番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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7:22の新幹線に乗って京都へ。

10:06、京都着。以前は3時間以上かかった気がするのだが、早くなった。

東海道線に乗り換え、降り立ったのは山崎の駅。
山陰なのか、空気がひんやりしていて心地いい。

山崎にはサントリーはじめ、製薬会社などの研究所が立ち並ぶ。
空気同様、研究に必要な水もきっときれいなのだろう。
駅前は意外に思えるほどに静か。
この地にある美術館を訪ねる人たちの姿がちらほら目につくくらい。
落ち着いたいい街だ。

この街の某企業を訪ねる。番組制作前のリサーチだ。
一応、予習はしてきたものの、どんな話が聞けるやら。

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AM8:55

いい天気。

洗濯して、干して、あぁ、ぼんやり。。。。。。なにすっかなぁ。

陽だまりぽかぽか。ネコ助ごきげん。

「うふふ」

脳みそ、溶けるぞぉ。


ほんに、いい天気やなぁ・・・・おフロ、入りたいなぁ。

20日の土曜日。カゼで一日寝込んだ日以降、フロ回避。
もう10日になってしまうぅぅぅぅ。。。。。。。ばっこい。
下着は毎日取り替えてはいても、気持ちわるいよぉ。

21日の日曜日から泊りがけで編集作業。
カゼの余韻もあるし、ホテルに戻る時間も遅いしで、バスは使わず。

一、二泊の場合は、ぼくは普段からホテルで入浴しない。
ノドが虚弱なので、ちょっとした湯冷めがノドにくる。
ホテルの乾燥した空気にも用心用心。濡れタオルをぶら下げ、マスクをかけて就寝。
朝、起きたときには、マスクはどこかに行っているけれど。

あしたは関西行きだし、身ぎれいにしたいなぁ。
でも、まだセキが抜けきれないし・・・・・どうしようかなぁ。難問じゃ。






PM10:09

医者にクスリをもらいに行き、フロはど~しよ~かな~とグダグダぐずぐずしていたら、
今日中にやらねばならないことがあることを忘れているのに気がついた。

だもんで結局、きょうもフロはナシ。同僚&上司にいたらヤだな~、こんなおやぢ。

あしたは6時前に家を出ないと新幹線に間に合わない。
いなか住まいは、こんなときに困るなぁ。

でもって、あしたはどこに行くのか、実はまだよく分からなかったりする。
引率者がいるので、彼まかせ。待ち合わせ場所で会えなかったら路頭に迷う。

あ、今は携帯があるから、迷子にはならんな。

路頭に迷うスリルも味わえないのか。文明の利器はつまらんのぉ。

さっさとやって、とっとと寝よ。




AM 10:04

携帯かけてるバカがいる。
迷惑になると車内放送があったばかりなのに、あのオヤジは。
「出張なんですわ、ガハハ」で終るかと思いきや、世間話になだれ込む。
こんなヤカラは社会生活を送るセンスがないとしか思えない。

運転中の携帯使用が禁止になった。
当然だが、TVで街行くオッサンが「ビジネスチャンスをのがしたらどうしてくれる」といきまいていた。
よほどチャンスに無縁なんだな。だから首から携帯をぶら下げてるのね。
ケータイ奴隷は、自分だけですっ転べ。巻き添えになるのはまっぴらだ。

まだ話してる、あのオヤジ。
子供に見せられるのか、その姿。






PM 9:11

テレビのチャンネルを回す(死語?)と、演歌の響き。
画面の右上に「日本作詩大賞」のスーパー。
まだあるんだ、この賞。「レコード大賞」同様、なんだか懐かしいなぁ。

入れ替わり歌われるノミネート曲。
曲はもちろんのこと、出てくる歌手の皆さん、とんと知らない。
演歌を歌う若い女の子もいるんだなぁ。
こういう人たち、普段はどこで歌っているんだろう?
昔々の『ザ・ベストテン』のように、“歌謡曲”を歌って聞かせる番組が姿を消して久しい。

音楽事務所に就職した友人は、新人演歌歌手のマネージャーを命ぜられ、
北へ南へと“レコード店”を回っていたけど、今でもお店の前でカラオケ流しながら歌うのかな?

おぉ、石川さゆりさん登場。いつの間にやら大御所だなぁ。
白い帽子をかぶり、♪おもい出します かくれんぼ~♪ とデビューしたのは何年前かしら?
桜田淳子さんの後塵を拝していたけど、結局、芸の世界で生き残ったのは石川さんだった。

「作詩大賞」(「詞」じゃなくて「詩」。選ぶ側のこだわりなのかな?)だから、画面の下に歌詞が出る。
曲として聞くとそうでもないけど、文字で読むとどろどろの歌詞が多いなぁ。

♪憎さ 愛しさ そっと指をかむ~♪

お~、こわ。
人間同士の愛憎関係って、こんなにぬめぬめしてるんだなぁ。


司会の徳光さんが発表する第37回作詩大賞は、『釧路湿原』。作詩は、木下龍太郎氏。
う~ん、曲も知らなけりゃ、作者も知らない。


<一番>
愛の暮らしも月日がたてば どこかでボタンの掛け違い

釧路湿原・・・・・・荒野をめぐる迷い川

別れたはずの あなたの胸に いつか心は後もどり

<二番>
二度とあの日に戻れぬ旅は 地図なし当てなしひとり旅

釧路湿原・・・・・・明日が見えぬ迷い川

あなたの居ない心の闇を どうぞ照らして星明かり


メロディなしの、文字だけ読むと・・・・むむむ・・・いい詩なのかしら?

詩の優劣ってどこで決まるのだろう。
言葉を受け取る側の心情で、その価値はまったく変わるだろうに。

過去の振り返り映像によると、
昭和50年度-『シクラメンのかほり』、昭和51年度-『北の宿』、
昭和53年度-『青葉城恋歌』、平成8年度-『珍島物語』、
平成12年度-『箱根八里の半次郎』などなどが大賞を受賞したらしい。

ホントに“詩”の内容で決めたのかなぁ。





Antonio Carlos Jobim 『 Wave 』


演歌をたっぷり聞いたので、ボサノバで気分転換。
大学1年のとき、幻泉館主人さんの下宿で初めて聞いたアントニオ・カルロス・ジョビン。
軽やかなタッチが、いいね、やっぱり。






AM 2:44

ナレーションの収録&整音終了。ホテルへ。
街は若い衆がぞろぞろ。
こんな時間にどこへ行くのかなぁ。
じゃれ合いながら歩く男の子たち。
ぼくもあのころ、崩れ去る時間を気にかけようとせず、
友人たちと通りをでんぐり返りで行ったっけ。
よじ登った電信柱から飛び降りて足をくじいたアホたれを
下宿まで背負って行ったこともあったなぁ。
女の子と話すより、男同士で飲み騒ぐ方がずっと楽しかった。

みんな、どこでなにをしてるのだろう。
きっとどこかで、元気に生きている。
そう思えるだけでいいんだ、きっとね。


♪BGM=soulive 『 Turn It out 』





あした、収録予定のナレーションを昼前にあげて、メールで送る。
あぁ、よかった。あとは、ある詩人をテーマにした会の台本だけ。
流れは簡単、2時間あれば楽勝だ。

なんて思って丸3時間。一行も進まず、パソコンとにらめっこ・・・・・・。

なんでやね~ん!!

もうずっと前、新人歌手発掘歌謡祭みたいなイベントの台本を書いていたころはスイスイだったのに、
きょうは、ステージの様子がまったくアタマに浮かばない。

開演の挨拶は下手? 上手?
え、上手ってどっちだったっけ? 向かって右か?

おいおい、イロハを忘れてどうすんねん。でも、忘れちょる。
ステージ関係の仕事、もう何年もやってないんだった。

人の動きがイメージできないと、こんなにも言葉も書けないものなのかしら。
これに沿って人が動くから、得意のでっち上げもできん。

締め切りはきょうの夕方やで~。
あぁ、胃袋が、イデデ。。。。。





♪BGM=America 『 Highway - 30 Years Of America 』





PM4:58

あぁ、夕方になってしまう~っ!!

って、もうとっくに暗いのだった。きょうは、一日、雨。
昼下がりにはしばらくどしゃ降りに。窓を叩く雨音がすごかった。

雨のせいか、気温はそれほど下がらない。
そういえば、まだ、ストーブを出してないや。
フリース上下でこと足りてる。

あら、5時のサイレンが鳴りだした。

夕方に送るっていう約束だけど、夕方って何時までかなぁ。
8時くらいまでだな、たぶん。うん、そうに違いない。

たのむ、そうであってくれ~っ!!




♪BGM=Robert Randolph & The Family Band 『 Unclassified 』





てなわけで、PM10:23。

なんとかねじ伏せて、メール添付&FAX送信で相手先へ。
直しが戻ってきて、それに手を入れて、その後、最終打合せという段取りになるハズ。

しかし、ぼくは27、28、30日といない。
相手は29、1日とどこかへ雲隠れ日。
ということは、12月2日までは、前に進めんじゃんか。

でも、29日には台本完成版をどこかへ送らにゃあかんかったはずじゃが?
なんだか互いの予定がこんがらがって、よ~わからん。

当日、みんなで泣きをみればいいか。


ばたばたしていたので、きょうは世の中、なにがあったやら?
新聞、読んだっけ?
魁皇が負けた記事は、読んだ記憶がある。

“器”。この言葉は嫌いだけど、やっぱり魁皇さん、横綱になる“器”じゃないな。
普通にやれば誰よりも強いのに、自分から負けへと突っ込んでしまう。

平常心でいられないのは勝負の世界は当たり前だろうけど、
不安定なこころを推進力にできる者だけが前へ進んでいくことができる。

大関という地位まであがったこと、それだけでもすごいこと。
なのに、“万年横綱候補”と悪いイメージで呼ばれてしまうのは気の毒。

しかし、それはファンの期待の裏返しだぞ。
結婚するとき、元プロレスラーの奥さんは「精神面を鍛えます」と言っていた。
もう一度、カミさんに鍛え直してもらいなさいっ! 

あぁ、才能がもったいない・・・・。


ふくろネコ助。

ディバックの中で居眠り中に・・・・。


「こいつ」


「早よおろさんかい」






ネコ助をのっけて、日記の中味を書こうとしたところで台本修正の連絡が。

んで、中断。・・・・・・・・なにを書こうとしたのか、忘れてしまった・・・・・。


ナレーションの収録は今度の土曜日。金曜の午前中までにはあげなくちゃ。

仕事、しよ。



昨日まで居た臨県県庁所在地へ再度向かう。
今日は別番組打合せ。送ってもらっていた資料&テープ、ようやく今朝見た。あぁ泥縄。
昼食は車中で駅弁。某有名シェフのアドバイスの元、厳選した食材で作ったというのが売り。
しかし、どれもこれも味が濃い。
普通レストランでは、濃い目の味付けにするという。薄味だと怒り出す客がいるんだそうな。
この駅弁も、不特定多数を相手にするために味が濃いのかな。塩分過多になるはずだ。

次のテーマは、漂泊の詩人。
ぼくもフレームバックを背負い、プラプラしたころがあったっけ。
あぁ、もう一度知らない場所を彷徨したいな。




PM10:33

帰宅・・・・・バテたぁ・・・・。

ほとんど知らない人のことをテーマにする番組の打ち合わせは疲れる。
付け焼刃、その日づけの勉強をして行ったけど、ちゃんと調べて準備しとかんとアカンなぁ。

あしたは一日、家にこもろう。


PM10:05
帰宅の特急電車はガラガラ。車内販売がない。
モスバーガー、食べててよかった。
カゼも悪化することなく、編集はひとまず終了。
修正部分はディレクター氏たちに任せて、ぼくはナレーション書き。
ナレーターは女性だから、歌舞伎の女形よろしく女になったつもりで書かなきゃ。
でも、言葉のハシバシに男が顔を出してしまうのはなぜかしら?

窓ガラスに映る我が姿。
ボサボサ頭に穴空きフリース、そのうえ密着マスクとかなり怪しい。
夜道で女性に逃げられそう。
昔、実際にそんなことがあったなぁ。あれはハラ立つ。
鏡を見ろぉ!と言いたいが、ま、このナリじゃムリないかも。


旅先では世間の動きがわからない。
新聞も読まない。TVのニュースは見るものの、何故か頭に残らない。
目に、耳まで使っているのにな。
新聞で読んだ記事は、しばらく覚えてる。紙面の右上にあった、とかそんな風。
昔、試験で、あのページの、あのあたりに出てたのにぃ、という時のあの感じ。
やっぱり、文字の印象の方が脳のシワにより深く刻み込まれるんじゃなかろうか?
TVから得る情報は、結局与えてもらったもの。だからアッサリ忘れてしまうのだな。
読むことは能動。その気にならないとできないことだ。
それを忘れた旅先。アホに近づいているのかも。

臨県の県庁所在地へ。
パジャマにTシャツあれこれ、フリース上下他、
風邪ひきグッズを持参したので、2泊とは思えない荷物の量に。
今日は零時前にチェックインと、編集業務は早仕舞い。よかった。
ビジネスホテルは乾燥してる。濡れタオルをたらし、マスクで保湿。
息をするたび、メガネが曇る。あ~うっとおしい。
とっとと寝ればいいのだが、ほてったアタマが冷えるまでは眠れない。
いつもはビールを飲んだりするけど、風邪あけなので今日はやめとこ。
盆地のこの街。夏は暑く、冬は寒い。朝はもう冷えるとか。
ホテルの軽いフトンは心もとない。
着てた服、全部乗っけたベッドにもぐる。
一日、床の中。昼には寝てるのに飽きたけど、縦になると周囲が回る。
なんで直立二本足歩行なんか選んだのかなぁ。地面に平行だと楽なのに。
今日から編集。結局行けなかった。自己管理の甘さを大反省。遅いけど。
処方薬は抗生物質と、定番の総合感冒剤PL顆粒。
「カゼに効くのは休養だけ」とお医者さん。それを言っちゃあおしまいよ。
しかし、確かにぼくにできるのは、静かにしておくことだけだ。
熱が出るのは免疫細胞がカゼ菌と闘っている証。
免疫君が優勢なのか、夕方には熱も下がってきた。
約束破り、信用ガタ落ち。明日は編集に立ち合うぞぉ。
昼より発熱。
3日続けて夜更かしした反動だろうか。
確かに夜の空気は部屋の中でも、もう冷たい。ストーブ、出さなきゃな。
4時頃、病院に行ったら、長椅子が満席。カゼ、はやっているのかな?
明日から編集なのに困った。しかし、このボケ頭じゃ役に立たない。
台本に変更案を鉛筆で書き込んでFAX。
なぜだか2枚ずつズルズル引き込んでしまう。
仕方なく1枚ずつ手差し。29枚送り終るのに30分。
ねぇ、あまりに遅くない? あんた、前からそんなだったっけ。
我が家に来て、もう10年以上たつかなあ。そろそろ隠居させてあげようか。

さてと、寝よ。

きょうは曇天。すーすー涼しい。
昨夜、床についたのは2時ころと、ぼくにしてはものすごく遅い時間。
ふわぁぁ。。。。眠か。

しかし、朝っぱらからネコ助は元気。
ぼくの足元に隠れ、ネコじゃらしのスキをねらってる。

「やったる」




♪BGM= Blind Boys Of Alabama 『 Spirit Of The Century 』




締め切りをあげたら、一気にバテが出た。
体がほてるし、頭がぼける。

ぼくは朝型。朝は何時起きでもだいじょうぶだけど、夜はダメ。
むかしむかし、ラジオの深夜放送を聞いていたころも、
起きていようとがんばってもダメなときが多かった。

夢にカメ・アンド・アンコー(どんな表記だったかなぁ)が登場して、

♪ぼくを呼~ぶよ あのふるさとが 帰っておいでよと

と歌ったことが2、3回あった。
あのころ、ひ弱なアナウンサーだと思っていたあのカメさんが、
のちにニッポン放送の社長になろうとは夢にも思わなかった。

受験生のころも、大学在学中も、徹夜なぞしたことない。
それが、夜に仕事をするのが大好きな業界で仕事をしているのだから、ちょっと困る。

ディレクター氏の中には、番組の編集は夕方開始で夜明けまでと決めているかのように、
昼間は、お茶でも飲んでボ~、という人がいる。
いやいや、そう見えて、実はものすごく忙しいのだが・・・・。

何時に寝ても6時に目が覚め、いったん目覚めると次の夜がくるまでどうにも眠れない体質のぼくは、
出張のときだけナポレオンのごとき3時間睡眠となる。
ぼくがかの皇帝と違うのは、その時間では体と頭がもたない点だ。

出張でもない自宅で、寝るのが午前さまになると、気が張っていない分、よけいに疲れる。

あぁ、頭がほうけるぅ。。。。。

ゴジラを見つつ、もう寝よ。


あら? プレビューしたら、文字がセンターに来ちょる?
なんかタグ、間違えたかな?

ま、きょうはもういいや。


誰かに見つめられている・・・・・。

開けっぱなしの部屋のドア。そっと振り向くと・・・・、

「じ~っ」



こわ・・・・。



♪BGM= UB40 『 The Very Best Of UB40 1980 - 2000 』




自民党の憲法調査会が憲法改正草案大綱の素案をまとめ、憲法改正案起草委員会に提示した。

現行憲法の全面改正(改悪にしか思えんが)を目指し、編み出されたもの。

「戦争放棄」や「自衛隊」に関しては、

「個別的、集団的自衛権を行使するための必要最小限の戦力を保持する組織として、自衛軍を設置する」

だそうだ。
「戦争放棄」の文言こそ残すものの、
「必要最小限の戦力」という表現で自衛隊を正式に軍隊、それも『自衛軍』とすること、
ならびに、「集団的自衛権の行使」を明言している。

「必要最小限の戦力」ってどのくらい?という疑問がすぐわくが、
それよりなにより、
現在の、常識的な憲法解釈では認められていない「集団的自衛権の行使」が可能としていること。

自民党の議員さんはじめ、改憲を目指す人たちは、
はっきりと憲法に「軍事力を使えるぞ!」と明記したいのだろう。
集団的自衛権--みんなでやれば怖くない?

ついでに、『自衛軍』の任務に「国際貢献のための活動」も入れた。
海外どこにでも軍隊を派遣し、どこでででも、「武器を使えるぞ!」と言うことだな。

さらには「国民の責務」として「国家の独立と安全を守る責務」があげられている。
徴兵制は入っていないようだけど、憲法にこういう文言が入れば、あとは法律制定でどうにでもなる。

「派兵する兵士が足りません。お国のために自衛軍へおいでください」

なんてハガキが来たら、断れないです、憲法上。

でも、よその国で武器をぶっ放したり、竹ヤリで敵を迎え撃ったりすることが、
「国家の独立と安全を守る」ことじゃないしね。

安全を守るために白旗振ってもいいかしら? だめ?

天皇を「元首」と定める(“強制”すると嫌われますよ)、「女性天皇」を認める、
さらにさらに「日の丸」「君が代」を国旗&国歌とするとか、
基本的人権に「名誉権」や「プライバシー権」「知る権利」など、「新たな権利」を追加するとか、
いやはや、いちいち反応するのがイヤになるくらいに多岐に渡っている。


しかし、絶対、見逃せない点がある、それは、

「国民投票を実施しなくても、
衆参各院の総議員の3分の2以上の賛成で改正案を成立させることができる」

という点。
ん? じゃもう、あっさり成立できてしまうんでないかい?

「国民投票をしなくてもいい」と書き倒すとは、改憲派の傲慢さを見直してしまうなぁ。
いにしえの正統派右翼・赤尾敏さんがこの文言を聞いたらどう言うだろうか?

議員の皆さん、聞く耳満たないようですけど、やっぱり言おう。

「おごるなかれ!」

あなた方は、ぼくらが選んでるんですよ。
あなた方に国政を託してはいるけれど、主役はぼくらなんです。
ぼくらを抜きにして憲法を改正する?

ふざけんじゃないっすよ。

まぁ、しかし、憲法改悪のあかつきには、マイケル・ムーアさんじゃないけど、
議員さんのお子さまお孫さま方から順次『自衛軍』にお入れください。

そして、戦火にさらされる肉親を持つ家族がどんな心情になるのか、十二分に体験された上で、
ぼくらやその子孫を“軍人”にしてくださいね。

ぼくは逃げますけど。



♪BGM= Sade 『 Smoothoperator 』




「喪中につき年末年始のご挨拶ご遠慮申し上げます」

こんなハガキが舞い込む季節になったんだなぁ。早か~。
街に出るとどこもかしこもジングルベルだし、
しめ飾りどころか鯉のぼりをあげている仏壇屋さんも。なに考えとんじゃぁ。

まだ11月ん半ばばい。
そげん急がんでちゃよかやん。

しかしなぁ、喪中のハガキって、どうして出すのだろう?
正月に「おめでとう」と言うことをはばかるんだろうけど、
どちらがどちらをはばかるのかしら。

賀状を出した先に対して、“死”が舞い込まないようにするのかなぁ。
しばし“死”が滞在する家に、自分の賀状が「おめでとう」と入っていくことを忌み嫌うのかしら。
年の初めに、縁起が悪いってことかな。
肉親が世を去ったのに「おめでとう」と言われるのがイヤだからかな?
これは違うな、きっと。でも、よくわからない。

ぼくは義父が亡くなったとき、喪中のハガキを出さなかった。
亡くなったのが年末だったこともあるけれど、もし出す余裕があっても出さなかっただろう。

出す意味がわからないし、会ったことも見たことも、その存在さえ知らないだろう人に、
「義父が永眠しましたので云々」と伝える度胸はないなぁ。

連絡していないので、元旦、年賀状が届いた。
その「おめでとう」と書かれている年賀状に、別にイヤな感情がわくこともない。
返事は、2月の頭に、昨年義父が亡くなった旨の内容をいれつつ、出した。

まぁ、非常識!
なんて言う人、言う地方もあるだろうな、きっと。
でも、これがぼくの常識なんだな。

きょう、届いた喪中のハガキは、おばあさんが亡くなったそうだ。
「えっと、誰だっけ?」と考えて、ようやく顔が思い出せる。そんな、仕事でしか付き合いのない人。
そのおばあさんが亡くなったと通知が来ても困るなぁ。
冥福を祈ろうにも、ウソっこになりそうでイヤじゃ。

宛名はタックシールで打ち出している。
ぼくにまで出してくれなくてもいいんですよ。大変だもん。

「また破いちまったで~」




医師でもあった、ある詩人にちなんだ、こじんまりとした講演と対談。

温かな雰囲気になれば成功かな、などと思いつつ会場を下見。
するとパソコンで操作するOHPが、どこから投影しても演者にかぶることが判明。

急遽スライドを使うことになったのだけど、
人手が足りないのでぼくがスライド係をやるハメに。
パソコンだと画像の順序を飛ばすのも簡単。しかし、スライドではそうもいかない。
話に合わせて画像を出し入れするとあわただしくて見ていられない。

操作もうまくできんし、どうするかなぁ?

本番は来月アタマだけど、急に不安がむくむく・・・・・。



♪BGM= Black Foot 『 Rattlesnake Rock'N'Roll 』



*PM11:43

きのう、けっきょくさぼったおかげで、夜、家に帰ってきて、机に向かうことに。
やっぱり自分に戻ってきてしまうのだなぁ・・・・しみじみ。

しかし、戦後わずか4年目、昭和29年制作の『ゴジラ』はよくできてる。
制作者側の「水爆の恐怖を伝えたい」という思いがヒシヒシと伝わってくるし、
それよりなにより、ゆっくりうごくゴジラがコワい。

このあと、ゴジラは動きが軽やかになり、表情が豊かになっていった。
そして、『おそ松君』のイヤミの“シェ~”をやり、
若大将を気取って「幸せだなぁ」と鼻をかき、
いつのまにやら子どもまで作ってしまう。

人間のお友だちと化してしまうのだ。
ついには、モスラやラドン、アンギラスなどと共に、
人間に作ってもらった怪獣ランドの住人に成り下がる。

ずっと公開時に見続けて、がっくりがっくりがっくり・・・という感じだった。
やっぱり、ゴジラは、人間がどう抗っても歯もたたない存在であって欲しい。

だけど、高層ビルの中のゴジラは、数百メートルというビルのスケール感に圧迫され、
ただただやみくもに熱線を吐くだけ。それも、巨大なビルに穴を開けるだけになった。

誕生して50年目。やはりそろそろ眠りについた方がいいのかもしれない。


♪BGM=Thin Lizzy 『 Live And Dangerous 』





「のびのびぃ~っ」


録画していた『シュレック』を見る。

孤独な怪物(プロレスのストロング小林に似てる)と、囚われの身のお姫さま。
旅をしながら互いに心をひかれていくのも、呪いがとけたお姫様の真の姿が醜かったのも、
それでもやっぱりハッピーエンドだったのも、想像通りだったけど、楽しかった。

エンディングが『 I'm A Believer 』なのも泣かせる。
やっぱりよくできてるなぁ。

しかし、ひっかかったのが吹き替え。特に、シュレック役。
ダウンタウンの浜ちゃんだったが、シュレックのキャラクターとズレている気がした。
声が高すぎ。もっと落ち着いた声の方が雰囲気が出た、きっと。

彼は声優じゃないし、俳優でもないから、やはりヘタだ。
俳優としてドラマに出ているときは、全身が“浜ちゃん”だから多少ヘタでも許せるし、見ていられる。
しかし、声優は声だけで勝負しなければならない。
声だけで喜怒哀楽を表現することができねばダメなのだ。

それが浜ちゃんにはできていない。どう考えてもミスキャスト。
それは、お姫さま役の藤原紀香さんも同様。
ヘタなふたりと混じって話す、オリジナルではエディ・マーフィが吹き替えをやっていた、
ロバのドンキー役・山寺宏一さんのうまさが一層際立っていた。

やっぱり、その道のプロは違う。
餅は餅屋。専門家に任せておけばいいのだ。

それはドキュメンタリーのナレーターも同じ。
たまに予算があると名のある女優や俳優を使いたがる傾向アリ。
そして、ナレーションが専門の人を起用した方が良かったんじゃない?と思える場合、多々あり。

制作側の自己満足に過ぎないように思えるんだけどな。

ぼくは、映画などの吹き替えは、声の主の顔が思い浮かぶようではダメだと思っている。
目をつぶってシュレックの声をきくと、浜ちゃんのまるで地声である。
あぁ、うっとおしい。

声優に人気者を起用することで『シュレック』放映の話題を喚起したかったんだろう。
映画の内容だけで十二分におもしろいのに、余計な演出はやめて欲しかった。

まぁ、それは浜ちゃんや藤原さんのせいじゃない。
声優並みにうまくやることを基本的に漫才師の浜ちゃんに求めることは間違っている。
起用した方の問題だろう。

もうひとつ、納得できないことが。
どうしてシュレックは関西弁なんだろうか?
オリジナルも、例えば南部ナマリのある英語なんだろうか?

声優に浜ちゃんを起用することを決めた時点で、
セリフを関西弁にして、おもしろさ、かなしさを強調したかったんだとは思う。
浜ちゃんに標準語(または東京弁)を使わせても意味ないし。

だが、九州弁や東北弁を話すシュレックを制作側は考えただろうか?
いやいや、チラとも考えなかったに違いない。

「そげんこつ、すな!」

「しゃぁしい、ちった、黙っとかんか!」

「あ~、どべたんにいぼったぁ!」

「うち、あんた、好いちょるとよ」

なんて、九州弁(上記は筑豊弁かな?)のシュレックじゃ、アカンかなぁ。

昔、友人が飲んでる席で『ロミオとジュリエット』のさわりを九州弁でやって受けたことがある。

「あぁ、ロミオしゃん、ロミオしゃん、なしてあんたはロミオなん?」

九州弁の『シュレック』、捨てたもんじゃないと思うけどなぁ。



♪BGM= Bonnie Raitt 『 Silver Lining 』


*PM5:52

おっと、中座。


*PM10:56

復帰。なに書こうとしてたんだっけな? 忘れてしもうた。


夕方、宅配便がきて席をはずした。
で、米を研いでないことに気づいてシャカシャカ。

そのまま夕食作りになだれ込み、メシを食いながらTVを見てガハハと笑い、
8時からBS2で『ゴジラ』(昭和29年の第一作)を、ゴジラが登場するシーンまで見て、お仕事。

10時半からカラスの行水(でも髪も洗った)。
タオルを頭に巻き、「ハリマオ・スタイル」(「水戸黄門」とも「南京玉すだれ」とも)で、
はぁ~ゴクラクじゃわいと座ったらもうこの時間。

髪を乾かさんとカゼ引くど。ドライヤーで、ご~。

普通はこれで寝るのだけれど、きょうはまだ眠れない。
お仕事しまっしょ。







♪BGM= Clash 『 Combat Rock 』






きのう、部屋の(と言うか、CDの)片づけをしたら、ガバとゴミが出た。
そのうち、段ボールと発泡スチロールは燃えるゴミ(市では「燃やすゴミ」と言っている)には出せない。
プリンタ2台と一緒に、市の分別ゴミ処理場まで持っていく。

プリンタの1台は10年近く前に買ったレーザー・プリンタ。
印刷した紙の裏を使おうとすると、必ず紙詰まりを起こすので、アタマにきて部屋の隅にぶちゃってた。

もう1台はカステラ一本大のサイズ。出たころは“世界で一番小さい”というのが売りだった。
当時はまだ4キロ近くあったノートブックと共に、ディパックに入れて持ち歩いた。
そんな体力は、もうナイ。

使おうと思えばまだまだ使える。しかし、静かにほこりをかぶったまま、ゴミ処理場へ。
車に戻るときにふと振り返ると、電化製品のケージの一番上にレーザープリンタが乗っていた。
淋しげだった。

片づけついでに録画したVHSテープも整理。
ハードディスク・プレイヤーを導入してから、VHSテープはとんと使わなくなった。

ここで発見。
全作、TV放映時にダビングしたと思っていた『男はつらいよ』に、3作、欠けがある!
あら~、気がつかんかったなぁ。悔しかぁぁぁ。
それだけテープでは見てないということかしら。

かと思えば、『ダイハード』や『ゴーストバスターズ』『ライトスタッフ』のようにダブって録画してるものも。
『ライトスタッフ』だけは、映画館でも見た。
大人気の映画というわけではなかった記憶があるけど、おもしろい。
原作のトム・ウルフが「現代の旗手」と呼ばれていたころ。
どこがどう「旗手」なのか、よくわからなかったけど。

この、VHSテープがゴミとして大量に出た。
ぼくの仕事は取材テープを見なければ始まらない。
同じ県の局だと何度か通って見ることができるけど、他県の局ではそれはムリ。
だから、取材したテープをダビングして送ってもらう。それがたまる。

以前は、仕事が終わるとまとめて送り返していた。
しかし、送り返されるディレクター氏があまり喜ばない。
まぁ、使用済みのVHSテープ、もう一度使うことはあまりないのだろう。

こちら側も、こん包して送る手間と費用とが負担になる。
仕事が済んでしまってから、発送費を請求することもなんとなくはばかられるし。

VHSテープは本数がかさむとかなり重い。
以前、某局の仕事が終わったときにまとめて段ボール箱に入れて送り返したテープは、
その重さが22キロあった。
家の斜め前にある宅配便を扱う酒屋に運ぶのがしんどいのなんの。
こんなもの、送られる方も気の毒だと思ったことだった。

だから最近は、年に数回、まとめて「燃やすゴミの日」に出している。
最初、燃えないゴミ、またはプラスチック類かなぁと思い、市の担当部署に電話して聞いてみた。
そうしたら「燃やすゴミで出してください」との返事だった。
でも、ほんとに「燃やすゴミ」でいいのか、今でも疑問。

他の自治体ではどうなのかな。





と、ここまで書いてNHKの7時のニュースを見る。
ヘッドラインは『紀宮さまご婚約へ』。

朝刊の一面にも大きく出ていたから、まぁ当然かなぁと思ってみていたら、13分半も続いた。
トップに持ってくるのは仕方ないとしても、30分、実質28分くらいしかないニュースなのに、
半分近くを占めるとは、ちょっと行き過ぎじゃないか?

そこまで国民全体がこの“未決定”ニュースを望んでいるとは思わないし、
視聴者が欲しがっている情報をタレ流すのがニュースとも思えない。

ファルージャはどうなったのか?

ブッシュさんが「4年で国家を作る」と、人々の悲願をオリンピック開催レベルに扱ったパレスチナは?

水中に没しようとしている山あいの村に見通しは?

西武王国に君臨し続けようと株の操作をした元オーナーのその後は?

伝えるべき出来事は、もっとあるんじゃないのかな?
ニュースデスクの、ひいては局の考え方がよくわかる。

新聞も放っておくはずはなく、大阪では号外まで出たらしい。
信じられん・・・・・・・・が、プライバシーとウケを天びんにかけるのはマスコミの常だ。

皇室とつながりを持つようになった人にプライバシーはない。
婚約するとみなされる男性は、鵜の目鷹の目のマスコミ相手にございます言葉に終始し、

「はっきり決まりますまでは、静かに過ごさせていただければ・・・」。

そう。まだ、婚約してはいない。『婚約“へ”』だ。
しかし、NHKのニュースには、紀宮側ふたり、男性側ふたりと均等にお知り合いが登場し、
当然のように驚きと祝辞の言葉を並べ立てる。

こうした取材をOKする人の気持ちがよく理解できないなぁ。

ぼくの友人が天皇家の末っ子を妻にすると決めたとしたら・・・・、

「大変だぞぉ」

その言葉しか思い浮かばない。

ま、紀宮さんのお相手の友人がそう言ったとしても、ニュースで流れるはずもない。
流し方、構成の仕方が決まっているのだ。

そんなニュースがあっていいんだろうか?

いいんだろうな、視聴者、読者から大した文句は出ないのだろうし。

マスコミは、その情報を受ける人たちに育てられると言う。
この扱い方、ぼくらに見合った対応の仕方なのだな、きっと。


「ぴったりでない?」



♪BGM= Suzanne Vega 『 Solitude Standing 』






*PM1:30

・・・・・・(息が切れて、話ができず)・・・・・・

きょうは少し遅めの午前9時、机に向かう。
近日中に行なわれる打ち合わせ用の資料、あしたが締め切りだ。

ふと、机の上&周囲の散らかり方が気にかかる。
すでに用無しの資料が開きっぱなし、本は床に積みっぱなし。
仕事中にはずっと流しているCDは、聞いたはしからそのへんに放るので、もうごっちゃごちゃ。
つい最近まで、ラックの中にきちんとABC順に並んでいたはずなのに・・・・。

「つい最近」といっても、去年の暮れのことなのだった。
それからなんの片付けもしていないので、聞きたいCDがどこにあるやら、さっぱり分からない状態に。

こら、あかん。もとのABC順に戻そ。

と、片付け始めたのが運のつき。

CDラックの前には、使わなくなったモニターや仕事にもっていったころころバッグなどが出しっぱなし。
こやつを片付けないと、ラックに到達しない。

が、モニターなどを移動するには、移動先を片付けねばにっちもさっちもいかない。
が、移動先には“積ん読”の本が。その本を動かすには・・・・。
と、連鎖反応でリビングも片付けるハメに。

ようやくCDラックにたどり着き、ABC順に並べ始めたのは11時過ぎ。
Aのトップは「 Allman Brothers Band 」。30年来の大好きバンド。
ついで、「 Aerosmith 」「 Avril Lavigne 」「 Al Kooper 」と続いて「A」のパート、終了。
なぁんだ、すぐすむじゃん。
ちなみに同じアルファベットの中は、枚数の多い順。Allmanは、ソロ作も入れてちょうど40枚だ。

「B」のトップは、やっぱり「 Beatles 」。ついで「 The Band 」「 Black Crows 」「 Bad Company 」
「 Blue Oyster Cult 」「 Bob Marley & The Wailers 」「 Badfinger 」「 Buffalo Springfield 」・・・・
「B」は多いなぁ。

でも、この調子なら、ちょちょいのちょいだ。






ぼくはCDの大半を、ネットを通じてアメリカのUsed Shopで買っている。

昭和天皇が崩御したころ、ぼくは東京からUターンした。
そのとき、引っ越すためのお金がなかったので、当時持っていたLPおよそ400枚をすべて処分。
愛聴盤を1枚数百円(50円というのもあったな・・・)で手放すのは至極残念無念。
いま、思い出しても慙愧にたえない。

その思いがトラウマになったのか、
手元から消えたアルバムを全部手元に買い戻そうと、ネット販売にはまった。
いまも愛用している中古ショップを見つけてからは、ばかすか買いまくる。
そのショップでは、新譜が$8.99。
ぼくが持っていたアルバムは旧譜なので、そのほとんどが$5~6で売られていた。
こりゃ、買わずばなるまい!!

で、売りさばいた400枚は1年余りで揃い、いまではなぜか2200枚を超える枚数に。
7割弱は70年代を中心にしたロック、2割がブルーズ、残りがR&B、ソウル、レゲエ。
そして、ほんのちょっぴりクラシック。

売ったLPは買い戻したと書いたが、日本人アーティストのモノは「 RC Succession 」と「四人囃子」だけ。
フォーク系は1枚も買い戻さなかった。

別に60年代後半から70年代を“卒業”したわけじゃない。
いま、ぼくは仕事中のBGMとしてだけ、音楽を聞く。
日本語の曲は、歌詞の意味がわかるのでその内容に気を取られ、BGMにならないのだ。

しかし、つい最近、必要に迫られて泉谷しげるさんの「初期ベスト」を買った。
『春夏秋冬』『黒いかばん』『春のからっ風』などなど・・・いいなぁ、やっぱり。
で、買い戻そうかなぁと思っている最中なのだった。






CD並べ、「簡単じゃん」と思ったのは浅はかだった。
並べ終わったと思ったアルファベット、例えば「C」のアルバムが「F」まで並べてヒョイとあらわれる。
そんな“ヒョイ”が次から次へ。そのたびに、そのアルファベットに戻ってやり直し。

あぁ、整理整頓は大切じゃぁ。

結局、ABC順に並べ終わったのは、PM1:30。しんどかった。


それから、近くのスーパーへ買物へ。
まずは腹ごしらえと、店内にあるパン屋さんのラウンジでパンをぱくついていたら、
ぷかぷかどんどんちんちんりんりん、なにやら楽しげ騒がしげな音が。

ちんどん屋さんだ! 久しぶりぃ!
ラウンジでパンを食べていたおじいさんが、爪先立ちで伸び上がり、楽しげに見ている。
おじさん、懐かしい?

ちんどん屋さんがかなでるメロディは、あの『天然の美』。

♪ちゃ~ららららら~らら、たららら~らら~♪

あぁ、サーカスを思い出す。
お祭りのお化け屋敷を思い出す。

「親の因果が子に報いぃぃ」

ぎゃ~、へびおんなだぁぁぁぁ!
あ、首のワキからワタが出てる。

いまの若い衆に、『天然の美』とサーカスの微妙な関係、わかるかしら?


おっと、お次はパチンコ屋さんでおなじみの『軍艦マーチ』。

♪守るも攻めるもくろがねの 浮かべる城こそ頼みなる
♪浮かべるその城日の本の みくにのよもを守るべし

なんて、心の中で口ずさんでいる自分に驚く。

♪まがねのそのふね 日の本に あだなす国を攻めよかし

あらら、最後まで歌えてしまった。

次の『長崎の鐘』も歌えた。
もちろん、ぼくは『軍艦マーチ』や『長崎の鐘』の時代を生きてはいない。

ぼくが子どものころ育った家は炭坑夫はじめ、額に汗して働く人のたまり場だった。
台所は板張りで、男衆がよく車座になって賭け花札をやっていた。
冬ともなると、ガンガン燃える石炭ストーブの熱に片肌脱いで、
そのたくましい腕と肩の筋肉を誇示するように札を座に叩きつけ、パチーン!といい音を立てていた。

男衆が座るざぶとんの下には、お札が1万円、5千円、千円、百円と種類別に並べられ、
場ごとに勝敗が決まると現ナマが乱れ飛ぶのだった(別に賭場を開いていたわけではない)。

その場では、勝ってゴキゲンの男衆が大きな声で歌を歌うのが常だった。
その歌の中に『軍艦マーチ』も『長崎の鐘』もあったに違いない。

ぼくは一度だけ、小学生のとき、お年玉を賭けて男衆と花札勝負をしたことがある。
結果はボロ負け。
半泣きのぼくに、男衆たちは「ほら、お年玉や」と、ぼくから巻き上げた額以上のおひねりをくれた。


そんな想い出にひたっていると、ちんどん屋さんは『どうにもとまらない』をかなで出す。
結構、演奏は上手。特にトランペット。吹くのはまだ若い女性だ。
本職なのかな? 音大生のアルバイトかしら?






*PM3:30

買物から帰るともうこの時間。

「あかん、あしたの締め切り、間に合わんぞぉ」

などと思いつつ、習性でついTVをON。
すると『Xゲーム』(ばつゲームではない。エックス・ゲーム)をやっている!
それも、大好きな「インラインスケート」じゃないかぁっ!

半円筒形のコースをぎゅいんぎゅいんとすべりつつ、
回転、ひねりなどなど、さまざまなワザを繰り出すこのインラインスケート、
日本人の「YASUTOKO(やすとこ/漢字を知らない)兄弟」がここ数年、1位を独占している。
そのスピードと高さ、ワザの華麗さは他の追随を許さない。
特に、弟の「TAKESHI」君の高さは尋常じゃない。

会場では、ふたりのお父さんが常にビデオカメラをまわしている。
昔、一世を風靡した『ローラーゲーム』の「東京ボンバーズ」に所属していたという、
前髪の一部だけを金髪に染めたお父さん。

「あれはオレの息子だぁ~!」

ってな感じで嬉しそう。
やっぱり子どもが活躍するのは鼻高々なんだろうな。

NBAにアレン・アイバーソンという、NBA史上最も小さいドラフト全体トップ指名選手にして、
史上最も小さい得点王がいる。
彼が出る試合には、お母さんが必ずやってきて、

「 That's My Boy!/あれは私の息子よっ! 」

と書いた紙を広げている。
その姿はちょくちょく試合中に映し出されるけど、
息子の活躍が嬉しくてたまらないという思いがはちきれそうでほほえましい。

そのお母さん、15才で息子を産んだのだとか。だから、まだ40歳そこそこ。
アイバーソンとならぶと姉と弟のようだ。






結局『Xゲーム』、全部見てしまった。
「YASUTOKO」弟がチャンピオンに。兄は3位。
これで5年連続「YASUTOKO」兄弟がチャンピオンを分け合っている。
すごいなぁ。




あぁ、仕事をせねば・・・・・・・。




♪BGM= Freddie King 『 King Of The Blues 』





朝、パソコンに向かう。仕事を始める前にまずメールチェック。
と言っても、大事な仕事のメールが入っていることはほとんどない。
大半が「確実な出逢い!」とか、「写真公開中の女の子います」とか、「訳あり未亡人、即OK」とか、
そんなメール。
ご苦労さんである。ご苦労なのは一晩中動いてるパソコンだろうけど。

以前は文言に工夫が見えたので読んでいたけど、最近のこの手のメールはまったく面白くない。
努力不足もはなはだしい。人の心をとらえたいなら、もっときばって文章を考えんかい!
開封せずに即ゴミ箱行き。


次に楽天のHPを開く。書き込みがあればお返事を書く。
そして、リンクさせてもらってる方々をご訪問。「ふ~む」と思わされた日記をトラックバック。

このトラックバック、いまだによく理解できていない。
ぼくのページを訪ねてくれた方に、ぼくが「ふ~む」と思った日記を読んで欲しい。
だから、ぼくの日記の下に、読んで欲しい日記の冒頭が追加されれば、
ぼくのページを訪ねてくれた方はそのページへ飛ぶことができる。

しかし、トラックバックすると、「ふ~む」のページに、ぼくのずるずる日記が張り付いてしまう。
「ふ~む」日記とぼくの日記、内容がシンクロしない場合が多い。
だから、「ふ~む」日記を読まれ、トラックバックでぼくのページに来られた方は、
その内容の落差に「なんじゃ、こりゃ?」ということになる。

訪ねて欲しい方のページは「リンクしなさい」ということなのかな?
しかし、「ふ~む」と思った先をすべてリンクすると、あっと言う間にたくさんになってしまう。
確か、リンク先の数は制限されているんじゃなかったっけ?

などと思いつつ、今朝もひとつ、トラックバックをさせてもらった。
他の人にも読んで欲しいそのトラックバック先に張り付いたぼくの日記。
これを読んで欲しいわけではないのだがなぁ。
ぼくのページを見てもトラックバック先がわからないシステムになっているのがどうも理解できん。
使い方がヘタなのかしら?

本屋で立ち読みしていたら「いくつトラバれるか? それが人気ブロッガーのあかし!」という記事に出くわした。
“ブロッガー”に“トラバれる”ね・・・・。いろんな指標を考え出しますなぁ。脱帽。


皆さんのHPをひとめぐりしたあと、アメリカの中古CDショップへ。
好きなアーティストを登録しておけるので、欲しいCDが中古市場に出回ったかどうかが一目でわかる。

なにしろ金額が安い。
新譜で9ドル弱、1000円を切るくらい。
買うときは数枚まとめて買うから、送料を入れても1枚1000円強で新譜が買える。
人気のないアルバムや昔のリリース作品は400円くらいで売りに出されてたりする。
自宅へ着くまで、2~3週間かかるのが難点だけど。

2枚組なのに1枚だったり、同じディスクが2枚入っていたり、ときにはハズレもある。
しかし、「ちゃんと送らないと金は払わん!」とメールを出すと、
きちんとしたモノに取り替えてくれる。
このショップで、もう数百枚は購入している。泣く泣く処分したLPはその大半をここで買い戻した。

でも、まだまだ欲しいアルバム、あるのよね。


次にNBA・アメリカバスケットの結果を覗く。
田臥君、ベンチメンバーからはずれてしまったけど、まだまだチャンスはあるぞ!


などとやっているうちに、はや小一時間が過ぎる。

きょうは締め切り日。とっとと仕事を始めねば。




♪BGM= Allman Brothers Band 『 LIVE Atlanta International * Pop Festival』





とっとと始めた仕事、昼前に力尽きてしまった。

「飽きたんやろ?」


さいです。

あぁ、おなかすいた。
10時半ころ、バナナを2本、食べたけど、やっぱ足りんな。
昼になったらちゃんとしたメシを食おう!

と、またwebで遊び出す。
アメリカのバスケット・NBAのHPにおじゃま。あぁ、まだ試合の最中だ。

NBAの田臥君、チームが新たな選手と契約したのでベンチからはずれた。
故障者リストに入ったが、別にケガをしているワケじゃない。
決められた人数枠からはみ出してしまったのだ。

NBAの場合、選手登録されるのは1チーム15人。
そのうち、ユニフォームを着てベンチに入れるのは12人。
余った3人は私服で、ベンチの後ろに座らねばならない。
ユニフォームを着ることがゆるされないのだ。

大リーグのように、ルーキーリーグ→A→2A→3Aといった下部組織がないNBAは、
上記15人に入らないことは、そのままクビを意味する。

厳しいなぁ。

だから、チーム数は大リーグと同じ30チームだけど、
選手の数は大リーグのおよそ1200人に対し、NBAは450人程度しかいない。

それだけ、選び抜かれた選手たちの集合体ということなる。
年俸も猛烈強烈愕然とするほどに高い。
田臥君は、たぶん決められた最低年俸だと思うが、それでも62万ドル。
一番の高給取りは、216センチ、154キロの巨体を誇るシャキール・オニール。年俸2770万ドルだ。
いくらになるのかな?

まだ25歳と若いスーパースターのコービ・ブライアントは今年契約を更新。
その額、7年間で1億3640万ドル。「¥」ではない、「$」である。
ざっと147億円、年俸にすると21億ということになる。

まさに、NBAで15人の枠に入ると入らないとでは雲泥の差なのだ。

登録選手の中で2番目に小さい田臥君。しかし、小柄でも活躍した選手は多い。
数年前までNBAに所属していたマグジー・ボーグスは、身長160センチ。
NBA史上、もっとも小さな選手だが、
そのアシスト(ゴールにつながるパス)の数は歴代15位にランクしている。

ボーグス選手が史上一番背の高い選手と握手をしている写真を見たことがある。
その身長差、70センチ以上。幼稚園児ひとり分くらいの差だ。
ボーグスはそんな巨人の脇をものすごいスピードですり抜け、撹乱し、味方の得点に結びつけた。

田臥くんも、そのスピードとパスセンスで、自分の道を切りひらいて欲しい。






*PM9:25

締め切り、セーフ。気力がなえた。

次の締め切りは14日。
年間の仕事量は増えてない。増えてないのに忙しいのは、なぜかスケジュールが重なるから。
しかも、ひとつは前にずれ、もうひとつは後ろにずれて、めでたくピッタリと積み重なった。

あぁ、しんど。
きょうの仕事はもうや~んぴ、と夕刊をながめる。

あら? 「西武鉄道の株、上場廃止」だと?
ぼくは株のことはまったく知らないし、興味もないのだが、
西武の堤さんが、観念したように淡々と記者会見に臨む姿を見て、
あぁ、こりゃかなりヤバいんだなぁと思っていた。

記事を読んでも、書いてある内容がよくわからない。情けない・・・。
が、わからないけど、40年以上もルールを破り続けたというのはあまりにひどいんじゃないのかな?

そのルール、破ったままの状態で1年間経過すると、上場廃止になるという厳しいものだそう。
それを40年間も破り通してきたのだから、悪質極まると言われても反論できまいし、
上場廃止に異議を唱えることもできないだろう。

西武グループといえば、ぼくらが学生のころは就職先として大人気だった。
百貨店は糸井重里さんの名コピー『おいしい生活』で、新たな消費世界を築き、
渋谷は西武百貨店を中心に、「PARCO」や「LOFT」に若者が流れ込み、まったく“西武の街”だった。

誰が名づけたかスペイン坂をのぼり、PARCOによく行ったっけ。
ついでに、坂の途中の「大中」も、ちょろちょろ覗いた。
あのあたり、今はどうなっているのだろう?

まぁ、兄が率いる「流通の西武」と、弟が君臨する「鉄道の西武」は、決して仲が良くはなく、
まったく別グループのようなものだけど。


こんなこともあった。

ぼくが今の仕事を始めたころ、某ローカル局のドキュメンタリー番組制作に、
ど~んと○千万円を出したのも流通の西武だった。
“企業メセナ”という、文化事業にお金を出すことが一流企業のあかしのような風潮を生んだのも
西武じゃなかろうか。

これは、堤さんのお兄さんで今は文筆家となっている元「セゾン」社長・清二さんの影響だろう。
底の浅い文化事業は、不況で真っ先に消え、
流通の西武を立て直せなかった清二さんは経営から身を引いた。

「経営は、やはり弟だ」
そう言われた堤さん。知っていたのか知らなかったのかは本人にしか分からないが、
40年間の偽りを無かったこととは強弁できなかったのだろう。

しかし、企業人とは恥を知らないものだ。
西武ライオンズの親会社は、プロ野球への参入を審議で拒否されたライブドアに、
「球団、買いません?」
と打診したという。その値、200億。信じ難い。

ライブドアの堀江さんは「落とされたぼくらがどうして球団を買えるんですか」的な、
半ばあきれ、半ば怒りのコメント。

そりゃそうだろう。

一方で門戸を閉ざし、その裏で利を得ようとする。
そこでは、ファンも、選手も、なんの考慮もされていない。
プロ野球の球団を持つ企業の倫理というのは、しょせんその程度のもの。
カヤの外に置かれたファンは、バカにされ続けてばかりだ。


読売新聞グループも、西武鉄道と同様な株の不当保持で追求を受けている。

どこもかしこも、自分のところさえ良ければいいのだな。

ま、それが資本主義の本義。当然過ぎるくらい当然なのだ、きっと。

♪BGM= Poco 『 The Forgotten Trail (1969-74) 』






*AM7:45

机の前に座り、パソコンの電源を入れる。きょうは、しっかり、仕事をせねば。

しかし、イラクでは首相の親族が自宅から拉致され、
ファルージャへの攻撃を止めねば首をはねると犯行声明が出された。

こうやってパソコンの前に座っているところに武器を持った一団が乱入し、
連れ去られたらどうだろう。
そんなことが日常になったら、心はどこで休めるのだろう。

新潟では三つの活断層が、入れ替わり立ち替わり、地面の中でずれるので、
これから1ヵ月は震度5クラスの余震が続く可能性があるという。

キーボードを打っていたら、突然激震。
それが日常となったら、その日常以外のことに思いを馳せられるだろうか。

ぼくの平穏。
それは、たまたまこの国に、戦争が終わってから生まれたからにすぎない。

母は女学生のころ、田舎の道ばたでスケッチをしていたら、通りかかった憲兵に、

「この非常事態になにをしている! 非国民!」

とののしられ、スケッチブックを破り捨てられた。
それが当時の彼女の日常。

戦後、この国が平和だったのは、連合国の思惑が交錯し、東西に分断されなかったからなのだろうか。
戦争を知る父母の世代がわき目もふらず担ってきた経済成長のおかげなのだろうか。

何にしても、平穏なぼくの日常は、ぼくが作り出したものじゃない。


アカン、仕事しよ。



♪BGM= Sam Cooke 『 Portrait Of A Legend 1951-1964』




*PM8:50

昼。

昼食をとりながらTVを見ていたら、「アラファト議長死去」の速報が流れた。

亡くなる前に「葬儀はどこそこで、埋葬はどこそこに」と公表されるという気分はどうだろう。
本人は昏睡状態で、なんの思いも憂いもなかっただろうけど。

後継者を決めることなく世を去ることは、パレスチナ国家建設を悲願とする人々に対して、
最後の責任を果たしてないように思える。

それだけ、陽に陰に、権力闘争が激しかったのだろうし、
アラファトさんにとって権力の座に座ることは、自分が自分である証しでもあったろうし、
自分が退くことが人々の思いを離散させることにつながるおそれがあったのかもしれない。

偉大な指導者でもあり、多くの血を流した一生でもあった。
冥福を祈りたい。

しかし、アラファトさんの遺産が数十億円(報道によっては数百億)にのぼると知って驚いた。
それは個人の“資産”なのだろうか、PLOなどの活動に使う“資金”なのだろうか?
この莫大な額のお金は、いったいどこから集まってくるのだろう。
イスラム教徒の浄財だけとはとても思えない。

彼の存在を活用している力の存在を感じてしまう。

しかし、人生を閉じるときになり、“いかにも”というごたごたが生じつつある。
ここにきて登場した若い奥さんが、その数十億にのぼる遺産の相続を主張。
PLOの幹部と険悪な関係に。

アラファトさんと離れ、パリに住んでいた夫人には、夫から月に500万円也の仕送りがあり、
何不自由なく豪遊していたという。
そのためか、PLO幹部だけではなく、一般の人たちにも受けはよくないらしい。

まぁ、このあたりの話はウワサの域を出ない。
だが、この奥さん、どうしても“同志”には見えないし、そう思えないのだが・・・・・。

アラファトさんの私邸は、けた外れの豪邸だという。
彼は、自分の労働の対価として得た収入で、その豪邸を建てたのだろうか?

魑魅魍魎、不可思議な世界。
リーダーの不在が、今の混乱に拍車をかけることがないよう、祈るばかりだ。




甥っ子に貸していたフォーク全集類を取り戻したら、思いもかけず懐かしいものが。

吉田拓郎とかぐや姫の作品集。
どちらも1975年版。

『吉田拓郎の世界』&『かぐや姫LIVE』


拓郎さんは、『今はまだ人生を語らず』をリリースしたころ。
記載されている年表の最後が「昭和49年 28歳」で終わっている。
写真も髪がたっぷり、若々しい。

巻頭には、山本コウタローさんが
「茶色のスーツに身をかため、男 たくちゃん どこへ行く!」
と題する小文を寄せている。

その中に、

「拓郎は近頃ジーパンをはかない。--中略-- レコード大賞を受賞する時でさえジーンズの上下で出た拓郎が、それを捨てたということは少なからず心に変化があってのことだと僕は思う」

という文章が。

あれ、そうだったっけ?
ぼくの中の拓郎さんは、ステージ上でのジーンズ姿から、
フジTVの『Love Love 愛してる』までジャンプしているのだ。

かぐや姫の方は、『かぐや姫LIVE』のリリースを記念したものだ。
こうせつさん、正やん、パンダさん、みんなそろってガリガリに細い。
フォークの旗手は、ふくよかじゃダメなんだ。
ぼくもこのころ、60キロを切っていたっけ。

キーボード、右手一本でメロディを弾いてみる。
忘れいてた曲を思い出す。

拓郎さんの『日本人になりたい』『私は狂っている』『とっぽい男のブルース』『恋の歌』・・・・。
あったねぇ、こういう曲が。

歌詞も若くストレート。

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♪『日本人になりたい』

ある街に 貧しい娘がいた 母親だけの 貧しい暮らし
日本人に なりたい 日本人だと 信じたい
娘の心は 俺たちよりも美しい

ある時 悪い男のために 混血娘と 笑われて
日本人に だまされた 日本人が 傷つけた
娘のもつ血は おまえたちより美しい

ある夜娘は 星の光で けがされた身体を 洗っていた
日本人に なりたい 日本人だと 信じたい
娘の心は 日本人より美しい
-----------------------------------------------


かぐや姫は、メロディがきれいだ。
中でも『僕の胸でおやすみ』かなぁ、やっぱり。
数少ないパンダさんのオリジナル。

♪き~みの~ 笑顔の~ 向こうにある~ 悲しみはぁ~♪

♪ふたりで あ~るいてきた道なのに なんて~さびしい~♪

こんなきれいなメロディがよく浮かんだよなぁ・・・・。

ふと気がつくと、1時間以上、『僕の胸でおやすみ』を弾いていたぼくなのだった。



イラクの一地方都市・ファルージャを地上から消し去らんばかりの猛烈な攻撃。

しかし、アメリカ軍はその主要な目的である「イラク・アルカイダ機構」のザルカウィ幹部を
拘束することに失敗したと発表した。

「ザルカウィ幹部、米攻撃前に逃亡か 米司令官が会見」(asahi.com)

アメリカ軍を主体としたイラク多国籍軍の司令官によれば、
同幹部が逃走したのはファルージャ封鎖の前らしいとのこと。

なにやってんねん!
アリん子一匹逃がさない、万全の体制を組んだはずやないのか?
その「失敗した」作戦で死んだイラクの人も、若い米兵もいるんやぞ。
みんな死に損、殺され損か?

取り逃がした側は、拘束作戦をイラク全土に広げていくとも発表した。
ということは、ファルージャでの猛烈な戦闘を他の地域でもやるということか?

いや、もう、相手の反撃があって初めて成り立つ“戦闘”状態ではないんじゃないか。
アメリカ軍の重量火器による一方的な猛爆。イラクの人たちはなすすべがない。

ファルージャは、普段、人口30万ほどの都市だそうだ。
それが、アメリカ軍の総攻撃を前に、ほとんどの市民が街から逃げ去った。

「残っているのはテロリスト。民間人の犠牲は非常に少ない」

そんな言い方を現場の指揮者はしているらしい。
人の命が失われた、犠牲というその多寡で作戦の善し悪しをはかる軍人の思考・・・・わからん。

30万もの市民が家を捨てて逃げなければならなかったそもそもの原因はなんなのか。
ファルージャを戦地としか見ない米兵は、そんな思いを自らに問いかける余裕などないだろうけど。

アメリカ軍+イラク軍は、今回の掃討作戦を「アル・ファジュル」、アラビア語で「夜明け」と名付けた。
どうして今回はアラビア語なのやら。イラク軍に敬意を表してか。

爆裂する砲弾、飛び散る家屋、その陰で今も消え去っているかもしれない命。
そんな、人の命が横たわる向こうに「夜明け」なんぞ、見えるものか。

人を殺すに過ぎない戦闘に「夜明け」と名付けるセンス・・・・・わからん。

現地の指揮官はファルージャでの戦闘が「ベトナム以来の大市街戦になる」と兵士に気合いを入れたそうだ。

アメリカはベトナムに学んだんじゃないのか?

市民の反抗心は力で抑え込むことはできないと。
真の自由を求めるうねりは市民の側からしか生まれないと。

膨大な犠牲の果てに、その真実に気づいたはずだったのに。
アメリカは、三歩歩くとすべて忘れるニワトリとなってしまったのか?

わからん・・・・・。

しかし・・・・・・、

ザルカウィ幹部は本当に“逃亡”したのだろうか。
アメリカ側は、彼がファルージャを去るまで待っていたんじゃないか。
彼がいなくなったことを確認し、攻撃に踏み切ったんじゃないか。

そんな思いが浮かんでしまう。

もうしばらく泳いでいてもらった方が、「世界に平和をもたらす強いアメリカ」を演出できるし。

どれが事実で、なにが真実なのやら。

あぁ、自分の思考もよくわからなくなってきた。


お昼すぎ。車で近隣大都会に打ち合わせへ。
しかし、この天気はどうだ! 太陽じりじり、肌が焦げそう。

きのうは“ぽかぽかいい気持ち”だったけど、きょうはあったかさを超えている。
汗が流れる。思わずエアコンON。11月の第二週に車を冷やさねばならないとは思わなかった。
ここんとこ、天候が変だわ、やっぱり。

片側3車線バイパス、その真ん中を、制限速度の3割増で走る。
免停ギリギリかな?のスピードだけど、そのぼくの車の両脇を、
すぱすぱ、車がかっ飛んでいく。
ほとんど高速道路状態。あぁ、コワい。

ぼくが住む県は、全国でも運転マナーが“悪い”ことで名高い。
ウインカーを出さずに車線変更なんぞ平気のへいざ。
3車線を端からもう一方の端へと切り裂く車もちょいちょい登場。
左折するときは、歩道に乗り上げても不思議じゃないし、
たまには歩道を走っている車も見受けられる。

あぁ、コワい。

と言っても、別に県民性が「粗暴」というわけでもない。

「こんくらい、ま、いいやんか」

気が良く、深く悩まない。
良くも悪くも浅くて広いのがとり得のような気風の良さが持ち味だ(意味不明か)。




打ち合わせは2時から、友人の事務所で。
15分ほど早く都会へは着いたけど、駐車場を探して少しウロウロ。
100円パーキングがたくさんあるのだけど、駅前は100円で15分。
少し離れると、20分。もう少し離れると・・・・・。
と、駅からの距離によって駐車時間が5分きざみで長くなる。

ぼくが停めたのは、100円-40分のパーキング。
駅からかなりはずれた、裏道の角。
元はうどん屋だったろうか。車3台が停められるだけの小さな小さなパーキング。
ほとんど儲けはないだろう。土地の税金代の足しになればいいや、という感じだろうか。

打ち合わせ相手の友人は、タレント事務所&養成所を経営している。ぼくと同世代。
ぼくが今の仕事を始めたころに彼も演劇活動を目指して事業を起こし、
今はフローリングのレッスン場を持つ養成所などを三階建てのビルで経営している。
養成所に属する練習生は300人を数えるとか。
社長として食べさせて行かねばならない社員もいる。

ひとりでのほほのんと仕事をしているぼくは、
彼のような責任ある立場に立つ気にはとてもなれない。
やりたいことをやるには背負わなければならないモノがあるということなんだろう。

えらいなぁ・・・・と常々思っているのだった。




打ち合わせという名の世間話を2時間ほどして、友人の事務所を辞す。

100円硬貨3枚をちゃりんちゃりんと放り込み、車をパーキングから出す。
そして、15分ほど走って駅の向こう側にある大型家電量販店「ヨドバシカメラ」へ。
先日、買物したレシートがあるから、ここの駐車場は3時間ばかり無料なのだ。

パソコン売り場をぐるりとひと回り。あぁ、新しいデスクトップが欲しいよぉ。

「ipod-mini」を入手したのだが、
ウィンドウズは2000かXPじゃないとつなげないと分かり、Meのぼくはガクッ。
i-bookもあるのだが、なんやかんやあって、まだほとんど触っていない。

エラーメッセージがあまりに偉そうで、いつまでたっても好きになれないウィンドウズ。
しかし、仕事となるとどうしてもウィンドウズ機でないとダメだしなぁ。
メールで送られてくる文書のほとんどがワードで作成されている。
それは、ウィンドウズ機にバンドルされているからだ。

一太郎の出初めから使っているぼくは、ワードが使えない。
日本語はまだまだATOKの方が賢いし。

あるとき、

「オレ、ワードはダメなんだよ」

そう言ったら、某局の若いディレクターに、

「どうしてですか? 文章を打つのが仕事でしょ。覚えなきゃ」

と切り替えされた。ムカ!ときたけど、確かにその通り。
仕事の道具だもんね、使いこなさなきゃね~。

でも、いまだに覚えられない。たぶん、このままだな、きっと。




買うなら水冷の、静かなパソコンがいいなぁと夢を抱きつつ、4階の喫茶店へ。
カフェオレをたのもうかと思ったら、コーヒーはレギュラーしかないという。
じゃぁ、仕方ない。マンゴージュースを注文し、ちょいとお仕事。
構成、12日が締め切りだ。

原稿をテーブルに広げて、目をつぶり、「え~っと・・・・」と考えていたら、眠りこけてた。
はたと気がつくと、時間が50分も進んでいる!

「なんで~! 5分も寝てないのにぃ」

心の中で憤然とする。

『男はつらいよ』でマドンナを待つ寅さんが、

「1時間も待ってるのに、まだ5分しかたってないよ!」

と言ったことがある。
あぁ、寅さんもこんな気持ちだったのかな。

自宅でやらないものを持ち歩いたってダメなのは重々承知。
しかし、気がかり。あぁ、悲しい習性。

しゃーない、残りはあしたにするか(こればっかり)。




帰り。ラーメン屋に寄る。

しょうゆとろろラーメン(不気味だがウマイ)をすすっていると、
乳飲み子+お子様ふたりを連れた30代くらいのお母さんが車でやってきた。
そして、ラーメン2杯と、

「ビール、ジョッキで」

う~ん、度胸のあるお母様だこと。

子どもを3人同道し、車で外食するのは楽しかろう。
ビールで晴らしたい憂さもあるだろう。
しかし、飲んじゃアカンのじゃない? 我が子を危機にさらしていいのかな。
店もアルコールを出しちゃダメだろう。でも、暗黙の了解なのかも。

友人の家の近くに、駐車場が完備した飲み屋がある。
店の周囲には人家がほとんどないのに、毎晩、にぎわっている。
行くたびに不思議でしょうがない。
この酔っ払いたちは、どうやって家まで帰っているのだろう?

この飲み屋に「アルコールを出すな」と言うことは、店をたためということと同じ。
これも暗黙の了解か。




9時前、自宅に到着。

あぁ、車で都会を往復すると疲れるわぁ。

ホッとしつつ、TVをON。
アメリカ軍の攻撃にさらされるファルージャの様子が映し出された。

そう、こんな“今”に身を置く人たちもいる。



「ねじりっ!」



11月も第二週に入ったというのに、
このぼかぽか陽気はなんなんだろう。。。。。

まばたきして、上のまぶたが下のまぶたにくっいたかと思った瞬間、
もう寝入ってしまう。。。。

太陽がさんさんとあたり、かつ、昼と夜の気温差が大きいと、
紅葉はいっそう美しくなるとか。

あぁ、このまま日だまりで眠ったら、
ネコ助もぼくも色づいてしまうのではなかろうか。。。。。

『色づく街』って歌があったなぁ。
シンシアだったかしら。。。。zzzz。。。





陽だまりでまどろんでいるぼく。

よその国の病院に殴りこむ兵士。

後ろ手に目隠しで転がされる男。

同じ星、同じ時間に生きている生命だとは思えない。

ファルージャに残っている人たちは、ならず者で人殺しなのだそうだ。

戦闘派、見てきたようなウソを言い。

人が死ぬのは、もう、いいよ。
病院に突入したアメリカ兵も、床に転がされたイラクの人も、銃を手に闇に紛れる抵抗勢力も、
もう、誰にも死んで欲しくないよ。

憎しみしか残らない、そんな自由への扉をイラクの人が欲しがっているとは思えない。

もう、自由の押し売りはやめてくれ。

自由の意味がわからなくなってきた。





NHKの電話調査によれば、小泉内閣の支持率が50%をこえた。
ふたりにひとりは、小泉さんが首相でいいよ、と思っているわけだ。

多いなぁ。

同じ調査で、

・自衛隊のイラク派遣の延長を支持しない人----60%強。

・自衛隊のイラク派遣の延長を支持する人-----30%強。

この数字を、「支持しない人が2倍も上回っている」と考えるか、
「三人にひとりも賛成している」ととらえるか。

ぼくは、後者だ。

憲法に反する派遣。大義も消え去った戦争への加担。
それをどうして支持できるのか?
仕方がないから? もう、行ってしまっているから?

国際貢献の持続をその理由とする人も多い。
国際貢献は自衛隊じゃない方法が現地では望まれているのじゃないか?
どうにも理解できない。

非常事態宣言下にある都市・サマーワは「戦闘地域ではない」。
そう言い切る小泉さん。
どうにも理解できない思考をお持ちのこの方が主導する自衛隊派遣を支持する30%の方々。

そんな、どうにもこうにも理解できない人が、ぼくの周囲にも三人にひとり、いるわけだ。
その人たちは、政治家が「戦闘地帯ではない」と強弁する場所へ家族や愛する人が派遣されるとしても、
「行ってらっしゃい」と笑顔で見送ることができるのだろうし、
その覚悟があるに違いない。

おく病なぼくは、到底できないし、できないことはできないと言うしかない。




近くの家電量販店へ、ヘッドフォンを買いに行く。きのう、我が物となったキーボード用。
インナータイプのものは持っているのだけれど、
キーボードときたらガバと耳を覆うアレじゃないと気分が出ない。

キーボードには単一の乾電池を6本入れて、さぁ、弾くぞ!

と言っても、右手でメロディを追うだけなのだが、これがなかなかやっぱりおもしろい。

ギター用の楽譜は、持っていった甥っ子からまだ取り戻していないので、
『サボテンの花』や『遠い世界に』、『今はもうだれも』、そして『王将』や『アメイジング・グレイス』など、
あれやこれやと思い出しつつ適当に。
ヘッドフォンのおかげで、へたっぴそな音が外に漏れずに、好きに弾けるのはいい。

最近はサイレントを売りにする楽器がたくさん出てる。
きのう、行った大型家電量販店にもボディが枠だけになった感じのギターが並んでいた。
その「枠だけサイレント電気ギター」に気持ちが少しゆらめいた。
しかし、実は我が家にはヘッドフォンをつっこめばサイレントになるエレキ・ギターがすでにあるのだった。

手入れが悪いものだから、弦は錆び、本棚の間に立てかけられたまま、ほこりをかぶっている。
あぁ、かわいそ。キーボードばかりかわいがってたらバチがあたるなぁ。
そのうちに弦を替えてやろう。

サイレント楽器。弦楽器は他にもバイオリン、チェロなども枠だけのものがあるし、
トランペットやサックスなども音を出さずに吹くことができる。
サックスなどは音が大きいから「やりたいけど遠慮」という人も多いだろう。

確かにヘタクソなサックスやトランペットの音は耐えるのに根性がいる。
昔、夕方になるとどこからかサックスを練習する音が聞こえてきていた。
「初めからうまいはずがないよな」と思い「まぁ、しゃーない」とは思うものの、毎日となるとさすがにつらい。
しかし、いつの間にか、聞こえなくなった。あきらめたのか、誰かに注意されたのか。
聞こえなくなればなったで、気になるものだ。

学生時代、隣りの部屋のお兄さんがよくギターを弾いていた。
ヘタクソなのはこちらも同じだったので、喧嘩両成敗みたいなもの。互いにがまん。

ある夜、9時ころ。いつものように隣りのお兄さんがギターを弾き始めたら、
ドスドス、廊下を歩く音と、乱暴にドアを開ける音がして、

--うるせぇぞ、馬鹿野郎! 何時だと思ってるんだ!!

怒鳴り声がアパートに鳴り響いた。

怒鳴り込んだのは、ギターのお兄さんの向こう隣に住むあんちゃんだった。
「何時つったって、まだ9時じゃん? 人のことは言えんだろ」
あんちゃんの怒鳴り声を聞きながら、ぼくはそう思っていた。

このあんちゃん、ちょくちょく深夜に大音量でステレオを鳴らすのだ。
この日の少し前、深夜3時ころ、ぼくは沢田研ニの『勝手にしやがれ』で目を覚ました。

♪夜というのに派手なレコードかけて~♪

歌詞そのままに、酔ったあんちゃんが大声で歌っているのだった。
あきれるのを通りこして、少し恐かった。
ときどき「しょうゆ、貸してよ」とやってくる、いつもは気のいい人なのだけど。

怒鳴り込まれたその勢いに、逆らわない方が賢明と思ったのか、
その日から隣りのお兄さんは陽が落ちてからギターを弾かなくなった。

お気の毒・・・・。

ヘッドフォンがあれば、あのあんちゃんが隣りに住んでてもコワくないぞ!!
でも、昼間からこの姿、ハタから見るとかなり暗いかも。





夜。

ふとTVを見ると、サングラスをかけたザンギリ頭でふっくら顔のお兄さんが駆けている。

どこかで見た顔だなぁ、誰だっけ?

auのCM。ちょうどネットを覗いていたのでauのページを見てみると、
あらま、長渕剛さんでないかい!

京セラ製 au 携帯電話「A1403K」テレビCM“シークレットライブ篇”完成

CM発表会には長渕さんも、京セラの社長さんも登場。
なるほど、京セラはこの携帯に並々ならぬ力を入れているんだなぁ。

「そう来るか京セラ」、A1403KのCM発表会に長渕 剛が登場


しかし、長渕さん、こんなにふっくらしちゃったのね。
そっくりさんかと思ってしまった、申し訳ないけど。

永渕さんはCMに出るのは初めてとのこと。確かに露出は少ない人だ。
数年前、国民的行事「紅白歌合戦」に出たはず。
でも、ぼくは見てないから、動く長渕さんの姿を見たのは、
『男はつらいよ』にマドンナ・志穂美悦子さんの相手役として出たとき以来かも。

もう20年近く前だから、太っても当然といえば当然。
ぼくも学生時代より15キロ近く太っている。
だがだが、どうして年を重ねると顔にも肉がつくのかしら?

それを気にしてじゃないけれど、ぼくは最近、顔の体操を始めたばかり。
寝るときにアングリ大口を開けたり閉じたり、舌を出したり。
始めたころは、ネコ助が「なんじゃ?」と覗きにやってきた。
この顔面体操のせいか、顔が引き締まった気がするのだが・・・・。

自慢ではないが、太る前から、ぼくは顔がでかい。
福々しい永渕さんのお顔を拝見し、
これ以上大きくならないよう気をつけようと改めて誓ったことだった。

ところで、auのCMで流れる永渕さん作詞作曲の歌は『金色のライオン』というタイトル。
『金色のライオン』というと、ぼくは 岡林信康さんのアルバム を思い出すのだが・・・・。

webで検索すると、岡林さんがアルバム『金色のライオン』をリリースしたのは1973年。
もう、30年以上前なのかぁ。

第一線から身を引き、農業にいそしんでいたはずの岡林さんが、ある日突然出したアルバム。
そんな印象がある。
買って聴いたとき、ずいぶんとのんびりした曲ばっかりだなぁと思ったっけ。

のんびり、牧歌的な曲を歌った岡林さんは、このときまだ20代なかば。
20代前半でフォークの神様扱いされた岡林さん。
これからあと、しばらく演歌に没頭したんだった。

隠遁生活から生まれた『金色のライオン』。
アルバムは売ってしまったけど、今、聴くと、きっと感じが違うだろうな。


ついに長年の夢・キーボードを入手!

鍵盤のタッチがピアノに近いモノがいいなぁと考えていたのだが、
わが手に入ったのは鍵盤数61の、音色が100種類も出るオルガンタイプ。

そんなに音が出てもしゃーないじゃん、と思ったが、家に帰ってさわってみるとこれが楽しい!
100種類の中には「どこが違うの?」と聞こえる音色もあるけれど、
ピアノに類する音だけでも「グランド」「ホンキートンク」「ハープシコード」などなど9種類。
オルガン系は11種類。ブラスも「トランペット」から「オーボエ」、「パンフルート」まで11種類。

いろんな音を手当たり次第に出してみる。ええな~。

幼稚園のころ、1週間弱、オルガンを習って以来、キーボードとは無縁だった。
あのまま手習いを続けていればよかったなぁと、学生時代、思ったっけ。

まぁ、続けていてもアカンかったであろ~。
ギターもモノにならなかったし。

片手で単音を出せるだけだけど、ぴろぽろと70年代フォークなんぞを弾く。

あぁ、ハマルなぁ・・・・・。

ヘッドフォンも使えるし、秋の夜長が楽しくなりそう。




もっとハマろうと、昔懐かしフォーク大全集的書籍&ビートルズ楽曲集などをさがす。
が、しかし、ない。数冊あったはずなのにぃ・・・・・。

変だなぁと思っていたら、思い出した!
その全冊+ギターは、近くにすむ甥っ子が持って行ったんだった。

おのれ~。
あした、さっそく取り上げてやるっ!





*ロケ8日目 10月18日(月)


朝6時。仕事に出る前に、小一時間ほど近くを散歩。



海までは歩いて3分。



南半球のニューカレドニアは、ようやく初夏。まだまだ海の水は冷たい。その海で泳いでいるおばぁさんたち数人。健康のため、毎日泳いでいるのだそう。冷水摩擦みたいなものか。しかし、この冷たさは心臓に悪そうだけど。

朝の砂浜。まだ、人の足跡は少ない。観光客相手のカヌー屋が、店の準備を始めていた。



振り向くと、ぼくの足跡。




カニの穴。かなり大きい。



朝7時に近くなると車が増えてきた。その多くが子どもを乗せている。学校まで送って行くのだ。そうか、学校は7時から始まるんだっけ。

コーディネイターのY氏によると、昼食を自宅でとらせる家庭も多く、そうした家庭は朝1回、昼2回、そして放課後に1回と、一日に4回、子どもを送り迎えするのだそうな。ニューカレドニアで親をやるのは大変かもしれない。

朝早くから動き出し、昼食はゆったりととり、夜は早めに休む。う~ん、なんと健康的なのだ。

実際、夜も9時くらいになると、街中もほとんど人が歩いていない。夜が夜らしく、暗くなるのが妙に新鮮だ。まず、飲み屋街が見当たらない。多分、呑み助が集まる店などはあるのだろうけど、中心都市のヌーメアも人口は8万に満たない。ぼくが住む町と同じ程度の中都市。観光都市とも言い切れないし、歓楽街ができるほどの経済基盤はないのかも。



有料トイレ。注意書きには日本語も。




ヌーメア市のマーク。愛らしい。






この日は一日、ヌーメア市を中心に、あれやこれやと雑感を撮影。まずは、ヘリコプターでニューカレドニアの海を激撮! だが、ヘリは4人乗り。ぼくは留守番。乗ったことのないぼくは、ホッとしたような、残念なような・・・・・・。

乗り込むスタッフ。

ヘリにドアなし。恐そう。

ふわっと浮くと・・・・。

あっと言う間に飛び去った。

カメラマンのH君は、ヘリコプターでの撮影は初めて。ニューカレドニアで初ヘリとは、かなりラッキーといえるかもしれない。しかし、自分が撮影した空撮映像をプレビューしていたH君。ため息つきながら、

--見直すと、ああすればよかった、こうすればよかったと思うばっかり・・・・・・・。あ~あぁ。

そうそう。ぼくも満足できた番組なんてないっすよ。オンエア見ると反省しきりですもんね。その繰り返しでございます。




ヌーメア市を一望できる高台に。

あまりに快晴、あまりに明るく、目が痛くなる。じりじりと肌の焦げる音がする感じ。日本の3倍(7倍という説も)という紫外線の量が実感できる。ハードな日焼け止めを持ってきていてよかった。



青空バックに電波塔。




ロケ車変更。でも一日だけ。



眼下には、ニューカレドニアの経済を支える巨大なニッケル工場が。島の各地にある鉱山から集められた原石が精製され、母国フランスや日本に向けて積み出されて行く。澄んだ空と青い海に囲まれた、赤銅色の工場。奇妙なコントラスト。



埋立地にニッケル工場。




近くから見ると一段と大きい。




きれい。でも何の花?







この日でロケは終了。歩き回れるように持参した靴は汚れきってしまった。ここでお別れすることに。よくがんばってくれました。



犬にかじられ、破れた靴。




移動用の靴に履き替え。




ニューカレドニア、最後の夕焼けだ。







*ロケ9日目 10月19日(火)


昼の便でニューカレドニアにお別れ。トンツータ国際空港は、観光客の数も少なく、静かで穏やか。平日のせいか、日本人の新婚さんたちの姿もほとんど見えない。



ガラ~ンとした国際空港。




飛行機もガラガラ。



行きは新婚さんたちでぎっしり満席だったのに・・・・・あまりの客の少なさにびっくり。

--ニューカレドニアは、日本以外では特に観光地じゃないんですよ。

コーディネイターY氏の言葉が頭に浮かぶ。

ぼくらが乗る便は、ニューカレドニアから成田を経由してパリまで行く。成田までおよそ8時間。成田からパリまではおよそ14時間。成田で乗客の乗り降りがあるから、全行程およそ24時間、丸々一日がかりの大旅行。ニューカレドニアはフランス領だから、この便は長い長い国内線ということになる。




成田に着き、預けていた荷物がぞろぞろ出てくるところへ行くと、
ホワイトボードにぼくの名前が大書してあって、航空会社のカウンターに顔を出せという。

なんじゃらほい?と行ってみると、

--お預かりしたお客様の旅行バックがシドニーに行ってしまいまして・・・・。

は? あんなに客が少なかったのに?
同じ時間帯に出た便は、ぼくらが乗った成田→パリ便とオーストラリアのシドニー行きの2便のみ。そして、どちらの便も乗客はまばら。なのに、ぼくの旅行カバンはシドニーに行ってしまった。

カウンターのお姉さんの、あまりに淡々とした態度から察するに、結構よくあることのようだ。それだけ、のんびりとしているということか。


9泊10日のニューカレドニア・ロケ、カバンは後送となるも、無事終了。

あとは番組に仕上げるだけ。がんばろ。





イラクで殺害された若者は、無言のままにふるさとへ戻ってきた。
むかえる両親と兄たち。憔悴した姿に、なんとも言いようがない・・・・・。

地元のニュースでは多少大きめな扱いだけれど、
全国レベルではやはりアメリカ大統領選挙と中越地震その後がメイン。
もう、彼は忘却の彼方へ押しやられてしまったのだろうか。
彼を救うために国は国としてなにをどうやったのか? 分からないままに。

悲しみに沈む若者の家族を市の職員がサポートしている。
それに対し「市は誰の許しを得て一家族に協力しているのか」という
クレームが入っているという。税金を勝手に使うなというのだ。
あまりのバカさ加減に言葉を失う。

同様な非難中傷疑問その他は、国にも多数寄せられた。
若者の行動を腹立たしく思う「常識人」なのだろう、そんな人も。
自分では“義憤”と思っているのかもしれない。

--浅薄な行動で自衛隊を危機にさらした若者。これこそ自己責任。
--そんな、放っておいていい人間を、それでも政府はできる限りのことをして救おうとした。
--政府は力の限りを尽くした。政府に責任はないのだ。

そんな論調で語る人も多い。

やっぱり間違っていると思う。

考えてみてもらいたい。
日本国籍を持つ人間を救うのは、国の義務なのだ。
どのような経緯で拘束されようとも、どのような人間であろうとも、
例えば拉致されたのが極悪人であろうとも、その人間が日本国籍をもつ限り、
あらゆる手段をつくして救おうとするのは国の責務だ。

だからこそ政治家にぼくらは国の舵取りをゆだねている。

国があって、ぼくらがあるのではない。ぼくらがいて、国がある。
「どんな手を尽くしても、自分を救って欲しい」
それは、拘束され、命を奪われる危険に陥った若者が当然主張すべき権利なのだ。

イラクに入った動機が観光であろうが、報道であろうが、人道支援であろうが、
その動機で救出活動の是非をはかることは間違っている。

動機と救出活動は同じ文脈で語ることはできないものなのだ。


小泉さんは出来る限りのことはやったと言うけれど、どうしてもそうは思えない。
「自衛隊は撤退しない」という彼の最初のひと言で、若者は切り捨てられたと同じだ。

自衛隊はその派遣予定期限が近づいている。
その後どうするのか? 国民の総意はまだひとつにまとまってはいない。
例えば、撤退の時期を取り引きの手段にはできなかったのか? 大いに疑問は残る。

「テロ組織とは取り引きしない」。小泉さんはそうも言った。
取り引きしないと明言すること。それ自体がテロ組織のプラスになることがわかっているのだろうか?
わかっていて、強弁しているのだろうけれど。

若者の拘束・殺害に関しては、実行した組織に非がある。それは当然だ。
その組織は、日本が高額の身代金を提示したが断ったと発表した。
これはたぶんウソだろう。金には左右されない、意思は強固だということを誇示しているに過ぎない。

しかし、それであっても、なんらかの方策、ぼくら国民にわかる手段を取ることができなかったのか?

若者は、きょう、司法解剖されたあと、荼毘にふされるという。

悔いばかりが残る。






アメリカ大統領選挙はブッシュさんの勝利で終わりを告げた。
しかし、あの大接戦で“勝利”を喜べるのだろうか?
アメリカの人たちが「テロとの闘い」を支持したと言い切れるのだろうか?

そう言い切るブッシュさんは希代の強弁家に違いない。

アメリカという国に対抗する勢力は、ブッシュさんの再選を臨んでいただろう。
強いアメリカを標榜するブッシュさんの政策の方が攻撃対象にすることが容易だ。
アメリカは自らをどんどん追い込んで、どうしようもない袋小路にはまり込んでいるような気がするのだが。

しかし、選挙の様子を見て、ある面、うらやましくも思うし、驚きもした。
あの、投票をしようと何時間も並ぶ人々。中には9時間、並んだ人もいたという。
自分の意思を表すために、たった一票を投じる。それがいかに尊いことか。
自由主義世界の基盤である投票という行為の意味をアメリカの人たちは自然と学んでいるのだろう。

日本で首相が直接選挙で選べるとなったらどうだろう。
小泉さんと岡田さんが立候補したとして、有権者は何時間も並んで投票するだろうか?

たぶん並ぶまい、今の“適度に中流、満遍なく平和”の国民事情では。
それを思うと、辛抱強く待つアメリカの人たちの心情がよくわかる。
きっと、抜き差しならない危機感があるのだろう。

しかし、その危機感・恐怖感は、“アメリカ合衆国”という国が、
先住民たちを駆逐し、アフリカ系市民を虐待し、貧富の差を拡大していく中で、
自分たちで作り出してきたものだろう。
ブッシュさんはその伝統をいっそう煽っているだけなのかもしれない。

接戦ではあったけど、結局、アメリカの人たちは立ち止まるチャンスを逃した。
ケリーさんが大統領になったところで、危機と恐怖を煽る政治が改まるとは思えない。
だが、リーダーをかえて臨む4年間は、立ち止まり、周囲を見回す絶好の機会だったことは間違いない。

その機会を失ったことが、大きなミスにならないことを願うし、
そのある意味“恐怖政治”にいつまでも盲従していくぼくらであってはならないと強く思う。

小泉さんもたまにはビシッとしたことを言って欲しいなぁ・・・・。


*ロケ7日目 10月17日(日)

前日、レポーター役の泉谷さんとそのマネージャー氏が帰国。
それに合わせて、ぼくらは宿を移動した。

今度の宿は、「ホテル・ル・ラゴン/Hotel Le Lagon」。ヌーメアでは老舗のホテルだそう。



「ル・ラゴン」正面。改装してきれい。




星はふたつ。



ダブルベッドふたつのツイン・ルームに一人という悠々空間から、スタッフ3人で一室という環境に。しかし、一室といっても、ベッド・ルームはシングルとツインのふたつある。リビングにあるソファもベッドになる。また、調理用具や皿などがそろったキッチンに大きな冷蔵庫もついているから、友だち4、5人で長逗留するにはもってこいだ。



キッチンは使いやすそう。




シングル・ルームはダブルベッド。




部屋は5階。眺めもなかなか。



五つ星のゴージャズ・ホテルより、こっちの方が心休まるなぁ・・・・・・。なぜかしら?



ホテルの前には『NINJA BAR』。










この日は、島の南島部のゴロへ。山を越えて2時間半の道のりだ。
左右に体がふられるぐねぐね道を1時間半以上走ると、いきなり眺望が開けた。この周辺は州立公園になっていて、ニューカレドニアにしかいない貴重な動植物がいる(らしい。from ガイドブック)。



遠くに海が見える。



断崖のビュー・ポイントから「きれいだなぁ・・・・・・」とうっとり眺めていると、足元はるか下に車の残骸が。

--結構、落ちるんですよ。みんなスピード出しますから。

ことなげに言うコーディネイターのY氏。確かに街中でも山道でも、車は飛ばす。高速道路は110キロ制限だが、120キロくらい出しているぼくらのロケ車を他の車はぎゅいんぎゅいんと抜いていく。ガードレールもない山道じゃ、落ちる車がいてもおかしくはない。しかし、残骸を目にすると、やっぱコワいわぁ。




峠を下りきると、こじんまりとした村に入った。

きょう、取材する人は、この村の長老。昔、鉱夫として働いた日本人がこのあたりにいたころのことを話してくれる予定だったのだが・・・・・・。

長老の家へ行く。20代後半くらいの孫娘が出てきて、長老は出かけていて家にいないと言う。「どこへ行ったの?」と尋ねるY氏に孫娘、


--カナダに行きました。

--カナダ??? あの、アメリカの北側の??

--はい。

Y氏、目が点。ぼくらもアゼン。

--なんでまた、カナダなんかに? 電話したとき、自宅にいるって言ってたのに!

呆然としつつも、Y氏は推理。この地域にあるニッケル鉱山の開発をもくろむカナダの企業が、村の人々に影響力を持つ長老をもてなすために招待したのだろうという結論に。

日本から取材に来てみると、長老はカナダへ飛んでいた。消えた長老・・・・・なんだかおかしくなってきた。しかし、おかしいけれど、取材はしなきゃ帰れない。

孫娘がおじさんを呼んでくれた。事情を聞いたおじさんは、村の世話役を紹介。世話役は、もうひとりの長老J氏のところへぼくらを連れて行き、J氏は突然の取材を快諾してくれた。いやいや、みんないい人たちだ。




戦前、鉱山に働きに来た日本人が投網をやっていて、そのとき初めて投網を見た。おとなたちは投網の作り方を日本人に教わっていた・・・・・・・・などなど、J氏からは興味深い話をたくさん聞くことができた。

取材するはずだった長老にロケハンで会っていたディレクターのT氏によると、J氏の方がぼくらが目指す投網についてよく記憶されてるとのこと。ヒョウタンからコマというか、結果的には、長老にカナダへ行ってもらってよかったのかもしれない。

この村では今も日常的に投網をやっている。その様子を撮影させてもらうことに。



マングローブの林を行く。




足元にはカニの穴がぼこぼこ。




投網の打ち手はまだ若い人。



村を歩いていると、日本に行ったことがあるという少年がいた。
2年程前、オセアニアの子どもたちが船でアジアの各地を回る、そのプログラムで日本に2週間、滞在したのだとか。
驚いたのは、その滞在先がぼくが住む九州の某市だったこと。
ぼくが某市に住んでいると知ったその少年も驚いていたけど。



村のメインストリート。




木々の間からかいま見える家。




伝統的な家にも人が住む。



ヌーメア市など大きな市とは違い、こうした小さな集落は、ほとんど自給自足の生活だ。

世話役が自分の家の畑に連れて行ってくれた。鉄分の影響だろうか、赤い土の畑には、タマネギとヤムイモを植えているという。



畑の土は赤い色。




ヤムイモは芽を出したばかり。







曲がりくねった細い山道をのぼり、広がる荒野を突っ切り、走った時間はおよそ6時間。乗っているだけでバテたから、重いカメラや三脚を持って歩き回ったH君やT氏、運転と通訳を続けたY氏は、さぞかし疲れたに違いない。



土煙をあげて走る。




爆睡するH君。



“美しい海の島”というイメージのニューカレドニア。
しかし、違う顔も持っている。それを教えてくれたロケだった。




イラクで若者が殺害されたことに関して、
小泉さんは、「政府は最善を尽くした」、そう述べた。

ほんとにそうなのか?

漏れ聞き、かいま見える情報から推察するしかないのだが、
まったくそうは見えなかった。
若者の命を救うための「懸命さ」は、まるでうかがい知れなかった。

小泉さんが言う「最善」とはなんだったのか?

ヨルダンに派遣された“外務副大臣”のおじぃさんは、
「な~んもわからん。ま、しょうがないわな」という表情で語るばかり。
外務省&政府は、アメリカ軍からもたらされた未確認情報に振り回された。

そのあいまいな情報を鵜呑みにした大新聞は号外を出し、
夕刊の一面に大見出しで「殺害」の文字を躍らせた。恥じるべき大誤報だ。

若者の死の原因を彼の行動と直結して語り、切り捨てる人も多い。
その思考は間違っている。
彼の死の責任は、イラクで戦争を起こした側にあり、そちら側にぼくらはいるのだ。

なぜ戦争になったのか? 誰が起こしたのか? なぜぼくらはそちら側に立っているのか?

それを問い返さない限り、同じ悲劇は無くなるまい。
その悲劇を犠牲者の国籍で語るのは意味がない。

アメリカがイラク攻撃に踏み切った唯一の大義「大量破壊兵器」は、いまだに見つかっていない。
もう、探してもいないのだろう。「大量破壊兵器はなかった」と結論づけられたのだから。

大義も根拠もなにもないままに、10万をこえるイラクの人々は命を奪われたのか?
その非道をぼくらは国として一貫して支持をしてきた。

若者の死を「自業自得」と葬り去ることは、
今や単なる無差別殺戮と化した“ブッシュの戦争”に心を捧げることになる。

それだけはイヤだ。





*ロケ6日目 10月16日(土)



朝から快晴。朝日に照らされ、波うちぎわに落ちるヤシの影もくっきりだ。

午前中の便で、泉谷さんとマネージャ氏は成田目指して帰国。到着は午後8時過ぎ。スタッフ一同、空港で見送り。

--おもしろい番組にしねぇと、承知しねぇぞ!

と笑いつつ、泉谷さんは機上の人へ。きょうは撮影がないので、ほんとに久しぶりに午前様にならずにすむとお喜びのご様子。でも、翌日は朝から仕事がギッシリだとか。




見送りのあと、ぼくらは大規模農園を営む日系二世の方の取材へ。
目指すは島の中部に近いラフォア市。まっすぐ伸びる道を走るロケ車は、泉谷さんたちが抜けてずいぶん寂しくなった。



一路、北へ向かう。




9人乗りの車内はガラン。



カメラマンのH君も、ディレクターのT氏も、緊張から解放されたかのようにグースカ。もちろん、ぼくも。起きているのは、運転も担当するコーディネイターのY氏のみ。

大変だなぁ~、すみません・・・・・ZZZZZ・・・・






取材をさせていただくA氏のお宅には昼過ぎに到着。ちぃっこいチワワ君が出迎えてくれた。



「ん? あんたら、だれ?」



お話を聞く前にオレンジ畑を案内してもらう。人手が足りず、今は規模を縮小しているというが、それでも畑にはおよそ1万2,000本のオレンジが。この畑を息子さんとふたりで管理しているとか。

丹精のオレンジを「持っていきなさい」と収穫し始めたA氏。ありがたいなぁと思っていると、どんどんどんどんオレンジをちぎっていって止まらない。あの~、そんなに食べられませんけど・・・・・・。



ずーっと、ずーっと、オレンジの木。




オレンジ収穫中のA氏に迫るH君。




収穫したオレンジ。うまい!



お話は、今、収穫最盛期のカボチャ畑でうかがうことになり、A氏が運転する車で先導してもらう。5、6分走ると、視界がパーッと広がる。そこがA氏ご自慢のカボチャ畑。まぁ、広いこと広いこと。ここ以外にも畑をもつA氏、すべて合わせた広さはおよそ800ヘクタールだとか。

800ヘクタールって??・・・・・・全然、想像がつかない。その想像を超えた広い畑をA氏は一代で築き上げた。



あきれるほど広い・・・・。




大きく育ったカボチャ。



収穫したカボチャの大半は日本に輸出する。A氏いわく、ニューカレドニアのカボチャは味がよく、日本では他の国のものより喜ばれているのだそうだ。

帰国して近くのスーパーに行ったら、確かに「ニューカレドニア産」と表示されたカボチャが販売されていた。知らない間にA氏が育てたカボチャをぼくも食べていたのかもしれない。



A氏と孫の男の子。



今年66歳になるA氏。父親は、ニッケル鉱山で働いた日本人移民の中でも最も遅くニューカレドニアにやってきた一団のひとりと考えられる。その父親は、他の日本人移民同様、戦争の勃発で強制収容され、日本へと送還された。

--日本人の子どもだといって、いじめられたよ。上の学校にも行けなかった。

淡々と体験を語るA氏。父親は鉱山で働いて貯めた資金を元に、商売をやっていた。また、3箇所にかなりな広さの農地も保有していたと言う。しかし、戦争で店も、農地も、すべて接収され、A氏とその母は路頭に迷うことになる。

農園に働き口を見つけたA氏は、必死に働いた。誰よりも早く起き、誰よりも遅くまで畑の面倒をみた。そんなA氏の姿を見た雇い主は、「収穫高の何パーセントをA氏の取り分とする」という、有利な契約をしてくれた。

--お金を貯めて、オヤジの土地を買い戻そうと思ったんだよ。

しかし、日本国籍だったA氏に土地を買う権利はなかった。そのためA氏はフランス国籍を取得、父親が残し、戦争で接収された3箇所の農地のうち、2箇所を買い戻したという。

強制収容されたあと、父親は手紙をなんどもくれた。しかし、A氏は戦後、父親に会ってはいない。

--余裕が全くなかったからね。オヤジも日本で大変だったらしいし・・・・・。

A氏の父親は、ニューカレドニアの家族が自分を呼び戻してくれると思っていたらしい。そう思うのが当然かもしれない。店も、農地も残してきたのだから。

--財産を全部接収されたことを、オヤジは知らなかったんだよ。

日本語を解さないA氏。しかし、日本人の血が流れていることに、今は誇りを持っていると答えてくれた。



収穫中の畑におじゃま。




フォークリフトをクレーン代わりに撮影中。







とにかく広いA氏の農地。

--あの山からこっち、まぁ、見えるところはワシの土地だな。

その山には野生の鹿が住んでいる。A氏は時々、鹿撃ちを楽しむとか。

--近いうちに撃ちに行くつもりなんだ。撃ったら肉を届けてあげるよ。

そう言われ、「まるまる一頭、届けられたらどうしよう」と尻込みしていたコーディネイターのY氏。ぼくらが帰国する前日、約束どおり、鹿がY氏の自宅へ届けられた。一頭ではなく、太もも一本だったそうだけど。



どこまでが「わしの土地」?




軒先には“獲物”が・・・・。







A氏が撃ち、Y氏の自宅へ届けられた鹿の太もも。その一部が、帰国する当日の朝、Y氏の手で刺身となってぼくらの前にあらわれた。赤身の、きれいな肉。わさび醤油でいただくと・・・・・・あら、おいしっ! 野生だからだろうか、しつこくなく、馬刺しよりもさっぱりしている。

「いえ、私は・・・・・」と遠慮するディレクターのT氏を尻目に、カメラマンのH君とぼくとで全部食べてしまった。



Y氏お手製の「鹿刺し」。



太ももを見事な刺身にしたコーディネイターのY氏は、元漁師という面白い履歴の持ち主だ。南太平洋にマグロを追っていたという。

ぼくの勝手な推測だけど、そのマグロを水揚げするためにニューカレドニアに寄港。その際、既に島に住んでいた日本人の女性と知り合い、結婚。そのまま、ニューカレドニアの住人になったのではなかろうか。

--子どもを育てるのには、日本よりこっちの方がいいですからね。

と、Y氏。確かにすべてがゆったりゆっくり流れているように感じるこの島。昼休みには公園で食事をしたり、昼寝をしたり。ものの3分でソバを吸い込み飛び出していくサラリーマンといった姿は目にしかなった。子どもたちも時間に追われることなく、のびのびと育つことができるのかもしれない。

しかし、ゆったりしていてよさそうなこの島にはこの島なりに、
異邦人が生活するにはクリアしなければならないハードルがいくつもあるに違いない。忙しさに慣れているぼくらがこの島で生きていけるかどうか、ちょっと疑問。うらやましく思えるのも、やっぱり、「隣りの芝生」なのかも。






重い体験を淡々と話してくれたA氏。お宅を失礼するとき、愛犬のチワワ君も見送ってくれた。



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