番組構成師 [ izumatsu ] の部屋


♪BGM= War 『 Coleccion Latina 』






読みたい記事があって求めた月刊誌『創』に、高田渡さんのインタビューが出ていた。
最近、動く渡さんをよく見るけど、まとまったお話を読むのはなんだか久しぶりのような気がする。

ご時世からか、渡さんのデビュー曲『自衛隊に入ろう』を反戦歌としてとりあげる人が多い。
渡さんはその単純さをちょっと奇妙に、かつおかしく思っているようだ。(以下、カギカッコ内は『創』記事からの引用)


「反戦とか何だとかそんなちっぽけなものじゃないですよ。
 相手が言うことをそのまま言って、向こうが誤解するように作ったの」


渡さんがこの『自衛隊に入ろう』作ったのは18歳のときだとか。
異様に諧謔的な若者だったんだなぁと改めて興味津々。
どんな内容の話をする10代だったんだろう。そのころの渡さんに会って、話がしてみたい。

発表された『自衛隊に入ろう』に対し、世間は渡さんの思惑通りの反応を示す。


「右も左も全部誤解してくれて、『やったぜ』と思った。
 なーんだ、紙一重だぜ、こいつら、と思っていたら、すぐに放送禁止ですよ」


『自衛隊に入ろう』が世に出たのは69年。その年の1月、東大安田講堂に学生たちが立てこもった。
「大学解体」をスローガンにした全共闘運動。東大安田講堂は解体されるべき権威の象徴だった。

機動隊の催涙弾や放水に、火炎瓶や投石で対抗した学生たち。
2日間にわたった攻防戦は、学生たちの敗北で終わった。

そんな年に発売された、あの歌詞のこの歌。
なるべくしてなった放送禁止に、はたちそこそこだった渡さんは自ら拍手喝采したのかしら?

安田講堂で攻防戦が行われていたとき、たまたま上京していたぼくは、学生たちが排除された数日後、安田講堂を見に行った。
あちこちが黒く焦げたその建物はまだ濡れていて、窓ガラスは破れ、学生が投げたのだろう机やイス、レンガなどが散乱していた。

中学生だったぼくは、大学生のお兄さんやお姉さんたちがどうしてこんなことをするのかわからなかったし、
機動隊のおじさんたちがお兄さんたちを引きずり、殴るわけがわからなかった。
それよりなにより、いいオトナがなぜケンカしてるのか、さっぱり理解できなかった。

右も左も紙一重。
それは、当時よりもいまの方が、より巧妙に、いっそう複雑になっている気がする。


「ごく最近、ブームだからといって、若い人が『自衛隊に入ろう』をカバーしてる。
 でもそれはちょっと違うんだよね。
 最近の若い人は、一種のユーモアソングだと考えているのと、
 イラクで戦争が起きているから『今がこの歌が旬だから』と言う。
 鯖じゃないんだからさ(笑)。発想がとんでもないんだよ。
 この歌の意味合いが、変わってしまうでしょう」


「『自衛隊に入ろう』は“鯖”じゃない」かぁ。笑うなぁ。

あの時期だから、この歌詞を書き、歌う意味があった。
その歌をいま「反戦歌」として取り上げられてもしょうがない。
そんな思いが渡さんにはあるんだろう。でも、それもどうでもいいことだ。


「どう誤解されようと、出しちゃったんだから、もう遅い。うんこと同じです(笑)」


渡さんが10代にひねり出した“うんこ”は、こんな。


 ♪みなさん方の中に
 ♪自衛隊に入りたい人はいませんか
 ♪一旗あげたい人はいませんか
 ♪自衛隊じゃ人材求めてます
 ♪自衛隊に入ろう 入ろう 入ろう
 ♪自衛隊に入ればこの世は天国
 ♪男中の男はみんな 自衛隊に入って花と散る


これは、いま歌える「反戦歌」じゃないな、やっぱり。






午前11時40分。
買い物に行こうと、外へ一歩、踏み出たら・・・・・


「どや、ぎーんぎらぎらん」


くらくらくらら。。。。。。


太陽さん、完璧、あんたのひとり勝ち。






猛烈に暑い昼下がり。

エアコンつけて、皮付きピーナツをかじりつつ、DVDに録りだめした『シャーロック・ホームズ』を見る。


「なんや、こら?」



「あら、落ちた」



「あ~らら」



「どする?」


「拾えし!」



エアコンは苦手だけれど、これだけ暑いと、あぁ、極楽極楽。


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