番組構成師 [ izumatsu ] の部屋


・お昼のネコ助。
長~い「長~いだろ」


突然、蒸し暑い。
ネコ助はソファにべったり腹ばい。涼しいのかなぁ。
ぼくもゴロリしたいが、 そうもいかん。
忙しいトキが通り過ぎるまで、ひたすらアタマを下げているばかり。
新聞その他、世間の出来事とも、とんとごぶさた。

しかし、アメリカ軍の虐待問題は知ってる。
ちょうど今、BC級戦犯の資料を集め、読んでいるところだったので、
シンクロしたみたいで、気分がめいる。
第二次世界大戦、中国侵略を含めると15年戦争と呼ぶそうだが、
先の大戦での日本軍の虐待は、南京大虐殺など大きなものは、
「あったなかった」といまだにかしましいが、日本軍が連合国兵士や
侵略先の一般市民を虐待したというのは事実だ。

その事実に対し、連合軍は日本政府に提示したポツダム宣言の中に、

--我らの俘虜を虐待した者を含む一切の戦争犯罪人に対しては
--厳重なる処罰を加える。

という内容の項目をあえて加え、日本軍部をあわてさせた。
その言葉にたがわず、連合軍の戦争犯罪人摘発は敏速かつ厳格で、
日本軍上層部のある人物は、その徹底的な動きに関し、

--吾人の想像外とするところなり。

と、驚きを述べている。


そんな連合軍を率いていたアメリカ。
そのアメリカも、侵略する側にかわると、あっさり加害者へと成り下がる。
裸にし、山積みにしたイラクの人たちを前に、笑顔を見せる女性兵士。
この兵士は、こう言っているという。

--取調べがしやすいように、地獄のような状況を作るのが仕事。

なるほどね。わかりやすいことで。
仕事とあらば、なんでもできるってことだね。


日本軍は『戦陣訓』で、

--生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すことなかれ。

と教え、徹底した。
だから、日本軍の兵士は、戦い終えて不幸にして捕虜となった連合軍兵士を、
「恥知らずにして軽蔑侮蔑すべき対象」として扱い、敬意を払うことはなかった。


アメリカ軍よ、そちらも同じか、60年以上前の日本軍と。
マッカーサーさんの脇にいた人(誰やねん)は、言ったそうやで。

--日本軍の捕虜に対する観念がわからない。
--これが、日本軍の栄光に傷をつけたね。

そのころ、アメリカ世論は、マッカーサーさんのやり方は手ぬるいと
非難していたそうやで。
捕虜をいたぶった日本兵・日本人に対する追求が甘いということや。

他国を侵略しているうちに、感覚も鈍って行くんだろう。

人間って、世代はどんどんかわっていけど、
前の経験を自分のものとして成長することはないんだなぁ。

そう、改めて思わせてくれたアメリカ軍。
人間の不可思議さを改めて教えてくれたアメリカ軍兵士とその機構。

ありがと。


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今日も夜なべ。
5時くらいまでがんばんべ~かな。
あと数時間にそなえ、カップラーメンを食す。塩味。
年に何回か、食べたくなるカップラーメン。
体にはあまりよくないんだろうけど、手軽さには代え難い。
バナナなんかだと、もっと手軽なんだけど、あるとあるだけ、食べてしまう。

カップラーメンって、ぼくが学生時代には、あったのだろうか?
第一弾はカップヌードルなのかな。
「カップスター、食べたその日から~」と桜田淳子さんが歌っていた。
それがいつのまにやら荻野目ちゃんに変わっていたっけか。
桜田さんが不可思議なご結婚をされたからかなか?

桜田さんの不可思議なご結婚相手は、ぼくの知人の高校の同級生。
高校時代はそれほど奇妙な人ではなかったそうである。
まぁ、どういう方法で伴侶を見つけるにしろ、互いに空気と化して、
なんとなく長く続けばいいんである。
長く続きようがないと思えば、んじゃサヨナラという道もある。

しかし、ぼくの東京時代の友人のように、ある日、突然、奥さんが、
まだ小さな子ども3人を連れて、ブラジルへ行ってしまったみたいな
サヨナラは、残された方は辛いかも。

なぜ、カミさんは子どもをすべて連れて、行くも行ったり、
ブラジルなんぞへ行ったのか?
話を聞いてもらちがあかないのだが、要は自分の生きたいように
生きる道を選んだということだったみたい。
男性が絡んでいるような話ではなかった。

自らの生きたい道を行くには、そりゃ、泣く人も出てくることは
当然考えられるわけで、誰が悪い、どっちが悪いと勧善懲悪、
色分けすることができないから始末が悪い。

その、カミさん&3人の子どもに去られた友人は、デザイン事務所を
やっていたのだが、その後、音信不通。
どこで、なにをやっているのやら。
上京するたんびに、会いたいなぁと思うのだけど、転居先も不明で、
他の友人知人に聞いても、どこで棲息しているのかさえわからない。

ひょっとすると、棲息していないのかも。
それも、人生なのかな。しかし、今、一番、会いたいヤツでもある。

彼から最後にきた年賀状。
デザインが本職だけあり、小粋にまとまっている。
イラストで、真っ赤な地に彼の後ろ姿が白い線で、細く書いてあり、
(実際、身長は180を越える)、ひと言、「またひとり・・」。

これのどこが年賀状やねん、とは思うものの、こんな内容に
したいという気持ちもわからんでもなかった。
それから音信不通。

結構、ブラジルに行ってたりして。
それならそれで、連絡、くれよ。



番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi's Room”



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