番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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太陽ぴかぴか。昨日の土砂降りは何だったんだ?
結局、昨日撮影したシーンの半分以上を撮り直した。
台風一過、あまりにいい天気で、撮った映像と違い過ぎてつながらないのだ。
撮り直しに同意してくれるか心配だったタレントさんも、青空のもと吹く風に「今日は気持ちいいなぁ」と気軽に応じてくれた。
おかげで結果的に雨と晴れの2バージョンが撮れてしまった。なんと贅沢なこと!

しかし、タレントさんに「もう一度」と言わねばならないディレクターは大変だ。胃袋がいくつあっても足りん。
ぼくには到底務まらない。
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AM 8:00
台風到来! 千葉浦安も強い雨。が、撮影決行。
明日がどうなるかわからないので、今日中にできる限り撮ってしまうことに。
しかし、二日分を一日で撮るのはムリ。シーンをまびきしないといけない。

シーンを削りつつ、流れがおかしくならないように考えつつ・・
あ~、アタマの中がごちゃごちゃだぁ!
意味が通じる内容になっているのだろうか? 編集がコワい。

PM 6:00
ひとまず撮影を終え、ホテルへ。みんなズブ濡れ。
タレントさんがいい人で、雨の中でも文句ひとつなし。泣ける・・・・

今、10時少し過ぎ。
羽田に迎えに来てくれていたロケ車で浦安に向かう。
曇天。明日と明後日は雨という無情な予報にディレクターの顔も大曇り。
雨には勝てない戸外ロケ。台風がいきなり向きを変え、九州から関東方面へ向かってるという。コワい。
・・・・・・
最初のロケ地は江戸川にかかる浦安橋の上。ああ、陽が出て来た。
この太陽の光、明後日までとっておけたらなぁ・・。・・・・・・
明日、天気が持ちそうにないので、タレント抜きで撮影開始。
明日、晴れたら撮り直すけど、予報通り雨だと準備がパー。用心用心。


浦安ロケ1 (PM 02:45)
今、10時少し過ぎ。
羽田に迎えに来てくれていたロケ車で浦安に向かう。
曇天。明日と明後日は雨という無情な予報にディレクターの顔も大曇り。
雨には勝てない戸外ロケ。台風がいきなり向きを変え、九州から関東方面へ向かってるという。コワい。
・・・・・・
最初のロケ地は江戸川にかかる浦安橋の上。ああ、陽が出て来た。
この太陽の光、明後日までとっておけたらなぁ・・。・・・・・・
明日、天気が持ちそうにないので、タレント抜きで撮影開始。
明日、晴れたら撮り直すけど、予報通り雨だと準備がパー。用心用心。

時は経つなぁ・・・・・・・。

なんだかんだとすることがあるようでないようで、
あたふたしている間に時は至り、あしたからロケの旅。

準備が整っているのかいないのか、よ~わからんままに突入。
出たとこ勝負は得意。でも、後悔多し。

今回のロケは2日間でひとまず終了。
残りは来月早々、「天国に一番近い島」ニューカレドニアで10日間。
ぼくも同行するのかしら?
いまだ、身の振り方はわからない。どうなることやら。
南の楽園で地獄を見るかも。あぁ、緊張。

ま、終わらぬ仕事はないのだ。さぁ、呪文を唱えよう。

何とかなる何とかなる何とかなる何とかなる何とかなる何とかなる何とかなる・・・・・・・・


「ついに神頼みか?」






新しい内閣の閣僚に指名された人たちが記者会見をしている様子をテレビで見た。
誰もが、言葉こそ慎重な文言を選びつつ、「私がこの分野のエキスパートだ」と言わんばかり。
政治家とは自信に充ち満ちた、よくも悪くも厚顔無恥な人たちなんだなぁと改めて感心。
そうでなくては政治家稼業はできないのだろうが。

政治家誰もが、政治の関わるフィールドすべてに詳しいはずがない。
なのに、ある人は単刀直入に、ある者は遠回しに、記者団の質問をスイスイと切り抜ける。
コメントや回答は政策秘書などが用意するのだろうが、見事なパフォーマンスではある。
ぼくはあんなに堂々&へらへらと、重い責任を課されるポジションに着いた感想を述べることはできない。

焦点は郵政民営化なのだろう。
それが改革の売りである小泉首相が進展を急ぐのはわからんでもないが、
そんなにとっとと変わっていけるほど、これまでの郵政事業はきっちりしていない。
あちこちにほころびが出るだろう。

利用する側としては、これまで通り、日本の津々浦々にきちんと郵便が届き、
預けてあるわずかな預金が目減りすることなく、いずれ必ずこちらへ戻って来さえすれば、
一足飛びに民営化する必要は感じない。

高校時代の友人に、鹿児島で特定郵便局の局長をしているヤツがいて、
彼に言わせると「コイズミのばかやろぉっ!」となる。

郵便局の局長ともなると地方では地元の名士。
特に友人のところは職員が20数名いるという大きな局。
道を歩けばすれ違う人が「局長さん、お出かけですか?」と声をかけ、
飲み屋に行けば「あら、局長さん、いらっしゃい!」とママさんが。
運動会など地元の行事には必ず呼ばれ、祝辞なんぞを述べたりする。

そんな名士扱いも、民営化することで消失しかねない。
話を聞いたぼくは「あはは」と笑ったが、本人や局員は「あはは」では済まされない。

日本中に散らばる郵便局に勤める人たちのことを考えると、
波風立てず、よりよい方向へ行って欲しい。
しかし、ソフトランディングはむずかしいだろうなぁ。


なにかと気にかかる防衛庁長官は、大野功統氏なるおじさんにご指名が。
香川選出の衆議院議員。当選6回。「功統」は「よしのり」と読むそうだ。
1935年生まれというから、今回の組閣では最年長かもしれない。
数年前は、自民党副幹事長。
“副”がつくと、さっぱり覚えてないものだなぁ。ご尊顔に見覚えがない。

東大法学部 → 大蔵省 とエリートばりばりコースを進み、衆議院議員へ転身。
色メガネのぼくなぞには、一番うさんくさく感じる生きる道。

自衛隊のイラク派遣、そして多国籍軍への参加をどう料理するのか?
しばらく注視していよう。まったく期待はしていないけど。

しかし、安部さん、幹事長“代理”就任とは。
自分から離れていこうとする人気者を、降格させて、身近に置く。
自らの思惑通りにならねば、共に奈落へ。
これもコイズミ流なのかな。





ニューカレドニアのロケ同行、本決まり。
体がついていくかなぁ・・・・・・・。

なんて思っていたら、森村桂さんがお亡くなりに。
ニューカレドニアを『天国に一番近い島』と紹介したご当人が世を去られるとは・・・・・。
波乱の予感がヒシヒシ・・・・・ご冥福をお祈りいたします。


しかし、来月のロケを心配している場合ではないのだ。
あしたからの千葉・浦安ロケ。野外なので雨が降るとメチャ困る。
タレント側は日程的に、こちら側は経済的に、“次”の機会はナイ。

なにがなんでも撮らねばならぬ。

♪これぞ男の生きる道ぃ~♪

かどうかは知らんが、テルテル坊主でも作るかなぁ。


「あてはテルテル坊主ちゃう! 放せ~っ!」






♪BGM= Sam Cooke 『 The Man Who Invented Soul 』





きょうは隣の県の県庁所在地へ今月末からのロケに関する打合せ。
今、10時半。あと30分ほどしたら家を出る。

ロケハンのときに出演するタレントさんと打合せをするはずが、
以前から入っていた仕事が急遽日程変更となり、結局会えず。
事前の打ち合わせなしにロケ本番に入るのはコワい。

なにより、ぼくは一度もそのタレントさんに会っていないのだ。
どんな感じの人なのか、想像で台本を作るしかない。
前日の夜、顔合わせはするけれど、タレントさんの意向を台本に組み込む時間があるかどうか。

現場ではカメラの位置がどうの、光のあたり方がどうの、音声がどうのと、
思いのほか時間を食う。
必然的にタレントさんは待ちの時間が多くなる。
その間、タレントさんのお相手をするのも、たぶん、ぼくの役目。
一度も会ってないのが気がかりだけど、
クセは強いがいい人だという知人の言葉をあてにするしかないな。

それより、中味がおもしろいかどうかが大問題。
きょうの打合せでその詰めをする。
ドキュメンタリーだと、足りない部分を再取材ということが可能だけど、
タレントさんが入ると再度撮影ということはほぼ不可能。
「あ、話がつながらんじゃん!」となったら、おじゃんである。

緻密な打合せが必要なハズだけど、現場もどんぶり勘定のこの世界。
ロケに出ると、そこで台本とコロッと変わるのもよくあること。
きちっと詰めすぎると、現場での面白さを削いでしまうことにもなりかねない。
かと言って、流れに任せすぎると、編集のときに泣きを見る。

そこの締め具合はディレクター氏にお任せするとして、
ま、なんとかなるであろ~。

行ってこよ。


「しっかり働いてこいや」



めったに行かないロケハンに行った。

「どこでどう撮る」ということの確認もあるからカメラマンも同行して欲しかったのだけど、
厳しき財政の折り、ディレクター氏とふたりだけ。ちょっと淋しい。

場所は江戸川をこえた千葉は浦安。
ディズニーランドができてからは、アミューズメントパークの街としてのイメージが強いけれど、
昔はスズキ、コノシロ、ウグイなど、海と川の魚がわんさと獲れた漁業の町。
魚だけではない。アサリ、ハマグリ、シジミ、赤貝、とり貝、アオヤギなどの貝類も、ちょいと掘ればガバチョと出てくる。

そんな豊かな浦安の海も大規模埋め立てにより、どんどん魚が獲れなくなり、
昭和46(1971)年には漁協が漁業権を全面放棄。
今や江戸川、そして東京湾に浮かぶのは観光客や企業の接待を当て込んだ屋形船と釣り船ばかり。

セメントで固められた江戸川の土手から下を覗くと・・・・、

釣り船と屋形船



浦安は山本周五郎の名作(と言っても、読んでいないのだが)『青べか物語』の舞台。

モデルとなった船宿健在。



江戸時代末期に建てられた漁師の家がそのままに残っている。

千葉県指定有形文化財



漁師の家では今も漁師が網を修理中・・・・実は人形。でもリアル。

モデルは百歳近くでご健在。



旧市街にある芝生の広場で投網に興じる人たちが。
漁業盛んなりしころは腕自慢の投網師も数多くいて、
江戸川に広がる投網の花の“粋”が江戸っ子たちに大人気だったとか。

いよっ。


反動をうまく利用して・・・・。


ちゃんと広がったらご喝采。


お~、見事に広がった。




この、江戸川流域で行われていた投網の技を『細川流』と呼ぶ。
たかが投網に流派があるのか、と言うなかれ。
他にも『土佐流』など、その地域に根ざした独特の技があるのだ。

『細川流』は、大きな網を豪快に打つのに適した技。
江戸川の華だったが、もう漁は行われていない。
今は浦安市の無形文化財として残っているのみ。
月に2、3回、昔の投網師たちが興味のある人たちに教えている。

上の写真はその元投網師ではなく、投網が趣味の、まったくの素人。
だが、自分が打つ投網は自分で作るという、元投網師も驚きの情熱の持ち主だった。
いろんな人がいるものだなぁ・・・・。


ひさびさに空から富士山を見た。








と、思ったのだけど、これはホントに富士山?

ただの“雲の合間から見えた山”なのかなぁ。





南の島から、花の大都会へ。


♪最終電車で 君にさよなら

♪いつまた会えると 聞いた君の言葉が

♪走馬燈のように めぐりながら

♪ぼくの心に 灯をともす


心の中で歌いながら、上京するかなぁ。


♪恋人よ ぼくは旅立つ 東へと向かう列車で


ホントは電車でゆっくり行きたいんだけどなぁ。
飛行機はやっぱり速すぎ。

おととい、乗った南の島行きの便には、音楽サービスがなかった。
「Why? 唯一の楽しみなのにぃ」
きょうは音楽、聞けるかな。

田舎住まいだから、朝の便に乗るため5時起き。
ネムイわぁ。
降りるべき駅を乗り過ごさないようにせねば。

行ってこよ。



午前10時。

いざ編集を始めんと編集室へ。
Macのパワーブックを使う編集マンが、明るいと編集がしづらいというので、
明かりを落とした部屋でディレクターを含めて3人。しこしこ。

と、暗がりの中、誰かがディレクターを呼びにきた。

--ニュースを読んで。

ディレクターの本業はこの局のキャスター。
きょうは編集に専念できるハズだったのに、なんの手違いか、ニュースを読むはめに。

--え~っ! 編集、てんぱってるのにぃ!!

と叫びつつ、ディレクター嬢は編集室を出て行った。
置き去りにされた編集マンとぼくは、暗がりでボー。

あぁ、待ちは辛か~。





今、編集中の番組は、沖縄の漁師(ウミンチュ)とサンゴオタクの青年が力をあわせ、
開発で死に瀕した沖縄の海を生き返らせよう!!!というお話。

水棲生物を販売するある青年が、独力でサンゴを養殖する方法を開発。
「人の力で珊瑚礁を作りたい」という青年の夢に賛同する若手ウミンチュたちは、
自分たちの魚場に青年の育てた小さなサンゴを植えていく。

6月。自然界では、サンゴが産卵する季節。
ボランティアの力を借りたりしながら、青年とウミンチュが植えたサンゴ。
人の力を借りて生き延びたサンゴは、果たして産卵するのか?
次世代の、新たな命を再生することができるのか???

という感じの、あったか神秘ストーリー。





午後5時半。
ディレクター嬢、本業のデイリー・ニュースのキャスターに復帰。夕方の本番に臨む。
編集マンともども、ふたたび待ち。

普通、ディレクターは複数の仕事をかかえてるので、編集にべったり張り付いていることができない。
仕事を開始するまで8時間、編集室で待ったことも。

2度目の編集、ラストまでひとまず終了。まだ、全体の長さが7分以上長い。
これからは、泣いてバショクを切るのたとえ通り、オンエア時間からはみ出すその7分ちょいを削らなければならない。

ディレクターはどのシーンも思い入れがあるので、なかなかバッサリ、切り落とすことができない。
落とさなければならないのは重々承知。だが、その踏ん切りがなかなかつかないのが常だ。

--これはいらないんでない? このシーンも必要ないと思うなぁ。

そう言うのがぼくの役割だ。


今はキャスターに変身しているディレクター嬢、1時間ちょいで戻るはず。

待ちだ、待ち待ち。

朝6時すぎ。TVのスイッチON。

天気予報登場。

--昨夜は熱帯夜、きょうは真夏日。

あぁ、朝っぱらからそんな言葉を聞きたくないわぁ。

--台風はこれからが本格的な季節。

この間の暴風台風で終わりにして欲しいよぉ。

しかし、強い陽射しをぬうように涼やかな風がそよぎ、
台風が来る前に稲刈りを急ぐのが、普通のこの季節なんだろう。


ニュース始まる。凄惨な事件ばかり。
画面は見ない。TV、ラジオと化す。


ふと見ると・・・・おや? 高校生たちが「ハローワーク」を訪ねてる。
就職を希望する高校生たちに、その厳しさを知ってもらう試みだとか。

ハローワークかぁ、懐かしいね。
会社を辞めるたびに、渋谷のハローワークにはお世話になった。
ぼくはここで仕事を探すつもりはなかったから、
希望職種の欄に絶対求人の出ないようなモノを記入していた記憶がある。
不真面目でした(自分の中では、真剣だったけど)。陳謝。

しかし、毎年、3万人前後の高校生が就職ができないとは。

--正社員になれるのは、10人のうちひとりだけ。

きつい現実をさらりとおっしゃる企業の就職担当者。
何より、高卒を雇用する企業自体がどんどん減っている。

企業が高卒を採用しない、その理由のトップは、

--専門的知識がないから。

そんなこと、あったり前でない? 大学卒でも、専門的知識なんてないぞ。
どういう意味の「専門的知識」なんだろ?
ぼくは政治専攻だったけど、卒業時、政治的知識なんぞはまったくなかった。

「高卒としての一般常識」という程度の意味なんだろうか?
もっと具体的に言ってくれないと、働きたいと思っている高校生たちも就職活動に取組みようがない。
不親切だこと。





あぁ、ニュースを見ている間に出かける時間。

きょうから2泊3日の予定で沖縄へ。

編集室にこもる → ホテルへ歩く → 寝る → 局へ歩く → 編集室にこもる

この行程は変わらないだろうなぁ。
たまには破綻が欲しい気もするが・・・・。

贅沢は言うまい。行ってこよ。

--おや、陽水さんが出る。

そう思って、何気なく録画した番組に、思わぬ人たちが出ていた。
三上寛、高田渡、加川良、友部正人、小室等の各氏。
BSの再放送らしいけど、陽水さん、渡さん以外は久々に顔を見た。嬉しい。

いつか、幻泉館主人さんが書いていたような気もするが・・・・。
この番組だったのかしら?


加川さん、今も歌ってるんだなぁ。
友部さん、ニューヨークにいるのか、ぜんぜん知らなかった。

マスコミへの露出が減ると、その人がなにもやっていないような気になってしまう。
そんな思い込みがアカンのだな。反省。





30年ぶりの同窓会という趣向。
中津川フォークジャンボリーなどで一緒に歌った同期生というとらえ方なんだろう。
このメンバーを揃えたのは、きっとぼくと近い世代の人に違いない。

昔から長老然としていた小室さんを除くと、他の5人はほとんど同じ歳。
しかし、見かけはぜんぜん違うなぁ。若く見える加川さんが「おい、渡」なんて口をかけると、「オイオイ、先輩を呼び捨てにするこたぁないだろう」、なんて思うけど、実は加川さんの方が年上なのだった。

若い順に並べると、「三上 → 友部 → 高田 → 井上 → 加川」 じゃないかな。

人は外見ではわからんなぁ。渡さん、老成しすぎとちゃう?





三上さんと渡さんがやりとりするところ、面白かった。カンカンガクガクの手前止まりだったけど。
ひょうひょうとしているように見える渡さん、実は一番理屈っぽいのかも。

陽水さん、渡さん、そして長老・小室さん以外の3人は、テレビという場に少し戸惑っているようだった。
そりゃそうだよね。カメラとマイクに取り囲まれて、普通通りに話せる方がおかしい。
だから、話がはずまない。

しかし、友部さんが言っていたけど、みんなそれぞれのリアリティが出てきたから話が続かないというのも事実だと思った。共通の話題がもうないのだな。
数年前、小学校の同窓会があった。30数年ぶりに会うクラスメート。懐かしい、ものすごく。でも、話す内容は「あの頃は」というものばかり。今、どうなのかは話せない、なかなか。

住む世界が違ってくる。それは当然のこと。違って行ったからと言って、過去を共有したことが消えるわけでもない。
だけど、その違いを実感したとき、ものすごく距離を感じ、戸惑った。誰もが経験することだろうけど。

その違いを一時ないものとして過去に沈殿することは心地よいのだけど、
友部さんはそれを潔しとしない感じがあった。





出演者それぞれが懐かしい歌を歌ってくれた。

友部さんは『一本道』。
もんのすごく久しぶりに聞いた。それこそ30年ぶりくらいかもしれない。
この曲を収録したアルバムは『にんじん』かな。
ぼくはこれしか友部さんのアルバムを持っていなかったから、多分そう。
ぼくは友部さんの熱心な聞き手ではなかった。

考えてみると、歌い、動く友部さんを見たのは、この番組が初めてだ。

『一本道』、胸にしみた。
陽水さんか誰かが言っていたけど、みんなの中で一番よかった。





加川さんは『教訓1』を歌ってくれた。海辺で染まる夕陽を背景に。
小室さんも含めた6人の中で、ぼくが一番早く聞いたのは加川さんのこの歌だと思う。
小室さん歌った『雨が空から降れば』の方が前かなぁ。でも、初めて聞いたのは拓郎さんのアルバムでだし。
あれはライブだったかな?

その拓郎さんと共に「フォークのアイドル」と呼ばれた加川さん。年齢を経てもかわいい顔をしてらっしゃる。

--あおくなって 尻込みなさい 逃げなさい 隠れなさい

初めて聞いたときに「そうだ!」と思った、その思いのまま歳をとってるなぁ。
それはいいことなのかしら?





30年ぶりの同窓会。
でも、「そんなに経った気がしない」と友部さんが言うように、30年なんて煌めきだ。

30年前、ぼくは高校生。あのころと、ぼくの、なにが変わったのかなぁ?


で、きょうのBGM=泉谷しげる 『 春夏秋冬 』

あのころのLPは、すべて売ってしまった。
今、手元にあるのは、仕事で必要になったこのCDだけ。懐かしかねぇ、やっぱ。






つくつくほーし、最後の絶叫。


オーシツクツクッ!!オーシツクツクッ!!オーシツクツクッ!!オーシツクツクッ!!オーシツクッッッッ!!!


「やかましか・・・・」




午後4時を回った。きのうに引き続き、暑い・・・・・・。

きのうは34℃。きょうは、机に向かっているだけで汗だらだら。
こりゃ、残暑じゃなかばい。湿気も含めて、真夏でござい。

しかし、時折窓から吹く風はひんやり。
心地いいと言いたいのだが、汗みどろの体をひんやり風が吹き抜けると、ぞぞっぞくぞく、とする。
カゼ引きかねんな~。

あしたから南の島へ。天気予報によれば、天気はよさそう。
だが、九州北部よりも南の島の方が最高気温が低いというのは間違っとる!

九州の県庁所在地は、仕事でちょくちょく行くけれど、いつ行っても「あぁ、いい気候」と思えるのが宮崎市。冬場の空の青さなど、毎日どんより曇天の北部九州住まいにはうらやましい限り。

会社を退職したご夫婦などが老後を送ろうと移住してくる気持ちがよくわかるようになってしまった。オイもそろそろ、移住すっかなぁ。

南の島・沖縄も「癒し」を売りに、移住者獲得に力を入れている。他県の人間であるぼくが言うのも変だけど、「癒しの島」という、それだけをメインに打ち出していいんだろうか?

確かに気候もいい(台風は来るけど)、海は美しい、食べ物もおいしい、人情はあつい。
泡盛はいけるし、音楽も楽しい。
昔ながらのコミュニティが今も存在。歳をとっても仲間はずれになることもない。
以上、海の美しさ&酒と音楽以外は受け売り。
ぼくは住んだことがないので、上記のことがすべて事実とは断言できない。
が、こうしたことを求めて、日本各地からいろんな人たちが移住していることは間違いないだろう。

「快さ」「癒し」を求めて移住した人たちは、沖縄での基地反対運動などに対して、どのような対応をしているのだろう?
那覇空港に降り、『花』が流れるラウンジを歩き、大荷物の観光客や「移住者かな?」と思える初老のご夫婦、どこか異端な感じの若いカップルなぞを目にするたびに、そんな疑問がぽっこり、起こる。

移住する人たちがどんなところに住んでいるのかも知らないままに勝手なことを言うのもアカンけど、まさか離着陸する米軍ジェット機の飛行路真下に住むわけもなかろう。
やはり、「癒し」を体現する場所を選ぶはずである。

「癒し」を求めて沖縄へ移った人たちは、「闘い」へ参加するのだろうか?

もし、ぼくが移住したなら・・・・・。

きっと、「闘い」へ参加せずにはいられないだろう。積極的にではないかもしれないが。
それがしんどくて、移住しようという気もおきないのかもしれない。

我ながらなんともいい加減な半端者。
こんな反応のヤツが、基地に反対する人たちにとっては一番頼りにならない存在なのかも。

しゃきっとせんかいっ!!

ぼくは普段、雑誌を眺めつつ眠る。
その雑誌は、音楽雑誌(主にRock、サブにBlues)か、バスケット(NBA)の雑誌。

ぼくが寝転んで雑誌を眺めていると、ネコ助が雑誌の上に乗ってくる。

--暗いど、読めんどぉ。

背中を2度3度となでてやると、ネコ助は布団の上の、自分の気に入る場所で丸くなる。
ネコ助なりのおやすみのあいさつ。

で、ハタと気がつくと、電気スタンドをつけたまま、眠っている。
それが普通の入眠の儀式。

なのにきのうは、寝床で戦争の本なんぞを読み始めたもんだから、遅くまで眠れず。
その反動で、けさ起床したのは9時を過ぎ、東の窓から残暑の太陽がぎらぎらと差し込んでいた。


「明るかね~」

きょうは車検の日。3年目の初体験。何日間くらいかかるのかな?
先日、ディーラーに電話をしたら、1時間半ちょいで終わるとか。
で、きょうに決めた。

外に一歩出ると・・・・・なんじゃ、この暑さは?
残暑の上限を超えちょるど。


天高く・・・・・?


3年間で1万2000キロ弱、年に4000キロも走っていなかったせいか、車検は1時間弱で終了。
1時間半はかかるというので、昨晩読み始めた本を持参したけど、
車のカタログや、カーナビ、そしてなぜかauの携帯、そんな小物に心惹かれて全然読めず。

60分の間に車輪をよっつはずし、ブレーキ部分は解体したとか。プロの仕事はすごいなぁ。
で、取り替えたのは、リア・ワイパーのゴムだけ。
それだけじゃあんまりさびしいから、エンジンオイルなぞをついでに交換。

次の車検は2年後。
年に5000キロくらいは走らないと、車に気の毒かな。

夕餉の材料と、換気扇の汚れ止めカバー、
そして、最近録画した『エイリアン1~3』、『井上陽水同窓会』『Babe2』などを落とすための
DVD-Rなぞを購入し、自宅へ帰る。

ネコ助は、いつものとおりひとり遊び中。


「ん?」


「なんや、こりゃ」


「がり・・んが」。






昨夜、寝るのが遅かったので、きょうは早寝をしようと、とっとと布団を敷くと、
ネコ助が先回りして、ぐーすか。


「スピ~スピ~ zzzz」


おい、こりゃ、まだ7時台やぞ!
お前が早う寝ると、夜中に暴れてこっちが寝れん。
起きんかい!


「寝てた? 誰が?」

おめ~だよ!!



ボーリングと言っても、ガーター、ストライク!の、球ころがしじゃない。
地面を掘って、その上に建造物を作ってもだいじょうぶか調べる、あのボーリング。

沖縄で始まろうとしている海底ボーリング。
その上には、アメリカ軍の基地ができあがる。


アメリカ軍のヘリが落ちた。

この事故を知ったとき、沖縄・名護市辺野古に座り込む人たちの様子が頭に浮かんだ。

--こんな市街地に基地があるのは、やっぱり危ないじゃないか!

--基地が移転することはずっと前に決まっているのに、なぜ計画は進まないのか!

そんな声があがることが懸念された。

普天間基地の代替基地建設に反対して5ヵ月間にわたり座り込んでいる辺野古の人々。
その人々に対する風当たりがきっと強くなるだろう。

--辺野古がとっとと移転基地を作らせれば、ヘリが落ちることもなかったんだ!

そんな論理で語るヤカラが必ず出てくる。
座り込む人々の多くを占めるお年寄りたちには、辛い風潮になっていく。

やはり、やっぱり、そうなった。

「お前らが、そんなところに座り込んでるから悪いんだ!」

そして、きょう。
那覇防衛施設局によって辺野古沖の調査が開始された。
アメリカ軍のヘリが大学構内に墜落した、その出来事は、新たな基地建設への追い風となった。

本土のマスコミはなにをしているのだろう?

沖縄のテレビや新聞は、日々、この問題を追い続け、
数多くの人々が基地の即時返還を求めて立ち上がっている。
しかし、その様子が本土のマスコミに取り上げられる率は限りなく小さい。

「冬ソナ」ブームで韓国を訪ねる女性が激増している?
そんなこと、ゴールデンタイムのニュースで数分間の貴重な時間を使い、
国民に知らせるべきことなのか?
体を張って基地建設を阻止しようとしているおじいやおばあたちの姿が、
本土のテレビではほとんど見られない。

防衛施設局の調査がはじまりましたと、調査員の乗った船を映し出すのはそれでいい。
しかし、同時に、どのような反対運動が巻き起こっているのか、
その様子をもきちんと伝えて初めて“メディア”と呼べる。


沖縄のアメリカ軍基地からは、イラクに向けてアメリカ兵が飛び立っている。
辺野古の海岸で訓練を積んだアメリカ兵がイラクの人々の命を奪っている。
日本は既に戦争の当事者となっているのに、
兵隊を派遣している当の国民は、その大半が戦争を行なっている自覚がない。

「日本人は現状を認める名人だ」的なことを言ったのは、埴谷雄高さんだったろうか。
多少現状に対してぶつぶつとは言うものの、
やってしまったことは仕方ないじゃないか、というのがぼくらの姿勢。

追認追認で、いつの間にやら戦争へ。
満州事変から日中戦争へ向かうころの日本人と似ていると、最近、よく指摘されている。

60年前、ぼくらの胸に沸き起こったように、
自分自身の対応や判断を後悔するときが近い将来きっとくる。





外から帰ると、辺野古を取材している沖縄の記者からメールが来ていた。

海上に浮かぶ防衛施設局の調査船に向かって拳を突き上げるお年寄りたちは涙を流していたという。

「そのようす、見ていられなかった」

と、記者は書いている。
その姿こそヘッドラインであるはずなのに、きょうもニュースはピンぼけだ。

おじい、おばあの涙の意味を、あとを継ぐ者たちが身をもって知るのはいつのことだろう?


♪BGM=Sonny Boy Williamson 『 The Real Folk Blues 』





「BGMには、渋~いブルースなんてどう?」

そうディレクターが言うので、きょうはブルースざんまい。
しかし、我が家には、渋くない、エレキでギンギン的ブルースばかり。
ご期待に添えそうにないな~。


ブルースざんまい&半日、本を探してネットの書店やオークションをウロウロ。
と言っても、探しているのは希少版や絶版本ではなく、
大きめの書店に行けば書棚に並んでいるような、ごく普通の単行本と文庫本数冊。

だがしかし、新品を定価で買うのはもったいない。仕事のためだもん。
向上心がないと言われるかもしれないけれど、結構な出費になるのだ。
参考図書の費用を出してもらったことは、この仕事を始めて15、6年になるが、2度しかない。
そのうち1度は、「領収書をつけて、本も返せ」というお達しだったので、こちらから遠慮した。

図書館も利用するけど、行くのが面倒。
読むべき本がわかっていて、それが手に届く価格なら、買ってしまった方が時間のムダもなくていい。

と思い、ネットを探索するのである。

中古本やオークションは安いけれど、送料などを含めたら定価とあまりかわらなくなるものも。
Amazonなどは一定額以上購入すると、送料はタダになる。

新品と中古、どう組み合わせれば一番安く手にはいるのか?
う~ん・・・・計算がまったくダメなので、アタマがイタイ。

と、あれこれ悩んで、Amazonで定価購入しても、オークションと中古を混ぜても、
結局200円ちょいしか違わないことが6時ちょい前に判明。

あぁ、半日、なにをやっていたのやら。あほくさ。

これが欲しいCDだったりするとBOXでもスパッと買えるのだが、
仕事で“読まねばならぬ”本となると、なぜか(当然?)購入意欲がわかん。

つい最近の仕事で、どうしても読んでおきたくて泣く泣く定価で買った本が、
きのう、書店に行ったら文庫の新刊コーナーに並んでいた。悔し~っ!!!
こんなことがあるから、買うのに慎重になるのだ(ホントか?)。

ぼくは買った本のカバーをはずし、かつ、線を引き、書き込みをしながら読むタイプなので、
必要がなくなっても古本屋さんは引き取ってくれない。
本棚に並べればいいのだが、根がズボラなので、机の回りに積んどくことになる。

毎日聞くCDも棚に戻さず、そのへんに積んでおくので、
イスから立ち上がり、部屋を出ようとするたび、ガシャンばたんんドッタン!!と何かが落ちる。

あぁぁぁぁぁっ! うっとおしいっ!!

あしたこそ部屋を片づけようと思いつつ、たぶんもう半年は過ぎた。
あと数ヶ月は、確実にこのまま+より積み上がる。

あとは大掃除に期待をかけるだけかな、やっぱ。


♪BGM=『 Chess Blues Classics 』





ぼくは制作に携わった番組が放映される際、
その番組を見ることができる地域に住む友人知人に「見てねメール」を出すことが多い。
ローカルで放送する場合は、その県に住む方々に。
たまに全国ネットの場合は、より多くの人たちに「見てちょうだい」とお知らせする。

今回、初めて名古屋の局で仕事をさせてもらった。その番組も紆余曲折を経て、もうすぐオンエア。
さて、その局がカバーする地域へ住む友人知人に「見てねメール」を出そうと思って、はたと気づいた。

「知ってる人、いないじゃん・・・」

その局がカバーするエリアは、愛知県、三重県、そして岐阜県だそう。
そこに住む友人知人が、まるでいないのだ。あらら、残念。

でも、なるべく多くの人に見て欲しいので、メール作戦を変更し、日記作戦に出ることにした。


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番組のタイトル=『わたしたちは戦争を見たか』。

概要はこちら→「メ~テレドキュメントのページ」 「番組マニフェスト」

9.11をきっかけにアフガニスタンのタリバン政権を崩壊させたアメリカは、
その勢いのままに大義を明瞭にせず、2003年3月20日、イラクへの空爆を始めた。

その圧倒的軍事力により、ブッシュ大統領が戦闘終結を出したのは、
アメリカ軍が空爆を始めてからわずか2ヵ月後。
「自由の勝利だ」とブッシュ大統領は胸を張った。

しかし、その後も戦闘状態は続き、今や泥沼化。バグダッドから、ファルージャから、ナジャフから、
戦闘の情報が届き、数多くの市民が死傷している。

今日も届けられる戦場の映像。
しかし、テレビのニュースで流れるそうした映像は、どこまで“事実”を語っているのか?
テレビでは伝えられていない部分があるのではないか?

そうした疑問から、この番組はスタートした。(ディレクターの思い→「スタッフのつぶやき」


登場人物は・・・・

・綿井健陽さん ====== フリー・ジャーナリスト(アジア・プレス)

・安田純平さん ====== フリー・ジャーナリスト(元地方新聞紙記者)

・久保田弘信さん ==== フリー・ジャーナリスト(アジア・ニュース)

・平良夏芽さん ====== 牧師。平和活動家

・広河隆一さん ====== フリー・カメラマン。『DAYS JAPAN』編集長

・石川文洋さん ====== フリー・カメラマン(ベトナム戦争に従軍)

・東京キー局ニュース編集長&カメラマン

・イギリスBBCニュース編集主幹


ディレクターの努力により、戦争の最前線を知るこうした方々にご協力いただき、

・現在、映像が伝える「戦場」は、現実を伝え切れているのか。

・ベトナム戦争のころとの違いはなんなのか。

・「エンベッド」取材に代表される「攻撃する側の視点」と「攻撃される側の視点」。

・既存のテレビや雑誌に失望し、自らの媒体を作るジャーナリストの思いは。

といったことを明らかにしていく。


・タイトル:『わたしたちは戦争を見たか』

・放 映 局:名古屋テレビ(メ~テレ)

・放送日時:9月11日 午後1時から55分間


愛知、三重、岐阜にお住まいの方々、ご高覧いただけると幸いです。

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とまぁ、こうした内容のメールを、通常は友人知人に送る。

送りつつも、ふと空しくなることがある。
一旦、流れた番組、特にドキュメンタリーは、もう帰ってはこないのだ。

上記の番組はCM込みで55分、いわゆる1時間番組。
午後1時から55分間、スッと流れて、それで終わり。
よほどのことがない限り、もう二度と流れない。

たま~に、“番販”と言って、系列局などがその番組を買い、流すことがある。
しかし、それはいつどこで、どの局が流すのか把握できないので、
ぼくは見て欲しい番組が友人知人の住む地域の局で流されたとしても「見てね」と伝えることができない。

映画も、雑誌も、発表されてからかなり長い間、「見てね」「読んでね」と言うことができる。
テレビはそれができない。流れてしまえばそれで終わり。
もし、心に残った番組があっても、友人知人に「あれ、見るといいよ」とは伝えられない。

ドラマやアニメならば“続き”があるし、再放送も期待できる。
だが、その他の番組は、オンエアされるとそれで完了。再放送はまずあり得ない。

NHKが深夜、放送している「アーカイブスシリーズ」のような流し方をやろうとしている局もある。
が、しかし、スポンサーがつくことを前提としている民放では、なかなか難しい。

デジタル放送になると、技術的にはみっつの番組を同時に流すことが可能だ。
そのときに、例えばドキュメンタリー専門チャンネルなどができると、
埋没したいい番組が陽の目を見るかもしれない。
しかし、ひとつの局ではコンテンツはすぐ底をつく。
流す番組がなければ、「3番組を同時に流せます」なんていばっても意味がない。

やっぱり、ローカル局が互いに番組を補填し合う、
ローカル局のネットワークが必要なんじゃないだろうか。


あら、話の内容が変わっとる。


愛知、三重、岐阜の皆さん、ぜひご覧くださいませ。


「見てやってにょ」

♪BGM=Santana 『 Amigos 』





出かけてばっかりで、アタマも体もふわふわ。落ち着かんなぁ。

出先で日記を書こうにも、ノートパソコンはネットにつながる設定にしてないし、
仕事先でパソコンを使わせてもらうには、それ相当な蛮勇がいる。

ノートパソコン、以前はネットに接続できるようにしていたのだけど、
ある日突然、つながらなくなった。
以来、なにをどうやってもアカン。

元々、パソコン歴は古くても、内容はさっぱりのぼくがネットに接続できるようになったのは偶然だった。
なんだかよ~わからんまま、ごちゃごちゃやってたら突然つながった。
だから、突然つながらなくなっても、悲しいかな、元に戻せない。

どうして通信関係って、難しいんだろ。
もっとシロウトに易しくして欲しい。

以前は、出先のホテルで電話線をつっこみ、メールを出したり、webを見たりとネットで遊べたのだが、
つながらなくなってからは、出先でもテレビが友だちになってしまった。

打合せと称した飲み会からホテルに戻ると確実に0時、1時を回る。
テレビをONしても、面白いのはテレビショッピングくらいのものだけど、
それをつけたまま、ぼや~っとしていることが多い。
決して画面を見つめているわけではなく、なんとなくついているのだ。

ぼくはホテルの部屋にある冷蔵庫が好きで、外から戻ってからもなんだかんだと飲みまくっていた。
冷蔵庫をカラにして帰らないと、義務を果たしていないような感じ。
と言うより、遠足に来たみたいで嬉しいのだ。だから、夜更けまで眠れない。

以前、他の人と同じホテルに泊まったとき(部屋は別)、冷蔵庫をカラにし、
ウィスキーのミニボトルまで飲んで、それがまた¥6,000もしたもんだから、たいそう呆れられた。
料金は当然飲んだぼくが払うのだから、もったいないといえばかなりもったいない。

最近はさすがに体に悪かろうと、せいぜいペットボトルのお茶を飲むくらい。
でも、ペットボトルのお茶を飲みつつ、ぼ~っと3時過ぎまで起きているのはナゼ?
やっぱり、遠足。環境がかわって嬉しいんだろうと思う。

しかし、目が覚めるのは、自宅にいるときと同じ6時。あぁ、ネムイ・・・。

そんな日々を続けていると調子が狂う。
きょうはうなる台風の中、一日自宅へ閉じこもり。ますます妙な感じ。

早くペースを戻さねば。


「ヒモ、大好きですねん」


「でぶ?」






すんげ~びかびかのいい天気。
窓から差し込む陽差しが肌に痛い。

でも、もう夏の陽差しじゃない。吹く風は心地いい。

少しずつ、季節は秋へ。
天高く馬肥ゆる秋。季候もいい、食べ物もおいしい。
ぶどう、栗、梨、桃・・・・あぁ、早く食べたい。

が、しかし、秋はぼくにとって大の苦手の季節。大きな関門。
体調が確実にダウンの方向へ。毎年、同じ繰り返し。
暑いか寒いか、そのどちらかでないとダメ。「いい気候」がアカンのだ。

早く寒くならんかなぁ、と思いつつ、これから3ヵ月ばかり過ごすことになる。





きょうはこれから南へ下る。
番組のテーマは、特攻隊の青年とその父。

きのうまで、戦争報道に関する番組をやっていて、きょうからは特攻隊。
明るい番組をやる機会がなかなかない。

お声がかかればなんでもやるのがぼくのスタンスだけど、明るいテーマは企画の段階で振り落とされ、
ぼくのところまでくることがめったにない。
重いテーマの方が、見ている側も感情移入がしやすいから、きっと好まれるのだろう。

特攻隊をテーマとした番組は、これまでたくさん制作されている。
違う視点、切り口を見つけられるのか。そこがポイント。
今のところ、そのポイントを見つけられずにいる。

ま、資料を読み始めたのはきのうだし、なんとかなるであろ~。

♪BGM=Oleans 『 Still The One - Live 』





巨大台風が来る直前に巡業へ出て、編集室に閉じこもり、
帰ってみると台風一過、すっきり青空、爽やかな風。

夜ともなれば、虫の鳴き声でテレビの音が聞きづらいほど。
寝るときには、タオルケットに布団をプラス。

あぁ、もう秋だぁ。

と思いきや、きょうは昼前に太陽が顔を出し、ぎらぎら。暑い。
朝、天気予報で30℃をこえると言っていた。
天気予報、最近、よく当たるなぁ。申し訳ないけど、残念。

新幹線で巡業から帰り、あぁ、あしたは飛行機に乗って南に下らねば。
そわそわざわざわ落ち着かん。気が休まらないのがちと困る。

きょうは昼寝の日にしよう。





男子マラソン、見れなかった。飛び入りバカもんを見たかったなぁ。

あのオヤジ、以前、F1中継のときにもコースへ飛び込み、マシンへ向かって走り出した。
アナウンサーと解説者とが「危ないっ!!」と絶叫したのを思い出す。
確かに危なかった。F1ドライバーの腕があったからよけられたけど、ぼくなら確実にはねている。
他にも、ウィンブルドン(だったかな?)のコートへも乱入したことがあるとか。

その行為は「キリストのお告げ」らしいが、トップを走っていたブラジルの選手は気の毒だった。
あんなことがあって、リズムを乱され、それでも走り切ったのは素晴らしい。
それも銅メダル。精神力のたまものだ。

マラソンを棄権したラドクリフ選手は、1万メートルに果敢に出場。
しかし、途中でレースを投げ出した。
トップを突っ走るはずだったマラソンで日本のちびっ子の後塵を拝し、傷ついた心。
それを奮い立たせ、1万メートルのスタートラインに立ったのは立派だった。勇気がある人だ。
でも、それならば最後まで走らなきゃダメだろう。ケガじゃないんだから。
失った自信が遠くなるばかりだ。

日本の福士選手はトップから2週も遅れても、もがきながらゴールインした。
ラドクリフ選手の傷ついたプライドは復活するだろうか。
再びレースを完走できるようになるだろうか。ちょっと心配。





昼寝の日にするべく、昼食後、二つ折りの座布団を枕にごろりと横になっていたら、
ディレクターよりナレーションチェックのお達しが。
きのう、お偉いさんたちの試写があり、なんだかんだあれやこれやともめたらしい。

船頭が多いと舟は山へ登るとか。
プロデューサーやそのまた上、そして社長もと、チェックをする局もあれば、
プロデューサーさえ一度も見ないままオンエアする局もある。
明らかな過ちがない限り、ディレクターが作りたいままに作った番組を
視聴者に見てもらうべきだとぼくは思う。それで叱られたらいいじゃないか。
番組の善し悪しを決めるのは視聴者で、お偉いさんや審査員ではない。

視聴者のお叱りは、最終使用者の実感。
モノ作りの世界では喜ぶべきことだろうに・・・・・。

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