番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック:(-) | コメント:(-) |
PM1:00 仕事開始

今日は外部のプロダクションで本編集。
場所は、那覇から車で30分くらいの北谷町。
大きな観覧車が見え出したと思ったら、編集プロダクションは
ほとんどその真向かいだった。

ものすごく広い埋立地に創られた、いろんな娯楽施設の集合体。
ここにある野球場では、今、中日ドラゴンズがキャンプ中とか。
あちこちにドラゴンズののぼりが立ててある。

広いアミューズメント・パークも、若い衆や家族連れでいっぱい。
昼間にこんな人の多いところを歩くのは、沖縄では初めて。
ついついきょろきょろしてしまう。
きらめく太陽(25度!)のもと、お茶を飲みながらだべったり、
ぶらぶら歩いてる、その半分(以上かな?)が、異人さんたち。

ほ~、と思って眺めていたら、遠くに海が見えるっ!
ウォーター・スライダーのような建造物も。
あぁ、ナマの海に触れたいっ!
後ろ髪をひかれつつ、編集プロダクションへ。つらか~。


編集プロダクションは、IT関連に力を入れようと第三セクターで作られたメディア・センターの一角。
ハードディスクに映像を取り込んで編集する「ノンリニア編集」の、
最先端を行っているとか。
そのシステムの設置費、およそ1億だと!! ただただ、驚くばかり。


=====================================

PM8:00

1億円也の驚愕システムのおかげか、心配だった本編集があっさり終了。
4秒ほどずれたけど、アッと言う間に修正。
それ以外は、何ごとも起こらなかった。変だ??


うまくいくことに慣れていないので、夕食をとっていてもなにか落ち着かない。
イヤな体質になってしまったぁ。


================================

PM11:00

ホテルに戻る。
これから、明日のナレーション収録用の原稿を書く。
ストップウォッチ片手に、口の中でもぞもぞ言いながら、
最終的に決まった秒数に合うように、言葉を組み合わせる。


しかし、余裕があるなぁ、今回は。

やっぱ、不安・・・・・・。







スポンサーサイト
PM2:00 本日の編集開始 → PM5:30 編集第2段階終了

昨日(というより今朝まで)、きばったおかげで、
予定より1日ばかり早く編集の下準備が終わってしまった。
ノンリニアできちんと編集するために、
今から局外のプロダクションへディレクター氏と共に素材を持ち込む。

予想外にスムーズな進展。胸にわき起こる不安の陰は何ぞや?
トントン拍子にいって、そのまま最後まで完遂したことがないという事実がある。
それも何度も。
だから、うまくいっている時に、その状況を素直に受け入れられない体質になってしまった。

今回は、このまま行って欲しいなぁ。すると、徹夜が最大でも2日ですむ。


============================


PM8:00
沖縄市、旧コザへ出発。

元「コンディション・グリーン」のボーカル、かっちゃんがやっている店へ行く予定。

もう30年ほど前、コンディション・グリーン全盛の頃の
目もくらむようなカリスマ性は、古希をむかえようとしているかっちゃんにはないかもしれない。

ステージからニシキヘビを客席に投げ込んだり、
ニワトリの首をはねて生き血を飲んだりはしないらしい。
しかし、女性のブーツにビールを入れて飲んだり、
鼻からタバコを吸って、舌で消したり、
ビールをビンからラッパ飲みしたりはお茶のこさいさいのようだ。

・・・・・・・会うのがちょっとコワいですぅ。


===============================


かっちゃんは、とても優しい目をした方だった。ほっ。

しかし、ステージは、お客の革靴にビールを入れて飲んだりと、
伝え聞く通り、いや、それ以上の破壊的なもの。

ステージに登場しただけで店内の空気がガラッと変わるのはサスガ。
ご自身、自分はミュージシャンじゃないと言われているようだが、
確かにパフォーマーと言うか、エンターテナーと言った方が的確だ。

びっくりしたのは、かっちゃん以外のメンバー(ギター、ベース、ドラム)のうまいこと!
かっちゃん登場の前に3人でインストをやった。
その演奏は、バンマス・かっちゃんの音楽性は違い、昔で言うところのフュージョン。

ギターは30代後半らしき日本人。ずっと沖縄でバンド活動をしてきた人らしい。
アーミングやトーンコントロールを駆使し、ソロを聴かす。
アル・ディメオラ、ジョン・マクラグリン系。ロックではジェフ・ベックかな。

ベースは、ハタチの日本人。かっちゃんの店のご近所だとか。
この子がうまいっ!! チョッパー、ビシビシ、店が震える。

ドラムは、若い黒人。兵隊だとか。こちらもうまいっ!!
アドリブをやっても、ベースときちっと合っていたし。
ギターも含めてメンバー3人、きちんと練習を積んでいるに違いない。

考えてみれば、音楽をやる人間がヤマといる沖縄。
そこでステージをこなしているのだから、テクニックを備えているのは
最低条件なのかもしれない。
その、基盤がしっかりしているから、かっちゃんのパフォーマンスが
どんな方向に行こうともだいじょうぶなんだろう。


客は大乗り。
しかし、勝手に出来上がっている日本人客がかっちゃんにビールを浴びせたりした。
あれはちょっとやり過ぎだった。アメリカ兵らしき客たちもイヤ~な顔。

--オレはアメリカ人とはケンカするよ。

とのたまっていたおじさん。そう言いつつ、掛け声は、

--ウワァオォォ、ホォゥ~ッ!

とアメリカナイズされてた。
おっさん、あんた、こういう場所の楽しみ方、知らんのじゃない?
ほとんどの客がふたり連れの中、6、7人と大人数で来ていたから、
ハメをはずしたんだろう。ひとりじゃ小さくなるタイプかな。
こんなジャパニーズ・オヤジ、結構いる。

客にすすめられるままにビールを飲みすぎたかっちゃん、壊れ方がエスカレート。
バンドのドラマーに、

--もう飲むなよ!

と叱られていたのがおかしかった。
確かに、飲む量は減らしたほうがいいですよ。もう古希なんだから。


================================


ホテル戻りは、AM1:45。
こんなに早く帰れるとは・・・・・・・・信じられん。


PM12:40 那覇空港到着。

気温22度。暑い.着ていたトレーナーを脱ぐ。
家を出たときはフリースの上着も着ていたので、いきなり荷物が増える。
それでなくても今回は6泊7日(もしかすると7泊8日)の長逗留なので、
荷物がコロコロバッグにデイバッグの二個。あ~、じゃま!

持参したゴムひもで、コロコロバッグにトレーナーとフリースを縛りつける。


PM1:15
ホテルのフロントにコロコロバッグ+(フリース&トレーナー)を預け、A局へ。
局長へ挨拶をしたら、

--来ましたね、地獄の週末に。

と言ってお笑いに。う~ん、相手の準備は万端のよう。


PM2:00
昼食をとってから、ディレクター氏と一緒に編集室へ・・・・・・。


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


28日 AM5:30 初日の編集、終了。

いったん、ざっと編集し、全体を通して見直し、
長い部分やいらない部分、入れ替え部分をあ~だこ~だと、
頭を抱えつつ、でもなぜか笑いつつ、検討。

それを2、3度繰り返し、1分40秒ほどオーバーの時点で初日を終えた。


ホテルに戻って、手と顔を洗い、歯を磨いて、AM6:20。
地獄の週末、その初日はさほどでもなかった。

さぁ、寝よ。

でも、普通の日だと朝食を食べている時間。
あんま、眠くないなぁ。


♪今日のBGM=Three Dog Night 『Celebrate 1965-1975』


お~、『Joy To The World』。

久々に聞くといいなぁ。懐かしい。
とは言え、最近、CMか何かで聞いたような記憶が・・・・・?

CMやドラマなどに、70年代にはやった曲がちょくちょく使われている(ドラマはまったく見ないのでウワサだけど)。
30年くらい前の曲が若い人たちには新鮮なのだろうし、当時、ラジオの深夜番組なんぞを眠い目こすりつつ聞いていたぼくらなぞには、ハートを打ち抜く威力を持っていたりする。

最近、ぼくのメール着メロはミッシェル・ポロナレフの『シェリーに口づけ』。これもなにかのドラマで使われ、ポロナレフさんの人気も再燃したそうな。
そんなこと知らないものだから、昨年、久々にCDショップに行った時、ポロナレフさんのベスト盤がでーんと積んであってビックリした。今も奇妙なサングラスをかけてご活躍なんだろうか。


明日から行く南の島のディレクター氏、今日は東京日帰りのはず。
無事だろうか? ジェット機でシュパッと行き帰りだから平気かな。
乗り物って、楽しく乗ると疲れないけど、はぁ~っとため息と一緒だとメチャクチャ疲れる。
学生時代、今はもうなくなってしまった夜行鈍行や夜行急行で帰省したり旅行したりした。あの頃は電車に乗ること自体が楽しくて、真っ暗な車窓にポツンと見える灯りの下の生活を想像したりしながら10数時間、乗り続けてた。列車の床に寝ても平気だし。

別に体力があった方じゃないから、楽しければこそってものだ。同じことを今やったら、翌日は立てまい。楽しくてもダメかしらん? ちょっと残念。

でも、飛行機の旅はやっぱり味気ない。
揺れるとコワイし、曇っていると景色も見えん。
以前、東京から戻る時、ガックーンと垂直に落ち、身体が浮き上がったことがある。あれがエアポケットと言うんだろうか、ぼくは常にシートベルトをしているので座席からお尻が少し浮いただけですんだけど、頭上の荷物を入れるところへ頭をぶつけてる人もいた。

あ~、イヤなことを思い出してしまった。

しかし、昨年暮れだったか、沖縄からの帰り。夜の便。雲が全然なくて、山の中だろう真っ暗な中にポツンと光が見えたりして、あれはよかった。
玄界灘から朝鮮半島にかけて(だと思う)、一面の漁り火。きっとイカ釣り船の光だろうけど、イカが獲り尽くされてしまうんじゃなかろうかと思えるくらいぎっしりビカビカ。きれいだった。

昔は今ほどの光ではなかっただろうから、海面遠くにほの明るく揺らめく漁り火は、きっと不気味な光だったに違いない。


================================


ディレクター氏、番組に使う曲を決めたかな。
「C.C.R」とか「Tom Waits」なんぞが出てくるところが同い年のおやぢである。
ぼくなら、「Buffalo Springfield」とか「Poco」なぞ、使いたいところだ。
あ、「Tim Hardin」もいいな。
しかし、どれも番組テーマとはあまり関係なさそうなのだけど。

ま、楽しく、異様な感じに仕上がればOK!


で、もうひとつの番組は、っと。

あれはシリアスだからな~。ここは音楽で楽しもう、という箇所がない。あまり場違いな曲を流すとお叱りを受けそうだ。効果音くらいかな?

あのディレクター氏(あ、女性)はどんな音楽がお好みなんだろう? ファッションのお話は時たま聞くけど、ぼくがそっち方面はまったくアカンもんで。ブランド品、持ってないしなぁ。


================================


予定、6泊7日。ノンストップでお仕事だぁっ!

しかし、どうして重なるのかな~。
ヒマな時はせつないくらいにヒマなのに。





番組構成師の部屋




“ネコ助-Aoi's Room”




♪今日のBGM=Condition Green 『Live in Kyoto』


今日のBGM。正確には“Music”ではなく、“Movie”だ。

70年代初頭、沖縄の基地城下町・コザから新たなロックの波が生まれ、本土へもその(主に米兵たち間での)人気と実力がとどろいていた。

『紫』と共にその先端にいたのが『コンディショングリーン』。
ぼくが今、モニターしているのは、彼らが京都の西部講堂で行ったLiveのドキュメントだ。

当時、ロック大好きハナタレ小僧だったぼくは、ディープ・パープルに擬した(と思った)『紫』よりも、そのパフォーマンスが人間離れしている(と噂されていた)『コンディショングリーン』の方により興味を持っていた。

しかし、ぼくらが接することができるのは、希に雑誌などに掲載される、コンディショングリーンの一種異様なステージ風景のみ。
ギターをベースが肩車し、そのふたりをさらにボーカルが肩車するという「3段ピラミッド」。
生きたニワトリの首をはねるという、想像だにしずらいパフォーマンス。
ステージからは大音響のロックばかりではなく、花火も飛び、ハブも飛ぶという。

いったい、どんな連中なのだろう?
その頃、ぼくは想像するばかりだった。

だから、動いているコンディショングリーンを見るのは、今日が初めて。

これは、すごい。

3段ピラミッドも、ボーカルのかっちゃんがステージで振り回す花火も、確かにウワサ通り。
しかし、それ以上に度肝を抜くのがボーカルを含めた演奏だ。
ハチャメチャなステージングなのに、ドラムもベースも乱れない。
ボトムをしっかりと支えつつ、暴れている。

さらに、ギター。
コンディショングリーンに加入した時はまだ19歳だったというシンキ。
タイム感、ソロのセンス・・・・・・抜群だ。

演奏にしっかりとした力があり、その上に破天荒なパフォーマンスがある。
その人気が口コミで一気に広がったというのもむべなるかな。

ぼくが見ているこのステージでの3段ピラミッドは、ギターのシンキをボーカルのかっちゃんが肩車し、そのふたりをベースのエディが肩車。
かと思えば、ギターを弾くシンキの両足をかっちゃんが肩に抱え、振り回している。

--これが、あの“人間風車”かぁ・・・・・。

人間風車と言えば、プロレスのリングでドン・レオジョナサンが得意としていた技。ジャイアント馬場さんがぶん回されていた。
それが、ステージ上で、ボーカルがギタリストをぐるぐるぐるぐる。

ぼーぜん、がくぜん、びっくらこんである。


敗北の色濃いベトナム戦争。
その戦場にこれから向かう、その戦場から心身共に傷ついて戻る、そうした米兵たちを相手に、一歩も引かなかったコンディショングリーン。
身体と心を張った音楽で、生きる意味を見失わんとしている若いアメリカ人にほんのひとときとはいえ、熱い時間を過ごさせた。

たいしたもんだなぁ。さすがのパフォーマンス。


ボーカルのかっちゃんは、沖縄市と名前を変えたコザでライブハウスを開き、60歳になろうとする今でもステージに立っている。
オキナワン・ロック・スピリッツ、現役だ!


あ~、終わってしまった。30分あまりの、短いドキュメント。
いかんいかん、仕事で見ているんだった。
ライブのすごさに、挿入されているインタビューなどの内容が記憶の片隅にも残ってない。

もう一度、冒頭から見直そう。
その女性は、会話をしていた。ぼくの目には見えない相手と。


朝、ファースト・フードの禁煙席。
アイスコーヒーを手に席につくと、隣には40代らしき女性が。

--うぅ~ん、そうよ、ねぇ・・・・・・そうそう、でしょう、ねぇえ。

携帯で電話をしているのかと思った。でも、違った。
その女性は、ひとりで話をしていた。大きく大きくうなづきながら、身振り手振りをまじえつつ。

知人に精神分裂症(今はこう言ってはいけないのかな。統合失調症だっけ)の人がいて、精神が“あちら側”に傾くと、ひとりで延々と話をしていた。
その時の様子と、女性は同じだ。

知人によると、ひとりで話しているのではないそうだ。
自分の前には語り合っている相手がいて、自分と同じように話し、うなづき、笑っている。それは、“こちら側”でぼくらと話すのとなんらかわりがないという。

--信じてもらえるかな?

そうきかれた時、ぼくは「うん」と答えた。
それは相手に合わせたわけじゃない。
かと言って、ぼくがぼくだけに見える相手と話しをするわけでもない。
ぼくが「うん」と言ったのは、たとえぼくらの目に相手が見えなくとも、その知人の目に“見えて”いるならば、知人にとっては“実在する”相手だと思ったから。
こちらも、あちらも、ほんとは同じなんじゃないだろうか。そう思ったから。

その相手が、時に愛らしい妖精になったり、意地悪な小人になったりする。ただそれだけのこと。

--ほんとうに、すぐそこに、いるんだよ。

そうに違いない。ぼくの目には見えないだけなのだ。

その知人のおかげで、ぼくは、ぼくらが“あちら側”と時に呼ぶ世界の存在を知ることができた。


ファースト・フード店で出会ったその女性は、進学を間近にひかえた子どもについて仲のいい友だちと笑いを交わしながら話し続ける。
その“仲のいい友だち”は、ぼくの目には見えないけれど。

--うぅん、そぉよ。大丈夫と思ってるのよ。・・・・・・そうそう。困ってる、えぇえ。

手帳に鉛筆でぐるぐる意味ない絵を描きながら、女性は“会話”を続ける。
その女性の向こう側に、50代くらいのおばさんたち3人が、

--今日はワタシが出すけん、飲みもんは何がよか?

--ダメよ、今日はアタシ、アタシが出す番やん。

典型的なおばさん会話を声高にし、飲み物をそろえた3人は、店中に響き渡るような声で笑いあいながら、世間話を始めた。
その大きな声に触発されたのか、それとも“相手”の声がかき消されようになったのか、女性も今まで以上に大きな声で、

--あんたのあん子もそう?・・・・・・ほぉんとぉ、うぅん、大変やん。

と“会話”を続ける。

おばさんたちの声が止まる。
3人は、となりの女性の顔をソッと、しかし、失礼極まりないしぐさで覗き込み、互いに目配せをする。
それまで、店内に響いていた声は、ひそひそと小さな声に、でも、女性には聞こえてもかまわないと思っていることが明らかな大きさへと下がった。

--この人、あれよ。

--うん、あれやね。

--なんで、ほっとくんやろね。危なかやん。

--家族が無責任なんよ。怖かねぇ。

危ないのか? 怖いのか?
この、自らの世界で友人と楽しげに語らっている女性が。

急に、腹が立ってきた、猛烈に。
ぼくは、知人が言ったことを思っていた。

--危ないって思わないで欲しい。話をしてる相手はちゃんといるんだから。

怖がられ、遠ざかられ、疎まれる。それが一番、哀しいと言う。
ヒソヒソのおばさんたちは、その知人の思いを知る由もないのだが。


ぼくが小さな頃、ぼくらの目には見えない相手と話をしている人が時にいて、その人を地域の人たちがゆるやかに見守っていた、そんな記憶がある。
なにか話をしながら、学校帰りのぼくたちのあとをぽつぽつと、どこまでもついてくるおじさんがいた。

--仲間に入りたいのかなぁ? おとななのに。

結局最後まで、ぼくらの輪に入ることはなかったけれど。
ぼくらとはちょっと違う人。それだけ。だから、怖くなんかなかった。


今、精神に障害を持つ人は、街を自由に歩くことも難しい。
犯罪に関係すると「通院歴がある」という表現をされ、そのニュースに触れる人を震撼させ、ますます街が遠ざかる。

現代は、他とは違う精神の姥捨て山なのか?


時間が来て、ファースト・フード店を出る時、女性は友だちとの会話を終え、手帳に絵を描いていた。女の人と子どもの姿。自分と我が子だろうか、それとも、今まで話していた友だちだろうか。

--ふふふふ・・・・・、

楽しげに笑いながら、人の顔を描いていく女性。
その向こうで、3人のおばさんたちが、興味津々、見つめていた。
肩を寄せ、眉をひそめながら。





番組構成師の部屋




“ネコ助-Aoi's Room”

♪今日のBGM=Pink Floyd 『The Wall Live』


なんやねん
「にゃんやねん。時には精かんな顔もできるんやでぇ」


昨日、構成案を送ってくれた某局某ディレクターからスケジュール案が届く。

読んで、メマイがした。

・某局某ディレクターの番組制作スケジュール
  23日~25日 粗編集
  26日 東京出張(日帰り)
  27日~28日 粗編集
  29日~3/2日 本編集&完成
  3/3日の午前中 納品

某ディレクター曰く、

--日程案です。超タイトです。

これは“案”ではありませんな。“決定事項”です。

しかし、だいじょうぶかね、このヒト。昨日まで取材だったハズ。
疲れているだろうに、そのまま編集になだれ込み、東京日帰り出張をはさんで納品まで休みナシとな。
そのうち数日は夜を徹することになるだろう。

でも、これがフツウのスケジュールかも。
いや、30分番組で編集開始から番組完成まで8日間とってあるから、今どきゼイタクなスケジュールなのかもしれない。

昨年、某プロダクションでやった仕事は、1時間番組で編集開始から完成まで3日間だった。始める前から“2日間完全徹夜”が決まっているようなもの。

労働基準法上、どういうもんかね~、いいんかなぁ、という日程だった。
働け働け、せかせか働け。そう背中側で言われているみたいだ。
楽しく、余裕を持って仕事をしないと、エエ番組はできまへん。


ラフ構成を送った旨、電話したら、某ディレクター氏はちゃんと編集作業をしていた。
日程“案”通り。えらいな~。

27日からは、ぼくも編集作業に参加予定。
今日のところは、電話があるかもしれないから待機をしつつ、明日行われる打合せの予習でもしよう。


番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi’s Room”

♪今日のBGM=J.Geils Band 『Live Full House』


メールと共に添付ファイルが届く。某局某ディレクター氏からの構成案。
ディレクターが番組をどんな感じにしたいと思っているのか、その内容を知ることはとっても大切。
だから、A4の用紙1、2枚でも、自分の考えをまとめてくれるとすごく助かる。ディレクターが視聴者に訴えたいことをよりわかりやすくするのがぼくの仕事だから、その思いを知らないことには先に進めない。
ぼくの好き勝手の内容にしていいというのならば別だけど。

こんな、イロハのイみたいなことを書くのは、最近、自分の番組をどういう風にしたいのかわからないディレクターが増えてきたような気がするから。
番組を作りたいから、視聴者に訴えたいことがあるから、だからテレビ局へと入社するのだとぼくなどは思うのだけど、制作意欲や情熱がさほど感じられない制作部員にちょいちょいお目にかかる。

その裏側に“熱”のない番組を見させられるほど、視聴者にとってアホくさいことはないのだけれど、ルーチンワークになる理由もわからないではない。
例えば、ディリーの仕事をこなしながら30分もののドキュメンタリーを抱えていたりすると、仕事のタイム感というか、仕事の流れ方がまったく違うので、かなりな“熱”がないとどちらも十二分にこなすことは難しい。

困ったことに、“熱”はなくとも30分という長さの番組はちゃんと出来上がるので、放送すべき時間帯に穴が開くことはない。
ともかく流れればお役目は終了。その内容を理由に左遷されることも、報奨金が授与されることも、よほどのことがないかぎり、ない。

リアクションのほとんどない番組を作る。そのモチベーションはどうすれば高められるのか? それは、番組制作に対する個人の思い入れしかない。

個人の思い入れに頼る番組制作。難しい。


番組作りは絵描きと同じく、「よし、ここまで」という筆の置き方が大切。あ~だこ~だと長い間グチャグチャいじくっていても、よくなっていくとは限らない。
絵描きと違うのは、番組はお尻を切られていること。“発表”の日時があらかじめ決められているという点だ。だから、刻々と過ぎる時間に心が削られる思いがする。

ま、ディレクター諸氏に“発表”という感覚があるかどうかはわからないけれど。


================================


今日、送られてきた構成案には「曲」という欄があり、ディレクター氏が自分で使いたいと思っているのであろう曲やミュージシャンの名が書き込まれている。
その曲名やミュージシャン名を見て、ニヤリ。ふむふむ、60年代末期から70年代ね。
このディレクター氏、ぼくと同世代なのだ。使いたい曲、よ~わかりまっせ。

キー局ならば専門のスタッフがやるであろう選曲も手がけなければならないローカル局のディレクター氏。

でも、“熱”を持つディレクター氏にとっては、それもまた楽し、なんだろう。


しかし、スケジュール、あまりにギリギリでんがな。
筆の置き方を気取るヒマもありませんぜ。

番組構成師の部屋

“ネコ助-Aoi’s Room”

♪今日のBGM=Mike Bloomfield 『Live at Old Waldorf』


しくしく・・・・・・。

昨日、あんなにがんばったのに。
昨日、あんなにあんなにがんばって、脳みそが耳のアナや鼻のアナからたれるくらいにがんばって書き上げた確定申告書。
11時前、るんるん気分で郵便局へ出しに行ったら、お休みだった・・・・・。

その郵便局は地元の元締め的郵便局で、他の特定郵便局が休む日曜祭日も郵便業務を行っていた。
今日は土曜日。歩いて5分の特定郵便局はお休み。それは知ってる。だから、車でこの郵便局までやってきたのに。なのに、お休み。

郵政公社になってから、土曜日曜も休むようになったのかしらん?
ついこの間まで、土曜休日でも郵便業務はやっていた記憶があるのだけれど、それはホントは遠い遠い記憶なのかしらん?

郵便局の入り口は開いていた。
入り口に立つと、自動扉が「いらっしゃいませ。ガガ~ッ」と開いた。んで、中にはいると、奥にシャッターがガチャンコ、閉まってる。暗い。
なんじゃ、こりゃ?と思ったら、現金自動預入支払機・ATMだけが暗がりに薄ぼんやりと明かりを放ってる。

シャッターにさえぎられ、し~~~~ん。ATMがウィ~~~~ン。檄不気味。

3月中旬までに税務署へ届けばいいのだから、まだまだ十二分に期間はある。が、しかし、昨日、丸一日を費やした努力が無に帰した気がした。
せっかく記入日を「2月21日」にしたのにぃ。がっくし・・・・。

記入日を2月21日にしたのには、ほんのちょっとしたワケがある。週明け月曜日、2月23日から、わが家の住所が変わるのだ。

昨日、確定申告書に住所を書いた時、変わる前、つまり今現在の住所を記入した。無意識に。
ぼくは自他共に認める小心者なので、「変更前の住所を書き込んだからには、その日までに提出しなくては!」という強迫観念に襲われ、おかげでわずか一日で申告書を書き上げるという快挙を成し遂げたのだった。

ま、そんなことはどうでもいいことだけど、ぼくは書いた手紙を出さずに忘れ去るという人間でもあるので、それだけは阻止せねば。

月曜日には投函するぞ、絶対にっ!


================================


ハードディスク・レコーダーがオーバーフロー。録画予約していた『男はつらいよ』が途中でぶち切れてしまった。残念。

テープを使うのとは違って録画する時間を気にしなくていいし、たいがいのことでは収録時間が足りなくなることもない。
と、思っていたのだが、見ずに録画したままの番組がたまりにたまってディスクが満杯に。

中味を減らそうと、まず見たのが格闘技「プライド」の特番。

ぼくは“吉村道明、起死回生の回転エビ固め”の昔から格闘技が結構好きなのだけど、最近は“世界最強”をうたうヒトが多すぎないだろうか?
ひとつの大会に世界最強の男が何人も出てくる。そして、あっさり敗れ去る。奇妙だ。
興行側が売り出すコピーを考える時間もなくゾロゾロと新顔が生まれるほどに格闘技ブームということなんだろうけど。

しかし、ミルコ・クロコップさんは強い。
先日、小泉首相に国家元首の親書を手渡した際の写真&記事が新聞に掲載されていた。こんなに強く、格好の良い国会議員というのも、そうそういないだろう。
倒れた相手にのしかかり、ぼこぼこ殴っている姿をテレビで放映される“国会議員”というのは、もっともっと少なそうだ。


次ぎに見たのは、「ザ・ベンチャーズ」のコンサート。

結成45年記念のツアーだとか。“なんとか記念”にかかわらず、毎年来日し、数ヵ月間にわたり日本をツアーしていることはこの際、言うまい。
日本で人気があるのは、今でもコピーバンドが多いことでもわかる。
NHKのBSに、平均年齢40歳以上のバンドがその腕と個性を競う「おやじバトル」なる番組があるが、ベンチャーズ直系バンドが必ず登場する。
あの「テケテケ」は、永遠なのだ。

今回のツアーは、ギターのノーキー・エドワーズさんがゲストとして参加。
なんで“ゲスト”なのか、よくわからん。一時、脱退していたけど、その関係なのかしらん?

オリジナルメンバー、リズムギターのドン・ウィルソンさんと、ベースのボブ・ボーグルさんは健在。ドラムは数年前に亡くなったメル・テイラーさんの息子さんが叩いていた。血は争えないのね、やっぱし。

結成45年だから、すでに60代半ばは過ぎているであろうノーキーさんは、イスに座り、どっぷり太ったおなかにギターをのせて弾く。

--うまいな~!

数十年ぶりに目にして、あらためてびっくり。
プロなのだから、あたり前と言えばあたり前だけど、60代半ばで親指に付けたサムピックと残りの指を一緒に使ってさらりさらりとソロをとる。

--こんなの、なんでもないよ、簡単さ。

そんな風情で、力まず、恬淡と、馴染みのフレーズを紡ぎ出す。
『パイプライン』『ダイアモンドヘット』『ウォーク・ドント・ラン』『キャラバン』『十番街の殺人』といったヒット曲の他、『二人の銀座』や『京都の恋』『京都慕情』『雨の御堂筋』などのオリジナル“歌謡曲”も聞かせてくれた。

ご本人たちが自分たちのサウンドを「テケテケ」と呼んでいたのがおかしかった。英語では「ティキティキ」と発音するそうな。

誰にでもできそうだけど、実はできない。それが「テケテケ」サウンド。
唯一無二のオリジナル、自分たちが生み出したサウンドを60過ぎても人前で披露できる。そのサウンドを今でも聴きたいと集まる人たちがいる。
年齢を合計すると200歳に届くであろう、フロントマン3人の演奏する姿を見つつ、その幸福さを思った。

--これから45年間、何事かを続けていけるほど、もう若くはないんだなぁ。

ちょっと心に痛い「テケテケ」だった。


================================


満腹ハードディスク・レコーダーをすっきりさせようと気張ってみたものの、そんなに死ぬほど見たいというモノがあるでなく、映画関係はDVDに落とし、大半は見ずに消去。

で、早速、『ラウンド・ミッドナイト』を録画。
欧州滞在中のバド・パウエルの生活に擬したサックス奏者のデクスター・ゴードン主演の映画。ハービー・ハンコックさんなぞも登場する。

この映画、東京にいる時に池袋かどっかで見た。結構気に入って、サントラ盤やレーザーディスクも入手したりしたのだけれど、さてさて録画はしたものの、見るのはいつになることやら。

番組構成師の部屋

“ネコ助-Aoi’s Room"←写真2枚追加しました。

終わったぁ~っ! 確定申告の用紙書き込み。
領収証などを月別に紙にはり、エクセルで作った(作ってもらった)表に打ち込んで、一年間の収支明細を万全にしてから、なぜか丸々一日、かかってしまった。

めんどくさっ!

確定申告記入見本
記入例の一端。
素人にもわかりやすいようにと一生懸命作ったのだろうけど、もうしわけない、全然わからん。

去年も同じ作業をやったはずなのに、一切、まるっきり、なんにも、覚えていない。

「どこそこのページを参照するように」と矢印でページが記してある。それに従って、当該ページで記入例の説明を読む。
やっぱり、わからん。
じわんと脂汗が出てくる。

記入例を読むこと、30分。
ほんとに、さっぱり、100%、わからない。
徐々に気分が悪くなる。知恵熱を発散しすぎたせいか。

休憩、お茶でも飲もう。



税務署から届いた封筒の表紙には、下記のようなお言葉が。

確定申告はお早めに

早くしたいのは山々なんですっ。
見たくもないから、さっさと仕上げて、とっととお送りしたいんですっ。
でも、書き方がわからないんですっっっ!

こんなに数字に弱い人間に、納税という国民の義務を任せていいのだろうか?
あ、税金はハナから引かれているから、申告しないとソンするのはぼくの方。
申告しなければ、納めすぎている税金が戻ってこないだけのこと。

のんびり温泉へ行けるくらい、もどってくるとエエなぁ。
そう考えると、やる気が湧いてきた。


================================


がぜん湧いたやる気も、1時間、もたなかった。
下書き中の申告用紙を放り投げてゴロンと横になったら、ネコ助が「なんだなんだ?」とやってきた。

確定申告に目を見張るアオ助
飼い主が打ちのめされた申告表を寄り目で見つめるネコ助。

なんだかわからんやろぉなぁ。わかるまい。
飼い主さまは、かような辛苦を負いつつ、お前に日々のご飯を食べさせておるんやで。
目ん玉、丸めて寄せるだけやのうて、ちょっと算数の手伝いでもしてくれへんか?

まぁ、ムリやろなぁ。
昔から言うわなぁ、ネコに小判、ブタに真珠、脳あるタカはツメ隠す、脳あるブタのツメはちょき。

うちのネコ助は北九州生まれの北九州育ち。ぼくのエセ関西弁は通じない。
しかし、申告表をしげしげと眺めるからには、なにかを感じているんだろう。


なんでもいいけど、この記入用紙、もっとわかりやすくならないものか。

市役所でも窓口を作って確定申告の相談&受理をしている。以前、そこで順番を待ってたら、係のお兄さんがおじいさんに一生懸命説明していた。

--豚は何頭、牛は何頭、飼ってます? お米は何ヘクタール?

お兄さんの説明は延々と続いた。おじいさんは、ウムウムとうなずきながら、お兄さんの説明を聞いていた。
で、20分以上、あれこれと懇切丁寧に説明したお兄さんが、

--~ということで控除が受けられるんですよ。おわかりいただけましたか?

と言った時、おじいさんは自信満々、

--うんにゃ!

と答えた。後で聞いていたぼくは、おかしくておかしくて息が止まりそうだった。
が、その係員は大したもので、また「豚は何頭、飼われてます?」から始めた。
大したもの、大したものだが、このおじいさんが理解することは永久にあり得ないだろう。“控除”という言葉の意味がおわかりではないようなのだ。いくら「○○××だから控除されます」と力説したところで、再び「うんにゃ!」へ戻るに違いない。

官も民も、しもじもにはムツカシイことばっかやで、ほんま。


=================================


ネコ助が寄り目で眺めてから3時間。
できたできたできましたっ、申告書。
あとはこやつを郵便局で出したら、今年も荒行は終了。
あ~、目玉と脳みそと胃袋が痛い。

記載に不備がなければ、今年も納めすぎた税金が少しばかり戻ってくる。
なんに使おうかなぁ・・・・・などと考えて、毎年、いつの間にか消えていく。
よく考えてみれば、多目にとられていた税金が戻ってきただけ。本来、ぼくの手元にあってしかるべきお金が、一時的にお国へ巻き上げられていただけのことだ。

ちょっとまとまってお金が手にはいると、ついつい得した気分になり、大盤振る舞いしたくなる。
小市民の面目躍如だっ!とイバってもしゃーない。
今年は無駄遣いはヤメ。なにか意味のあることに使おう。

意味のあること・・・・・ねぇ・・・、
まずは、『鋼の錬金術師』、発行済みの単行本を一挙に買うことだっ。

番組構成師の部屋

“ネコ助-Aoi’s Room”

朝、7時。起きる。
カーテンを開ける。う~、太陽さんさん。今日も20度を軽くクリアしてしまいそう。

沖縄ホテルからの風景
午前7時30分。
那覇のホテルの窓からの風景。

う~ん、無粋じゃ・・。

写真の右下方面には、国際大通りが走っているのだが。



10時にホテルを出る。
と、10時5分には局へ到着。仕事場が近いのはありがたい。
But、ちっと味気ない。
編集室へ行くと、テープがお待ちかね。

編集テープ
取材陣の血と汗の結晶、オリジナル取材テープ
(これはほんの一部)。

この中に貴重な証言や映像が記録されている。

たまには、
「こりゃ、なんじゃ?」という音や映像も。



取材テープを見て、どんな内容にするか、ディレクター氏と話す。
ぼくが前後の脈絡もあまり考えず、テキトーなことも織り交ぜつつ、思いついたはしからベラベラとストーリー展開をしゃべる。
それをディレクター氏がちょろりょろメモりつつ、あ~でないの?こ~でないの?、ここはこ~しようよぉ、などと口をはさむ。

文字で書くと、ほんとにテキトーにやってる感じだけど、結構真剣ではある。
担当ディレクター氏は、肝っ玉がドンとすわった頼もしき女性。
もう、何でも思った通りにしてちょうだい、と、大船に乗ったような気になってしまう。
頼りがいがあるヒトだ。

が、あまりに忙しく、この仕事に専念できない。
打合せをしようと座るたびに電話だなんだと声がかかる。
まぁ、仕方ない。それだけ重責を負っているということ。
細切れ打合せを紡ぎ、番組に織り上げるのも構成師の役目である。

しかし、ディレクター氏が他の件で忙殺されればされるほど、時間には追われるハメになる。

QAB編集室時計
編集室の時計。

静かに時を刻みつつ、
ぼくらを見つめている。

ヒジョ~にコワイ存在。

「もうこんな時だわっ!
どうしてっ!」



今回の打合せは2泊3日。
普段は1泊2日のことが多い。1日、滞在期間が長い分、十二分に打合せができるはずなのだが、みっちり打合せをしたような、全然し足りないような・・・・・・。
どたどたばたばたしているうちに予定の日数が過ぎていった感じ。

まぁ、打合せに長い時間を費やし、みっちり構成の筋立てをしても、一度は編集してみないと思惑通りに行くかどうかはわからないのだけれど。

那覇空港
なんだかんだで
もう沖縄を離れる。

駐機する機体の向こうにわずかに見える海。

これが、今回、ただ一度、ぼくが目にした沖縄の海。

悲しい・・。



今回も沖縄の青き海とは縁はナシ。
今月末からは1週間程度滞在することになるけれど、波と戯れる機会は次回も訪れそうにない。


あぁ、“遊び”で沖縄に来たいよぉ!

しかし、16度の気温差にはまいった。

引き続き、沖縄某局から。

今、午後10時50分。夕食のついでに酒宴となり(当然ですな)、この時間に局へもどってまいりました。
通例としては早い時間でございます~。まだ“本日中”ですもん。

これから取材テープのうち、どのインタビューをどう使うかというのを決めようと思うのですが、事前の予定以上に泡盛を飲んでしまい、的確な判断ができるとは思えませぬ。

そこで、「今日はもうヤメんべ~」と言えるような余裕があれば、これから泡盛の続きへ戻るんだけど、明日の4時には沖縄を離れなければならない。
となると、やっぱり今日中に全体の流れと、どのインタビューをどのへんに使うかという程度までは決めておきたいもの。

ということで、泡盛がさめるのを待ち(もったいないなぁ)、徐々に仕事へ戻ろうとしているところ。こういう時、なんとだらしのない、時間のけじめもきちっとしない、ズルズルとした仕事なんだろうと思ってしまう。

あ。それも自分のせいか。


==================================


今やっている番組は30分。それを1時間にできないか、という話をプロデューサー氏からいただく。

30分番組を1時間に延長するというのは、簡単のようで難しい。
今まで何回も30分を1時間にしているけど、「おもしろくなったね」とか「よくなったよ」とか言われたことがない。
やはり、30分番組を見た人はそちらの印象が強いので、1時間番組へと拡大した時、水増しをしたように感じることが多いようだ。

確かにそのような傾向はあると思う。
30分番組は、余分な要素を殺ぎ落として30分(正味24分程度)にまとめているので、まとまっていればいるほど切れ味を感じ取れる。
それを1時間にした場合、切れ味の良かった刀がナマクラに見える恐れが多分にあるのだ。

でも、1時間くらいの余裕がある方が、作り手の思いを込めるスペースが多いとは言える。今回の番組が“作り手”の思いがどこまであるのか、それを見極めることがぼくの役目でもある。


=================================


しかし、年代ものの泡盛はうまい。
もっと飲みたかったなぁ。

=================================


夜が明けて朝がきて。
今日もびかびかの晴天。外で出るとやっぱり、くらくらぁ~。

年をとったら暖かいところにすみたいなぁとは思うものの、この陽射しの厳しさは・・・・。
OKINAWAはアカンかも。


昨日の夜に書いた日記、誤字脱字だらけ。
泡盛にしっかり負けていること、明白なり。

アカンな、やっぱし。


沖縄の某局で、某ディレクターのパソコンを借りて日記を書く。
便利な世の中だなぁ、やっぱし。
便利がプラスになってるかどうかは、かなり疑問だけど。
便利になればなるほど、忙しくなって、余裕がなくなっていくような気がする。

しかしっ! OKINAWAは暑い。
地元をたったとき、気温は6度。半袖シャツの上に長袖Tシャツ、そしてネルシャツ、さらにはトレーナ&フリースでようやく寒くないかな?という感じだった。

それが、那覇空港から出たら、くらくらくらぁ~。陽射しにめまい。汗がドッとあふれ出る。
なに? この暑さ。

気温は22度。わずか1時間半のあいだに16度の気温差がある場所へきてしまった。
局に着いても、しばらくボーゼン。プロデューサー氏などにご挨拶はするものの、相手の声が、あぁ、遠くで聞こえるぅ・・・・・・。

フリース脱いで、トレーナー脱いで、ネルシャツ脱いで、長袖Tシャツの袖をまくりあげ、冷えたうっちん茶をごくごく飲んで、ようやくひと息ついた。

あったかいところは大好きだけど、16度差は影響が大。
北海道からイラクへ行った自衛官の皆さん、大丈夫だろうか? 気温マイナスの土地から日中は40度になろうとする場所へ行ったのである。

当然、鍛えているのだろうけど、人間の自然環境における適応力には、人による差はあまりないと聞いた記憶がある。
“のーみそ、ボーゼン”の自衛官がいてもおかしくない。そんな状態の“のーみそ”を抱えたまま、緊張感が解けない仕事にいそしむ。

大変だ。
帰ってきて欲しいなぁ、一日でも早く。


しかし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・暑い・・・・・・・・・・。
これで、アタマがこんがってしまうような内容の打合せができるもんだろうか?

ぎ・も・ん・・・・・。


♪今日のBGM=『Jimmy Page & The Black Crowes Live At The Greek』


またも日本テレビ、やってくれました。「サブリミナル」。
1秒間に0.2秒間、一万円札の福沢諭吉の顔を入れたという。

--お金というテーマを表現したかった。

かように担当プロデューサーは語っているとか。

*サブリミナル効果=感覚としては認識できないが、潜在意識に働きかける効果。

気づかれないように心へ頭脳へと忍び込み、情報の送り手の意図を相手に埋め込む。
それがサブリミナル。担当プロデューサーは福沢さんの顔を映像に埋め込むことで、視聴者に「金、かね、カネ」という意識を持たせようとしたわけだ。

アホかいな。
バラエティだから何でもやっていいワケじゃないんでっせ。

自らの意志で行動することを前提に、すべてのメディアは成り立っている。人は、読みたいから新聞を読み、見たいからテレビを見る。
その自由行動から何を得ようが、それはその人の自由だし、その人の責任だ。
サブリミナルはその基盤を揺るがす。
いわば“刷り込み”。一時、はやった言葉で言えば“洗脳”だろうか。
意識せぬ間に、意図しない印象なり思想なりが、直接、脳に生まれ出る。

あな、恐ろしや。

などと仰々しいことを言わずとも、この行為が卑劣で幼稚であることは疑いようがない。
どうしてこういう方向へ思考が動くのだろう? 自分の子どもが好きなアニメに殺人シーンが埋め込まれているとしたらどうだろう。
このプロデューサーは、

--子どもたちを魅了する効果があがるな、よしよし。

と、そう考えるのだろうか? 
殺人シーンの登場しないアニメの方が珍しかったりするから、あまりいいたとえとは言えないけれど、それにしても理解しがたいなぁ、この感覚。
自分自身の仕事、その役割を勘違いしているような気がして仕方ない。


===================================


サブリミナル効果が知られるようになったのは、50年ほど前。
アメリカで映画の中に「コーラを飲もう」とか「ポップコーンを食べよう」という文字メッセージを挿入したところ、その商品の売り上げがグーンと伸びたことから、広告手法として注目されるようになった。

ところが、この「売り上げアップ」というのが、実は担当者のでっち上げだった。
その後、アメリカなどでは実験的にサブリミナル放送を行ったが、その効果は実証されなかった。つまり、効果があるかないか、わからないのだ。

しかし、しかしである。
アメリカでは欺瞞的行為としてCMに使用することが法律で禁止されている。
これは、イギリスやEUなど、ヨーロッパでも同様だ。

科学的に効果は証明されていない。だが、人の心に取り入るには、あまりにダーティ。
放送に携わる者として唾棄すべき行為、それが“サブリミナル”という手法なのだ。

それを、番組の責任者であるプロデューサーが、自らの番組に取り入れた。

--やっぱり、テレビは・・・・・。

もう、そういった反応さえ起こらないのではないか。

それが一番、心配だ。




♪今日のBGM=・・・・無音・・・・・今日はアンプが不機嫌・・・・・まったく。


ちょくちょく買い物をする家電量販店から「特別御招待会」なるものが届いた。開けてみると、地上デジタル放送対応プラズマ&液晶テレビの展示&販売会。

“ご案内状”によると、

--「大画面で迫力ある映像を楽しみたい方は?」
--[シアターリビング]に最適なプラズマがお勧めです。

--「気軽にスマートTVライフを楽しみたい方は?」
--[カジュアルリビング]に最適な液晶がお勧めです。

だそうだ。
アタマにきた。

“気軽に楽しめる”とお勧めの32型ハイビジョン液晶テレビは、
メーカー希望小売価格520,000円。これのどこが、“気軽で、お求めやすい”価格なのか。
プラズマテレビに至っては、お勧め商品は900,000円。信じられん。
軽自動車ならば新車も買える。ぼくにこの案内状を送ってきた担当は、アホに違いない。相手を厳選するのはプロモーションの基礎である。

“ご案内状”をザッと読んだだけではわからないが、上記お勧め商品だけではデジタル放送はおろか、今現在流れている番組さえ見ることはできない。なぜか?
お勧めの商品は、正確には“テレビ”ではなく“モニター”。チューナーを追加しないとなんにも映らない。要するに「チューナーも合わせて買え」ということなのだ。

--「ライフスタイルに合わせて、お好みのタイプをお選びください」

と勧めるそのチューナー。鳴り物入りの地上デジタル放送を見ることができる機種は、最低価格で150,000円。

ということは、お勧めいただくような「気軽にスマートTVライフを楽し」むためには、

「液晶モニター」520,000+「チューナー」150,000=670,000円

670,000円也が必要ということとなる。
プラズマモニターだとあっさり100万を突破する。・・・・・・再び、信じられん。

この巨額な投資だけで地上デジタル放送を見ることは、実はできない。
多くの場合、アンテナも取り替えないと受信さえできない。要するに、地上波デジタルを見ようとする場合、現在のシステムを全取っ替えすると考えた方が早い。
しかし“ご案内状”のどこにも、そんなことは書いてない。こんな売り方、ほどんどサギではないか。

“ご案内状”イチ押しのプラズマモニターは50型。
これは購入する側の問題だが、どうしてこんな巨大な画面が必要なのだろう?
わが家のテレビは25型。これでも十分に大きい。ハイビジョン対応テレビは画面の形が横長になっているから単純な比較はできないが、50型だと画面のサイズはわが家のものの4倍にもなる。この巨大な画面を目玉に健康であるほどの距離を置いて見ることは、きっとわが家ではかなわぬだろう。

もうかなり前のこと。友人が40型のテレビを6畳のリビングに入れた。すると、当時3歳くらいだった子どもが顔を左右に振りながらテレビを見るようになったという。子どもの目には、広い画面が一度に全部、入り切らないのだ。

--アニメを、左右に首を振りながら見るんだよ。おっかしいぜ。

そう言って友人は笑った。

--笑っている場合じゃないだろう!

ぼくは、怒鳴った。
すぐにとなりの部屋からテレビを見るようにするか、買ったばかりの40型を廃棄すること。でないと、画面を理解すべく懸命に首を左右に振る間にも次から次へと飛び出てくる情報で、その子の頭脳はパンクする、必ず。
その時、ぼくは、そう思った。
科学的生理的に適合しているかどうかは知らない。でも、今でもそう思っている。

大きければいいというもんじゃないのだ。
50型横長ワイドな画面に、ハイビジョンが自画自賛するきめ細かな映像で、いにしえのアイドルの現在が超どアップで登場したら、時の残酷さを今以上に怨むことになるだろう。
殺虫剤のCMで、ひっくり返ったゴキブリが50型に映し出されたら、ぼくは卒倒してしまうかもしれない。あぁ、イヤだ。


----------------------------------------


地上波のデジタル化は“国策”だ。止めることは難しい。
ローカル局も40億から60億はかかるといわれるデジタル化への準備を、いやいやながらか、浮き浮きしながらかはわからないが、進めている。
2011年7月、全国のテレビが一斉にデジタル化する。
その時、地上デジタルチューナーを取り付けてない従来のテレビは、その役割を終える。

しかし・・・、
何度、どう考えても、やっぱり納得がいかない。

国の方針として地上波をデジタル化するにしても、それを受信する機器・つまりは“テレビ”を一新・購入することをなぜに消費者へ強いるのか?

--オレは今のままでいいよ。

という声をまったく無視することが、なぜ許されるのだろう?

番組がカラー化した時、わが家は白黒テレビだった。それで十分だったし、全然困らなかった。そのまま、映らなくなるまで使い続けた。
今回、同じことはできない。2011年7月をリミットに、従来のテレビはご臨終とあいなるのだ。もう、生き返ることはない。テレビを見たいならば、イヤでもデジタル化対応のテレビを導入せざるを得ない。

その時、テレビはどのくらいの価格になっているのか?
わが家へ届いた“ご案内”に掲載されている地上波デジタル対応テレビは、最も低価格の32型液晶で42万円。これが7年後、2、3万円台になるのだろうか? メーカーは十分可能だと言う(そう言うにきまっているが)。
もし、その価格まで下がったとしても、半ば強制的に購入させることがおかしなことには変わりない。

一般家庭だけでなく、学校も、病院も、老人ホームも、あらゆる施設も、すべてのテレビを入れ換えなければならない。
病院や老人ホームが負担する費用は、結局利用者へとはね返る。
デジタル化を推進する人たちは、「受益者負担じゃ」と胸を張れるのだろうか?
デジタル化を推進するお役所のトップである麻生総務大臣は、地上波デジタル放送が始まる直前の昨年11月末、こう言った。

--100%いけるなんて自信はない。

2011年、あなたは総務大臣なぞやられてないでしょうから、自信がなくてもやれるんですよね。でも、すんごく困る人、たっくさんいるんですよ。


先日、構成した番組の中で、ひとり暮らしのおばあさんがこう言う場面がある。

--テレビ、見らんちゃついとらんとなぁ。誰かもの言いよらんとな、寂しかったい。

ひと月7万円あまりの年金で、ひとり暮らすおばあさんに、

--テレビ、買い換えないと、ものも言わなくなりますよ。

そう、誰が伝えるのだろう?
7年後、このおばあさんは、まだ80歳にもならない。


“番組構成師の部屋”←なんの変化もございません・・・・。


“ネコ助-Aoi’s Room”←ネコ助写真2点追加しました。

今日の仕事はテープの書き起こし。よってBGMはナシ。さびしい。


日記を書く時だけCDをセットすればいいだけのハナシなのだが、根がナマケモノなので音楽が流れるとそのまま気分も流れてしまう。一旦流れると、仕事の方へは戻り難い。逆はカンタンなのに、なぜなのか?
易き方へ易き方へと生きてきた、自分の生きざまがこんなところに出るのかなぁと思ったり。困難を克服してきた人間は、容易に流されたりはしないのだろう。

なんにしろ、書き起こしの日、ぼくの部屋はキーボードを叩く音ばかりが響いている(そのはず。テープの音を聞いているので実態はよく分からない)。


以前の日記にも書いたが、楽しくも面倒なのがこの“書き起こし”なる作業。
ディレクター氏らスタッフ陣が取材したテープを見つつ、映像内容&インタビュー(いろんな音も)を文字に起こす。この書き起こしを元に番組の流れを考えるし、編集現場でもより適切な映像や言葉、音を書き起こしの中から探したりするから、大切な大切な作業なのだ。

取材内容が興味深いと、見ていても面白いし、キーボードを叩く指も早くなる。見るのが辛かったりすると、指の動きが鈍くなる。
これが不思議。興味を引かれると見入るから、指は遅くなりそうなものなのに、実際はその逆。脳みそが活性化するからかしらん?

アタマにくるのが、ワープロソフトの奇妙な変換。昔に比べると変換効率が格段によくなっているから、仕事の腰を折られることも少なくなった。しかし、たまには“???”と指が止まる時がある。
今日、日記を書き始めたのも、奇妙な変換がきっかけ。

「リズム・アンド・ブルースが云々」と語る取材対象者の言葉を聞きつつ「りずむ・あんど・ぶるーす」と打ち込み、変換キーを押す。すると「リズム・安堵・ブルース」と表示した。

--リズム・安堵・ブルースぅ???
   “アンド”くらい、ちゃんと変換してくれよぉ。“安堵”はないでしょっ!

結構シリアス、でも面白い話の途中だったので、かなりズッコケ。
変換キーではなく、カナキーを押せば良かっただけなのだけど、人の気持ちは移ろいやすい。集中力があっさり切れて、仕事は中断とあいなった。


仕方ない。
移ろいついでに『鋼の錬金術師』を見つつ、晩メシにしよう。


--------------------------------

仕事に戻り、仕事に飽きて、何か書こうと思ったけど、アタマが働かん。

書き起こしてるテープにライブハウスの様子が出てきて、『Smoke on the water』をやっておった。
今も定番なんだなぁ。ロック界随一のイントロと呼ばれるだけのことはある。
普通サイズのギターがおっきく見えるほど、小柄な女性がギターソロを弾いていた。ウマいヘタに手の大きさって関係ないんだな、やっぱし。
ぼくは手は大きい方だけど、ギターはうまくならなかった。

でも、キーボード、欲しい。


つい今しがた気がついたのだけど、日記をあれこれいじくるとそのたびに「新規扱い」になるんだなぁ。
昨日の日記の写真をいじってたら、今日の日記より「最新版」になってびっくり。
奇妙だぁ。

-------------------------------

日曜の朝。
もうひとつ、楽天で見つけた新知識。
自分の日記にアクセスすると、自分自身の記録も残るってこと。
何度も出入りした記憶はないのに、自分の名前が連続して記録されてたり。
自分の名前がよっつもいつつもずらりと並んでて、びっくり。
ログインを何度も繰り返したってことなのかしらん?
よ~わからんけど、なんとなくおもろい。

この“新知識”、あんまり役に立ちそうにはないなぁ。


番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi’s Room”

♪今日のBGM=Ramones 『Anthology』


某県某局での編集第2段。1泊のつもりが3泊に。
編集しながら、こ~かなあ~かなと考える内容の場合、ちょいちょいあることではある。
ホテルへ戻る時間は、AM6:00→AM4:00→AM1:30と早くなっていった。午前様であることにはかわりないけど。

朝6時にチェックインした時、フロントのおじさんは、

--今日はえらくお早いお帰りで。

と、にっこり、言った。
先週、同じホテルに予約を入れていてもらっていたけれど徹夜になったのでチェックインもせず、当然、チェックアウトもしなかった。その時のことを前提の、にっこり、である。

このホテルのフロントに立つおじさんには顔と名前を覚えられていて、1時くらいに戻ると、

--早く戻られてよかったですね。

と言ってくれるし、チェックインをし、部屋に入らないままチェックアウトすると、

--テレビのお仕事も大変ですねぇ。次は部屋でお休みになれるといですね。

とねぎらってくれる。客商売の鏡のようなおじさんである。
こんなことで顔と名前を覚えていただくのもどうかとは思うが。


--------------------------------


普通、編集専門の人間かカメラマンが編集をするのだが、今回はディレクター氏がまずラフ編集。最後の本編集だけ、編集マンにやってもらうことに。
企画→取材→構成という流れだけでも大変なのに、そこに編集という作業が入るとこれまた大変。ディレクター氏には息を抜くヒマもない。自分でやった方が好きなように編集できると言えば言えるが、なかなかお気の毒ではある。

  AM 5:05 編集に没頭するディレクター氏
編集001編集は、AデッキとBデッキに入れたテープから映像を選択し、Cデッキのテープにマッチングさせつつ編集していくという、かなりたるい作業。
“たるい”などと言うとフィルム時代を知るベテランの方々に張り倒されそうではあるが。

しかし、最近ではパソコンで編集するディレクターも増えてきた。使えそうな映像をハードディスクに落としておけば、あとはソフトを使って編集が可能。ノートパソコンに映像を取り込んでおけば、自分のデスクに張りついておく必要もない。
パソコンを小脇に抱えて喫茶店へ行き、お茶を飲みながら編集などという、部外者が見ると優雅なスタイルで仕事ができる。

そういうディレクター氏たちが使っているパソコンは、アップルがほとんど。
アップルのノートパソコンに編集ソフトの「ファイナル・カット」というのが定番だ。映像関係(音も)は、ウィンドウズよりもアップルの方が強いのだろうか。


映像をハードディスクに取り込んでパソコン上で行なう編集を“ノンリニア編集”という(らしい)。それに対し、テープを使った編集を“リニア編集”という(らしい)。
パソコンレベルではなく、もっと規模の大きなノンリニアシステムを導入しようと計画している局もそろそろ増えてきたようだ。

--これからはノンリニア。リニアしかできんヤツは、もう必要ない。

と某局の偉い方がおっしゃっていた。
次々と新しくなるシステムについていくのは大変。ノンリニア編集を完璧にマスターせねば、編集マンとしての地位は瓦解することとなる。

ノンリニア編集の利点は、好きなように、何度でも編集することができるということ。あるシーンを移動させるのも簡単だ。画質が劣化することもない。
テープを使うとシーンを移動させるのは大変だし、編集する間、テープが回る時間が当然必要になる。それだけ時間がかかる。

しかし、個人的には従来のリニア編集の方が好き。
ノンリニアは確かに便利だし早いのだが、画像データを移動するだけなので、その過程を画面上で確認することができない。パソコンが勝手に処理をし、“ピッピッ”と音がして、「はい、できました」。

--は? なにが?

思わず、そう尋ねたくなる。そんな感じ。
編集作業を後ろで見ていてもぜんぜん面白くないし、第一、どのようにシーンの流れが変わっていくのかがさっぱりわからない。便利になればいいかというと、そうでもないのだ。

-------------------------------

パソコンでノンリニア編集というのが当たり前のようになると、ディレクター氏の仕事がまた増える。そして何より、ディレクター氏は編集センスも問われることになる。編集のプロではないのに、編集の責任まで負うわけだ。

ディレクター氏は大変だが、これは見る方にとっても困った話。
番組制作現場のベテランでも編集は素人のディレクター氏が編集するより、その専門家がやった方がやはりうまいし、仕上がりもきれいに決まってる。
しかし、コスト削減等で編集専門の人間はどんどん減らされているし、カメラマンが編集をすることもカメラの稼動効率の問題等で時間が短くなってきている。
そこに登場した便利手軽なノンリニア。視聴者はディレクター氏の、決してうまくはない(はっきり言ってヘタ)な編集によって作られた番組を見せられることとなる。
編集の質は落ちこそすれ、あがることはない。これでいいのかなぁと思う。

映像をつなぐだけが編集という仕事ではない。
あまた取材してある素材のうち、どの映像を使うか、どのシーンをどうつなげば、より魅力のある、より分かりやすい、見ている人の心に届く流れとなるのか。そうした映像の流れを判断するのも編集マンの仕事だとぼくは思っている。

テレビ番組はいろんな役割を担う人たちの共同作業でできあがる。だからそれぞれの担当にそれぞれの責任がある。
ストーリーがつまらないのはディレクターと構成者の責任だし、いい音が録れてないのは音声担当の責任、そして的確な映像があるかどうかはカメラマンの責任だ。
同様に、編集過程で最適な映像を選ぶのは編集マンの責任。ぼくはそう思っている。

某局には編集専属のスタッフが数人いるが、彼ら(女性もいる)は編集作業が始まるまでにディレクターが取材してきたテープを全部プレビューし、使えそうな映像をチェックしておく。中には使えそうなインタビューを書き起こす編集マンもいる。
そういう準備をしているから、いざ編集に入り、ディレクター氏がどの映像を使うか逡巡している時など、的確に対応することができる。ラフ構成を渡しておくと、そのラフ構成よりもいい内容の粗編を作ってくれたりもする。
こういう人たちこそ、“編集担当”の名にふさわしい。
だから、編集マンであれカメラマンであれ、編集を担当する者は取材テープをきっちり見なければならない。それが“編集”を名乗る最低限の条件だと思うし、それをしないと先へは進まない

だが、最近は取材テープをきちんと見ている編集担当者の方が少ない。社外プロダクションの編集マンにやってもらう場合、その人は当然取材テープなどは見ていない。だから、ディレクター氏なり構成担当なりが映像まできちんと決めておかなくてはならない。
となると、番組制作上、“編集”という役割を務めているのはディレクター氏で、彼が選んだ映像をつなぐ人間は“編集”ではなく“編集オペレーター”ということになる。

編集オペレーターもその腕によって番組の出来上がりが変わってくる。だから欠くことのできない存在だ。
しかし、番組最後に流れるスタッフ一覧に“編集”という肩書きで編集オペレーターが登場するのは変だと思う。上記のような場合、“編集”はディレクター氏であり、映像をつないだ人間は“編集オペレーター”として明記されるのが当然だし、そうしないと責任の所在がはっきりしない。
番組制作が分業である以上、そういう点はきっちりしておく必要があると思う。

その昔、企画、取材、撮影、構成、編集、などをひとりでやるディレクターがいて、番組最後のスタッフロールにそれら役割をずらずら肩書きとして並べて流したディレクター氏がいた。
すべてをひとりでやれるわけはなく、なんだかんだと非難もあったらしい。ただ、責任の所在を明確にするという意味では、そうした意思表示もありかなと感じる。今回の番組の場合、ディレクター氏の名前の前に“取材・編集”と入っていて当然ということだ。


とは言え、番組制作のプロではあっても編集は素人のディレクター氏たちがつないだ“習作”を見せられる機会がこれからは増えてくるだろう。
見る方も困るが、やる方もこまる。

ハンディカメラを操る能力と同時に、映像を選ぶセンス、それさえも身につけなくてはならない。

今、ディレクター受難の時代の始まりなのかも。

番組構成師の部屋

“ネコ助-Aoi’s Room

♪今日のBGM=『The Savoy Brown Collection featuring Kim Simmonds』


今日は音が出る。気ままなアンプさまだこと。

---------------------------------

金曜日、某県某局にて完全徹夜。

仕事開始がほぼ10時。
「では、今日はこれにて」と局を後にしたのが翌朝のほぼ9時。
昼食、夕食の時間を含み、およそ23時間、目玉を開けて働いた。

テレビ関係の人は夜に仕事をするのが得意な人が多いけど、
ぼくは夜がまったくダメ。眠たくなるのだ(人間として普通だと思うのだが)。

歩いていると、地面が揺れる。駅に着いた頃は、ただただボーゼン。
緑の窓口で特急の指定席をとろうとしたら、
地方の中核都市へ向かう列車は4本先まで全部満席。ひょぇ~。

--あ、一席だけ、あいてました。

お、やった!

--喫煙席になりますが、よろしいですか?

ありゃぁ・・・・タバコをやめて18年。今や紫煙は無用の長物。
終点まで息を止めておく自信もないし、
かと言って、横に振り抜く雪(南国なのにっ!)の中、
自由席に座るべくホームに並ぶ気力もない。

カウンターで、またもボーゼンとしていると、窓口の女性が、

--グリーン席なら、十分、空席がございますが。

そうだろうそうだろう。仕事でそんなゼイタクするほど、我らは裕福ではありませぬ。
しかし、ついつい、

--あ、お願いします。

と言ってしまった。これも完徹のなせるワザ。

グリーン車といっても、座席が少し広くて、リクライニングが二段になってて、
足元にサービスのスリッパと足乗せがあるだけ。なんということもない。
しかし、座れたのは正直、ありがたい。

さぁ、寝よう! と思ったけど、目を眠っても、全然眠れない。
ランナーズ・ハイみたいなもので、脳みそも目玉もぴりぴり、ぱっちり。
そのまま、一睡もせずに終着駅へ。グリーン車乗車をちょっと後悔。

自宅へ戻り、ネコ助のマネをしてコタツにもぐり込む。
しかし、眠れん。
眠れないのなら仕事をすればいいのだが、
脳みそはそっち方面には死んだも同然。体も言うことをきかん。
ひたすらゴロゴロ。土曜日丸々棒に振る。

普段、11時過ぎには寝て、6時に起きる早寝早起きおぢさんには、完徹はアカン。

-------------------------------

徹夜は久しぶり。
ホテルに戻るのが3時4時というのは、ちょくちょくあるが。

しかし、ホテルにチェックインし、荷物も置かず仕事へ突入。
そのまま夜を徹し、朝、チェックアウトだけをしに
ホテルへ行ったということも何度かある。
部屋に入りもしないのに、宿泊代はしっかり発生。
ぼくが払うわけではないのだが、やっぱ、もったいなか~。

今回の徹夜は、編集前の打ち合わせ。
ラフ構成を叩き台に、取材テープを見つつ、
どのシーンをどんな風につなぐか、ディレクター氏とあれこれ考える。

あまりこうした作業はしないのだけど、今回は“インタビュー構成”ではなく、
言ってみれば“雰囲気構成”。

--言葉の意味でつないでも、きっとおもしろくならないよ。
    登場人物の方言のニュアンスと映像の雰囲気を優先させようよ。

そんな方針でこの作業。
ほとんどデジタルビデオカメラでの取材で、回ったテープがおよそ70時間分。
その中から、これ!という映像を探す。

ラフ構成を作った時にほぼ見当はついているのだが、
改めて見てみると「こっちの方がいいかなぁ」と思う言葉や映像が。

--これをカットしてあっちを入れて、コヤツとソヤツをつなぐとどうなるの?

といったことをやってると、時間はどんどん経っていく。
本当は、何パターンか編集して、実際に見てみるのがいいのだが、
そんな時間も予算もない。
紙の上と頭の中で流れを考えつつ、次に続く映像を探す。

はっきり言って、面倒。しかし、選べるというのはいいことだ。
選ぶ余地のない場合も、ごくたま~にある。これは、つらい。
どうしようもないなぁと思いつつ、映像を見、言葉を起こす。
砂を噛むようなムナシさが胸に広がる。

よかった、そうならなくて。


結果的に徹夜になったが、そのうち1/3ぐらいはディレクター氏との無駄話。
こういう無駄話が、結構楽しいし、ぼくにとってはプラスになる。
制作現場の若い人が、今、どう考えているのか。
その一端を知ることもできる。

個人はちゃんと考えている。しかし、組織となるとどうだろう?
やっぱりちょっと疑問符がつく。
組織と言っても、会社という大きな単位ではない。もっともっと小さなもの。
“部”や“課”、もっと小さなグループでも同じだが、
個人が複数になったとき、なんでそんな考えになるの?と思うことが多い。

ディレクターは個人事業主みたいなもの。
隣のデスクの住人が何をやっているか、みんな知らない。
そんな世界だから、個人の思いと組織の方針とがリンクしないのかも。

複数になったとき、責任を回避したり、寄らば大樹の陰になったり。
人はやっぱりおもしろい。

------------------------------

昨日、ひとまず候補を選び終わったので、ぼくは一旦、自宅に戻った。
今日中にディレクター氏がラフに編集してくれているはず。
明日、もう一度出かけ、それを見て、再度検討し直し、本編集とあいなる。


きっとまた徹夜だろうなぁ・・・・・・・・。早く寝よ。

番組構成師の部屋

“ネコ助-Aoi’s Room”

♪今日のBGM=・・・・・・無音。アンプが絶不調。音が出ない~。


昨日、携帯が「故障中」と表示したまま返事をしなくなったと思ったら、
アンプがこれまたウンともスンともいわなくなってしまった。

なんやねんっ!!
11万円も(定価は)したのにっ!!

それをおよそ半額で購入したのは平成7年師走の中旬のことでございました。

いい買い物をしたと思ったのもつかのま、3ヵ月もたたないうちにご機嫌が斜めに。
最初の入院となった。

それから2年後、またも不機嫌に。で、また入院。

入退院をくり返しながらも、なだめすかして使っていたこのアンプも、
わが部屋にきて丸10年。そろそろ引退なんだろうか。

見かけはまだまだ若いのにぃ。寄る年波には勝てないのね。
ちょっと身につまされる感じがしないでもない。


しかし、音がないと妙な雰囲気。

7枚連装のCDプレイヤーにその日の音楽をセット。
7枚聞き終わる頃、仕事終了。それがぼくのベスト。

音がないと、やる気も出ん。

などと悠長なことは言ってられないのだった。

明日から某県某局で編集。ちと、緊張。
以前、編集中に眠りこけたところを初めて一緒に仕事をした女性ディレクターに
しっかり目撃され、びっくらこかれた、鬼門の局なのである。

徹夜あけのまま、他の県から空路、乗り込んだんだもん・・・・・・。
なんて言い訳は通用しないなぁ。
あったかくて、気持ちよかった・・・・・と言った方が正解。

どうして居眠りって心地いいのかなぁ。

いかんいかん、こんなことを言っている場合ではない。
明日の編集の予習をせねば。

無音の部屋でがんばろ。

・・・・・・・しかし、ハードディスクの回る音だけが響く部屋は不気味・・・・。


あぁ、音が欲しい。

番組構成師の部屋

“ネコ助-Aoi’s Room”

♪今日のBGM=Barefoot Jerry 『Southern Delight』


なんともはや・・・・・・。

>同じコトを二度やるやからはアホである。

昨日の日記で、ぼくは電車の乗り過ごしについて、こう書いた。

>今日、乗る路線は鬼門。そのアホに、何度もなりそうになっている。
>打ち合わせよりも、電車が試練じゃ。

こうも書いた。
んで、実車。やっぱり鬼門だった・・・・。

ホームを出てしばらく、ぼくは目玉を見開いて景色に見入っていた。
眠り込む気配は、その時、まったくなかった。

まばたきをして目を開くと、景色が飛んでいた。

--あらら?

まばたきするまでは郊外だった景観が、一度まばたきをしただけなのに、
田園風景に変わっている。

--ありゃ、もしかして・・・・・?

やっぱり、“もしかして”、だった。

降りるべき駅を発車してほんの1分過ぎたか、過ぎないか。
たったそれくらいの時間なのに、もう、取り返しがつかない。
あきらめるしかない。

次の駅で降りる。
折り返しの列車に乗ろうと時刻表を見ると、なんと1時間に2本しかない。
特急が停車する駅なのに、と思ったら、別路線への乗換駅だった。

これまた、あきらめるしかない。
タクシーという手もなくはないが、目的地へ到着する時間はそれほど差がない。
ま、じたばたしても始まらない。

まず、今日会うディレクター氏に電話で、送れる旨を連絡。

--いつでもOKですよ、ゆっくりいらしてください。

なる返事をもらい、ちょいと安心。
さて、それから寒風吹きすさぶ、人っ子ひとりいないホームで、
ぼんやり待つこと30分。
ヒマだったので、友人に「乗り過ごしたよぉ!」メール。
「あんた、アホじゃなかね!」という、大笑いメールが返ってきた。
そりゃ、笑うわなぁ。昨日、あんなことを書いていたんだから。

しかし、不可思議。
ぼくは、普段、電車で眠るタイプではないのだ。
学生時代から電車に乗るのが大好き。
乗るとワクワクして、窓ガラスに張りつくタイプなのである。

が、この路線だけは、乗るたびに眠りこける。Why?

鬼門だぁ、やっぱ。


-------------------------------


今日は、日にち自体が厄日かも。

夕方、携帯をふと見ると、「!故障です」という表示が。

--ん?

あれこれ扱いまわすが、うんともすんとも言わん。
これは確かに“故障”であろう。

しかし、これはかなり困る。携帯にしか入れていない仕事先の電話番号、
特に個人の携帯番号は多大にある。
それがいきなり「故障です」で、使用不可。
連絡しようにも、電話番号が分からない。まったくもぉ!!

自ら“故障です”と主張するのは潔いが、役立たず。
メモリーに電話番号やアドレスが残っているかどうか・・・・・。

5日午前中には機種変更で乗り越えたいが、「故障です!」と
威張っているところからして、量販店では不可のよう。
となると、ドコモ直営のショップへ行かねばならない。

めんどくさか~っ!! ただでさえ、忙しいのにっ!!

・・・・・・アタマにきても、仕方ないなぁ。


居眠りで約束の時間に遅れたことへの罰であろ~か?

神さま、すみません、もうしません。
♪今日のBGM=Faces 『Ooh LA LA』


今日もお出かけ。

昨日は車で、今日は電車。
車の運転自体は好きなのだけど、ごちゃごちゃに混んでる街中をビクビクしながら
車を進めるのはやっぱりイヤ。
タクシーやバスの運転手さんには、感心する。ストレスがたまるだろう。

その昔、京都の市バスで運転席の真後ろの席に座っていた。
京都らしき、まっすぐな、でも細い道で、ぼくの乗る市バスは、
ブィーンという大きなエンジン回転音とともに、ポルシェに抜かれた。

その時、運転手さんは、

--ちっ、このぉ!

と短くつぶやくと、ギアチェンジし、ブォーンとポルシェを追いかけだした。
その速いこと! バスはエンジンが強力なので、かなりなスピードが出るという
話を聞いたことがある。
しかし、それは高速で出していいスピードで、京都の細道を突っ走るための
馬力ではない。

バスはポルシェに追いつき、後に付いた。
が、そこは市バスの宿命。停留所という関所が。

--ちっ!

運転手さんは、再度こう吐き捨てて、停留所にバスを止めた。
職業意識が残っていたことにホッとした。

その時、京都の市バスはコワイという事例が脳みそに刷り込まれ、
以来、一度も京都ではバスに乗ったことがない。

今日は、車でもバスでもない、電車だからラクでいい。
乗っているだけで目的地へと身体を届けてくれる。

が、しかし。
どこにも落とし穴は待ちかまえているもの。
先日、特急に乗り、座席を確保し、ゆったり、はぁ~っと背伸びして・・・・・・、
ハッと我にかえったら、駅を出ようとしているところ。

--なぁんだ、まだ出発してなかったのかぁ。

そう思って、通り過ぎる駅名掲示板を見たら、ぼくが降りる駅でないの!
はぁ~っと背伸びをしたまま、眠りこけてしまったらしい。

あわを食ったが、もう遅い。特急は次の駅を目指し、速度をあげる。

--仕方ない。次で降りて、戻ろう。

が、しかし。
そこは特急。そんじょそこらの駅には止まらない。
シュンシュンと、駅が現れては後方へと飛んでいく。
結局、降りることができたのは、目的の駅から30分も走った駅。
すぐに逆方向の列車がやってきても、予定より1時間は遅れること、確実だ。

間の悪いことに、初めて仕事の話をもらった局へ打ち合わせに行くところ。
まいったなぁ、と思いつつも、どうしようもない。

担当者には電話を入れ、結局、局へ入ったのは、やっぱり約束の1時間遅れ。

--電車が遅れたんですか?

そう尋ねてくれるディレクター氏に、

--いえ、眠りこけて、降りそこなったんです。

ホントのことを言ったら、ディレクター氏&プロデューサー氏に
笑われた。
ま、笑われるだけで済んでよかったけれど。

同じコトを二度やるやからはアホである。
今日、乗る路線は鬼門。そのアホに、何度もなりそうになっている。

目玉をしっかと見開いて乗らねば。
でも、まばたきした瞬間に寝入ったこともあるしな・・・・・。
ちと、恐怖。


打ち合わせよりも、電車が試練じゃ。


番組構成師の部屋

“ネコ助-Aoi’s Room”


♪今日のBGM=『Have A Nice Decade-The ’70s Pop Culture Box』


今日、正午。某局ロビーにて待ち合わせ。
プロデューサー氏、ディレクター氏と、スポンサーの元へ出かけ、
あれこれスポンサーのご意向をお尋ねする予定。

正午前10分。受付に取り次ぎを頼み、ロビーにて待つ。
正午過ぎ5分、正午過ぎ10分、正午過ぎ15分になっても、
両氏はロビーへ降りては来ない。

ちょいと変だぞ・・・・? なるほど、さては・・・・。
ディレクター氏の携帯に電話をする。と、「ただ今、電話に出られません」。

やっぱり、さては!
ふたりに途中で拾ってもらい、やはり打ち合わせへ同行する
もうひとりのプロデューサーの携帯へTEL。
つながった。

--今、どちらですか?

--高速で相手先へ向かってるよ。

--ははぁ、なるほど。12時にロビーで待ち合わせるお約束でしたが、
     ぼくは置いてけぼりを食ったワケですね?

--え! ちょっと待って。

待ち合わせたハズのプロデューサー氏が電話口へ。

--ごめんなさ~い、忘れてた。

こんなもんです、構成屋の存在なんて。
思わず電話口で笑ってしまった。

10年前なら、怒鳴りつけていた、確実に。
それがもう、慣れっこに。何度も何度も経験済み、こんなこと。
この業界の体質だとわかってきたから、怒るだけアホらしい。

正午にロビーで待ち合わせ、それを決めたのはあちら様。
それを決めた時、途中で拾われたもう一人のプロデューサーも同席していた。
計3名。それぞれに地位のあるその皆さますべての脳裏から、
時間を限った約束が、ものの見事に欠落。
忘却の彼方に去っていた。

実に、時間の観念がまるでない、テレビの業界らしい出来事。

番組制作での、秒刻みのヒリヒリした感覚は発達してる。
しかし、一般常識としての時間概念が欠落している。

笑わずにはいられない。

そういうぼくも、知らぬ間にこの“業界内常識”に染まっているのでは?

そんな恐怖も感じさせる、この日の置いてけぼり事件ではあった。

友だち、無くさないように気をつけよう。


番組構成師の部屋

“ネコ助-Aoi’s Room”


♪今日のBGM=Little Feat 『Hotcakes & Outtakes』


2月になってしまった。繁忙期に突入。
この時期から5月末までが、一年で一番忙しい季節だ。

なぜ、この時期が忙しいのか。
それは、民間放送連盟賞という“一大番組コンテスト”の出品規程に
「5月末までにオンエアされた番組」という条項があることと
密接に関係している。

民間放送連盟賞は民放で最も権威があるとされる賞で、賞金はないが名誉はある。
その“名誉”は、獲得した局には制作力があるという証明ともなるので、
不況の昨今、営業面でも活用が期待される。

ということを知ったのは、つい昨年のこと。
それまでは、大いなる(が、業界内に留まる)名誉だと思っていた。

昨年の初夏、某局でディレクターと食事を取ろうとレストランに入った時のこと。
運悪くと言おうか、某局の会長&社長&常務が会食中。
めざとく常務に見つけられたぼくらは、食事の席に呼ばれた。
そして、三首脳から、「何が何でも賞を取れ!」と檄を飛ばされまくった。

その席から離れ、ディレクターとふたり、辟易しながら食事をしていると、
そこへ常務がまたやってきた。
しかし、今度は諭すような、自らに言い聞かせるような口振りで、こう言ったのだ。

--とにかく賞を取ってくれよ。今、営業で売り物がないんだ。

ぼくは尋ねた。

--受賞が営業に役立ちますか?

--そりゃ、立つよ。うちの局には制作力があるという裏付けになるじゃないか。

--はぁ~、なぁるほどぉ。

--視聴率では他局に負けてる。
   しかし、自社制作の番組はきっちりとしたものを作る。
   賞を取れば、その営業トークを裏付けることになるだろ。

なぁるほどぉ。
感心した。そういう見方を、ぼくはしたことがなかった。

営業のお役に立てるなら。
気合いも入ったけど、プレッシャーもちょっと大きくなった。


------------------------------


しかし、奇妙ではある。

テレビ番組の場合、特にローカル局制作のドキュメンタリーは
どんな全国的な、大きな賞であれ、受賞した番組が
全国ネットでオンエアされることはほとんどない。
これがテレビの賞の最大の弱点だし、
賞の視聴者的な意味をほとんどゼロにしている点だと思う。

映画にしろ、新聞にしろ、小説や戯曲にしろ、絵画や彫刻などにしろ、
受賞してその後が認知される絶好の機会となる。
映画は上映館が増えるだろうし、小説は出版部数が増えるはずだ。
新聞は記事を再度掲載したり、本にまとめて出版されたり。
絵画や彫刻も全国の美術館で展示会が開かれたり。
賞により興味を持った一般の人が目にすることが出来る機会を増やす工夫がなされる。

テレビの番組にはそれがない。
制作者側にいる人間として、残念至極、もったいなくて仕方ない。

いい番組だからこそ、受賞する。しかし、その番組の良さを知る人は、
ぼくら制作側の人間でも、ほんのひとにぎりに限られる。
視聴者で言えば、ひとにぎりとさえ言えないくらいの数でしかない。
それが、現実。

民間放送連盟賞を例にあげれば、一年間で最も優れたドキュメンタリーと評価され、
大賞に選ばれた番組でさえ、ぼくら制作者が目にすることはほとんどないのだ。
以前も日記に書いたが、その番組がダビングされたVHSテープが
民放各局に送られるだけ。
見たい人は勝手にご覧ください、という形。

--これって、視聴者はどこにいるの? 誰に見せるための番組なの?

そう言いたくなる。
審査員に見せるだけの、賞狙いの番組ならば、“5月末までにオンエア”という
規程など設ける必要もない。

しかし・・・・・・、

--いい番組だから、見てよ。

そんな風に、友人知人に紹介することもできないのが哀しい。

--NHKみたいな、ちゃんとしたドキュメンタリー、やれよ。

なんど、そんな言葉を聞いたことやら。

オレら、ちゃんとしとるんでっせ!
ローカル局の現場は、カネはない、スタッフは少ない、情けない環境の中、
キリッと光る、ピリッと小気味いい、ホロッと胸を打つ、
NHKなんぞ足元にも及ばん、かっちりした番組を作っとるんでっせ!

日本の北でも南でも、智恵と力を振り絞り、人の心のひだにもぐりこむような、
重くも興味深い番組を、日々研鑚して作っとるんでっせ!

そう言おうにも、その証拠をテレビ画面上で見せられない。
あぁ、もどかしい。

すぐれた、楽しい、心にしみる番組が、ほとんどの視聴者の目に触れることなく、
毎年毎年、消えていく。

視聴者の心に残るのは、結局『地上の星』なのか。


番組の性質が違うから、普段はなんとも思ってないし、
『地上の星』ばかりが再放送されても、なんちゅうこともないけど、
改めて考えてみると、やっぱ、悔しかぁ~!


番組構成師の部屋

“ネコ助-Aoi’s Room”

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。