番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

♪今日のBGM=J.Geils Band 『Live Full House』


メールと共に添付ファイルが届く。某局某ディレクター氏からの構成案。
ディレクターが番組をどんな感じにしたいと思っているのか、その内容を知ることはとっても大切。
だから、A4の用紙1、2枚でも、自分の考えをまとめてくれるとすごく助かる。ディレクターが視聴者に訴えたいことをよりわかりやすくするのがぼくの仕事だから、その思いを知らないことには先に進めない。
ぼくの好き勝手の内容にしていいというのならば別だけど。

こんな、イロハのイみたいなことを書くのは、最近、自分の番組をどういう風にしたいのかわからないディレクターが増えてきたような気がするから。
番組を作りたいから、視聴者に訴えたいことがあるから、だからテレビ局へと入社するのだとぼくなどは思うのだけど、制作意欲や情熱がさほど感じられない制作部員にちょいちょいお目にかかる。

その裏側に“熱”のない番組を見させられるほど、視聴者にとってアホくさいことはないのだけれど、ルーチンワークになる理由もわからないではない。
例えば、ディリーの仕事をこなしながら30分もののドキュメンタリーを抱えていたりすると、仕事のタイム感というか、仕事の流れ方がまったく違うので、かなりな“熱”がないとどちらも十二分にこなすことは難しい。

困ったことに、“熱”はなくとも30分という長さの番組はちゃんと出来上がるので、放送すべき時間帯に穴が開くことはない。
ともかく流れればお役目は終了。その内容を理由に左遷されることも、報奨金が授与されることも、よほどのことがないかぎり、ない。

リアクションのほとんどない番組を作る。そのモチベーションはどうすれば高められるのか? それは、番組制作に対する個人の思い入れしかない。

個人の思い入れに頼る番組制作。難しい。


番組作りは絵描きと同じく、「よし、ここまで」という筆の置き方が大切。あ~だこ~だと長い間グチャグチャいじくっていても、よくなっていくとは限らない。
絵描きと違うのは、番組はお尻を切られていること。“発表”の日時があらかじめ決められているという点だ。だから、刻々と過ぎる時間に心が削られる思いがする。

ま、ディレクター諸氏に“発表”という感覚があるかどうかはわからないけれど。


================================


今日、送られてきた構成案には「曲」という欄があり、ディレクター氏が自分で使いたいと思っているのであろう曲やミュージシャンの名が書き込まれている。
その曲名やミュージシャン名を見て、ニヤリ。ふむふむ、60年代末期から70年代ね。
このディレクター氏、ぼくと同世代なのだ。使いたい曲、よ~わかりまっせ。

キー局ならば専門のスタッフがやるであろう選曲も手がけなければならないローカル局のディレクター氏。

でも、“熱”を持つディレクター氏にとっては、それもまた楽し、なんだろう。


しかし、スケジュール、あまりにギリギリでんがな。
筆の置き方を気取るヒマもありませんぜ。

番組構成師の部屋

“ネコ助-Aoi’s Room”

スポンサーサイト