、その先輩の頭を平手ではたいて行くのだった。

「痛ぇなぁ、なんだよぉ!!」

なんて大声あげつつ、仕事はきっちりやってたね。

その先輩とは飲み仲間となり、毎晩仕事帰りには赤提灯コース。そのころ、彼女となんやかやとあった彼はべろべろに酔っ払って乗ったタクシーで「○○へ行ってくれぇ〜zzzzz」と眠り込んで運転手さんを困らせたりしてた。

そんな先輩をタクシーに放り込み、ぼくは続けて飲んだりしてたね。

ちなみに「○○」とは、当時彼女が住んでいた九州のある県の名。遠いよ。

そんな先輩もその彼女とめおととなり、今やその会社の常務取締役とあいなっている。出世頭だ。


時の流れって、面白いな。




昔からだけど、同じ部屋で他の人と寝ようとすると、いつも寝遅れる。おとといの男3人川の字就寝でもそうだった。

ぼくの位置は窓側。電気を消して話をしている間に、窓に遠い方からいびきをかき始め、あららと思っているうちに寝遅れた。

寝遅れると、結構長めに起きてることが多いなぁ。

ぼんやりしながら2時間ばかり、友人ふたりのいびきを数えてた。

最初に寝入った友人はかなり以前からいびきといびきの間に「シ~ン…」とする時間のあるタイプ。久しぶりに会ったら、その時間が長くなっている。

隣のヤツは普通のいびき。行ったり来たり、リズミカルないびき。

でも、隣の隣のヤツの「シーン…」の時間は、隣のヤツのいびき10回から12回の長さがある。

これって、結構長い。どうかすると1分くらいあるんじゃなかろうか? ちょいと心配になっちまうね。

「あんた、無呼吸症候群とちゃう?」

って、以前も言ったことあるんだけど、いびきといびきの間の「シーン…」が前より長くなってるで~。

この状態で一晩寝るとくたびれそう。家族は一緒にいるから、逆に気にならないのかも。

そろそろ年も年だし、一回診てもらうといいんだけどね。眠ってるだけだから、検査は楽だぞ、きっと。




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