番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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♪今日のBGM=Graham Bond Organisation 『The Sound of ’65』


東京の宿泊場所は六本木。

今や、東京のランドマークとなった、六本木ヒルズ。ぼくが泊まったのは、その真裏というのか、真下というのか、目と鼻の先にある「熊本会館」。
4階建ての、瀟洒なホテルだ。

一応、熊本県人向けの宿泊施設らしいのだが、ぼくのように熊本県人でなくても
7,500円で六本木に泊まれる。
電話で「熊本の方ですか?」と問われた時、「はい」と答えると6,700円。1万円でお釣りがくる。ツインでも9,600円也。

これは利用しない手はない。
今度、私用で上京する機会があったら、ここに泊まろう。


夜、六本木を歩いた。

銀座方面から渋谷へ抜ける六本木通りは工事中。ぼくが学生の頃から、ずっとずっと工事中。

六本木から飯倉へ向かう外苑東通り、旧ソビエト大使館付近に立つ警察官。ぼくが学生の頃から、ずっとずっと立ちっぱなし。


しかし、六本木は変わった。

学生時代、友人の彼女がいるからと学園祭に誘われた東洋英和女学院。
幼稚園から短大まで、みんな揃っての学園祭。
派手な女学生だと思ったら、幼稚園児のお母さんだったり。華やかなのか、煩わしいのか、わけがわからなかった学舎から、短大部は抜けている。

初任給をもらった時、400gの巨大ステーキを食べに行った。
決死の覚悟で「レアで」と言った、その店は跡形もなく消えていた。

ウェディング・ドレスに身を包み、真っ赤な口紅。
頬にも紅をさし、天井から垂れ下がるロープにしがみついてターザンのマネをした、あのオカマバーは、普通の飲み屋に変身している。
ひげそりあとが印象的なママは、今、どこにいるんだろう。

仕事を抜け出して食べに出かけた「とり煮込みそば」。絶品だった。
小汚くも、味は一流だったあの店は、ビルもろともなくなっている。

同期入社の女の子がアフターファイブに鳥の羽をつけ、網タイツで踊っていた、会員制のクラブもどこへやら。
あの子は会社の先輩と結婚したが、間もなく離婚。先輩もいつの間にか退社。
どこで、なにをやっていることやら。

会社員だった頃、世間はディスコの盛期。朝まで踊って、そのまま会社へ。
そんなことが何回かあった。
ぼくが会社を辞める時、アルバイトのみんなが送別会を開いてくれたのもディスコ。朝まで騒いで、六本木の交差点でみんなと別れた。
その店も、きれいさっぱりなくなっている。

ライターをやっていた頃、一緒に組んでいたカメラマンは坊主刈り。
ゲイの道では、坊主頭は「お誘いOK」を意味するとか。
彼が立ち読みをしていると、異人さんが必ずお尻をなでに来た、その書店は携帯ショップに姿を変えている。

恵比寿の教会(この教会もない。倒産?)で式を挙げたあと、友人たちがパーティを開いてくれた、テレ朝通りに面したガラス張りの店も消えていた。

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ぼくが知っている店やスポットは、ことごとく消え去った。

変わらないのは、交差点の「アマンド」だけ。
その前の歩道は、今も、待ち合わせの人と客引きでごった返している「アマンド」・・・・化け物のような店だ。


久々に歩いた夜の六本木。
黙々と歩く背広姿のおじさん。きれいに化粧をした女性たち。楽しげに語らう若いカップル。歩道いっぱいに広がる賑やかな学生集団。

そんな人たちを見ながら思う。

やっぱり、東京はぼくの居場所じゃない。


♪BGMチェンジ♪

Jim Croce 『New York’s Not My Home』

番組構成師の部屋

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♪今日のBGM=Steve Winwood 『Arc of a Diver』


2泊3日で東京へ。

来年の番組の資料調査。
調査と言うと大げさ。やみくもに、下手な鉄砲も数撃ちゃあたる的に、玉砕戦法で探します。

東京に着いたのは10時前。眠いよぉ。
起きたのは5時前。家を出たのが6時前だもん。田舎に住んでると早い時間の便は困る。これ以上早い便に乗る場合は、空港の近くに一泊せんといかん。

東京に着いたその足で行ったのは、恵比寿にある防衛庁の防衛研究所図書館。
図書館と名はつけど、見たい資料が、どこにあるやら見当つかず。

普通の図書館は分類方法が統一されてるから、カードをめくれば何とかなる。
が、しかし、ここは違う。同じテーマの文書が「終戦処理」とか「軍事行政法令」とか「戦争指導重要国策文書」とか、得体の知れない分類の中に散らばってる。

なんでこんななの?と思ったら、図書館の人いわく、

「昔の人が、戦後のどさくさの時に、適当に分類してファイリングした、そのまま」

とのこと。もう、どうしようもないそうな。
幸い、生き字引のようなおじさんがいて、

「あぁ、それなら、あそこと、ここと、あれと、もいっちょ、こっちゃにもある」

てな感じで出してくれた。
ありがたかったけど、このおじさんがいなくなったら、どうすりゃいいの?
見たい資料があっても、シロウトには、絶対探し出せない。

電子化も進んでないし、このおじさんの引退と同時に、貴重な資料はここで死蔵されるわけね。あな、もったいなや。


ぼくらが探しているのはBC級戦犯の資料。
そのおじさん曰く、

「わしがここに研究員として来たのは昭和55年だけど、その時、戦犯の研究がしたくて上司にそう言ったら、『このご時世に、そんな研究、できるはずないだろ!』と一蹴されてしまった。平和ボケしてたからなぁ。あの時、きちんと整理しておけば、これから役立つのに・・・・」

おじさんが話すニュアンスからして、同研究所では、今現在、捕虜の研究をしているみたい。

イラクもあんな風になり、自衛隊もいずれ送り込まれる。敵兵を捕虜にする、または、日本人が捕虜になる。そういう事態が当然起こりうるわけで、その際、国際法上、どのような扱いになるか、なんてことが日々研究されているわけだ。

戦争を起こさない研究ってのは、成り立たないんだな、きっと。

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日本は『生きて虜囚の辱めを受けず』の国。
だけど、元からそうだったワケじゃない。

日露戦争の頃、日本の捕虜となったロシア兵は手厚くもてなされたし、第一次世界大戦で同じく日本の捕虜となったドイツ兵は、捕虜収容所の周囲に住む人たちと交流があった。

捕虜収容所には楽団もあり、日本で初めてベートーベンの第九を演奏したのはドイツの捕虜だとか。
戦争が終わり、国に引きあげる時、ドイツ兵に対してたくさんのお土産が渡された。ドイツ兵の中には日本文化に心ひかれ、そのまま留まった者もいるという。

そんな捕虜観が変わっていったきっかけは、昭和14年の『ノモンハン事件』。
モンゴル国境でのソ連軍との戦いで捕虜となり、その後日本に送還された兵士のうち、将校クラスは全員、銃を与えられ、自決させられた。
下士官のうち、負傷した者は無罪。負傷せず捕虜となった者には「敵前逃亡罪」が適用された。

ひどい話。

そして、昭和16年、太平洋戦争が始まる年の初頭に陸軍大臣東条英機が出した訓示が「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すことなかれ」の『戦陣訓』。

その頃、日本軍部(特に陸軍)は規律がめちゃくちゃで、どうしようもない状態だったそうな。それを憂いた東条さんが、軍人の規律を正すために出したのがこの訓示だった。
だけど、その内容は、軍人ばかりでなく、当時の日本人の心をとらえた。

で、この精神が『葉隠』にひそんでいるとか、ルーツがどんどんさかのぼり、日本古来の精神となってしもうた。
日本古来の精神がそんなこっちゃないのは、訓示を出した東条さんが一番よく知ってる。日本人は、ほんと、甘言に乗りやすい(今も、私も)。


とまぁ、ここまで書いたことは書物に書いてあったことの受け売り。
東京まで行って探そうとしているのは、番組で使える、第二次世界大戦前後の“原本”。

例えば、聖戦であったはずの大東亜戦争が敗北に終わった翌日の昭和20年8月16日。陸軍の俘虜情報局は国内外の俘虜収容所に宛てて、俘虜取り扱いについて注意すべき点一覧みたいな電報を打っている。

それは「俘虜の栄養状態に気を配れ」とか「破れた着物は着替えさせろ」とか、来るべき進駐軍に少しでも好印象を与えようとする、その場しのぎの方策なのだが、その中に俘虜の関係書類は「焼却ヲ完全ニ行フコト」という一項がある。

見られてまずいモノは焼いてしまえ、というのだ。
実に、現在にも通じる考えですな。

今も昔も、部下というものは上司の命令をきちんときくもので、おかげで捕虜に関する資料は、陸軍のモノは特に、ほとんど残っていない。
これが困る。

例えば、番組の中に、「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び・・・天皇の言葉がラジオから流れ、日本の国民が悲嘆にくれ、慟哭した、敗戦の日。その翌日、日本陸軍幹部は連合国捕虜に関する書類の焼却を内外の捕虜収容所に命じたのでした」てなナレーションを入れるとする(こんなクサいナレーションは書かないけど)。

その時、その司令内容を示す電報なりの原本が画面に登場するとしないとでは、説得力がグンと違うのだ。

そんな、番組進行に重要だと思われる資料、できれば原本を探すため、東京まで行ったのだった。

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防衛研究所の図書館で、漢字+カタカナの、あまりに達筆で読めない文書をにらんでいたら、「はい、閉館です」の言葉と同時に、おじさんたちがゾウキンで机を拭き始めた。

時計を見たらまだ4時半。

おっさん、4時半だよ、まだ、4時半!
下々の図書館は、どんなに早くても7時までは開いてまっせ。
一度に見せてくれる資料はひとり5冊まで。それも、頼んですぐ出てくるワケじゃない。ぼ~っと待つ時間が長い。

んで、閉まるのが4時半? ざけんじゃねぇよ、税金で“研究”してんだろ!

と、怒鳴りたいけど、反逆罪で捕まるとコワイから飲み込んだ。

東京は日が暮れるのが早い。外に出ると、もう暗い。
しかし、まだ4時半。なのに、もうすることがなくなった。

ここで見つけた“原本”またはそれに近い資料は、わずかにふたつ。
悲しい・・・・。


翌日は、防衛研究所を経由して、外務省外交資料館。
防衛研究所の図書館は暖房が入っていず、寒かったけど、ここはメガネがくもるほどに暖房が入っている。体に悪いがね。

ここも、資料を探すのに、とりつく島がない。
戦前、戦後と資料が分けられ、それぞれ目録になっている。のだが、分け方がまたまたさっぱり理解できん。

申込書に「○門○類○項○目○号」+「件名」を記さないと文献が出てこん。
「門」? 「類」? 「項」? 「目」? 何のこと?

さっぱりワカラン。それらしきものを見てみないとワカラン。
そう思って、それらしき資料を見せてくれるよう申し込むと、書庫から出てくる時間が30分刻み。出してもらって、見て、あ、これじゃない、と次のをお願いしようと思っても30分、待たねばならん。

30分毎にお姉さんが資料の乗った台車をごろごろ押しながら、「○○さ~ん」と呼ぶ。それを受け取り、静かに拝見することとなる。

資料には「件名」がついてはいるけれど、その中に何が入っているかは、全ページ、めくってみないとわからない。昔の原本だから、少し力を入れると「ビリ」というイヤな音が静かな部屋に響く。
コソ~ッとすべてのページをめくり終わり、

「あぁ、この資料は使えない」

と、密かにがっくりする。そのくり返しは、めちゃバテる。


外交資料館で見つけた、使える資料は三件。あぁ、もう帰りたい。

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最終日は、国立公文書館。初めて行った。

場所は皇居のお濠前。爆風スランプが「大きなタマネギ~」と歌った日本武道館のそばにあった。

ここは、文献がほぼデータベース化されている。パソコンが並び、そこから国立公文書館のホームページにアクセスし、資料を検索。

ん? これって、家にいてもできるじゃん?

そう尋ねたら「そうです!」と、自信たっぷりのお答え。遠路はるばるやってきた労力に水を差された気がしてしまった。

でも、やっぱり便利ではある。思いついた文字を入力すれば、それに関する資料がババッと出てくる。
しかし、出てくるのはその資料に付けられた題名だけで、その中にどんなものがあるかは、やっぱりそのものを見ないとわからない。

そして、その上、戦犯関係の資料は、その多くが「要審査」か「非公開」。
「要審査」は、この資料を見せてくださいとお願いしたら、何に使用するか審査の上、見せるか見せないか決めるのだとか。

信じられん。

「非公開」は、文字通り「お見せすることは、まかりなりません」ということ。
じゃ、リストからはずしとけよ!

さらにさらに妙なのは、GHQがアメリカに持ち帰って、整理して戻してきた英文の資料は、大半が「公開」ということ。

なんでなの? ワシは日本人やで。

同じ資料でありながら、日本語の原本は見せられなくて、アメリカさんが英訳したヤツは見せられるっつうのは納得いかん。
自慢じゃないが、ワシは英語はアカンのや。1行に知っている単語がふたつかみっつしかない資料をガバと渡されても、何の役にもたたん。

猫に小判、豚に真珠、ワシに英文じゃっ!


見せてもらいたい資料の大半は「要審査」。お願いして、審査していただき、OKが出たところで、もう一度、足を運ばんといかん。
また、ここまでくるのか・・・・。


国立公文書館で見つかった資料は、今のところみっつ。  ふぅ。

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東京2泊3日。

見つけた“原本”またはそれに近い資料は8件。そのうち、テレビカメラで接写して使えるのは3件だろう。ナレーションにして2分、もつかどうか。


NHKやキー局は、例えば『NHKスペシャル』を作る際には、資料を専門に探し、集めるリサーチャーという人を雇う。
リサーチャーは、なんでこんなことまで知ってるの?!ということまで徹底的に調査し、ディレクターなりに提出する。

ローカル局はリサーチャーにお願いする体力はない。
ディレクター自ら、資料を探し、番組内に使えるものを特定しなくてはならない。
その資料に版権がある場合には、それをクリアすべくあちこちに電話し、手紙を書き、お願いする。

努力の末に、版権使用料20万円、などと言われて、泣く泣く引き下がる。
よくあることだ。

かくしてできあがった番組は、なんとなく物足りないような、映像素材的にすかすかのような、そんな感じのモノとなる。

ゴッホの一生を描いている番組なのに、『ひまわり』が一枚も登場しないような、そんな感じ。

「ここに、あの資料の映像さえ使えたらなぁ・・」


ディレクターと共に、絵に描いた餅の夢を見る。

番組構成師の部屋

♪今日のBGM=Gordon Lightfoot 『Sundown』


※日記は昨日、書きました。


明日は東京。

先週から、熊本 → 長崎 → 沖縄 →東京。
考えただけでバテるな~。なんでこんなスケジュールになったのかしらん?

それはひとえに、ぼくが「はい、OKです」と言っただけのことなのだが。
誰にも文句は言えん。中一日ずつあいているところがニクい。

日程がピッタシくっついていたら「OK」とは言わない。何があるかわからないし。

三年前、一泊二日の予定で沖縄に行ったら、台風がきて帰れなくなった。

一昨年、宮崎から直接沖縄に飛んだら、飛行機がメチャクチャ揺れて、気持ちが悪くなり、いっそのこと落ちちめぇ!と思った。

今年6月。沖縄から直接熊本へ乗り込んだら、前日の徹夜がたたり、編集中に眠りこけてしまった。
初めて一緒に仕事をしたディレクター嬢は、後日メールで「(口を開けて寝ている様子)、初日にかなりインパクトありました」と書いてきた。

恥ずかしか~っ。

初対面で地に堕ちた信頼を取り戻すのは不可能に近いなぁ・・・・・。

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明日は8時15分の便。早いな。
でも、チケットがちゃ~んと送ってきた。ありがたいこと。

この時間に間に合うためには、家を6時に出んといかん。ということは、5時前に起きねば。
本来、ずるずると2時間はかかる出かけるまでの準備を、自分なりにテキパキとやったとして、それでも1時間はかかるし。

局って県庁所在地にあるし、局の人ってだいたい交通の便のいいところにお住まいだから、空港までどのくらい時間がかかるかあまり気にならないのね。
気にしてもらったこと、ないし。

離陸する3時間前には起きなければ間に合わんなんて、考えないか、普通。


行く準備を万全整えて、寝ればいいんだな、うん。
持っていくモノは極力減らしたい。
ぼくは、枕がかわると眠れないタイプではない。が、ホテルのゆかた又は病院の検査着みたいなねまきは寝づらいので、パジャマは持って行かねば。

仕事の資料は持って行かざるを得ない。
今回は台本を書いたりしないので、ノートパソコンは持っていかないと。
旅先でホームページを更新しようかとも思ったけど、ノートの方は通信環境をセッティングしてないので(というか、自分ではできないので)、持っていかない。

通信環境のセットって、どうしてあんなにめんどいんだろう?
以前、ノートでも通信できるようにしていた。が、あれはなんだかわからないまんま、いつの間にやらつながった。

だから、故障して、初期化状態で修理から戻ってきてから数回トライしたけど、いまだに通信できず。

前に使っていた「エアエッジ」みたいなヤツに戻すかな。しかし、ほとんど使わないのに、お金がかかるのもしゃくである。
いつか、使える状態にしてやるっ。


人に会うわけじゃないから、ひげそりはいらないな。
しかしな~、戻ってきた日は、ぼくをこの世界に引きずり込んだおじさんの引退式。
無精ヒゲで出席してもいいかしらん?
それでなくても空港から直行で、よれよれの格好をしている我が身が目に浮かぶ。

ま、いっか。ぼくはそんなタイプだと、刷り込まれているだろう。


デジカメもいらん。
携帯の充電コードは必要。
お金は、必要最小限あればよし。ディレクター氏にたかるべし。

あ、筆記用具・・・・ふで箱に入っちょる。
レポート用紙・・・・たぶん何も書かないけど、入れとこう。

歯ブラシ&歯みがき粉・・・ホテルにあるだろ。最近、置いてないところも多いけど。
目覚まし時計、は、携帯で代用できるからいらん。

進行中の仕事の台本・・・・連絡くれとメールを出してもウンともスンとも言ってこない。こういうのに限って、ギリギリになってトラぶる。一応、持っていくか。紙って結構重いんだけど。

常備薬・・・・持っていく。
保険証・・・・何があるかわからないから持っていく。
銀行の通帳・・・・いらないけど、いつもバックに入ってるから出すのがめんどい。

替えメガネ・・・・以前、取材初日にレンズが脱落し、残りの日程をずっとガムテープでレンズをとめたメガネで通したことがある。
あれは不便だったし、何より周囲の人が奇異の目で見るのがなんとも言えんかった。
でも、今回は大丈夫だろ。

飛行機のチケット。これだけは忘れられん。


う~ん、あとはなんかないかなぁ。
こういう準備がヘタクソなのだ。

ま、チケットと、お金があれば、最悪の場合でもなんとかなるか。

あぁ、花の大都会。
人混みにもまれるのは、ヤだなぁ。

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明日の日記を今日書いてっと、27、28日と日記はお休み。


今日は早く寝よ。

♪本日のBGM=Ian Gomm 『Summer Holiday』


悩める現場。硬直化したイマジネーション。

最近、よくそう感じる。若いスタッフに「番組を作りたいっ!」という意欲が感じられない。与えられればやるけれど、自らこれがやりたいと企画を出すことは希だ。

昨日、訪ねた局も同様。
部長クラスは懸命になって番組作りができる場を確保し、若いスタッフに企画を募る。しかし、まったく出てこない。何のための“制作の場”なのか。

今、この経済状況とデジタル化のダブル・パンチの中、売れないドキュメンタリーを作ることのできる場を保つというのは大変なこと。
それも、キー局主体のコンペに通り、キー局から制作費が出る番組ではなく、ローカル局自体がネットワークを組んで制作の場を維持しようとしているのだから、根性と粘りの産物だ。

日常の、例えば月-金の情報番組以外に、制作の場が確保されている局の方が圧倒的に少ない。
昨日、別の局のディレクターに会った時、「いいなぁ、作る場があって」と盛んにうらやましがっていた。ネタを握っていても、番組として具現化できない人間の方が多いのだ。

なのに、制作の場が準備されている局では、若いスタッフからは何の企画も提案もないというこの体たらく。

思うに、皆さん、番組を作りたくて局に来たのではないのだ。みんなが愛しているのは「テレビ局員」としての自分であり、好きなのは番組制作ではなく「テレビ局」なのだ。
だから、局に就職できた時点で夢は完了。あとはそのまま。進歩はない。

テレビ局社員は、地方の名士だ。仕事は一見格好よさそうに見えるし、給料も周囲の企業に比べるとかなり多い。この不況のご時世に、である。

みんな、自分がやっている仕事量とその報酬とのバランスを考えたことがあるのだろうか? 世間一般の相場と自らの年収なりの比較をしたことがあるのだろうか?
明らかに“もらいすぎ”である。

奇しくも、ボーナス闘争の時期。
しかし、ボーナスをもっとくれ、と言える仕事量なの?
それを主張できる経済状況ですか?

そんな“もらいすぎ”人間たちが作る番組、伝える報道に、どのくらい心情が込められるのか、かなり疑問だ。
リストラの心配なんぞ微塵もない記者がリストラにあった人たちの取材をしても、相手から真の心情を引き出し、くみ取ることは期待薄だ。

しかし、この業界にも必ずリストラの時代がきまっせ。
その時初めて、リストラにあった人たちの言葉の裏にある心情が理解できるだろう。

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確かにみんな忙しい。

しかし、制作プロダクションの面々は、ローカル局のディレクターに比べて、少なく見積もってもふたり分の仕事をこなしている。半分の年収で、だ。

某局に中途入社したある人は、言った。

「この程度の働きで、こんなに給料が出るなんて、ローカル局はおかしいよ」

だからと言って、給与を減らすわけにはいかない。
だから、経営側は制作部隊をどんどん外へ出す。局に残るのは総務、人事、番組送出関係、編成、そして報道。
制作は社外に任せればいい。そうすれば経費は減る。そういう考えだ。

デジタル化のために一局あたり数十億の大金が消えていく。その投資した数十億は、戻ってくることのない金だ。
その負担は、社員も背負っていくべきものだろう。視聴者も新たな受信機器導入という、アホな国策のために無用な出費を余儀なくされるのだから。

なのに、局のディレクターは、「地方の名士」に安住し、局の名刺に自分の名前が刷り込まれていることに満足している。
満足するのはすればいい。だが、その収入に見合うだけの仕事をしていない連中のいかに多いことか。

「地方の名士であることが嬉しいだけだろ?」

そんな話を若い人の前でしたこともあるけれど、みんなピンとこないのだ。

しかし、自ら「これをやりたい!」と手を挙げることのできないディレクターは、これから変わっていくであろうテレビの世界で生き抜くことはできまい。

デジタル化が定着する頃、キー局、ローカル局、巻き込んだ再編成が行われる可能性がある。その時、今、制作の場がありながら手を挙げないディレクターたちに生き残る余地があるだろうか? その時、そうしたディレクターたちは、何を自らの売りにするのだろうか?

プロダクションの人間の方が、ずっと効率よく、ずっといい仕事をする。

実績のない、ルーチンワークしかしない、そんなディレクターを雇うくらいなら、生き延びるために必死になっている制作プロダクションに発注した方が、たとえ能力が同じだとしても、熱意があるだけましである。
まして制作力もあれば、社内に制作スタッフをかかえている必要もない。

人はよくても腕の悪い医者には、手術は任せられまい。
それと同じで、好人物でも能力(&熱意)に乏しいディレクターには、番組作りは任せられないのだ。

上司に言われましたから作りました的な番組を流すのは、視聴者に対する冒涜だ。

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「ディレクターの給与は、年俸制にすべき」

某局の部長は、かなり前、部長に昇進する前からそう言い続けている。働く人間も働かない人間も、査定の差こそあれ、同じ給料、同じボーナスであることがおかしいというのだ。

ぼくもそうあるべきだと思う。働いた人間には働いた分を還元し、働かない人間はそれなりのものしか手にできない。
それはあたり前だろう。日本式の年功序列、終身雇用が最もそぐわない仕事のひとつがディレクター稼業だ。

一年契約で毎年更新する形になれば、もっと必死に企画を考え、精力的に動くような気がする。今のように「流れてしまえば仕事はおしまい」という感覚は薄まるだろうし、競争心も芽生えるだろ。

今は、みんな一緒にぬるま湯で半身浴をしている状態だ。

そこから飛び出し、冷水摩擦でも始めたらどう?


♪今日のBGM=Keb’ Mo’ 『Slow Down』

沖縄はあったかかった。

同じ飛行機に乗ってたおばさん一行のひとりが、

「つゆみたいねぇ」

と言った。
雨つぶは落ちてないものの、空一面雲に覆われ、どんより。
空気も湿って、もんわり。

搭乗する時は、<半そでTシャツ+長そでTシャツ+トレーナー+フリース>といういでたちだったぼくは、那覇空港でフリースを脱ぎ、局へ向かうタクシーの中でトレーナーを脱ぎ、それでも暑くて長そでTを脱ごうかというくらい。

でも、仕事の初めての打ち合わせに半そでTシャツもあんまりかなぁと思い、自重。
あんまりと言えばトレーナーでもあんまりだろうから、今さらという気もしたけれど。


打ち合わせは、

「こんなことをやります。んで、どうしましょう?」

「う~ん、極力迅速に、情報を集めて、次回の打ち合わせに臨むということで」

という感じで速やかに終了。
企画書は、A4一枚。番組の動き出しってのは、こんなもの。

始まりから力を入れまくり、設定をみっちりきっちり作りあげた番組は、あんまり面白いものにはならない。これ、ほんと。
リサーチし、取材していくうちに、面白いモノが現れて、自然と流れができて行くものだから。できない場合は、面白くないということだ。

しかし、再来年の3月くらいのはずだったオンエアが、来年の10月中にあっさり変更。確定ではないようだけど、半年近く早まるとなると、その分、早め早めに動かなくちゃならない。

構想は2時間の大型番組。
ディレクターひとりではまずムリだから、チーフひとりにサブひとりということになるだろう。そのチーフの手綱さばきで、いい取材になるか、散漫になるかがほぼ決まる。

ローカルで2時間のドキュメンタリーというのは大変だ。予算的にもスタッフ的にも。
海外取材にタレントを使うと、あっと言う間に数百万が飛ぶ。国内でも、一泊二日、実働半日でぼくのギャラの倍の金額を持っていくのだから、人気稼業というのはたいしたものだ。
テレビは作るものじゃなく出るものだなぁと実感する。

視聴率を操作しようとした日本テレビのおじさんが、ひとつの番組に使えた制作費が5,000万。ローカルでは、その10分の1の額を使える機会もほとんどない。
今回はどのくらいになるだろう? その額で海外取材が3ヵ所になるか、2ヵ所になるか、1ヵ所にとどまるかが決まり、使えるタレントの知名度も決まる。シビアなことだ。

スタッフ的には、この番組にディレクターふたりとカメラマンひとりを専従させるなんてことは絶対できないから、日常業務をかかえた上に、この番組を背負うことになる。忙しさ二乗だ。

もう12月。年末年始はリサーチもかけづらいだろうし、年明け早々、本格的な打ち合わせということになる。
取材に3ヵ月、編集・ナレーション収録に2ヵ月などとやっていると、あっと言う間に10月だ。鬼も笑わないうちに、オンエア日が来る。

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一晩あけて、今日は朝からフリー。
知人に会う時間まで、那覇の百貨店で暇つぶし。店の前には、クリスマスツリーが飾ってある。でも、どこか違和感。

道行くおじいさん、おばあさん(おジィ、おバァですな)は、半そで多し。昨日とうってかわって、空は青空。太陽さんさん、ほんとに暑い。緑の街路樹が、温風に揺れる。

そんな中に、ポツンと突っ立つクリスマスツリー。そぐわない。ツリーには陽光ではなく、雪だろう、やっぱり。
でも、南半球のクリスマスは、こんな感じなんだろうな。


知人と昼食を取り、ぼくはモノレールで空港へ。
このモノレール、開業した初日に故障で止まってミソをつけたが、なかなか快適。
景色もきれいで、かなり楽しい。

しかし、いかんせんノロい。それに駅が多い。那覇の中心地から空港まで、ほんの数キロに駅がななつかやっつ、あるんじゃなかろうか。
高架の上を走るモノレール。来し方行く方、お見通し。駅を出る前から、次の駅のホームがもうすぐそこに見えている。

まぁ、のんびりしていていいのだけれど、離陸時間まであと25分、などと考えて乗るには体に悪い。

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ホテルでほとんど眠れず、機内で眠ろうと思ったら、真後ろのお子さまがぼくのイスの背もたれを蹴りつつギャンギャンお泣きになったので眠れず。
ヘッドホンの音量を最大にし、音楽をじっくり聞いた。

Jポップ、洋楽あれこれ聞いたけど、はまったのは演歌。
村田英雄の『王将』。いいじゃな~い!

 吹けば飛ぶような 将棋の駒に
 かけた命を 笑わば笑え
 生まれなにわの 八百八橋
 月も知ってる おいらの意気地

 明日は東京に 出て行くからは
 何が何でも 勝たねばならぬ
 空に灯がつく 通天閣に
 俺の闘志が また燃える

よかね~、よかっ! 坂田三吉、いよっ、日本一!


小学校3年の頃の同級生に、村田英雄の姪っ子がいたっけ。
おっちゃん、エエ歌、歌ってたんやなぁ。

ぼくはJポップも好きである。しかし、Jポップは“曲”としてしか聞けない。ぼくにとって“歌”ではないのだ。
まぁ、かなり偏見ではあるが。

ぼくは、持っているCDこそ、8割方ロック、残りがブルース、R&B、JAZZ。日本人ミュージシャンのモノは、RCサクセションと四人囃子だけ。外国かぶれなのだ。

だが、しかしっ!
中学の時、卒業を目前に控えた何かの会で、みんなの前で『ラバウル小唄』を歌った前科者でもあるのだ。
演歌は、昭和40年代までのものなら、生まれる前、東海林太郎の歌から歌えてしまったりする。

学生時代は『人生劇場』を、深夜、井の頭公園のステージで放歌していたものである。

ロックもいいけど、演歌もよかぁ!
ANAの機内音楽で眠っていたモノに火がついた。


博多駅の構内を歩いている時、ふと気がつくと『大阪ラプソディー』を口ずさんでいた。


やっぱり、おやぢ。

番組構成師の部屋

ひえ~!


余裕しゃくしゃくと思ってたら、もう時間がないっ!
今日は沖縄へ行くんだったっ!
あと15分で用意して出なければ、飛行機に間に合わんっ!!

BGM選んで日記を書くどころの騒ぎではない。
とっとと着替えて、行こうっと。
♪今日のBGM=Joe Strummer & The Mescaleros 『Global A Go-Go』


寒い。しんしんと冷える。

しんしん・・・なんて言うと、北の国の人たちから叱られるかな。
学生の頃、冬の北海道に行った時、マイナス20℃という日があった。

がーんって寒さだったけど、感じとしては、今、この部屋の方が寒い。
イスにあぐらをかいて、タオルケットをかけている。
ぼくの部屋は北向きの板張り。足をおろしたくないのだ。
つい昨日までは、「ほんとに11月?」という気候だったので、こたえる。

-20℃。冬の北海道。
摩周湖の展望台に着いた時には晴れていた。
初めて摩周湖に行った時、湖面が見えると結婚できない(または、結婚が遅れる)そうだ。
ぼくは、ばっちり、傾く太陽の光にきらめく真っ青な湖面を見た。

昔、摩周湖は透明度世界一だったとか。ぼくが見た時も世界一だったのかはわからないが、まったく音のない世界にたたずむ美しく澄んだ湖水は、湖底に横たわる木々まで見通せた。

何かが出てきても不思議じゃない。引き込まれても文句は言えまい。

そんな感じの、恐ろしいほどに、別世界だ。

天気がよかったので、展望台からとろとろ歩いて降り始めた。それがまずかった。
ものの300メートルも行かない内に、さーっと一面に白い霧。
あらら、と思っていると雪が降り出した。それもいきなり横殴り。

ぼくは、夏ならば観光バスが次々と行き交う幹線を歩いている。
そのはずなのに、道が見えない。

風に押されて、よろよろよろける。と、そこは雪の吹きだまり。

 ずぼっ!

胸まで雪。背中にはフレームパック。出られない。困った。

もぞもぞなんとか抜けだし、歩き出すとまた、ずぼっ!

もぞもぞ、よろよろ、ずぼっ! をくり返す。

目の前に電信柱が現れた時、あぁ、人がいる、と心底安心した。

宿泊予定のユースホステル(懐かしい響きだなぁ)に入り、脱いだジーンズを見ると、ぼくの足の形に凍っていた。見事に、がに股。情けなかった。

ユースのおじさんにはメチャ叱られた。

「凍ったのがジーンズでよかった。お前が凍ってもおかしくない!」

すみません。


特に軽装ぶりをこってりしぼられた。

冬の北海道に来るのにジーンズとは何事じゃ。それも、下に、もも引きさえはいてない。お前、北海道をナメとんのか?

いいえ、なめてなんぞ、おりません。

確かに軽装だった。
あの-20℃の中、ぼくはジーパンにバスケットシューズ。上はネルのシャツにダウンジャケットだった。今、この部屋にいるぼくよりも薄着じゃなかろうか。
年齢を重ねるに連れ、皮膚感覚は鈍るだろうに、気温の変化には敏感になるのかしらん。

叱られたけど、そのままの格好で、その時は40日間、冬の北海道をふらついた。

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ぼくは、いつの間にか今の仕事を始めた。

この仕事を始めるために、何かを学んだ、勉強したということはない。
役に立っていると確かに言えることのひとつは、学生時代、授業に出ずに日本をあちこちぶらぶらしたことだ。

授業には確かに出なかった。四年間でとったノートが30ページないんだもの。卒業証書をいただいて、学士さまになったのが申し訳ない、まったく。
でも、卒業証書はなんの役にもたたなかったけどね。

同じぶらぶらするのでも、海外へ足が向く人と、ぼくのように国内を歩く人間といるようだ。
ぼくは海外に興味がなかった。実のところ、今もあまりない。観光という意味で。

異文化には興味はある。なんせ、最初の会社を辞める理由が「文化人類学を学ぶために大学へ戻る」だったくらいだから。

でも、これは「どんな理由だと、退職を引き留められずにすむか?」と熟考したあげくひねり出したもの。確かに「それじゃぁ、仕方がないな」と会社側はこころよく送り出してくれた。結果的に、ぼくはうそつきになった。

学生の頃は、海外へ行くとモロ観光旅行になるような気がしていた。
実は国内をいくらふらついても目的意識がなければ観光旅行と何の変わりもないのだけれど。

でも、当時は、旅費を浮かせるために60キロを歩いたり、夜行電車や駅で寝たりしていると、何かやっているような気になっていた。

知らない町を、誰かの視線を感じながら歩いていると、緊張感に身がすくみ、どうしてこんなところで、こんなことをしているんだろうと思ったりした。
それが本当は快感だったのだけれど。

北へふらふら、南へぶらぶら。

寅さんみたい。
でも、寅さんは行く先々で香具師をし、恋もする。ぼくは働きもせず、恋も見つけず、ただぽてぽて歩いた。

そのふらつき旅で、見たり、聞いたり、触れたり、食べたり、飲んだりしたものが、今の仕事を支えてくれている。

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先日、中学時代の同級生から電話があり、ちょっと相談があるという。なんだと聞いたら、電話口に娘が出た。

「将来、おじさんのような仕事をしたいんだけど、どうすればなれますか?」

困った。

知らないガキなら、しっかり勉強するんだよ、くらいの適当なことを言ってごまかすのだが、友だちの子どもとなるとむげにはできん。
それも、高校卒業をひかえ、自分の進路を考えている真面目な子となるとなおさらだ。ホラも吹けない。

かといって、オレが経てきたことをそのまま言ってもなぁ・・・。

困った。

「できるだけ旅をして、いろんな人に会って、いろんなことを見るんだよ。そうして引き出しをいっぱいにしておけば、きっと、必ず、役立つから」

「うん。ありがとう」

冷や汗が出た。

言葉でごまかす、イヤなおとなを実演してしまった。

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その引き出しも枯渇寸前。

そう感じ始めて数年たつ。

体よく言えば充電、ホントは失業の期間を強引に入れてでも、引き出しの中味を増やさないとまずい。

しかし、仕事を中断して例えば3年後、またここへ戻ってこれるのか?
そう考えると、自ら断つ度胸がない。


その度胸が出る時を“若さ”と言うんだろうか?

番組構成師の部屋

♪今日のBGM=Robert Randolph & The Family Bnad
                          『Live at the Wetlands』


なんか知らんが、めちゃ忙しい。

旅先から帰ろうとホームで特急を待ってると、ある局のディレクターが携帯に電話をくれた。

「番組が決まったから、よろしく」

ほ~、あの企画、通ったのね、よかったよかった、
と、話をして切ったとたんに、また電話。

「東京へ行くチケット、送りました」

そうだ、来週は東京へ行くんだ、資料調査に。そのリストを作らなくちゃ。

でも、オレ、リサーチャーじゃないんだけど?
ま、いっか。ローカルで「ワタシは構成しかやりません」なんて言っても始まらない。
資料を頭に入れないと、流れは作れないんだし。

まず、今までコピーした資料の中から使えそうなモノを探し出し、その原本がどこにあるかを調べなきゃ。

使えそうなモノを探すだけで丸一日は十分かかるなぁ。
そのリストを作って、原本がどこにあるか探す?
家にいたって探せん。図書館に行かにゃ。

でも、日・月と沖縄に行くんだぞ、再来年の番組の打ち合わせに。
で、帰ってきたら東京だ。図書館なんか、行くヒマ、ないやんか!

また携帯が鳴る。今度はメール。

「番組の構成をメールで送りました。見てください」

某局の若いディレクターから。
やる気はあるし、期待もしてます、僭越ながら。だから、時間があればいくらでも拝見したい。ぼくも刺激になるし。
しかし、ちょっと今はダメ。物理的に時間がないっす。

ごめんね~とメールを返す。

「じゃ、東京から帰ってから」

う~む、粘るじゃん。しつこさは番組作りに欠かせませんぜ。

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そんなこんなで、あんなにヒマだったのが、一気にすることだらけになる。

することがないとものすごく不安なのだが、怒濤のように忙しくなると乗り切れるかどうかまた不安。
カゼもひけんし、ハラもこわせん。

以前、番組の編集途中でカゼをこじらせ、リタイアした。
でも、ラフな流れは作り、ナレーションもぼくが書いたのだけど。

それからしばらくして。
その局で、ある番組の構成を社外の人間に頼もうという話になり、あいつはどうだ?とぼくの名前があがったらしい。
すると、カゼで寝込んだ時のディレクター氏が

「あ、彼は体が弱いからやめた方がいいですよ」

おちおち熱も出せない。


3泊4日の行程でロケに同行した時。

なんかふらつくので体温計を買って計ると38.4度。
ぼくは子どもの頃から熱には強く、普通は38度くらい出ても平気なのだが、三脚を持って走ったり、長い時間、車に揺られたりすると、やっぱりまずい。

他のスタッフの足をひっぱるとまずいから、39度をこえたらクルーから離れよう。
そう思って、頭がぼや~っとなると体温を測ること数回。結局、38.8度どまりでロケを終え、自宅へ無事に帰ってきた。

あの時、熱が出たのでリタイアします、となっていたら、その局で二度と仕事はできなかったかもしれん。

あぁ、コワイ。


いかん、思考がマイナスになっとる。それにグチっぽい。

お仕事いただけるんだから、がんばんなきゃね。

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特急に揺られながら、クビになった時を思い出していた。
正確には、クビになりかけた、んだけど。

20代半ば。プー太郎を経て、できたばっかりの会社に入った。社員は10人くらいだったかなぁ。ぼくが一番の若造だった。

他はいろんなキャリアのある人間たちで、「新しいマーケティングシステムの構築だぁ!」と理想に燃えていたけれど、理想はやっぱり理想。
すぐに行き詰まり、会社は明日も知れない難破船状態に。

ある朝。出社したら電話が鳴った。出ると先輩からで、

「銀行に行ったけど、給料が振り込まれてない」

給料遅配。毎月そうだったのだが、先輩はそれを忘れていたらしい。

「カネがないから、会社に行けないよぉ」

電話口で弱り切っている。
定期くらい買えよ、と言いたかったが先輩なので言えなかった。

でも、なんかおかしかった。地下鉄代220円くらいあるだろう、ふつう。
でも、ないな、あの人は。宵越しの金を持たないタイプだ。

いよいよあかん、こりゃ倒産となった時、妙なおっさんが乗り込んできた。
会社を買い取ったらしい。
物好きなヤツもいるもんだと思ったが、要するに、新しいオーナーだ。

そのおっさんは、ぼくら社員&役員を窓際に一列に並べた。
そして、ひとりひとりを指さしながら、

「お前はいらん、お前もいらん」

と言い出した。クビの宣告。

社長も、この会社の設立に退職金をはたいた相談役も、みんなクビ。
残ったのは、一番営業ができるおじさんと、経理担当の女性と、ぼくの計3人。

ぼくが残ったのは、

「お前は若いからな。つぶしがきくやろ」

という理由。ありがたいことで。

残った3人は、そのおっさんの会社へと移籍させられ、ぼくがいた会社はペーパーカンパニーと化した。

簡単にクビにできるんだなぁと感心した。


その会社に入社した時、株を買った。持ち株会社だった。
金20萬円也。

その株券は今も机の引き出しに入っている。

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仕事があるって、ありがたいな、やっぱり。

がんばろ。
♪本日のBGM=Marcia Ball 『Gatorhythms』


今日はお出かけ。

その日の日記を朝8時台に書くというのも妙だけど、「その日の出来事」を書いてるわけじゃないから、まぁ、いいか。

家を出るのは10時で十分なのだけど、ぼくはもう服を着替えてパソコンに向かっている。早めに準備しておかないと不安なのだなぁ。

以前、ライターをやっていた頃も、アポの1時間前には取材先の居所を確認しないと心配だった。

 「あ、あそこだな」

よしっ、と目に焼き付けて、近くでコーヒーを飲み、時が経つのを待っていた。

今、ぼくが毎朝6時に起きるのも、出かけたり、仕事を始めたりするのに2時間くらい時間が必要だから。
体調がどうの、ではなく、うだうだぐだぐだする時間がないと次へ進めない。

ムダな時間だなぁとは思う。会社勤めだった頃は、朝目が覚めて10分後には電車に乗るべく外を歩いていた。朝食もとらず、フトンはそのまま。あの生活には、もう戻れないなぁ。

出かける服装といっても、ふだんとほとんど変わらない。
ぼくの中では、よそ行きのTシャツによそ行きのジーンズ、そしてよそ行きのクツなのだけど、それに気づいてくれる敏感な人はまずいない。
「いつも同じ格好だねぇ」とはよく言われる。

学生時代もジーンズの上下みたいな格好だった。同じような格好のヤツが多かった。ある時、お嬢さま学校相手の合コンに出たら、お嬢さまから「制服ですか?」と言われた。

 どこの世界にこんな制服を採用する学校があるねん!

と言っても、お嬢さまの反応は鈍かった。違う世界の住人に見えたに違いない。


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今日、行く局には、制作部がない。

番組を制作しないテレビ局というのもなんとなくムリがある感じだが、関連会社が制作を担当し、そこへ局の社員が出向という形をとっているらしい。

本体の経費を可能な限り抑えたいということなのだろう。

小さな商圏にみっつもよっつも民放があるところは大変だ。パイは限られているから、その取り合いをずっと続けなければならない。
そんな状況の中、スポンサーがつかないドキュメンタリー番組の制作費を捻出するのは難しい。

日テレのアホ・プロデューサーが一番組につき使うことのできた制作費は、ほぼ5,000万だったいう。

ここまでケタが違うと爽快ですな。

ローカル局のドキュメンタリーの場合、制作費はその100分の1だったりする。
ぼくが、5,000万という目もくらむような制作費の番組に携わったのは一回だけ。その時、なんと予算は余ったという。額が大きすぎて、使い方がわからなかったに違いない。


その局は、味わい深いドキュメンタリーの作り手がたくさんいる。
がんばって欲しいと思わずにはいられない。


さて、そろそろ出かけますか。

番組構成師の部屋

♪今日のBGM=Tal Farlow 『Tal』

今日はリラックスしたいから、BGMは上記。

タル・ファーロウは、ジャズ・ギタリスト。ご存命なのか、お亡くなりになったのか、寡聞にして知らないけれど、生きておられるとしたら80歳を越えているはず。

いったん活動が途絶え、かなりの年月がたってから“再発見”された人だったように記憶している。

表舞台から、姿名前を消し、数年、長くは数十年ののちに“再発見”されたアーティスト、という紹介の仕方がよくされる。
アメリカの黒人ミュージシャンに多いかも。タル・ファーロウさんは、白人だけど。

数年前に一世を風靡した(しかけた?)、キューバの「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の方々は、アメリカのギタリスト、ライ・クーダーが“再発見”した、という内容の記事を、当時、何かで読んだ。

そんな大げさなもんかなぁ。
クーダーさんも別に再発見したつもりじゃないんじゃないかな? 一緒にやったら楽しかったからレコーディングしたりした、それだけじゃないの? その方が自然だ。

ファーロウさんが自分の名前を冠したこのアルバムは、ぼくが生まれた年に録音されたもの。
柔らかく、太めの、少しくぐもった音が、無味乾燥な深夜の仕事部屋をゆったりながれると、モニターに向かうぼくの姿勢もぐんにゃりふにゃふにゃ。
くつろいでしまう。

1曲目は「Isn’t It Romantic」。邦題は「ロマンチックじゃない?」。
そのままといえばそのままだけど、いい邦題だ。誰がつけたのだろう?

邦題をつけるセクションっていうのがあるのだろうか? 担当プロデューサーとか、宣伝担当がつけるのかしらん?

中古輸入盤しか買わなくなって久しいので、邦題をまったく知らないアルバムばかりになってしまった。
でも、ぼくらが洋楽に興味を持ち、レコードを買い始めた頃に比べると、ロックであれ、ジャズであれ、ジャンルを問わず、原題を日本語タイトルにかえる率は少なくなっているような気がする。

ジャズを聞きかじり始めた人が必ず一度は耳にするジョン・コルトレーンの「A Love Supreme」も「至上の愛」との邦題がなければ、あれほど(今もだろうから、これほど、かな)聞かれることはなかったかもしれない。

“至上の”という言葉がいいんだろうな。“supreme”を、“究極の”とか“絶大な”といった言葉に置き換えたら、とたんに雰囲気が変わる。

“死をかけた”という意味もあるらしい。  「死をかけた愛」。
う~ん、「曽根崎心中」みたい。生々しゅうてスピリチュアルではないぞ。

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ぼくがジャズを聴き始めたのは大学に入学してから。

友人の下宿で、口紅がついた吸い殻とマッチ棒が印象的なジャケットのアルバムを聞いたのが最初。
ウェス・モンゴメリーの「A Day In The Life」だった。

その音楽よりも、ジャケットの方に最初は気を引かれた。今でも秀逸なデザインだと思っている。煙草と口紅に、今から足を踏み入れようとする耽美な世界を想ったのかもしれない。

結局、学生生活は耽美どころではなかったのだが、狭っ苦しい四畳半で聞いた「When A Man Loves A Woman」のメロディは忘れない。

この曲が、パーシー・スレッジという黒人のお兄さんの持ち歌だということは、社会人になってから知った。
歌もいいけど、やっぱり最初に聞いたインストの方がしっくりくる。


結局、ぼくのジャズ熱は、入門編から奥へと踏み込むことはなかった。
今、ジャズのCDは200枚くらいあるけれど、恥ずかしいまでに入門コースだ。

そこ止まりだったのは、単純に言えば「嫌いじゃないけど、つぼにぴったりはまりはしなかった」ということ。
だが、“眉間にしわ”みたいなジャズの世界がいやだったことも少し関係してるかもしれない。

曲の“解釈”とか、“理解度”とかいう言い回しが、まず“理解”できなかった。
自分を表現しようとして苦悩苦闘するのは、ジャズもロックも、歌謡曲も演歌も津軽三味線も変わるまい。

それに、ジョン・コルトレーンを“トレーン”、ソニー・ロリンズの名盤「サキソフォン・コロッサス」(大好き)を「サキ・コロ」と呼ぶ、その符丁感覚も嫌いだった。

「格好つけずに、素直に呼べよ」みたいな感じ。

まぁ、同様の省略はジャズに限らず、ロックにだってあるが、ぼくは元々省略が好きではないのだ。

ディープ・パープルを「パープル」とは呼ばないし、エリック・クラプトンを「E.C.」、ガンズ・アンド・ローゼスを「ガンズ」、レッド・ホット・チリ・ペッパーズを「レッチリ」とは呼ばない。
RCサクセションを「RC」とは呼ばないし、松浦亜弥を「あやや」とも呼ばない。

あげていくときりがないのでやめるが、要するに東西関係なく、芸能人(?)をフルネームで呼ぶタイプなのである。

ついでに“さん”付けで。例えば、友だちとの会話でも、“キヨシロー”ではなく、“忌野清志郎さん”と呼ぶ。別に友人でも知人でもなく、会ったことも、生で見たことさえないのだが。

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ジャズ評論&にわか評論の世界は嫌いだが、いいアルバムいい曲は、やっぱりいい。

「ケルン・コンサート」を聞くと、心が洗われる。もれ聞こえるキース・ジャレットのうめき声はいまいちだけど。
他のアルバムを買おうと試聴した時、うめき声があまりなので買うのをやめたことがある。黙って弾けないんだな、この人。

昔、友だちの彼女に「どうしてギターを弾く人は口をいっつも開けてるの?」ときかれたことがある。
確かにソロを弾く時なんか、たいてい口を開けて陶酔している。
でも、どうしてって聞かれてもねぇ。

電気で増幅してるからかな? 生ギターや、バンジョー、マンドリンなんかでソロをとっても、あんな顔にはならんのじゃないかしらん。

マーチンD28でリードを弾いても、口半開きにはならんでしょ?


とりとめなく書き散らしていたら、タル・ファーロウからジミー・ヴォーンにかわってる。
ぼくのCDプレイヤーは7枚連装。仕事を始める時に7枚セットすれば、流れ終わる頃にその日のお仕事終了、という運び。

そのサイクルで仕事が進むと、調子がいい。

でも、ここんとこカメレオン・モードでお尻も焦げて炭化しかかってるので、セットした7枚が3回目に突入することがある。
今日も3回目だ。

明日は長崎行き。久しぶり。
とっとと締め切り仕事を終わらせて、寝なければっ(ムリだけど)。

番組構成師の部屋

♪今日のBGM=Ten Years After 『Cricklewood Green』


『ビー・キャス』、登場。

「なんじゃそりゃ? ママ・キャスなら知っとるぞ。 ♪カリフォルニア・ドリ~ィミン~♪」

違う!

「B-CASカード」。
デジタル放送で使われる、コピー防止カードのこと。

NHKのBSデジタル放送に採用されると同時に、今年12月から始まる地上波デジタル放送でも採用が決まった。17日、NHKと民間放送連盟が来年の4月からの導入を決めたのだ。
今年から始まるのに、導入は4月からというのが、のっけから妙だけど。

しかし、よくもまぁ、勝手にいろいろなことを決めること。
視聴者の存在って、どこにあるのかね?

ダビングを重ねて行くにつれ、画質・音質共に落ちていくアナログ放送に対し、デジタル放送はコピーを繰り返してもその高画質・高音質は劣化しない。
現在、NHKのBSデジタル放送にはコピーガードがなく、海賊版が横行している。

今年の4月にはBSデジタルで放送された『松田聖子ライブ』を録画・ダビングし、インターネットのオークションで売った(公の場で・・バカだね・・)男が、著作権法違反容疑で逮捕されている。

そうしたことを防ぐため、デジタル放送に「1回だけ録画可能」というコピー制御信号を加える。なおかつ、受信機(テレビやデッキ)に『B-CASカード』を挿入しないと映らないという寸法。

番組の内容ばかりではなく、見るという主体的な行為さえ、局にコントロールされるというわけだ。

納得がいかん。


デジタル放送がダビングを重ねても劣化しないということは、わかっていたこと。
ダビングして儲けようか、という安直な考えを持つ輩が現れることも先刻承知のはずである。

さらに、デジタル方式の採用にOKを出したのは視聴者ではなく、電波を送り出す局側だ。

自分で勝手に方式を変えながら、その後始末を”全”視聴者にさせるつもりなのか。
普通に放送を楽しむ視聴者に比べ圧倒的に少ない「安直な考えを持つ輩」のために、またも余計な操作を“全”視聴者に強いる。

局の感覚を疑う。

視聴者にはハードに弱い人もいるのだ。お年寄りかもしれないし、女性かもしれないし、子どもにも、若い人にもいるかもしれない。

そういう人たちに『B-CASカード』の必要性を誰が伝え、その操作法を誰が教えるというのだ?
「何のために?」と問われて、納得のいく明快な回答を誰がしてくれる?

やりっぱなし、しっぱなしになることは目に見えている。

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「B-CASカードはデジタル受信機を買う際にこん包されている」だと。
各自、マニュアル読んでお使いなさいってことだな。

たびたび例に出してお袋に申し訳ないが、そんなこと、彼女にできっこないのだ。なぜ必要なのか、理解できないのだから。

断っておくが、お袋は老いて理解できないのではない。
「なぜ?」と考えるからなのだ。

「あらかじめこん包」しておくことは、決まった方式に疑問をはさまず従いなさいということ。物心つこうとする子どもたちは、「なぜ?」と思うことなく『B-CASカード』を使うことだろう。実質的にそれがスイッチとなるのだから。

またひとつ、すり込みが増える。

そのスイッチ、受信機に挿入する着脱式だから、なくすことも当然ある。
その場合、量販店に備え付けてある依頼書を郵送すると“有償で”再発行してくださるそうだ。

ありがたくて涙が出る。

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デジタル放送番組の著作権をダビングなどによる侵害から守るためだという、もっともらしい導入理由がつけられている。
そもそも、著作権を侵害しやすくしたのは誰なのだ? 

また、番組制作に携わった数多の著作権者個々の権利はかえりみず、局に所属する番組著作権を守ろうとしているだけではないのか?

わからないことは、まだある。

『B-CASカード』は、「デジタル録画機器に1回だけ」録画できるが、そこから別のデジタル記憶媒体にはダビングできない仕組み。

ということは?

ぼくは今、ハードディスク搭載のDVDレコーダーを使っている。
「1回だけ録画可能」の『B-CASカード』システムだと、ハードディスクに録画した番組をDVDに落とすことができなくなるのではないか?
ハードディスクに録画した時点で1回とカウントするならば、当然そうなるはず。

ハードディスクにではなく、直接DVDに録画しろというのか。
見たくもないCM込みで。
なんのためのハイブリッドレコーダーなのか、わからない。

あ、そうか、こやつも買い換えればいいわけね。なるほどね。手回しのいいことで。

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さらにわからないこと。

『B-CASカード』には1枚ごとに固有の識別番号がついてくるらしい。

視聴者が氏名その他の個人情報を返信用のハガキに書いたり、インターネットを使ったりして送ると、管理会社がその情報を登録・管理する。

形としてはこれまでの家電と同じだが、まったく異なるのは、管理会社から個別の『B-CASカード』をコントロールすることができるという点だ。

例えば、受信料を払わない不届き千万なヤツに向けてNHK側から信号を送り、『B-CASカード』を使えなくして、視聴できなくすることも可能なのだ。

ぼくたちは、住基ネット番号を使った政府権力からだけではなく、我が方の身方と頼むマスコミからも管理されることになる。

「公共放送の立場から、未契約世帯の解消策に
 『B-CASカード』方式を利用しない」

NHK総合企画室の弁である。   信用できん。

民放にとっても、使い勝手のいいカードのはずだ。
デジタル放送対応テレビは、その売りである双方向性を可能にするため、電話回線とつながれる。
そこに、データの更新ができるカードの存在。

視聴率にかわる、新たな番組評価判定基準として利用することもできる。
なんせ、録画できるできないを決めるカードである。録画率なぞ、一発でわかってしまう。

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『B-CASカード』という、意味のわからないネーミングではなく、『視聴者監察札』としたらどう?

その方が、実情を反映していて、すっきりわかりいい。


番組構成師の部屋

♪今日のBGM=Felix Cavalier 『Dreams in Motion』


ネコ助が吐いた。

ネコは、なめた毛をそのまま飲み込んだりして、よく吐く。
去年、19歳の長寿をまっとうしたヒマラヤンのネコ助は、「おぇっ、おぇ~っ」と頭蓋骨がにゅるりんと飛び出しそうな大口をあけては、けっと毛玉を吐いていた。

だから、慣れているはずなのだが、今のネコ助は去年の6月に登場してから一度も吐いたことがないので、ちょいとびっくり。
毛が短いヤツだから毛玉にならないのかなぁと思っていたのだが。

でも、吐いたのは毛玉じゃないようだ。
まぁ、けろりとして走り回ったり、寒くなって立てたばかりのふすまによじ登ったりしているから、平気の平左なんだろうけど。

うちの家系はものすっごく心配性で、自分でイヤになることがよくある。
ネコ助がちょろりと吐いたくらいで心配なのだから、子どもでもいようものなら大変だったろうな。

その昔、ぼくがまだ幼稚園児くらいの頃、お袋は早足で買い物をしていたらしい。
留守の間にぼくが帰ってきたらどうしようか。それが心配なのだ。

その息子がまた心配性の泣き虫ときてるから、始末が悪い。

遠くに子どもの泣き声がこだまする。

 あぁ、帰ってきちゃった。

買い物かごをぶらさげた早足が、駆け足に。
鉄橋の前の角を左に曲がるとだらだら登り坂。
その頂点で、黄色いバッグを肩からはすにかけた子どもが泣いている。
ダッシュ!

 ごめんね、ごめんね。

 どうして謝ってんだろ?

泣き虫小僧は、悪いことをしたような、奇妙な感覚にとらわれて、泣きやむタイミングを逸し、泣き続ける。

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もう20年以上前のこと。仕事をやめて、ぶらぶらしていた頃。

中学時代の友人の家に泊まりに行った。
そいつはもう結婚していて、子どもも生まれていた。

その家は、一階が四畳半一間と台所と風呂、洗面所。二階が六畳間一間。
四角い、ほんとに昔の徳用マッチを立てたような家。
同じ作りの家が何件か並んでいて、おもちゃの街角みたいだった。

友人のカミさんも学生時代からの顔見知りだったので、夜は食いつつ飲んだ。
友人はあまり飲めないが、カミさんはウワバミ。飲めど飲めど、尽きることがない。

それでもいつしか座は開け、四畳半は飲み散らかしたそのままに、二階の六畳間に友人夫婦と生まれて3ヵ月くらいの赤ん坊が寝る。
するともう横になるスペースがない。

友人宅には布団がひと組しかなく、ぼくは寝袋にもぐり込み、階段の踊り場で丸まった。


何時頃だろう。赤ん坊の泣き声で目が覚めた。
ひと組の布団に、川の字になっていたはずの親子3人は、父親は敷き布団から落ち、母親は掛け布団を丸め抱きしめ、強烈ないびき合戦をやっていた。

両親に背を向けられた赤ん坊は、どこにそんな大声をためていたのかと思えるほどの、ほとんど叫び声で泣いている。

寝袋からはいでてはみたものの、赤ん坊というものに接したことのないぼくは、なにをどうしたものかわからず小悪魔のような叫び声におびえるばかり。
その両親は、父親を蹴飛ばそうが、母親の布団をはごうが、一切かまわず高いびき。
それはそうだ。あんなに飲んだんだもの。
こっちも酔っている真っ最中。

あら、なにやら気持ち悪くなってきた。
こりゃいかん。赤ん坊なんぞにかかわってはおれん。

とは言うものの、やっぱり気になる。

うんちもしっこもしてないぞ。どこか痛いんじゃないだろうか?
手遅れになったらどうしよう?

またも、おろおろ。

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気がつくと、体を六畳間に、頭を踊り場に、ぼくは寝ていた。
赤ん坊の相手に疲れ、寝袋に戻ろうとして力尽きたのか。

もう日は高く、カーテン越しに昼の日差しが射し込んでいた。

目を覚ましたカミさんに夜中の出来事を話すと、ひと言、

「ほっとけば泣きやむわよ」

母は強し。


その赤ん坊、今や大学4年生となり、なにやら研究がしたいから大学院へ行きたいらしい。

生まれて数ヶ月目に20代なかばのお兄さんをその泣き声でおろおろさせたことなど、まったく、記憶の片隅にさえないだろう。

そうやって赤ん坊は子どもに、少年に、青年になって行き、青年は壮年となり、昔を懐かしむことを覚える。

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一昨日、赤ん坊の父親と飲んだ。

人当たりのよさや優しさは中学時代そのまま。体は横へと三回りほど大きくなった。

美少年の紅顔には笑いじわが刻まれ、艶を失いかけている。
でも、きちんと生活をしてきた人間の、好ましい顔だ。

ぼくのお袋はこの友人がお気に入りで、今はどうしてるかとよく尋ねる。
今年の夏、ひさしぶりに家を訪ねてくれた時は、泣かんばかりの喜びようだった。

 会えてよかったぁ。

ぼくの友人関係に関しては、もう思い残すことはない、そんな感じで、安堵のため息を何度もついた。


あのね、あいつ、年末あたりに、また来るみたいよ。

番組構成師の部屋

♪今日のBGM=Bobby Whitlock 『It’s About Time』

高橋尚子さんが負けた。

ぼくは陸上競技が好き。マラソンは必ず見るし、正月の箱根駅伝は、往路復路、通して見る。

何がどうおもしろいのかときかれても“これ”という理由はあげられない。敷いて言えば、白黒はっきりつく、ということ。

「美しさ」という人の嗜好に左右される採点競技に比べ、なんと潔いことか。
採点競技のアスリートがどうだということじゃない。心一寸で結果がころっと変わってしまう“採点”という判定の仕方が、限りなく嫌い。

陸上競技も手心が入らないというわけではない。しかし、それはアスリート本人の問題だ。結果は、より早く、より高く、より遠くへ。わかりやすい。


だから、今回で25回目となる(らしい)東京国際女子マラソンも、毎回見ている。

しかし、尻に火がつき、焦げている今日は、さすがにスタートからゴールまで通して見ることができなかった。

最初にちらりと見た時、高橋さんはエチオピアの選手とふたり、ダントツの先頭を走っていた。

 あ、こりゃまた独走だな。

安心して仕事にとりかかる。
次に見た時、高橋さんは四谷へ向かう登り坂の手前をひとりで走っていた。

 お~、やっぱり独走じゃ。

そう思ったが、なんかおかしい。
さっき見た時と走り方があきらかに違う。歩幅がすごく小さくなっている。
そして、盛んに後を気にする。サングラスで目の表情はわからないが、かなり苦しそうだ。

解説の増田明美さんも「なにかありましたね」と言う。

 こりゃ、腰を据えて見なければ!

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5年くらい前、ぼくは高校の女子駅伝部を主人公にした番組に関わった。

京都で毎年行われる全国高校駅伝大会、通称“都大路”に出場し、その後の少女たちを追った番組だった。

その駅伝メンバーのエースが、セキスイへ入社した。ディレクターは小出監督に挨拶に行くエースとその父親を千葉の寮まで追った。

エースが寮に着いた時、前方からジャージを着た女の子が歩いてくる。
高橋尚子さんだった。
高橋さんはテレビに出演したあととかで、大きなトロフィーが入った段ボール箱をかかえていた。

セキスイの関係者がエースを高橋さんに紹介すると、

「あぁ、あなたが。一緒にがんばりましょうね」

と言って、にっこり笑った。
ほんとに気さくな人。その人柄が映像を通しても伝わる何かを持っている、そんな感じの人だった。

小出監督は画面を通して見たままのお方。エースの父親が手みやげにと持ってきた酒瓶を嬉しそうに受け取り、

「高校時代、走りすぎてるから。ま、しばらくゆっくり休んで、ちゃんと太って、それからまた絞ればいいよ」

と、長距離の指導者が普通は口にしないであろうと思われることを、ひょうひょうとした口調で言った。

このヒゲおやじの、この口調が、選手をひっぱり、安心させ、やる気を引き出すのか。人心掌握力というのはおもしろい。


翌日からエースは練習に合流した。社会人ランナーとなった第一歩を高橋さんと共に走った。絞られた高橋さんの体に比べ、“都大路”を走ったあとは練習から遠ざかっていたエースの体は、あきらかに“走るため”の体ではなかった。

でも、いずれ、頭角を現してくるだろう。そう思った。

しかし、エースは元エースのまま、セキスイを退社した。走ること、それで会社に入ったランナーが走れなくなったら・・・・そのまま会社にはいられまい。

厳しい世界だ。仕事をするはずで採用した社員が仕事をしなくなっても、そのまま居続けられる。そんな一般社会とは違う、実力だけの社会。厳しいけれど、ここもまた潔い。

元エースは専門学校に入り直し、今はちゃんと社会人として働いているという。

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それから5年間、高橋選手は走り続け、勝ち続けた。

スポーツの世界で勝つということは、その試合でトップになるということ。2位ではダメ。それは頂点に立つ者の宿命。

国内大会であれ、国際大会であれ、2位で充分じゃないか。2番なのだから、2番。ひとり、前にいるだけだ。

しかし、頂点に立つ人は、トップ以外は“負け”と言われる。

柔道の田村亮子さんが一回、高校生に敗れ、連勝記録がストップした時、マスコミは「明日にも引退か」という言わんばかりの報道だった。

同じ柔道の阿武教子さんも、2位に“終わった”と表現される。なんと失礼な言い方なのだろう。いいじゃないか、負けたって。本人が辛さをかみしめれば。

まぁ、柔道の場合は、いまだに「お家芸」という考え方。金メダル以外はメダルじゃない、なんて言ってはばからない古い体質が災いしている。
フランスなどと比べても競技人口自体、ずっと少ないのに、「お家芸」もないもんだと思うのだが。

そして、見ている方もにわか解説者、えせ愛国者になってしまう。
日本が負けたっていいじゃないか。相手がより強かった。それだけのことなのだから。

負けた理由は、アスリート自身が一番よくわかっている。周囲がどうこう言うことではない。

陸上競技にしろ、格闘技にしろ、ぼくらは、選手たちがレースに、試合に、打ち込む姿を見せてもらっているのだから、もうダメだね、なんて言う資格はないのだ。

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ぼくが腰を据えてレースを見始めた数分後、高橋さんはエチオピアの選手に抜かれた。そして、その順位は国立競技場のゴールまでかわらなかった。

ゴールした高橋さんは意外に笑顔だった。

苦しみや挫折感、そんなものは笑顔の裏で、本人だけがかかえればいい。
ぼくらは、ベースダウンの理由が故障でないことを祈るだけだ。

昨年は肋骨の疲労骨折という、常人には考えられない故障で東京国際女子マラソンへの出場を断念した高橋さん。雪辱を期した今回は2位に“終わった”。

初マラソン以外は、これまで出場した6つのレースにすべて優勝という高橋さん。その8回目のレースに「2位」と表示されるだけのこと。

アテネオリンピックへ出るためには、あとふたつある選考レースに出場し、順位だけでなく記録もねらわなければダメだろう。

次のレースは、スタートからゴールまで、ちゃんと腰を据えて拝見しよう。

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忙しいと言いながら、まだマラソンのことなど考える余裕がある。
尻が焦げきってない証拠だな。

でも、締め切りは、あしただで?


番組構成師の部屋

♪今日のBGM=Devadip Carlos Santana 『The Swing of Delight』

なんでこんなにスケジュールはドドッと重なるんだろう?? 不思議じゃぁ!

カメレオン・モードになってから、ぞくぞくとスケジュールが埋まる。
今日は一日、ラフ構成を作るつもりだったのだが、中学時代の悪友の誘いに乗り、街へ。

久しぶりに会った連中(中には30数年ぶりのヤツも)と、ぐびぐび飲んでは、がははと笑い、それでも仕事が気になって家へ戻ったのが0時半と超早め。

大物にはなれんなぁ、やっぱ。

まず、17日が締め切りで、19日が別のラフの締め切り。
これは、先週からわかっていたのだが、二日前に、20、21日と長崎へ行くことが決定。旧交を温める。

来週は身動きがとれんなぁと思っていたら、電話が入り、23、24日は沖縄へ。再来年2月の仕事の顔合わせ。

その日は日曜&祝日だけど「会社に出ます」とおっしゃる。ぼくも負けずに馳せ参じなければ。
腰が軽いのと、時間を守ること。それだけが、ぼくの取り柄だから。

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26日から28日は、来年5月の番組で東京へ資料探し。

行く前までに、必要な資料リストを作らねば。図書館へ行かねば調べられないけど、いつ行けるのかな?

東京では外交資料館や国会図書館などを回るのだろうなぁ。

ぼくは図書館の少しかびくさい、せいひつな雰囲気は好きなのだが、国会図書館の重苦しさは苦手。
ここ数年、行ったことがないのであいまいなことは言えないが、ぼくが通っていた頃は、どうも官僚的で気詰まりだった。

カメラで資料を接写するのも手続きが大変。接写に立ち会う人間が申請書を取りに行き、必要事項を記入し、社長印を押した上で、また本人が提出しなければならなかったように記憶している。

資料を接写するだけで、九州から3回、上京しなければならない。
今は、そんなシステム、変わっているだろうけど。

資料調査の最終日、28日。のんびり最終便で帰りたいのだが、そうはいかない。

ぼくを今の仕事へ誘ってくれた某ディレクター氏(最終肩書きは“エグゼクティブ・プロデューサー”。よくわからない肩書きではある)の「卒業式」。

こりゃ、何が何でも出席せねば、恩知らずのバチあたり者となってしまう。

しかし、会費1万円ってのは、正直言ってちと痛い。
上記の交通費、全部、自分で立て替えなのだ。

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そんなこんなで、今、夜中の1時45分。
カレンダーを見つつ、つい、ため息。


おしっ、ラフを進めるかぁ!!

♪今日のBGM=John Fogerty 『Blue Moon Swamp』


今日は太陽さんさん、陽射しぽかぽか、いい天気。

ふと気がつくと、キーボードに置いた両手の間に突っ伏して寝ていた。ほんの10分くらいだけど、記憶がとんだ。

ぼくの頭蓋骨が押したのか、パソコン画面に分けのわからない文字が並んでいる。
これがレム睡眠の時の脳波で、どんな夢を見ていたかモニターに映像が表れたりするといいんだけどなぁ。

ぼくはほとんど夢を覚えていない。目が覚めた瞬間は映像も残っているのだが、我にかえると「おもしろい夢だったなぁ」、とか、「怖かった」という余韻だけ。

夢を完璧に近いほど詳細に覚えている人が時々いるが、なんとなくうらやましい。
覚えてなくても、誰でも夢は必ず見ているらしいから、せっかくだから覚えておきたい。

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覚えている夢も数少ないけどある。

ひとつ。

ぼくは田舎駅のホームに立っていた。ふと見ると、線路の遠くからツノをはやした大きな牛が二本脚で「ゼイッ、ゼイッ、ゼイッ」と走ってくる。

その走り方がシロウトではない。
まるでカール・ルイスのように手のひらを開き(偶蹄類だから、形としてはチョキだと思うけど、残念ながら覚えていない)、太ももを高くあげ、しゅぱっしゅぱっと空気を切るようにして走ってくる。

あ然としていたら、そいつは線路から脱線し、ぼくの立つホームの上をそのまま「ゼイッ、ゼイッ、ゼイッ」と走ってきた。

「ぎぇ~、恐いっ!」

ぼくは逃げ出した。
が、猛牛ルイスに勝てるはずがない。
もう、まさに追いつかれるぅ~っ、というところで目が覚めた。

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もうひとつ。

これはつい最近。
ぼくと、友人・知人らしき人物(誰だかわからない。が、どこか懐かしく親しげな連中)計4人のクツが片方だけ盗まれた。それも皆同じ左足用。

そのクツを探して旅に出た片足はだしのぼくらは、とある小人の国にたどり着く。
そこがメチャひどい国(内容を話すと長くなるからやめる。例えば政治屋とか軍属とか)で、国民たちは圧迫と困窮にあえいでいた。

その国でぼくら“片足はだし団”は世直しをするのだが、ここも長くなるからやめ。

とにかく、その国は自由な国となり、ぼくら4人は大ヒーローだ!

ところが、仲間のひとりがその国の新たな元首と結託、残りの3人を投獄する。
新元首も悪党だったのだ。

数ヶ月、幽閉されたのち、ぼくらは「突き落としの刑」に決定。
あまりの高さに下が見えない国の城壁から、ひとりひとりと突き落とされるのだ。

ぼくら仲間を裏切ったヤツも、死にゆくぼくらを眺めようと、城のテラスに元首と並び、こちらを見ている。

 「裏切り者! 次の世で出会った時にはたとえ姿形を変えていようと、
 必ずこの無念をはらしてくれる!」

これは、ぼく以外のふたりの誰かが胸の内で言ったもの。
聞こえなくとも、心が感じるのだ。

いざ、処刑! 
最初のひとりが突き落とされようとするまさにその時、裏切り者が元首をテラスから突き落とした!

裏切り者だと思った仲間は、その国にひそむ悪の温床を知り、他の仲間と複数で潜入して失敗するよりはと、自分ひとりで虎穴へ入り、みごと虎子を得たのだった(あまりに短絡と非難しないように。夢である)。

もとの4人となったぼくら“片足はだし団”。
再び左足のクツを探すため、その国を旅立とうとした時、城の中から8人の小人たちが、頭上に乗せた箱を、よいさよいさ、と運んできた。

見ると、ぼくら4人の左足用クツ!
それぞれクツをはいたぼくら4人は、感激に肩を抱き合い、涙を流す。

その4人の姿を、別のぼくが天空から見下ろしていた。

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泣き声で目が覚めた。

ぼくが号泣していたのだ。涙で枕が濡れていた。
夢で泣いたのは、ほんとにひさびさだ。

なんでこんな内容に涙する?

文字にすると、なんだか陳腐なパソコンゲームのように自分でも思える。
しかし、クツを見いだした時の感動は、筆舌に尽くし難いものだった。

夢分析だと、ぼくの夢はどんな風に分析されるのだろう?
ユングは、実際にあった出来事の裏に隠された意識を補完するもの、それが“夢”だと主張した(ような気がする)。

猛牛ルイスの夢も“片足はだし団”にしても、夢を見た当人にはとんと心当たりがないのだが。

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しかし、眠い。
春眠暁を覚えずとか。でも、ぼくは秋の方が眠い。
目をつむると、そのまま眠りこけそう。

キーボードの上に突っ伏したのも、番組の流れが思い浮かばず、「くそぉ~」と両手の間に額をつけたのが、アイデアの浮かぶかわりに、自らぷかぷか白河夜船となったしまったのだった。

昨日、2時半に寝て、起きたのは6時。睡眠3時間半じゃ、眠いかなぁ、やっぱり。

でも、ぼくは早起き。何時に寝ても、6時に一度、目が覚める。もう20年近くそうだから、年齢のせいでもないようだ。

必ず6時に目が覚めるというのも、結構つらい。
編集で他県に行ったりすると、ホテルに戻るのはほぼ確実に午前様。

4時近く、ホテルのベッドに入り、

「この業界の人間はどうしてこんなに夜が好きなんだろう」

と、嘆息しているともう空が白々と明けてくる。
あわてて眠っても、6時にはきちんと目が覚める。

それからもう一度眠ろうと思っても、窓の外は活気づく。ドアの向こうでは、おばちゃんたちが掃除を始める。
時には、トントン、ドアを叩いて、

「まだいらっしゃいます?」

ドアノブに“起こさないでね”、のプレートを下げても、あんまり意味はないみたい。
結局、編集が始まる午後まで、呆然とベッドで過ごすこととなる。


あぁ、イヤな体質。

昼寝でもしよ。

番組構成師の部屋

♪今日のBGM=Snookes Eaglin 『Soul Train from Nawlins』

夕餉は、さんま。
この秋、何回目かな?

ぼくは自宅で仕事をしていることが多いので、ウィークディはほぼ毎日、買い物に行く。気分転換にもなるし、買い物は結構好き。

東京からUターンしてよかったなと思うことのひとつが、魚介類のおいしいこと。

流通機構の発達はものすごい。漁港に水揚げされた翌日、近ければその日の内に、東京の魚屋やスーパーの店頭に魚は並ぶ。
だから、今、東京に住んでいたとしても、食べるのは味の悪い魚ばかりということはない。鮮度など、それほど変わりはないかもしれない。

魚は(肉もそうらしいけど)獲れたばかりより、この世を去って少し時間をおいてからの方がうまいらしい。目の前で活け作りされた平目や鯛は新鮮だけど、本当は味は落ちているということか?

 「メシも食えず、熟睡も出来ず、ストレスがたまった生け簀の魚が、
  うまいはずがあるまい」

なんてことを『美味しんぼ』の海原雄山先生がおっしゃていた記憶がある。

 「この世には生きたお肉は存在しないんであって、
  存在するのは死んで真新しいお肉」

と至言を吐いたのは、男おいどんだった。

雄山先生もおいどんもそう言うのだから、お亡くなりになって程良い時間をおいた方がうまいのだろう。

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車で10分ほどのスーパーの店頭には、今日も死んで真新しい魚たちが並ぶ。

その中に、首を背中側に「く」の字に折られたアジが。活け締めというやつだ。
吊り上げた船上で、コキッと折っちゃうんだろうか。お気の毒である。

しかし、首が折られてその価値があがるというのも大したものだ。隣のアジより体はふた回りほど大きく、価格は2,5倍。
わが家の食卓に縁のない存在である。  合掌。

今日のさんまは2匹で198円。
うまいし、安いし、秋はやっぱりさんまだな。

でも、こんな値段で漁師さんは大丈夫なんだろうか? 1匹100円を切っている。水揚げの時は50円を下回ってるかもしれない。

このスーパーの鮮魚コーナーは、時々、へん。
先日、さんまは2匹で180円だった。1匹90円。安~い、と思いつつ、ふと隣を見ると、3匹入りのパックが。で、その値段は280円。

 ん? 90×3で270円じゃないの?

でも、ラベルはみんな280円。どう見ても、同じさんま。
ふたつのパックを上下に並べてみたけど、やっぱり同じ。長さも太さも変わらない。

どちらも、口の先っぽが少し黄色い。新鮮な証拠。目玉もぱっちり、透明だ。濁ってないぞ。

 う~ん、なんかカラクリがあるに違いない。

両方買って、解体して調べようかと思ったけど、やめた。
カラクリがなかったら、つまんないもんな。

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さんまは、首を落として、おなかを出して、そのまま焼く。
塩はふらない。醤油をかけたりもしない。

 さんまの味があるのに、なぜ調味料を加える必要があるのか。
 素材の味を大切に。

なんてポリシーがあるわけじゃない。面倒なだけなのだ。

ぼくは、かなりの面倒くさがり屋。
パンもバターやマーガリンはぬらない。食べるのは、すっぴんのトースト。

ご幼少のみぎり、母親がバターなりをぬってくれていた頃はそのまま食べていた記憶があるので、自分でやるべき年頃になったら面倒でやめたに違いない、たぶん。

これまで、あまり“すっぴんのトースト”派に会ったことがない。
だから、弟のエルウッド・ブルースが元バンドメンバーのレストランへ行き、

 「すっぴんのトースト」

と注文した時には、「お~、同志がいたぁ!」と感激した。

『ブルース・ブラザーズ』は試写会の招待券をもらい、銀座のヤマハホールで見た。

全然期待してなかったのだけど、楽器屋のレイ・チャールズがこそ泥小僧に拳銃をぶっ放したのに驚き、エレピを弾き歌うその声に合わせて踊る黒人たちに脱帽し、脚でリズムを取りながら路上で歌うジョン・リー・フッカーに目が釘付けになった。

そのジョンさんも亡くなって2年以上になるなぁ。

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うちのネコ助は、食事の時にあまり寄ってはこないのだが、魚となると別。

一番好きなのは鯖らしく、煮付けた鯖が登場すると狂喜乱舞。しっぽをピンと伸ばして、テーブル(コタツね)の回りをぐにぐに歩き回る。
特にしつけはしてないが、テーブルにはあがらない。
でも、くれくれくれ~っと前足を伸ばし、時にはこちらのハシを止める。

さんまは焼いただけで調味料は使ってないのでやってもいいのだが、物の本によるとネコに青魚はよくないとか。「食べ過ぎると○○になる」のだそうだ。

肝心の「○○」のところはすっかり忘れているけれど、“過ぎるといけない”ことは覚えているからいいのだ。

今日もさんまを、ほんのひと口、ふた口やって、あとは知らんふり。
ネコ助はそれでもぐにぐにしてるけど、しばらくするとあきらめて身繕いを始める。

ふと気づくと、ごろりふにゃふにゃ、溶けている。


いいよなぁ、やっぱ、ネコは。
さんまをあげたおやぢはね、今からお仕事なんだよぉ。

番組構成師の部屋

♪今日のBGM=Lynyrd Skynyrd 『Vicious Cycles』


お袋がテレビを買い換えた。

それまで使っていたテレビの映りが悪くなったので、ビデオ付きのテレビにかえたのだ。2万5千円くらいだったらしい。

お袋は見事なまでの機械音痴で、電源コードをコンセントにつないでスイッチを入れることさえすんなりとはできない。そこでぼくの登場となるわけだ。

でも、最近のテレビはチャンネルのセッティングが便利なようで面倒。
ぼくの家は福岡市と北九州市の端境に建っているので、どちらから発信される電波でも受信できるのだが、なぜかチャンネルによって博多発の電波がよかったり、北九州発の方により鮮明に反応したりする。

結局、1チャンネルずつ、合わせなきゃいかん。民放5局+NHK2局の計7局をセットするのはしんどい。

お袋はデジタル化のことをちょこっとだけ知っていて、どう変わるのかきいてくる。映像がきれいになるくらいしか答えようがないけど。

 走査線が倍以上になって、画面の縦横の比率もかわって横長になり、

 これまでのアナログ放送だったら3チャンネル分を一挙にながすことができ、

 電話回線とつなげばクイズ番組にも家に居ながらにして参加でき、

云々なんてことを言っても、わかってもらえそうもない。白黒が色つきになるくらいのわかりやすさがあればいいのだけれど。

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なぜ、総務省はじめ関係各位の皆さんは、地上波放送のデジタル化をきちんと末端ユーザーへ周知徹底しようとしないのだろう? 

総務省には「新しい楽しい地上デジタル放送パーフェクトガイド」なるホームページがある。これをお袋に見せたら、理解できるだろうか? 

ちょっと覗いてみた。


・デジタル放送とは
 映像や音声を0と1のデジタル信号に置き変えて送信することが
 デジタル方式です。
 従来のアナログ方式に比べて、全国どこの地域でもより高品質な
 (ゴーストや雑音のない)映像と音声を受信することができます。

お袋はここでもう、けつまずくな、確実に。
「映像や音声を0と1のデジタル信号に置き換えて(よけいなことだけど「変えて」じゃ意味が違いまっせ)」の一文で、76歳の年寄りがわかりまっか? 
「ほぉ・・・」くらいの反応が関の山だ。


・なぜ今デジタル化なの?
 デジタル化することで、より高品質な映像と音声をお楽しみ
 いただけます。
 私たちの身の回りでは、パソコンやデジカメ、CD、DVDなど
 デジタル技術を用いた製品が多くなっています。
 現代の生活のなかで最も身近な「テレビ」もデジタル化によって
 これらの情報通信メディアと連携し、今までにない豊かで便利な
 新しい文化を実現します。

自分が提起した「なぜ、今?」の回答になっとらんがね。
限られた電波の有効利用ってことを言わなきゃいかんのじゃないの?
携帯電話が幅をきかせるようになって、日本に割りあてられた電波はもう満杯ってのが、表向きの正式な理由じゃなかったっけ?

それをお袋にもわかるように、優しくかみ砕いて欲しいな。


・地上デジタルテレビ放送では
  1. 高画質・高品質な映像・音声サービス
  2. データ放送
  3. 高度な双方向サービス
  4. 高齢者・障害者にやさしいサービスの高度化
  5. 安定した移動体向けサービス
 など、アナログ方式ではできなかった多様なサービスを実現する
 ことができるほか、多くのメリットがあります。

「○○ができます、××もできます」っていう技術論先行のむなしさって、かつての“ニューメディア”全盛時代にイヤっていうほど体験してるはずなんだけどなぁ。
“キャプテン”なんか取材に行ったけど。担当の方はバラ色の未来を語られておりましたよ。なのに、どこに行ってしまったんでしょう。

メリットとしてあげられている五つの項目、これらが「アナログ方式ではできなかった」と言い切っていいのかなぁ?
双方向なんてデジタル化しようが電話回線がないとできないし、アナログテレビに電話回線つなげば同じなんじゃないの?

ムリヤリ差別化するために、「高」っていう言葉がやたらついてるのね、きっと。

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「高」って言えば、地上波デジタル放送が受信できるテレビ、高いよねぇ。

メーカーか総務省か忘れたけど、ある調査では、一般家庭のテレビの交換サイクルは9年だそうで、2011年の完全デジタル化までに全国のテレビが入れ替わる計算だそうな。

でも、うちのお袋はもう入れ替えちゃったけど?

これから8年、命長らえて、デジタルの電波しか飛ばなくなった時、84歳をむかえる年寄りは、突然映らなくなったテレビに動転するな、きっと。
テレビが唯一の娯楽となっているであろう、80半ばのお袋は、またテレビを買い換えなければいけないわけね。

その時、デジタル放送に対応しているテレビが、国策で映らなくなったもののまだまだ現役をはれるテレビと同じ価格、2万5千円で買えるだろうか?

メーカーは量産すれば価格はぐ~んと下がると言う。ま、そう言わざるえんでしょうし、実際下がるのでありましょう。

しかし、絶対おかしいのは、今まで使えたモノが、国策で一方的に使えなくなってしまうということ。
さらには、テレビ局のあきれるばかりの従順さ。

これが新聞だったらどうなんだろう? 紙に印刷し頒布する方法が国策で禁じられ、かつ宅配も廃止され、新聞はパソコン通信でのみ発行することとなりました、と言われて、新聞業界は、はい、わかりましたと従うのだろうか? 

何よりも一番おかしいのは、消費者が無用な出費を強いられるということ。
買いたくないものを買わせられる。そんなファシズムみたいなことが平然とまかり通ろうとしている。奇妙なことだ。

デジタルテレビへの出費は、国民平均所得の水準からすると、取るに足らない負担だと何かに書いてあったが、そんな性格の問題ではないだろう。

国策で使えなくするのならば、使える新たなモノを国策で供給すべきじゃないか。

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例えば、お袋が、

「きれいな画面なんか見たくないよ。わたしゃ、今のままで充分」

と言ったとする。そうしたら、今のテレビがそのまま使える。
最低限、そうあるべきだろう。
それが、国策の名のもとに翻弄される大衆への礼儀ではないか。

ところがそうはいかない。現行のテレビとデジタル対応テレビは互換性がないから、今のテレビを活かそうとすれば、地上波用のデジタルチューナーを導入しなければならない。

今までと同じ番組、放送を見るためだけに、である。映像が美しくなったりするワケでもない。  納得がいかん。

老人ホームや病院など、入居者入院患者のために多数のテレビを保有している施設はどうするのだろう。
全部、捨て去り、入れ替えるか、デジタルチューナーを設置しないと、お年寄りもベッドの患者も、楽しみにしている番組を二度と見ることができなくなる。ひどい話だ。

テレビだけではない。ビデオデッキもただの箱と化す。
そうならないためには、やっぱりデジタルチューナーが必要だ。ぼくは、今、デッキを3台使ってるから、チューナーも3台必要なのかな?

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総務庁のホームページには、「デジタルテレビに買い換える必要がある」という表現はない。デジタルチューナーをつけると今のテレビで見られますよ、程度のことしか書いてないのだ。

それじゃぁ、「デジタル化するとあれができます、これができます」ってキャンペーンも、結局、ウソになりはしないか?


やっぱり、妙な話である。


番組構成師の部屋

♪今日のBGM=Hound Dog Taylor 『Beware of The Dog』

“生保にめまいが・・・・Part3”。

でも、今回はめまいナシ。説明5分、あっさりハンコをついて、はい終了。

そのまま保険のおばさんの車で病院に連れて行かれ、問診、検尿、血圧検査。
その結果に異常がなければ、めでたく契約の運びとなる。

面接3回、十数種類にわたる保険設計の末、たどりついたのは、死亡保険金は従来の1/3。そのかわり、もしもの時の入院給付金がMAX 2,5倍。
これで、少しは安心して病院のベッドに横になれる。

しかし、当初の目的だった、ひと月の支払金額は変わらない。逆に数百円、増えてしまった。
敵もサル者、ひっかく者。さすがにベテラン外交員だ。

でも、この方、保険のおばさんにありがちな、めちゃくちゃテキパキ、あれよあれよの七変化的なトークで圧倒するタイプではない。
どことなくおっとりした、時々「脳みそ、置き忘れてきたの?」と思わせる、そんな間のあるヒト。

その説明内容は理解できないながらも、「ま、いっか、お任せして」と、なんとなく信頼してしまう。
得なタイプかもしれない。

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保険というのは、わからない。わからないから、お任せするしかない。
だから、相手の人柄が選択基準みたいなものだ。

でも、相手を選択できない場合は、ちょっと困る。

ここのところ、首から背中、左腕にかけて痛みが続いてる。
8月末に遭遇した追突事故の後遺症か?

ぼくはもともと首にヘルニアがあり、2、3年に1回くらいのペースでマイクロ波&けん引の治療を受けている。
でも、そのいつもの痛みとは、ちょっと違うのだ。

事故は、ぼくが赤信号で停車しているところに後からおじさんが突っ込んできたもので、100%相手が悪いらしい。
そりゃそうだ、停まってたんだから。

ぼくの車は走行不能になり、1ヵ月間の入院の末、無事復帰。
ぼくも、10日ばかり頭痛が続いたのだが、それもおさまり、

「よかった、なんともなくて」

と、通院をやめようと思ってた頃に、なんか痛いぞ、となった。
で、事故から2ヵ月半、時間を見ては首吊りに行く日々が続いている。

突っ込んできたおじさんの保険会社からは、事故直後に「ゆっくり治療なさってください」と電話をもらったきりだった。

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今月のアタマ、担当者から電話がかかってきた。

「そろそろ、いかがでしょう?」

ずっと電話一本よこさず、そろそろいかが?、もないもんだが、こちらは初めての経験ゆえ、経過を正直に話す。

「実は、事故から1ヵ月くらいして、痛くなってきたんですよね」

「はぁ、それは、珍しいですね」

珍しいだぁ?  “むかっ”ときた。

「病院の先生も、もう少し経過をみるようにとおっしゃてくれてまして」

「お医者さんと保険とは違いますから」

その、ぶっきらぼうかつ事務的な言葉に、あやうく爆発しそうだった。
でも、ぼくもおとなになりました。
このペースじゃ、相手の思うつぼだな、と衝動を抑え、

「とにかく、しばらく治療を続けたいので」

と、電話を切った。

翌日、病院に行くと、保険会社から担当医に宛てて、ぼくに関する診断書を請求する書類が届いていた。

ま~、手回しのいいこと。

担当医はその書類を読んで、

「かなり感じ悪いですね、この会社」

とおっしゃった。  そ~なんですよ、悪いんですよ、感じ。わかります?

「要するに、とっとと患者と手を切れ、ということですね。金めあてに、医者と患者がグルになってるっていう先入観があるんですかねぇ。いいですよ、こんな感じ悪い会社の言うこと、ほっといて」

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保険のおばさんに聞いてみた。

確かに、最近、多いんだそうな。事故にあってゴネ得をねらう人が。不況の影響だろうか?

「でも、普通は3ヵ月くらいは期間をおきますけどねぇ。2ヵ月しかたたないのに打診するって、珍しいですよ。どこですか、その会社?」


おい、○○損保!
加入者に成りかわり、被害者の完全なる回復をしっかりサポートするのが損保の本道だろう。
それを、事故後2度目の電話で、「珍しいですねぇ」などと突き放す。
あきれてモノが言えんぞ。

テレビCM、バンバン打つのもいいけれど、そんなこっちゃ、お客さん、いずれは離れて行きまっせ。
少なくともオレは誰にも薦めんし、入ろうとするヤツは止めるもんね。


首に既往症があるぼくの場合、まったくの健康体よりも多少不利のようである。
痛みが事故によるものとは限らないから。

担当医によると、既往症の経年変化(と言うんだそうな。ついでに首のヘルニアは老化現象だと! 悲しか~)によるものと主張されれば、絶対違うとは断言できないらしいから。

ま、そうなったら、それはそれで仕方ないでしょ。

しかし、次はどう出てくるか? なんとなく楽しみな感じもするのだった。


番組構成師の部屋


♪今日のBGM=Bob Marley & The Wailers 
                 『Catch A Fire(Jamaican Versions)』

夏から秋にかけて、ヒマだった。

仕事が何本か入ってはいるのだが、やることがない。オンエア予定は、来年の2月、5月、12月、そして再来年の2月。

番組はなんでもそうだろうけど、例えば1時間のドキュメンタリー番組の場合、オンエアのかなり前から準備に入るのが普通。ディレクターが長年あたためていたという企画だと、足かけ何年という期間になる。

以前、某ディレクター氏から、

「ちょっと、読んどいて」

と言われて本を渡された。でも、その後、梨のつぶて。
本のことも企画のことも、ぼくの脳裏からすっかり消えた8年後、

「ねぇ、あれ、読んだ?」

「は?」

しぶといヒトである。

しかし、本を渡したのが先週のことのように話し出されても、ついて行けん。
モノを生み出す人間は、これくらい我が道を行かないといかんのだろう。周囲は右往左往するのだが。
結局、番組にしたのだから、執念というのは大したものだとは思う。

その経験を考えると、オンエアの予定が決まっているのはありがたいこと。
しかし、それもあまり先だと、現実感を持つのが難しい。

“再来年の2月”

う~む、蜃気楼のようだ。

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期間がないよりは、やっぱりあった方がいい。
特に歴史的なことを扱う番組の場合は、どうしてもあれやこれやと結構調べることが出てくる。

図書館に行って参考になりそうな本をあさる。
借りることが出来る本は借りて帰るが、“禁帯出”の本は図書館内で読んで必要な部分を探し、コピーしなくてはならない。

面倒な上に、図書館のコピーは高いのだ。
数年前まではA4一枚50円。なんと、コンビニの5倍! 
今でこそ20円に下がったものの、それでも倍の金額だ。

著作権保護のためということもあるのだろうが、1回のコピー代が1,000円、2,000円と
かさむと、あぁ、借りられたら半分で済むのに、と、ふと思う。

紙のムダ遣いのようにも感じるが、まぁ、資料をケチっても仕方ない。

以前はノートを取っていたが、今はパソコンに打ち込む。
別にデータベース化してるわけじゃない。資料から必要だと思った部分をワープロで書き写してるだけ。作業としては、かなり原始的。
でも、検索したり、切り張りしたりできるから、やっぱり便利だ。

こうして資料がたまり、情報が集まってくると、ちょっと安心。
なんとか行けるかな? という気になる。


そんな準備も、秋風が吹き始める頃に一段落。
本取材を前にして、時間がぽっかりあいた。

その時間あったから、ホームページが作れた。パソコンにくっついてきたHP制作ソフトがあったので、それを使った。
暇の効用ってヤツだ。

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それが、秋深まると一変した。

今、ぼくの机の回りには2時間のVHSテープが46本、積まれている。
このうち、11本が今月のアタマに新規参入した分だ。

仕事をいただけると、やっぱり嬉しい。おもしろそうな内容だったらなおさらだ。

  一昼夜をかけて250キロを走り抜く、体重39キロの女性!

お~、おもろいじゃないか!

しかし、新規参入した番組のラフ構成は、18日にアップしなければならない。
その前日、17日は、来年2月のラフ締め切りだ。

いきなり焦る。

2月の番組、送られてきたテープは既に見たのだが、ぼくの手元に届いてない分がまだ何本かある。
でも、もう作り始めないと間に合わない。

新規参入した39キロの女性は、めっぽう早口。書き起こすのに一番厄介なタイプ。
キーボードを打つ指が、まったく追いつかない。

「もっと、ゆっくりしゃべってくれぇ~っ!」

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かくて、ほとんど失業者状態だった構成師は、テレビモニターとパソコンモニター、ふたつを並べ見るカメレオン状態へと突入するのだった。


あぁ、秋の夜は長い。

番組構成師の部屋

♪今日のBGM=Paul Williams 『Back to Love Again』

TBSの『サンデーモーニング』を見ていたら、司会の関口宏さんが、

「ここでお知らせを・・・・」

とかなんとか言って、お詫びを始めた。

まだ脳みそが眠っていたので、「ふにゃぁ?」てな感じだったのだが、聞いていると、なんとまぁ、めちゃくちゃ恥ずかしい、かつ、ひどい間違いをやらかしてるじゃないの!

先週の同番組で、石原慎太郎東京都知事の問題発言を紹介したという。
その際、石原都知事が問題発言をしている映像に、

「・・・・植民地支配を100%正当化するつもりだ」

というスーパーを乗せた。つまり、石原都知事は、

「(私は、韓国なり中国なりのアジアに対する)植民地支配を100%正しいものと考えている」

と、公の場で断言したというのだ。

ぼくは先週の同番組を見ていないのでなんとも言えないが、たぶん「この発言はけしからん」といったトークになったんじゃないかと思う。

ところが、石原都知事側、そして視聴者から、「そんなことは言ってない」という抗議がよせられた。
そこでTBS側が確認すると、石原都知事は、

「・・・・植民地支配を100%正当化するつもりはない」

と、語っていることがわかったという。

なんだ、それ? 180度違うじゃない!

先週、同番組が丁寧にスーパーまで入れて視聴者に提示した石原都知事の問題発言。
しかし、実はまったく正反対のことを語っていたわけで、結果的に“問題発言”問題は、TBSが作りあげたことになる。

見事なまでの失態である。
石原さんは「ほら、みたことか」と思っているに違いない。

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石原都知事の言葉が聞き取りにくかったという女性キャスターの言葉のあとに、その問題の発言ビデオが流された。

 え? 全然聞き取りにくくないぞ。
 どうしてこれが「正当化するつもりだ」と強い断定として聞こえるの?

確かに石原都知事の発言は、語尾がごにょごにょしている。
が、「正当化するつもりだ」という、普通は使わない奇妙な言い回しをしているようには聞こえない。

それよりも何よりも、発言の前後の流れからして、「正当化するつもりはない」という内容の話をしていることが明白にわかるのだ。

その文脈全体から一部分だけ、それも聞き取りづらいとTBS側が自ら指摘しているところからわざわざ言葉を切り取り、「植民地化を100%正当化するつもりだ」という断定の文字スーパーを付けて視聴者に見せた。

これは局として反論の余地はない。「100%正当化できない」失態だ。


TBSのようなキー局がどのような編集体制にあるのかは知らないが、釈明を聞いていると、まず誰かが石原都知事の発言を聞き、文字に起こしたようだ。

アルバイトにやらせている可能性もあるが、誰がやったにしろ、まずここで「正当化するつもりだ」と謝ってメモしたことから混乱が始まる。

通常、報道の場合は、担当記者が発言(この場合はメモ)をチェックし、発言のどの部分を使うかを決める。そして、原稿を書き、それに合わせてテープを編集する。

デスクは記者の原稿をチェックし、オンエア、という段取りだろうか(編集の前に原稿をチェックするかもしれない)。

釈明では「いくつものチェックをかいくぐり、このミスが起きた」というようなことを言っていたが、そんなに何回もチェックするような機能があるのだろうか?

デスクは、記者の原稿はチェックするだろう。
しかし、ニュースに流すVTRを全部見て、取材対象の発言もきちんと聞いて、その上でGOを出す、というような手順を踏んでいるとは考えにくい。

考えられるのは、石原都知事の発言を起こしたのが誰であろうと、記者(またはディレクター)に「石原都知事はこう発言したに違いない」という思い込みがあったのではないかということだ。

何しろ相手は問題発言が続き、その釈明会見で問題の上塗りをする人である。

 おぉ、またこんなこと言ったか、これは使える!

そう考えたとしても、短絡に過ぎるが、あながち不自然ではない。

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一方的に情報を受け取る視聴者として、不安に思うことがある。
それは、この石原都知事発言を担当した記者なりディレクターが、その発言内容を知った時、何ら疑いを持たなかったのではないかという点だ。

マスコミの世界では、すべてを疑わなくてはならない。
アルバイトが発言を書き起こしたのならば、その内容を。
自分が聞き取ったのなら、自分の耳を。

その緊張感の上で、再度のチェックを担当者自身がすべきだ。

「植民地支配を100%正当化するつもりだ」

これを日本の首都を治める長が、公衆の面前で語った。事実ならば確かに問題発言だ。
だからこそ、再度、担当者自身が聞き、確認する必要があったはずだ。

あのごにょごにょと聞き取りにくい石原都知事の発言を再度聞き直す。そしてなおかつ、「正当化するつもりだ」と聞こえたならば、胸を張って放送すればいい。

しかし、ぼくが発言を聞いた限りではそうは聞こえない。誰が聞いても、そのような内容に聞こえる方がおかしい文脈なのだ。
あの文脈から「正当化するつもりだ」という内容が生まれたのならば、「先入観」をいだいた担当者が聞いた、色眼鏡をかけていた、そう言われても仕方なかろう。

それは、マスコミ人としては絶対にあってはならないことだ。

確かに石原都知事の発言は聞き取りにくかった。
しかし、聞き取りにくいものをなぜスーパーまで入れて、こう発言している、と決めつけたのか。
最後のひと言でコロリと内容が変わってしまう日本語だ。言葉じりが判然としないのならば、番組では流さないという決断も必要だろう。

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テレビは情報が電波に乗って流れ出る。一度電波に乗せた情報は、もう二度とは返ってこない。
だからこそ、その情報を取捨選択する立場にある人間たちは、常に疑念を失ってはならない。

だが、実際はどうだろう。情報は流せば終わり、と思ってはいないだろうか。
ひとつの事件、出来事がある。取材し、ニュースにまとめ、アナウンサーが読む。時には自ら顔出しでレポートする。それが終われば、仕事としては一件落着だ。

その点が、記事を書いて読者の元に届いてから勝負が始まる新聞の世界とはまったく違う。

新聞記事は間違いが指摘されやすい。文字として目の前に残っているのだから。
だから、訂正も行いやすい。小さなベタ記事で済ませることが多いようだが。

しかし、テレビの、例えばニュースに間違いがあっても、当事者なり、視聴者なりが指摘するのは難しい。だから、“流せば終わり”が通用する。
同時に、誠意を持って対処することも難しい。

その意味では、『サンデーモーニング』は、誠意を持って間違いを正したとは言えるかもしれない。
相手がうるさ型かつ権力を持つ石原都知事ではなく、ひとりの犯罪容疑者だったとしたらどうだという疑問は残るけれど。

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「あってはならない単純ミス」

『サンデーモーニング』は、そう釈明した。誰も気がつかなかったのだと。
それは事実だろう。

だが、「単純ミス」の陰に、重要な問題が隠れていないか?
先入観をいだいたまま、情報を切り張りしていないと言い切れるのか?

情報を作る側が疑念を持たないと、こうした間違いは何度も起こる。
いや、実は日常茶飯事に起こっているのではないか?

そんな不気味な思いにさせる出来事だ。


番組構成師の部屋


♪今日のBGM=Carpenters 『Singles 1969-1981』


今日はしみじみしたいので、BGMは上記。

ぼくが持ってるCarpentersはこの1枚だけ。
それも1年間に1回、聞くか聞かないか。

だけど、聴くと、いいなぁ、やっぱ。
1曲1曲、とても丁寧に仕上げられている感じ。
それを歌うカレンさんの声質がまたいい。
心に、しみじみ、しみてくる。

ほとんど口ずさめるもんなぁ・・・・
修学旅行で『Yesterday Once More』を歌ったヤツがいたっけか。

「♪シャラ、ラ、ラ、ラ~」

「おいおい、ラが1個、多かぞ」

あぁ、あの頃に飛んでいく・・・・・・。


このまま、日記はハイ終了ってな感じになりそう。いかんいかん。

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しみじみした番組にしたいなぁと思うことがある。

しみじみと言っても、別に涙が必要条件ではないし、穏やかでなくちゃならないこともない。
カレンさんの歌声みたいにスムーズで美しい必要もない。オジー・オズボーンでもしみじみできる。曲によるけど。

伝えたい内容が見ている人の心にしみていく、そんな番組。
見終わった時、何かが残るなぁ、と、ふと思ってもらえるような、そんな番組。

ぼんやりテレビをながめていると、そういう番組、映像に出くわすことがある。気がつくと気持ちが引きつけられている。
それは、番組の種類に関係はない。ドキュメンタリーだったり、バラエティだったり、アニメだったりする。ニュースのひとつのコーナーのこともある。

今日も昼間、ちょっぴりしみじみした。
元大関のKONISHIKIさんが故郷ハワイをタレントたちと訪ねる番組。夏に放送したものの再放送だった。

ごろごろしながら見るともなくながめていたら、元K-1の角田信朗さんにKONISHIKIさんがでっかいケーキをプレゼントした。
5月にK-1を引退した角田さんへのねぎらいと新しい人生へのエール。正拳でロウソクの火を消した角田さんは、少し瞳を潤ませた。

それだけ。でも、しみじみ。
ぼくは、制作者側の魂胆にあっさりはまる視聴者だ。


すべて演出。
KONISHIKIさんが個人でケーキなぞ用意するわけないし、角田さんがこれ見よがしに正拳でロウソクを消すはずもない。
うるうるも、角田さんの小さい目に照明の光が反射しただけ。
現場では、「はい、そこで目尻を拭いて」とディレクターの指示が出ただけだ。

そんな指摘をしようと思えば、いくらでもできる。演出のない番組はない。

「ご長寿早押しクイズ」では、9問目が終わった時になぜ必ず同点になるの?

真面目に質問をされると制作者側は困るだろう。そういう風に構成し、編集しているからとしか答えようがない。

“かようにあるべきもの”として制作者側と視聴者側の間には暗黙の了解がある。
いや、制作者側が提示したものを視聴者側が容認した、と言う方が適切かな。

その容認の柔軟さに慣れすぎると、王監督の顔を便器にしたりしてしまう。
公式見解として反省の弁が出てたけど、本当に自らを省みているかどうかはわからない。
なんでもいい、とにかく評判になればいい、そう思っている業界人もいるようだから。


なんか、“しみじみ”の話じゃなくなった。
閑話休題。

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伝えたいことを伝えるためにきちんと演出する。
そして、その狙いが見ている人に届く。
今までぼくが携わってきた番組で、そうできたものがあるかなぁと振り返る。
う~ん、自信がない。

番組を作っている最中は「これがいい!」と信じてやるわけだけど、オンエアを見ると「あちゃ~」と思ってばかり。
そのくり返しで12年が過ぎ去ってしまった。

干支が一回りする間、お前は「あちゃ~」を流してきたのかと言われると、返す言葉がないなぁ。
視聴者の皆さん、申しわけありません。
ディレクターの皆さん、お力になれずにすみません。


ディレクターをはじめとする制作者側が“これ”という伝えたいテーマをきっちり持っていて、それをもとに的確に捉えた音と映像があり、それらをきちんと配列した構成があれば、見ている人の心へ届く、しみ入る番組になる。

そう思う。
でも、めったにそうならないんだなぁ、これが。

KONISHIKIさんの番組のように、あるシーンでしみじみすることはよくある。
それは、演出・構成というよりも、映像による力が大きいと思う。

人の心をつかむ力のある映像には、演出はいらないし、ナレーションも、音楽もいらない。
あぁ、映像の力は強いなぁ、やっぱりテレビだなぁ。そう感じる。
まぁ、上にあげた例は、演出のたまものだけど。

ナレーションも、音楽も、演出も、構成も、なんにも必要ない映像、それを見てもらえる。それがテレビ番組を作る側の醍醐味だ。

あ、醍醐味番組だらけになるとぼくは失業してしまうな。う~ん、ジレンマ。

醍醐味に近づくべく、スタッフが智恵と力を絞っているのが制作現場ということなんだな、うん。

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しかし、ひとつの番組を通して見て、全体の印象として“しみじみ”が残るようにするのはほんとに難しい。

どんな番組にしたいか、ディレクターの意向がまずある。
ぼくは、こうした方がいいんじゃない?と自分の意見を述べる。

ディレクターはディレクターで、ぼくはぼくで資料を探し、情報を交換し、焦点を絞っていく。

ディレクターが、取材を進める。ぼくは、取材テープを見る。
そして、まずラフ構成を書く。

オープニングはこんな感じで、タイトルあけはこの映像にナレーションはこんなかな?
で、この人のインタビューのこの部分を持ってきて、資料映像につなげて場面を過去へ戻して・・・・。

そんな感じでラフ構成ができあがる。
この時点で「結構いけるぞ、“しみじみ”かも」と思うことはよくある。

わくわく、そのラフ構成を元に粗編集をしてもらう。
そして、見る。すると、

「ありゃ?」

ディレクターと顔を見合わせる。いつもそう。

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ラフ構成は、まだ文字の段階だ。
頭の中で都合のいいように映像をアレンジしている。

取材対象のインタビューにしても同様。言葉の微妙なニュアンスや語る時の表情など、映像と音が持つ重要な要素をやっぱり頭の中で脚色してしまう。

映像と音は脚色がきかない。それに、つないでみないとそれぞれのインタビューが効果的に呼応しあっているかどうかなどがわからない。

この仕事を始めて数年間は、何度も構成を書き直し、その上で編集をしてもらっていた。文字上で、よりいいものにしようとしていたわけだ。
でも、ここ数年は、ラフ構成でまず編集をしてもらうようにしている。

文字の叩き台をいくらひねくってもダメ。
文字の叩き台を映像の叩き台にして、それを見ながら、ディレクターや編集担当と「あ~だこ~だ」とやらないといいものにはならいない。
これは確かだと思う。

ただ、最近は時間が「あ~だこ~だ」を許さない傾向にある。
以前は30分番組の編集に1週間ほどかけていたように思うのだが、それがどんどん短くなっている。
それだけ映像の叩き台を叩けなくなっているということだ。

先日、1時間番組を粗編集から完成まで3日間というスケジュールに遭遇。
全体の長さを放送枠にあわせるのがやっと。粗編集をそのままオンエアするのとほとんど同じだ。

編集室や編集担当者の効率的な活用という、経営的には重要な問題があるのだろうが、推敲していない文章を売っているような罪悪感とやるべきことすらやれない閉塞感が残る。


あぁ、“しみじみ”が制作現場からどんどん遠ざかる。

言いわけかなぁ。


番組構成師の部屋

まず、謝罪。

11月4日付の日記で、ぼくは高校時代の友人がくれたメールの一部を引用した。

それは、民間放送のドキュメンタリー番組を評する際によく使われる表現を端的にまとめた、とても分かりやすい言葉だったので使わせてもらったのだが、結果的に友人の気持ちを傷つけてしまった。

すべての責は、メールという私信を本人の了承なく引用したぼくにあります。
ごめんなさい。

使わせてもらう時はちゃんと連絡するから、これからもビシバシ、的確な指摘を待ってます!

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♪今日のBGM=Leon Russell 『Leon Russell & The Shelter People』

先週の金曜日に引き続き、生命保険の見直し第2弾。

前回、2時間にわたりほとんど呆然と話を聞いたあげく、ぼくは自分の生命保険設計を保険のおばさんに一任した。
今日、それに応えて、おばさんは数種類のプランを作ってきてくれた。

テーブルの上に設計書を広げ、丁寧に説明してくれたその内容が、結局は分からなかったのは繰り返すまでもないから書かない。

ただ、大変な仕事だなぁと心から思った。

今の保険はあまりに多種多様で、商品として売る方も苦心惨憺している様子。
ぼくが加入している保険は、月額11,043円から192円までの“11商品”で組み立てられている。
おばさんは、そのひとつひとつを見直し、

 この保障額をこの程度に下げると保険料がこれだけ浮く。
 こっちも下げるともう少し浮く。合わせた金額でこの特約を付ける。
 そうすれば、入院1日目から保険金を日額5,000円出せる。

といった風に設計をしていくらしい。100円単位の微調整。ピアノの調律師みたい。


説明をしながら、おばさんは、

「えぇぇとぉぉ・・・・」

と何度か口ごもった。
その10秒にも満たない沈黙の間に、おばさんの脳には数々の商品群が並び、相互に保険料の移動が行われ、保障内容とその金額がはじき出される。

「で、1ヶ月の保険料は、500円ちょっとあがりますけど、お勧めですよ」

・・・・すごいとしか言いようがない。

「結局、死んだら、いくら?」

生命保険といえばいまだにその程度の認識しかないぼくが相手では、張り合いがないだろう。
返ってくるのは生返事ばかりだし。

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設計書を作ること自体は、生保の商品が増えたとはいえ、今ではパソコンを使うからそれほど大変ではないようだ。

しかし、あつらえたスーツのように、顧客にぴったりフィットしたものを作るには、やはり経験がものを言うに違いない。職人芸みたいなものだ。

ぼくの面倒を見てくれているおばさんも、かなりのベテラン。母娘二代にわたって保険の外交員で、ぼくのお袋はこの方のお母さんにお世話になっている。

しかし、“仕事がなければ、即失業者”というフリーの世界を、どうも理解されてはいないよう。

先週、ぼくは「死亡保険金を抑えて、その分、入院時の保障を厚くして欲しい」とお願いした。
仕事ができなくなったその日から、収入はゼロ。後ろ盾はない。
それは自分が選んだ道だからまぁ仕方ないとして、せめて入院の日々くらいは、お金の心配をせずにベッドに寝ていたい。

「今日の入院費は出せるのかなぁ・・・・・・」

なんて思いをかかえていては、おちおち手術も受けられない。

だが、おばさんが提示したプランの死亡保険金は、ぼくが考える金額の倍以上。
この金額が、今の社会常識として妥当なラインのようだ。

「もっと下げていいですよ」

そう言うと、おばさんはなんとも不安そうな表情を見せた。
これより下げるの?   おばさんの顔はそう言っている。

「えっとぉ、お仕事は何歳までできるんですか?」

「仕事があれば70でも80でもできます。でも、なければ明日からできません」

こんな、木で鼻をくくるような返事じゃ、わかんないよなぁ。
でも、他に表現のしようがないもんなぁ。
なんだか申し訳なくなってくる。

老後の安心は大切だ。ただでさえ、年金がもらえるかどうかわからない時代へと突入して行くんだし。
しかし、それよりも今日の病の備えをしておく方が、やっぱり大事。
でないと、仕事に本腰、入れられませんわな。


今日も契約は持ち越し。来週に再々交渉と相成った。

お手数かけてすみませんねぇ。
でも、保険金はそんなに高額じゃなくていいですから、ほんとに。

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死亡保険金を前倒しして支払うシステムが生まれたのは、そんなに昔のことじゃないと思う。

ぼくの生命保険にも、特に頼んだわけではないのに、

 「余命6ヵ月以内と判断された時、死亡保険金額の範囲内で
  最高3,000万円まで保険金を前払い請求できる」

という「特約」がついている。

数年前、これに目を付けたビジネスがあるのを知った。余命6ヵ月以内の人から生命保険を買い取るのだ。

余命少なくとも、より高度な治療を受けたい人がいる。
残された時間を好きなことに費やしたい人もいる。

どちらにしても、望みをかなえるには、お金が必要だ。

そんな人たちから、例えば3,000万円の保険金が降りる生命保険を2,000万円で買い取る。
余命限られた人には最後の命を輝かす資金ができ、購入したビジネスマンには売り手が命を終えた時に保険金が支払われる。
その差額、1,000万円が利益というわけだ。

アメリカで生まれたシステムだったと思うが、知恵が回る人はいるものだと感心した。
そして、余命6ヵ月以内の人のリストが売りに出されているというニュースにあきれた。

テレビ画面に映し出された“6ヵ月以内に死ぬ人”一覧。
高く売れるよ、と語る名簿会社の担当者。

売り手と買い手、どちらも満足。
需要があるから供給がある。誰もソンはしていない。

でも、これって、なんかおかしくない?


番組構成師の部屋

♪今日のBGM=Dave Mason 『It’s Like You Never Left』

今日も終日、書き起こし。

成果は2本半。今日のテープは、少年たちのノイズが少なかったから、結構進んだ。
山や川、田んぼや畑などといった自然の映像が続くと、正直、ほっとする。

取材は30人の少年たちの共同生活を追っている。
自然に接した少年たちがどのように変わっていくのか、というのがテーマのひとつ。だから、取材を始めた時は、どの少年がストーリーの核になるかはわからない。

主人公が決まり、はじめの頃の取材テープをチェックしたら、「映ってないじゃん!」てなことになると取り返しがつかないから、とにかく片っ端から撮るしかない。

カメラマンは大変だ。30人もの落ち着きのない小生意気な小僧っ子たちを、あまねくフォローしなければならないのだから。

数ヵ月間取材を重ねると、少しずつ個性の違いが見えてくる。

「あいつと、あいつと、あいつを核にできるかな?」

そんな思いがディレクターの頭に浮かぶ。
取材現場に足を運ばないぼくは、取材テープを見、ディレクターから様子を聞いて、

「んじゃ、今度はこんなサイドから取材してみたら?」

などと意見を言う。そんな感じで取材が進んでいく。

今回ばかりではなく、ぼくは取材にはめったに同行しない。
今、映像関係の仕事をしている(らしい)高校時代の友人がホームページを見て、

「本当のことが知りたかったら現場に行け、原典にあたれという。第一次情報を切り取って、構成していくことについて、迷いや怖さは感じないか」

という、核心を突きまくった質問をくれた。

ぼくが取材の現場に行かないのには理由があるのだが、頭を整理しないと文字にできないので、ハタ坊、返事はもうちょっと待ってね。

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取材テープを見て、書き起こしながら、ぼくも30人の顔と名前を頭に刻んでいく。
しかし、取材が8割方進んだ今になっても、初めて見る顔が出てくる。

「こいつ、誰だっけ?」

どうしても思い出せない。仕方ない。ディレクターからもらった写真を見る。

「お~、こいつかぁ!・・・・・・知らんぞ?」

30人もそろうと、徹底的に地味な、目立たない子どもが、ひとり、ふたりは必ずいる。
こうした子は、取材当初から映像に出てくることが少ない。カメラマンが全員に気を配りながら撮影していたにもかかわらず、だ。
撮れてなくても、カメラマンの責任とは言えない。

「その目立たなかった子が、主人公になったらどうする?」

という疑問がすぐ浮かぶでしょ?

なんとかする、としか言いようがない。
幸い、そんな目にあったことは、今のところないけれど。

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こんなことがあった。

ぼくは、ある局主催の音楽祭の仕事を数年間やっていた。
その音楽祭は、全国の系列局が各々ひとり、歌手を目指す若い人を推薦する形を取る、歌手デビューへの登竜門的催しだった。

ぼくの役目は、

 「全国から集まる出場者たちの、会場へ到着してから、予選、決勝と進み、
  グランプリが決まるまでを番組にする」

文字にするとたったこれだけ。でも、これが大変なのだ。

初めてこの番組をやった年、取材担当のカメラマンはひとりだった。
音楽祭そのものを撮影するカメラは何台もある。
でも、番組は、夢にかける出場者たちの素顔を追いたいというもくろみがあったので、ステージ上の映像を使うのは最小限にしたかった。

出場者28名の素顔を追うのに、カメラマンひとりはいかにも少ない。
しかし、音楽祭を主催する局として、サイドストーリーに貴重なカメラマンを割くわけにはいかない。

そんなわけでカメラをまかされた俊英は、高校時代ラグビーをやっていたという偉丈夫。多少のことでは壊れそうにない体でカメラをかつぎ、彼は撮った。

 ステージの袖で胸に手をあて、飛び出しそうな心臓を押さえる少女。

 会場の外でひたすらこぶしを回す演歌少年。

 楽屋のモニターに映し出されるライバルの姿を食い入るように見つめる瞳。

 審査員の辛辣な批評にこぼれる涙・・・・・・。

若い素顔が見せる歓喜と挫折を、彼は徹底的に撮った、撮り切った。
そのはずだった。

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いざ編集。
まずひとりひとりを紹介するコーナーを作り始めた、その時。

某局推薦の出場者だけ、映像がない!

そんなはずはない。
あの偉丈夫は、会場の内外、ステージの階段に裏の通路、楽屋に洗面所、ありとあらゆるところでカメラをまわしていた。取材を終えた時には倒れそうになるほど、走り回り、撮りまくったはずなのだ。

ないはずがない。

取材テープを最初から最後まで全部見て、あった! が、ワンカット。

 「着物を着たまま床に座り、弁当を食べている少女、カメラを見てはにかむ」の図。

ほんの数秒。たったこれだけ。

テレビ画面に自分が登場することを心待ちにしているであろう10代の少女を思い、胸が痛んだ。

カメラマンを責められない。
ひとりで出場者全員の素顔をおさえ、かつ、感動を呼ぶストーリーに耐える映像を撮れ、という要求がムチャなのだ。

彼が撮った映像は素晴らしかった。
1度切りのステージへあがる時にすっと消えるあどけなさ。
同じ夢をいだく者だけに流れる年齢をこえた懐かしさ。
そんなものをぴしっぴしっと捉えていた。

グランプリを獲得した少女がライバルたちの祝福を受け、こらえきれずに落とした涙のきらめきまで撮ったのだ。これ以上の働きを求める方があほである。

惜しむらくは、着物の少女の可憐なまでの控え目さ。
実はその“お弁当映像”を見るまで、どんな子だったか、ぼくも覚えてなかったのだ。

もう1台、カメラがあれば、こんな事態は起きなかったはず。
そう考えたディレクターは、次の年、カメラを複数にした。その結果、出場者各々の映像はふんだんに撮れた。
しかし、前の年のような、見る者が引きつけられずにはいられない映像は、撮れてはいなかった。

不思議なものだ。

たったひとり、逃げ道はない。
その背水の陣が、カメラマンの感性を研ぎ澄まし、撮るべき映像を彼に撮らせた。
そう考えるしかない。そんな気がする。

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ローカル局はスタッフが少ない。ドキュメンタリー番組に複数のカメラマンを出すことは困難だ。

でも、映像の質はカメラの数じゃない。

NHKやキー局の番組を見るたびに、ぼくはあの偉丈夫を思い出す。

番組構成師の部屋

♪今日のBGM=Nazareth 『Razamanaz』


番組を構成する過程で一番体力を使う作業。それは、取材テープの書き起こし。
VHSに落としてもらったテープを見ながら、その内容をパソコンに打ち込んでいく。

書き起こすポイントは、おおざっぱに言ってみっつ。

  1.どんな映像か?
  2.取材対象がどんな話をしているか?
  3.映像にどんな音が入っているか?

ポイントの「1」は、文字通り「何が映っているか」。
今、ぼくが見ているのは30人の男の子たちが集団生活をするようすなのだが、例えばこんな風に書き起こす。

  ・TC=020414 土(堆肥?)の匂いをかぐ男の子たち

「TC」は「タイムコード」。
取材テープには、通常8ケタの数字が刻んである。こんな感じ。

  「TCR 00:12.55.14」

「TCR」は、タイムコードのこと(だろうと思う。違う表記もある。今まで気にしたことがなかったなぁ)。

左の6ケタが経過時間。上記の例ならば、「0時間12分55秒」経過、ということ。
取材を始めてからこの時間が経過した、という意味じゃない。
カメラがまわっている(つまり、映像を映している)時間と考えてもらっていい。

本当は状況によって使い分けをするらしいのだが、いまだによくわからない。

一番右の2ケタは、フレーム数。
テレビ映像は1秒間に30枚の画像でできていると思ってもらえばわかりやすいかな。
上の例は「55秒から56秒へ向かう1秒の間の、14/30秒まできましたよ」ということを表している。

細かいと思うでしょ? 細かいんだよね、実際。
ぼくがこの“フレーム”の存在を知ったのは、CMディレクターを取材した時。

昔、「♪黄色と黒とは勇気のしるし~♪~24時間闘えますか~♪」という曲で人気を博したドリンク剤のCMがあった。
あのCMをディレクションした人が、かように言ったのだ。

「ぼくは1フレに、メチャメチャこだわります」

例えば若い女性の笑顔があるとする。
その女性の笑顔は、笑い始めてから「2秒21フレ」までと「2秒22フレ」までのどちらが美しいか?
その「1フレ」違いの美しさを決めるのに、数日間は徹夜する。

そう話したディレクター氏、にっこり笑って、

「ぼくの編集につき合うエディターは、よく神経衰弱で倒れますね」

んなことあるか!と、その時は思った。

だが、実際、フレームは大切。秒で勝負をするCMとはさすがに違うけど、番組でもフレーム単位で映像の雰囲気が変わるのだ。

人間の目とは、ものすごく敏感、繊細かつ微妙であいまいだということを知った。

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ちょっと話がそれ気味。本題へ。

例にあげた書き起こし、「TC=020414 土(堆肥?)の匂いをかぐ男の子たち」のタイムコードは、フレームを省いたもの。

「今、大切だって言ったばかりじゃん」

って言わないでね~。
ぼくの段階では、「どこにどんな映像があるか」が分かればいいんだから、フレームまではいらないの!

でも、編集マンが書き起こす時は、きちんとフレームまで入れるみたい。

ということで、この書き起こしは、

「タイムコード2時間4分14秒のところに、土の匂いをかぐ男の子たちの映像がある」

という意味になる。(堆肥?)と書いているのは、かいでいるモノが土か堆肥かわからなかったから。農村での集団生活なのだ。

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2番目のポイント、「取材対象がどんな話をしているか?」。
これは、通常のインタビュー。ディレクター(またはリポーター)が話を聞く、普通の取材のこと。

ぼくは、インタビューでは取材対象が口にする言葉を、「え~」とか「あ~」とか「なんか」とか「えっと」とか、とにかくできる限りそのまま書き起こすようにしている。

ムダだとよく言われる。確かに起こしたものの90%以上は捨てる。
でも、そうした意味ない、口癖のような言葉をきちんと起こしておくことで、あとでそのインタビューを文字で読んだ時、その取材対象の顔やしゃべり方、雰囲気などをかなり正確に思い出すことができる。

これは、結構、大事なことなのだ。

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みっつ目のポイント、「映像にどんな音が入っているか?」。
これは、ノイズと呼ぶことが多い。

インタビュー以外の、取材対象のしゃべりが主だが、風の音や、流れている音楽など、書き留めておいた方がいいと感じたものはすべてが“ノイズ”。

「感じたもの」だから、感じない時もあるし、意図的に感じないようにすることもある。
面倒で、大変なのだ、はっきり言って。

30人の少年たちの様な取材対象の場合、インタビューはほとんど成立しない。
昔の自分を思い起こせばすぐわかるけど、この年代の少年に筋道立てて語ることを期待する方が間違っている。
もし、しっかりした、起承転結まとまった話をする子がいたら、それは前もって準備していたことを反すうしているだけだ。
同い年の女の子たちと比べると、なんと幼いことか・・・・・・。

だから、ノイズが大切になる。

友だち同士でだべっている時、目上の人に話しかける時、ひとり言が口からこぼれる時・・・・そんなノイズをどこまで拾えるかで、少年たちの映像が生き生きするかどうかが決まる。

だから、テープはベタで見ることが望ましい。
望ましい、と逃げたのは、そうできないことが多いから。

今日、ぼくは8時から16時まで、テープを見続けた。食事で30分弱中断した7時間半で、2時間のVHSテープを2本、起こしきれなかった。
インタビューが収録されていたこともあるが、少年たちのノイズだらけだからでもある。このペースで起こしていくと、到底オンエアには間に合わない。

かくて、はしょりつつ見ざるを得なくなる。見てない部分が気にかかる。


局にある編集機はプロ仕様だから再生速度が微妙に変えられ、ケロケロした早口声で聞くことができる。あれが、ものすごく、うらやましい。

ぼくのビデオデッキは、民生用とプロ仕様の中間で、手元で操作できるジョグシャトル付きなのだが、ケロケロ再生はできない。
それが可能なデッキは、中古で40~50万するのだ。かつ、でかくて重い。普通の机には、とても置けない。

あぁ、ケロケロ再生機、欲しいよぉ。

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あら、ピンポ~ン、と玄関の呼び鈴が・・。イヤな予感・・・・。

げ! 宅配便でまた10本、送ってきた。もう、11時近いのにぃ!
クロネコヤマトさん! そんなに真面目に仕事しないでよぉ!

同じシチュエーションがつい最近あったような・・・・・・Deja Vu?
先日の10本も、まだ1秒も見てないよ。


書き起こしの話を書くつもりじゃなかったんだけど、ま、いいや。


イヤホーンを耳に突っ込んで、書き起こし、再開しますか!
あぁ、体力、体力。


番組構成師の部屋

♪今日のBGM=Nicky Hopkins 『The Tin Man Was A Dreamer』

11月4日。   今日はぼくの生まれた日だ。

と言っても、あんまり感慨もわかないのがホントのとこだけど。

「おぎゃぁ」と生まれ出た記念日なんだろうけど、立てたロウソクでケーキが見えなくなりそうな程に歳をとると、「あ、そうだったっけ?」てな感覚になる。

これがギネスに載るくらい歳を重ねると、また自分自身でも印象も違うんだろうな。

先日、世界一長生きだったおばあちゃんが亡くなった。110何歳かだった。
一世紀以上。その年月を生きたっていうだけでもすごいなぁ。
ぼくが今の倍以上生きても、まだまだ届かない。

亡くなる前は、二日間眠って、二日間起きるという生活サイクルだったそう。
二日の間、亡くなっていて、三日目に蘇るってイメージだけど。

でも、もう目は覚まさないんだ。    合掌。

このおばあちゃん、もっと生きたかったのだろうか?
100歳過ぎてかなりの時間を生き、他人の目から見れば「もう充分でしょう」と思えるけど、こればかりは本人に聞いてみないとわからない。


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「生きたい」という欲求は、年齢に関係ない気がする。
その欲求の根源はなんだろう?

最近、うつ病患者を扱った番組を続けて見た。
うつを患う人が「死にたい」と思うのはなぜなんだろう?

「人間の思考や感情は、すべて化学反応」と言う科学者もいる。
なんとかという名前(忘れてしまった)の神経伝達物質が減ると、活力がなくなり、自らを責め、「死」が現実のものとして脳裏からはなれなくなる。
それが、うつの状態。

んじゃ、その「なんとか」という物質を脳に注射でもすればいいじゃん。
とはいかないから困ったもんだし、人間の尊厳もたもたれる(ホントか)。

ノーベル賞をとった利根川博士だったか、脳の研究が進むと、いずれ、「どういう音楽が売れる」とか「どういうストーリーの小説があたる」とかがわかるようになる、と言われていた。

ヒトの感情も神経伝達物質の産物なら、博士の言われることもあながち不可能ではない気がする。

「どきどきはらはらストーリー」ならば神経伝達物質“A”を分泌させればいいし、
「らぶらぶうっとり物語」なら“C”とかいった具合に。

今、マイナスイオンがはやりで、噴出装置が組み込まれた電化製品も多い。
同じように、「神経伝達物質分泌促進システム」とテレビがドッキングし、視聴者を泣かせたいシーンの時には「泣きと涙」の神経伝達物質“B”を増加させる物質がテレビ画面から放射される、といったようになるかもしれん。

ホントかぁ~?
でも、科学は不可能を可能にし続けてきたからなぁ。    あなどれん。

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先月末にホームページを開いたら、すぐ、高校時代の友人がこんなメールをくれた。

「NHKのドキュメンタリーは好きでよく見る。普通の民放の番組はあまりおもしろくないので、というより、真実味があまり感じられなくて、やらせっぽくて、あまり見ない。もっと胸にガンとくるドキュメンタリーを見たい」


なかなか辛辣かつ残念な言われっぷりだけど、これが一般視聴者の、普通にいだくイメージだろう。

今、「地方の時代」と言われる。
いろんな番組コンテストなどで、ローカル局の制作力はいつも高く評価される。

しかし、その評価はテレビの世界のごく一部にとどまり、本来は番組の最終評価者たる視聴者の目に触れることはないに等しい。

今年の『地方の時代映像祭』は、グランプリこそNHK(広島)が獲得したが、優秀賞5本と審査委員会推賞3本はすべて民間放送(当然ローカル)の作品だった。

しかし、この8本、ぼくの住む福岡で見ることができたのだろうか? 見ることができたとしたら、いつ、オンエアしたのだろうか? わからない。

ぼくが目にしたのは、8本のうちの2本だけ。
1本は知り合いのディレクターが制作した番組で、ビデオで見た。もう1本は自ら制作にかかわった番組だ。

オンエアという、テレビ番組本来の姿で見てはいない。その事実は、この8本をぼくの友人が目にすることができた可能性の低さを物語る。

「ローカルなんだから、見れる場所が限られるのはあたり前じゃない」

と言うなかれ。

肝心なのは、番組を作った当事者の民間放送が、広く見てもらおうという努力しているか、ということだ。


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民間放送の番組コンテストの最高峰とされる『日本民間放送連盟賞』。
今年も、3部門21作品の入賞作品が選ばれている。ぼくはこの21作品のうち、1本も目にすることができなかった。

これら「優れた」21作品を「見たい!」と思われた方、さて、どうすれば見ることができるのでしょう?

・各局の広報なり編成なりに電話をして、ダビングをお願いする。
    ↓
この方法はほとんど成功しない。一視聴者のためにそういう特別なサービスを局がするはずもないし、またしてはいけないことだ。

となると、とたんに手段はなくなる。録画している人がいるかどうか、友人知人、さらにはインターネットなどで探すしかない。

なんのための賞なのか、とよく思う。

「民放の、番組制作者のための賞なのさ」

その通り。確かにそうなのだが、賞をもらってよかったね、で、番組は倉庫行き?
惜しか~、めちゃ惜しか。

番組は“視聴者に見てもらうため”に作るんじゃないの?

せめて民放祭で高い評価を得た番組は、全国ネットで流す。
そのくらいの“義務”が、業界としてのテレビにはあるんじゃないだろうか?
ディレクターはじめ制作スタッフたちもそれを望んでいるはずだ。

50周年をめでたく迎えた年、民間放送連盟は、天皇を招き、大々的に記念大会を開いた。その様子は、各民放のニュースとなり、日本全国あまねく流れた。

流すものが違いはしないか?

賞を制作者へのごほうび、局への名誉にとどめずに、一年間の番組制作のまとめとして視聴者へ“ど~ん”と問うたらどうなのだ。
こんな番組を作りましたと、今、制作者側が優れていると考えているのはこういう番組なのだと。

視聴者は、それぞれの視点で、番組を判断してくれるはずだ。

そんな、視聴者がリンクできる機会がまるでない。「映像祭」としてビデオで流されるのが関の山。それは「テレビ」じゃないだろう。


手始めに、今年の21作品をオンエアで見たいっ!


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ねぇ・・・・・・。

民放のドキュメンタリーは、「真実味があまり感じられなくて、やらせっぽ」い番組ばかりじゃないよ。

福岡で、先月末に放送された 『NNNドキュメント’03』 の 『満足死~最期まで自分らしく・・・・』(高知放送)、
つい一昨日は 、『生きる×2』 で 『幻醤油はおふくろの味』(長崎放送)・・・・・・・。

こうした番組に触れてくれれば、「胸にガンとくる」番組を民放も作っている、それをわかってくれると思うんだ。


そっちでもやってるから。朝5時とか、27時とかだけどさ。


番組構成師の部屋

♪今日のBGM=Rory Gallagher 『Irish Tour ’74』


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昨日、ダイエーの日本一を祝うパレードが、福岡市の中心部を貫く明治通り(どこにでもある通り名だなぁ)で、36万人のファンを集めてとりおこなわれた。

ぼくはダイエーファンではないし、人混みが大のニガ手なので福岡市内に近寄りたくもなかったが、地元のテレビ局は各局、生中継に花を咲かせていた。

どうして最近のアナウンサー(およびレポーター)は、あんなに絶叫するんだろう?
まぁ、おめでたい優勝パレードだから、大人びて静かに語れとは言わんが、選手の名前を絶叫調で連呼して、こっちを向いたら、ギャァ~!じゃなぁ。

こういう中継が視聴者に喜ばれると思ってる(そして、実際に喜ばれる)んだろうから、やっぱり、見る側の責任ってのは大きいよなぁ。


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てなことを考えていた翌日の今日、ネットでニュースを覗いたら、

「ダイエーの小久保、巨人移籍=交換要員なしで譲渡」

だと!!!!!!!

「先月31日のオーナー会議の際、ダイエーの中内オーナーと巨人の渡辺オーナーが話し合って決定した」

ざけんなぁ、読売ぃぃ!!

ダイエーの身売り話になんじゃかんじゃといちゃもんをつけ、球界の盟主を勝手に自認して、自らの思うようにならんと怒る“老害”オーナー。

「外国の金が入ることを認めるかわりに、小久保でもくれよ」

てな感じで、ぶんどったんじゃないのか!


福岡では号外が出て、記者会見では中内オーナーは涙を見せた。
選手の無償トレードを発表する席で、涙を流すオーナー。

おかしい。絶対におかしい。


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なぜ“無償”なのか?

身売り話がまだまだ沈静化せぬ中、ケガで一年間を棒にふったとは言え、小久保はチームの大黒柱だろう。

城島は捕手として要求される以上の働きをしたが、大黒柱と言うにはまだまだやんちゃ坊主。

松中はヒザのけがを押して勝負強いバッティングを見せ、打点王を獲得した。しかし、大黒柱にしては寡黙すぎる。

井口はまだまだムラがあるし、甘すぎるマスクは大黒柱らしくない。来年は大リーグへ行きたいと言ってもいる。

投手陣にも、投手の柱はいるが、チームの柱となれる選手はいないじゃないか。
小久保しか“大黒柱”になれる選手はいないのだ。

それが無償、つまりはタダで読売へ? なんで???

王監督は知っていたのだろうか? 両オーナーの、というより渡辺オーナーの性格からすれば、雇われ監督に知らせるまでもないというところだろうが。

トレードならば、まだ話はわかる。
チームの戦力を分析し、欠けているところを補充するために最適な選手をピックアップする。

読売にとって、それが小久保という選手であり、それに対してダイエー側も同様に分析して誰か選手を指名し、互いに合意したというのなら通常のトレードだから、外部の人間があれこれ言うようなことはない。

でも、“無償”である。タダでやるよ、というのである。
裏に何かあるとしか思えない。


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老害オーナーは、今シーズン、資金力にモノを言わせてあれだけの選手をかき集め、結局無惨な結果に終わったことをもう忘れたんだろう。

小久保はタダだから、働かなくても別にふところは痛まない。

原監督をやめさせた時、「読売社内の人事異動」だと言い放って、野球をおのれの仕事とする心ある人々を嘆かせた。ファンはあきれただけだけど。

プロ野球の監督は日本に12人しかいない。それをオーナーであり、大企業のボスとは言え、たかが一企業人に過ぎない渡辺某が「社内人事」と言ったのだ。

野球が日本の文化となっていることに、老害オーナーは気づきもしない。

原もあの席で、

「社内人事で、このたび読売新聞社の広報担当常務に就任との要請があり」

くらいに切り返して欲しかった。

「監督は渡辺オーナーが兼務されることで了承しました」

ってね。

原君。おやじが三池工業を優勝に導いた時、まだほんのガキだったオレも、なんだかしらんが嬉しかった。

今、憤りで目ん玉赤くしている原君。
ここで怒りを表に出さなければ、一生、読売の傘下から抜け出られやしないぞ。
野球人としてそれでいいんだろうか?

現場を離れてからの方が人生は長いのだから、寄らば大樹の陰、細く長くいきたいんだというのなら、それはそれでいいけれど。


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「去年の契約更改のときから、環境を変えてやりたいというのがあった。海外でという気持ちもあったが、けががシビアなので。まずは自分のけがを治して、開幕に間に合わせたい。今年の日本一に最初から貢献していないので、出るなら今かなという思いがあった」

小久保の談話である。内容がヘンである。一貫していない。

海外(ということは、大リーグ)へと飛躍するのと、タダで読売へやられてしまうのとはまったく違うぞ。

ケガがシビアならなおさら。
開幕までに治らなければ、読売は飼い殺しにするだけだ。これまで何人の選手がそういう目にあってきたか。

環境を変えたいのなら、ケガをきっちり治し、来シーズン、ダイエーに連覇をもたらして、自分の存在感を衆目に知らしめてから、胸を張ってそう言えよ。

今年はケガをしてグラウンド上の戦力にはならなかったかもしれない。
しかし、チームメイトの心は、ケガをした大黒柱の分も自分たちがフォローしようという思いに満ちていたはずだ。

そばにいてくれる。ただそれだけでも力がわいてくる。「よし、やるか」という気持ちになれる。だからこその“大黒柱”なのだ。

それが、何が「出るなら今かな」だ。見損ないました、ほんとに。


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ダイエーファンでもないぼくが、なんでこんなにかりかりしなきゃいかんのか。たかが玉投げゲームじゃないか。

しかし、読売のやりようというのは見過ごせない。
巨人戦の視聴率は落ちるばかりだ。企業のトップとしては、なんとかてこ入れをしなきゃならんだろう。

小久保という選手が、そのてこ入れに値するほどの人気と実力の持ち主かどうかは疑問だが、今後も手段を選ばず「盟主」座を維持しようとするだろう。

巨人ファンよ、目を覚ませ。
あの老害オーナーを冠にいだくチームのどこに魅力があるのだ?

これから育とうとする若い監督を「グループ内人事」でリストラし、他チームの大黒柱をごぼう抜きし、往年の長島人気に今でもすがりついている。

選手個々を見ても、読売のユニフォームを着ているから顔を知られている選手ばかりだ。

太陽の陽射し厳しい二軍のグラウンドで力を養い、カクテル光線浴びる東京ドームで鮮烈なデビュー、なんてことをした選手をぼくは知らない。

他のチームに行っても、そのままのポジションと打順でレギュラーとなれる選手がどれほどいるのか?

ダメ虎阪神は、星野という外部の血を入れて、ようやく改革した。もう、ダメ虎とは呼ぶことはできまい。

タイガースがなしえた抜本的な体質改善。それを、今の読売に期待する方がムリというものだ。

読売は自らの改革さえできず、過去の栄光ばかりを振り回す。

とっととプロ野球機構から出て行ってもらって、自分のリーグをお好きなように作ればよろし。
お山の大将でいたいだけなのだから。

それで日本から“プロ野球”が消えたとしたら、しょせんその程度の根しかはっていなかったということだ。


街頭インタビューで、ファンのひとりはこう言った。

「ダイエー再建を手助けしてくれた、渡辺さんへの恩返しだと思いますよ」

小久保は、人間賄賂と化した。


♪今日のBGM=Fleetwood Mac 『Mr.Wonderful』


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11月に入ったというのに、この暑さはなんだ?
半袖Tシャツでも汗が出る。

体がだりぃ~。

昨日の焼酎の余韻で、全身倦怠。な~んもやる気が起きん。

こんな時、自宅でやる仕事ってのは因果なもんだなと思う。

「逆じゃないの?」

そう思う人の方が多いだろうなぁ、きっと。

ぼくは10年間、会社勤めだったから、出勤することで自分を仕事の態勢に切りかえられることを知っている。
今日みたいに、“な~んもやる気が起きん”時も、会社に出てしまえば仕事はできた。やれば、ほんとはできるのだ。

ま、実際には仕事をせずに、会社を抜け出したことも多いのだけれど。

自宅が仕事場だと、その切り替えがむずかしい。

「いいや、今日は一日、ごろごろしよう!」

そう決めて、テレビの前に寝ころぶ。
窓の向こうに、ぼくの部屋のドアが見える。
とたんに、

「あのドアの向こう、机の上に、見なければならないテープが乗っている」

そんな思いが頭に浮かぶ。
落ち着けない。そわそわして、ぐりぐりして、結局、机の前に座っている。

ぼくと同じような仕事をしている人には、仕事場を別に持つ人もいる。
打ち合わせとか、仕事上の必要性以上に、プライベートと切り離したいという気持ちが大きいんじゃないかな。経済的には大変だろうけど。

もし、ぼくが仕事場を持ったとしても、そこに寝泊まりするようになるだろうから、あんまり意味はないけれど。


そんなこんなで、倦怠感の中、机の前に4時間ばかり座っている。
けれど、テープは1秒も見ていない。

なにしてんだろうなぁ、とよく思う。
4時間、音楽を聞きながら、ぼーっとしてるんだから。

時間がもったいないよね。眠った方がまだましなのに。

「やるならやる、やらないならやらない。はっきりしろよ!」

誰か言ってくれないかなぁ。


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あ~、だりぃ。

アルコールに弱くなったなぁ。
フリーになって飲みに行く機会がガクンと減ったからかな。
年齢のせいもあるのだろうけど。

打ち合わせは、たいてい昼間だし、終わってから、「飲みに行こうか」ということもほとんどない。みんな取材や編集やなんやらで忙しいし、ぼくもそそくさと帰るだけ。

最近は泊まりがけで打ち合わせや編集に出かけた時しか飲まない。
昔を知る友人は、信じられないと言う。でも、そうなのよね。
ぼくも、自宅の冷蔵庫で期限切れの缶ビールを見つけた時はびっくりしたけどさ。


会社勤めの頃は毎日飲んでた。
残業中に夕食がてら飲みに出て、仕事がすんで同僚と飲み、自宅に帰ってまた飲んだ。

20代の真ん中あたりはワインに凝って、毎日一本、開けていた。
一ヶ月、31日間で、部屋の壁沿いに空ビンがずらり31本。きれいに並んだ時は嬉しかった。
その結果が、アルコール性すい臓炎。

アホだなぁ~、何度思い返しても、我ながら。

しかし、すい臓炎は痛かった。
余りの痛さに、それから丸一年間、一滴も飲まなかったくらいだから。
“痛い目をみないとわからない”ってホント。実感した。

でも、“ノド元すぎると熱さを忘れる”ってのもホントだった。

飲まなくなったのは、東京からUターンして以降だ。


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“自宅で仕事ができる!” “目指せ、SOHO!”

そんな取材をしたことがあったなぁ。もう、15年以上前か。

目の前に雄大な景観が広がる富士のすそ野。
緑に囲まれた山小屋風の家に住み、仕事はフロッピーディスクでやりとりする。

その時は、かっこいいなぁ、気持ちよさげだ、うらやましいなぁ、と思ったけど、あのおじさんも本当はきっと大変だったに違いない。

「理想のオフィス空間ですよ。都会の騒がしさもないしね」

なんて言ってたけど。
仕事と一緒に住んでるんだもの、便利な都心をわざわざ離れてさ。


箱根の山の上に住む商業デザイナーもいたっけ。
フローリング&ガラス張りの壁。写真映えするオフィス兼住宅だった。
有名ブランドの時計なんかをデザインしていた。まだ30代後半、独身だったっけ。
確かに、時代の先端を行くライフスタイルに見えた。

毎年、正月の箱根駅伝を見るたびに、あぁ、あのお兄ちゃんはどうしているかなぁと思う。あのまま、箱根の山の上で仕事を続けているだろうか?

お兄ちゃんを取材したあと、YESのコンサートに行ったんだった。
横浜まで、タクシーで。信じられん、なんちゅうゼイタク!
そうそう、着いた時、ライブは既に始まっていて、なぜか『どんぐりころころ』を演っていたんだった。

会場を間違えたかと思ったなぁ。


最近、SOHOってあまり聞かないけど、どうなんだろ。パソコンとインターネットでハードの環境は整ったから、あえて言うまでもなくなったのかな?

あれ? “SOHO”ってなんだったっけ?
“Small Office、Home Office”だったかな?
経験が血肉となってないなぁ、やっぱ。

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机の前でうだうだ想像をめぐらせてると、宅配便でVHSテープが届いた。

あ~、もう、うだうだしていられないぃぃぃぃ。
きのう、熊本からも10本、預かってきたんだったぁぁぁぁ!


でも、今日はやめよ。  暑いもん。
♪本日のBGM=Neil Young 『Silver & Gold』

熊本日帰り。

いつものように3時頃、入る。
6時くらいまで、あれこれ打合せをし、行きつけの居酒屋へ場所を移す。
9時40分、店の前で車をひろい、ディレクター氏たちに挨拶をして駅へ。
最終の特急、自由席で福岡へ帰る。

ぼくは、この行程が好きだ。


打ち合わせはともかくとして、もっと飲んでいたいのだ、実は。
しかし、終電は、PM10:03。9時15分を過ぎると時間が気にかかる。
そわそわ、どきどき。シンデレラじゃあるまいし。

以前、「終電、間に合いますか?」と気づかうディレクターのT氏に、
「だいじょうぶですよ!」
と自信満々に答え、駅に着いたら終電がとっくに出ていたことがある。

「乗れませんでした」と居酒屋に帰るわけにもいかん。

冬だった。冬の熊本は冷える。
泊まる予定じゃないので金はない。

ままよ!と熊本駅に並びの立派なホテルに入る。

「シングル、ありますか?」

「あいにく、6万円の和室だけとなっておりますが」

スミマセン・・・・すごすご・・・・・・。

1時間くらいウロウロして、木賃宿へ。
しっかりカゼをひいて帰った。

同じことを、二度繰り返すのはアホである。
でも、繰り返す可能性がしっかりある自分がこわい。


このまま話して飲んで、深夜になったってかまわない。だが、翌日がつらい。

ふつか酔いということもある。
でも、それ以上につらいのは、自分の居場所がないということ。

局に行っても、アルコールが残るディレクター氏は相手をしてくれない。打ち合わせは前日に済んでるし、ごっちゃり話してしこたま飲んだあとである。互いに、もう言うこともない。

ごにょごにょ挨拶して、局を出ることになる。太陽の光が目にしみる。


夜10時前。路傍にT氏を残し、タクシーで去るワタシ。
ちょっと後ろ髪が引かれ気味。話は、腹六分目。くいたりない。
でも、このくらいがちょうどいいのだ、きっと。


今日は、フリー・カメラマンのF氏も同席。
局から居酒屋へ行く前に、F氏の事務所へ寄った。
編集機やパソコンが並ぶ板張りの部屋で、かわいい女の子がモニターの前に座ってる。

「何本、いった?」

「今、9本です」

なんだろな?と思ったら、取材テープをVHSへダビング中。ぼくへ送ってくれるテープだ。
1本1時間の取材テープだから、この子は9時間、モニターを見つめていたことになる。

まだ11本、あるという。

すいませんねぇ、と、こころの中でアタマをさげる。
あとは、オレが20時間、見ればいいのね。


F氏は、スタッフ3人をかかえるプロダクションのオーナー。元は、今日、打ち合わせをした局のカメラマンだった。

社員3人プラス自分&家族。それだけの人間を養っている。偉いと思う。
ぼくにはとうていできないことだ。

仕事をとってくる、という感覚がぼくにはない。
営業をしたことがないし、しようにもその方法がいまだにわからない。

番組構成師でございって、局をまわるのかな?
企業の宣伝ビデオもやるんだから、チラシを作って配ればいいのかな?
わからん。

ぼこぼこ仕事が入るわけじゃない。ない時は徹底的にないのがフリー。
この3ヵ月間、ぼくの収入はゼロだ。
ま、こんなことはざらなので、別に驚かないし平気だけど、社員がいたらそうも言ってはいられまい。
月々の給料は払ってあげないとダメだろうし、たまには昇給も必要かも。
そう考えると、さらに偉い!


居酒屋で話すことはいつも同じ。

「番組、作りたいよね~」

でも、予算がない。
意欲はあれども、発揮するステージがない。

予算を出せとF氏はT氏に迫る。会社の内情を知るT氏は、苦しげな笑顔を見せる。
T氏もばんばん作りたいのは山々なのだ。

ドキュメンタリーは視聴率がとれない。だから、売れない。ゆえに、金がない。しこうして、作れない。
創立○周年記念とか、民放祭や芸術祭みたいなコンクールに出すとか、そういうお題目がないと長めのドキュメンタリーは作れないのが現状だ。

確かに、民放のドキュメンタリー番組は、視聴率数パーセント。しかし、確実に見てくれる人たちがそれだけいるのだ。

以前、ある局で同じ番組を土曜の午後、平日のゴールデン、そして平日の深夜と、3回、オンエアしたことがある。

 土曜の午後=視聴率2%前半
 平日のゴールデン=2%前半(ディレクターは怒られたそうだ)
 そして平日の深夜=2%後半

平日深夜(27時であった)が、一番高かった。
残念だし、意外だったが、心強くもあった。
何時にオンエアしようと、見てくれる人が2%はいる。この人たちをターゲットに、CMをうてばいいじゃないか!

こんな、誤差さえ出ようにない、地をはうような数字では、スポンサーが喜ばない? そうだろうか?

画面を見つめる目の力が違うように思うのは、ぼくの欲目なのかなぁ。

焼酎がきいてきた。キーボードを打つ指のろれつが回らない。
寝よ。


熊本日帰り。
いつまでも続いて欲しいな。
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