番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

3人が解放されたのもつかの間、ジャーナリストがふたり、拘束された。
これからこうした出来事が続いていくんだろうか。

日記を読んだという方から、直接メールをいただいた。
「イラクへの自衛隊派遣には疑問があるが、
 今回の事件における政府の対応は支持する」
という立場の方。

どのような考えであれ、自分自身で導き出した考えを持つことが
一番大切だとぼくは思うので、この方の考えも同調できない部分は
あるが尊重したい。
ただ、いただいたメールの中で、一点、気にかかる表現があったので、
ちょっと引用させていただく。

--Izumatsuさんは自衛隊が撤退すれば
--人質は必ず開放されると言う保証があるのですか。

ぼくのように「人質解放のためにも、自衛隊は撤退すべきだ」と
思っている人間に対して、そう思わない方がほぼ確実に使う表現。
仮定の話をするときりがないが、例えば、この問いに対するぼくの
答えは決まっている。

--保証はありません。
--でも、主張しないと、事実がなし崩し的に真実とされてしまいます。

要は、日本という国は、構成最小単位であるヒトを大事にするのか、
ヒトが集まってできているクニという組織を第一に考えているか、
ということが問題なのだ。

ぼくは、ヒトの命を守るために投げ出さないで、なんのためのクニか、と
思うのだけど、クニを第一に考える人たちにとっては、上記のような反応を
素直にしてくれるというのは、非常に非常にありがたい存在なのだ。

今回の、「自衛隊は撤退しない」と即答した政府の姿勢を評価することは、
自衛隊派兵そのものを評価するということと同等に扱われるだろう、
政府によって。

ぼくにメールをくれた方は、自衛隊派遣を疑問に思われている。
同時に、「それと人質事件を絡めるのは論点が違う」と言われる。
確かに論点は違うかもしれない。
だが、為政者にとっては“自衛隊を肯定する”という意味において同じなのだ。

先日、NHKのニュースで、人質が解放されたという確証もないまま、
今回の政府のとった措置、「自衛隊は撤退しない」という姿勢を
即座に打ち出したことを高く評価する、という旨のことを某研究者が言った。
ぼくにメールをくれた方は、このニュースを評価されているようだが、
ぼくはそうは思わない。
メディアが決してやってはいけない“すべてが丸くおさまったと仮定して”
結論を導き出すことを、この日のNHKニュースはやったのだ。

ぼくにメールをくれた方は、「テロに屈すると日本はビデオ映像と
犯行声明だけでどんな要求でも可能だと思われる」とも書かれている。

--いいじゃないですか、そう思われたって。

というのがぼくの意見。
命を助けるためなら金がかかろうが、クニが物笑いになろうが、
情けないほど安全と平和に敏感なヒトビトの住む国日本。
それがぼくの思うところのクニ。

どこでなにがあろうと、決してヒトの命は奪わないし、落とさせない。
愚直なほどに武器はとらない、力で反攻はしない、やられるがまま。
しかし、決してひるまない。
力ずくでやられても、平和という理想に向けて、半歩ずつでも歩んでいく。
それがぼくの思うところの、ヒトビト個人が集まり住んでいるクニ。

3人の人質は、無事に解放された。
解放された一番の理由は、3人がイラクの人たちと共に歩み、
歩もうと志している人たちだったから。
小泉さんが「自衛隊撤退は考えてません」と即決即答したからではない。

一方で、イタリア人の人質は殺害された。
誘拐犯は、イラクからのイタリア軍撤退を要求していたという。
殺害された人は、イタリア軍関係の仕事に従事しているという情報がある。

仮定の話をしても、なんのプラスにもならないけれど、
ぼくにメールをくれた方は、ぼくのこの疑問に答えてくれるだろうか。

--自衛隊を撤退させなかったため、3人が殺害されていたら、
--あなたは遺族に「国益のため仕方がなかった」と言えますか?


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多くの反対を押し切って、自衛隊をイラクに派遣した。
その主体は、代表:小泉首相だが、その基盤は、ぼくら有権者。
国として派遣した以上、「私は反対でした」と言ってはいても、
国民の総意ととられて当然だ。
だから、だからこそ、どのようなことが起ころうとも、
「自衛隊を紛争地帯へ派遣することには反対だ」ということは
言い続けなければならない。

自衛隊が派遣・活動を許されているのは「非戦闘地域」に限ってのはず。
政府は、サマーワは「非戦闘地域」だと強弁し、派遣に踏み切った。
しかし、自衛隊を狙った迫撃砲攻撃が行なわれた今、
「サマーワは、戦いの場ではありません」とは言い切れまい。
実際、自衛隊は宿営地へ避難しており、宿営地外での活動をとりやめている。
つまり、自衛隊は日本を出発した時に担った任務を果たしてはいないのだ。
この状態で“人道支援”ができるのか?

それよりも何よりも、現在の状況下で自衛隊を駐屯させ続けることは、
イラク特別措置法においても違反のはずである。
テロに屈すな云々と言うその前に、現在の自衛隊の存在位置は、
政府自ら強行採決した法律に抵触している。

自衛隊は撤退すべき。少なくとも、クウェートなりに退避すべきだろう。
それが、強行採決したイラク特別措置法に政府自身が定めた“決まり”なのだ。
自ら決めたことさえも、政府は守れないのか、守ろうとしないのか。

アメリカの追随を国是としている(かのように見える)日本。
日本人も拘束の対象になって当然だ、という意識がイラクの人々の
中に広まらないことを願うばかりだ。


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川口外相は、人質事件について下記のように述べた。

--今後も屈せず、毅然と対応する。

そして、こうも言った。

--イラクへの渡航はどのような目的があっても絶対控えるように
--強く勧告する。自らの安全は自ら責任を持つという自覚を持つという
--自覚を持って行動を律してほしい。

面倒なことは背負い込みたくないという思いをひしひしと感じる。
が、どのように危険でも、そこでなにが起こっているかを伝えたいと
心に誓う人は決していなくはならないだろう。
出かけていく人たちは、物見遊山、遊びに行くのではない。
ミサイル、銃弾が飛び交い、イラク人、外国人を問わず誘拐される
実情を伝える使命を感じているのだ。
そうした人たちが拘束された場合、「避難勧告、渡航自粛を出していた」
などと国は言う権利はない。
そうした人を救うのが、国の使命であり、義務であるはずだ。

日本のマスコミ、例えば民放などは、イラクから取材陣を引き上げつつある。
しかし、毎日のニュースには、イラクの街の様子や人々の姿が登場する。
それは、フリーの(映像)ジャーナリストが、危険に身をさらしながら
報道してくれているから。
彼らがいなくなると、日々のニュースは情報不足でスカスカになってしまう。

彼らが、いわば命をかけることで、ぼくらは戦地の現状、アメリカの横暴を
目にすることが出来る。

そうした人たちが、政府の言う渡航自粛に従うとどうなるか?
今でさえ、一方に偏った報道が圧倒的に多いのに、すべての報道が
その方向から出されたものに染まることは確実だ。

衛星放送局「アルジャジーラ」の存在により、イスラム側の思いに
ようやく触れることができる。それが今の日本マスコミの現状だ。
その状態にくさびを打てるのは、身を賭して現場へ飛び込むフリーの
ジャーナリストだけ。

政府が何と言おうと、志を貫いて欲しい。
国民にかける心配よりも、その行動による情報、そして信頼の方が
ずっとずっと大きいのだから。
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