番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック:(-) | コメント:(-) |

台風はうろうろ、なかなかやってこない。
おかげで、あしたからの巡業は、予定通り出かけられそう。

嵐の前の静けさか、昼間は青空が広がり、ものすごくいい天気。
太陽ぎらぎらじりじり、夏の真っ盛りのよう。暑い、熱い。

でも、季節は確実に秋に向かってる。
実りはじめた稲穂の上では、赤とんぼが舞っている。

「もう飛んでるの? 早いよぉ」

でも、知らない間に、もう秋なんだよ。





太陽が落ちると、パタリ、風が止まる。むしむし、空気がよどむ。

プーン、どこからか蚊が入ってきた。蚊取り線香に火をつける。
とたんにネコ助が、おろおろ落ち着かない。

「あぁ、この部屋で蚊取り線香を使うのは初めてだ」

初物に弱いネコ助、しばらく蚊取り線香を遠巻きに。


「なんじゃ、お前」


蚊取り線香と、にらめっこ。


「おとなしいヤツやな・・」


そして、およそ8分後。


「てぃっ!」



ネコパンチを一発、食らわせると、ずるずる、あとずさりしてぼくのうしろへ。
首を伸ばして、煙りをあげる蚊取り線香を見つめる。

「ははぁ~ん、お前、ホントは恐かったんだな?」

強がりネコ助、実はおく病者。態度だけでかくて、困ったもんだ。


あ、ネコ助、テーブルに乗ってきた。かげ口きいたら、怒ったのかな?

「も一度、言うてみぃ」


すいません・・・・。



スポンサーサイト

巨大台風が近づいている。

風もなく、ムシムシ暑かったのが、台風の予兆でそよそよそよ風、心地いい。
おかげできょうは熱帯夜をまぬがれそう。
と、思ったら、今、天気予報で「今夜も熱帯夜」だと。がっくし。

しかし、二日後には直撃をくらいそう。その日、ぼくはまた巡業へ。
わが家はだいじょうぶだろうか?

数年前、台風の強風で玄関をぶち抜かれてから、風台風は大きらい。
いま、着々とこちらへやってきてるヤツは、秒速50mの風を吹かせるとか。

あぁ、コワかぁ。





オリンピック、早くも「総集編」なぞをやっている。
「北京オリンピックが楽しみだ」という声も。ちょっと早すぎない?

この大会は金メダルをたくさん獲得し、とてもめでたいことである。
しかし、アナウンサーの言う「キン」と「ギン」との区別がつかないのはどうしたことか。

「アーチェリーの山本選手が“キン”に輝きました」と耳にして、
「おぉ、おじさん、やったねぇ!」と思ったら、“ギン”だった。

ぼくの耳のせいかなと思ったら、他の人もそう聞こえるらしい。
アナウンサーの皆さんのカクゼツが悪いのかな?
分かりやすいよう、銀メダルの“ギ”に力を入れるのは選手に対して失礼だろうし、
発音って難しい。


それにしても、「銀メダルに終わりました」という表現はやめて欲しい。
それは選手が思うこと。ぼくらは「よくやった」としか言いようがない。

でも、一対一でやるスポーツ、特に格闘技系は、銀メダルに“終わった”と思うんだろうな。
レスリング、伊調姉妹のお姉ちゃんは、銀メダルを首にかけながら、ニコリともしなかった。


「きびしいね」


負けて手にする銀メダル。

悔しくて悔しくて、「よくやった」なんて言葉も耳に入らないだろう。
「ほっといて!」と思っているんだろうなぁ。
よくインタビューに答えてるなぁと感心する。立派。

次は、きっと、もう一段高いところへ立ってください。





オリンピックを横目に、戦争の番組が進行中。
ラフ編集したテープが送ってきて、チェックしていたら気が滅入った。

どうしてこうも、バコバコ、人を殺せるのだろう?

死にゆく幼い娘の手を握り、泣くしかできない父親。
アメリカ軍の空襲で既にふたりの子を亡くし、そして、この子で3人目。

この戦争に加担しているぼくらは、この父親に、この戦争の正当なことを納得させることができるのか?

ますます気が滅入るのは、学生たちの素直ながらもマヌケな反応。

「イラクは距離的に遠すぎて身近じゃないから、実感がわかない」

あぁ、生身の人間が死にゆく現実よりも、インターネットのバーチャルアイドルの方が、
ぼくには、わたしには、実体が感じられると言うのだろうか。

大学のキャンパスにヘリコプターを墜落させたアメリカ軍は、
「イラクでの作戦展開のため」という見事に分かりやすい理由で、同型ヘリの飛行を開始した。

沖縄の基地で訓練をしたアメリカ兵は、イラクの街を爆撃している。

日本は戦争当事国なのだよ、学生さん。

あなたやぼくのかわりに、アメリカ兵がイラクの人たちを空襲しているにすぎない。

いずれ、あなたやぼく、日本人自身が、罪亡き人の頭の上に爆弾を降らせる日がやってくる。
「遠すぎてわかんない」と言ってる限りは。


オリンピックも終盤。
日本がメダルの多くを獲得した柔道、競泳、女子レスリングが終了。
日本選手はまだまだ弱い陸上が始まると、オリンピック・フィーバーも一段落。

「ワタシは、今まで、なぜ“日本”を応援してたんだろう?」

と、我が心の不可思議に、?マークが点滅している人も少なくないだろう。
ぼくもそうなのだけど。

日本というクニはいまいちキライでも、ニホンは好きなのだ。
ニホンには家族がいるし、友人知人がいて、仲間がいる。

TVでは毎日、きょうはメダルを何個獲得した!とかしましい。
でも、日本国が取ったメダルではなく、日本の仲間が獲得したモノだから心が震える。
できれば、そう、思いたい。

しかし、マイナースポーツは今回も映像情報に触れるのが難しかった。

日本が登場し、かつ、勝利を収める可能性が高いから、
マスメディアはその競技を大きく取り上げ、ぼくらも「がんばれ!」と熱狂する。
参加はしていてもメダルに遠い競技か、人気のない競技は、
今回もやはり報道はおざなりだ。
「みんなやる!」と大キャンペーンをはっていたNHKも、
不人気競技は結果だけを流したり、めちゃめちゃ短く編集してお茶を濁したり。

「見たいと思う視聴者が少ない」というのが、
「みんなやる!」と言いながら、みんなを平等にはやらなかった理由なのだろう。

あぁ、重量挙げが見たかった。

単純に見えて、技術的には果てしなく深い、古代から行われているあの競技。
三宅義信・義行兄弟の活躍は、
ケロヨン顔も愛らしい義行さんの娘さんが出場することで今現在につながった。

世界一の力持ちを決める最重量級。
ジャボチンスキーの昔から、この階級を見るとわくわくする。
学生時代、ウェイトリフティング部のバーベル(確か100キロ)をあげようとして、1センチとあがらなかった。
なのに、最重量級は、小錦の重さをアタマの上に差し上げるのである。
信じられない。

しかし、今回も編集された映像をチラリと見ることができただけ。
あぁ、つまんない。

重い物を持ち上げる。そこになんのイミがあるのか?
そう問い出すとキリがない。

重い物を持ち上げることだけじゃない。
速く走るのも、高く飛ぶのも、重いモノをぶん投げるのも、
そして美しく見せるのも、別になんのイミもないのだ。

ただ同じ人類が「ここまでやるか、やれるのか!」ということを思い知らせてくれる。
捨てたもんじゃないなぁ、オレらってと思わせてくれる。
敗者の涙に共感できる。

そんな“場”を作ってくれるのは、スポーツしかない。


「ありがたや・・・」




「国別メダル獲得一覧表」を見ると、やっぱり経済大国がメダルを占めている。
“参加することに意義がある”とは言えど、
レベルを無視してオープンにすれば参加した人もつらくなるだろうから、
お金のある国、国力のある国にメダルが集まるのは仕方がないのかもしれない。

経済力のない国は、お金のかかる、たとえばシンクロナイズド・スイミングなどに参加するのは難しい。
世界のレベルで闘えるまでにレベルをあげるには、シンクロ用のプールが必要だ。
監督やコーチ、トレーナーの他に、振り付け師も、音楽家も、デザイナーも必要だ。
純粋に“スポーツ”と呼べる以外の要素が占める割合があまりに大きい。

だからと言って、シンクロがスポーツとしてアカンと言うつもりはまったくない。
日本のふたり、見事な演技、見事な銀メダルだった。

ただ、シンクロをやりたくてもやれない国が、人々が、まだまだたくさんいるんだなぁと改めて思った。
そして、同様に、多くの国の人々がやりたくてもやれないスポーツで、
金だ銀だ、まぁ銅かと一喜一憂する自分をふと哀しく感じただけなのだ。





お金のかからないスポーツは世界に普及する。陸上しかり、サッカーしかり。
陸上は、スポーツの範疇に入る前の大昔から、
かけっこなんかでぼくらのご先祖様たちは楽しんでいたに違いない。

身体さえあれば、誰でも参加ができる。ぼくが陸上を好きな理由は、この点にもある。

もちろん、お金をかけようと思えばいくらでもかけられる。
シューズ、ウェア、そして競技場に敷き詰められる新素材まで、
アメリカなどが投入する開発費用は莫大なもの。
スポーツはもう一大産業と化している。

しかし、時に彗星の如く、まったく無名の選手が現れ、
観客と選手の度肝を抜きつつ、あれよあれよと言う間に頂点へのぼり詰める。
そんな爽快感は、今はもう陸上くらいにしか期待できない。

生まれながらの、ナチュラルな力と才能。
それだけで、何百万ドルをぶち込んだエリートたちに対抗できるのは、もう陸上だけだ。

彗星の如く現れた新星は、ほとんどの場合、スポーツ大国に引き抜かれてしまう。
より競技に打ち込める、そんな環境を求めるのは当然だ。
だけど、母国の人は少し寂しいかもしれない。
いや、だからこそ、異国で才能を磨いた選手に対する期待は、いっそう大きくなるのだろう。

フランキー・フレデリクス選手という選手がいる。
ナミビアの36歳。
今回のオリンピックも100mと200mに参加。200mではファイナリストに名を連ねている。
そんなフレデリクス選手が語った言葉を憶えている。

「私は、母国の子供たちの希望のために、限界が来るまで走り続けます」


スロベニアのマリーン・オッティ選手は44歳。オリンピックは、なんと7回目。
ジャマイカからスロベニアに居所を移し、陸上競技を続けている。
陸上で生計を立てている、プロ選手だ。
国を変えたことで批判も受けた。
しかし、歳を重ねても鍛練を積み、世界の舞台に登場し続ける姿は、
ジャマイカの子供たちに大きな影響を与えたと言う。

200mで優勝したジャマイカのキャンベル選手は、こう語った。

「オッティ選手を目標に、今までずっとやってきた」


母国の、そして世界の子供たちに希望を残す選手たち。素晴らしいじゃないか!

「がんばってにょ」


あ~、アタマが重い・・・・・。
台風が近づいているせいである。それも大型がふたつ。

天候が傾いていくのが分かる。
考えようによっては便利なアタマだが、こう重いと文字を追うのがつらい。
体を縦にしとくのが面倒。

で、ついつい、ごろりとオリンピックを眺めることとなる。
あぁ、良い言い訳じゃ。


「寝るがいちばん」





長嶋ジャパンの敗退は、野球ファン、長嶋ファン、そして日本を応援する多くの人々にとって
大きなショックだったようだ。
朝刊の一面には「金、ならず!」と、その試合結果が載り、
夕刊の一面には「今夕、銅なるか?」と、期待の記事が出る。
野球というスポーツがこの国に浸透し、多くのファンを獲得しているかという証。

「ショックだったようだ」と冷たく言ったが、ぼくは実は野球が好きである。
オーストラリアに負けた試合も、後半から谷選手が一塁に駆け込み、足を痛めるまで、ずっと見ていた。
しかし、負けるにしても1対0とは・・・・。
バスケットなど大量の得点が入る競技とは違い、
サッカー同様、一点の重みが大きいスポーツの恐さを改めて知った気がした。

野球は好きなのだが・・・・オリンピックの競技にはふさわしくないのではないかというのが正直なところ。
野球というスポーツをやっている国が偏りすぎていると思う。

出場国を見てもちょっと妙。アフリカも、中近東も、南米も、いない。
ギリシャの出場も強引だ。
開催国の特例で、出場しているのは大半がアメリカで野球をやっている選手たち。
ギリシャの人たちがこのチームを「オラがチーム」として見ることができるのか、ちょっと疑問。

初めて野球を見たギリシャの人が、

「ルールが分からないというのもあるけど、なんせ試合時間が長すぎるね」

と言っていた。そうそう、ぼくもそう思う。
最近、大リーグの人気が高まっているのは、イチロー選手や両松井選手などの活躍と同時に、
試合時間がコンパクトなのがその理由のひとつだと思う。
しかし、それでも2時間半はかかる。

3時間前後、ぶっ続けにやり続けるチームスポーツって、他にあるだろうか?
それを延々見続けるのだから、野球に馴染みのない国の人たちが呆れるのもムリはない。





実際に、野球はオリンピックの競技からはずす動きがある。
中継の解説をしていた星野さんは、

「アメリカ大リーグが啓蒙活動をしない。けしからん」

と、盛んに口にされていた。そうそう、ぼくもそう思う。
そのスポーツの頂点にある国は、普及に務める義務があるんじゃないだろうか。

その昔、柔道が日本のみのスポーツだったころ、ヨーロッパや南米に数多くの柔道家が指導に出向いた。
その甲斐あって、柔道は世界の“JUDO”となり、本家日本は母屋を取られる寸前。
このオリンピックでJUDO宗主国の冠を取り戻したが、スポーツ普及に関しては柔道関係者は胸を張っていい。

アメリカ大リーグにそんな気はサラサラないようだ。
リーグ戦の最中だというのも言い訳にすぎん。
選手は行きたくないだけ、球団も出したくないだけなのだ。

自分が愛するスポーツで生計を立てている。
そんな“野球”というスポーツに対する愛情が感じられない。
ま、カネを巡ってストをする選手にオーナーたちである。期待する方が間違っているかもしれない。





中途半端なメンバーを出すと、バスケットのように恥をかく。
NBAの選手を集めた“ドリームチーム”などと言っているが、まったく“ドリーム”じゃない。
今回、代表になっている選手の中で、NBAのスーパースターと呼べるのは、
アレン・アイバーソンとティム・ダンカンのふたりだけ。

それでも、出場選手の年俸を合計すると数十億にのぼる。
そんな、バスケット長者の集団がコロコロ負けてもう2敗。
バスケットが盛んで、NBAの選手もいるリトアニアと接戦で負けたのはまだしも、
プエルトリコに20点近い差を付けられて負けたのには唖然。

だがそれは、アメリカのバスケット界がバスケットというスポーツの普及に務めた結果だと言えなくはない。
それはNBAという営利組織のマーケティング活動の一環だった。
バルセロナ大会のアメリカチーム。
マイケル・ジョーダンやマジック・ジョンソンなどを擁したあのチームは、間違いなく“ドリーム”だった。
なんせ、試合中、対戦相手の選手がベンチからジョーダンたちの写真を撮っているのだから。
それほど、あのチームは華やかだったし、技量もずば抜けていた。

それくらいのある意味“衝撃”を、野球でも大リーグの“ドリーム・チーム”が与えないと、
オリンピックの競技としての野球の寿命は遅かれ早かれついえるだろう。





オリンピックの競技は、どんな基準で選ばれているのだろう?
きょうの夕方は、ビーチバレーの決勝をやっていた。
“浜辺のバレーボール”という、競技の名前からして海のない国には参加できないようなこのスポーツ(スイスやオーストリアなどが参加しているけど)、
確かアトランタ大会から採用された、アメリカ西海岸生まれのスポーツだ。

開催国で盛んなスポーツが大会種目に採用されることはよくある。
テコンドーはそうだし、柔道もそうだったかもしれない。
柔道のように、ビーチバレーもいずれは広く普及する可能性がないとは言わない。
が、現状でオリンピックの競技に入れるのは釈然としない。
プロ化して、“稼げる”“見せる”スポーツとしては確たる地位を築きつつあるのかもしれないが。
アメリカやオーストラリアなど、複数のチームが出場している国があるのも納得がいかん。

などと思いつつ、女子決勝、水着で飛び跳ねる選手の姿を見ながらこうも思った。

「こりゃ、イスラム教徒も対象外だわ」





きょう見た競技でペスト1は、女子棒高跳び。
ロシアの2選手がくり広げる心理戦と逆転劇。
この1回を失敗すると、その瞬間に競技終了。
そのプレッシャーの中で見事にバーをクリアしたイシンバエワ選手。
素晴らしかった。
世界新記録のおまけまでついたし。


「きれいか~」







♪BGM=『 American Folk Blues Festival '62-'65 』






「体操ニッポン!」
そう日記に書いてから、東にのぼり、南にさがり、
あちらこちらを巡業していたら、あっと言う間に一週間が過ぎ去ってしまった。

ちょっとむなしい。

一週間前、脳天に響くセミの絶叫を浴びつつ家を出た朝は、暑くて暑くて汗だらけ。
行き先名古屋も独特の暑さが待ち受けていて、「あぢぐで死むぅ」と思っていたのが、
今朝などは窓からはいる風が心地いい。セミの声も聞こえない。

季節はうつろうんだなぁ・・・・あぁ、しみじみ。


オリンピックも柔道、水泳、体操と、日本勢が活躍した種目は終わり、
いつの間にやら陸上が始まっていた。

ぼくは陸上が大好き。あ~、心ゆくまで見たいっ。


高校くらいまで器械体操がまずまず得意で、大車輪なぞができた(1回転だけだけど)ぼくは、
小さなころからテレビで体操を結構見てきた。
遠藤幸雄や加藤沢男、そして、塚原、笠松などの名選手の活躍をぼんやりとながら記憶しているので、
28年ぶりに団体金メダルを獲得したときは、「体操ニッポン!」と喜んだ。

でも、実は、採点競技はあまり好きじゃない。
第三者が点をつけて決めるのが、どうもすっきりしないのだ。
減点法加点法いろいろあれど、要は審判の主観。好きか嫌いかが入ってしまう。
人の目で見て点を付けるのだから、当然、ミスも出る。

今大会も、韓国の選手に対する採点でミスがあったことが正式に認められた。
それでも、一度決まった順位は変わらない。

ところが、鉄棒では、観客のブーイングに点数が上方修正されてしまった。
信じられない。一旦出した結論を、それもシロウトの不満に負けて変えるとは。
「スポーツ」ではあってならないことだと思うのだが、審判団も気弱なものだ。

選手の技量も以前に比べれば数段レベルアップしているので、
シロウトのぼくらは「おぉ!」と驚くことしかできない。
その昔、東京オリンピックやミュンヘンオリンピックの頃は、テレビの前に陣取るぼくらでも、
「こっちの選手のほうがうまい」というのがはっきりわかった。
しかし、今や、A選手とB選手、どちらが上かということが、もうシロウトレベルではまったくわからない。

例えば、体操個人種目別決勝。吊り輪の演技。
4位日本の富田選手と、3位イタリアの某選手(名前失念。吊り輪のスペシャリスト)との演技、
どちらがうまいのか、その差が見ていてさっぱりわからない。
強いて言えば、イタリアの選手の方が、十字懸垂で肩が水平になり、より「十字」に近かった。
しかし、これは筋肉の付き方の違いでもある。

そんなことより、ただただ、「どちらもすんげ~!」としか言いようがない。
ぼくは吊り輪にぶらさがったことがあるが、あれはぴくりとも動けない。
ただぶらさがっただけ、もう、どうしようもない。よほどの腹筋、背筋がないと、片足を動かすことすらできない。

平行棒もそうだ。両腕で体を支えるのがやっと。
それなのに、選手たちは軽々と逆立ちまでしてみせる。驚異としか言いようがない。
そんな演技に、0.0以下の差をつける。その差にどんな意味があるのか、分からない。

体操はあまりにアクロバティックな方向へ進んだので、
採点基準が見直され、より正確に演技することを重視するようになった。
この変更が日本選手にプラスになったことは間違いない。

上にあげた、観客がブーイングをした鉄棒では、ロシアの選手が6回の離れ業をした。
「おぉ、すげ~っ!! え? なんじゃ、その点数はっ!」
というのが観客の素直な気持ちだったのだろう。ぼくも会場にいたら不満で足を踏みならしたかもしれない。

成長を押さえつけたような女子選手の演技。
「すごい」と思うのだが、なんだか痛々しくてハラハラするばかり。見ていて楽しくない。
まぁ、プロじゃないのだから、観客を楽しませる必要はないのだけど、
体操をやめたあと、普通の少女に戻れるのかどうか・・・・。
これまた余計な心配か。

チャフラフスカの演技などの記憶があるぼくは、女子選手のあまりの変貌に目がくらむばかりだ。
しかし、先日、チャフラフスカの演技をTVで見た。
まぁ、のんびりしてること! スピード感がまるでない。
当時はこの演技で十二分に技術の最先端を行っていたのだろうから、肉体の技術革新も恐ろしい。


「おお、すごか!」


「見た?」


昔むかしは、「より速く、より高く、より強く」(この順番だったかな?)がオリンピックの精神だったような気がするのだが、これに「より美しく」がくっついたのはいつ頃だろう?
「美しさを競う」というのも、ぼくにはよく分からない。

「美しさ」と言えば、新体操やシンクロナイズドスイミングとなるのだろう。
両競技とも、どこが美しいのか、ぼくにはさっぱりわからない。
不自然にしか見えないのだけど、そこは好きずき。大のお気に入りという人も多々いるのだから。

選手の努力はすごいと思う。水中で逆立ちし、高速回転するなど、ぼくには死んでもできないことだ。
日々の研鑚があればこそ、晴れの舞台でその成果を発揮すべく、全身全霊でトライすることができる。

しかし、「美しさを競う」には、見ている側を意識せざるを得ない。
観客へ、より正確には審判へ、どうアピールするかが最大の要点になる。
採点はどうしても主観にならざるを得ない。それがどうも気にくわない。

あ、上と同じことを言っとる。
審判に点を付けられることを前提に行うスポーツは、心から楽しむことがぼくにはどうも難しいのだ。
だから、タイムや距離できっぱり決着がつく陸上競技が好きなのかもしれない。


100m男子、シドニーで金メダルを獲得したモーリス・グリーンは、9.87というすごいタイムを出した。
しかし、それでも3位、銅メダル。より速い選手がふたり、いたからだ。
めっちゃ、分かりやすい。

1着から4着までが9.8秒台。5位でも9.94という、まれに見る好レースだった。


走り高跳びでは、1m81cmしかない、出場選手中最も小さいスウェーデンの選手が、
自分の身長より55cmも高いバーを越え、金メダルを獲得した。
同じ条件で、小さい者が大きな者に勝つ。これも、スポーツの醍醐味だ。


女史マラソンは深夜。ぼくは録画して、翌日、スタートからゴールまでを通して見た。
36キロの表示の前で立ち止まり、涙を流したラドクリフ選手。
驚異的な世界記録を持ち、マラソンでは後塵を拝したことがないラドクリフ選手には、
日本のちびっ子・野口みずき選手やライバル・ヌデレバ選手に置いて行かれたことがすごく心に響いたに違いない。

誇り高きプライド。それがポッキリ折られてしまうこともある。それもスポーツなればこそ。
ラドクリフ選手、そう遠くない時期に、あえぐような走りで復活してくれるだろう。


陸上競技は、予選から見るのがおもしろい。
女子200mの予選には、コロコロした、「どこが陸上選手やねん!」という体型の選手が登場。
確か、リベリアの選手だったと思う。

スタート第一歩から最下位。
トップの選手がゴールし、残る選手がなだれ込んでも、カメラはしばらくゴールラインを映していたが、
カメラが切り替わるまで、ついに彼女は現れなかった。
結果が表示されると、彼女の前の選手よりタイムが4秒以上遅い。
200メートルで4秒というとものすごい差だ。

彼女にならば、ぼくは勝てるかも。いやいや、カーブで転ぶのがおちだ。

以前、おぼれそうになりながらも完泳した黒人選手がいて、
「ウナギのなんとか君」といったニックネームをもらい、人気者になった。

「参加することに意義がある」
色あせたオリンピックの信条を思い出した。


きょうも陸上競技はあるはずだ。
あぁ、ビールでも飲みながら、のんびり、たっぷり、見たいっ!!


「アテネが見えんかな・・・」

体操男子団体金メダル。ミュンヘン以来28年ぶり。

採点方法が変わったのが、正確な演技が持ち味の日本選手にとっては後押しとなった。

しかし、金とは。朝からびっくり!


びっくりしながら、出張へ。
2泊3日。その間、オリンピックは見られない。

悲しかぁ。



♪BGM= Foghat 『 Road Cases 』






サボンの涙が印象的だった。
昨年の世界チャンピオン。48キロ級では長い間、やわらちゃんのライバルだった。

女子柔道52キロ級準決勝。

サボン選手が横沢選手の袖釣り込み腰で一本を取られたとき、残り時間はわずか1秒。
ポイントはリードしていた。攻めに行かず横沢選手の攻撃をかわして行けば勝てたはずだった。

生真面目な選手なのだろう。
3位決定戦では気落ちした様子も見せず攻め続け、勝利を収めた。

畳を降り、通路を歩き出してから、サボン選手は顔を覆った。
世界チャンピオンのプライドで押しとどめてきた涙が、堰を切ったようにあふれ出した。
そんな感じだった。

敗者復活戦を採用し、ふたりの選手に銅メダルを与える柔道。
「銅メダルは、勝って取るメダル」と言われる。
この意味では、「負けてもらうメダル」である銀メダルの選手よりも大きな喜びを感じるのかもしれない。

しかし、サボン選手には「勝って取ったメダル」の喜びはなかった。

サボン選手はオリンピック出場4回目。
48キロ級で出場した3回のうち2回が銅メダル。
田村選手が念願の金メダルを獲得したシドニーでは7位に終わった。

48キロ級時代は、田村選手の壁にはね返され続けた。
好敵手、ライバルと言われながら、福岡国際女子柔道大会でも、世界選手権でも、
結局一度も田村選手には勝てなかった。

結婚し、出産を経て戻ってきたサボン選手は52キロ級に階級をあげ、初めての世界チャンピオンに輝いた。

4回目のオリンピック。
死角はない。田村選手のような絶対的な王者もいない。今度こそ金メダル!

それが残り1秒で逆転の一本負け。遙かに遠いオリンピックの金メダル。

頂点を目指して鍛え続けてきた時間はなんだったのか?

そんな思いが通路を引き揚げるサボン選手の脳裏を駆けめぐっただろうか。
だが、精進を重ねた人間にしか、自らにそう問いかけることはできない。
その真摯さが見る者の胸を打つ。


勝者の涙は美しい。
しかし、敗者の哀しみもまた美しい。






「みんな、がんばれ」



♪BGM= Peter Green's Fleetwood Mac 『 Live At The BBC 』





きょうは、自宅で仕事の打合せ。
自宅に相手先の人が来て、仕事の話をしたのはこれが初めてだ。

仕事の話に関しては、ぼくは100%、自分が出向くようにしている。
毎日、自宅で仕事をしているその上に、打合せに人がやってくるようになったら、
そのけじめのつかなさは目も当てられない。
仕事は、自分の部屋に存在しているヤツだけで十分だ。

それがどこでどうなったのか忘れたが、相手がわが家へ打合せにおいでになることに。

--午後3時ころに参ります。

朝から全然落ち着かない。仕事が手につかん。
オリンピックでも見ようとテレビの前に寝ころんでも、画面に集中できん。

あぁ、自分の小心さを再確認。

3時が近づく。ハラハラどきどき。
が、しかし、3時を過ぎてもお見えにならない。

その方、ぼくの家に来られるのはもちろん初めて。住所しかご存じない。
車の通りも少ない田舎でこの炎天下、迷子になると大変である。

どこかで行き倒れになっとるんじゃなかろうか?
あぁ、余計な心配が胸に湧き起こる。

3時半近く、菓子折持って、おいでになった。
それからおよそ2時間ほど、話をして、夕方、お帰りに。

あぁ、脳みそがしびれるほどに疲れたぁぁぁ。
しかし、打ち合わせたハズのこと、ほとんど記憶に残ってないんだけど。

こら、アカン。
アタマになんにも残らないんじゃ、時間のムダ。
それよりなにより、自宅で打合せをするたびに、こんなにどぎまぎするんじゃ、心臓が持たん。

次回は、ぼくが相手側へおじゃまをすることに。

あぁ、よかったぁ。
やっぱり、自分が出かけていった方が1000%以上ラクである。






「お、アイス!」


「く・・・くれくれ」






♪BGM= Peter Green's Fleetwood Mac 『 Live At The Marquee 』






きょうは、敗戦の日。

今年は59回目。来年で60年。
区切りがいいので、来年、戦争特番を作ろうと考えている番組制作者はきっと多いだろう。

敗戦から60年。その区切りの年に作る番組のテーマをなににするのか?
戦争当時の話にするのか、戦後60年間の流れの中からテーマを探すのか。
あ~だこ~だと、頭を痛めているに違いない。

ドキュメンタリー番組を作るときに必ず言われるのが、「なぜ、今、この番組を作るのか?」ということ。
「面白そうだから」という答えは通らない。

ぼくはそれでいいんじゃないかと思うのだけど、ダメ。「なぜ、今?」は常に問われる。

敗戦から60年の特別番組は、その「なぜ、今?」をイラク戦争と自衛隊の派兵にからめて作る局が多いに違いない。

戦後60年経たないうちに、ぼくらはまたも戦争当事国になった。
ひとりひとりが戦争当事者になったのだ。
しかし、イラクの戦争を、遠い彼方で行われているドンパチだとしかとらえていない人は数多い。


「日本は59年間、戦争をすることなく発展してきた」旨の文章をなにかで読んだ。

それは間違っている。

国民が戦闘に直接参加することは、確かになかった。
しかし、日本の企業が開発し、製作したミサイルなどの兵器は、世界の戦場で使用されている。
兵器産業は、ぼくらの裕福さの一端を担ってきた。

戦後59年間、戦争を“すること”はなかった。戦争を“させてきた”のだ。

そして、去年、ぼくらは戦争当事国となった。
対峙する勢力の片方に国として兵を投入したぼくらは、その時点で戦争に参加した。
世界の多くの国の人々は、日本がイラクの戦争に参戦したと考えている。
当事国の日本に暮らすぼくたちだけが、それを自覚していない。

自分の代わりに、誰かがあの戦場に立っている。
そのことに気づかないぼくらは、自分が参加している戦争を安全な場所から、他人事のように見やっているだけなのだ。


ぼくらが新たにかかえた“戦争責任”。
それを番組の中でどのように問うのか? どう表現すれば、見ている人の心へと届くのか?

難しい。

でも、ぼくもそうした番組の制作に参加したいと願っている。

日記ででっかくグチったおかげで、モヤモヤは解消。

と思いきや、昨夜、突然、週明けから名古屋出張が決まり、
その間の仕事を前倒しでやらねばならぬはめに陥った。

ために、今日の「小・中学校合同同窓会」は無念の欠席。
2、3年に一度しかないのにぃっ!!

くくく、悔しか~っ!!!

あ、グチが復活しとる。いかんいかん。

心穏やかに。秋が来るまでの標語にしよ。

♪BGM=Jim Croce 『 Facets 』





世はお盆休み。じゃりん子連れたお父さまお母さま方を多々見かける。
今年はオリンピックも加わって、例年以上に賑やかしいお盆となった。

サッカーの日本-パラグアイ戦は視聴率が10%をこえたとか。
確か夜中の2時過ぎキック・オフだったと思うが、それから明け方まで見続けた人も多いのだろう。

あぁ、見たかった。

曜日や祝祭日に関わりない仕事をするようになって15年以上たつので普段は慣れっこになっているのだが、
たま~に、切に思う。


「休みが欲しかぁ~っ!!」


職業を尋ねられたら「自由業」と言うしかないのだが、「自由」なんて大ウソである。

看板に偽り大アリだ。自由がきかないこと、はなはだしい。

まとまった休みなど、まずナイ。
“無給休暇”はいくらでもとれるのだが、そのあと、社会復帰できまい。


「週明けまでに、絶対、あげるべしっ!」

厳命が下る。

ほぉ、自分は土日、休むくせに、ワシには働けと言うのね。

少しヘソが曲がる。
が、それが会社に勤めている者の特権と言うもの。

ぼくは、日々の仕事、やめたい時間にやめることができる。
寝たいときに寝て、起きたいときに起きることができる。

時間をあたかも自由なように使うことができる。
それが特権。
自分でマネジメントしなきゃいかんのが面倒だけど。

だから、きのうまでBSでやっていた『バック・トゥ・ザ・フューチャー』三部作、全部、その時間に見ることができた。
おもしろかった。よくできてるし、練ってあるわ、やっぱ。

3日間、食後を映画の日にしたために、これから1週間はパソコンにへばりつく時間が長くなる。

これぞ“等価交換”の原則なり。


あぁ、でもやっぱり、


「休みが欲しかぁ~っ!!」


あ、グチって、ちょっぴし、気が晴れた!






あら?
ちょっと覗かないうちに、他の方々の文字がおっきくなっとる!
なんで?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お~、発見発見!

文字が「大」「中」「小」と使い分けできるようになっとる。
日記を覗かなかったのは2日間くらいなのに、世間が変わるのは早かぁ。

楽天さんも「字が小さいっ!」との苦情には素早く対応したわけですな。
よきかなよきかな。

やっぱ、このぐらいが一番読みやすいや。


♪BGM= Chicken Shack 『 O.K. KEN? 』






アジアカップ決勝戦の中国サポーターの“暴挙”。ナショナリズム作りにばんばん、活用されている。

特に熱心なのは、やはりNHK。昨夜は、『ニュース10』でもとりあげた。

中国の駐日大使が「遺憾の意」をあらわすために川口外相を訪ねる映像が流れ、
中国からの中継は、中国当局がいかに事を重大にとらえているかを特派員が伝える。

その合間に、実にタイミングよく、日本人サポーターを罵倒している(らしく見える)中国人サポーターの姿などが登場。
「日本製品を買うな!」「釣魚島は中国の領土!」といった文字も視聴者に与える効果を考え、インサートされる。

オンエアされた観戦帰りの日本人サポーターのコメントは、

・「中国はサポーターのレベルが低い」

・「オリンピックを開くのだったらマナーを磨いて欲しい」

サポーターの言葉を借りて、事は重大だと煽っている。
答えたサポーターは、自分の言葉を、こんな風に使われるとは思いもしなっただろう。

こんなに露骨に、ある目的を持って作られていることを明らかにしてもいいのだろうか?
そう、心配してしまうほどの、偏り方だ。

オリンピックの開催国としての技量が問われている。
中国からの報告は、こんな言葉で閉じられた。
誰が、どのように、問うているのだろう? IOCは「遺憾」と言ったらしいがその程度だ。

きたるべき北京オリンピックで中国の人たちが反感を覚えるのは、ぼくら日本人と日本選手に対してだけだろう。
そして、その反感の度合いが問題とされるレベルにまで高まるのは、サッカーだけじゃないだろうか。

要は、過去のきちんとしたとらえ方なのだ。

ところが、川口外相は、中国の駐日大使に対し、

--中長期的に国民感情の問題を見据え、きちんと分析し議論していくことが大切だ。

と、指摘した。

この言葉を聞いて、驚かずにはいられない。

「国民感情の問題をきちんと分析」してこなかったのは、日本側ではないのか。
それに関して議論することを避けてきたのも、日本側ではなかったか。

それを、ここぞとばかりに中国大使へ向かって言い放つ、この精神の貧困さ。
こんな恥知らずな言葉を吐く破廉恥人間を外務大臣に戴いてのほほんとしているぼくら日本国民。

あぁ、なんと言えばいいのやら・・・・。


こうしたニュースを見るたびに思う。

<映像は、危険だ>

どのような状況でも、映像を編集することで作りあげることができてしまう。

例えば、このニュースには日の丸に火をつける中国人サポーターたちの姿が繰り返し登場する。
興奮して叫ぶ女性。中指を立て、反感の意をあらわす男性たち。
彼らを静めようとする警官たち。
まさに混乱だ、画面で見る限りは。

しかし、それらはすべて“寄り”の映像。すぐ近くから撮影されたもの。
できる限り被写体に接近しないと、その表情や息づかいは撮れないから、アップの映像が多くなるのはわかる。

だが同時に、少し離れた、例えばビルの屋上からの俯瞰映像があれば、この“暴挙”はどう見えただろうか?
ほんのひとにぎりの人間たちが騒いでいる。その程度でしかなかったのではないか?
毎日新聞によれば、「バカヤロー、日本人」などと気勢をあげ、騒いでいたのは20代の若者500人ほどに過ぎない。
その他の観客たちは、敗戦の悔しさを抱きながらも、きちんと家路についたのだ。

騒ぐ若者たちに対し、中国人の観客ひとりはこう語っている。

「『バカヤロー』という言葉は自分も不愉快だ。しかし、彼らも感情を表に素直に出しているだけだ。
スポーツに関することであり、終われば何ということもない」

その通りだろう。

わずか500人の行動で、中国13億人の急所を握ったかのように批判を開始した日本政府。
それにマスコミは便乗した。
そのマスコミに報道される内容を見て、ぼくらがまた翻弄される。
為政者の思うつぼだ。


象徴的な映像を使い、ある出来事を伝える側に都合がいいように作り替える。
それは、何度も行われてきたことだ。

イラク戦争で、バグダッドに入ったアメリカ軍がフセインの像を引き倒したとき、日本のテレビではこぞって、

--バグダッド市民が歓声をあげています!。

的な報道をした。

だが、フセイン像を引き倒すその様子を少し離れたところから撮影した写真には、
どう多く見積もっても300人弱に満たない人間しか写っていない。
そのわずか300人弱の人々のうち、1割にあたる30人近くはジャーナリストだ。

フセイン政権が倒された。その象徴としてのフセイン像の引き倒し。
それを歓迎しているはずの200万にのぼるバグダッドの市民。
そのうち、フセイン像の引き倒しを見に来たのは200人程度にしか過ぎなかった。

広い全体像を見渡せる写真や映像であれば、その瞬間の全体の様子が分かり、
イラクの人たちが決して米軍を歓迎しているのではないことが理解できたはず。

しかし、実際に流されたのは、フセイン像を引き倒す様子のアップであり、
倒されたフセイン像に乗り、踏みつける子どもたちや、像をサンダルで叩く市民たちの、寄った映像だった。

実際にフセイン像を踏み、殴りつけるバグダッド市民はほんのわずかな数しかいなかったのに、
その映像は「歓喜するバグダッド市民」というコメントを乗せて、世界へ向けて発信された。

事実を曲解しろと言っているも同じだ。


<映像は、危険だ>

事実の一部を見ることで、その事実全体を見たと錯覚してしまう。
日の丸に火をつける中国人サポーターも、全体像の一部でしかない。

テレビに映し出される映像の外側に、より真相をあらわす事実がある。
それを忘れないようにしたい。

忘れると、為政者の思うがままに操られてしまう。






「あての新聞っ!」







♪BGM= NRBQ 『 At Yankee Stadium 』


はぁ・・・・・・・・・。

今度、珍しくタレントさんに参加してもらう番組に関わる。
そのラフ・ストーリーを考えるのに難儀中。

どんなシーンでどんなことをやってもらえばいいか、というのを考えるのもきついけど、
「こうしよう!」と考えついたこと、それがお金がかかるとシュンとなる。

例えば、

「だだっ広い埋め立て地にこつ然と現れたシーンを俯瞰からゆっくり撮り下ろそう!」

・・・・・・あぁ、クレーンカメラが必要だぁ・・・。

たぶん、専門のカメラマンと、オペレーターが必要になるからン十万はくだるまい。
はい、即刻却下。

てな感じで、午前中からひとりでツッコミ、ボケの繰り返し。
ふと「ひとり漫才」をやっていることに気づくと、ちょっと空しい。

2時15分過ぎか。休憩しよ。


-----------------------


きのう、「わかろうとすること」について、ずるずる書いてて思い出したことがあった。

もうかなり前だけど、戦争を語り継ぐことに関する番組に携わったことがある。
その取材テープの中に、小学校6年生が戦争体験者の話を聞く様子があった。
体験者は、聞いている子どもたちと同じくらいのころ、沖縄でアメリカ軍の攻撃にあい、両親を亡くし、自身も腕をなくした男性。
その腕も、ちぎれかかっていたから自ら切り離したという、凄惨な体験談だった。

一般に沖縄戦と呼ばれるその闘いの現状と体験を語るおじさん。
重くて辛くて、取材テープを見ているだけでも気合いが必要。そんな感じの話だった。
だが、子どもたちの大半は、興味もなさげで、眠らないようにするのが精一杯、という感じ。
耳を傾けている子どもも、おじさんの話す内容や、状況をわかっている様子はなかった。

しかし、体験談終了後、びっくりすることが起きた。

話を終えたおじさんが建物を出ていこうとしたとき、ひとりの女生徒がおじさんのあとを駈けてきた。
その女の子は、おじさんに話をしてくれたことのお礼を述べ、話し始めた。

--あたしは、沖縄戦のことをおじさんの話で初めて知りました。
--あたしたちの教科書には、沖縄戦のことなんか、ひとつものっていないんです。
--おじさんが経験したことを、学校では全然教えてくれないんです。
--あたしは、それはすごく変だと思うんです。
--だからあたしは、だからあたしは・・・大きくなったら沖縄戦のことがちゃんとのっている、
--ちゃんとした教科書を作りたいと思ったんです。

こんな風に、すらすら言ったわけじゃない。
話し始めてすぐ、緊張と興奮とでだろうか、ひっくひっく、しゃくりあげながら、こんな意味のことをおじさんに伝えたのだった。

おじさんはびっくりし、ちょっと戸惑った。
でも、すぐに嬉しそうに笑い、

--うんうん、ありがとう。がんばってね。

と、優しく言い、振り返りながら帰っていった。

そうそう、テープを見ながら、なんだか泣けたこと、思い出した。

女の子は、同級生たちより感受性が強かったんだろう。
でも、きっと他の子たちも、おじさんの話が、この子ほどに心深く浸透しなくても、
記憶のどこかに残っているに違いない。

やっぱり、まずは“知ること”だ。
そのときは面白くなくとも、興味を引かずとも、まずは事実を知ること。
いずれ熟成し、心に甦るときがあるかもしれない。


しかし、女の子の「教科書に沖縄戦のことがのってない」という言葉は、ちょっと衝撃的だった。
それは、中学生、高校生と進んでいっても同じなのだろうか?
ぼくは小学校6年生の歴史の教科書を見たことがないけれど、きちんとページを割いて沖縄戦の説明をしているとは思えない。

教科書、ね。
国が、子どもたちに、なにを教えたいと思っているのか。
それには敏感になっていないといけないな。


♪BGM= Captain Beyond 『 Captain Beyond 』






サッカーのアジアカップは日本の二連覇で終わったが、その後の「中国人サポーター」に関する報道内容はあまりにひどい。

例えば、きのうの日曜日。
午後7時のNHKニュースは、トップに中国人サポーターの問題をもってきて、
10分間以上にわたり中国当局の警備の不徹底や中国人サポーターの反日感情の異様さを強調していた。

その試合は民放とNHKとで放映されていて、ぼくもテレビで観戦したけれど、
競技場内では大した混乱など起きてないように見えた。あくまで画面上ではあるが。

日本に対するブーイングや自国のチームに対する応援なども、
例えば韓国人サポーターのあのすさまじいまでの応援振りとは比べものにならぬほどのおとなしいものだった。

集音マイクは競技場の臨場感を出すために、歓声がより大きく拾えるように設置されているはずだが、
そこから聞こえるスタンドの声も予想外に小さかった。

それが、NHKのニュースによると、中国人サポーターは“大暴走”し、“大暴動”へと発展した、となる。
テレビカメラは、ごく一部に過ぎない「日の丸を焼く」中国人サポーターの姿などを執拗に映し出し、
あたかもそれが中国の人々の総意であるかのような見せ方をする。
あまりに意図的すぎると言わざるを得ない。

特に恣意的だったのは、中国人サポーターが“なぜ”日本にこうした強い反発を示すのかというその理由について、
日中間の歴史的な問題に一切触れなかったこと。

問題の原因を中国国内の貧富の格差に求め、中国の公安当局がより強い警備体制が取れなかったのは、
警備を厳しくすると貧富の格差に不満を持つ人々が政府への反発を強くするためだとしていた。

つまり、日本には一片の非もない。
原因はすべて中国の国内問題にあり、そのために日本(と日本人サポーター)が被害にあったという論調なのだ。

それはおかしくはないか?
暴走した一部中国人サポーターの行動は、とがめられるべきものだ。
しかし、中国の人々の心に日本への消しがたい反発心があるのは事実であり、
その源となっているのは日本の中国侵略であることは間違いない。
これは右よりの人たちが言う「自虐的回顧」ではなく、「歴史的な事実」だ。

中国人サポーターの心によどむ反日への衝動は、その事実をぼくら加害者である日本人が知らない、知ろうとしないことにより、
改めて呼び起こされていると言えるのじゃないだろうか。

例えば、今回の大会で日本チームが苦戦した重慶。
中国人サポーターのあまりのブーイングに「なぜだ?」という論調はNHKのニュースにも、民放のニュースにもあった。
しかし、重慶はかつて日本海軍の無差別爆撃により灰燼となった街であるという事実にきちんと触れたニュースは、
ぼくが接した限り、ひとつもなかった。

「重慶爆撃」は、アメリカ軍による「東京空襲」や、スペイン内戦時代にフランコによって行われた「ゲルニカ爆撃」と並ぶほどの激しさだった。
足かけ三年間続いたその爆撃の目的は、威嚇ではなかった。
直接そこに住む住民を空襲して殺害し、それによって中国国民の戦意を喪失させることだったという。

脅しではなく、住民を殺し尽くすことが目的の爆撃。
日本海軍は戦闘機にラジオのアナウンサーを乗せて爆撃の様子を取材させた。
局に戻ったアナウンサーは、あたかも今まさに重慶の上空にいて、街が火の海に包まれているかの如く再現放送をした。

重慶はそんな街なのだ、だから住民には今でも激しい反日の思いがあるのだ。
うした“事実”をテレビ局はきちんと視聴者に知らせなくてはならない。
背後にあるそうした事実を知らせた上で、「『君が代』斉唱時のブーイングはひどい」といった感想なりを口にすべきだ。

こうした背景を知ることなしに、競技場における中国人サポーターの反日行為ばかりを見れば、
「民度が低い」と思ってしまう視聴者が出てきかねない。
まぁ、試合の中継内容自体が視聴者にそう思ってもらうことをねらった中継であり、
その後のニュースでの取り上げ方もそれに沿ったものだとも言えるが。

ぼくはサッカーを見るのが大好きだ。
だが、今回のアジアカップの試合、そしてそれに伴う報道内容を見て、
サッカーはナショナリズムの形成にはもってこいのスポーツだと改めて痛感した。

誰が命令せずともサポーターは“自国の”旗を振り、“自国の”勝利に熱狂する。
帰国してきた日本チームとそれを迎えるサポーターたちの姿、そして、インタビューに答える選手たち、サポーター。
その映像の使い方を見て、あぁ、ナショナリズムはこんな風にして、知らず知らずのうちに作られていくんだなぁという思いがした。

「中国人サポーターはレベルが低い」と無邪気に、勝ち誇ったように語る日本人サポーターたち。
過去を知ろうとしないままそういう反応をする限り、日中間の溝はいつまでたっても埋まらないだろう。


それにしても・・・・・。
中国で行われる中国と日本の決勝戦を見に行くことには危険が伴うことは事前にわかっていたこと。
外務省は注意を喚起する達しを出したが、「自己責任論」は聞かれなかった。
自分が行こうとする先で日本との間になにがあったかという過去の歴史を知ろうとすることもなく、
ただ騒ぐだけのために危険地帯へ出かけた日本人サポーターの方が「自己責任論」にぴったりなようにぼくには思えるのだが。






 ときどき、発声練習。

「あ~あぁぁぁぁぁ~」







♪BGM= Malo 『 Vamanos A Bailar Techno Merengue Rocking Espanol 』


きょうは長崎に原爆が落とされた日。
例年の如く、追悼式があり、テレビはそれを中継する。

近年は、原爆の記憶の風化が言われる。
同時に話題にのぼりだしたのは、「若い人が被爆者の辛い体験をわからないのはなぜなのか?」ということ。

「なぜ、わからない? わかってくれない?」

辛い体験をした人の、その思いは当然だ。

しかし、この疑問、問いは、間違っているんじゃないだろうか?
「間違い」と言うのは、言い過ぎだな。
ちょっと「勘違い」があるんじゃないだろうか。

ただでさえ想像力が不足しているといわれている若い世代。
想像力のない人たちに、「わかる」ことはできない。
だが、想像力があっても、「わかる」とは言い切れない。

「あんた、被爆者の辛さがわかるのか?」

そう言われて、「はい、わかります」と言い切れる人はそういまい。
なぜそう言い切れるのか、逆に奇妙な感じがする。

大切なのは「わかる」ことじゃない。「わかろうとする」姿勢だと思う。

想像力が乏しくても「わかろうとする」姿勢を持つことはできる。
その姿勢を保っていけば、他人の辛さに近づくことはできる。

わからなくてもいいのだ。永遠に「わかる」ことは、あり得ない。
他人の辛さは、疑似体験することさえできないのだから。

若い人たちに望むのは、「わかる」ことじゃなく、「わかろうとする」心のベクトルだ。
それは、事実を知ることからしか始まらない。


--でも、最近の子どもたちは、わかろうとさえせんとやぜ。

そう、中学の教師をやっている友人が言った。そちらへ興味が向かないのだ。

--どうすりゃ、いいん?

う~ん、困った・・・・。難しいなぁ、やっぱり。


-----------------------------


「命は大切」

大抵の子どもたちは、尋ねればこう言うだろう。
でもそれは、知識として知っているにとどまり、実感として体験したことはない。

「命は大切、大切、大切、大切・・・・・」

いくらそう知ってはいても、実感がなければ役に立たない呪文みたいなもん。
実その大切なものを失うこというのはどういうことかまで思いは及ばない。

--どげんすりゃええ?

--命を身近に感じるようにすればええやん。

--そりゃ、そや。んで、どげんして?

う~ん・・・・。
昔はお年寄りと暮らしていたから、老いと死を実感することが出来た。
そう指摘する人は多い。
でも、これってホントだろうか? 遠く過ぎ去った時間を慈しんでいるだけじゃないのかな?

もしホントであっても、現在の家庭を核家族から大家族に先祖がえりさせるのは難しい。
それでも、なにかで死を実感させる必要はある。

--その“なにか”は、なんや?

・・・・・・・・難しかぁ。




♪BGM= War 『 Coleccion Latina 』






読みたい記事があって求めた月刊誌『創』に、高田渡さんのインタビューが出ていた。
最近、動く渡さんをよく見るけど、まとまったお話を読むのはなんだか久しぶりのような気がする。

ご時世からか、渡さんのデビュー曲『自衛隊に入ろう』を反戦歌としてとりあげる人が多い。
渡さんはその単純さをちょっと奇妙に、かつおかしく思っているようだ。(以下、カギカッコ内は『創』記事からの引用)


「反戦とか何だとかそんなちっぽけなものじゃないですよ。
 相手が言うことをそのまま言って、向こうが誤解するように作ったの」


渡さんがこの『自衛隊に入ろう』作ったのは18歳のときだとか。
異様に諧謔的な若者だったんだなぁと改めて興味津々。
どんな内容の話をする10代だったんだろう。そのころの渡さんに会って、話がしてみたい。

発表された『自衛隊に入ろう』に対し、世間は渡さんの思惑通りの反応を示す。


「右も左も全部誤解してくれて、『やったぜ』と思った。
 なーんだ、紙一重だぜ、こいつら、と思っていたら、すぐに放送禁止ですよ」


『自衛隊に入ろう』が世に出たのは69年。その年の1月、東大安田講堂に学生たちが立てこもった。
「大学解体」をスローガンにした全共闘運動。東大安田講堂は解体されるべき権威の象徴だった。

機動隊の催涙弾や放水に、火炎瓶や投石で対抗した学生たち。
2日間にわたった攻防戦は、学生たちの敗北で終わった。

そんな年に発売された、あの歌詞のこの歌。
なるべくしてなった放送禁止に、はたちそこそこだった渡さんは自ら拍手喝采したのかしら?

安田講堂で攻防戦が行われていたとき、たまたま上京していたぼくは、学生たちが排除された数日後、安田講堂を見に行った。
あちこちが黒く焦げたその建物はまだ濡れていて、窓ガラスは破れ、学生が投げたのだろう机やイス、レンガなどが散乱していた。

中学生だったぼくは、大学生のお兄さんやお姉さんたちがどうしてこんなことをするのかわからなかったし、
機動隊のおじさんたちがお兄さんたちを引きずり、殴るわけがわからなかった。
それよりなにより、いいオトナがなぜケンカしてるのか、さっぱり理解できなかった。

右も左も紙一重。
それは、当時よりもいまの方が、より巧妙に、いっそう複雑になっている気がする。


「ごく最近、ブームだからといって、若い人が『自衛隊に入ろう』をカバーしてる。
 でもそれはちょっと違うんだよね。
 最近の若い人は、一種のユーモアソングだと考えているのと、
 イラクで戦争が起きているから『今がこの歌が旬だから』と言う。
 鯖じゃないんだからさ(笑)。発想がとんでもないんだよ。
 この歌の意味合いが、変わってしまうでしょう」


「『自衛隊に入ろう』は“鯖”じゃない」かぁ。笑うなぁ。

あの時期だから、この歌詞を書き、歌う意味があった。
その歌をいま「反戦歌」として取り上げられてもしょうがない。
そんな思いが渡さんにはあるんだろう。でも、それもどうでもいいことだ。


「どう誤解されようと、出しちゃったんだから、もう遅い。うんこと同じです(笑)」


渡さんが10代にひねり出した“うんこ”は、こんな。


 ♪みなさん方の中に
 ♪自衛隊に入りたい人はいませんか
 ♪一旗あげたい人はいませんか
 ♪自衛隊じゃ人材求めてます
 ♪自衛隊に入ろう 入ろう 入ろう
 ♪自衛隊に入ればこの世は天国
 ♪男中の男はみんな 自衛隊に入って花と散る


これは、いま歌える「反戦歌」じゃないな、やっぱり。






午前11時40分。
買い物に行こうと、外へ一歩、踏み出たら・・・・・


「どや、ぎーんぎらぎらん」


くらくらくらら。。。。。。


太陽さん、完璧、あんたのひとり勝ち。






猛烈に暑い昼下がり。

エアコンつけて、皮付きピーナツをかじりつつ、DVDに録りだめした『シャーロック・ホームズ』を見る。


「なんや、こら?」



「あら、落ちた」



「あ~らら」



「どする?」


「拾えし!」



エアコンは苦手だけれど、これだけ暑いと、あぁ、極楽極楽。



♪BGM= Wishbone Ash 『 Live Dates 』






朝6時過ぎ。
熱帯夜の名残りでべたつく体のまま、ぼんやり食パンをかじる。
あぁ、どうして夏は暑いのだろう・・・・・。

おや? いつもの朝となんか違うな。なんだろう?

聞こえる「音」が違うんだ。

ツクツクホーシが鳴いている!

きのうまでは、朝起きたときにはすでにアブラゼミとクマゼミの大合唱。

--あぢいぞあぢいぞきょうもあぢいぞぉ!

と、鳴いている。いかにも“夏”だ。
ぎらつく太陽はきょうも健在なことを教えてくれる。
これはこれで愛すべき鳴き声なんだけど、毎日頭上から暑苦しく降りそそぐと「ちょっと黙れば?」と思ってしまう。

ツクツクホーシはどこか哀しい。気持ちをほっと和ませる。

まだ8月の6日目。でも、セミは秋を感じているのだろうか。

などと感慨にふけることが出来たのもほんの数十分。
7時を前にして、ツクツクホーシは鳴き終わり。アブラゼミとクマゼミがきのう同様、合唱を始めた。

きょうも暑いわ、やっぱ。





「お散歩お散歩ぉ」


「なんじゃ、こりゃ?」


「食っちゃえ!」






セミの大合唱に包まれて朝のニュースを見ていると、ジェンキンス氏がアメリカ軍の独立法務官と会談したとのこと。

ぼくは、曽我さん一家(日本の通例では、ジェンキンスさん一家と呼ぶべきなんだろう)が日本で穏やかに暮らせればいいなと思っている。
だが、なんとなく釈然としない。

「ジェンキンス氏は脱走兵」とするアメリカ側の発表がすべて正しいという前提で思うのだけど、
法治国家の一員がその国の法を犯せば、法のもとに裁かれるのは当然だ。
ジェンキンス氏がアメリカ軍の一員であることを放棄して、自らの意思で北朝鮮へ渡ったのならば、
その行為はアメリカ軍の法規に抵触する。
彼が北朝鮮を出たいのならば、いまだ在籍しているアメリカ軍の軍法会議にかけられるのは避けられない。
それは、妻が日本人拉致被害者であることとはなんの関係もない。

拉致され、異国で生活を余儀なくされた曽我さん。
理不尽に翻弄され続けたこれまでの人生を深く同情するし、拘束された長い時間をふるさとで取り戻して欲しいと思う。
しかし、その夫であるジェンキンス氏に対しては、そんな風には心が動かない。

自由意志で生きる場所を選択したジェンキンス氏に同情することは彼に対して失礼だろうし、本来、同情すべきことではない。
日本人である曽我さんとではなく、北朝鮮の女性と一緒になっていたならば、
日本のマスコミに載ることさえなかったはずだ。
ジェンキンス氏は一生を北朝鮮でおくったことだろう。

波乱に富み過ぎる曽我さんの半生に興味津々の視聴者や読者。
マスコミはそうした人々におもねりすぎだ。
残された拉致被害者10人の調査はどうなったのか?
他の拉致されたとみられる人たちはどうなのか?
そちらの方の取材にもっと力を入れるべきだ。

アメリカには“司法取引”という、裁く方にも裁かれる方にもごく都合のいい制度がある。
北朝鮮で生きることをやめたのならば、さっさと罪を認め、司法取引をし、家族みんなで静かに暮らせる環境を手に入れて欲しい。






・・・・・・まずい。

机に向かって座り、目を閉じて考え事をしていた(ハズだった)ら、意識が飛んでいた。
ん? あららららららら???? もう11時40分?
30分以上、空白の時間があるではないかぁ!! 汗みどろになっちょるし。

まず、風呂の残り湯で、汗を流そ。


「スピ~スピ~ zzz・・・・・・」






♪BGM=THE RC SUCCESSION 『 コブラの悩み 』


眠気が飛んで、気合いが出るかと、上記CDをチョイス。
あら? 1曲目は「 I Shall Be Released 」。
そっかそっか、このCD、RCのカバー曲中心ライブだった。

「 I Shall Be Released 」・・・・・ボブ・ディランの曲だけど、ぼくはザ・バンドがやってる方が好き。
でも、ぼくが初めてこの曲を聴いたのは、きっと『 ディランII 』だ。

記憶はあやふやだけど70年代の始め、ぼくが中学のころに『 ディランII 』がこの曲でデビューしたんじゃなかったろうか。
「男らしいってわかるかい」という、日本語バージョン。大塚まさじさんが歌っていたと思うけど、日本語の歌詞も大塚さんかしら?

おぉ、そうだ! 楽天の住人、幻泉館主人さんがこのことについて書いていたはず・・・。

詳しくはこちらへ。→「われ解放さるべし」

リフレインのところ、大塚さんは、

 ♪ 朝日はもう昇るよ
 ♪ 少しずつだけどね
 ♪ そのとき その日こそ
 ♪ 自由になるんだ

と歌っている(上記幻泉館主人HPより引用)。

清志郎バージョンは、

 ♪日はまた昇るだろう
 ♪このさびれた国にも
 ♪いつの日にか いつの日にか
 ♪自由に歌えるさ

※「このさびれた国にも」のパートは、「でたらめな国にも」「この貧しい国に」と歌詞をプラスしたり、「東の島にも」と変更したりしている。

清志郎バージョンの方が、歌詞が外に向かい、攻撃的になっている。
でも、どこか厭世的に聞こえる。
70年代初頭と80年代末期という時代の違いかな。

このCDで歌われる「明日なき世界」・・・・・バリー・マクガイアの「Eve of Destruction」。
この曲の歌詞がお上に見とがめられてRCの『カバーズ』は発売禁止になったんじゃなかったかな?

60年代半ばくらいの曲なので、ぼくはオリジナルを聞いていない。
元の歌詞を知らないので、清志郎さんの歌詞(高石ともやさんと連名。昔、ジャックスと一緒に歌っていたのね)が
もとの詞をどの程度踏襲しているかわからないけど、清志郎バージョンはこんな風。


 ♪東の空が燃えてるぜ 大砲の弾が破裂してるぜ
 ♪おまえは殺しの出来る年齢 でも選挙権もまだ持たされちゃいねえ
 ♪鉄砲かついで得意になって これじゃ世界中が死人の山さ

 ♪でもよぉー 何度でも何度でも おいらに言ってくれよ
 ♪世界が破滅するなんて嘘だろ、嘘だろ


ベトナム戦争に対するプロテスト・ソングだったこの曲。それが現代にもぴったりだとは。
悲しいな。






♪BGM= Dire Straits 『 Live At The BBC 』


PM4:15。も一度、風呂で汗流す。
北向きの部屋でも33℃。もういいかげんヤメて欲しいわぁ。

きょうは里帰りした友人を中心に、高校時代の友人たちが数名集まって6時半から飲む。
場所は、かつて「北九州の新宿」と崇められた街。今や、路地の暗さで名をはせている。

高校時代。
うどん屋で無銭飲食のおじぃさんが店の若主人に説教されるのを見て見ぬ振りしていた街。

予備校時代。
デパートの屋上から飛び降りる人を見てしまった街。

学生時代。
ヤーさんにドスを抜かれ、ペーブメントで土下座した街。

鉄の街から脱皮しきれない、地方の小さな商店街におさまりきれない、少しもの悲しい街。

あまり楽しい思い出はない街だけど、高校時代はちょっぴり憧れの都会ではあった。
きょうは週末金曜日。人がたくさん出ていて欲しいな。




番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi's Room”



HPのデザイン変更、始めたら、これが結構しんどい。

どんな風に変わったか、一回一回確認するのがめんどくさぁ。
ブラウザで楽天のHPをふたつ開いて、
片方でちょこちょこいじってはもう片方で確認するという手段に。

美的センスのなさを痛感する。
楽天さんが作ってくれたデザインと色でいいよ、もう。

しかし、文字の大きさ、どうにかならんかな、やっぱし。
フォントに「大」「中」「小」くらいあってもいいんじゃない?
ブラウザの方でやれってことかしらん。

と、ちょこちょこやってて、途中で根気が尽きて、もうやんぴ。
「にっこりネコ助筆頭バージョン」、これでいいことにしよう!

あぁ、目玉が疲労した。






♪BGM= Allman Brothers Band 『 One Way Out - Live At The Beacon Theater 』


そろそろ4時。

夕餉の買い出しに行こうかなぁ・・・・・・と思っていたら、ごろごろごろり、カミナリが鳴り出した。
おぉ、素早く近づいてくる。夕立が降るんだろうか?

暑くてあぢくて息苦しくて、ハラペコ鯉のように口をぱくぱく。
雨よ、降ってくれ~っ!!

しかし、雨が降ると、その中を買い出しに行かんといかん。
暑い上に、かつ、雨の中、駐車場まで歩くのがめんどい。

わが家は車を買う予定がまったくなかったので、駐車場に倉庫を建ててしまった。
だもんで、歩いて3分くらいのところに駐車場を借りている。
ひと月、¥2,000也。
雨が降ると大きな水たまりができるけど、この借り賃は捨てがたい。

東京時代の友人に港区白銀に住むカメラマンがいた。
彼がアパートの近くに借りていた駐車場、ひと月¥60,000。
わが家の駐車スペースの30台分。げに、おそろしや、都会の土地代。

もう、20年近く前のこと。
バブルのときを過ぎ、少しは安くなっているかな。

カミナリは、いま、ちょうど頭上でごろごろごろり。
どうもう雨は降りそうにないなぁ。
お、しかし、風が吹いてきた。


「そよそよ?」


買い出し、行くか。






♪BGM=ゆず 『栄光の架橋』


テレビはオリンピックでかしましい。
やたらと流れるNHKのテーマソング。
オリンピックが終わる頃には、歌詞まで覚えてしまうに違いない。

スポーツ、大好き!!
秀でた肉体の持ち主たちが、厳しいトレーニングを経た果てに、どんな力を見せてくれるのか、楽しみだ。

しかし、奇妙にも思う。
この時期だけは、日本中が日の丸で溢れるようだ。

いつもは『日の丸』『君が代』の強制を問題視しているはずのマスコミも、
この時期だけはこぞって日の丸の旗を振る。

--センターポールに『日の丸』が何回揚がるか?

平気でそんな表現をするマスメディア。あまりに、ご都合主義すぎない?

マスメディアではあれど、組織としての主張などないテレビ局は、ここぞとばかりに遠慮会釈なく入れ込みまくる。
民放キー局は、看板女子アナをひとりずつ提供し、「金メダル金メダル! 日の丸日の丸!」の大合唱。
あぁ、恥ずかしや。“微笑み隊”とどう違うのか? さっぱりわからん。

そしてまた、絶叫しかできないアナウンサーの中継を聞かねばならないのかと思うと、今からうんざり。
サッカーのワールドカップのときと同じように、テレビのボリュームを絞って見ようか。


「学校では『日の丸』を揚げてはいけません。『君が代』を歌うなんてもってのほか。
しかし、選手の皆さんは国を代表してオリンピックに参加してます。お友だちみんなで応援しましょう!」

なんてことを言われる子どもたち。
頭の中は混乱しまくるだろうな、きっと。

出場する選手たちは、母校の“激励会”にこぞって呼ばれ、
「日本を代表して、金メダルを獲得するために、せいいっぱいがんばってきます!」
と、何度も何度も誓わされる。
初々しく語る選手の後ろには、校旗と共に折り目も新しい『日の丸』が麗々しく飾られているはずだ。

子どもたちは、そのひな壇と希望に輝く先輩を見てどう思うのだろう?


本番は、もっともっと印象的で、象徴的。

『日の丸』がセンターポールに掲げられるとき、
最も高い表彰台に立つ選手は、その旗を見つめながら涙を流し、『君が代』を声高らかに歌うことだろう。
その歌声は聞こえなくとも、その姿は、子どもたちの心をとらえて離さない。


オリンピックのポールにたなびく『日の丸』。流れる『君が代』。
それと、学校でおとなたちが何やらやりあう「旗」と「歌」。
学校の先生方は、それらの意味の違いをきちんと話すことができないと、かなりまずいのではないのかな?

ぼくも考えてみるのだが・・・・・・・・・・・・・子どもたちが納得してくれる回答をまとめることがまだできない。



番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi's Room”




楽天さんもよかれと思って“バージョンアップ”してくれたんだろうけど、
文字が読みづらいのはなんとかならんかなぁ。





きのうは混雑していてまったくログインできなかったので、
けさ、ちょこちょこいじってみた。

たくさん用意していただいたページデザイン。
あれこれ試したけど、しっくりいかない。
デザインより何より、文字が小さくてうっとぉしいよ。

左に並ぶプロフィールなどを上にもって行けるのはいいけど、
その分、日記スペースが広くなり、かつ、文字も大きくなったりすればありがたいけど。
文字サイズは固定なのかしらん。

他の皆さんのページも拝見してみたけれど、ちっこく、薄い文字は読みづらいわぁ。
慣れなのかなぁ。

で、結局、デザインは元通り。
しばらくは、このままで行こうっと。





写真はちゃんと表示されるのかな?   あら、よっと。

「なんかね~かな」



「あぢいどぉ」



「なにさ」




ふむ、写真はこれまで通り、OKなのね。
よきかな、よきかな。





♪今日のBGM= Fleetwood Mac 『 The Dance 』


昼下がり。高校時代の同級生からTEL。
家庭の用事などもあり、早めの夏休みをとって帰省しているという。
一家そろってではなく、大学生の長男とふたり。

--ほぉ、よ~、長男坊が親父の言うことを聞いたなぁ。

電話口でそう言ったら、「いやぁ」と、まんざらでもない声が返ってきた。

この友人とは高校、そして大学、さらには学部も同じ。
学生時代の下宿は歩いて10数分という、腐れ縁を絵に描いたような付き合いだ。

そヤツはぼくに輪をかけて授業なぞには出ず、
4年のときには金がもったいないと下宿を引き払い、実家に戻った変わり者。
だから、大学4年時、そヤツの連絡先はぼくの下宿になっていて、
学部から呼び出しをくらい、ぼくは身代わりに学生課へ行ったこともある。

前期と後期の試験だけ、飛行機に乗って受けに来て、
それで卒業できたのだから、いい学校だった。

そヤツの逸話は山のようにある。

160センチ前後の小柄な体は全身バネのよう。
走り高跳びでは、自分より高い175センチを跳んだ。全校一だった。

--なんで、お前、そげん跳ぶんか?

そう言った体育の教師が職員室で話したのだろう、
廊下で出会う教師たちはみな異口同音に、

--お前、175、跳んだんやて? すげぇなぁ。

と驚いた。

とにかくその跳躍は常識はずれで、頭より足の方が高くあがる。
頭を下に、足を上に、一本の棒のように固まって跳んでいく。
バーを落とすのも足ではなく、頭。
「ガツン」と頭でバーをひっかけ、空中で「いてぇ」と頭に手をやる。
それだけの時間の余裕もある跳躍なのだった。

ぼくらは、冬は毎日、サッカーをやっていた。
そヤツはなぜかいつもハダシ。
真冬に素足で皮のサッカーボールを蹴りまくる。
蹴られたボールの威力がまた尋常でなく、誰もパスさえ受けたがらない。
そヤツのそんなシュートを、ゴールキーパーをやっていたぼくは顔面で受けたことがある。

頭がなくなったかと思った衝撃の一瞬からふっと自分に気づいても、
顔面の感覚はもどらぬまま。触っても、痛くもなんともない。
鏡を見たら、サッカーボールの五角形の皮のあとが、顔面全体にくっきり、ついていた。

そんなそヤツは、大学卒業時、某一流企業に就職が決まっていた。
しかし、「ふるさとに戻って公務員になってくれ」という、
両親のたっての願いで留年の道を選んだ。

そして、翌年、そヤツは某テレビ局に就職した。
大学5年目のその意味が、ぼくには分からなかった。

そヤツは、番組制作に魅力を感じてテレビ局を志望したわけではなかった。
その証拠には、最終面接の時、そヤツは面接官にこう言った。

--会社に入ったら、ぼくは経理をやりたいんです。

面接官は面食らう。
テレビ局には番組作りをしたい人間がくるハズだ。

--経理だったら、テレビ局じゃなくて普通の会社でも同じでしょ?

--同じじゃありません。ぼくは“テレビ局の経理”がやりたいんです!

そヤツは願った通り、テレビ局の経理部員となった。

わけ、わからん・・・・。

まだまだ信じられないような話はあるが、
とにかく、そヤツはぼくらの常識とは違う世界を生きていた。

そんなそヤツが、働き始めてしばらくたったある夜遅く、酔って電話をかけてきた。

--出世だけが人生やないよなぁ、そうやろ?

ぼくは耳を疑った。
他の誰がこう言っても驚かない。
しかし、この言葉に一番遠いヤツ、それがそヤツだったはずなのだ。

そヤツは電話口でグダを巻き、静かになったら誰かが電話をかわった。
奥さんだった。

--いろいろあるらしくて・・・。ときどき、話を聞いてやってください。

返事のしようがなかった。
ぼくは奥さんと結婚式の時にちらりと顔を合わせただけ。
相手はぼくの顔も覚えていないだろう。

電話を切って、ぼくは混乱した。
常識とはかけ離れたところで生きていたそヤツ。
そんなそヤツは、ぼくらの、言ってみれば「憧れ」だった。

そんなそヤツに、そんな言葉を吐かせた世間とはなんなのか?
社会生活を営む、社会の一員になるということは、フツーになっていくことなのか?

その夜、電話を切って、ぼくは泣いた。少しだけ。
そして、ほんのちょっと落胆した。
それは、そヤツには失礼極まりないことだとはわかっていたけれど。
そして、それは自分自身に対する自信のなさのあらわれだともわかっていたけれど。


ぼくが二本の腕を使っても勝てなかった腕相撲。

50キロのバーベルを片手でひょいとあげる底なしの力。

電信柱のカゲで拾った「青い色しか出ないカラーテレビ」を
学生時代、ずっと見続けたその色彩感覚。

風疹にかかったと飛行機で帰省し、実家近くの病院へ行き、
その足で草野球にいそしんだ、その行動力とその根性。

渡辺和博氏のエッセイ『金魂巻』を読んで、
「こんな不真面目な、面白くない本が、なぜ売れるんだ!」
と真剣に怒っていたそのセンス。

そヤツがそヤツであり得たころのそヤツの姿は、
会社の一員として、社会に貢献していく中で、少しずつ消えていった。

それは、あたり前のことなんだ。
それが、生活するということなんだ。

でも、社会に出て四半世紀経っても、それがいまだわからない。



--兄さんのような人には、社会を生き抜く力がないんですよ!

『男はつらいよ』で、博は義理の兄をこう評した。

そう、そんな生き方が夢だった時代が確かにあった。



そヤツの長男は、今、T大法学部の2年生だという。
賢いところはそヤツの血を引いたのだろう。
しかし、きちんとした、真面目ないい子らしい。
そして、何より、常識人。

トンビが鷹を生んだのか・・・・。

ぼくは、破天荒なトンビが大好きだった。




番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi's Room”

そんなにさぼった覚えはないのだが、
気がつくとお尻に火が・・・・・・。

「いつも同じことの繰り返しだぁ!!」と、同じことを何度も書いとるが。

--たまには成長してくれよぉぉ。

自分に哀願しても始まらん。
今日中に、一個はメドを立てなければ。

仕事、しよ。


♪今日のBGM= Peter Wolf 『 Up To No Good 』




楽天、バージョンアップは済んだようだけど、
なんかものすごく見づらくなっているのは気のせい?

文字がちっちゃくなって、老眼入りつつあるワシには読みにくいわい。

♪今日のBGM= Samples 『 Underwater People 』





いま、10時35分。
あと30分くらいしたら、出かける準備。
着替えをして、ディパックに資料を放り込んで。
日帰りだから、着替えは特に必要はなし。

2時間ばかりの電車の旅。
お昼は駅弁にしようかな。『鶏めし弁当』、おいしいぞっ。

以前は車内販売であんパンをひと箱(小さめ、5個入り)を買い、
目的地へ到着するまでにぜんぶ食べていたんだけど、
カラダが肥大するので、ここんところ、自粛中。

とは言え、先日、駅のホームでその5個のあんパンがばら売りされているのを発見。
思わず、2個、買ってしまった。きょうは自粛、自粛・・・・・。
でも、うまいのだ。

ガマンができるだろうか?
食欲 vs 忍耐、はたしてどちらに軍配があがるやら。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。