番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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♪本日のBGM=Badfinger 『No Dice』


バテた・・・・・・。

生命保険の見直し。
保険のおばさんに呼び出され、福岡の西鉄グランドホテルのラウンジで会った。

5年ぶり。

おばさんはここ5年間における生命保険サービスの変貌を語り、テーブルの上に数種類のプランを広げた。
数字の羅列にめまいがした。


ぼくは数字がダメである。

数字が学問となる入り口、“算数”の時代から。
「1+1=2」になる。それがどうしてもわからん。

九九なんてわかる、理解するもんじゃない。理のことわりとして覚えるべきもの。
「いち たす いち いこーる に」と決まってるの!
「いこーる さん」だったり「ご」だったりしたら、買い物できんでしょ。

そう思えたのは、大学に入ってからだもんな。

高校3年の時だったか、1年間に数学の試験を6回受けた。
総計600点満点で、ぼくは計20点。平均3.3点。通信簿みたい。

クラスでどん尻だと思ったら、上(下?)がいた。
彼は、総計0点。なんと潔い。負けた。
でも、彼は5教科の入試を受けて、公立の大学へ進学した。
神は確かにいる。


数字がダメなのは遺伝である。

その昔、家計簿をつけていたお袋は、月末になるといつもノートを見つめてため息をついていた。

「また1万円、余った・・・・」

余るワケがない。年収三ケタに届かないのだ。
足りないというのなら、まだわかる。でも、なぜかいつも余る。

鉛筆を握ったまま呆然とするお袋を見つめ、

「こヤツはアホに相違ない」

そう思った。で、ぼくもアホである。

5年前に交わした保険では、ぼくが不慮の事故で命を落とすと、カミさんに6000万円也の保険金がおりることになっているという。

「え?! 初耳だじぇ!!」

資金繰りに苦しみ抜いた中小企業の社長(ごめんなさい)のような、そんな契約、してたの? オレが? 身のほど知らずな!

しかし、まったく記憶にない。
あの時、魔法のようなおばさんの説明にうなずいていただけだもん。


5年後もうなずいている。

--特約年金がこうこうで、一時金があれこれで、ね、生涯保障がどれどれで、ドリームポイントがひれはれで、でしょ、これがこうしたらあれがこうなって、ね、ほぉらこんなにお得!--

あぁ、オレの脳みそはシワがなくなったのか。
ビリヤードの玉みたいにつるつる。おばさんの言葉がすべって飛んでいく。


しかし、不思議。
数字はダメなはずのに、王選手の身長とか、若秩父の体重とか、マイケル・ジョーダンの生涯得点とか、どうでもいい数字はすんなりアタマに入り、出て行かない。

「い・い・く・に、作ろう鎌倉幕府」なんて呪文のように唱えないと年号さえも覚え切れないのに、
「アブドゥル・ジャバーのNBA記録は38,387点」
てなことは忘れない。

こんな余分な領域に、脳みそのかなりな部分が割かれているに違いない。
そんな数字をしまい込むなら、保険の掛け金と保障金額くらい覚えとけよぉ。
あぁ、もったいない。

おばさんは言う。

「最近はインターネットを使って、ご自分で保険の設計を研究なさる方、多いんですよぉ。もう、負けそうで」

はぁ、そうっすか。
ぼくもインターネット、やりますけど、中古CDあさったり、ぐにぐに文字を並べたりするだけですもん。
みんな偉いなぁ、おとなだよ。
そうだよね、ネットで株式投資する時代だもん。

学生時代、授業中にトランジスタラジオをイヤホーンで聞いているヤツがいた。
ふと、にまにましながら、つぶやいた。

「上がったぁ~」

ヤツはラジオ短波で株式情報を聞いていた。はたちにして株価に表情が反応する。
今頃、立派な投資家になってるだろうなぁ・・・・・・。


なんてこと、想像している場合じゃないのだ。現実に戻れ!
ヤツもおとななら、ぼくも社会を構成するひとりの成人。
自分の保険のことくらい、理解せねば。

テーブルに広げられた、我が「生涯設計プラン」を見つめる。

「ご契約の明細」・・・・細かい・・・・「無配当特約」って何じゃ?

「損害割増特約」が保険料 585円、「傷害特約」が280円、「成人病特約」は820円で、「特定難病特約」の保険料は192円、んで、「特定損傷特約」が255円・・・・・・・・あぁ、ずぶずぶ沈んでいく・・・・・・

どこがどうだから、結局、どうなるの?
大海に落ちたアリん子みたい。数字におぼれる。

こういうの、みんな、内容を理解して、契約すんだよね。
きちんと把握してから、ハンコ押すんだよな、きっと。

今回もまた、おばさんにお任せした。
6000万の保険金は取り下げたけど。


帰りの路傍、車を停めて肉まんを食う。
2時間、数字の話を聞いて、めまいがするほど、おなかがすいていた。

ま、いいさ。誰にだって不得意はあるもん!

・・・・・・で、得意なモノは?
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♪本日のBGM=Sam Cooke 「The 2 Side of Sam Cooke」
   ↑
ぼくが今、聞いてるヤツね。このページで流れるわけじゃありませ~ん。


・・・・・・さてと、

毎週、必ずチャンネルをあわせる番組は少ない。

出だしは昨日と同じ。でも、コピー&ペーストじゃありませぬ。


レギュラーのドキュメンタリー番組は見る。
「アイツは見ていない」と思われがちみたいなのだが、結構ちゃんと見てるのよ。
ホームページに書き始めたら「見なきゃいけない・・・・かな?」と思うようになった。
義務で見ちゃ、悪いよなぁと思いつつ。

NHKの『プロジェクトX』や『人間ドキュメント』などのドキュメンタリー系レギュラー番組は、おもしろそうなものだけ見る。
で、おもしろくなかったら、「オレならこうする」と思ってしまう。職業病だろうか。


で、毎週必ず、その時間になるとテレビの前に鎮座ましますのは、『ONEPIECE』。
アニメです。


ぼくの部屋に単行本で全巻そろっているマンガがみっつある。
ひとつ・・・・『男おいどん』
       私のBible。大いなる旅に出たおいどんよ、今どこに?

ふたつ・・・・『風呂上がりの夜空に』
       RCの曲『雨上がりの夜空に』を『風呂上がりの~』と
       思い込んでおった。逆よね。清志郎さん、ごめんなさい。

みっつ・・・・『らんま1/2』
       高橋留美子さんはキャラクター設定の天才ですね。

そして、今、進行中の全巻セット。それが『ONEPIECE』。30巻まできてる。
ストーリーがふくらみにふくらんでるから、よっぽどのことがない限り、しばらくは終わりそうにない。

--時は大海賊時代。いまや伝説の海賊王ゴールド・ロジャーが残した『ひとつなぎの大秘宝(ONEPIECE)』をめぐって、幾人もの海賊達が旗をかかげ戦っていた。そんな海賊に憧れるルフィは、海賊王を目指して航海に出る!--

というのが単行本の冒頭に書かれているストーリー(の一部)。
知らない人はなんだかさっぱりわからないでしょう。

でもね・・・・・・

“悪魔の実”ゴムゴムの実を食べ、無敵のゴム人間となった
 「モンキー・D・ルフィ」をキャプテンに、そろった仲間たちは、

  世界一の剣豪を目指す三刀流の「ロロノア・ゾロ」、

  ピカイチの航海術を持つお金お宝大好き娘、「ナミ」、

  度胸はないがウソとパチンコはうまいピノキオ鼻の「ウソップ」、

  料理人にして脅威のケリの持ち主、でも女好きの「サンジ」、

  ヒトヒトの実を食べ人間と化した青っ鼻のトナカイ、「トニートニー・チョッパー」、

  深い考古学の知識を持つナゾの女でただひとりの20代、「ニコ・ロビン」、

・・・・という、登場人物たちとその素性を知ると、おもしろそうでしょ?
おもしろそうじゃなかったら、そりゃ、ぼくの表現力の不足です。

この6人と1匹(“7人”と呼ばないとチョッパーファンから叱られるかも)が、なんとも壮大爽快な冒険をくり広げる物語。
今、アニメでは、海から空へ打ち上げられ、雲の上で「God エネル」と戦っております。

ぼくがこのマンガの存在を知ったのは今年の初め。
カミさんがこっそり見ておったんですな。知らんかった。
こんなおもろいのを~、ひとりでっ! ずりぃ~っ!

だから、マンガではなく、アニメを先に見たわけ。
で、その時まで出ていた単行本全巻を古本屋で買ったんです。

単行本で折に触れ復習し、アニメは毎週、DVDに録画してる。
ちなみに、『らんま1/2』はVHSに録画しとります。

ぼくは、別にアニメ(またはマンガ)マニアではない。『ONEPIECE』他、数点の作品が突出してるだけなのだ。


『ONEPIECE』は少年ジャンプに連載してるらしいのだが、読んだことがない。読まないようにしてると言った方が正しいか。
ストーリーの展開が遅いので、単行本くらい一気に読まないと腹八分目にもならんのだ。
一週分、丸々戦闘シーンだったりする。この大仰さは『巨人の星』にどこか似てる。

しかし、1球投げるのに2週間くらいタメる『巨人の星』とは違い、戦闘シーンをアニメ化すると、どんどこ進む。もう、アニメがマンガに追いつきそうだ。
でも、追い抜けないメビウスの輪。仕方がないからアニメには物語と物語の間にマンガにはないオリジナルストーリーがはさまったりする。
局の担当者は困ってるだろな。


初めて『ONEPIECE』を見た時、パッと思った。

「『ガンバの冒険』に似てる!」

『ガンバの冒険』は、75年だからぼくが浪人生(!)の頃のアニメ。
あぁ、もう28年も前になるのか・・・・過ぎ去りし時の速さよ・・・・・

-絶海の孤島「ノロイ島」に住むネズミたちは、真っ白いイタチ・ノロイ率いるイタチの群に襲われ、まさに全滅しようとしていた。その窮地に現れたのが町ネズミのガンバたち。
島のネズミたちを救え! ガンバとノロイ、決戦の火ぶたは切られた!-

これでほぼ全ストーリー。
ストーリー展開のスケール、登場するキャラクターの数など、『ONEPIECE』に比べると、グンと質素。

でも、ぼくは似てると思った。
それは、ふたつのアニメには共通点がみっつ、あるから。

「海」、「冒険」そして「仲間」。

30年近く前の『ガンバの冒険』。そのエンディングの映像は、海を行くガンバたち(テーマは妙に演歌調だったが)。
『ONEPIECE』は、オープニングから航海するルフィたちだ。

やっぱり「海」は、いつの世でも、きっと来世紀でも、「冒険」のフィールド。
海行く仲間たちは、陽気で、気さくで、どこかセンチメンタルで。
たまには、いがみ合うし、なぐり合う。
でも、心のどこかが、しっかり、きずなで結ばれている。

30年前だろうが、今だろうが、少年少女、気持ちが渇く季節には、心は仲間を求めてやまない。

雪のように輝く白い巨体で、ネズミたちに迫るノロイ。力の差は歴然、ネズミたちに逃げ場はない。しかし、ガンバは、仲間たちに呼びかける。

「しっぽを立てろ!」

それは、決してくじけない仲間のきずなを呼び起こす。


ルフィたちがアラバスタを去る時、王女ビビに示した仲間のしるし。
左腕を伸ばした後ろ姿は、ぼくの脳裏に永久に刻まれて消えることはない。


でも、おいどんの“旅立ち”には負けるけどね。


マンガの『ONEPIECE』を読みつつ、気になることがある。

こんなにストーリーをふくらませ、キャラクターを続出させて、この先、どうなるのかなぁ。

ルフィが海軍のスモーカー大佐に捕まえられた時、助けてくれたドラゴンっていったい誰なんだろう?

なにがなんだかわからない方へ。
全巻10回以上は読んでるぼくでも、なにがなんだかわかりません。

でも、おもしろかっ!


蛇足ですが、わが家のネコ助「アオ」は、チョッパーに似てます。

毎週、必ずチャンネルをあわせる番組は少ない。

この秋はドラマにチャレンジするはずだったんだが、どの番組にも食指動かず。
一生懸命作っているヒト、すみません。

でもね、若い衆ばっかり出るドラマを、映像なしで見てごらんなさいな。
え? 映像がないと見れないって? あたり前ですな。

目をつぶって、聞けばええんですがな。
どうですか? セリフ、聞いてられますか?


もうかなり前の、冬のこと。ぼくはカゼで熱を出し、寝込んでいた。

「う~、あぢぃ~」

自慢じゃないがぼくは慢性扁桃炎なので、熱が出るとごく高い。
自分の熱さにイヤになり、フトンを蹴散らす。

んなこた、どうでもいい。

とにかく寝込んでいた。
すると、ぎくしゃく、男女の、奇妙なやりとりが聞こえる。

熱に浮かされてるのかな?

と思えど、アタマはいたって平明。枕から首をあげてきょろきょろ。
耳を澄ますと、やりとりはふすまの向こうから聞こえてくる。
家人が隣の部屋で、“トレンディドラマ”(もう、こう呼ばないねぇ)を見ているのだ。

これが、ヘタ!

「なんだ、これぇ。熱、あがるぅぅぅ」

鳥肌立ててたら、歯の浮くようなセリフがひとつ、ふたつ、みっつによっつ。
せなか中に、むしずが走った。

当時、とても人気があった(らしい)ドラマで、ぼくもちらりと見たことはある。
映像があると全然気にならなかったのだが、セリフだけを聞くと、もうダメ。
カンペキにシロウト。
舞台でやる大仰なセリフ回し。あれの小型版みたい。

要するに、人気者としてのカオがあるから、見ていられたってことだ。

こんな連中に主役をはられちゃ、役者が本職、たたき上げの人たちは、さぞかし悔しかろう。
しかし、仕方がない、人気稼業だもの。
脇役でも、「とれんでぃ」に出れたらいいじゃない。

お~、そうか! だから、「脇を固める」って言うんだな。
NHKの朝の連ドラなんて、

「なんでこんなに豪華なの? 主役以外は」

だもの。そっか、そっか、そうだったのかぁ~。

39度over&シロウトセリフに大汗をかきながら、見いだした真理に感激した。


先日、明石家さんま主役のドラマをやっていた。
ぼくは見なかったのだが、通常はクールな某局の女性ディレクターが、

「美しい黒木瞳が戦争の悲惨さを見せる。よき父であるさんまが結局米兵に殺され遺品が残る。わたしも涙、涙でした」

と、メールに書いてよこしたのにはビックリした。

しかし、そうなのですよ。
最低限度のセリフが言える人気者が、しっかり練られた台本で演ずれば、見る者を引き込んでしまうのですよ。

それが、悔しい。

そう、その展開よ。
わかってる、わかっちゃいるけど、くさいけど、見入っちゃう、泣けちゃう。

それが、悔しか~。

理知的な彼女が「涙、涙」なら、寅さんを見ても泣けるぼくは「涙のひとり五重奏」になってしまう。


絶妙なキャスティングと、微妙な塩梅で、

「デートをすっぽかしてでも見たいっ!」

と思わせる。それがドラマを作るテレビマンとしての真骨頂だろう。

14、5年、もっと前になるだろうか、『教師びんびん物語』という人気ドラマがあった。
当時30ちょい過ぎのプロデューサー氏は、「トシちゃんに植木等をやらせたらおもしろいだろう」と思ってキャスティングしたと言った。

「演技ができる、できないは、二の次ですよ。だって、おもしろそうでしょ?」

「なぁるほど~ぉぉぉ」

腹の底から感心した。

“植木等”を演る“田原俊彦”・・・・・・そんな発想、オレにはできん。
こんな人が切れるテレビマンって言うんだろうなぁ。

ぼくにしみじみそう思わせたその方、やはり切れに切れたよう。
ドラマ界にこの人あり!、という存在になられた。

最近は『踊る大走査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』のエグゼクティブ・プロデューサーをされている。

売れるもの、人をひきつけるものを作れる人の発想って、やっぱすごいや。


でもね、“演技”は“役者”にやって欲しい。
稽古を、訓練を積んだ人に、内からにじみ出る演技で、魅せて欲しい。

やっぱり、こう思ってしまうんだなぁ。


あら?
今日は『ONEPIECE』のことを書こうと思って書き始めたのに、話が思い切り曲がってしまった。

毎週、必ずチャンネルをあわせる番組のことは、あしたにしよ。


日本テレビの(しつこいな)ホームページを覗いたら、社長が出てきて「このたびの事態」を陳謝していた。

そのコメントの内容はともかく、

「便利なもんだなぁ」

と、妙に感心してしまった。

マッチ箱くらいの画面の中、原稿を手に社長は立っている。
読み上げるコメントがパソコンのスピーカーから聞こえる。

おもしろい。
くり返し、見てしまった。

パソコンでの画像と音声の伝達か・・・・・・。
こんな利用法、増えるんだろうなぁ。

お手軽に過ぎる気もするが。


午後に届いた友人のメールに、「わが家の猫はライブ中」とある。

どれどれ。

アクセスしてみると、自分のベッドの中に丸くなったおネコさまが!

「お~っ!」

おなかが上下しとる。「Live」の表示にいつわりはないようだ。
しかし、残念、カメラにお尻を向けている。顔が見えんっ。

「こっちを向いてくれ~っ!」

と、メールをしたら、即座に、

「どアップにしておきました」。

どれどれ・・・。

どわっ! どどどアップ!!  丸まって寝とる。
かわいか~っ!

お~い、お~い。起きれ~、起きんかぁっ!

って、パソコンに向かって呼んでもあかん。
テレビ電話じゃないんだから。


このネコさん、九州から遠く離れた神奈川は湘南。
窓を開けると潮風かおる海に間近いマンションにいるはず。
今日、初めて見た。
飼い主である昔の同僚にも、もう20年近く会っていない。

でも、ネコベッドにまぁるくなってぬくぬく眠っているネコさんを見ると、彼&彼女の幸せな生活も見えてくるから不思議だなぁ。
単にぼくがネコ好きだからかもしれんが。


これは虚像の世界、バーチャルではないだろう。

いや、やっぱ、バーチャルかな?
あたたかみはあっても、触感はない。

カメラの先にネコがいるという確証はないのだし・・・・。


どれが本当に存在して、どれが存在しないのか、見分けがつかない時代になってきた。

テレビに映し出される映像もホンモノが出ているかどうか。
もうCG抜きでは語れないし。

ぼくが東京でフリーライターをやってた頃、初めて全編CGのCMを作ったという会社に取材に行ったことがある。
それは、キリンの「Mets」という飲料のCM。

砂漠をバイクが猛スピードで走って来て、Metsの缶に駆け上がるといった映像だった(ような気がするのだが・・・・違っているかもしれない)。

今思えば、パソコンで簡単にできそうな画像。
しかし、当時は、そのCMを担当したチーム--チーフひとりに、サブ・チーフがふたり、その下に数人のメンバーたち--が、何日も不眠不休でかかりっきり。
パソコン(まだ一般的にはこう呼んではいなかった)に、ひたすらプログラムを打ち込む毎日だったそうだ。

砂漠の砂つぶ、その微妙なうねりと陰影。そこに走ってくるバイク、蹴散らされる砂。飛び上がるバイクの濃い影が、砂つぶひとつひとつを黒く染める・・・・・・。
文字にするとこれだけにしかならない映像を、コンピュータに計算させて作る。
プログラムを何行打ったか、聞いたけど忘れてしまった。
ものすごいケタだったような気がする。

漫才コンビのように入れ替わりしゃべり、つっこみ合うふたり。
見るからに、聞くからに、大変そうだった。


その頃、某キー局はいち早くCGルームを設置。その部屋には、壁二面を占めるドでかいコンピュータと操作卓、それに小さなソファが置いてあった。

ぼくが訪ねた時、そのこぎたないソファにお兄ちゃんが眠っていた。取材対象者のその彼を起こしていいものか、ぼくはためらった。

しばらくしてもぞもぞ起きたお兄ちゃんは、目の下にクッキリくまを作っていた。

「映像の最先端、CGを使わにゃオクレる!」

各番組のプロデューサー、ディレクターがこぞって番組のオープニングをCGで作りたがり、彼はほとんど寝ていない。
ひと言ひと言、途切れるように話すお兄ちゃん。
ここ、CGルームに住んでるも同然だった。

カメラマンも同行したのだが、この、目の下くま入りお兄ちゃんを記事にしたのかどうか、忘れてしまった。
写真は気の毒でやめたかもしれん。

CGの質感は今でも好きになれないし、テレビでの使われ方もどうかと思う。

予算のあるキー局やNHKは、見えないものもCG化して見せる。
朽ち去り、消え去った遺跡をCGで復元して見せる。

「本当にこうだったのか?」

ぼくは疑う。
大学の先生たちの研究のたまものを猜疑心いだいて見てはいけないのだろうが。

絶滅した恐竜を生き返らせ、走らせ、飛ばせ、争わせる。
骨格など、最新の研究から、筋肉の動きまで“リアル”に再現した。
そう、ナレーターは言う。

「本当か? なぜその動きが“リアル”だと言える?」

“動物学的”に計算して割り出した動きをさせてみただけだろう。
人知を超える動きをしていた可能性、それは計算上ですでに否定されたのか?

化石から、うねうねとティラノザウルスを立ち上がらせ、咆吼させる。
そこまでCGにやってもらって、ぼくらは、視聴者は幸せなのか?


今もあるかな、「飛び出す絵本」。
ぼくはあれが嫌いだった。嫌いというより、イヤだった、不気味だった。

強い主人公や、きれいなお姫様、青い水をたたえた神秘の湖、空から降る星、荒れる海を行く帆船・・・・・・。

そんなものを絵本から飛び出させるのは、ぼくの想像力だ。

勝手に絵本から飛び出してもらっちゃ、困るのだ。
ぼくだけの世界なのだから。


周囲の不思議や疑問が勝手に飛び出す世界。
そんな世界の中で生きる子どもは、なにを“リアル”に想像すればいいのだろう。

三日も続けて日テレの日記をつけるのもアホらしいからやめよう。
しかし、やっぱり納得がいかん。

日テレのプロデューサーが詐欺にも値するようなことをした。
功名心か名誉欲か自己保全か精神安定のためかは知らんが、視聴率という、テレビの世界の指標を「金で買った」のだ。

この行為と、「視聴率とはなんぞや?」とか、「視聴率依存症候群から脱せよ」などという話とは、範疇が違う。

ぼくは視聴率のみが番組評価の指標でいいなどとは思わない。
しかし、それはテレビ界がみんなで試行錯誤して行けばいいことだ。

視聴率という指標に納得しきれないながらも、いかにすれば視聴者の目を集め、留め置くことが出来るか。
それに全精力をつぎ込んでいるテレビ界の仲間を横目に、視聴者を金で買い、自らが携わる仕事の評価をあげようとしたのである。

テレビ界だろうが、証券であろうが、不動産であろうが、どのような仕事の世界でも、この行為は犯罪だろう。


オリンピックで、走り幅跳びの選手が1センチ、1000ドルで買ったらどうだ?
マラソン選手が5分を5万ドルで買ったとしたら?
今日、阪神は4点差でダイエーに負け、チャンピオンフラッグを逃した。5点を5億で買ったらどうだ?
試合に勝ったと喜べるのか?

そんなことは想像できん。
しかし、このプロデューサー氏はそれをやったのだ。自らが活動するフィールドの指標を金で動かした。

それは絶対に許してはならない行為だ。

氏家さんは日本民間放送の名誉会長を退くという。
そんなお偉いさんの進退なぞ、どうでもいい。

日本テレビがどのような調査をして、どう幕を引こうとするのか。
他局はどのような動きをとるのか。

これで、テレビが媒体たりうるか、メディアたりうるかが、明らかに目に見えてくるに違いない。

ビデオリサーチは、幕引きを局に任せるのか。
スポンサーは怒りをどこに向けるのか。
目が離せない。

しかし、解せない。さらに、理解不能だ。
調査世帯である。

5000円や1万円で自らの品性を売るようなこと、よくできるな。

金か商品券かを受け取ったのは3、4軒らしい。しかし、これも軒数の問題じゃない。
社会に対する姿勢が真摯かどうかだ。

見知らぬ男が訪れて、「このチャンネルだけ、つけといてくれれば、5000円出しますぜ」などと言われて、ホイホイ乗るやからがいる。

普通、おかしいとは思わないか?

同じ働きかけを受けて、ビデオリサーチへ知らせた家もあるのだ。
金を受け取った家は、軽い気持ちで詐欺の片棒をかついだ。見事に共犯だ

ビデオリサーチは、信頼性だけで成立している自社の主力商品を、その商品を生むための基準そのものから、金5000円也で売られたのだ。

その、扱われ方の軽さを思え! 怒れ!


やめよ。腹が立つばかりだ。

日本シリーズもダイエーの4勝3敗で幕を閉じた。今頃、博多の街は大騒ぎだろう。

自分の近くの存在だからファンになる。野球もJリーグも、フランチャイズ制をとるプロスポーツはみんなそうみたいだけど、その心理がよくわからない。

第3戦から甲子園で行われた3試合。見事にタイガース一色だった。
同じ方向を向いて、同じように歓声をあげ、同じようにフーセンを飛ばす。
よく気持ち悪くならんなぁ・・・・。

野球は好きだ。
しかし、球場には行かない。同じ行動を強いられるから。
「一体となった応援」などとアナウンサーが言ったりするが、強要されちゃかなわない。

学生時代はよく後楽園や神宮へ行った。

後楽園で巨人戦を見た翌日。大学へ行くと友人が、

「お前、きのう、後楽園に行ったろ」

と言う。なんで知ってるのかときいたら、

「新聞に載ってるぞ」


確かに載っていた。報知新聞、それも一面!

新聞紙面の上三分の一くらいを占める大きな写真。
歓声を上げる観客席のようすが写っている。そのど真ん中に、ぼくはいた。

写真の見出しは「バンザイ!」
その写真に写る数多くの観客の中で、バンザイをしているのはぼくだけだった。

その見出しは、くわえタバコでバンザイをするぼくの姿につけられたのだ。

確か、王選手(選手だもんなぁ、昔だ・・・・)がホームランを打った時のような記憶がかすかにある。

新聞の一面に写真が載るようなことは、もう二度とないだろう。政治家になるか、凶悪犯になるか、どちらかだ。

今でもぼくの部屋のどこかにその新聞はある。


その頃の応援は、好き勝手にやってた気がする。
トランペットや太鼓などの鳴り物はなかったんじゃないだろうか。

みんなで同じことをする。それがプロ野球の応援の形になったのはいつからなのだろう。
弱い頃のヤクルトを岡田応援団長が引っ張っていた頃の、カサを使った応援かな?
あれは愛嬌があってよかったけど。

同じことをやる応援と言えば、高校野球のPL学園。あの人文字。
最近は見ない気がするが、「一糸乱れぬ人文字が見事」なんてことを中継するアナウンサーはよく言っていた。

「なに言ってんだか。プレーに熱中し、興奮するのが応援やんか。興奮したら、体が勝手に動くやろ。一糸乱れぬ応援なんかあるかい」

ひねくれ高校生だったぼくは、むかつきながら、強くて憎らしいPLの戦いを見ていた。

全然変わっとらんな・・。


昨日に引き続き、日テレプロデューサーの視聴率操作の話。

日本テレビは27日の月曜日に調査委員会を立ち上げるという。
まぁ、日曜日は動きがとれないから、ゆっくり休んで、ということか。

なにを悠長なことを言っとるんだ!

番組を評価する、よくも悪くも唯一の指標、「視聴率」。
その拠り所である「信用性」を自社の社員が、それも番組制作の責任者であるプロデューサーが自ら傷つけた。

その行為の意味が本当にわかっているのだろうか?

ビデオリサーチは社長見解として訴訟も視野に入れて検討するとしている。
当然だろう。
営々として築き上げてきた信頼性がたったひとりのエゴイストによって地に落とされた。今、怒らずして、いつ怒る。

しかし・・・・


--ビデオリサーチ側はこれまで「モニター世帯が外部に分かることは絶対にない」と公言、それが同社の発表する視聴率の信頼性の根幹となっていた。モニターを“買収”するという前代未聞の手段で、工作が行われた--

これは某スポーツ新聞の記事の一節。

ここにもウソがある。
確かに、ビデオリサーチという企業からモニター世帯(調査世帯)が直接外部に漏れたことはないかもしれない。

だが、今回のような、メンテナンス車のあとをつけ、調査世帯を割り出し、自局だけを見てくれるよう頼むというたぐいの不正行為は、今回が初めてではないはずだ

まだ視聴データが記録されたシートを調査世帯から回収していた頃、回収員のあとをつけて世帯を特定し、菓子折を持参して視聴を依頼したことがある。

この話は、ビデオリサーチが編纂した視聴率本にも出てくる。公表されている“事実”なのだ。

また、松本清張の作品に『渦』という小説がある。

--存在さえはっきりしない調査メーターの集計は信用に値するものか、
視聴率調査会社を執拗に監視する人間たちが明らかにした実態とは・・--

といった内容で、業界では有名だ。
このモデルになった事件もある(上記の回収員をつけた事件と同一かもしれない)。


今回の事件を受けて日本テレビの社長は、

「興信所に頼めば調査世帯がわかるというのは、40年のキャリアでも初めて知った」

などとインタビューにこたえている。
ウソこけ!てなもんだ。

本当に知らないのなら、社長として勉強不足もはなはだしい。
なにが40年のキャリアだ。『渦』くらい読んどけよ。ビデオリサーチの視聴率本にも調査員を尾行した話は出てるだろ!

ビデオリサーチも、

「モニター世帯が外部に分かることは絶対にない」

なんて、言葉でごまかそうとするな。

「類似した事件は以前にもあった。局の体質は変わっていない。それどころか悪しき方向へ向いている」

と即答するくらい、毅然としろよ!

昨日からアタマにきていたら、今朝の朝日新聞の「天声人語」に視聴率本の内容がしっかり書いてある。

がっくりきた。

「おい、ビデオリサーチ。頼むから新聞なんかに指摘されるなよぉ」


全国紙・スポーツ紙のあちこちに「前代未聞」という言葉が舞っている。
しかし、類似した出来事がすでに起こっていること、そして起こりうることは、視聴率を調べる側として常に認識していたはずだ。

いや、認識していない方がおかしい。

視聴率調査を独占している企業の責任として、自ら視聴率をめぐるこれまでの不正をきちんと精査し、局や代理店、スポンサーだけではなく、一般視聴者に対して公開して欲しい。

そうすることが、視聴率の信頼性を取り戻し、有用性を守る方法だ。


しかし、プロデューサーにもあきれるが、5000円や1万円程度で買収される調査世帯にもあきれる。

調査世帯には、いつ、どの局を見たかというデータをホストコンピュータへ送るためのメーターを置かせてもらわなければならない。
だから、任意に抽出された調査対象世帯に調査を依頼する際、まず説得という行動から始まる。

調査の趣旨とその意義を説明し、納得してもらった上で協力を得る。
その際、

「うちのテレビに視聴率の機械がついてさぁ」

などと口外することは決してしないこと。それを確約してもらうはずだ。

なのに、わずかな金額で不正に乗ってしまう。
ビデオリサーチ側は、調査世帯を説得する時、視聴率の持つ意義などをきちんと説明したのだろうか?

少なくとも、買収に応じた世帯は、その意義よりも5000円なり1万円なりの方を選んだことになるし、第三者にメーターの存在を漏らしたことになる。
なんだか、がっくり、虚脱状態になりそうだ。

ここまでくると、問題は“モラルの領域”になってしまう。

「お宅の皆さまはモラリストですか?」

そう訪ねながら、調査世帯を説得しなければならないのか?
第一、モラリストだけを対象にした視聴率など、視聴者の実相を表さないから、使い道がない。

社会的な意味を持つことに対するモラルというものを、ぼくらは持っているのだろうか? そんなもの、とっくになくしてしまったんじゃないか?

調査世帯の買収のされ方を知るにつけ、そんな気持ちにさえなってしまう。

「視聴率を調べる機械って、本当にあるんだ」

新聞、テレビで今回の事件を知った人の多くは、こう思ったに違いない。

--関東地区の総世帯約1579万8000の中で選ばれる600世帯は、2万6330世帯に1件の割合だ。野球に例えれば、東京ドームの満員の観衆(5万5000人)でたった2人だ--

これもあるスポーツ紙の記事だが、東京ドームを引き合いに出されるほど調査世帯の数は少ない。
自分の周囲を見回しても、視聴率を調べられている友人・知人がいるという人はめったにいない。なんせ、「2万6000分の1」の確率なのだ。

ぼくの学生時代の友人に、実家にビデオリサーチのメーターを取り付けられたヤツがいる。
そいつは心底驚いた表情で、

「ほんとに視聴率って、調べてるんだなぁ」

と言った。

んじゃ、新聞に載ってる「今週の視聴率ベスト20」のたぐいはなんなんだよ、と言いたくなったが、ハタと思った。
視聴率が市民権を得たこと。そのことが、視聴率を支えている信頼性にとってはマイナスなんじゃないかと。

今では、視聴率が一般の人たちに耳馴染みの言葉となり、紅白歌合戦がなんパーセントで、その裏番組がなんパーセント、などと正月から新聞に掲載される。

そうした、視聴者の興味を喚起するような使われ方をされる以前、テレビ業界の中だけで通用する指標として使われていた頃の方が、テレビ局やスポンサー、そして視聴率自身にとってもよかったのだ、きっと。

品性が下劣だ。
調査対象世帯を買収し、視聴率を操作した日本テレビのプロデューサーである。

おのれのしでかしたことが、テレビに関わるすべての人間、スポンサー、そして視聴者にぬぐいがたい不信感を与えることにアタマがまわらなかったのだろうか。

調査世帯を探すのに興信所を使った。そしてその家に自局を見てもらうように頼み、商品券を送ったという。
そんな安易な方法、すぐバレるにきまってるじゃないか。

41歳だと。いい歳をして、バッカじゃなかろか。

以前、書いたように、ぼくは大学を卒業してから2年間、ビデオリサーチに勤務していた。

当時、同社の視聴率調査対象世帯の管理は厳重だった。
管理専門の部があり、そのセクションの人間以外は、社員といえども調査世帯の名簿を見ることはできなかった。
実際に調査世帯の場所を知っているのは、メンテナンス担当の社員ぐらいだろう。

今はどのような管理をしているかは知らないが、視聴率競争が激化している今、当時以上に厳重になっているに違いない。
今回もメンテナンス車を尾行する者の存在に気づき、即刻停止するよう内容証明入りで申し入れている。

しかし、技術の発達した現代である。調査世帯を割り出すことは、その気になればたやすくできる。
今回のように興信所を使うような方法ではなく、メンテナンス車(メンテナンス担当者でもいい)に発信器を取り付け、GPSでサーチするなど、有効な方法はいくらでも考えられる。

ビデオリサーチのホストコンピュータにハッキングして数字を操作することだって可能なのだ。

そんな時代に、興信所を使って車のあとをつけさせる・・・・・・悲しいほどアナクロな手法に、このプロデューサーの安直さが見てとれる。

ビデオリサーチ出身の評論家が「調査世帯の管理が甘い」と指摘していたが、あまりに表層的な見方だろう。
もちろん、可能な限りの管理体制はとるべきだが、ペンタゴンのコンピュータのファイアーウォールも高校生にやぶられるご時世なのだ。管理には限界がある。


視聴率や世論調査など、統計理論に基づいた標本調査には、「標本誤差」というものがある。
それはサンプル数(調べる数)が多くなれば多くなるほど小さくなっていくが、精度を2倍にするためには4倍のサンプル数が必要とされる。

現在、関東地方の視聴率を調べるサンプル数は600。いかにも少ないと思う人が多いだろう。
社員として働いていたぼくも「こんな少ない数でいいのかな?」とよく思ったものだ。

統計理論上は十二分とされるサンプル数なのだが、「たったそれだけで正確と言えるのか?」という、くやしまぎれの疑問ももっともだと思う。

「標本誤差」の大きさを知れば、その疑問はもっとふくらむ。

例えば、サンプル数600で、ある番組の視聴率が10%とはじき出されたとする。
その10%という数字の持つ「標本誤差」は、プラスマイナス2.4%。つまり、その番組の視聴率は「7.6%」かもしれないし、「12.4%」かもしれないということだ。

だから、10%という数値だけを見て「やった、ふた桁に乗った!」と喜ぶことはほとんど意味がない。

視聴率というのは、この例の10%で言えば「100回調査をして95回は、7.6%から12.4%の中におさまる」ということを示している。

10%で「±2.4%」という「標本誤差」。あまりに大きくはないか?

しかし、先に書いたように、この誤差を半分の「±1.2%」にするためには4倍のサンプル数が必要となる。関東地方で言えば、2,400世帯ということだ。その調査コストは膨大なものになる。

コストと精度のバランスがとれる点、それがサンプル数600なのだろう。

視聴率に限らず調査というものは、「調査される側が不正をしない」という暗黙の了解の元に成り立っている。
選挙のたびに行われる世論調査でも同じだ。サンプルとなる対象がまっとうな回答をするということを前提にしている。

そうでないと、出てきた数字はなんの意味も持たない。

その調査の根幹を、プロデューサーという番組制作の責任者が自ら侵した。その責任は重い。

このプロデューサーは、視聴率競争の犠牲者などでは決してない。単なる秩序の崩壊者であり、自らの虚栄心、功名心に負けた愚かな人間に過ぎない。

演出家のテリー伊藤氏はこのプロデューサーをテレビ界から永久追放すべきだと語っている。同感だ。


視聴率という概念が日本に登場してから40年以上になる。
その長い年月をかけて関係者が築き上げてきた「信頼性」。それだけが、視聴率が指標として存在し得る唯一の拠り所だ。

ビデオリサーチも、テレビ局も、代理店も、スポンサーも、考えて欲しい。信頼性、それ以外には、なにも、ほんとになにもないのだ。
なんと危うく、はかない拠り所だろう。

今回の事件で、そのはかなさが露呈した。


40年以上前、初めてできあがった調査レポートは印刷が薄く、視聴率の数字が見づらかった。
担当者は分かりやすくするためにペンで数字をなぞった。
それを知った初代社長は、元の見づらい状態に戻させ、

「どんなことがあっても、数字には絶対手を触れるな」

と諭したと言う。

ビデオリサーチに伝わる“伝説”だ。


「信じられない」とみんなが一斉にそっぽを向いたら・・・・・・、
標本誤差のない、新たな調査手法が開発されたとしたら・・・・・・、
その時、視聴率の存在意義はなくなる。

『MOVE 2003』年間コンクールの審査のため来福していたO氏と天神で会う。

年間コンクールは、この1年間に放送された50本ほどの番組の中から選りすぐりの番組を選ぼうというもの。
「教養・報道」と「娯楽」の2部門に大別し、各局それぞれ自社制作の番組を数本ずつ推薦。
それを制作部長クラスの面々が集まって審査をする。

昨日、O氏たちは会議室にカンヅメ状態で番組とにらめっこしていたそうだ。

「でも、楽しかったよ。結構、力入った番組があったし」

で、教養・報道部門4本、娯楽部門2本の優秀賞が決まった。
最終的には各部門1本の最優秀作品が選ばれるという。


10年間続いた『電撃黒潮隊』のあとを受け、『MOVE2003』が始まって丸一年。制作現場は試行錯誤しながら、よくがんばったと思う。

ドキュメンタリーは高視聴率が望めないので、まずスポンサーがつかない。実際、スポンサーがついているのは福岡だけのようだ。
他県に行って『MOVE2003』を見ると、本来、スポンサーの名前が入るべきところがガラ~ンとして、音楽だけが流れている。

やはり、さびしい。

スポンサーがつかないということは、制作費が限られるということだ。

1局あたり数十億円かかるといわれているデジタル化をひかえ、番組制作費は削られる傾向にある。その中で、視聴率をとれない番組にもかかわらず、会社側から制作費を引き出さねばならない。
それも、山口・九州・沖縄の8局が足並み揃えて。1局でも欠けると「ブロックネット」の意味がなくなる。

かなり、これはかなり大変だ。


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「今思うと、『電撃黒潮隊』はすごい番組だったなぁ」

O氏がため息混じりに言う。
確かに特異で、貴重な番組だった。

福岡に本社を置くA社の社長とプロデューサーのK氏が、飲み屋で一杯やりながら、

「何かおもしろいことをやろうよ」

と話し合ったことから生まれた、ブロックネットのドキュメンタリー番組。
それが『電撃黒潮隊』。

30分のドキュメンタリー番組を山口・九州・沖縄の8局が持ち回りで作り、8局で流す。スポンサーはA社一社。
全国でも例のない番組形態だった。


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毎年12月になると一年間の総決算、『電撃大賞コンクール』が催された。
「報道」「教養」「娯楽」の三部門でその年のナンバーワンを選ぶのだ。

筑紫哲也氏や立松和平氏などを審査員に招き、行われる公開審査。
6本ほどに絞られた番組に対し、それぞれの意見を述べ、熱い討論を展開する壇上の審査員各氏。
その様子を興味深く見つめる会場の参加者たち。若いスタッフも顔を出す。

公開討論を終えると場所を宴会場へ移し、制作スタッフの一年間の労をねぎらうパーティが始まる。

審査員の興味深いトークあり、華やかな演出あり。
ステージで歌手が弾き語りをし、異国のミュージシャンが民族楽器を奏でる。
ある時は、ダイエーホークスのチアリーダーがミニスカートで飛び跳ね、最前列に居並ぶ各局のトップを呆然とさせた。

新井英一さんがピアノで弾き語りをした『清河への道』。鳥肌が立つほど素晴らしかった。

宴もたけなわとなったところで各部門の最優秀賞が発表され、授賞式。
A社の社長から、賞状とトロフィー、そして副賞が贈られる。

最優秀賞の副賞は100万円。高額だ。全国の番組制作者、究極の目標である民間放送連盟賞でも副賞はない。

しかし、A社の社長は第一回目のコンクールの時、

「少ないよ、もっと出そうよ」

と言って、周囲の人間の度肝を抜いた。


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ぼくは、『電撃黒潮隊』というタイトルが決まる前からこの企画に携わらせてもらうことができた。
構成の仕事を始めて3年目。一年間に3本ほどしか仕事がない頃のこと。

「番組を作る機会が増える」

そう思うと嬉しかった。
それはディレクターはじめ、制作スタッフ全員に言えることだと思う。

みんな作りたくてうずうずしていた。だから、いい番組が次々と生まれていった。

うずまくクリエイティブな熱気。
10年間、その中にいることができて、ぼくは本当に幸運だったし、幸福だった。

『電撃黒潮隊』がなければ、番組構成師のぼくはないし、今各局の制作部をリードする面々もその立ち位置が変わっていたに違いない。


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『電撃黒潮隊』が10年間でその役目を終えた時、その後をどうするかという声が各局制作部からあがった。

A社のような理解ある、一種奇特なスポンサーは期待できない。
しかし、このままやめるのはあまりに惜しい。

10年間続いたブロックネット。それをなんとか維持できないか。
現場の責任者たちは奔走し、『MOVE2003』を立ち上げた。
そして、1年たった今も走り続けている。


「大変よ、ほんっと大変」

O氏は言う。しかし、顔は嬉しそうだ。
制作の場を維持する。番組を作る部を預かる長として、そのこと以上に大切なことはないだろう。
もちろん、いかにしてより多い視聴者に見てもらうかに、日々、心を砕くことは避けられないが。

「ドキュメンタリーをやると、覚えるんだよね、若いのは」

30分のドキュメンタリーを1本作ると、番組を制作するために必要な要素、例えば、ネタの探し方、取材相手へのアプローチの方法、インタビューの取り方、そして構成、編集、仕上げと、すべてを実体験できる。
それがO氏の持論。ぼくも賛成だ。

制作者として独り立ちするには、どうしても“トライ&エラー”は避けられない。
思い切り“トライ”し、爽快に“エラー”する。その時、次のステップへ進む足がかりを得る。
それを積み重ねることで、番組作りのキモを体得し、クリエイターとして成熟していく。

そのための「場」が、かつての『電撃黒潮隊』であり、現在の『MOVE2003』なのだ。

貴重な、制作の「場」。
それをいつまで維持していけるか。O氏の悩みと心配はそこにある。
外的環境が苦しい今、連帯してやり続けるという8局の強い決意と、各局のリーダーが番組制作にかける熱い思い、それが「場」を支えている。

「でもなぁ、若いのは反応が鈍いんだよね。わじわじする」

「場」は用意した。ブロックネットもなんとか続ける。予算も最低限はぶんどってやる。
それでも、オレがやりますっ!と手を挙げる。そんなエネルギッシュなヤツがいない。
O氏は嘆く。

『電撃黒潮隊』世代も管理職となり、思うに任せない若い感性に切歯扼腕、隔靴掻痒のようだ。


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『MOVE2003』にかわって残念なこと。
それは、広報活動がないに等しいこと。

番組の宣伝を放送時間内に流せとは言わない。実際問題として、それは厳しいだろうから。

各局、今はホームページを持っている。
そこには、東京キー局からネットされる番組や局主催のイベント、アナウンサーの紹介などが目白押し。
しかし、そのページに『MOVE2003』をきちんと紹介している局がほとんどないのが残念なのだ。

『MOVE2003』という、各局共通の番組としてのホームページはある。
しかし、自主制作番組として、「こんな番組を作りました」と(大きくなくてもいいから)自局のホームページで打ち出しているのは、TYSくらいじゃないだろうか?

NBC、RKKには番組名もない。

OBSは、「自社制作番組」と銘打ったコーナーはあるのに、『MOVE2003』は入っていない。

MRTは、タイムテーブルにタイトルがあるだけ。『MOVE2003』のホームページへリンクさえしていない。

MBCは、番組の放送日時と概要が書いてはあるものの、自社がどのような内容の番組を作ったのかはわからない。リンクもない。

RBCは、テレビのタイムテーブルの中に『MOVE2003』のタイトルは入っているが、クリックすると『MOVE2003』のホームページへ飛んで行ってしまう。「自社制作」を主張してはいない。

RKBは、局のホームページ表紙のTV欄に番組名の表示はある。しかし、クリックするとRBC同様、『MOVE2003』のホームページへ飛んで行く。
自社が「こんな内容の番組を作った」という強い表明はない。


この現状は、かなりさびしい。
少しでも視聴者に近づく方策を考えないと、そのうち熱意が空回りしてしまわないか、心配だ。


確かに、番組の宣伝を流すのは難しいだろう。
せめて、ホームページで「自社制作番組!」として打ち出してもいいんじゃないだろうか? そんなに手間のかかることではないはずだ。

そんなことをO氏に話したら、そうか、しまったなぁという顔をしつつ、こう言った。

「そっか・・・・だけど・・・・やっぱ場よ。場がなきゃ、なんにも始まらない」

番組構成師の部屋



テレビ番組の構成という仕事を始めて干支がぐるりとひと回り。
二度目の未年も、はや秋が深まろうとしている。

しかし、こんなに続くとは思わなかった。
ひとつの仕事を3年以上続けたことがなかったのだから。

別に転々としたかったわけじゃない。
“若気の至り”というこらえ性のなさもあり、倒産という予期せぬ外的要因もあり、いろんなことがあって、あっちへうろうろ、こっちへよろよろ。
気がついたらここにいた。
そんな感じ、やっぱり。

構成の仕事も13年目。
その間に仕事をしてきた人の中には、ウマが合う人もいれば、お目にかかるのを遠慮したい人もいる。
おもしろい人、奇妙な人、いろんな人が確かにいる。
が、心底あきれかえった人というのは、やはり“あの人”にとどめを刺す。


仮にA氏とする。

初めて会った時、A氏はすでにご年輩。話をしたら紳士だった。
素人同然のぼくをなにかと気にかけてくれた。
拙い構成を読んでくれ、

「テレビ的じゃない」

と、よくわからないけど、アドバイスをくれた。
いい人だと思った。

そのA氏が仕事をくれた。

「○○の生涯を描くから。1時間ね。準備しといて」

○○。作家だ。ぼくは読んだことはない。
その生涯を描く1時間番組。
構成師の道を駆けだしたばかりのぼくには荷が重い。

だから、燃えた。

図書館に通い、○○の人物像を調べた。

どのような生まれなのか?
父は、母は、どのような人生を送ったのか?
兄弟姉妹はいるのか?
両親や肉親との関係はどうだったのか?
心を許せた友人はいたのか?
恋人は? 妻は? 愛人は?

調べることはいくらでもあった。

本屋で○○の全集を買った。
ぼくは本を丁寧に扱わない。カバーはすぐ捨てる。持ち歩くのにじゃま。
読みながら、線を引いたり書き込みをする。図書館から借りた本だと、他人行儀に読んでしまって頭になにも残らない。

だから買った。文庫だけど。全11巻。1万を超える出費は痛い。

読み始める。つまらない。
読んでいると頭の芯がずーんと痛くなる。ぼくの性に合わない。
でも、読んだ。「つまらない」の向こうに、○○の素顔があるはずだ。
ノートをとり、頭痛薬を飲み、読んだ。

なぜこやつはこんなモノを書いたのか?
そのワケは文字を突き抜けた先にしか見えてはこない。

ふと気がつくと、「準備をしておけ」と言われて1ヶ月以上が過ぎていた。
ぼくは、まだ番組がどのような段取りをふんで完成に向かっていくのか、把握していなかった。
A氏から連絡がないことは、「もっと準備をしろ」という無言の圧力、叱咤激励だと思った。

ぼくは読んだ。
○○の歩いた道を歩いた。
○○の墓に行った。
ただの墓だった。少し安心した。

2ヶ月がたった。連絡はない。
今ならとっくに電話をしている。だが、その時はまだ業界に無垢だった。

「○○の件、どうなってます?」なんて、こっちから連絡していいもんだろうか?

電話を前に逡巡する。初めて女の子に電話する中学坊じゃあるまいし。

3ヶ月がたったある日、一枚のハガキが届いた。
そのハガキには、○○の写真と、その生涯を描いた番組が×月×日△時から放送される旨、印刷されていた。

ハガキを読んだその時には、なんのことだか分からなかった。

オレが構成する番組がオンエア? あと一週間もないやんか?

ぼくの知らない間に、番組の制作は進み、すでに完成していた。

ハガキにはA氏がひと言、添えていた。

「ご高覧をよろしく」


A氏にはなんの悪気もない。

ただ、ぼくに依頼したことを忘れたか、依頼したと思っていなかっただけ。
番組ができあがったのが嬉しくて、ぼくにも連絡をくれただけなのだ。
無邪気に。

腹はたたなかった。ただ、あきれた。

こんなことがまかり通る業界なんだ。
その程度にしか育ってはいない。成熟した、おとなの世界じゃない。

○○の書いた11巻より、A氏から届いた一枚の番組案内の方がずっと真実を教えてくれた。


次にA氏から仕事の依頼があった時、ぼくは少し心を引いていた。
気持ちを全部入れずに、話を聞いた。

今度は県内のある町をテーマにした番組だった。
打合せには担当するディレクターも同席した。
あれこれ詳しく話をしたあと、A氏は、

「あとはお前から連絡するように」

とディレクターに指示し、その日の打合せは終了した。

とにかくその町に行ってみないと始まらない。
ディレクターは忙しくて行けないと言うので、ひとりで出かけた。
二度、足を運んだ。

と、また連絡がない。やっぱりな、と思った。

今度は電話した。ディレクターに。
不在だったので伝言を頼んだ。返事はない。
また電話する。伝言を頼む。そのくり返し。

ようやく電話口に出たディレクターは、

「あれ? Aから連絡が行きませんでしたか? あの番組、ぼく、担当からはずれたんですよ」

なんじゃ、それ?
この時は腹が立った。A氏にではなく、ディレクターに。

自分はしばらく行けそうにないから先にリサーチを始めておいてくれ。
連絡はこちらからする。

そう言ったのはお前だろ!
それが「担当が変わったから」で、話は終わりかよ!

ヌカにクギだ。

A氏に連絡がとれた。

「ちょっと事情が変わって、別のDに担当させて、もう撮影も進行してるんじゃないかな。言わなかったっけ?」

返事ができなかった。

頭曲がれば尾も曲がる・・・・・昔の人はいいことを言う。


同じようなことが、このあと2回、続いた。

3度目もA氏は「準備しといて」と言った。
ぼくは、一応準備をした。本当に仕事になった時、困るのはぼくだから。
思い切り、手は抜いたけど。

4度目は、まったく準備をしなかった。
これまでの3回、できあがった番組を見てわかっていた。
準備しておかなくてもできる、その程度の内容でいいということが。
流れてしまえば終わりなのだ、A氏にとって番組とは。

4度目の「準備しといて」を聞いてほぼ3ヶ月後、番組案内のハガキが届いた。
「よろしく」と書いてあった。

おかしくて笑った。


企画が変更になったり、ボツになったりすることはよくある。
ぼくをアルバイトとして雇ってくれたディレクター氏などは、

「今度はこれをやるよ!」

と、元気に言い、自分の構想を嬉しそうにとうとうと述べる。

そして、ぼくがリサーチをし、ノートを作り、準備は万端!と思った頃に、

「ボツった」

と、あっさりのたまう。そんなことが何度もある。

それでもそのディレクター氏を信頼できるのは、

「まっちゃん、悪い! 次、また、やろうよ」

という言葉が続くから。

「はぁ・・・・しょうがねぇなぁ」

ディレクター氏のひと言が、準備の労力を笑い混じりのため息に変える。
それでそのボツ話は、一件落着することができるのだ。


A氏はいい人だ。紳士だし、裏表のない人だ。
ぼくは嫌いではないし、どちらかと言えば好ましい部類に入る。
しかし、一緒に仕事はしたくない、できない人だ。

ぼくは個人で仕事を受けている。
仕事は100パーセント、口約束だ。契約を取り交わしたことはない。
だから、たとえA氏が「準備しといて」と言ったあげく、ぼくを使わなくても、A氏もその会社もおとがめはないだろう。

だが、一般社会で同じことをしたならば、どうだろう。A氏と取引をしようとする会社があるとは思えない。

きっとA氏はぼくだけではなく、外注先の会社などとも同じようにつき合ってきたに違いない。
こうした人が堂々と生きていける。本当に不思議な世界だ、この業界は。

ぼくは音楽が好き。

小学生の頃から雑誌に付録としてついてくるソノシートを小さなプレイヤーで聞いていた。
時々、友人宅の大きなステレオで『ローハイド』なぞを迫力ある音で聞かせてもらい、「うらやましか~」と思ったものである。
『ローハイド』のムチの音にはぞくぞくした。知ってる人、いるかなぁ。

初めて買ったシングルは『男の世界』。
今は亡きチャールズ・ブロンソンが「う~ん、マンダム」と言う(ブロンソンが言ったのではないだろうが)CMで流れていた。
歌っていたのはジェリー・ウォレス。「誰、それ?」てな感じで知らなかったけど、曲はよかった。

初めて買ったアルバムは『エルヴィス・オン・ステージ』。
家には、タイガースだの、『サウンド・オブ・ミュージック』だののLPがあったが、自分で買った記憶はない。
『エルヴィス・オン・ステージ』は、正真正銘、自分でショップへ足を運び、自分の小遣いで買ったものだ。

中学2年の春休み、ぼくはひとりで東京の親戚を訪ねた。その時、渋谷の映画館で同名の映画を見た。

映画館の前にはずらりと人が並び、その熱気に驚いた。
いざ映画が始まると、スクリーンに映し出されるプレスリーの映像に、
「エルヴィスぅ~っ!」
という黄色い声が飛ぶ。
なんちゅう世界か、と思った。

しかし、映画のエルヴィスはカッコよかった。
福岡に帰るとすぐ、北九州は黒崎のレコード店で上記のLPを買った。

最初のLPがエルヴィス・プレスリー。
今思うと、かなり渋い“ハジレコ(初めてのレコード)”である。

それからLPが増えていくのだが、結構“ジャケ買い”をした。
“ピン”ときたジャケットのLPを、中身も聞かずに買うのである。それが結構、自分のお気に入りになることが多かったから不思議。

“ジャケ買い”一番のヒットは、
Allman Brothers Band の、『Brothers and Sisters』。

表は3、4歳くらいの男の子が地面を茶褐色に覆う枯葉の上に立ち、裏ではその姉とおぼしき女の子が同じ場所でにっこりしている。

ジャケットを開くと、バンドのメンバーとその家族たちだろう、赤ん坊を含めた3、40人が木作りの壁を前に居並んでいる。

男たちは皆、長髪ひげ面で、格好ももっさり。はっきり言ってダサイ。
でもどこか和やかだ。

「オールマン・ブラザーズ・バンド」など知らなかった。
でも、表と裏の子どもたちの愛らしさと枯葉の色合い。中ジャケットの田舎っぽいけど温かな雰囲気が気に入って購入した。
確か73年、高校の頃だ。

それから30年。いまだに一番の愛聴盤である。
高校時代は、朝、起きて、家を出るまでこのLPを聞いていた。
インストの「Jessica」が好きで、この曲を聴き終わると、「よし、しゃーない。学校、行くかぁ」という気になったものである。

このLPを入手してすぐあとくらいだったような気がするが、アメリカでそれまでで最大規模のコンサートが開かれたという記事が新聞に掲載された。

60万人以上を集めたとされるそのワトキンス・グレンでのコンサートには3つのバンドしか登場しなかったのだが、そのうちのひとつがオールマン・ブラザーズ・バンドだった。
「ほ~」っと思った。人気があるんだ、アメリカでは。


その愛聴盤も、東京を引きあげる時、売ってしまった。
その頃、400枚前後のLPがあったのだが、いなかへの引っ越し費用がなかったので、ステレオ共々処分してしまった。

『ブラザーズ・アンド・シスターズ』は50円だった。悲しかった。


いなかに戻り、少し経済的に余裕ができると(いや、余裕ができる前からだ)、LPを売ってしまった反動だろう。CDを買いあさり始めた。

でも、もうショップに足を運ぶことはなくなった。どんな新譜が出ているのかチェックしに行くくらいで、買うのはもっぱらインターネット。中古品を探すのだ。
輸入盤を扱うサイトをあれこれ試し、アメリカにある中古盤専門店に落ち着いた。

新譜を日本で買うと2500円前後。それがこの中古盤専門店だと10ドル以下(約1000円)で買える。一枚1500円以上の開きは大きい。
さらに、一年もたつと、そのアルバムの人気度合いによるが、4ドル(435円)台に下がったりする。

アメリカ盤は歌詞カードが添付されてなかったり、印刷が粗雑だったり。
でも、学生時代から中古輸入盤ばかり買っていたので抵抗はゼロ。

売ったヤツを全部買い戻す!
ばかばかドカドカ買ってたら、いつの間にか2000枚を超えた。
これを全部日本の新譜で揃えたら500万程度かかることになる。しかし、実際に使った金額は200万を超えてはいない。

それでも買いすぎか?
飲まない、打たない、買わない、ついでにタバコも吸わないんだから、許そう!


サイズの小さいCDになってからは、“ジャケ買い”をすることもなくなった。
少しつまらない。

そのかわり“一聴買い”をするようになった。
ネットでは曲の一部を聴ける。聞いてみようかな、と思った曲を自由に聴くことができるのだ。
この点、中身が分からないままの“ジャケ買い”より、確実ではある。


昨年の夏になる前頃だったろうか、ネットでアメリカのCDショップを覗いていたら、ある新譜が目にとまった。ジャケットでは、女の子が腕を組んで立っている。
軽い気持ちで“一聴”してみる。と、これがいい。

英語はダメなので歌詞は聞き取れない。でも、曲のリズムもメロディも、そして歌声も心に響くものがある。

「こら、よかね~」

「Avril Lavigne」の『Let Go』。気に入った。

しかし、そこで即買いには走らない。中古が出るのを待つ。焦ることはない。

ところが翌週には、いつもの中古盤専門店に1枚だけ出ていた。ここでは速攻、すぐ購入。
確か8.99ドルだった。980円くらいか。


家に届いたアルバムを改めて聴く。

いい。実にいい。

10代のようだ。
その年代が持つ焦燥感、いらつき、社会への疑問、生きることの重苦しさ、将来への不安、自分とは何なのかという問いかけ、友だちの大切さ・・・・・・そんなものがシンプルな曲に、歌う声に、はっきり出ている。

CDには歌詞もちゃんとついていた。
どうも自分で曲を書いているようだ。
ぼくは単語程度しかわからないのだが、例えばこんな内容・・・・、

「どうして自分で人生を複雑にするの?
 自分じゃない、他の誰かのように振る舞うあんたを見てると、
 イライラしちゃう。人生ってこういうもんよ。
 倒れて、はいずりまわって、傷ついて、何かを得ていくんだから」
      (「Complicated」/某サイトの訳を拝借。すみません)

この曲はじめ、「Losing Grip」「Sk8er Boi」「Tomorrow」など、曲は粒ぞろいだ。


「Avril Lavigne」というこの少女、名前の「アヴリル」はともかく、姓をなんと発音するのかわからなかった。
日本盤が発売になってようやく「アヴリル・ラヴィーン」だと知った。
このアルバムでデビューしたということも。

カナダ生まれで、アルバムを作ったのは17歳の時だったという彼女は、日本でもあっと言う間に人気爆発。170万枚を売り上げた。
全世界では1500万枚以上。まさにメガヒットだ。

今年の5月には来日も果たした。
福岡でも公演があり、行きたかった。
しかし、娘・息子の年代(ぼくには子どもはいないのだが)と共にライブの間中、飛び跳ね続ける根性はもうないのでやめた。

行きたかった・・・・。


“一聴買い”した彼女のアルバムが多くの若い人たちに受け入れられたことで、おじさんは自分の耳に自信を持った。

「日本でAvrilを聴いたのは、オレが一番早い方だろ~。なんせ去年。それも夏になる前なんだからな」

意味もない満足感にひたりつつ、これを書いている今も聴いている。

ちょっと心配なのは、第二弾がまだ出ないこと。
こんなに充実したアルバムを作ったあとだ。プレッシャーがあるのかもしれない。
でも、がんばって欲しいな。

極東のおじさんも待ってます。

取材テープを見ること。それは構成をする際に欠かせない作業だ。

自宅から通える局には、取材テープを見るためにぼくが出かけていく。
しかし、他県の局には通えない。そこで、取材テープをVHSにダビングして送ってもらうことになる。

取材進行中の某局から、2時間のVHSが4本、送ってきた。添付された用紙を見ると全部インタビュー。

「8時間分か。ちょっと少ないな」


そう思ってテープデッキにセット。すると4本全部三倍モードでダビングされていた。
気力がなえた。

三倍速でダビングされた2時間テープが4本、2×3×4で24時間。見るだけで丸一日かかる。

ぼくはインタビューだけではなく、映像も含めて、取材テープをできる限り丹念に書き起こすことにしている。インタビューと映像混じりのテープを書き起こすには、そのテープの最低3倍の時間がかかる。

さらに、インタビューだけのテープになると取材対象者のしゃべる早さにもよるが、言葉をある程度聞き、デッキをストップさせ、キーボードに打ち込むという作業になり、実際にしゃべっている時間の4倍くらいかかってしまう。

と言うことは、送ってきたVHS4本は丸々インタビューだから、見て書き起こすのに、

 2(テープの時間)×3(録画速度)×4(本数)×4(倍)=96

96時間、丸4日かかる計算になる。
こんな計算をするから、テープを見る前に気力がなえるのだ。
やめときゃよかった。


ここ数年、取材テープの量が増え続けている。
30分テープで100本というのも珍しくない。
ぼくがこの仕事を始めた頃は、20分テープで50本くらいでも多い方だったから、かなりのインフレ率である。

近頃はデジタルビデオカメラでの取材も多い。

海外取材から帰ってきたディレクターが、

「40本しか回らなかった」

と連絡をくれた。
その局は20分テープを使うことが多いので、40本フルに収録したとしても800分、13時間とちょっとだ。

「珍しく少ないね」

とイヤミのつもりで返事をし、待っているところへ届いたVHSテープは20本、40時間分。
デジタルビデオカメラでの取材ということを忘れていた。
デジタルビデオカメラには、1時間という長い長~いテープがあるんだった。

ひと昔前に活躍したカメラマンたちは、数分しか撮れないフィルムで取材せざるを得なかった。だから、なにをどう撮るか決め、一発勝負で撮っていったという。

なにかで読んだのか、誰かから聞いたのかは忘れてしまったのだが、2週間ほどの海外取材で撮影したフィルムの時間は8時間に満たなかったという。
それでも当時としては「大量」だったとか。

信じられない話である。
今、2週間の海外取材に行くと、確実にその3、4倍はテープが回るに違いない。


カメラなど撮影機材の進歩が、使用するテープの本数が増えていく要因のひとつだろう。
フィルムを使っていた頃、カメラはものすごく重くかったという。フィルムも重くて、価格も高い。持参できるテープの量は限られる。
撮影時間は1本あたりわずかに数分だ。

今はカメラもテープも小型化、軽量化した。価格も下がった。
30分テープ10本入りの箱を数箱、車に乗せて取材へ行ける。
撮りたい時に、撮りたいだけ撮れるのだ。昔のカメラマンにすれば、なんとぜいたくな、というところだろう。

しかし、「取材テープが多い=内容が濃い」とはならないからおもしろい。

映像を撮り始める頃はまだ取材の方針が確定していない場合が多いので、ディレクターは「ひとまずなにかを撮っておこう」という気持ちでいる。
ディレクターの指示に従い、カメラマンは一生懸命に撮る。だが、カメラマンも撮っている映像の使い道が見えていないので散漫な映像になってしまう。
これは仕方のないことだ。

だが、取材が進んでいっても漫然としたままの映像が多くなっている気がする。
ぼくがこの仕事に携わって13年。この短い間にも、緊張感ある映像、「これをはずすとあとはない」という、背水の陣的な映像を見ることがめっきり少なくなった。

これは、いつでも撮りたい時に、撮りたいだけ撮れるという便利さと引き替えに消えていっている部分なんじゃないか。
あれも、これも、という感じで撮影していくことに慣れ、「これだけは」という緊張感を伴う撮影経験を積むことが少なくなっているのかもしれない。

緊張感を研ぎ澄ますことができない。
これはカメラマンにとって不幸なことだと思う。

フィルムの頃は「ひとまずなにかを撮っておこう」ということは許されなかったに違いない。
撮るべきものを吟味し、一発勝負で撮る。失敗するとそのフィルムは使えない。
一期一会だ。
その緊張感は、当然、撮影した映像にもみなぎるんじゃないだろうか?


以前、某局の映像部の部長が「1本あたり必ず1分間、映像を使用すること」とお達しを出したことがある。30分番組ならば20分テープを30本しか使わせないということだ。

それでも10時間分あるのだが、使うテープの本数がかなり減るのは確実。わが家に届くVHSテープの量も減る。
ぼくは密かに喝采したのだが、実行に移されることはなかった。残念である。

デジタル化が本格的に導入されるとカメラも変わる。画面は美しくなるし、その形も横長に変わる。
横に広くなった分をどう活用するのか。
人の顔を撮るにしても、今までにはなかった顔の両脇をどう処理するかなど、カメラマンは腕の見せどころが増える。
ということは、腕を磨いていないカメラマンにとってはちょっと困ったことになるということだ。


ひとつだけ、今すぐ改めて欲しいことがある。個人的なことだけど。

“いきなり顔のドアップ”は、やめてもらいたい。

ここ数年でテレビの画面は大きくなっている。面積で言えば一昔前の4倍くらいにはなっているのではないだろうか?
うちのテレビは25型。今ではもう小さい方だが、突然のドアップにはそのたびにギョッとしてしまう。

先日、ある空港の搭乗口で一番前のイスに座り、目の前の大型テレビを眺めていた。
プラズマで40型以上あるだろうか。

「なるほどね、きれいだ」

見つめていると、いきなり中年女性の顔が画面一杯に広がった。
確かにキメは細かい。ファンデーションの詰まった毛穴の奥まで見えそうだ。
しかし、美しくはなかった。迫力はあった。怖かった・・・・・・。

局で編集に使うモニター、ひとつくらいは50型ぐらいのサイズを用意した方がいいんじゃなかろうか。
突然の巨大な顔は、心臓に悪い。

デジタル化すると携帯でもテレビを見ることができるようになるらしい。
携帯の画面とハイビジョン採用の横長巨大テレビ。同じ映像を流すのではなく、携帯用には編集し直すという話もある。

が、当面はどちらにも使える映像を撮ることを迫られるのか?

カメラマンは大変だ。


番組構成師の部屋

はたと気づくと10月もあと10日。はやい。

夏は仕事をずっぽり、さぼってしまったし。
10月1日に、

「よしっ、今日から気合いを入れるぞ!」

と思って机に向かったはずなのに、やっぱり、さっぱり。

調子が悪い、頭が重い。
思えばここ15年以上、秋に体調がよかったことがない。

秋、つまりは季節の変わり目にず~んと体調が落ちるのに気づいた時、まだ東京にいた。確か中央線の駅だった。
その日は企業のお偉いさんに取材だったので、いつもよりはきちんとした身だしなみ。トレンチコートを羽織っていたから、きっと寒い日だったんだろう。

取材が終わり、ホームで電車を待ちながら、はぁ~っと息をついた。そこに、どんっと何かが肩の上に乗っかった。乗っかった気がした。

「ありゃ?」

肩を見ても、何もない。

「気のせいか」

ちょうど入ってきた電車に乗り込んだ。シートに座る。体が重い。変だ。シートに、ずぶずぶ、めり込んでしまいそう。

「疲れてるんだ」

電車が新宿に着く。立ち上がろうとしても立てない。手すりにつかまり、よろよろ、全身の力を使って立ち上がり、ようやく駅のホームへ降りた。
体はますます重い。立ったまま、ホームへ沈み込みそうだ。

鉄柱に手をかけ、立っていたところへ電車が勢いよく入ってきた。あやうく車輪に吸い込まれそうになる。
いや、たぶん、吸い込まれそうな感じがしただけ。

しかし、冷や汗が体中に吹き出した。
ようやく妙だと気がついた。

次の日から、病院通いが始まった。


総合病院、大学病院、いくつかの病院を回る。

どこでも、血液検査から始まって、尿検査、心電図、レントゲン、エコー、胃透視、さらには胃カメラ、大腸カメラ。
同じような検査を受ける。

その結果も同じだった。

「どこも、なんともない。栄養満点、言うことなしの健康体!」

医師はぼくの肩を叩きながら言う。

「健康なもんか、こんなに調子が悪いのに。ヤブ医者め」

にこやかな医師の前で、ぼくは頭の中でつぶやいていた。

何度検査をしても、悪いところは見つからない。しかし、体調はどんどん悪くなる。
朝、ふとんから起き出すのがまず大変だ。敷き布団に体がめり込んでる。頭が重くて持ち上がらない。

そして、やたらと空しい、悲しい。体を動かすことさえ、涙が出るほど悲しいのだ。

会社で仕事をしていても、集中できない。頭がぐるんぐるん回ってる。気分が悪い。
耐えきれなくなると、近くの内科に飛び込んで点滴を打ってもらう。

そんな日々が続いたある日、ふと思う。
首から下は何度も診てもらった。でも、なんともないと太鼓判を押されるばかり。
とすると、悪いのは首から上、アタマだろう。
そう考えてると、ひらめいた。

「あ、ウツじゃないか!」

学生時代から人間の心理とか脳の情報伝達とか、そんな方面が好きで、あれこれ本は読んでいた。
脳の神経伝達物質が滞ると、体やこころにいろんな症状が表れる。
ドーパミンが減少すると、なにがなにしてこんな風になる、といったたぐいのことを知識としては知っていた。

どうもそのアレじゃないのか?


アタマを診てもらいに、いきなり病院に行くのは気が引ける。

まずは図書館へ。
原宿駅から歩いて10分ほどのところに区の図書館がある。竹下通りを入り、中高生がたむろするタレントショップの角を左に曲がって進むと、くすんだ建物が見えてくる。

「家庭の医学」や専門誌で「ウツ」を調べる。
症状がぴったり、まるでぼくにあつらえたかのようにあてはまる。
落ち込む。道を歩くのもおっくうだ。

他の図書館でも調べる。同じことが書いてある。あたり前だ。

季節は秋から冬へと移ろっていく。
その頃には、もう会社に通うのもしんどくてダメだった。社長に訳を話し、自宅で仕事をさせてもらうことにした。
資料を見て原稿にまとめるのが主だから、自宅のパソコンでできないことはない。

ところが、仕事をしようとパソコンに向かうと、目玉が回る、指がふるえる。15分と座っていられない。
1時間ほど横になり、15分ほどパソコンを打つ。そのくり返し。仕事になりゃしない。

「ちゃんと診てもらうしかないな」

心を決めた。

電話帳をめくり、精神科、心療内科がある病院を探し、電話をする。
交換手が出る。担当の看護婦さんにかわってもらう。すると、
「半年先まで予約でいっぱいなんですよ、ごめんなさい」
電話口で看護婦さんはそう謝った。
ほんとに申し訳なさそうだった。

六つか七つの病院に電話をした。そのすべてが「予約で満員」だった。
そんなに多いのか!
びっくりした。仲間を見つけたようで、少し心強かった。

しかし、このままじゃきっとダメになる。
自分で自分の症状がわかる今のうちに、この場を離れなきゃ!

ぼくは15年間過ごした東京を出た。


いなかへ戻り、公団のアパートへ入る。
この街には、緑もあれば川もある。こころがゆるんでいくのがわかる。

ところが、夜、思いもかけない事態が。
あまりの静けさに眠れない!
東京のアパートは抜け道に面していて、一晩中、車の音が絶えなかった。
下の階は居酒屋で、夜中の3時くらいまでヘタクソな歌が床を通して響いていた。
そんな騒音の中、むりやり眠っていた。

それがここでは、静かすぎて眠れない。
ただひたすら、し~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん。

その空気の中を、20メートル以上離れた向かいの棟から、規則正しいいびきだけが響いてきた。


大学の心療内科で診てもらう。
体調は100パーセントに戻らないが、少なくとも精神的に落ち込むことはなくなった。

季節の変わり目、ガックンと体調が落ちるのはそのままだが、慣れてきたのでなんということもない。
年中行事だとごろごろ横になればなんとかなる。

今では、1ヶ月に1度、薬をもらいに行き、先生と5分くらいの雑談をするだけだ。
いなかへ帰ってきて正解だった。


ウツは突然やって来る。それが体験した僕の印象だ。
それまで元気だとか、健康だとかは関係ない。

「うつ病」をとりあげた番組を見たことがある。
患者のひとりは
「突然、上から悪魔が降りてきたような感じ」
と“その時”を表現していた。
ぼくが駅のホームで感じたのと同じだ。

「肩にずーんと乗ってきて、居ても立ってもいられない」
これも同じだ。
ウツは上から降ってくる。


ぼくたちが生きるこの世界は、ぼくたちの神経を逆なでし続ける。
あふれる情報から、自分にとって必要なモノだけを瞬時に選別しなければならない。
情報は途切れることなくあふれ出してくる。
たとえ気はゆるめることができても、脳に休むヒマはない。

こんな世の中では、マトモな方がおかしい。普通の神経ならば、かりかりぴりぴり、するはずだ。

いなかに戻ってから、ウツの相談を受けたことが4、5回ある。みんないわゆる働き盛り。
子供も大きくなってきた。収入も増え、家も建てた。よし、これからは懸命に働くだけ。やるぞっ!
意気込み、気力にあふれていた連中ばかりだ。

うつ病と診断された人の中には、
「あぁ、オレは気が狂ってしまった。もう、一生ダメだぁ」
と言う人もいる。うつ病に対する偏見を自分自身が持っていたのだ。

そんな、いわば仲間たちに、ぼくが言うことはいつも同じ。

「ウツになってあたり前。正常な神経を持っている証拠だよ」


ウツの大きな原因のひとつがストレスだ。
人は誰でもストレスに弱い部分を持っているという。
例えば、胃がストレスに弱ければ胃潰瘍になるだろうし、お尻が弱ければ痔にもなる。
それと同じで、脳神経がストレスに弱ければ、ウツとなる。それだけのことなのだ。

違いは周囲のとらえ方。
仕事のしすぎで胃潰瘍になったら、同僚は心配して見舞いに来てくれるだろう。
痔になったら、笑いながらも力づけてくれるだろう。
しかし、ウツになったら・・・・同僚はひそひそ、後ろ指をさすかもしれない。

そんな人たちに言いたい。

「一度はウツになった方がいい。今、どんな時代なのか、それがよくわかるから」

ドキュメンタリーの構成がおもな仕事。
だからと言って、ぼくがドキュメンタリーばかりを見ているかというと、さにあらず。
ドキュメンタリーは自分の勉強のひとつとして、なかば義務的に見ることの方が多い。

ぼくはドキュメンタリー至上主義者なんぞではないし、粗雑・粗悪なドキュメンタリーも数多い。見ること自体がつらくなることもままあるのだ。

普段、見ているのは、圧倒的に「グルメ&旅番組」が多い。

どの番組を見ても同じようなのは確か。
だが、「そんなもん、うまいわけねぇだろ」などとテレビと会話しつつ、なぜか見てしまう。

おじさん丸出しだが、要するに好きなんだなぁ、結局は。


グルメ&旅番組に欠かせないのは事前のリサーチ。

その点で予算が限られるローカル局は苦しいかもしれない。本職のリサーチャーに頼むと、お金も時間もかかってしまう。

それよりも地元の大学生たちに依頼した方が、ホットな情報を安価に手に入れることができる。たぶん、そんな感じで情報収集をしているのが実態じゃないだろうか。
リサーチャーの能力は、番組の出来具合に直結するのだが、それも仕方ない。

人気のある、注目されてる店というのは、それほどたくさんあるわけではない。同じ店が何度も出てくるということがどうしても起こる。

店の数は限られているのだから、同じ店がバッティングするのもムリからぬことだ。

だから、ローカル局の場合、同じ店が複数の局・番組に登場するのはなんとなく許せる。大変だなぁという感慨が先にくるのだ。

いつだったか、キー局制作の番組を見ていいたら、同じ店が違う番組に、たて続けに出てきたのには驚いた。
「みなさん、さようなら」と終わった番組に続いて始まった番組に、今見たばかりの店が登場したのだ。

キー局では続いてオンエアされる番組ではないのかもしれない。たまたまローカル局がふたつの番組を続けて流しただけなのだろう。

それにしても、である。見ていたぼくは驚いたし、あきれたし、腹も立った。
別番組だからリサーチした人間も違うだろうし、ディレクターも当然違う。それは分かる。それにしても横のつながりがなさすぎる。

キー局は大所帯だし、何十人といるディレクター同士は同僚を出し抜こうと必死。
どの番組でどういう店舗を取り上げる、なんてチェック機能はないのだ、きっと。

以前、東京の某キー局に行った時、打合せのあとである番組に携わっている若手ディレクター10数名と名刺交換したことがある。
単なる挨拶で、皆さんの顔も名前も、覚えようという気はぼくにはなかった。
第一、10数人の顔など、見た端から忘れてしまう。

名刺交換が終わり、ひと通りの世間話のあと、ぼくは局の出口に向かって廊下を歩いていた。
するとひとりのディレクターが走って追いかけてきた。
なんだろうと立ち止まったぼくに、彼は小声で、

「九州のネタ、ぼくだけに教えてくださいね」

と言ったのだ。
ぼくは、大企業を生き抜く大変さを知った。

そんな組織に横のつながりがあろうはずがない。
元々、ディレクターは個人授業主と同じ。局の制作部は一匹狼の群れみたいなものだから。


同じ店が立て続けに登場した話に戻る。
撮る方も撮る方だが、取材に応じる方も応じる方だ。

局から打診があった時点で、「この間、おたくの局がきましたよ」くらいのこと、普通は言うだろう。
言われた取材側が「そんなこと、全然かまいません」とでも答えたのだろうか。

福岡でも「○○(番組名)で紹介されました」という張り紙をしている店は結構多い。
料理がウマいから取り上げられたとは限らないのだが、こうした張り紙を出すことを考えると、やはりお客は増えるのだろう。

それにしても同じ局に、相前後して取材に応じるとは・・・・・・店の方も節操なさすぎ。

強引なテレビ局と節操のない店舗の思惑が合致し、粗雑な番組ができあがる。
それを、ぼくも含めた視聴者は、ぼ~っと見つめる。

う~ん、生産的な時間の使い方とは言えないかなぁ。


グルメ&旅番組は、レポーターが大切だ。

テレビ東京などが作る番組は、「どこかで見たなぁ」「お~、久しぶり、年とったなぁ」的なタレントが登場し、温泉に入り、メシを食う。
知ってる顔だから、コメントがヘタクソでもなぜが許せる。昔取ったきねづかが生きているのだ。

その点、ローカルはツライ。よくて局アナ、普通は大学出たてか在学中みたいな女の子たちがレポートする。
しゃべりがヘタなのは素人だから大目に見るとしても、その内容はガクゼンとするほど薄い。

「もっと自分自身が感じたことをしゃべれよぉ」
「その程度の反応しかできないヤツをレポーターに使うなぁ」

ついつい思ってしまう。
彼女たちのしゃべりに台本はあるんだろうか?
お前、作れ、と言われたら、きちんとしゃべらせる自信、ないなぁ。

そのしゃべり方がまた気にさわる。
ぼくは言葉にうるさくはない。言わんとすることが端的にわかればそれでいい。
ら抜き言葉なぞ、全然気にならない。

しかし、彼女たちはそんなレベルではないのだ。
主語と述語が呼応してないことなど、いちいち気にしてられないほど多い。
完全に間違ったことをしゃべって、平然としていたりする。
アナウンサー経験者もいるらしい。とても信じられない。

生放送ではないのだから、撮り直しがきくはずだ。
せめて間違いくらいは正して欲しい。
それをしていないということは、ディレクターはじめ取材スタッフがその間違いに現場で気づいていないということ。

それとも、視聴者をその程度だと見下している?

グルメ&旅番組を見ていると、その局および制作スタッフの常識度がわかる。
その意味では、とても興味深い番組ではある。


リポーターの若いお嬢さん方にお願いしたい。
1日、2日の取材期間で何度も温泉に入り、何度もメシを食う。
大変だと思います。

でも、もう少し「語り」の訓練もしてください。
頼みます。

あ、また言った。

「・・・・することが求められています」

出てくる記者出てくる記者、みんな求めてばっかり。
欲しがり屋さんたちぞろいなんだなぁ。

レポートをする記者の言葉には、お定まりのフレーズがある。

「・・・・する姿勢が問われています」

だれが問うてるの? あなたが問うているのなら、「私が」って言いなさいよ。
「いえいえ、視聴者、市民の皆さまに成り代わり」ですか?
それにしてはツッコミが甘いし、問題意識が薄いんじゃない?

「・・・・ギリギリの選択を迫られています」

そんなに毎日毎日、あちらこちらで「ギリギリ」、せっぱ詰まってます? 
第一、どういう意味で「ギリギリ」なのか、わかんないよ。だって、「ギリギリ」って言われた人たち、ずっと平然としたままだもん。

そう言えば、「ギリギリ」以降、どうなったか、伝えてもらったことがない気がするんだけど。結局、何をどうして、どうなったの?

「・・・・は、今、始まったばかりです」

困ったね。そんなに無責任に放り出さないでよ。期待も興味もないのがアリアリだ。
なんだって最初は始まりなんだからさ、もっとあったかい目で見守り続けてあげてもいいんじゃない?

ダメかな。「ここまで進みました」なんて、成果を教えてくれたことはないんだから。


あんまり頻繁なので、局で記者をやっている知り合いに、

「あの締めの言葉、使わなくちゃいけないって決まってるの?」

って尋ねたことがある。
そうしたら、その記者氏、露骨にイヤぁ~な顔をした。
皮肉で言っていると思ったらしい。

違うよ~、真っ正直にそう思ったんだよぉ。
どの局でも、みんながみんな、レポートの終わりをそんな言葉で締めるんだもん。

新入社員の時、研修でそう教育されているんだと思った。どうも違うらしい。

違うなら、ちょっと問題じゃない?

レポートの最後に決まり切った締めの言葉が出てくると、それまでのレポートの内容が薄まる気がする。
いかにも「ルーチン・ワークでやりました」てな印象。
原稿の内容、自分で考えたのかしらん? そんな疑念がわいてくる。

新聞の記事がそんな締め方をしたらどうだろう。

「・・・・・・。小泉首相の構造改革に臨む姿勢が、今、問われている」
「・・・・・・。早急な検討が、今、求められている」

そんな表現が新聞紙面に散見したら?

「そんなの、あったり前だろ! 水増し記事、書くな!」

そんな反応が読者からあがるんじゃないだろうか?
それがテレビでは許されている。解せない。

まとまりがよく聞こえるせいだろう。
内容はともあれ、“お定まりフレーズ”を最後にくっつければ、きちんとしたレポートに聞こえる。なんとなく、だけど。

レポートは言葉。口から出る端から消えて行く。
見ている側が、「深みのないレポートだなぁ」と思っても、あとで指摘のしようがない。
録画しながらニュースを見る。そんなことを普通の人はしないものだし。

終わりよければ、すべてよし。流れてしまえばめでたくThe End、終わりだ。


レポートで強引に締めなくてはならない番組上の理由もある。
今、ニュースは細切れ。どんどん次の話題に移っていく。
ひとつのニュースごとにスタジオのキャスターがきちっと締めて次へ移る、なんてことはできないだろう。
番組のテンポがガクンと落ちてしまうし。

決まり文句は「ニュースの一項目が終わりました」という意味なんだ。

でも、その昔、入江徳郎さんや古谷綱正さんたち(若い人は知らないよね)がニュースを伝えていた頃は、キャスターがきちんと“ひとつの知らせるべきニュース”として締めていたような気がする。
視聴者に考えるゆとりを持たせながら。

「入江さんの頃とは時代が違うよ」って?
それはその通り。でも、視聴者に分かってもらわないと“ニュース”にはならないよ。

あ、そうか、今は“ニュース”じゃないんだ。“情報”なんだ。視聴者に反すうする時間など、与えない。そんなの、時間がもったいない。

どれだけたくさんの“情報”を視聴者に向かって投げ出すかが勝負だ!

ために、ひとつひとつの扱いが短くならざるを得ない。
記者クラブで発表される内容をそのまま伝えているんじゃなかろうか?と思えるレポートも、そのせいに違いない。

ひとつの扱いが短くなればなるほど、深い取材と事実の的確な把握、そしてそれを伝える言葉の吟味が必要となるはずなのだが。

忙しくてそれどころじゃないんだよね、きっと。


顔出しでレポートすることは、新聞で言えば署名記事を書くことと同じだ。名前入りで、かつ堂々と画面に顔まで出すのだから。
それにしては伝える内容に責任を負う姿勢があるように見えないのはなぜだろう?

やはり“流れ去り、永遠に戻らない”テレビという媒体のせいなのだろうか?


レポートの内容を見聞きしてると、素人や高校生でも数回練習すれば現場に立てるのではないかと思うことがある。失礼ながら。

もちろん、きちんと自分の足で取材し、事件・事故の深みを知り、本質をさぐり、自らの言葉でレポートしている記者が大半だろう
でも、その姿勢は当たり前なのだ。記者なのだから。

以前、新聞記者がらみの番組に携わった時、元記者はこう言って嘆息した。

「若い記者が現場で『(事件の内容と経過を記した)黒板はどこにあるんだ?』と真顔で聞くんですよ。発表がなけりゃ、記事ひとつ書けない」

これは新聞記者の話だが、テレビでもそう変わらないような気がする。


番組を初めて作るという記者と仕事をしていた時のこと。

取材テープを見て、インタビューを書き起こし、流れを考える。編集しては見直して、手直しをしていく。
そんな作業に同席していた(当然だ、自分の番組なのだから)記者は、ほとほと感心したように、

「こんな退屈なこと、よくやってるね」

とのたまった。

「その点、ニュースはその日で終わるからラク」

だと。

テレビ局に勤務しながら、番組(ニュースだって“番組”だぞ!)作りのなんたるかを知らない、知ろうともしない記者たち。
よく言えば適材適所、実はタレ流しに気づかない井の中の蛙。

ダメだ、こりゃ・・・・。

テレビ局はスポンサーからのCM出稿料で成り立っている。だからどうしてもより多くの視聴者に見てもらえる番組を作ろうとする。
視聴率が気にかかる。

昨日と同じフレーズだ。でも、流用ではない。

福岡には民放が5局ある。5局でスポンサーの奪い合いをするわけだ。
その時、他社との差別化が明確にできるのは、やはり視聴率。

「数字がいいと、営業もしやすいんだけどなぁ」

そういう話を小耳にはさむたび、視聴率をとれない番組ばかりに携わるぼくは、申し訳ないなぁと思うのだ。


ゴールデン(19時~22時)、プライム(19時~23時)、全日(6時~24時)のそれぞれの平均視聴率を同時に制することを「三冠王」と呼ぶ(今は、ノンプライム(6時~9時&23時~24時)を合わせて「四冠王」だ)。

初めて聞いた時は、無邪気な呼び名だと思った。

だが、某局が「三冠王」を達成した際、アルバイトも含めた全従業員に金一封を出したと聞いた時は驚いた。

当時、その局の営業に学生時代の友人がいた。
ぼくが最初の会社を辞めてぶらぶらしている時、彼の営業に一日、ついていったことがある。

なぜついていくことになったのか? そのいきさつは忘れてしまったが、ぼくは“他の部署から異動してきた営業見習い”ということにしたような気がする。

某企業の会議室に行き、となりで営業する友人の言葉にうなづき、時にあいづちを入れながら、

「テレビの営業って、面白いなぁ」

と思った。

売る製品には姿も形もない。
あるのは、こんな番組をやるんですけど、という企画書だけ。

「空気を売るみたいなもんじゃないか。大したもんだなぁ」

と内心感心しつつ、うなづきつづけた。

その企業は新番組のスポンサーになってくれるという。交渉はめでたく成立した。


帰り道でのこと。

「今日の企業が出すスポンサー料って、いくらぐらい?」
「○億」
「!!」

絶句。
衝撃で○に入るべき数字はふっとんでしまった。
そんなことはどうでもいい。なんせ「億」、「オク」である。

ターゲットを絞ってますと営業トークで友人は言っていた。
しかし、実際にどんな内容になり、どんな人たちが見るかどうかは全然未確定。分からないじゃないか。
言ってみれば海の物とも山の物ともわからない水物の商品に、へらへらと(ではないのだろうが、そんな感じだった)打合せして、「億」!
ぼくは友人を見直した。

この時、友人の営業トークにしばしば登場したのが「三冠王」という言葉だった。
相手側にとって「三冠王」という言葉が限りなく魅力があったということなのだろう。
そして、スポンサードしたあと、その番組の視聴者が会社の製品に群がるというバラ色の未来を描いていたことだろう。

記憶が混乱しているので確実ではないが、友人が売ったのは全国ネットのドラマで、結局視聴率があがらず、ワンクール(4ヶ月)もたなかったような気がする。
担当者のバラ色の未来は現実のものとはならなかったに違いない。

番組が終了したあとで友人に聞いてみた。
「○億出した会社、怒ってないの?」
「別に。だって、バクチみたいなもんだもん、バクチ」
なるほどなぁ。
再度、友人を見直した。
こう言いきれる度胸がないと、空気を売ることはできんだろう。


バブルの頃だからこその出来事なのかもしれない。
しかし、
「テレビ局の営業、恐るべし」
その観念がぼくの脳のシワに刻み込まれた。

同時に刻まれたのが、「視聴率、恐るべし」。

こんな風に営業トークで使われているのなら、昨日、日記に書いた“誤差範囲”なんてあいまいなことは言ってはいられない。
ましてや、ふたつの調査会社が調べた結果が逆になるなんてことは、絶対あってはならないことだろう。

でも、やはり視聴率は傾向をあらわしているに過ぎないのだが。


景気が回復しない現在、特にローカル局の営業担当者は大変だろうと思う。

バブルに浮かれている時は空気に対しても気軽にお金を出そうという気にもなったのだろうが、今は投資した効果が如実に表れるという確約を求められたりするのではないか?

今、元気なのは消費者金融ばかり。
CMを見ても、「タキシードに身をつつむチワワ犬」だの、「声の笑顔が最初のサービス」だの、相変わらずの踊りだのといったものが目につく。

そこへ、銀行が「我が行で借りてください」と言い出したのだから、登場するのは「金を借りろ~」というCMだらけだ(消費者金融と銀行のキャッシュローンとは違うのだろうか? わからん・・・・)。

ところが民間放送連盟は、
「“児童・青少年に配慮する時間帯”とりわけ児童の視聴に十分配慮すべき午後5時~9時の時間帯における消費者金融CMの放送は、自己破産や多重債務へつながる危険性あるいは事後の返済に関する責任について注意喚起するものなど、いわゆる啓発型CMを除き、避けることが望ましい」
という見解を発表した。

これは世論に配慮したポーズなのか?

午後5時から9時、ゴールデンにかかるテレビ局にとっては稼ぎ時の時間帯。そこへ消費者金融のCMを入れるなと言われても・・・・・・。営業や制作現場はどう考えているのだろう。

消費者金融数社のCMが続けて登場することさえ、珍しいことではない。それを自粛したとしたら、あとに入るのは自社制作番組の宣伝ぐらいしかないのではないか。

まぁ、民放連の見解も「啓発型CMを除き」「避けることが望ましい」と、二段構えで抜け道を作ってはいるが。

しかし、「啓発型CM」ってなんなの?
利率何%がどうのこうのとごちゃごちゃと、あの短い表示時間では死んでも読み切れないあの部分と、「ご利用は計画的に」という言葉が出れば「啓発的」なのだろうか?

友人の営業に度肝を抜かれた「三冠王」景気にわいたその局も、今では低迷。
盛者必衰の言葉通りだ。

テレビ局はスポンサーからのCM出稿料で成り立っている。だからどうしてもより多くの視聴者に見てもらえる番組を作ろうとする。
視聴率が気にかかる。

今、大都市ではオンエアした翌日には1分刻みの視聴率が出る。テレビ局はパソコン上にデータを呼び出し、グラフにして一喜一憂する。

福岡には民放が5局ある。それにNHK総合がプラスされ、計6局分の折れ線グラフが1分ごとにカクカクと姿をかえ、交錯する。
上方に安定している折れ線もあれば、底辺をはうものもある。

グラフが右肩上がりになっているのは、他の局から移ってきた視聴者が多いから。裏番組よりも“おもしろい”証拠だ。

右肩下がりだとその逆。下がり方はいろいろで、ガックンと落ちるものもあれば、ゆるやかにくだっていくものも。
どんな下がり方をしようが、視聴者に去られるのは空しいものだけど。

放送時間が長く、たくさんのコーナーをかかえる情報バラエティ番組は大変だ。
自分が担当したコーナーが“ヤマ”になっていたらホッとひと息。
“谷”だと平然としてはいられない。コーナー存続の危機!
「裏ではなにをやってる?」
録画していたテープでチェック。

それが面白ければ納得しつつも悔しいし、つまらなければ、
「なんでこっちの方を見るの?」
理解できない視聴者の行動に首をかしげる。

でも、数字では負けている。プロデューサーはハッパをかけ、ディレクターたちは試行錯誤を始める。

そんな作業が毎日続く、のだろう。
ぼくはデイリーの情報番組に関わったことはないので現場のことはよく分からないのだが、想像しただけで胃が痛くなる。

視聴率も罪なヤツだ。


ぼくは大学を卒業してから2年弱、ビデオリサーチに勤務していた。視聴率を調べる会社である(業務はそれだけではないのだが)。

ぼくがいた頃は“視聴率”といっても、一般的にはほとんど知られていなかった。
それが今では全国紙にも“ビデオリサーチ調べ”として高視聴率番組の一覧が掲載される。
隔世の感がある。年寄り臭いな。

新入社員として入社した4月、研修で東京キー局をいくつかまわった。
ある局に行くと、廊下の壁に
「○○(番組名) 20%突破!」
とか
「××さん(ディレクター名)おめでとう!!」
などと赤マジックで書かれた紙がべたべた貼ってあり、一種異様な雰囲気だ。

制作部に行くと、それが天井から何本もぶらさがっている。
まるでハエとり紙(わかるかなぁ?)が垂れ下がる、いにしえの魚屋状態。

訪ねた当時、この局はそれこそ視聴率が右肩上がりで、研修を担当する部長も機嫌良く社内を案内してくれた。
ぼくは初めてドラマの収録現場を見、普段の顔から撮影用の顔へと瞬時に変化する女優の見事さを知った。


次に訪問した局では、ぼくら新入社員はいきなり会議室に通された。
長い時間待たせたあと、ノックもせずおもむろに現れた某部の部長は、しばらくぼくらをにらみつけ、開口一番こう言った。

「オレは視聴率なんか信じない!」

-なにを言い出すんだ、このオッサン?

「視聴率は単なる比率だ。番組の質を示す数字じゃぁない」

-当たり前じゃん。絶対評価じゃないんだから。指標のひとつにすぎん。
  そのくらいのリクツ、先月まではシロウトだった新入社員のオレだって分かってらぁ。
  そんなことより、早く芸能人に会わせてくれよぉ。

そんなぼくらの心の声が届くはずもなく、この研修担当者は、視聴率がいかにくだらなく、意味のないものかを延々と語り続けた。

-つまらん話。
-視聴率が低いのは番組が面白くないからだろ。オレらのせいにするな。
そう思った。

でも、右肩下がりが続いていたこの局の、この部長の吐露が、研修で唯一、役立つ話だった。
テレビ局が視聴率というものをどうとらえているのか、よく理解できたから。


「提供した番組がどんな人たちにどのくらい見られているかさっぱりわからない」
というスポンサー。

「番組をセールスする時、ターゲットを明確にするためのデータがなにもない」
というテレビ局。

両者の意向を広告代理店がとりまとめる形でビデオリサーチは生まれた。
だから、株主には広告代理店の他に東京キー局をはじめ、数多くのテレビ局が名を連ねている。

必要だから生まれた。しかし、なにかと非難されることの多い視聴率。
生まれながらにして“必要悪”と言ったら気の毒か。

調べる側は視聴率を「善し悪しの判断基準を持たない番組を仮に評価するための指標のひとつ」だと考えている。視聴率は比べるためのものではなく、使うためのものなのだ、本来は。

番組のどのあたりで視聴者が去っているのか、それは番組の流れが悪いためなのか、他に要因があるのか。それらを分析し、次に活かす。
そんな風に使って欲しいと在職中は思っていた。ぼくは視聴率を調べるセクションではなかったのだが。

調査の数字は絶対ではない。
9.8%と10.0%は誤差範囲。逆の結果が出ることありうるし、逆になったとしても間違っているわけではない。

今はほとんどビデオリサーチの独占状態の視聴率。
しかし、以前、ニールセンという視聴率を調べる会社があった。目黒あたりだったような気がする。
ビデオリサーチとニールセン、同じ番組でも違う数字が出ることがよくあった。

勝った負けたが逆の結果になることもあり、「真実はひとつのはずだ」という声も聞かれた。
どちらの数字も正しいのだ、統計学上は。

しかし、現実には出てきた数字が一人歩きする。
10.0%と9.8%。一方は二桁に乗ったと喜び、他方は負けたと落胆する。
意味がない。

意味はないが、その数字で制作現場は動き、営業も動き、編成も動く。
お金も動き、人も動く。

「質のいい番組を作ろう」
そのかけ声の陰で、コンマ以下の数字を追うテレビ局。
おかしいとは思う。
でも、本当におかしいのは局側なのだろうか?


番組構成師の部屋


ぼくはテレビをよく見る。

朝と夜、合わせて5時間くらいは見ていると思う。
一日中テレビの前でごろごろしていることもある。
番組を構成するという仕事柄、見なくてはならないからというわけでは決してないのだが。

要は出不精なのだ。


小さな頃はあまりテレビに興味はなかった。
自宅にテレビが入ったのはぼくが幼稚園の時だから、近所では早い方だった。

よく“昭和の歴史”のひとこまとして言われるように、近くの子供たちや大人たちもテレビを見に来ていた。いや、これははっきり記憶しているわけではない。ぼんやり、そんな気がしているだけだ。

しかし、当時のぼくはテレビよりも、それを包んでいた段ボール箱の方がお気に入り。隠れ家として愛用した。

「うち~のテレビにゃ色がない、となりのテレビにゃ色がある」と『ジャングル大帝』のCMが歌った時も、色つきテレビが欲しいとは思わなかった。画面に「カラー」の文字が出ても、なんとも感じなかった。

そのせいだろうか、実家のテレビは、ぼくが大学を卒業するくらいまで現役を続けることになる。

小学校から高校時代を通して、ぼくはアニメと歌番組をよく見た。ドラマはダメ。毎週見なくてはならないから、面倒だったのだ。
『トムとジェリー』は何度も再放送があったので、くり返し見ている。次にどんなシーンがくるか、ジェリーを追っかけるトムがスコップを踏んで顔が扁平になるとか、そんなことが今でもほとんどわかる。

つい先日、近くのスーパーのCDショップで『トムとジェリー』を流していて、大勢の子どもたちが取り囲んでいた。その後から見ていると、やっぱり次のシーンがどんどん先に先にと頭に浮かぶのだ。

余計なことに貴重な記憶力を費やしたような気がしなくもない。

最近、懐かしのアニメ大会などをよくテレビでやる。それをよく見るのだが、子どもの頃、ぼくが好んでみていたアニメが登場することはほとんどない。

ぼくはスポコンが大嫌いだった。

『巨人の星』を自宅のテレビで見たことがない。
たまに友だちの家で一緒に見せられたことがあるが、飛雄馬が振りかぶるところから始まり、一球も投げないうちに終わってしまうアバンギャルドさに度肝を抜かれた。
こんなわけのわからないものを、目を輝かせて見入る友だち連中を少し尊敬した。とてもぼくにはついていけない。

『明日のジョー』も、やっぱりダメだった。

スポコンではないが、一斉を風靡した『宇宙戦艦ヤマト』もダメ。
『男おいどん』で松本零士さんの描くリアリズムの洗礼を既に受けていたぼくは、『宇宙戦艦ヤマト』の嘘くささに、『巨人の星』同様、ついていていけなかった。

『男おいどん』は今でもぼくのバイブル。「私の一冊」みたいなインタビューを2度ほど受けたことがあるが、どちらも『男おいどん』をお薦めした。
アニメにこそならなかったが(バッチィからね)、青春の一時期を四畳半で過ごした男でなければわからない(わかる女もいるが)、ひたむきさと挫折、そして旅立ちが描かれている。

『男おいどん』の大いなる旅立ちに比べれば、『宇宙戦艦ヤマト』の航海など、ちっぽけなものだ。

じゃぁ、オレはどんなアニメを見ていたのだろう、と自問するとハタと困る。
アニメを見ていたことは間違いないのだが、懐かしのアニメ大会などに出てこないせいもあるのか、タイトルをはっきり思い出せないものばかり。

『パンチ、タッチ、ブン』、『ガンバの冒険』、『123と45ロク』(だったかなぁ?)、『冒険ガボテン島』・・・・・・う~む、絵は思い出すのだが・・・・・。
きっと人気がなく、短い期間しか放送しなかったものが多いのだろう。

そんな中、ぼくが欠かさず見ていて、人気もあったのが『ムーミン』だ。放送日には寄り道もせず自宅に直帰した。
ぼくはスナフキンになりたかった。あのギターをかかえたクールな流れ者の風情に憧れたのだ。そう思った人は少なからずいるだろう。
スナフキンのテーマは今も歌える。

だから、数年前、ニューバージョンの『ムーミン』が登場した時、スナフキンの変わり様に愕然とした。

憧れの虚像はガラガラと崩れ去った。二度と見る気がしなかった。


学生時代、ぼくの下宿にテレビはなかった。

ピンクレディが『ペッパー警部』でデビューした時、友だちの間では彼女たちの話で持ちきりだったが、ぼくはついていけなかった。ピンクレディーのなんたるかを知らなかったのだ。級友にバカにされた。

ぼくが初めてピンクレディーを見たのは、下宿近くの食堂のテレビだった。その時、すでに彼女たちはデビュー2曲目の歌を歌っていた。
噂の『ペッパー警部』を見たのは、それから数年たったのちのことになる。

大学4年の時、沖縄の西表島へ行った。
民宿に泊まり、テレビをつけると、なんとも地味な番組しかやってない。なんでだろうなと思ったら、NHK総合と教育、その2局しか映らないのだ。
宿の子どもたちはピンクレディーを知らなかった。
おぉ、仲間だ、と思った。嬉しかった。

今の感覚だと「情報格差、かくもありき」とでも言うのだろうが、彼らは別に困ってはいなかった。

その民宿でNHKの天気予報を見ていたら、「一部の地域を除き、日本各地は晴天に恵まれています」と言った。
外はどしゃぶり。
なるほど、日本の“一部の地域”とはここなんだ。ぼくは納得した。

宿のおかみさんは「天気予報はあてにならない」と顔をしかめた。こんなアバウトな言い方じゃ、あてになるはずがない。


結局、大学4年間、テレビなしの生活を送った。
友人たちが話題にしていた青春ものや探偵もの、深夜のお色気番組(古くさい表現だ)も、一度も見たことはない。
でも、ピンクレディーの件以外は、乗り遅れを感じたことはない。不便さも皆無だった。

そう言えば、新聞もとってない時期が長かった。一体、どこで情報を仕入れていたのだろう? 

大人となり、さらに中年に進んだ今が、人生の中で一番テレビを見ている。

しかし、新聞などに掲載される「週間高視聴率番組ベスト20」にぼくが見ている番組が入ったためしはほとんどない。

毎週見なければならないドラマはダメ。これは子どもの時のまま。
だから『武蔵』などの大河ドラマは決して見ないし、キムタクや織田裕二、米倉涼子、松嶋菜々子など人気者が登場するドラマにチャンネルをあわせることはない。

自分の視聴行動を分析したことはないが、たぶん、次々とチャンネルをかえる「ザッピング」という見方をしてるのだろう。
リモコン片手にチャンネルをかえ、気に入った部分だけをつまみ見る。だから、ますますドラマとは縁遠くなる。

ぼくがその番組を見るため、時間になるとテレビの前に座る番組は、ふたつしかない。

ひとつはTVQの『ポチたま』。
元気犬・まさおくんが登場する番組だ。この番組のファンは多いらしく、「録画して必ず見る」と言った友人が2、3人いる。

ぼくは犬と猫が大好きで、どちらかが登場する番組は好んでみる。

犬猫にかかわらず、動物がらみの番組はよく見るのだが、『動物奇想天外』は見ない。司会のみのもんた氏のしゃべりをはじめ、番組の中で流れるVTRなどの作りがあまりにわざとらしくてイヤなのだ。

「泣け!」と言わんばかりに編集された映像、それをさらにあおるナレーション。見ると、聞くと、背筋がゾッとする。

そんなに盛り上げなくても、動物はその動きだけで人を感動させるものだ。
しかし、高視聴率をあげているのだから、番組の作りとしては成功しているということになる。

もうひとつ、自ら指定して見る番組は、これもTVQの『ワールド・ビジネス・サテライト/WBS』。毎日、必ず見るニュース番組はこれだけ。

ぼくは学生時代から経済が大の苦手で、いまだに「円を売る、ドルを買う」という意味とその構造がさっぱりわからない。株にしてもしかりだ。
しかし、この『WBS』は小難しいことも言うが、経済の流れをわかりやすく解きほぐしてくれる。新製品の動向などをいち早く教えてくれるという点も、親しみやすさにつながっているのだろう。


仕事柄、人気のある番組を見る必要が本当はあるのだろう。見て勉強しなければ、という思いがないではない。

この秋はドラマにチャレンジしてみようかと密かに考えている。
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