番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

その女性は、会話をしていた。ぼくの目には見えない相手と。


朝、ファースト・フードの禁煙席。
アイスコーヒーを手に席につくと、隣には40代らしき女性が。

--うぅ~ん、そうよ、ねぇ・・・・・・そうそう、でしょう、ねぇえ。

携帯で電話をしているのかと思った。でも、違った。
その女性は、ひとりで話をしていた。大きく大きくうなづきながら、身振り手振りをまじえつつ。

知人に精神分裂症(今はこう言ってはいけないのかな。統合失調症だっけ)の人がいて、精神が“あちら側”に傾くと、ひとりで延々と話をしていた。
その時の様子と、女性は同じだ。

知人によると、ひとりで話しているのではないそうだ。
自分の前には語り合っている相手がいて、自分と同じように話し、うなづき、笑っている。それは、“こちら側”でぼくらと話すのとなんらかわりがないという。

--信じてもらえるかな?

そうきかれた時、ぼくは「うん」と答えた。
それは相手に合わせたわけじゃない。
かと言って、ぼくがぼくだけに見える相手と話しをするわけでもない。
ぼくが「うん」と言ったのは、たとえぼくらの目に相手が見えなくとも、その知人の目に“見えて”いるならば、知人にとっては“実在する”相手だと思ったから。
こちらも、あちらも、ほんとは同じなんじゃないだろうか。そう思ったから。

その相手が、時に愛らしい妖精になったり、意地悪な小人になったりする。ただそれだけのこと。

--ほんとうに、すぐそこに、いるんだよ。

そうに違いない。ぼくの目には見えないだけなのだ。

その知人のおかげで、ぼくは、ぼくらが“あちら側”と時に呼ぶ世界の存在を知ることができた。


ファースト・フード店で出会ったその女性は、進学を間近にひかえた子どもについて仲のいい友だちと笑いを交わしながら話し続ける。
その“仲のいい友だち”は、ぼくの目には見えないけれど。

--うぅん、そぉよ。大丈夫と思ってるのよ。・・・・・・そうそう。困ってる、えぇえ。

手帳に鉛筆でぐるぐる意味ない絵を描きながら、女性は“会話”を続ける。
その女性の向こう側に、50代くらいのおばさんたち3人が、

--今日はワタシが出すけん、飲みもんは何がよか?

--ダメよ、今日はアタシ、アタシが出す番やん。

典型的なおばさん会話を声高にし、飲み物をそろえた3人は、店中に響き渡るような声で笑いあいながら、世間話を始めた。
その大きな声に触発されたのか、それとも“相手”の声がかき消されようになったのか、女性も今まで以上に大きな声で、

--あんたのあん子もそう?・・・・・・ほぉんとぉ、うぅん、大変やん。

と“会話”を続ける。

おばさんたちの声が止まる。
3人は、となりの女性の顔をソッと、しかし、失礼極まりないしぐさで覗き込み、互いに目配せをする。
それまで、店内に響いていた声は、ひそひそと小さな声に、でも、女性には聞こえてもかまわないと思っていることが明らかな大きさへと下がった。

--この人、あれよ。

--うん、あれやね。

--なんで、ほっとくんやろね。危なかやん。

--家族が無責任なんよ。怖かねぇ。

危ないのか? 怖いのか?
この、自らの世界で友人と楽しげに語らっている女性が。

急に、腹が立ってきた、猛烈に。
ぼくは、知人が言ったことを思っていた。

--危ないって思わないで欲しい。話をしてる相手はちゃんといるんだから。

怖がられ、遠ざかられ、疎まれる。それが一番、哀しいと言う。
ヒソヒソのおばさんたちは、その知人の思いを知る由もないのだが。


ぼくが小さな頃、ぼくらの目には見えない相手と話をしている人が時にいて、その人を地域の人たちがゆるやかに見守っていた、そんな記憶がある。
なにか話をしながら、学校帰りのぼくたちのあとをぽつぽつと、どこまでもついてくるおじさんがいた。

--仲間に入りたいのかなぁ? おとななのに。

結局最後まで、ぼくらの輪に入ることはなかったけれど。
ぼくらとはちょっと違う人。それだけ。だから、怖くなんかなかった。


今、精神に障害を持つ人は、街を自由に歩くことも難しい。
犯罪に関係すると「通院歴がある」という表現をされ、そのニュースに触れる人を震撼させ、ますます街が遠ざかる。

現代は、他とは違う精神の姥捨て山なのか?


時間が来て、ファースト・フード店を出る時、女性は友だちとの会話を終え、手帳に絵を描いていた。女の人と子どもの姿。自分と我が子だろうか、それとも、今まで話していた友だちだろうか。

--ふふふふ・・・・・、

楽しげに笑いながら、人の顔を描いていく女性。
その向こうで、3人のおばさんたちが、興味津々、見つめていた。
肩を寄せ、眉をひそめながら。





番組構成師の部屋




“ネコ助-Aoi's Room”

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