番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

ゴールデンウィーク初日に東京へ。
乗った飛行機はガラガラ。世の中の動きとは逆であることを実感。
ちと哀しい。

東京での仕事は、資料の接写の立ち会い&取材立ち会い。
前日から東京入りしていたスタッフと合流し、ホテルに来てもらった
取材対象者の話を聞くハズだったのだが、飛行機の到着が遅れ、
ぼくは遅刻。
出発は定刻、晴天で飛行は順調、着陸もすんなり。
なのに20分以上遅れた。なんで?

不思議だなぁと思いつつ、品川に出て山手線に乗る。
五反田駅で出発したと思ったら急停車。乗客、危うく横倒し。
「客の荷物をドアにはさんだまま出発」した旨の車内放送。
そりゃ、危ない。

そんなこんなで、ホテルに着いたとき、取材は既にスタート。
遅れてすみませ~ん。

翌日、朝9時から国立公文書館で資料の撮影(接写)。
接写には何度か立ち会ったことがあるのだけれど、これが大変。
昔の資料の文字を上から下へ、ゆ~っくり撮影。
その間、カメラマンは息を止め、そ~っとカメラを動かす。
それを延々、3時間にわたって繰り返す。

接写中会議室にて接写中。


ぼくはその間、「次はここね」と資料の準備をするだけ。
申し訳ない。
接写でカメラマンの腕がわかると聞いたことがあるけど、
確かにそうかもしれない。

カメラマンは本当に大変だ。第一、荷物が多くて重い。
カメラの他にカメラのバッテリー(重い!)、照明&スタンド、
カメラのアタッチメントなどなどを大きなディパックに入れ、
背負って歩く。
その姿は、登山隊そのもの。

冬のエベレストにトライ! 雪深き、風強き中、黙々と進み、
登頂に成功する的な番組がよくあるけれど、トライしている人の姿が
映像で登場するのは不思議。
トライする人の先、その先をカメラマンが行っていて初めて、
その姿は映像としてとらえられる。
その存在を見ている人に意識させたら、カメラマンとして失格だろうけど、
ふとその仕事に気づくと、大変さがよくわかる。


テレビは映像と音なしには始まらない。その根幹を担うカメラマン。
その重要さを認識していないディレクターもたま~にいる。
どんな優れた企画であれ、それが映像になり、音にならなければ、
まさに絵に描いた餅。なんの意味もない。
自分で映像を撮れない限り、カメラマンの腕を信じ、任せるしかない。
撮ったあとで四の五の言っても仕方ない。
その映像をうまく活かすのがディレクター(&編集担当)の役目だし。

これからデジタル化が進み、ハイビジョン映像になると、
カメラマンの腕はますます大切になる。
サイズは広がり、これまではっきり見えなかった部分までクリアになる。
その変化に対応するための訓練は、いつ、どのように、やっていくのだろう?

今、局は数十億かかるデジタル化のお金を捻出するためアタマが痛い。
現場にお金をかけないことに汲々とし、カメラマンを育てるどころでは
ないのかも。
いずれ自分に戻ってくる問題。
だけど、今はそこまでアタマが回らないという感じ。
それは、かなりまずいと思うのだけど。


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図書館から借りていた本の返却日がとっくに過ぎている。
今日、返しに行かないと、また一週間、先延ばしとなってしまう。
ブラックリストに載ると、次から借りることができなくなるので、
仕方ない、車で1時間かけて返却に。

情けないのは、仕事上、読まねばならないと借りた5冊。
一字たりとも読まずに、そのまま返却するという事実。
二週間、丸々借りていたのに、オレはなにをしてたんかなぁ・・。
あっちこっち行ってはいたけれど、移動の時間とか、ちょっとした
空き時間とかを使えば、5冊全部とは言わないまでも、3冊くらいは
読めたのではという、薄ら寒い後悔が・・・。
時間の使い方がヘタなのを、また実感。

もう、あらたに資料を読む時間はない。
あきらめるかなぁ。後ろ髪をちょっと引かれるのであった。

番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi's Room”

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