番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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♪今日のBGM=Joe Sample 『Rainbow Seeker』

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ブッシュさんのコレクションに、フセインさんの拳銃が加わっていた。

フセインさんは昨年12月、アメリカ軍によって拘束された。
そのとき持っていた拳銃が、なぜか今、ホワイトハウスにある。
フセインさんを穴の奥から引きずり出した米兵から“プレゼント”されたという。

宿敵拘束の象徴、それがこの拳銃。

「大統領は、米軍の元大統領拘束と勇敢さを誇りに思い、
作戦に関与した部隊に代わって拳銃を受け取った」

だそうだ(ホワイトハウス報道官の言)。
ブッシュさんはこの拳銃をホワイトハウスの自分の書斎に置き、
訪れる客たちに見せていたという。

・・・・・・どうして、こういう方向に脳みそが働くのやら。

--これが、フセインがムジナみたいに穴にこもってたとき、
--後生大事にかかえていた拳銃なんですよ。

--ほぉ・・・ロシア製ですかな?

てな会話をしつつ、その拳銃をながめているのか。

この、下劣極まりない品性、どうしてもついていけない。


成果の見えない戦争。増え続ける犠牲者。
“正当な”戦争を始めた理由、大量破壊兵器さえ、まだ見つからない。

ブッシュさんは小さな拳銃に戦争の大義を見ているのだろうか。
世界で一番忙しい男“アメリカ大統領”、そのほんのわずかな
息抜きのとき。
そのくつろぎのひとときを“フセインの拳銃”と共に過ごしているのか。

目に見える、ただひとつの戦争の成果?

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新大陸で未曾有の繁栄を遂げ、世界一の大国となったアメリカ。
その始まりはイギリスから逃げてきたピューリタンたち。
ごちゃごちゃと、危ういバランスの上に暮らす雑多な人々。
そんなアメリカ人は、元をたどれば宗教難民だ。

信ずるところが時の権力に容認されず、迫害の対象となった人たちは、
自分たちの信仰に沿う生き方ができる地を求めて新大陸へ渡った。
そして、その地を自分たちの理想郷に作り上げてきた。
先住民族を排除しながら。

信仰を守るために大海を渡った祖先たち。
その心情に思いを馳せれば、異なる宗教を信ずる人たちの心も
多少は分かりそうなものなのだが・・・・・。

しょせん、無心論者が描く砂上の楼閣、実現不可能な理想かな。


「悔い改め・・・よ?」



◆PM10:05======================

今日一日、なんとなく、なにがあるでもなく、過ぎて行く。

城田じゅんじさん(元ナターシャセブン)の事件、
さっそく朝のワイドショーで取り上げられていた。

高石ともやさんがインタビューで驚いていた。
そりゃ、驚くだろう。

古い友人というなぎらけんいちさんは、
「ひとりの社会人として許せることではない」という旨のコメント。
おっしゃる通りだ。

「日本でも有数のバンジョー奏者」
そんな紹介も、もの哀しい。

アメリカに渡り、日本料理店ですしを握りつつ、音楽活動を続けていた。
本人も、マネージャーとしてサポートしていた亡くなった女性も、
そして、アメリカにいるという城田さんの奥さんと子どもたちも、
それぞれに懸命だっただろうに。

人を殺すために生きてきたわけでもなければ、
殺されるという死に方をするために生まれたわけでもない。
しかし、現実は、もう変えられない。

バンジョーが縦横無尽に活躍する『フォギー・マウンテン・ブレイクダウン』。
もう一度、ナマで聞きたい。

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だがしかし、沈痛な面持ちで事件を伝えるレポーター。
と、そこでスポンサーさまのお時間が。

--続きはCMのあと。

すると、スタジオにしつらえられたセットで、お姉さんが、

--お洗濯で真っ白になると、嬉しいですよね。

などとニコニコ、満面の笑み。
で、再び事件へ戻り、“沈痛”の再開。

このひどい落差。ついて行けない。
毎日見ていると、この落差になにも感じなくなるのだろう。

ボーッと画面を見つめている間に、知らぬ間に不感症、無感動になる。
こんな番組の流れは、まずいんじゃないだろうか。

と言っても、

--続きはCMのあと!

最近、こうした“思わせぶり”な“引っ張り”の多いこと。
きっと、姑息とも思えるこんな手段でも、
視聴者を引き止めておくことができるのだろう。

ぼくは、むか、ときて、とっととチャンネルをかえてしまうのだけれど。





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“ネコ助-Aoi's Room”

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♪今日のBGM=Suzi Quatro 『The Best of Suzi Quatro』

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もう先々週(5月20日)のことになるが、
日本民間放送連盟(民放連)の諮問機関「視聴率等のあり方に関する調査研究会」が
報告書をとりまとめた。


昨年秋に発覚した日本テレビのプロデューサーによる視聴率操作事件を受けて、
「視聴率がどうあるべきか」、「視聴率以外の指標がないか」といったことを
12月以来検討を重ねてきた。

その概要が民放連のHPで公開されているが、
(「視聴率等のあり方に関する調査研究会」報告書概要)
その中味のなさ、具体性の欠如に、予想はしていたもののガッカリである。

簡単に言えば、現状を解説し、分かり切ったコメントを付け加えただけ。
例えば、事件の重要性を鑑み、報告書はこう述べている。

--すべての関係者が視聴率調査の信頼性を損なわないよう肝に銘じておく。

肝に銘じる・・・・。
こんな、関係者にモラルの徹底を呼びかけるための「調査研究会」じゃないだろう。

モラルの話は各テレビ局・代理店・スポンサーにまかせればいいことだ。
なのに、有識者が激論を交わし、導かれたのが「関係者は肝に銘じろ」なの?。

肝に銘じる・・・・古色蒼然とした言葉に、ただ唖然呆然。


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調査委員会が設けられた大きな目的のひとつに「視聴質」がある。
視聴率にかわる指標としての「視聴質」という概念は昔からある。

以前、日記にも書いた(「2003.10.16の日記」)が、
ぼくがビデオリサーチの新入社員としてキー局の部長クラスから研修を受けた際、
某キー局の部長が「視聴率は量だ、質じゃない!」と吐き捨ててからでさえ
すでに四半世紀たつ。

日テレプロデューサーの事件を受け、
この調査委員会がどのように「視聴質」を具現化するか、
それをぼくは期待していた。淡い期待だが。

--視聴率にかわる指標を短期間で作るのは困難。

ぼくの淡い期待に対する回答がこれである。

そんなことは四半世紀前に某キー局部長の言葉で言い尽くされている。
困難なのは分かり切ったこと。その困難さを分かったうえで、
どうすればいいかを話し合ってきたのではないのか、5ヵ月間も。

「活発な論議が展開された」というが、論議を重ねた上でこの結論?
あぁ、なんたるムダ。
こんな内容を作りあげるために、わざわざ有識者(って一体なんやねん?)に
お集まりいただく必要はない。
現在の、そして今後も視聴を担うであろう高校生や大学生の
柔軟な発想にゆだねた方が、もっと具体性のあるものになっただろう。


有識者からは、こんな意見も出されている。

--視聴率の高い番組制作を追い求めるあまり、
--番組の内容が低俗化する危惧がある。

要は、「低俗な番組を流せば視聴者は飛びつく」ということ。
視聴者は低俗を求めているというのだ。
そのように有識者や番組制作者が思っていること自体、視聴者を愚弄しているし、
“低俗”の定義もなしに、報告書という公的性格を持つ文書に
こうした表現を使うのはいかがかとも思う。

有識者のアタマの中では“視聴者=低俗”という等式ができているのだろう。

テレビ開局以来半世紀以上にわたって“低俗”な番組作りに
きゅうきゅうとしている現場が、有識者の言う“高尚”な番組を作れるか?

大大大疑問である


番組低俗化を憂う有識者は、続けてこう提言した。

--この現状を少しでも改善するために、
--新しい番組評価基準の策定に向けすべての関係者が努力すべきである。

しかし、具体的なモノは何ものも生まれなかった。

話し合うだけなら、誰でもできる。
議論の結果に必ず具体性を帯びさせる、そんな強い姿勢が
この「調査研究会」にはあったのだろうか?
「視聴質」という指標を作ろうという気概があったのだろうか?

そもそも、「質」という感覚を指標とすることが可能なのか?


「できるのぉ?」


この「視聴率等のあり方に関する調査研究会」は、
その成果として3項目の提言を発表している。
が、提言を述べる前に、こう言い訳もしている。

--検討期間の制約のもとで十分な審議ができなかった。

5ヵ月間では短かったらしい。
では、どのくらいの検討期間があれば
「視聴質」に具体性を持たせることができるのか?
5ヵ月でムリなら、5年間検討し続けてもムリだろう。


で、ほとんど意味のない、みっつの提言とは・・・・。

1.「視聴率調査のデジタル化対応の検討」

CS、BSデジタル、地上波デジタルに加え、
今後はパソコンや携帯によるテレビ視聴などが広がることが予想される。
そうした技術の発展に調査側がついていけるのか。その危惧のもと、
「関係者間で、強力な連携の下で課題解決に向けた努力をする」
そう、報告書は提言している。

「努力をしましょう」・・・・あたり前である。
あたり前のことを仰々しく述べねばならない“報告書”のアホらしさ。
気の毒にさえ感じる。


2.「報奨・顕彰制度の充実」

「民間放送番組の質的向上を図ることをねらいに、
放送事業者のみならず、関係者の周知、活用面での支援を得ながら、
『報奨・顕彰制度』を充実させていく」。

だと・・・・?? 意味が分からない。
アメを与えれば、質の高い番組ができるというのか?
有識者各氏およびこの調査研究会に名を連ねる放送事業者
(要するに、テレビ局の偉い人)たちは、現場の思いを知っているのだろうか。

ご褒美なぞ、いらない。
現場は、苦労し、力を込めて作った番組により多くの人が接する機会を
作って欲しいのだ。
ご褒美付きコンテストはもう多数ある。が、視聴者に知られてはいない。
民放連が主催する、民放で最も権威があるとされる連盟賞の大賞受賞作品でさえ、
全国放送されることはない。
視聴者は、その年度で一番優れているとされた番組に接する機会がない。
よって、その存在すら知らないのだ。

いったい、何のための、誰のための“賞”なのか?
賞状やトロフィーを局のロビーや応接室、社長室に飾るため?
視聴者の存在はどこにあるのだろう。

こうした現状から、まず改正すべきではないのか。
足元の整備もせずに、「ご褒美をたくさんあげましょう」ですか?
いりません、そんなもの。

提言が言う『報奨・顕彰制度』を効果のあるものにするためには、
これまでのように業界内に留まる自己満足的な“報奨”ではなく、
業界で“ゴールデン”と呼ぶ時間帯に、全国放送するようなことを
考えて欲しい。

そんな“ご褒美”なら、現場は大歓迎だ。


3.「視聴率調査会社の監査の充実」
事実上、ビデオリサーチ一社独占の視聴率調査。
その監視の目を厳しくしましょうということ。
当然だが、視聴率メーター設置世帯を訪ねるメンテナンス車のあとを
つけるという姑息な手段をとるヤカラはこれからも出てくるだろう。
これは、ビデオリサーチ側というよりもやはり局関係者のモラルの問題だ。


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報告書に、こんな一文がある。

--統計上の誤差がある視聴率データについて、
--コンマ何パーセントの違いに一喜一憂するような利用の仕方については、
--これを戒めること。

先日、編集のため、某局に行った。

廊下の壁には視聴率調査の表が張ってあり、
「ゴールデン」、「プライム」、「全日」と、みっつの時間帯別に
数字が大きく記されていた。
3分類の中のひとつの視聴率は、その局と1位の局の視聴率の差はコンマ1。

「惜しくも2位!」

コンマ1、「0,1」の差など、誤差範囲。
別会社が同じ期間に調査をしたら、結果が逆になっている可能性も大だ。
それでも、勝った負けたと騒がねばならない。

この調査委員会がどのように“戒め”ても、コンマ以下の攻防は続くだろう。
そしてそれは「視聴質」が具現化しても、同じに違いない。
「視聴質」を数値化し、それを営業ツールとして使う限りは。

しかし、「これを戒めること」ですか・・・・。
高見からご意見している有識者の姿しか目に浮かばない。
なんのための「調査委員会」だったのやら。



◆PM5:20 ======================================

♪今のBGM=Grand Funk Railroad 『Live』


元「ナターシャセブン」の坂田じゅんじさんが、同居していた女性を
殴って死なせたとして逮捕された。

ショックだ。

ナターシャセブンは、高石ともやさんを中心に結成されたグループで、
学生時代、ぼくは大好きだった。
彼らのアルバム「107ソングブック」は、すべて持っていたし、
コンサートに行ったこともある。
坂田さんの弾くバンジョーは、ステージの花でもあった。

音楽を生活の糧とする彼らにあこがれなどを持つ年代ではもうなかったが、
ぼくは彼らのステージのにこにことした明るさがとても嬉しかった。

そのステージから、木田たかすけさんが交通事故死という形で去り、
坂庭しょうごさんは病気で亡くなった。
そして、城田さん・・・・・。

同居女性を「別れ話を持ちかけられ、かっとして殴る」という、
あまりに現実的な出来事で、ステージを降りる。

ぼくの記憶のステージでは、4人のミュージシャンが演奏を続けているけれど、
それが完全に過去の想い出であることを思い知らされた。


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“ネコ助-Aoi's Room”

♪今日のBGM=ZZ Top 『Mescalero』


こんな記事を読んだ。

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◆万引きとがめられ逃走、踏切へ 外国人男性が死亡

29日午前0時ごろ、東京都板橋区赤塚2丁目の東武東上線で、
万引きをとがめられて逃げていた外国人男性が踏切内に入り、
池袋行き上り準急電車にはねられて即死した。
外国人は所持していた外国人登録証から26歳のアジア系外国人
とみられ、警視庁が確認を急いでいる。 (asahi.comより転載)
-------------------

どこの国から、この日本に来たのだろう、この青年は。
なにを求めて、繁栄するこの国に来たのだろう、26歳の若者は。
ふるさとを出るとき、異国でこのような死に方をするとは
頭のかたすみにもなかっただろうに。

同じアジアの、それも小さな島国でありながら、
世界一の経済力を持つこの国へ、なにかを求めてやってきた。
その夢は、なんだったんだろう。

一攫千金の淡い希望か、高い学問を修める知的な好奇心か、
家族の生活費をまかなうという現実か。

そのいだいていた夢がどのようなものにしろ、
青年の一生は、重い車輪の回転に消えた。

逃げるとき、青年は商品のズボンを投げ捨てて行ったという。
ズボンと引き替えに、異国で失われたいのち。

「どうして?」



ニュースを読んで、ふと思い出したことがある。

====================

生きていること、生きていくことには表と裏がある。
なにが表で、なにが裏? 今の自分はどちらなのか?
若いころ、そんな思いが頭から離れなかったときがある。

「表と裏」と言っても、哲学的に深い意味じゃない。
自分の望む通りに生きていけるか、いけないか、その程度の意味。
そして、自分はそのどちらを歩むのか? 歩んでいるのか?

成功するという意味で“表”ではない。
望む方向、求める方向へ歩いているのか。
歩いていなくても、その方向を、せめて嗅ぎ取っているのか。
それを“表”とするならば、
その方向を向くことを、自分のせいであれ、環境の不可抗力であれ、
閉ざされた状態。
それが“裏”。

なにをしたらいいのか? 自分のやりたいことさえわからない。
そんな状態で生きている。
この今の状態が、自分の望む道なのか?

そんな思いのまま、社会に出て、ぼんやりしたまま、会社員となった。

今、この状態が“表”なら、“裏”へと移行するのも一瞬だ。
今、この状態が“裏”ならば、“表”は一体どこにある?

わからない。

そんなころ。
会社で仕事をさぼりつつ、パソコンに向かいチャットしていた。
「パソコン通信」と呼ばれていたころの、カタカナチャット。
実体はわからない、自称・女子大生を名乗る相手と話をしていた。
いきさつは忘れたけれど、ホームレスの話をしていた。

--アノヒトタチハ、ナマケモノ、タダノナマケモノナノヨ。

この経済力のある日本で、えり好みしなければ仕事はある。
なのに働こうとしないで、ぶらぶらごろごろ、公園で寝てる。
やる気もなければ、誇りさえない。
そんな人間なのよ、あの人たちは。単なる「ナマケモノヨ」。

その言葉に、むか、ときた。

--ソレハ、ヘンダヨ。イッショウケンメイハタライテ、
--ソレデモ、ウマクイカナカッタ、ソンナヒトモイルンジャナイ?

--ウマクイカナカッタラ、ホカノシゴトヲスレバイイジャナイ。

ぼくはホームレスの人たちに炊き出しをするつもりもないし、
まして仕事を世話するつもりもない。
と言うより、味方になったり、肩を持つつもりさえ、別にない。
しかし、彼女の言い分は決定的におかしい。そう思った。

まだ人生を生きて三分の一も経ってはいない。
だから、人生を語れない。
だけど、うまく行くだけが人生じゃない。
うまく行かないときの方が多いに違いない。

失敗を取り戻すことができるから人生。
しかし、取り返しのつかないことがあるのも人生だろう。
今は会社勤めで、仕事をさぼりつつチャットしているこのぼくも、
あすはどんな生活をしているのか、そんなことは誰にもわからない。
ボ~ッとしていても、月の25日には給料が振り込まれる生活。
それが一日で瓦解する。そんなことが現実にある。

運命という言葉は嫌いだ。
だが、自らではどうしようもない出来事、
そんなことが人生には起こりうる。
自分の努力で望みの道が必ず切り拓かれていくならば、
世の中に迷いや不安という言葉、失敗という現実はなくなる。

漠とした不安を抱きつつ、生きねばならない。それがヒト。
今、女子大生(と称するアナタ)を相手にチャットしているこの状態が表なら、
裏へ転げることなど造作もないことだ。

そんなぼくの言葉に、彼女はこう言って、落ちた。

--デモ、アノヒトタチハ、ナマケモノナノヨ、ケッキョクネ。

====================

異国の青年の死を知ったとき、
この死は、彼にとって表だったのか、裏なのか、
そんな問いが、ふと浮かんだ。

「なぜ? どうして?」

車輪に巻かれた刹那、
生と死の境目に、この青年の脳裏に浮かんだのは、
こんな言葉だったのだろうか。

そうだとしたら、あまりに哀しい。



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 よ~寝とる・・・・。
「zzzz・・・・」




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♪今日のBGM=Robert Randolph & The Family Band 『Unclassified』


日記を書こうと思ったら、楽天がメンテナンスに突入。
そのまま出張へ。この日、なにを書こうと思っていたのか忘れてしまった。

消え去りし一日。(記 5月29日)



朝、寝て、12時を回った頃に起きる。   ふぁ・・・・眠い。

やっぱり夜は寝るためにある。

しかし、おかげでめったに見ない、きれいな朝焼けを見ることができた。

ラッキー。

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♪今日のBGM=Rod Stewart 『The Great American Songbook』


テレビは、「帰国」「帰国」と、かしましい。
拉致被害者の家族、特に拉致され、今回、ようやく子どもと会えた
ふた家族はホッとされていることだろう。

しかし、どうも「帰国」という表現がひっかかる。
子どもたちにとっては、日本は未だ自分の国ではないだろう。

日本から拉致された両親にとっては、
懐かしい祖国であることには違いない。
だが、やってきた5人の子どもたちにとっては、見知らぬ異国だ。
自分たちは異邦人だという思いが、きっとあるだろう。
まして、北朝鮮の反日教育を受けている。
警戒すべき国なのだ、日本は。

そこに出かけた両親が、なぜ1年半以上も帰ってこないのか?
なぜ、自分たちが、足を踏み入れるべきではないと教えられた国へ
出かけて行かねばならないのか?

疑問だらけ。

両親が日本から拉致されてきた、日本人だということも知らない。
ニコニコと出迎えてくれる異人のおじさん、おばさんが誰だかも
わからない。敵なのか、味方なのかも。
そんな子どもたちが「お帰りなさい」と言われて
戸惑わないはずもない。

不安だらけ。

人は文化の中で生まれ、文化の中で育つ。
5人の子どもたちは、たとえ両親が日本で生まれ育った日本人でも、
朝鮮民主主義人民共和国に生きる一人として育ってきた、
身も心も北朝鮮人であることは間違いない。

それが、いきなり市役所の壁に「お帰りなさい」と
日本名入りの大きな垂れ幕を下げられても、
何が何だかわかるまい。
いきなり、「あなたは日本人ですよ」、と言われても、
何が何だかわかるまい。


日本人であるぼくが、母親から、

--お前は、本当は北朝鮮人だったんだよ。

と言われたら?
即答できまい。なんと答えていいか、わからない。

--あ・・・そ。

言えるのは、そのくらい。
きっと、5人の子どもたちも、そんな反応だろう。


「お帰り」「お帰り」と、やっている方は善意なのだ。
善意なのだが、子どもたちにとってプラスにはならない。
今のところは。
拉致被害者たる両親は、周囲の“歓迎”をはらはらしながら
受けていることだろう。

「いらっしゃい」と言うのも、かなり奇妙だが。

------------------

5人の子どもたちが、今回、どんな思いでやってきたのか。
それは本人たちにしかわからない。
ちょっと海外旅行と思っている人もいるだろうし、
長い間、会えなかった両親に会う、それだけと思っている人も
いるだろう。
5人のうち、何人が、日本に住み続けると思っているだろう?
この、異国の地に。

いずれ頃合いを見て、子どもたちに日本で暮らそうと
提案するのだろう。
子どもたちは、決断が下せるだろうか?

かの地には、友だちもいる、恋人がいる、自分自身の生活がある。
それをすべて置いたまま、両親以外には知る人もいない、
言葉さえ通じない、この異国に住むという決断ができるのだろうか。

スーツケースひとつだけをころころ引っ張ってきた、
この異国に、異邦人として住み続ける。
その選択をするのだろうか。

そんな二者択一、試行不可の選択をしなければいけないのだろうか?

現実的な問題として、国交のない北朝鮮とは
自由に行き来することはできない。
日本に住むことを決めたその日から、もう友だちや恋人と
自由に会うことはかなわなくなる。
置き去りにされた友だちや恋人の思いまで、
子どもたちは受け止めなくてはならない。
きついだろう、相当に。

-------------------

しかし、「お帰りなさい」攻撃は、どうにかならないのだろうか?
横断幕を張ったり、花束を渡したり、
ああいう形で“歓迎”しなければいけない事態なのだろうか?

--おめでとう、ひとまずはよかったね。

それで済ませるべきことなのではないのだろうか?
あとは当人たちにまかせて。


あ~もう「あ~もうっ!」


放っておけないのだ、ぼくらは。
抑制できないのだ、好奇心を。
好奇心を善意に置き換えて、自分に安心しつつ、
目を見開き、聞き耳を立てている。

--どんな子どもたちなの? どんな容姿? 何語をしゃべるの?

--え、北朝鮮って、お米、食べるの? あら、スカートもはくのね!

そんな無責任一色の好奇心に満ちた中で、生きていく。
ぼくならその道を選択するだろうか?

わからない。あまりに特異な「if」だから。

今、テレビに子どもたちの映像が登場すると、
ぼくはチャンネルをかえる。
見られているのが自分だとしたら・・・・・。
その「if」に耐えられない。

5人の子どもたちの何人かは、どのチャンネルにも映し出される
自分たちの姿に、うんざりしているという。

それが、普通の反応だろう。

残された安否不明の人たちの、一刻も早い帰国を祈りたい。



◆PM6:32 =============================


♪今のBGM=Jorma Kaukonen 『Blue Country Heart』


拉致被害者の家族会に、批判メールが多数送られているという。
小泉さんに面会した際の、家族の人たちの言動に怒り、憤った人たちが
腹立ちまぎれに、または、諭してやらねばとの親心からか、
家族会へ批判を寄せる。

どうしてこうなるのやら・・・・理解できない。
人質事件のときの「自己責任」論者たちがまた活躍し始めたのかと
思った。

誰かの言動を受け入れられないことは多々ある。
どうしても納得できない意見も世間には多い。
だからといって、当事者の間に強引に割り込んで声を荒げると、
それはただのチンピラである。
単なる自慰行為にすぎない。

家族会の人たちの会見は、ぼくもテレビで見た。
激しい言葉に違和感を感じた。
国同士の交渉事を、ちょっと勘違いしてるんじゃないかとも思った。
しかし、それは当然だとも思った。
その思いの表現に、計り知れない怒りと悲しみがあったから。

ぼくらは第三者に過ぎない。
気の毒だな、がんばって欲しいな、そう思うしかない。
激しい言葉を吐く家族の気持ちには、絶対になれない。

批判のメールは、小泉首相に対する感謝の言葉がないとか、
子どもたちが帰ってきて嬉しくないのか、とか、そんなもの。

ふぅ・・・・あまりにレベル、低すぎ。

小泉さんは一国の首相として国民を守る義務がある。
その義務を果たしただけに過ぎない。
会社で普通に仕事をしていて、「えらい!えらいぞっ!」と
激賞されたら違和感を感じないだろうか。
小泉さんは、自らの仕事を普通にこなしたのだ。
それ以上でも、以下でもない。

首相としての仕事は、大変だと思う。
しかし、それとて、泣いてありがたがる筋合いのものではない。
その義務を果たさなかったから、人質事件の時は非難の的となった。


家族会の人たちの発言に寄せられる批判のメール・・・・。
やはりテレビの功罪を思う。

家族会の会見は、丸々全部放映されてはいない。
テレビに登場したのは、全体の、ほんの、ごくほんの一部に過ぎない。

家族会は、数多く寄せられた批判に対し「見解案」を出したが
(なんでこんなものまで出さにゃいかんのだ?)、その中で、
「テレビでは報じられていないが、発言者は首相に敬意を示し
5人の帰国への喜びを述べた」としている。

あたり前のことを、仰々しく発表しなければいけないこのバカバカしさ。
さぞや、テレビ報道のあり方にお怒りのことと思う。

報道記者が、そして報道のデスクが、
「これで視聴者は食いつく!(または、現状を端的に表している)」
と判断したそのカット、それがオンエアに使われる。

勢い、インパクトのある、感情過剰な部分が、
あっちの局でもこっちの局でも、繰り返しオンエアされることになる。

テレビ(だけではないが)のニュースは、
事実・事件の、ほんのひとかけらだけを、時には針小棒大に取り上げる。

--街の人たちの意見を聞いてみましょう。

などと言いつつ、意見を述べるのは通りがかりのおばさんひとりだったり。
そのおばさんは、街の意見の集大成なのか!と言いたくなる。
が、それがテレビというメディアの性格なのだ。

事実のかけらだけを見て、むか、とするのはどうかと思う。

それよりも、ぼくらと家族会の人たちの感覚の違いに、
当事者と第三者との埋めがたい溝を見た方がいい。
それがどうすれば少しでも浅くなるか、
そのヒントが得られる気がする。


番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi's Room”


♪今日のBGM=Neil Young & Crazy Horse 『Greendale』


出張し、編集室にこもると、情報が世間と杜絶する。
テレビは見ないし、新聞も読む気になれない。
この4日間、何が起きていたことやら、さっぱり。

今朝、4日分の遅れを取り戻すべく新聞をぺらぺらめくり、見出しだけチェック。
ふと目にした記事に、寝ぼけ眼の目玉が開く。

朝日新聞のTV面、「サブch」なる記事。
見出しは「地道に300回の『金字塔』」。
フジテレビが関東地区で放送している番組「ザ・ノンフィクション」が
放送300回という節目を迎えたという内容。
視聴率もとれず、したがってスポンサーも付きにくいドキュメンタリー番組が
長い間続いていることは嬉しいことだし、どんどんずっと続けていって欲しい。

眠っていたぼくの目玉を開かせたのは、その記事の中に、
「制作費は一本当たり約一千万円と極めて安い」
という表現を見つけたから。

一千万円が“極めて”安い??????

信じられん。


ばたり「いっせんまん! ホントけ?」


この記事を書いた記者は、何と比較してこう表現したのだ?
キー局の人気ドラマや、NHKの大河ドラマ&NHKスペシャルなどと
比較して言っているのだろう。
でないと、こんな安易な言葉になるわけがない。


ぼくはローカル局でテレビの仕事をするようになって丸14年たつ。
これまで200本前後の30分や1時間のドキュメンタリー番組に携わってきた。
その中で、一千万という単位の制作費が使えた番組は
片手で数えられるくらいしかない。

数百万円、それも片手の指で足りる程度の予算でも何本あることか。
その他大半の番組は、100万前後の予算で作られてきた。

少ない予算。限られたスタッフ。
それでも、ほそぼそとながらドキュメンタリー系の番組を作り続けているのは、
ディレクターをはじめとする現場スタッフの努力のたまものだ。

そして、「楽しいだけのテレビでは、まずいんじゃないか?」という
現場の疑問が、報われないことの多いその努力を支えている。

そんな現場の思いを知っているからこそ、
「制作費は一本当たり約一千万円と極めて安い」
という安易な表現にアタマにきた。

目玉と脳みそが東京を向いている人間が言いそうなことだ。


数年前、東京でフリーとして仕事をしているプロデューサーと
話す機会があった。
当時、ぼくは30分のドキュメンタリー番組に携わることがちょくちょくあった。

--その製作費、どのくらいだと思います?

そう、ぼくはたずねた。
そのプロデューサーはアタマをひねったあげく、
思い切って値切るかのように、

--1千万くらいだろ?

このときも、アタマにきた。
そのドキュメンタリー番組も、80万、90万の制作費で作られていた。

このプロデューサーも、朝日の記者氏も、感覚がマヒしているとしか思えない。
考え方が、ふた桁、違うのだ。


朝日の「サブch」なる記事では、
「ザ・ノンフィクション」という番組をこう讃えている。

--取材対象と人間関係をきっちりつくるまでは、
--何ヶ月かかってもカメラを回さない。

当たり前である。
そんなこと、制作する者にとって、基本であり、常識である。
そんなに珍しいことのように取り上げて言われるほど、
めちゃめちゃな取材は、現場はやっていない。
出たとこ勝負、突撃取材とは違うのだ。


--取材は短いもので数ヶ月、長いものは一年かかる。

どんなドキュメンタリーでも数ヶ月はかかる。これまた当たり前。
今、ぼくが携わっている番組は、取材を始めてから2年以上経っている。
その集大成が、ようやく今月末、1時間番組にまとまる。

こつこつと取材を続け、ひとつの番組を作りあげる。
ローカルでは、そんなこと、フツウなのだ。
声を大にして視聴者に告げるようなことでもない。


ローカルだからこそ、コツコツできるとも言える。
「ザ・ノンフィクション」という番組は、キー局の番組。
キー局でドキュメンタリー系の番組を作り続けることは大変なことには違いない。
この記事を書いた記者も、それを知るからこそコラムにとりあげたのだろうから。
しかし、それにしては、表現が軽い。


ぼくが住む九州地方では、10年以上続いているドキュメンタリー系番組が
数本ある。中には30年をこす番組もある。
どの番組も、予算不足できゅうきゅうとしている。
「もうやめよう」という、営業的な声も、もれ聞こえる。

しかし、それでもやめない。
スポンサーもついていないのに作り続けるのは、
“作る場”はいったん消えると、二度と戻ってこないから。
現場の人間がそれを痛いほど知っているからなのだ。

グルメも旅もいい。ぼくもよく見るし、楽しい。
賑やかしい情報番組を情報源のひとつとして活用している視聴者も多い。

しかし、そうした番組だけを作るようになってしまっては、
テレビ局として存在する意味が半減する。

多くの部数ははけなくても、出版されるべき書物があるように、
視聴率があがらなくても、視聴者に提示すべき出来事、事実、真実がある。
それがあるかぎり、ドキュメンタリー系の番組は
作り続けられなければダメなのだ。


そうは思えど、現実は厳しい。
売上の上がらない番組を自社で作ることをやめる局は増えている。
制作プロダクションに下請けさせるのだ。
ぼくがアタマに来た朝日の記事でも、「ザ・ノンフィクション」には
40社の制作プロダクションがかかわっていると記されている。

局の人間が関わるのは、プロデューサーとして名前だけ。
あとはすべて外注というのが、もうフツウだ。
お金を出して、外部の人間に制作力を身に付けさせているようなものだと
常々思うのだけど、もうこの流れは止まらないのだろう。


きのう、メールで某局から仕事のオファーがきた。
この番組、制作費は片手の指(それも、より少ない本数)で足りる数百万円。
だが、それでもローカルでは通常の数倍だ。

一千万円の制作費を“極めて”安いとする記者氏は、
この制作費をどのように評してくれるだろうか?




番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi's Room”

3泊4日。隣県某局での出張編集より、夕方帰宅。
ネコ助、お出迎え。

・三つ指ついて

三つ指「お帰りなさいませ」



・しかし、その実体は・・・・。

帰ったけ「あ、帰ったのけ」


んなもんだな、やっぱし。


-- 5月18日・初日 --------------------------


まず、ディレクター氏入魂の粗編集を共に見る。
この時点で、トータルの長さ、108分。
番組は、正味52分。半分以下に削らねば。

シーンを大幅に削り、入れ替える作業「粗編集その2」開始。
編集卓を操作するディレクター氏。もちろん編集は本職ではない。
が、粗編集の段階から編集マンをつけるというゼイタクは許されない。

徳永氏ディレクター氏、編集に没頭。



・・・・・・その脇で、

揺れる眠気に、揺れるワタシ。



・・・・・・そして数時間。

燃え尽き燃え尽きそう、真っ白に・・・。



粗編集その2は、トータル77分。31分をカットした。
あらためて、試写。

--う~ん・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

構成台本上はきれいに流れているけれど、
映像+音声となると印象がまるで違う。
要素がバラついてて、整理されていないことがよくわかる。

あと25分カットしつつ、流れをテンポよくしなければ。
しかし、二日目から本編集に入らないと間に合わない。
もう一度、映像をつなぎなおす時間はない。

で、ディレクター氏と構成台本上で入れ替え&カットするシーンを
決める。
あ~だこ~だとやりとりしつつ、ほぼ番組の定尺にこぎつける。
しかし、これはあくまで文字上のこと。
どんな風に仕上がるか?
それは、本編集が終わるまでは分からない。


-- 5月19日・2日目 -------------------------


待ちに待った編集マンが登場。手際よく映像をつないでいく。
編集卓のキーを叩く速さが半端ではない。
どのキーを、どんなイミで叩いているのやら、さっぱりワカラン。
すぱすぱどんどん、つながっていく。

しかし、資料映像やその他加工などがあり、
専門の編集マンといえども、1時間かけて編集できるのは、
番組にして2分間ぶんほど。

この日、12時間の作業で、ちょうど半分までこぎつける。


-- 5月20日・3日目 -------------------------


編集マンが他の仕事に身柄を拘束される。
ひとつの番組にかかりっきりになることはできない。
スタッフが限られるローカル局のつらいところ。

編集マンがこの番組に復帰できるのは、午後2時過ぎから。
それまで待機。

------------

この日、めでたく番組のお尻まで編集終了。時間もピッタリ。
ホッと安心しつつ、もう深夜。
ぼやけたこのアタマで試写をしても、ちゃんとした判断ができそうにない。

ということで、この日は解散。


-- 5月21日・4日目 -------------------------


AM10:30。
番組本編集版をディレクター氏と試写。
あちこち、修正すべき場所がみつかる。困る。でも、なおさねば。

もう全体を編集しなおす時間はない。
が、文字スーパーなどを入れて番組を完成させるとき、
あと1回だけ、手を入れるチャンスがある。

そのときに、修正してもらうことにして、ぼくは局にサヨナラ。

ぼくに残されたのは、ダビングテープを見つつ、ナレーションを仕上げる作業。

しかし、その作業は明日にして、今日は風呂に入ってとっと寝よう。

♪今日のBGM=Aerosmith 『Hokin'On Bobo』


あすからまた隣県へ。
編集室にこもり、お日様にあたらない日が続く。

元々、色が白い上に、太陽光線に縁のない生活をしているものだから、
どうかすると、粉ふきイモのように白い。
・・・・・あまりきれいな印象ではないな。

今となれば別になんともないが、昔は日焼けした肌がうらやましかった。
浅黒く、引き締まった体。欲しかったことだった。


色黒「え? あたい?」


ぼくは、波打ち際でカニと戯れても、即、真っ赤になるタイプ。
それがブラウンと化し、肌に定着することをせず、数日後には
ボロボロと小汚くむけて終わり。哀しい。

それでも、学生時代の夏休みなど、ディパックを背負って、
あっちうろうろこっちちょろちょろしていた頃は、
今よりずっと肌に色がついていた。肌もやはり慣れなのだろう。

「浅黒く」は、もう望むべきもないが、
「引き締まった」は今後の心がけ次第では不可能ではないかも。
しかし、そんな心がけができるくらいなら、健康診断で、

--もう少し、あと3キロは、やせた方がいいですね。

などと言われまい。

あぁ、27、28インチのジーンズをはいていた、
あの頃のワタクシは今いずこ?

なんてことを書きながら、バナナとじゃがりことカロリーメイトを
一度に食べ、腹いっぱいになってしまうのはいったい・・・・・。


ワタクシの辞書に「自覚」という文字はない。

♪今日のBGM=Roger Waters 『In The Flesh Live』

いや~、疲れが抜けにくくなっちまったわい。
人生も折り返しを過ぎると、しんどかね~。

以前は旅は大好きで、どんとこい!てなもんだったのだけど、
で、今も大好きなんだけど、もう「どん!」と来てもらったら、
かなりしんどい。
なにより、翌日に残るってのが、おやぢになった証拠であろ~。


寝れし「寝るが一番じゃ」


若い頃は、疲れてもそれはカラダだけだったのだけど、
今は、アタマ・脳みそが疲れているのが如実にわかる。
取材テープを見てて、ふと気がつくと、な~んも考えてなかったり。
そんなことがたびたび。

あぁ、こうして年老いていくんだなぁということをまた実感。
でも、別にイヤではないのだ。
誰しも老いていくのだし、若い時代の方がいいと思ったこともない。

今が、今んとこ、一番エエ。強引にでも、そう思えれば、ヨカである。

しかし、しんどか~。ノーミソがつるつるになったみたい。
ノーミソ、シワが消え、今やビリヤードの玉みたいだわ、きっと。

あと10日間。あと10日間もてば、なんとかなる。
ビタミンと黒酢を飲んで、がんばるか。
やっぱ、なんか、おぢんくさ~。


-- AM1:55-------------------


♪今のBGM=Nils Lofgren 『Acoustic Live』


夜も更けし。
雨もやみ、蒸し暑し。

宅急便の「即日配達便」(こんなモノまであるとは知らなんだ)で
夜8時過ぎに届いた粗編見つつ、悩む。

目標は、焦点を集中させつつ、長さを半分に。
長さを半分にすることは、インタビューを削り、
エピソードをブロックで落とすことでクリアできる。
要は、どこにより焦点を集めるか。
ナレーションで少しずつ近づけながら、要点に持っていけるか。

難しか~。

歴史物で、説明部分が多くなる。
説明しとかないと、わけが分からなくなる。
でも、説明が過ぎると、つまらないし、あきてくる。

再現映像という手もあるが、体験者その他生身の証言に比べると
そこだけウソになるから、できるだけ使いたくないし、今回は使わない。

しかし、再現を使うとラクだなぁ・・・・・と、改めて思う。
ナレーションをつける映像をどうするかということからアタマを抱える。
再現映像を駆使する番組も数多いワケがよくわかる。
それだけで成り立っている番組も数多い。

ま、正攻法で行こうと決めたことだし、決めたからには形にせねば。
完成期限まであと10日。しかし、中味をいじれるのは、実質あと5日。

あと5日だぁ~っ!

・・・・・・・がんばろ。


番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi's Room”

◆ 特急車内にて -------------------

寝ぼけアタマで特急に乗っていると、プ~ンと化粧品の匂いが漂ってきた。
通路を経た横の席で、20代前半とおぼしき女性が、お化粧開始。
まなじり決してコンパクトの中の自分をにらみつつ、ファンデーションを塗り、
眉を描き、口紅を塗り、目張りを入れて、マスカラ&ビューラー(順不同)。
化粧品の匂いが車内に漂う。

電車の中で化粧をする女性は、もはや珍しくもなんともないけれど、
この方の気合の入れ方と、それに伴う匂いは、群を抜いて強烈。

お嬢さん、ちょっとクサイがね。

ぼくは、化粧品の匂いがキライである。
なんでこんなイヤな匂いのするものを顔に塗りたくらねばならないのか、
女心はさっぱりわからん。


くさっ!「くさっ!」


顔作りを終えたと思ったら、ブラッシングを始めた。
若き女性の麗しの黒髪(黒くなかったけど)も、
抜けて落ちれば、ただの抜け毛。フケツなモノと化す。
そんなもんが列車の座席に落ちるのもおかまいなし。

しばら~くブラッシングに精を出したあげく、
まじまじとコンパクトの顔を覗き込み、満足げにフタをパタンと閉めた。

さぞや「うん、きれい。カンペキだわ」と思われているのだろうが、
最初、座席に座ったときのスッピンの方がずっといいんですけどねぇ。

ど~も、勘違いをされているような気がする。
きれいに“なった”のではなく、そう“見える”だけでっせ。

きれいに“見える”ことで勝負できる季節は人生の中でほんのいっとき。
だからこそ、念入りにお化粧をするんだとも言えるけど。
“見える”ことにはとっととおさらばして、
ほんとうにきれいに“なる”ことにチカラを入れたほうがいいと思う。

まぁ、女性の化粧をどう感じるかは好き好きで、
ぼくの知人には奥さんがキッチリ化粧をしてないとご機嫌斜めな人がいる。

一度だけ、その知人の家に行ったことがあるのだが、
確かに奥さん、綿密、隙なく、完璧に塗り切っていた。
知人は、朝、目覚めたときから眠りにつくまで、この顔の奥さんじゃないと
イヤなのだ。化粧をしたその顔にホレたと明言していたし。

だから、奥さんは完璧な化粧を施すために、
ダンナより1時間は早く起き、早朝から鏡台に向かうのだという。

・・・・・・わからん。

そのカミさんは、きれいにマニキュアを塗った長いツメの指で
器用に料理を作ってくれた。
が、マニキュアのツメに真っ赤なくちびる・・・、
モデルのように化粧を凝らした姿で料理をする様子を目にしたあとでは、
その料理、あんまり食べたくなかった。
知人にとっては、この上なくおいしい料理のようだったけど。

趣味は色々。
でも、車内の化粧姿は、決して“きれい”ではないですぜ。



◆ 航空会社カウンターにて -------------------

空港のカウンターで、予約していたチケットを購入&チェックイン。

--○×放送で領収書をお願いします。

--はい、承知しました。

明るく答えたカウンター嬢、領収証に「○ד報”送」とお書きになった。

--あのぉ、違うんですけど。

--は?

「報告の“報”じゃなくて、構内放送の“放”」と口で説明しても
ご理解いただけない。仕方ない。紙に書いて教えてあげる。

--あぁ、これですか。

と言って、領収証を書き直してくれた。

カワイイ丸文字なのは、見逃そう。
領収証だから、正確であればそれでいい。
しかし、“報送”はナイでしょう。そんな言葉、ありまへん。

以前も空港カウンター(別の航空会社)のお嬢さんが領収証に、
「琉球」を「“流”球」と書いたことがある。
流れちゃ、沖縄も気の毒ですがね。
このときも、「サンズイじゃなく、オウヘン」と言っても、
わかってもらえなかった。

お客に直接接するカウンター嬢。
あなた方は、日本を代表する大航空会社の顔ですぞ。
もうちょっと、常識を鍛えて欲しいなぁ。



◆ 滑走路に出た飛行機の中にて --------------------

さぁ、離陸だ。
そう思ったら、斜め後ろの席で着メロ、ぴろろ。
ケータイが鳴ったのにも驚いたけど、
それに背広のオヤジが平然と出て話し出したのにはもっと驚いた。

スチュワーデス(キャビン・アテンダント?)が飛んでくる。

--お客様、申し訳ございませんが、携帯の電源をお切りください。

切らない。オヤジ、話し続ける。

電波を発する機器を機内で使うと飛行機の計器に異常をきたし、
安全な飛行に影響が出る。今や、常識。

しかし、オヤジは非常識。
考えられん。バカである。

こんなオヤジはとっとと捕獲し、ぶち込んで欲しい。
そのほうが、世の人のためである。


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いろんな“困ったちゃん”に遭遇しつつ、某局にて編集作業へ突入。
編集に立ち会うたびに、編集マンの大変さを実感する。


・編集に臨むお兄さんのたくましい背中。
編集中
あるときはカメラマン。そしてあるときは編集マン。
力強さと繊細さを兼ね備えていないと、
ふたつの仕事はこなせない。

この広い背中は、局の屋台骨を背負ってる。

この日、遅くまで編集にたずさわったお兄さん、
翌日は早くから野球の中継。
硬球の行方をカメラで追う。

そして、夕方、局に戻ってからは編集に復帰。
明日中に仕上げなければ、オンエアに間に合わない。

八面六臂。ホント、大変だわ。

がんばってくださいまし!



番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi's Room”

あら、もうAM10:30。

間に合わんっ!!!!!!


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-- PM11:52 ---------------------

♪今のBGM=J. Geils Band 『Anthology Disc One』


間に合って、行って、帰ってきた。
今日中に帰れてよかったよかった。

今からちょいと手直しして、あすのお出かけに備えよう。

しかし、今、高校同期会の事務局員なのだが、な~んもできん。
あしたは地元地方都市で会合があり、来月は年に一回の、
全卒業生対象同窓会。
事務局員なのに、知らんかった(というより、完璧に忘れてた)。

どっちも出席できんなぁ・・・・。
こんなに時間の融通がきかないんじゃ、友だち無くすよ、ほんと。


-- AM1:20 ---------------------

♪今のBGM=Fleetwood Mac 『Show-Biz Blues 1968 to 1970 Disc Two』


ちょちょいのちょいで済むかと思いきや、やっぱそんなに甘くない。
2時には寝たいな~。


寝るど「ほな、先に寝るど」



今ごろ、ディレクター氏は、ひとりシコシコ、編集中だろう。
明るいうちはあれこれ忙しいから、草木も眠る頃にならないと仕事にならん。
大変至極である。

テレビ局といえば、最新設備の中、数多くのスタッフが所狭しと、
しかし、軽やかに華やかに業務をこなしているようなイメージがあるけれど、
その実体は、有無を言わさぬチカラワザが不可欠な、泥臭~い仕事。
ローカル局は特にそうなのかも。

もうずいぶんと昔のこと。
新宿のスナックで友人と飲んでいたら、おねーちゃんたちに
しきりと名刺を配っているヤツが。
おねーちゃんのひとりが持ってきたそヤツの名刺を見たら、
某キー局のディレクター旨の肩書きが。

当時、ちょっと人気があった情報番組を担当してるとかで、
要するに、名刺で口説いているのだ。

--こんなヤツがほんとにいるんだぁ。

友人とふたり、思わずあきれ返って、そヤツの顔をまじまじ。
すると、ぼくにも名刺をくれた。
駅のゴミ箱にサヨナラしたけど。

あの、アホなディレクターは、今ごろなにをやっているやら。

片や、こちらのディレクター氏。
きらびやかな女性たちにも縁遠く(かどうかは知らんが)、
ゴールデンウィークもまったく休まず、ひたすら仕事仕事仕事。
思春期をむかえた子どもたちは、おやぢの姿を遠巻きに眺めつつ、
「・・・・・・」。

ホント、お疲れさまでございます。
オンエア日が来たら、必ず流れて、万事終了! 放送事故は起きません。

早くラクになられますように。


あ、忘れてたっ!
Avril Lavigne のニュー・アルバムが発売になったのではっ?!
ここんとこ浮き世に接していないから、よくわからん。
タイトル、『Under My Skin』だっけかな?

全世界で1,500万枚、日本だけで200万枚売り上げたという、
デビュー・アルバム『Let Go』からもう2年? 早かね~。

以前、日記にも書いたけど、(2003年10月22日『Allman』と『Avril』)
Avril、ええんよなぁ。
若さにヒリつく、揺らぎが感じられる。

と、待ち遠しくしていたくせに、中古盤が出回るまでは買わない。
こんなヤツ、ファンじゃない?


番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi's Room”


♪今日のBGM=『The Motown Singles Collection 1972-1992(box)』


ときに、不思議に思う。
どうして仕事は重なるのか?

ここ数日、夜昼逆転しているのも、番組制作の進行がふたつ、
ぴったり重なったから。
少しずつ重なることはよくあるし、重なってないということは、
仕事がないということでもある。
だから、重なっている方が気も入るし、アタマもカラダももつ。

が、しかし、ここまでぴったり重なると、アタマ混乱。
ぼくは、午前中はこっち、午後はこっち、という風に、
うまいこと時間を分割して仕事をすることがどうしてもできない。
やり始めたら、そのままそれを一気に行かないとアカン。
途中でよそを向くと、それまでアタマにあったイメージがあっさり消える。
で、先々の皆々さまにご迷惑をおかけすることに。

編集も重なっている。どちらも行って、立ち会いたい。
が、違う県。山を越えて行くにも3時間はかかる。
行ったり来たりするワケにもいかん。

編集も、サッと通して見て、ハイ終わり、とはいかない。
ラフにつないでもらったものを見て初めて、構成の本番開始だ。
今、某局でつないでもらっているのは90分近くになりそうだという。
オンエア時間の倍だ。それを半分にしなくてはならない。

粗編集で倍の時間というのは、決して珍しいことではない。
ムダだと怒るディレクターも過去にはいたけれど。

以前、粗編を終えた段階でやっぱり90分以上になったことがある。
それを、ディレクター氏&編集マンと共に、いらない、つまらないと
思われる箇所を削っていったら、36分になってしまった。

困った。
番組の長さはきっちり決められている。10分も足りない。
でも、「不要だ」と思って切ったシーンを元に戻すのはどうも抵抗がある。
つまらないけど、入れとくか・・・てなワケにはいかん。

どうする?・・・アタマを抱えた。


------------------------------------------------


テレビは映像と音とが命、というか、それしかない。
だから、紙の上でいくらあ~だこ~だと議論をしても、
実際につないでみないと、どのように見えるかは分からない。

きっちりとしたラフ構成は作るけれど、それはあくまで設計図の前段階。
紙の叩き台から絵の叩き台にして、ようやく形が見えてくる。
だから、編集作業はとても大事だし、編集マンの力量が番組の出来を
左右することもある。
それにしては、最近、編集という工程が疎かになりつつある気がする。
編集機&編集マンの効率的稼働ということが主な理由だろうが、
編集期間がどんどん短くなっている。
絵の叩き台を叩かずに、そのままオンエア、なんてことも、
ちょくちょく起こるようになってきた。

効率を追うのは企業の宿命だろうけど、
制作の本分を放棄するようなシステムにしちゃっていいのかしらん?


--- PM10:08 ------------------------------


♪今のBGM=Simon & Garfunkel 『Old Friends (box)』


あしたは他県に出かけることに。
それまでに、構成、間に合うかっ?

ま、間に合う、間に合う。なんとかなるなる。

それより、久しぶりにフロ入ろ。
ひと様に会うのに、小汚いと嫌われる。ヒゲも剃らねば。

何日ぶりかな~。


------------------------


ふぅ・・・いい気持ち。
たま~に入ると、より心地よし。


にゃん寝る「毎日、はいれよ」


しかし、蒸し暑い。

あしたは、雨降り度100%だとか。
家にいる日は、ぎんぎん天気が良くて、
出かける日には、きちっと雨降り。

行ないだろうか、やっぱし。



番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi's Room”

徹夜明けのボーゼンとしたアタマで朝のワイドショーを見ていたら、
皇太子さんの記者会見が始まった。

皇室に嫁いでからの雅子さんの悩みと現在の様子について、
かなり突っ込んだ表現でコメントしていて、ちょっと驚いた。
日本の皇室も、開放的な方向へ向かっているとも言えるかも。
ほんの、ほんの“ちょっぴり”だけだけど。


--(ひとりで洋行するのは)後ろ髪を引かれる思い。

こんな皇太子さんの言葉の端々から感じ取れる雅子さんの容態は、
決してかんばしくないようだ。

以前の日記にも書いたけれど、(2004年 4月 19日「雅子さん」
有能だけれど普通のお嬢さんが、皇室なる、天上から天下った神の血統と
今でも信じ、畏敬する人たちもいるような世界へ飛び込むことには、
それなりの決心があったに違いない。

皇紀二六〇〇年だなんだと崇め奉っていた時代とは違い、
外交官としての自らのキャリアを少しでも活かすことができるかも。
そんな思いもあったに違いない。
皇太子さんも、その思いに賛同したであろう、個人的には。

しかし、現実には、周囲の取り巻き連がそれを許さなかったということか。
海外に出、活動したいという皇室の一員がいるということは、
象徴天皇制をとる日本という国にとっては、非常にプラスになることのはず。
どんな取り巻きが、どんな言葉で、雅子さんの気持ちを押しとどめたのか。

--姫さま、それはなりませぬ。

これでは、大奥か。

能動的な外交官という仕事から、受動の極みといえる皇太子妃へ。
これを「世の女性の、究極の憧れ」とおっしゃる方もいる。
「どこが?!」と、個人的には思うのだが。

自らの動きたい欲求を強制的に制限される。
常に誰かの、国民の、監視の、好奇の目が光る。
prisonerだな、ある意味。

マフィアだかギャングだかと交際の疑惑がある女性と結婚するため、
オランダかどこだか、国は忘れたが、王位継承権を放棄した王子さんがいた。
皇太子さんも、今からでも遅くない、放棄しちゃえば?
人権を保障されていないのだから、とっとととんずらしてもいいじゃない。
皇位は弟に譲って。あの弟とあの義妹なら、なんなく国事行為を
固まった笑顔でやり抜くことでありましょう。

それがダメなら、隠居しましょう。
40代で隠居して、時に縁側で雅子さんとお茶でも飲みながら、
庭先に顔を出したアマガエルと戯れる愛子さんの様子を眺め見る。
それもまた、ひとつの生き方でありましょう。

雅子さんには、また働きはじめてもらえばいい。
どの程度の実力があるのかは寡聞にして知らないが、
語学堪能だといわれる雅子さん。かせぎまっせ、きっと。
ぼくらの税金の世話になることは辞退し、髪結いの亭主を決め込んでも
いいんじゃないの?

皇太子さんは、「雅子はぼくが守ります」的なことを結婚する前に言っていた。
その気持ちは変わらないだろうが、何の権限もない今の立場では、
守ろうにも守りきれない。まず伝統ありきの、四面楚歌。
皇太子さんの気持ちも辛くなるばかりだ。

雅子さんの希望と願いを抑圧しているのは誰か?
ファンと称する一般国民が、その一翼を担っているのは間違いない。

--とにかく、早く元気になってくださいませ。

と、言うのも気が引ける。
元気になれる環境を皇室内に作り出すことは、とにかく、不可能だろうから。

だからといって、

--諦めなさいよ、往生際の悪いヒト。

とも言えない。法律の埒外に置かれてはいても、
やっぱりひとりの、この世に生きている人間だから。
雅子さん本人の声が聞けるまでは、安易なことは言えないな。


外に出たい「外に出たいよ・・・」




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♪今のBGM=Malo 『Malo』


-- PM9:25 ---------------------------


さてさて、恒例となってしまった夜のお仕事。
録画していた「こち亀」も見たし、そろそろスタートすっかぁ。
きょうは、ぜったいぜったい徹夜は避けたい。
が、集中力&持続力がないので、あっちに気が散り、こっちにおやおや、
ふと気づくと、時間ばかりが経っている。
あぁ、ムダに過ごした時のいかに多いことか。

ま、がんばろ。


-- AM0:19 ---------------------------

♪今のBGM=Little Feat 『Waiting for Columbus』

あっという間に零時を回ってしまった。
きょうが終わり、新たなきょうがやってきたのだけれど、
関係ないな、あんまり。
きょうは何曜日だっけ?てな感じ。

なんとなくおなかがすいたので、おやつの時間。
「空腹感解消ビスケット ぐーぴたっ」なるものを食す。
コンニャクマンナン(て何やねん?)を
ビスケットに練り込んだというこのお菓子(かな?)。
結構いけるけど、空腹感は解消せんぜ。

みっつの小袋に分かれてるのを、がばがばと食べ尽くす。
あとからおなかの中でふくれるのかな?


-- AM3:18 ---------------------------

♪今のBGM=Boston 『Boston』

ボストンのボストンを聞くと、学生時代を思い出す。
昔々、相撲取りは「一年を八日で過ごすいい男」(だったかなぁ)
と言われていたらしいけど、
8年に1度しか働かない、よりいい男のトム・シュルツさん。
桃栗3年、シュルツは8年。

次に働くのは、いつのことかな?

やっぱ、夜を明かしそう。もうヤケである。
バナナを食べて、お茶飲んで。

しかし、近いところも遠いところも目がかすむ。
0.0いくつの近目に老眼が加わると鬼に金棒。
メガネを買い換えねばダメかなぁ。

学生時代はコンタクトだったのだが、ハードコンタクトと
目玉との間に鉄粉が入り、隔膜がはがれかけたときの痛みが忘れられず、
そのままコンタクトとはおさらば。
が、この際だ、遠近両用コンタクトにでもしようかしらん。

それだと、居眠りができんかな。

Bostonの「Rock & Roll Band」に乗って、仕事へ復帰!


-- AM5:54 ---------------------------

♪今のBGM=Aerosmith 『Toys In The Attic』

きのう同様、夜が明けちまった。
あはあはあは・・・「ちびまるこちゃん」の山田になった気分。

ノルマを達成したら寝ようと思っていたのだが、
ちょっとやっちゃさぼり、ちょっとやっちゃさぼりするので、
三歩進んで二歩下がりつつ、結局朝日を浴びている。

ノルマ分、朝一で送って、きょうも朝寝だ!

しかし、夜明けのエアロスミスは、奇妙な魅力。



番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi's Room”



3日続きのAM4:00就寝。

あ~、ねみぃ・・・・・・・・・

と、昼メシあとにごろりしてたら、しっかり眠りこけていた。
ナポレオンにはなれんなぁ、やっぱり。

眠りこけたおかげで、アタマも少しすっきり。

--この印籠が目に入らぬか!

そんなもん、目玉に入ってたまるかい。

と、水戸黄門を見て、ごたく並べて、さぁ、机に向かうか。



そっか「ほぉ、物好きな」


-- AM1:35 ---------------------------


♪今のBGM=Temptations 『Anthology』


テンプテーションズの「My Girl」、ええなぁ。
デビッド・ラフィンのざらついた声、ええなぁ。

ささ、ひと休み、ひと休み・・・・“休みの国”ってグループが、
その昔、いたような気がフッとした。
その昔、持っていたLPに入っていたような気が。

あのLP、東京の中古屋へ持っていったとき、確か100円だった。
愛聴盤なのに・・・だから、すりキズだらけで、だから、100円。
他に処分したLPも、気に入っているやつに限って¥100也。
哀しかったな。


構成台本、ひとまず下書きまで到達。
修正しながら清書するとして、できあがりはやっぱり朝だな。
あしたから編集を始めるということは、
台本はそれまでにできていなければならんということだ。

もう一本は、午前中に9ページまで送ったところで頓挫中。
さっき、書き起こしがメールで到着。きのう、届いた分と合わせて、
あした、読みつつ、構成せねば、こちらも間に合わん。

メールでディレクター氏、

--VTRに埋もれ、粗編に挑んでいる。

編集マンがいるわけじゃなし、ひとりで大変だわ、ほんと。

お、テンプテーションズ・アンソロジーも二枚目にチェンジした。
ささ、お仕事、復帰。


-- AM6:58 ---------------------------


朝になってしまった、ひぇ・・・・・。


♪今のBGM=『おはよう日本』7時台オープニング・ミュージック

ワープロを打つ手が遅くなる。
ふと気づくと、な~んも考えてない。こら、あかん。

先ごろ亡くなった地球物理学者・竹内均さんは、
「人間、本当に集中できるのは15分くらいのものだ」と
おっしゃっていたという。
集中力をなくしてはや数時間。
はやく清書を終え、相手に送って、ちと寝よぉ。

Tシャツ1枚でも蒸し暑い。汗がじんわり、わいてくる。
ついに梅雨に突入かと思いきや、吹かれる夕方の風はまだ心地よくはない。
暑いのか涼しいのか、どっちかにして欲しい。


あしたとあさってに、第一弾の締め切りがひとつづつ。
しかし、その素材は、どちらも手元にそろっていない。
どんなに早く準備を始めても、やっぱりお尻が焦げるのはナゼなのか?

ふたつのうちのひとつから、きょう、メールでインタビューの
書き起こしが送ってきた。
A4で90ページ。AD&アルバイトの皆さまが書き起こしてくれたのだろう。
感謝感激雨あられ!

大変だなぁと思いつつ、これを含めて300ページの書き起こしを
今日中に再読して、あすまでに構成としてまとめられるのやら。
書き起こしは、まだ全部終わってはいないし。
残りは、あす、メールで届く。

これとは別に、資料が2000ページちょい、あるしなぁ。
おい、ど~する?

なんてマジメに心配し、素材を並べて見つめ考えると、
できるはずはないじゃん、てのが如実にわかる。

しかし、なぜか、不思議に、いつの間にやらできてしまうのだっ!
そうとでも考えてないと、カラダとアタマがもちまへん。

あさって締め切りの分の素材は、あしたの夜にメールで届く予定。
火曜から編集ということは、編集機の使用予約などで決定事項。
動かせるのは、ぼくの睡眠時間だけ?

が、しかし、とにかく、あれこれ、なんだかんだと心配してもしょうがない。

きょう中にあすのメドをつけ、
あす中にあさってのメドをつける。

他のことは考えない考えない考えない考えない考えない考えない。
なんとかなるなんとかなるなんとかなるなんとかなるなんとかなる。

自己暗示、自己暗示。
ついに宗教の世界に突入か?!



なんじゃ?「お? 神さま?」


びよ~ん「つかめ~たっ!」


お! ようやく、ジャイアント・ジャックが傾いた。
エネルへ向かって、ナミのウェイバーが跳ぶ。
スカイピアに、黄金の鐘の音が響く。

「オレたちは、ここにいる」

『ONEPIECE』の勢いを、夜の仕事開始への起爆剤としようかね。

しかし、『ONEPIECE』はいいね~。
特にいいところは、結局、誰も死なないところ。
コニスの父親にしろ、神兵たちにしろ、ワイパー&その仲間たちにしろ、
「とっくに4、5回、死んでるだろ!」てな感じ。
でも、笑顔で再登場。不死身だらけだ。

ルフィに徹底的にやられたハズのエネルも命ながらえ、
次回は“フェアリーバース”へと旅立っていく。

漫画に追いつき、追い越さないようにするためか、
時間稼ぎの映像&セリフが増えてきたのがちょっと気にかかるけど。

「うそつきノーランド」も、うそつきじゃなくなるし。

さ、がんばるか。


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♪ここからのBGM=Free 『Songs of Yesterday(Box)』

不安じゃ・・・・。
パソコンの動きが、めちゃ、遅い。
ちょこちょこと文字を打ってセーブしようとすると、
「う~ぅぅぅぅぅぅぅん」てな感じで考え込む。長い。
これまで数度、体験した、よくない兆候ではなかろうか。

もし、今、パソコンがダウンしたら、もう、即座にふて寝しまっせ。

用心のため、パソコンのハードディスク+外付け記憶デバイスにも
同時にセーブできるように。
満々が一、デスクトップが言うことをきかなくなっても、
ノートパソコンでなんとかなる。

しかし、1キロちょいのちっこいノートパソコンで仕事なぞしたら、
指はつり、目玉がつぶれてしまうんじゃかしらん。

あ~、心配。
はるか昔、まだ「パソコン」なる単語さえなかったころは、いやでも手書き。
でも、そのころは、こんなどうしようもない、ムズカシイ心配はなかったなぁ。

今月いっぱいもったら思う存分壊れてもエエから、がんばってくれぇ。


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♪ここからのBGM=Sam Cooke 『Keep Movin' On』


AM3:08

深夜にサム・クックはよか~、と思っていたら、
いきなりの風にどしゃどしゃ大降り。
CDの音がじぇんじぇん聞こえん。
こういうとき、ヘッドホンが使えないのが痛い。

Yahoo オークションで購入したBOSEのアンプ。
きれいで、小さくて、音もよくて、いい買い物をしたと
満足しているのだけれど、ヘッドフォンジャックがないのが難。
スタジオで使用することを想定して作ってあるからかなぁ。

あ、小やみになってきた。サム・クックさんの声が少し聞こえる。

Yahoo オークションといえば、このアンプを安値で買ったのに味を占め、
ここんとこ、買いまくり。
と言っても、本とCDだけだけど。先月、本は15冊購入。
定価の10分の1以下で買えたりすると、嬉しい反面、
売る人の手間は大変だろうなぁとか、作者が知ったら悲しむかもなぁとか、
あれこれいろんなことを考える。

ほんと、上下巻で6000円弱のほとんど新品の本を600円で売ったり、
定価2600円の本を200円で落札させたりしてどうすんだろ?
ぼくならこん包・発送その他が面倒で売らないけどなぁ。
そんなズボラな人間は、オークションに出品することはできんのだ。

それに、ぼくは本を買うと帯とカバーを捨ててしまうので、
商品価値が激減する。
帯とカバーが付いているとしゃらしゃらして読みづらい。
しかし、知人に本の装丁をなりわいとしている人がいるので、
ポイするときはちょっと胸が痛む。
よって、ポイする前に、その装丁ぶりをじっくり拝見することにはしている。

しかし・・・・先が見えんなぁ。
あすは6時起きだ。
4時には寝よ。

番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi's Room”←写真2枚追加


・お昼のネコ助。
長~い「長~いだろ」


突然、蒸し暑い。
ネコ助はソファにべったり腹ばい。涼しいのかなぁ。
ぼくもゴロリしたいが、 そうもいかん。
忙しいトキが通り過ぎるまで、ひたすらアタマを下げているばかり。
新聞その他、世間の出来事とも、とんとごぶさた。

しかし、アメリカ軍の虐待問題は知ってる。
ちょうど今、BC級戦犯の資料を集め、読んでいるところだったので、
シンクロしたみたいで、気分がめいる。
第二次世界大戦、中国侵略を含めると15年戦争と呼ぶそうだが、
先の大戦での日本軍の虐待は、南京大虐殺など大きなものは、
「あったなかった」といまだにかしましいが、日本軍が連合国兵士や
侵略先の一般市民を虐待したというのは事実だ。

その事実に対し、連合軍は日本政府に提示したポツダム宣言の中に、

--我らの俘虜を虐待した者を含む一切の戦争犯罪人に対しては
--厳重なる処罰を加える。

という内容の項目をあえて加え、日本軍部をあわてさせた。
その言葉にたがわず、連合軍の戦争犯罪人摘発は敏速かつ厳格で、
日本軍上層部のある人物は、その徹底的な動きに関し、

--吾人の想像外とするところなり。

と、驚きを述べている。


そんな連合軍を率いていたアメリカ。
そのアメリカも、侵略する側にかわると、あっさり加害者へと成り下がる。
裸にし、山積みにしたイラクの人たちを前に、笑顔を見せる女性兵士。
この兵士は、こう言っているという。

--取調べがしやすいように、地獄のような状況を作るのが仕事。

なるほどね。わかりやすいことで。
仕事とあらば、なんでもできるってことだね。


日本軍は『戦陣訓』で、

--生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すことなかれ。

と教え、徹底した。
だから、日本軍の兵士は、戦い終えて不幸にして捕虜となった連合軍兵士を、
「恥知らずにして軽蔑侮蔑すべき対象」として扱い、敬意を払うことはなかった。


アメリカ軍よ、そちらも同じか、60年以上前の日本軍と。
マッカーサーさんの脇にいた人(誰やねん)は、言ったそうやで。

--日本軍の捕虜に対する観念がわからない。
--これが、日本軍の栄光に傷をつけたね。

そのころ、アメリカ世論は、マッカーサーさんのやり方は手ぬるいと
非難していたそうやで。
捕虜をいたぶった日本兵・日本人に対する追求が甘いということや。

他国を侵略しているうちに、感覚も鈍って行くんだろう。

人間って、世代はどんどんかわっていけど、
前の経験を自分のものとして成長することはないんだなぁ。

そう、改めて思わせてくれたアメリカ軍。
人間の不可思議さを改めて教えてくれたアメリカ軍兵士とその機構。

ありがと。


////////////////////////////////////


今日も夜なべ。
5時くらいまでがんばんべ~かな。
あと数時間にそなえ、カップラーメンを食す。塩味。
年に何回か、食べたくなるカップラーメン。
体にはあまりよくないんだろうけど、手軽さには代え難い。
バナナなんかだと、もっと手軽なんだけど、あるとあるだけ、食べてしまう。

カップラーメンって、ぼくが学生時代には、あったのだろうか?
第一弾はカップヌードルなのかな。
「カップスター、食べたその日から~」と桜田淳子さんが歌っていた。
それがいつのまにやら荻野目ちゃんに変わっていたっけか。
桜田さんが不可思議なご結婚をされたからかなか?

桜田さんの不可思議なご結婚相手は、ぼくの知人の高校の同級生。
高校時代はそれほど奇妙な人ではなかったそうである。
まぁ、どういう方法で伴侶を見つけるにしろ、互いに空気と化して、
なんとなく長く続けばいいんである。
長く続きようがないと思えば、んじゃサヨナラという道もある。

しかし、ぼくの東京時代の友人のように、ある日、突然、奥さんが、
まだ小さな子ども3人を連れて、ブラジルへ行ってしまったみたいな
サヨナラは、残された方は辛いかも。

なぜ、カミさんは子どもをすべて連れて、行くも行ったり、
ブラジルなんぞへ行ったのか?
話を聞いてもらちがあかないのだが、要は自分の生きたいように
生きる道を選んだということだったみたい。
男性が絡んでいるような話ではなかった。

自らの生きたい道を行くには、そりゃ、泣く人も出てくることは
当然考えられるわけで、誰が悪い、どっちが悪いと勧善懲悪、
色分けすることができないから始末が悪い。

その、カミさん&3人の子どもに去られた友人は、デザイン事務所を
やっていたのだが、その後、音信不通。
どこで、なにをやっているのやら。
上京するたんびに、会いたいなぁと思うのだけど、転居先も不明で、
他の友人知人に聞いても、どこで棲息しているのかさえわからない。

ひょっとすると、棲息していないのかも。
それも、人生なのかな。しかし、今、一番、会いたいヤツでもある。

彼から最後にきた年賀状。
デザインが本職だけあり、小粋にまとまっている。
イラストで、真っ赤な地に彼の後ろ姿が白い線で、細く書いてあり、
(実際、身長は180を越える)、ひと言、「またひとり・・」。

これのどこが年賀状やねん、とは思うものの、こんな内容に
したいという気持ちもわからんでもなかった。
それから音信不通。

結構、ブラジルに行ってたりして。
それならそれで、連絡、くれよ。



番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi's Room”



お尻が焦げる~、焦げてなくなる~!!

忙しさがクレッシェンド状態から、きりもみ急降下状態へと変化。
なにをどうすればエエのやら、知恵熱ふつふつ。

焦ってもできることは限られてるし、なんだかんだ言っても、
結局、なんとかなるもんだ。

確かになんとかなってきたけど、今回もなんとかなるかどうかは、
なんとかなってみないとわからない。
でも、なんとかなるよ、きっと。

しかし、ネコ助とも遊べんのがつまらん。

早く6月にならんかなぁ。
客の少ない、梅雨の温泉場で、のんびりしたか~。

と、夢は枯れ野を駆けめぐりつつ、お仕事へ復帰。

今夜のBGMは、ヤケで Deep Purple の 『BURN』じゃっ!
きのう、羽田から京急で品川へ。17分。便利。
しかし、品川でJRに乗り換えるのが階段を降りて、のぼって、
面倒&荷物が重い。

山手線で恵比寿へ。車内はがらがら。
飛行機は満席、羽田は満杯だったのに、
あの人たちはどこへ行ったんだろう?
ぼんやり乗ってた山手線、隣りをふと見ると、
女性がひざに乗せたバッグからミニチュア・ダックスフンドの顔が
突き出てる。

--おろ、かわいか~!

くーくー寝てる。
女性の手には、「福島→東京都内」なる切符が。
このわんコ、福島から電車に揺られてきたのかしらん?
そりゃ~、疲れるだろぉ。

そう思いつつ、寝顔を眺めていたら、知らぬ間に電車は渋谷駅に到着。
あらら、恵比寿駅、乗り越してしもた。


福島から旅してきたわんコと一緒に電車を降りて、品川方面のホームへ戻る。
渋谷駅のホームを歩くのは何年ぶりだろう。すっかり変わってる。
ホームにユニクロのショップができててびっくり。

ホームで買って、トイレで着替えて、いざ、繁華街へ!

そりゃ、昔の不良か。


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宿は常宿、六本木ヒルズのふもと。
そこで、前日から取材をしていたスタッフと合流。
スタッフと言っても、ディレクター氏&カメラマン氏ふたりだけ。
この日は、時期はずれの寒風に吹かれつつ、江戸川の屋形船で取材。
かなり疲労困憊のようす。

顔合わせのあと、打ち合わせと称し、飲み屋へ直行。
アマンドの裏あたりを歩いていると、“お嬢さん”とはちょっと
言い難い女性たちが多数わらわら。
なにかな? と思ったら、ライブスポット「スィート・ベイジル」で、
野口五郎のショー、それも4月29日からで、この日、5月5日の
子どもの日が最終日。
で、店から出てくる五郎氏を待っているという寸法らしい。

せっかくだから五郎氏の顔を一目見ようと、女性陣に混じって街角で待つ。
二代目の御三家、郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎のお三方の中では、
ぼくは五郎氏が好き。


♪「青いりんご」♪

--こころ、こころをしばりあい ふたり、ふたりで傷ついた

--あれは、あれは恋の終わり 涙の初恋か

--青いりんごを抱きしめても 思い出さえかえらない

--なみだ、なみだの海に今 ぼくは、深く沈もう


お~、ちゃんと覚えておった。よかったよかった。

しかし、めっちゃ寒い。5月なのに、この寒さはなんじゃ??
「半そでTシャツ+長袖Tシャツ+トレーナー」で、まだ寒い。
カゼをひいてまで五郎氏の顔を見るほどの思い入れもないので、
あとは昔のお嬢さまたちにおまかせし、その場にさよなら。


////////////////////////////////////


朝、ホテルで食事をしてると、小さな庭にいつものネコどんが顔を出した。
六本木のネコどんも、うちのネコ助同様、かわいかである。


・六本木のネコどん
六本木ネコ01「なに、してるの?」




六本木ネコ02「どこから来たの?」



--西から。でも、もう帰るよ。

写真撮影をして、残念ながらサヨナラ。

後ろ髪、引かれる~っ!

♪今日のBGM=Crosby Stills Nash & Young 『Looking Forward』


今日は打合せ。しかし、締め切り。あ"~どうなることやらぁ!
と、焦りは募り、昨夜は結局徹夜、AM5:00就寝。

あぁ、眠い・・・と脳みそボヤけつつ、10時頃、確認の電話を
プロデューサーのおぢさんに入れたら、

--あ、6日に変わった。

だと!!!
頼みますよ、おぢさんっ!!
ワシ、打合せのために徹夜したんだがねっ!!

ど~してこの業界は、こんなに「あんぱんくちゅある」なおやぢたち
(もちろん女性陣もいる)ばっかりなんだろう。

高校2年の時、英語の先生が得々顔で教えてくれた単語、
「あんぱんくちゅある:unpunctual」

--いいか、この単語は研究社の新和英中辞典にも載っとらんとぞ。

確かに手元に残る高校時代の同辞典にこの単語はない。
英和辞書に載っていない、その事実を見つけたのが
あんなに嬉しかったのかなぁ、今は亡き永島先生は。
あの頃、永島先生は、今のぼくよりも若かったに違いない。
若くして亡くなられたのね・・・。

と、思い出に浸っているのではなく、結構な怒りに燃えているのだった。


何が何だか「かみついてやれぃ!」


この、辞書にも載ってない「あんぱんくちゅある」な人間たちの、
しかし、なんと多いことか。
昔はアタマに来ていたけれど、いつの日からか、
「アタマにくるのもアホらしい」てな感じで通り過ぎていた。

しかし、そんなに完璧に忘れてちゃ困りますがね。
ワシ、明日から東京行っていませんぜ!(それも、言ってあるけど)

--え~、いつ帰るの?

ふぅ・・・やっぱ、アタマにくるの、アホらし。
イノチ、縮めてしまいます。平常心、平常心。



番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi's Room”

印税生活に憧れるヒト、ずいぶん多い。

しかし、日本に印税だけで生活できているヒト、何人くらいいるのだろうか?

学生時代の友人のおじさんに、詩を書くのが趣味の人がいた。
なんのきっかけがあったのか、そのおじさんの書いた詩が、
ある女性演歌歌手の曲に使われた。
その曲、あれよあれよと言う間にミリオン・セール、100万枚を超え、
おじさんは「いやぁ、いい小遣いになった」とご満悦。

当時、歌謡曲の印税は、一曲につき6円だったそうだ。
一編の詩を書き、その曲が一枚売れると6円、手元に入る。
ということは、100万枚売れたら、600万円が印税ということ。
そりゃ~、いい小遣いであろう。

音楽の印税、今はどういう計算をするのかは知らないが、もし当時のままだと、
自分で詩を書き、歌うシンガー・ソングライターは、一曲につき、

--6×2=12円也

の印税を得ることになる。アルバム全部自作、12曲あるとすると、

--12×12=144円也

が、アルバム1枚売れる毎にフトコロへ。
現在のごとく、アルバムが数百万の単位で売れたらどうなるか。
計算する気が失せるほどの金額が、その作者へ流れていく。
自分で歌うとすると、歌う分の印税はまた別だ。


食っちゃ寝
  「そら~、食っちゃ寝て暮らせまんなぁ」


楽曲の著作権は25年だか何年だか忘れたけど、権利が続く間、
なにもせずに印税は入ってくる。
先にあげた某女性演歌歌手のヒット曲は、その歌手のベスト盤にはもちろん、
「昭和のヒット歌謡」とか「思い出のムード演歌」的なオムニバスには
必ず入っているから、期日が来るとその印税はおじさんの口座に振り込まれる。
これぞ「印税生活」の素晴らしさ!
が、そろそろ著作権が切れる頃かも。

しかししかし、印税は甘くない。

ぼくの身近に、文字を書くことを仕事とする人がいる。
これまでに5、60冊の著作がある。
生まれてこのかた、会社勤めをしたことがないというのだから、
仕事は「作家」と言っていいだろう。
しかし、印税生活者と言えるかどうか。

その人は、一冊の本を書くために数年、短くとも3年くらいは取材をする。
そして、執筆に半年から一年。ゲラ刷りを見、編集者と話し合い、
校正もして、ようやく上梓。
インクの匂いも芳しい、ういういしい書籍として書店の隅に並ぶ。

ここからが問題。
書籍の印税は、普通10%。1500円の本ならば、一冊売り上げる毎に
150円が作者の元へ行くことになる。
当然、売上部数が収入に直結するし、何部印刷するかということが
その目安にもなる。
決して売れ筋とは言えない本ばかり書いてる知り合いの場合、
初版で多くて5000部、普通は3000部というところ。
それが完売することは、大抵の場合、ありえない。
たとえ完売したとしても、

--150×3000=450,000円

取材に3年、書くのに1年、それから本となるまでまた数ヶ月をかけ、
しかし、手元に入るのは45万円也。
本が再版になることは、これまたほとんどない。
だから、生活は新聞・雑誌その他のメディアに文字を書くことでしのぐ。
なんたる危ない印税生活だろう。

3年4年5年とかけてモノにした本。その結果、手元に残る印税。
それは、取材にかけた費用にさえはるか遠く及ばない。
そうした物書きが、書店に並ぶ本の作者全体の大半を占めるだろう。

好きではないとできない、問題意識がないと続かない、
ひたすら自分で自分を見つめ、磨き上げる、それしかない。

そんな姿を見ていると、なんとも大変だとしか言いようがないし、
こうした人たちがいないと、ぼくらは読みたい本を読むことが出来ない、
それを実感する。

売れ筋の本を主体に入れる。
それは、商売としての書店として当然のことだろう。
しかし、この世に、印税生活できる人の音楽や書籍しか出回らなくなったら、
どんなに味気ないことか。

平積みされる本ばかりになったとしたら、
ぼくはもう書店に用はない。

がんばれ! 決して儲からない印税生活者たち!




番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi's Room”

♪今日のBGM=String cheese Incident 『Austin,TX 04-04-02』


受注仕事の融通のきかないところ、それがスケジュール。

仕事をいただく先の意向を優先する。これは当然。
しかし、相手の意向をきいてばかりいては、こちらのやりくりがきかない。
やりくりがきかなくなると仕事が滞る。
そして、叱られるのはぼくである。これは、また当然。

で、仕事が数本重なった場合、少しずつ余裕をとって、
自分で「できる」と踏むスケジュールに調整する。
それがぐちゃぐちゃになること、これがよくある。

「○日から×日まで、ロケに出て自宅にいませんよ」
そう伝えておいても、あっさり忘れられて
「△日に打合せに来て」とTEL。
ワシ、今、東京だがね・・・。

--行けません。

--なんで?

なんでもなにも、いないと伝えたじゃないの!

と思うけど、目上の方が相手だったりすると、そう強くは言えない。
それに「△日に来て」ということ自体、決定事項として伝えられる。
選択の余地はない。
が、Tokioにいるその日に、そっちゃである打合せなんぞに出れんがね。
かくて、スケジュールも、アタマの中もごちゃごちゃに。

あっさり忘れるおぢさんには困ったものだけど、愛敬があるから
しゃーないなぁ、で済ませる。
しかし、中には、ず~~~~~~~っと、な~~んの連絡もなく、
突然メールで、「×日に決まりました」とくる相手も。

は? 何が×日に決まったの?
それさえわからん。意志の疎通の仕方を知らないとしか思えない。
ぼくがその仕事しかしてないと思っているのかしらん。


ぼんやり「ふと、さみし」


各担当のアタマには、自分のところのスケジュールしかない。
それは当然だろう。
だから、スケジュールをちょこちょこ変えても平気である。
2、3日、後ろにずれたり、前にずれたり。
その仕事一本で見れば何ということのない変化。

しかし、仕事が何本か重なると、ロケが重なり、編集が重なり、
ぼくのスケジュールはダブりまくる。
そして、相手のご機嫌を損ねると「ダブルブッキングだ!」ということに。

なんでダブルブッキングなのかわけわからん。
ぼくとしても一度に一本の仕事に集中したいのはヤマヤマなのだ。
しかし、世の経済状況はそれを許さない。

それぞれいろんな事情もあるだろう。
こちらとしては、「できんもんはできん!」とはっきり言う。
もう、これしかない。
で、「融通のきかんやっちゃ」と見限られても仕方ない。
言うことは言います、あとはそっちで判断してちょ。

とにかく、ぼくは自分ができることしか言いませんし、やりません。
でないと“自己責任”、取れませんで、ほんま。


////////////////////////////////////////////


スケジュールに追われてると言いつつ、気分が乗らん、買い物へ。
他人様に会えるジーンズが2本しかないので、リーバイスの502を購入。

と言っても、別にこの形のものが欲しかったわけじゃなく、
シルエットが気に入ったから。
505だの504だの、他の番号ものものもあったけど、
違いは知らない。


「Levi's 502」こんな風


「Levi's 502」とは・・・・

--1950年代まで使用されていた伝統的なディテール
--「イエローアーキュエットステッチ」、「ドーナツボタン」、
--「リアルレザーパッチ」をミックス。
--ややフィット感のある快適なはき心地と、
--リーバイスならではの深い味わいを同時に堪能できるモデル。
--このカラーは、実際にはき込んだようなリアルなシェービング加工を施し、
--洗い込むことで自然な中古感をだしている。
--長年はき込んだ風合いを再現するために、ユーズド加工後、
--ブラウン系の染料で仕上げている。

だそう。<by 「JEANS SHOP YOUNG」>

「イエローアーキュエットステッチ」なんじゃらもんじゃらと言われても
さ~っぱりわからんが、シルエット、かなり気に入った。

が、お支払いの段になって、¥10,000オーバーの価格にビビる。
こんな高価なジーンズを買うのは何年ぶりだろう?
すぐそばには、一本¥500円也のジーンズがぶら下がっている。
この値段の差はどこにあるやら? 違いがよくわからない。

ま・・・まぁ、たまにはいっか。
で、やっぱりご購入。


しかし、こりゃ、ネコ助がひっちゃぶいたお札、とっとと交換に行かねば。

金欠病に拍車がかかるばかりだ。


///////////////////////////////////////


う~ん、昼遊びのツケが夜に・・・。
ノルマをこなさんと寝れんどぉ。
自業自得とは、このことなり。


番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi's Room”←写真2枚追加

ゴールデンウィーク初日に東京へ。
乗った飛行機はガラガラ。世の中の動きとは逆であることを実感。
ちと哀しい。

東京での仕事は、資料の接写の立ち会い&取材立ち会い。
前日から東京入りしていたスタッフと合流し、ホテルに来てもらった
取材対象者の話を聞くハズだったのだが、飛行機の到着が遅れ、
ぼくは遅刻。
出発は定刻、晴天で飛行は順調、着陸もすんなり。
なのに20分以上遅れた。なんで?

不思議だなぁと思いつつ、品川に出て山手線に乗る。
五反田駅で出発したと思ったら急停車。乗客、危うく横倒し。
「客の荷物をドアにはさんだまま出発」した旨の車内放送。
そりゃ、危ない。

そんなこんなで、ホテルに着いたとき、取材は既にスタート。
遅れてすみませ~ん。

翌日、朝9時から国立公文書館で資料の撮影(接写)。
接写には何度か立ち会ったことがあるのだけれど、これが大変。
昔の資料の文字を上から下へ、ゆ~っくり撮影。
その間、カメラマンは息を止め、そ~っとカメラを動かす。
それを延々、3時間にわたって繰り返す。

接写中会議室にて接写中。


ぼくはその間、「次はここね」と資料の準備をするだけ。
申し訳ない。
接写でカメラマンの腕がわかると聞いたことがあるけど、
確かにそうかもしれない。

カメラマンは本当に大変だ。第一、荷物が多くて重い。
カメラの他にカメラのバッテリー(重い!)、照明&スタンド、
カメラのアタッチメントなどなどを大きなディパックに入れ、
背負って歩く。
その姿は、登山隊そのもの。

冬のエベレストにトライ! 雪深き、風強き中、黙々と進み、
登頂に成功する的な番組がよくあるけれど、トライしている人の姿が
映像で登場するのは不思議。
トライする人の先、その先をカメラマンが行っていて初めて、
その姿は映像としてとらえられる。
その存在を見ている人に意識させたら、カメラマンとして失格だろうけど、
ふとその仕事に気づくと、大変さがよくわかる。


テレビは映像と音なしには始まらない。その根幹を担うカメラマン。
その重要さを認識していないディレクターもたま~にいる。
どんな優れた企画であれ、それが映像になり、音にならなければ、
まさに絵に描いた餅。なんの意味もない。
自分で映像を撮れない限り、カメラマンの腕を信じ、任せるしかない。
撮ったあとで四の五の言っても仕方ない。
その映像をうまく活かすのがディレクター(&編集担当)の役目だし。

これからデジタル化が進み、ハイビジョン映像になると、
カメラマンの腕はますます大切になる。
サイズは広がり、これまではっきり見えなかった部分までクリアになる。
その変化に対応するための訓練は、いつ、どのように、やっていくのだろう?

今、局は数十億かかるデジタル化のお金を捻出するためアタマが痛い。
現場にお金をかけないことに汲々とし、カメラマンを育てるどころでは
ないのかも。
いずれ自分に戻ってくる問題。
だけど、今はそこまでアタマが回らないという感じ。
それは、かなりまずいと思うのだけど。


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図書館から借りていた本の返却日がとっくに過ぎている。
今日、返しに行かないと、また一週間、先延ばしとなってしまう。
ブラックリストに載ると、次から借りることができなくなるので、
仕方ない、車で1時間かけて返却に。

情けないのは、仕事上、読まねばならないと借りた5冊。
一字たりとも読まずに、そのまま返却するという事実。
二週間、丸々借りていたのに、オレはなにをしてたんかなぁ・・。
あっちこっち行ってはいたけれど、移動の時間とか、ちょっとした
空き時間とかを使えば、5冊全部とは言わないまでも、3冊くらいは
読めたのではという、薄ら寒い後悔が・・・。
時間の使い方がヘタなのを、また実感。

もう、あらたに資料を読む時間はない。
あきらめるかなぁ。後ろ髪をちょっと引かれるのであった。

番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi's Room”

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