番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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朝、NHKニュースをぼんやり眺めていると懐かしいメロディが流れてきた。

♪ それはひみつ、ひみつ、ひみつ、ひみつのアッコちゃん ♪

赤塚不二夫さんの『秘密のアッコちゃん』のテーマソング。東京・青梅駅では、今朝から電車の出発合図の音楽がこのメロディが流れるという。こののんびりした音楽がほにゃらんと流れると緊張感もゆるむ。以前の、急ぐ人をさらにさらに焦らせ、駆け込み乗車を強要させるような発車ベルに比べるとずっといい。

でも、なんでアッコちゃんなの?

青梅駅は「昭和」をテーマに、駅の衣替えをしている最中なのだとか。ホームにあるそば屋さんの看板も右から左へと「やばその出い想」的な表示になっている。屋根はトタン拭き。ホームを移動するための地下通路には、手書きの映画の看板が並んでいる。確かに昔はこんな看板が映画館の入り口に掲げられていた。なかなかの手のかけようだ。

しかし、駅のホームでなぜ「昭和」なの?と思わないでもない。利用客に、ぎすぎすした日常から少しでも離れ、穏やかな気持ちになって欲しいというJR側の配慮なのだろうが、「昭和」はそれほどにのどかな時代だったのかなぁと思い返す。

昭和の時代にも「明治100年」などと言って、明治がはやり、懐かしまれたときがあった。そのころは子どもだったぼくにとっては当然懐かしくもなく、明治の文化に心ひかれた記憶もない。そのころ既に、明治は、あまりに遠くなりにけり、だったのだ。

そろそろ「昭和80年」くらいになるころだろうけど、青梅駅の例のように、振り返られるのはせいぜい昭和30年代くらい。経済発展の途上にあった「古き良き時代」(昭和30年代が「古き良き時代」となると、ぼくはもうジジイであるが)、『プロジェクトX』の人気のように(「プロジェクトX症候群」と呼ぶ人もいるとか)、懸命な努力と額に流れた汗が報われた時代を懐かしむというのは、現在に向き合う辛さから一時的にでも逃避する自慰行為のようなもの。

それはそれで大切だ。昭和30年代生まれのぼくは『秘密のアッコちゃん』はリアルタイムで見ているし、中学・高校・大学時代を過ごした1970年代のメロディを耳にすると、思わず心がうるうるするのは事実だし。

でも、振り返ることは大切だと思うけれど、ときにはもう少し昔にさかのぼることが必要だと思う。昭和30年代を懐かしむなら、あのころの“成長への必死の思い”の原点となった戦争の敗北、そしてその戦いを招いた原因までを見据えなければ本当にただのなぐさみになってしまう。

愛知で開かれている万博では『となりのトトロ』に出てくる「サツキとメイの家」が大人気。予約制でずっと先までいっぱいで、入れない子どもたちは展望台から眺めるだけ。この「眺めるだけ」というのも子どもたちにしてみれば意味の分からない「ひどい仕打ち」に思えるのだが、それよりその人気に驚いた。

トトロはぼくも数回見たし、DVDにダビングして保存している。とても楽しく、そしていろんなことを考えさせてくれる、心に爽やかなトトロの風の吹く、そんな映画だった。それはよくできた作り物としてのファンタジーがぼくに与えてくれたイメージで、言ってみれば虚構の産物。その中に登場する「サツキとメイの家」も虚像、がさつな言葉で言えば作り物だ。

偽物の偽物は本物、ということには決してならない。

その作り物を手で触れられる本物としての「作り物」にしてみせた今回の万博。ぼくも遠い昔、親戚の家で五右衛門風呂に入ったことがある。きっと「サツキとメイの家」に行くと、そこここに懐かしさが転がっているに違いない。ニュースではあまりの懐かしさに涙ぐむ初老の女性もいた。

しかし、ぼくらに懐かしい「昭和」。その作り物を見て回ることが子どもたちにとっていいことなのだろうか? どこにもないものをかいま見せる。パソコンの中のバーチャル空間と、この「サツキとメイの家」は、実は同じものなのじゃないかしら? こちらは触れはするけれど、体験することはやはりできないし。


虚像の虚像に、子どもを連れて殺到するおとなたちの気持ちが、ぼくにはよくわからないのだが・・・・。


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不安山盛りの試合だった。
オウンゴールがなければ、引き分けに持ち込まれた可能性が大。
「チャンス!」と興奮したシーンと「危ない!」と肝を冷やしたシーン、どちらが多かったかと振り返れば、後者の方だったと言わざるを得ない。


じょうずなサッカー、きれいなサッカーをしようと思っているワケではないのだろうけど、「いい展開です」という言葉はなんども聞かれ、確かにきれいに布陣はできているんだけど、点がとれない。

少し前までの早稲田ラグビー部のように、美しいラインはできているけれど、相手の重量に押されてトライできない、そんな感じ。

ラグビーは100点以上の得点が入ることもあるけれど、それに比べ、サッカーは点の重みが大きい。たぶん、どの他のスポーツよりもロースコアで勝敗が決まるんじゃないだろうか。

だから、1点とることが大事。守りはともかく、攻めの格好なぞ、どうでもいいのだよ。いや、どうでもいいと言うと叱られるな。戦術は大切。しかし、接触に絶える肉体を作り、果敢に抜け出すゴン中山や、思いもかけないところに出没する野人岡野のような選手がふたりほどいれば、中田選手のスルーパスも、サントス選手や加持選手のセンタリングも、もっと有効じゃないかしら。


イランは強いと思っていたけれど、北朝鮮がまだ一勝もあげていないというのは意外。今回は中東勢が活躍する年なのかな?


サッカー中継を、結局最初から最後まで見たおかげで、めったにやらない深夜の仕事とあいなってしまった。あぁ、ネムかぁ~。


朝日新聞のスポーツ欄の片隅。ひさびさにナベツネさんのお言葉が掲載されていた。

「『ひげ』『ピアス』 ナベツネ流苦言」

という見出し。巨人軍の激励会の挨拶で、ひげを剃った堀内監督をほめ、清原選手のピアスは巨人軍にふさわしくない旨の話をしたという記事。

トップの座を離れてもいまだにこういうことを言っているのだなぁと、この方の主張の一貫性に妙に感心した。ピアスをした清原に対する「(凶悪犯罪集団の)蛇頭に首ごと盗まれないかと心配」という表現もこの方らしい皮肉だ。

渡辺元オーナーは「巨人軍は紳士たれ」と昔から言い、選手たちは移動のときなど必ずネクタイにスーツ姿。それは今も変わらないようだが、このネクタイ&スーツ、そして短髪が「紳士」であるとは、ぼくにはどうも思えない。渡辺元オーナーの感覚で見れば、茶髪にピアスのサッカー日本代表など全員「蛇頭」の仲間だ。

「子どもたちに与える影響が云々」と言う人もいるけれど、ピアスをしたからホームランが打てるとか、茶髪にしたからゴールを決められるとか子どもたちが考えても、それはそれでいいじゃないか。見かけだけでは打てない、決められないということを子どもたちはいずれ知るのだし。

外見だけ「紳士」でいることなど、ほんとうはどうでもいいこと。そんなことよりも、プロ野球のごたごたの最中に渡辺元オーナーが発した言葉やその態度が決して「紳士」ではなかったことの方が問題で、大人の言葉に懐疑の目を向けるのが成長の証明でもある子どもたちに、スーツに身を包んだ大人のいやらしさを決定的に見せつけてしまった。それも社会的に地位のある、紳士足るべき“オトナの中のオトナ”が。

どのような姿に身を包もうとも、その人の性格や信条は言葉やその抑揚にあらわれる。見かけも確かに大事だけれど、重きを置く順番を間違えないようにしたい。でないと、子どもたちに見透かされてしまう。


でも、清原選手のピアス、いまいち似合っていないと思うな。大黒選手の髪の色もね。




本を借りたいという母と同行し、車で県立図書館へ。

机に向かって台本を考えていると、ぽかぽかあたたかい。
ふっと気づくと、寝ていた。となりの席で母が笑っている。

見ていてないで、起こさんかい!

借りたい本を図書館の方に探してもらった母は、
ぼくと昼食を一緒にとってから電車で帰宅。

午後はいねむりもせず、舞台の台本を考える。

しかし・・・・・、
考えているのだが、案がちっとも浮かばない。困ったな。
今週中にメドをつけねばならぬのに。


芸能事務所をやっている友人の事務所へ打合せに行く。

彼の事務所は今回の地震でも揺れの強かった地域にある。地震当日の夜、電話で話したところによると、事務所の彼の部屋は「もう、しっちゃんがっちゃん!」になったとか。

「しっちゃんがっちゃん」---どんなかなぁ?

その部屋に入ると、置いてあったはずのソファがない。書棚の上に置いていた酒やウィスキーの瓶が落ちて割れ、アルコールまみれになってしまったと言う。床には多数の本が壁に立てかけてある。アルコールに濡れてしまった資料たち。触ってみると、まだペタペタ。拭いて、乾かして、大変だ、こりゃ。

彼の部屋の棚という棚はすべて倒れた。当日、彼はその部屋にいなかったのでよかったが、もしデスクに座っていたら、今、ここにはいないかもしれない。

「部屋に入ったら、これが机の上にあったっちゃん。なしてかね?」

そう不思議がるのは、大きなカラーボックス。彼のデスクからかなり離れた場所にあるのに、地震後はデスクの、それもパソコンの上にデンと乗っかっていたという。揺れて倒れたというより、ぶっ飛んできたと言うべきか。

「あれも全部、落ちたんよ」

彼の視線の先には、真新しい神棚が。お供えをするための道具はもちろん、神棚本体も落ちて微塵に壊れてしまった。すべて新しいものをそろえ、お祀りしたばかりだという。今度は落ちないように、壁にチェーンでしっかりと留めてある。

「こうして見るとありがたいね。神棚のおかげで誰もケガせんですんだと思うよ」

そう、しみじみと口にする彼の横顔を、ぼくはちょっと驚いて見つめた。

ぼくは信心する心がまったくない。自宅に神棚も仏壇もなければ、墓参りをしたこともない。第一、先祖の墓がどこにあるかも知らない。親戚づきあいもないに等しい。母は自分が入る墓を自分で用意している。ぼくが死んだときは、きっとそこに間借りをすることになるだろう。拝んでくれる人がいればそれでよし。いなければ、無縁仏になってもそれでよし。その程度の不信心者なのだ。

そんなぼくにしてみれば、地震のあと、真っ先に神棚を新たにし、思いを込めて見上げる彼が少し驚きだった。でも、彼らしいとも思った。

彼とはほとんど同い年。ぼくが今の仕事を始めたのと、彼が芸能事務所を開いたのも同じころ。共通の仕事はほとんどないものの、がんばれがんばれオレもがんばる、と思って今までやってきた。そして、彼の芸能事務所は、福岡の中心部に3階建てのビルをまるまる借りあげるほどに大きくなった。

芸能事務所という、社員も、練習生も、タレントも数多くいる組織をあずかりまとめる。そんなこと、ぼくにはとてもできない。だが、彼にはそれができた。その秘密を、神棚を見つめる彼の言葉に知ったような気がする。

たくさんの人の心をひとつにする。そのためには、きめ細やかな心配りが必要だろう。それを彼はずっと、絶えることなくやってきた。神棚に対する彼の言葉には、その心の細やかさがあらわれている。


神棚には、生き生きとした榊の枝が捧げられていた。毎日、取り替えるのだという。

これからも、がんばれ、がんばれ、がんばれ。




友人がやっている劇団の「子どもたち用発表会台本」を頼まれ、悩む。

以前ビデオを作ったときのモノに手を加えるのでストーリーをまったく新たに作るわけではないのだが、悩んでいるのはその登場人数。男の子4人、女の子17人、計21人全員にセリフが必要なのだ。稽古の成果を見せることも舞台をやる大きな目的なので、ひとりに最低ひとつ、セリフを作らなければならない。

通常、台本を書くときは「この人、しゃべるの何度目だっけ?」なんてことを考えたりはしない。主人公がいて、脇役がいて、ストーリーが進行して、舞台が出来ていく。それが普通。

しかし、今回は違う。「この子はもうしゃべったかな?」と考えつつやらねばならないので、ちっとも先へ進まない。まだプロローグあたりをウロウロ。

確実に行き渡るよう、「正」の字を書きながらセリフを振り分ける。本当はひとりでいいんだけど・・・と思えるセリフも、上と下を分けてふたりに言ってもらうようにしたり。

ムリヤリ振り分けをしているようで、子どもたちになんだか申しわけない。

コワいのは、子どもたちよりお母さんたち。

「うちの子、一回もセリフがなかったわっ!」

そう叱られても困るしなぁ。
せっかくの舞台でひと言も発しないのは子どもたちも残念だろうし、がんばろ。





「初またたびっ!」




「うひ~ぃ!」



歳をとるにつれて“丸くなった”と言われるが、たま~に切れそうになることがある。ここ数日、切れかかってるところ。あぁ、もう、辛抱たまらん!!!

たまにここに書くのだけど、テレビ業界人の「時間観念のなさ」、いや 「言ったことをやろうとしない」 姿勢は、なんとかならないのだろうか?


*某プロダクションのAさん。
番組の企画でクライアントのところへ同行すること、数回。「じゃ、次の日程を決めて、あした、連絡します」との言葉を残し、車で去ってからもう三ヶ月。あの企画は、どうなったのかな?

*某局のBディレクター。
「取材テープ、ダビングしてすぐ送ります」と口にしてから一ヶ月半。局のデッキはそんなに回転が遅いのかしら? それとも、鈍行宅配便?

*某プロダクションのCプロデューサー。
「企画書を見て、意見があったら言って」と送られてきたFAX。返事を出して丸二ヶ月、音信不通。ぼくの愚見は「良」でしょうか、「不可」でしょうか?

*某局のDディレクター。
「ナレーションの台本、直して、今晩、メールで送ります」。その台本、手にしたのはナレーション収録当日のスタジオだったのはナゼでしょ? その間、連絡はゼロ。

*某局のE記者。
最初の打合せをしてから六ヶ月。こちらからメールを出してもほとんど連絡取れないまま、先日の「どうなってます?」の問い合わせに、「取材してません」とのご返事。「は?」と、ひたすら唖然。

*某局のFディレクター。
「編集スケジュールを教えてください。ラフでいいから」とお願いし、「はい、すぐに」という答えをもらってから四ヶ月。いまだ、返事ナシ。オンエアは間近。編集マンを徹夜させて放送時間内にねじ込んだだけの“時間合わせ番組”をオンエアするつもりかな?


愚痴を書いていると自分が情けなくなるからもうやめる。が、上記はすべて今、進行している(はず)の話。メーカーでもサービス業でもなんでも、絶対に許されないことばかり。自分で他人に伝えたこと、「やります」と断言したことを、まったく、なんにもやっていないのだから。

でも、それが、この業界では常識なのだ。

最近、ぼくの友人知人にテレビの情報は信頼するに値しないという人たちが増えてきた。つい最近も「ちゃんと取材してんの?」と言う友人に、しどろもどろながら抗弁したばかり。しかし、こんなに「言ったことを守らない」人たちが日々出しているニュースその他の情報を「信じてね」と言う方がおかしいのじゃないかしらと思ってしまうのもまた事実。

誤解のないように言っておくが、きちっとした人も確かにいる。自分が言ったことを、言った通りの時間までにやるというあたり前のことはもちろん、自分の番組に対する意志をきちんとこちらに伝え、自らコンセプトを考え、表現方法を思案する。そうした意志のキャッチボールをできる人もいる。しかし、その数はほんのわずか。この業界では異端(いや、変わり者)とさえ言える。


きのう、電話で、同世代のディレクターと思わず声を大にして嘆き合った。
どうして若い衆は 「言ったことさえ」 しないのだ??


今、50歳を過ぎて初めて1時間番組に取り組むディレクター氏と仕事をしている。彼は制作に移ってくる前はカメラマン一筋。映像に一家言ある彼は、生涯一カメラマンで終わる、終わりたいと思っていたそうだ。しかし、会社の人事は社員の思いなどたいして大事にしないから、将棋のコマの移動の如く制作部へ。

定年まで10年を切ってのディレクター稼業。知らないことばかりだけれど、周囲の人間はずっと年齢が下なので聞くに聞けない。相手も大先輩だから遠慮する。辛い日々を過ごしているらしい。

彼は自分を「きっちりしてないと気がすまない、情にもろい古いタイプの人間」と言った。そして、「いつ」、「なにを」、「どうやる」ということをこちらに伝えてくれつつ、カメラをかつがない取材に挑んでいる。

きのうの夜には、「ナレーションは○○さんにほぼ決まり。次の取材は29日」と携帯にメールが入っていた。それだけで、どんな取材がどこまで進んでいるか、ぼくにはわかるし、映像の雰囲気もわかる。なにより、彼の熱意が伝わってくる。


「今の若いもん」とは言いたくない。
きちっとしてる人は年齢に関係なくちゃんとしてるし。


だが、 あえて 、言いたい。

しっかりしろよ、若い衆!

50のオヤジに負けてるぞ、

熱意も、作りも、カンペキに!!





ニュースを見て、チャンネルをかえてほんの数分、イランがゴールした。

「こぼれ玉にたまたま足が出た」的なコメントのアナウンサー&解説者(松木さん?)の弁だが、イランの選手がそれだけよく詰めていたということだろう。見事なゴールだ。

サッカーの中継を見るたびに思うのだけど、母国応援一辺倒の中継はどうにかならないのかなぁ。解説者はもちろん、アナウンサーまで興奮&絶叫しちゃアカンのじゃなかろうか。ひいきの引き倒しと言うか、聞いていてイヤな心持ちになることがたびたびあるのだけど。

いやいや、この中継パターンも視聴者が望んでいること。メキシコ・オリンピックで釜本がゴールしたときは今のような高テンションの中継ではなかったが、あのときと同じような口調で実況中継をしたら、視聴者に「真面目にやれ!」とお叱りを受けるに違いない。


サッカー中継の偏りを聞くと、北朝鮮のマスゲームやニュース番組を笑えないと思ったりする。心の中にあるナショナリズムが顔を出す。


あら、ダエイがもう替わってしまった。脚でも痛めたかな?

そろそろ前半が終了しそうだ。おっと、ロスタイムは3分。
マハダビキア、強烈なシュート! で、前半は終了。

きょうは北朝鮮がオマーンに負けたし、日本チームにはがんばって欲しいな。






後半21分。
柳沢君がヘディングで落としたボールを、福西君、見事なゴール! これで同点。

先取点を取って引き気味になっていたイラン、再び前へ前へと突進して行くか?!






後半30分。
イラン、ヘディングで2点目。ファースト・ゴールと同じ選手。
ふっとフリーにしちゃ、いかんなぁ。






「日本、敗れる」。

この表示が、「2-1」という点のスーパーと同時に、実際に試合が終わる前に出た。
局側は「勝ち」にも「負け」にも即応できるように、当然準備しているのだけど、こう先走って出されるとなんだか興ざめ。もうすぐ亡くなるであろうことを予測して作った有名人の特番を流してしまったような感じかな。


ま、勝負だから負けることもある。
イランとの力の差はあまりないみたいだし、次は勝たねばね。



300年ぶりとも言われる大きな地震から5日目。ぼくが住む近辺は体に感じる余震も減り、すっかり落ち着きを取り戻した。しかし、被害の多い地域には、復旧もままならない場所がある。

テレビをON。午後8時台というテレビ局にとっては稼ぎどきの時間帯。民放各局がキー局制作の人気番組を流すなか、NHKは縮小した画面の右側に「地震情報」の文字を置き、上に地震関係の情報を表示し続けている。

流される情報も、被害状況が主だった地震から2、3日目とは違い、「なにをどうすればいいのか?」「これからどうしようか?」と思い始める被災者に役立つ内容にかわってきている。


「地震のゴミは『震災ゴミ』と袋に書いて、燃えない『震災ゴミ』は不燃物の日に」

「中小企業支援の相談窓口/福岡市が開設 融資などの受付は○○、××」

「福岡県弁護士会は電話での相談窓口を開設 問い合わせは○○(無料)」

「福岡市/仮設住宅建設予定は2カ所」

「福岡市/自主避難している人は1075人」

「避難所問い合わせ/福岡市の各区役所総務課(各電話番号)」

「子どもの心のケアに関する相談窓口 (各電話番号)」

まだまだ多くの情報が、右から左へと流れていく。自宅で、避難場所で、この情報を見つめている人たちは数多くいるに違いない。この画面が唯一の情報源の人たちもいることだろう。

「受信料で成り立っている」と公言している国営放送としてのNHKがこうした編成をすることは当然だ。しかし、民放他局も同様な配慮をして欲しい。こうしたきめ細かい情報を提供することこそ、ローカル局に求められていることだと思うのだけれど。


大きな災害も日々の出来事にかき消されていく。今回の震災がなければ、ぼくは、例えば新潟の大地震などをもう思い出すことなく、忘れていただろう。


「玄界小中学校 避難所近くの学校で終業式」

「銭湯無料券/避難所の市民に配布」

こうしたホッとできる情報に並び、こんな情報も。

「被害者装う振り込め詐欺、空き巣にご注意」

他人の不幸につけ込む、卑劣なヤカラはやはり居るのだ。悲しくなるね。



子供たち、ひとりびとりに言わねばならない。

君はなんであるか知っているか。

君は驚異なのだ。

二人といない存在なのだ。

世界中どこをさがしたって、君にそっくりな子はいない。

過ぎ去った何百万年の昔から、君と同じ子供はいたことがないのだ。

ほら、君のからだを見てごらん。

実に不思議ではないか。

足、腕、器用に動く指、君のからだの動き方!

君はシェイクスピア、ミケランジェロ、ベートーヴェンのような人物になれるのだ。

そうだ、君は奇跡なのだ。

だから大人になったとき、君と同じように奇跡である他人を、傷つけることができるだろうか。

君たちは、たがいに、大切にし合いなさい。



番組作りの準備のために読んでいた本 『 生き残る~沖縄・チビチリガマの戦争 』 で、懐かしい文章にめぐり会った。

チェロの巨匠 パブロ・カザルス の言葉(『 パブロ・カザルス 喜びと悲しみ 』 より)。


ぼくがこの言葉に初めて出会ったのは、確か学生時代の終わり。そのころは、いい言葉だなとは思ったけれど、あたり前のことを言っているとも思った。ぼくはまだ「子ども」だったのだろう。

おとなとなって改めて出会ったこの言葉の印象は、あのころとはまったく違う。人間が、自分自身の可能性を自由に追求できるということ。それがどれだけ素晴らしく、そして得難いことなのか、おぼろげながらも知った今、この言葉の重みが心にしみる。

自分が唯一無二の存在であることを知らねば、他者の価値もわかるまい。自分と他人は違う、それだからこそ意味がある。違う人間だからこそ、分かり合えるまで語り合わねばならない。違う心を持つから思い通りにはならないし、だからこそ尊重しあわなければ生き難い。


子どものころ、驚異だったぼく。シェイクスピアにもミケランジェロにもベートーヴェンにもなれなかったけど、自分自身にはなれたかな。


カザルスはこうも言っている。

何よりも一番に大切にすべき賜物は生命そのものである。仕事は生命への挨拶であるべきだ。

胸に痛い。





『 Streets Of Fire: A Rock & Roll Fable [SOUNDTRACK] 』

「 Nowhere Fast 」
「 Sorcerer 」
「 Deeper and Deeper 」
「 Countdown to Love 」
「 One Bad Stud 」
「 Tonight Is What It Means to Be Young 」
「 Never Be You 」
「 I Can Dream About You 」
「 Hold That Snake 」
「 Blue Shadows 」


運転中に聴くアルバムのうち
五本の指に入る愛聴盤。
1984年というから
もう20年以上前の映画のサウンドトラック。

きのうのように打合せで脳みそが疲れ切ったとき、
ボリュームを思い切り上げて聴く。

アルバムも好きだけど、映画も大好き。
今もちょくちょく見ては、憂さを晴らす。
監督は、『48時間』などのウォルター・ヒル。

ストリート・ギャングにさらわれた
人気女性ロッカー(ダイアン・レイン)を、
元恋人の男(マイケル・パレ)が
ギャングのボス(ウィレム・デフォー)と
対決し取り戻す。

ストーリーはこれだけ。
これ以上でも、これ以下でもない。
単純明快、わかりやすい。
たいして練ってないだろう的展開なれど
胸を打つ。

それは、このサントラ盤におさめられた
オリジナル曲の良さによるところが大。

映画のサブ・タイトルに
「 A Rock & Roll Fable(ロックン・ロールの寓話) 」
とあるように、
こんなことがあったらいいな、
こんな男に(女に)なれたらいいな、と
夢見るための映像と音楽。

車内でボリューム一杯に上げて始まる1曲目。
「ドスッ、ドスッ」と車体をゆるがすバスドラムに続き
ピアノが勢い込んでなだれ込む。
ステージの袖から飛び出してきたダイアン・レインが
四角いマイクをわしづかみにして
歌い出すのが「 Nowhere Fast 」。

このオープニングで、いちころ。

ダイアン・レインの歌も真に迫って
口パクとは思えないパワフルさ。
人気ロッカーという役どころだから、全身レザー。
ステージ狭しと踊る姿も圧巻。
でも、ロッカーらしく指先を切った手袋から
のぞく指が短く、愛らしくてちょっと笑える。

この1曲目が終わったところで
ギャング団のボス、ウィレム・デフォーが
子分に「やれ!」とひと言。
ダイアン・レインはさらわれる。
地元のスーパー・スターを救うために
街の喫茶店の女主人が呼び寄せたのが、
元恋人で今は流れ者のマイケル・パレ。

彼を中心に
ダイアンのマネジャー(リック・モラニス)や
元女兵士(エイミー・マディガン)たちが
ダイアンを救い出す。

その活劇(?)の中に挿入される
売れない黒人ボーカル・グループの
「 Countdown to Love 」がまた抜群。

このアルバムでも1番のお気に入りは
「 I Can Dream About You 」。
エドガー・ウィンターなどと一緒にやっていた
故ダン・ハートマンの曲。歌も本人。
きのうは車の中で7、8回繰り返し聞いてしまった。

他にもクラプトンのバンド・メンバーとして来日した
グレッグ・フィリケンズ、
絶妙なスライド・ギターを聞かせる
(映画の音楽監督でもある)ライ・クーダー、
気合いの入った演奏と歌
(映画にも登場)のブラスターズ、
「 Sorcerer 」でバック・ボーカルをとる
スティービー・ニックスなど、
ツボを押さえた人選で
アルバムだけでも十二分に魅力的。


しかし、エンドを飾る曲
「 Tonight Is What It Means to Be Young 」の邦題
「今夜は青春」と
このジャケットのセンスはどうかと思うなぁ。



きょうは今から福岡の某プロダクションへ。

車で行こうか、それとも電車? 駅からバスに乗って行かねばならない不便なところなので、車にしようか。でも、きのうのニュースでは、会社の駐車場やその周辺が一部液状化していたし。駐車できるのかな?

きのうは夜まで電車は動かなかった。余震でまた止まると困るし、車で行こう。






夕方、帰宅。何度か余震は感じたけど、そんなに揺れなかった。ほっ。

きょう、出かけたのは、福岡市の海辺にあるテレビ局のビル。局の足下で起こった液状化の様子はきのうのニュースでたびたび流れた。その駐車場は、乾きこそしているものの、地中から吹き出したと思われる砂があちらこちらに。そして、ひび割れも走る。ビル前の広場では、しかれた煉瓦が両側から圧迫されて飛び出たり陥没したり。間近に見ると地震の力の大きさを実感する。

ビルの4Fのプロダクションに入ると、ビデオテープがうずたかく積んであった。棚の上から中から、一気に飛び出たんだそう。壁面に並べられている2メートル程の高さのラック、その床から180センチくらいのところが一直線にへこんでいる。倒れかかった机の角の跡だとか。社員はこのラックに背を向けて仕事をしているから、平日だったら下敷きになっているところ。

「休みでよかったですよ」

そう話す言葉に実感がこもる。


このあたりは震度6弱と、揺れが一番強かったところ。ぼくの住んでいるところ(福岡市と北九州市の中間あたり)は震度5弱だった。指針の値にすれば「1」しか変わらないのだけど、震度6弱の揺れのすごさは体験した人の言葉のはしばしににじみ出る。

震度5弱が「恐かったぁ!」とすれば、6弱は「生きた心地がしなかった・・・」という感じだろうか。


帰りにプロデューサー氏を会社から車で5分ほどの自宅へ送る。玄関先に出てきた奥さんが、

「まだ揺れるってよ!」

と、真っ先におっしゃった。挨拶なしの言葉に、恐怖が見える。


早く収束してくれるといいな。


いやぁ、揺れた揺れた、大揺れだ。

2005年3月20日午前10時53分。

午前さまで二日酔い。コタツでごろごろしていたところに、家が「みし」と音をたてた。ん? と思ったとたん、床が、壁が、天井がぎしぎしきしみ、ぐらんぐらんと揺れだした。

「こりゃ、でかい!」と思わず中腰になる、その間に揺れはますます大きくなる。チェストの上に乗せたテレビが「スターウォーズ」のR2-D2のようにぐりんぐりん。今、家を出ると瓦なんぞが落ちてくると危ないから、揺れがおさまるまではこの部屋にいよう。

落ち着け落ち着けと自らに言い聞かせつつ、「ストーブはついてない」「ガスも使ってない」、だいじょうぶだいじょうぶと念じる。

そのうちに、おさまってきた。

大きく揺れたのはさして長くない。10~15秒くらいだろうか。テレビをつけると、福岡市の中心部は震度6弱、ぼくの家のあたりは震度5弱との速報が。

その速報を見てから、部屋を見て回る。

最初に覗いたのは、キッチン。食器棚はだいじょうぶ。落ちて割れたりしたものはない。

本棚とその上に乗せた陶器のツボなどもなんら変化なし。たまたまきのうから泊まりがけで出ている母の部屋の鉢植え類もきっちり立ったまま。倒れたモノはなにもない。

家の周りにも瓦などの落下物はない。平穏そのもの。

「ほんとに震度5もあったんかなぁ?」

そう思いつつ、自分の部屋に入ったら、が~ん!




本棚の上に積んでいたビデオテープとCDのBOXSETが散乱


はぁ、片づけなきゃ・・・・・。二日酔いのアタマがガンガンしてきた。


しかし、時間がたつにつれて本当に大きな地震だったことがわかってくる。玄界灘に浮かぶ小さな島・玄海島では数十棟の家が全壊し、お年寄り、子どもたち、そして女性の皆さんは船で福岡市に渡り、市内の体育館で避難生活へ入ることに。

福岡市の中央、天神の一角に立つ街の顔・福岡ビルの窓ガラスが大半、割れて落下。きょうは休日、時間も早めだったので、ここのガラスでケガをした人は男性ふたり。これが多くの人が仕事で行き来している平日だったらどうだったろうと思うとゾッとする。

そして、ほんの先ほど。お年寄りの女性が倒れたブロック塀の下敷きになり、亡くなったというニュースが。気の毒だ。


余震が気になり、夕食の買い物に出るタイミングを失う。仕方ない、きょうは外食だ。6時少し前、車で10分ほどの、バイパス沿いにあるうどん屋さんへ。注文して、はぁ~しんど、と息をついていたら、家族連れのお客さんたちが続々とやってくる。みなさん、どことなく地震疲れのご様子。




うどん屋さんの広い駐車場は車でいっぱい。



この地域は地震が少ない。ぼくは東京にいたころ、震度5を体験しているのでそれほどでもなかったが、ほとんどの人は初めての地震体験と言っていいだろう。それも大揺れ。お父さん、お母さん、そして子どもたち、みんな興奮気味できょう一日を語り合っている。


まだ余震が続いている。こんばんは用心してストーブをつけるのはよしておこう。
よりによって、冷えてきた。体育館に非難している人たち、寒いだろうな。体調など、崩しませんように。




◆九州・山口・沖縄にお住まいの方々へ-番組の宣伝です◆


ぼくが制作に携わった番組が下記の要領でオンエアされますので宣伝をさせていただきます。


★番組名:『ムーブ2005 息子へ ~父と子の特攻~』

★放送局及び日時:下記の通り、各県別々です。

  *福  岡=RKB毎日放送   3月20日(日) 24:40
  *沖  縄=RBC琉球放送   3月21日(月) 25:26
  *山  口=TYSテレビ山口  3月21日(月) 26:05
  *鹿児島=MBC南日本放送 3月22日(火) 25:30
  *熊  本=RKK熊本放送   3月23日(水) 25:50
  *長  崎=NBC長崎放送   3月24日(木) 25:50
  *大  分=OBS大分放送   3月26日(土) 07:00
  *宮  崎=MRT宮崎放送   3月26日(土) 06:00

★制作局:MRT宮崎放送



「男の子は自分の子どもではない。天皇の赤子だ」

「お国に息子を捧げることこそ、天皇の臣民にとって最高の喜びであり、誉れなのだ」

わずか60数年前はこうした考えが当たり前、いわば常識でした。番組は、その常識に従い、長男を特攻隊員として国に捧げた父親の、息子に宛てた手紙を中心に展開します。


*内容の詳細は こちら をご覧ください。

*『ムーブ2005』については こちら をどうぞ。






この番組を構成するにあたり、ぼくは次のようなことを考えていました。

ぼく個人は、特攻隊にかかわらず日本が関わった戦争で命を落とした人を「犬死に」だと考えています。この言葉には侮蔑的なニュアンスがありますから言い換えましょう。つまり、「強制的な、無意味な死」ということです。

「無意味な死」と考えることほど、遺族にとって辛いことはないと思います。遺族や友人たちは、その死になんらかの意味づけをしようとします。そして、「戦争だから仕方なかった」と口にします。ぼくがこれまで制作にかかわった戦争関連の番組では、インタビューに応じた方々が皆異口同音にこの言葉を繰り返します。「今の人には分からないだろうが、周囲がみんなそうなんだから仕方なかった」んだと。

「仕方なかった」

この言葉ほど、戦争の責任を負うべき国にとって好都合な言葉はありません。戦争体験者や遺族の悲しみ、苦しみ、やるせなさや憤りなどはこの言葉で完結してしまい、国民を戦争へと駆り立てた国に対する追求へと転化することがないからです。

そしてこの言葉は、戦争への道を止めることができなかった自分たちへの懺悔の言葉、言い換えれば言い訳ともなっています。誰にもさえぎることはできなかったんだと。あれは時の流れだったんだと。

これは違うと思います。国をあげた戦争は、国民の支持がなければ続けることはできません。戦争を主導したのは確かに日本という国であり軍部だったわけですが、それに追従し、時には軍部をもその熱狂であおり立てたのはぼくら国民なのです。

日本国民がどれほど戦争に熱狂したか。ひとつ例をあげます。

真珠湾奇襲攻撃により太平洋戦争が始まった日のわずか二日後、昭和16年12月10日、後楽園球場で「米英撃滅国民大会」が盛大に開催されました。これは軍部が主導して行われたものではありません。軍部によって「戦勝祝賀」が催されたのは翌年の2月半ばのこと。この「米英撃滅国民大会」は朝日や毎日など新聞各社が主催し、数多くの読者がその呼びかけに応じたものです。

「やったぞ、ついに待ちに待った戦争だ! アメリカ、イギリス何するものぞ!」

大会はそんな声であふれました。中国でのめどがつかない戦いに閉塞感を覚えていた国民は、日本に無理難題を持ちかけるアメリカの頭上に振り降ろした鉄槌に心底すかっとしました。晴れ晴れとした気持ちにさえなったのです。そして、嘘か誠かわからない大本営の発表に熱狂し、敵の艦隊を撃沈したと言えば提灯行列をし、敵爆撃機に体当たりを敢行した戦闘機の飛行士を軍神として崇めたのです。

ぼくには戦争体験がありません。ですから、次のように言うことにはとても引け目を感じます。しかし、言わねばなりません。国民には戦争を止めることが出来なかった責任があると。「仕方がなかった」という言葉はこの責任を逃れる言葉でもあるのだと。

戦争に対する国民の責任。戦争関連の番組に携わるとき、ぼくの頭にはそれが常にあります。


今回の番組を構成する際にも「国民の責任」ということを考えていました。しかし、ぼくの戦争観は表面的に出てはいません。父親が残した手紙を中心に、事実を淡々と描いています。それは、担当ディレクターの意向でもありますし、戦争の愚かしさを声高に叫ぶよりも父親の思いを紹介することの方が印象が強いと思ったからでもあります。


息子を軍人に育てたいと願った父。その期待に応えて陸軍士官学校へ進み、将校となった息子。彼は特攻隊隊長として部下を率い、沖縄の海に居座るアメリカ艦隊へと必死必中の特攻を敢行します。息子は天皇陛下の赤子としてこれ以上にない方法で見事に命をお国に捧げました。父も息子も、希望していたとおりの人生を歩んだのです。父には悔いるところはまったくありません。


しかし、そうでしょうか?

父は生涯、短かった息子の一生を晴れがましく思っていたのでしょうか?


その精神をも国へと殉じようとした親の心は哀しい。
そう思わずにはいられません。



先日おじゃました某局は、「サブ」と呼ばれる番組送出コントロールルームがデジタルに一新していた。おぉ、デジタル化も間近だ!

とは思ったものの、技術シロウトのぼくの目には、なにがどう変わったのか、わからない。これまでブラウン管のモニターだったのが液晶になったくらいの違いにしか気づかなかった。

「まぁ、そりゃそうすよ。送出方法がアナログからデジタルに変わるだけだから」

と、同局のデジタル推進責任者はおっしゃる。確かに目に見えない方式が変更するだけ。実は、それに伴ってカメラからテープから編集機から、なにからなにまで、機材その他すべて総入れ換え。その経費は50億とか60億とかかかるらしいのだが、だからといって流す番組内容が変わるわけでもない。

だから、「白黒」から「カラー」へと劇的に変わったあのころのように、ワクワク感で視聴者が昂揚するわけでもない。画面に「白黒」とか「カラー」とか表示されるたびに「くっそ~」と思うような、購買欲に油を注ぐような仕掛けがあるわけでもない。静かに静かに、しかし着実にデジタル化は進んでいる。

来年からは民放のデジタル放送が始まり、2011年の7月には、今のテレビはハイビジョン・チューナーを介さない限り、すべて、一切、なんっにも映らなくなる。そのとき、「テレビが壊れた」と家電店に持ち込まれるテレビは何台にのぼるだろう? うちの母親は確実に持ち込む口だ。

その2011年まで、テレビ局は同じ番組、同じタイムテーブルをアナログとデジタル、2方式でオンエアし続けなければならない。サイマル放送と呼ぶが、このために単純に言って、今までの2倍の手間がかかるというわけだ。お金もかかる。試算によると1年間に5、000~6000万円がサイマル放送のために消えるという。デジタル方式に一本化する6年ほどの間に3~4億円が同じ番組を流すために使われる。視聴者に徹底し、スムーズに移行するためには仕方ないんだろうが、もったいない気もする。

さて、デジタル化となってどうなるのか? そこが相変わらず見えてこない。きれいな画面になるだの、音もFM放送と同じほどに良くなるだの、双方向になってテレビを見つつ番組に参加できる(電話回線と接続しなければならないということを言わないことが多いが)だの、バラ色輝かしい未来像は、テレビの総元締め・総務省を中心に喧伝されている。

が、それらは「ハード(技術)の面で可能なこと」に過ぎない。送出方法がデジタルとなっても、番組内容がおもしろくなるわけではない。より実物に近い映像を可能にするということがより美しいものを映し出すとは限らない。見たくないモノまであからさまになるということでもある。

それよりなにより、番組制作現場のソフト制作力の脆弱さをどうにかすべきではなかろうか。それは現場の人間の能力という意味ではなく、スタッフをそろえることに手を抜くなということだ。いくら音声がFM放送レベルになるといっても、現場での収録がカメラマンの片耳に突っ込まれたイヤホンに任されている現状では、デジタル放送の機能を活かすことはできない。音の専門家が参加しない取材で録られたレベルも質もバラバラな音が、デジタル放送だからといってクリアに聞こえるわけではないのだ。

カメラにしても同様。いま、ふたつの局が共同制作という形でひとつの番組を作っている。A局はデジタル化が進み、今後の撮影はハイビジョンで撮ると決めている。が、B局にはハイビジョン用のカメラはまだないのだ。これまでのカメラで、これまで同様の映像を撮り、画像の上下を切ってハイビジョン的に見せるしかない。

こうした行き違いはデジタル化が落ち着けばなくなるだろうとは思うが、それまでの数年間、視聴者は、新たに購入せねばならない巨大なテレビの前で、「すばらしい機能」を使いこなせない現場が制作した番組を見なければならないのだろうか?


「デジタル放送は国策です!」

そう、NHKでは頻繁に流れる。国策だったら、アナログテレビをデジタルテレビと交換するようなてこ入れをしてもいいんじゃないか? ひとつの世帯でも数台あるテレビを買い換えるのは大変なのに、入院施設を持つ病院や老人ホームなどは多額の出費を強いられる。それは結局、利用者の負担となるのだ。


いまさらのように思うのだけど、局にも、視聴者にも出費を強いて、デジタル化は誰のためにやるのだろう?





「さぁっぱり分からんわぁ~」




自分だったら葬式にどんな曲を流すかなぁと考えていて、その場にいたことがあまりないのに改めて気づいた。なおニンさんは火葬場に一度行ったことがあるそうだが、ぼくは一度もない。幸か不幸か、葬式にも片手で足りるくらいしか出たことがないのだ。

ぼくは葬式が嫌いである。

ぼくの葬式嫌いは高校時代、中学の同級生が亡くなったときに始まる。

彼は確か腎臓が悪く、わずか16歳にして人生を閉じた。特に親しくはなかったものの、同い年が世を去るというのはかなりなショックで、ぼくは元級友たちと彼の家を訪ねた。

葬儀はもう終わっていて、彼の家には何組かの親戚たちが残っていた。憔悴したお母さん。なにをどう言っていいかわからず、どぎまぎおろおろしてる間に、ぼくらは仏間へ座った。仏壇の前には、ひょうきんに笑う彼の写真が飾られていた。

「これが遺影っていうんか。笑っとるのにな」

親戚の人だろう、ぼくらに焼香をすすめた。仏壇に一番近く座っていたぼくが必然的にトップバッターとなった。困った。

「オレ、一度も葬式に出たことないやん」

葬式どころか、線香に火をつけたこともない。墓参りをしたこともなければ、ぼくの家には仏壇もないのだ。

テレビか映画でロウソクの炎から線香に火をつけている様子を見たことを思い出した。同じようにやってみると、線香に小さな火がともる。

「ほっ、やりゃできるやん」

ところが、ここでまた困る。
確か線香からは奇妙なにおいの煙が出るはず。しかし、ぼくの手にある線香は燃えっぱなし。これではダメなのではなかろうか? 消さねばならぬ。しかし、どうやって?

吹き消してはいけないような気がした。彼の遺影に向かって息を吹きかけることは失礼にあたるような気がしたのだ。ぼくは手にした火のついた線香をソッと振った。消えない。少し力を入れて、もう一度振った。消えない。焦って、ピピッと切れよく振ると、線香が折れて仏壇へ飛んでいった。火がついたまま。

そのとき、ぼくの背中から「ぷっ」と吹き出す声が聞こえた。後ろには彼の親戚たちが座っていた。その中の誰かが、ぼくの失態を見て笑ったのだ。

ぼくはふたつの意味で頭に血がのぼった。ひとつには、自分自身の恥ずかしさに。もうひとつは、厳かであるべき場で笑いをもらす人がいることに。それも悲しみにひたっているはずの親戚の中にそんな不遜な輩がいるとは! 我が子を亡くしたばかりの母がいるのに!


なんて嘘っぱちなんだ! と、まぁ、16歳の小僧は憤ったのだった。



葬式が故人を偲ぶ場ではなく、酒を飲み、うまいモノを食い、もう一歩踏み出せば手を拍って歌い出しかねない宴であることは、社会に出てから親戚の不幸で知ることになる。

一連の儀式を否定するつもりはさらさらない。告別式が旧交を温める場となるのも、そうした機会がなければ会うことのない人々に邂逅のときを提供しているからなのだし。
しかし、ほんとうに悲しんでいる人だけが慰霊に訪れるわけではないことを10代で知ったのはまずかった。トラウマとまではいかないが、葬式をシニカルに見る癖がついてしまったのだ。

20代半ば、親戚の葬儀に列席した。ぼくは“身内”なので参列者をむかえる側に座る。場所は青山葬儀場。参列者が並んだ。その親戚は会社のエライ人だったので、記録に残すために数人のカメラマンが写真を撮っていた。そのうちのひとりがぼくにカメラを向けた。続々続く参列者に対し、ありがたいとは微塵も思っていないのに頭を下げ続ける。その動作にうんざりしていたぼくは、カメラに向かって思い切りアカンベーをした。

その写真をネタに、親戚から、会社の社員から、「常識無し」となじられた。


葬式は嫌いだ。


朝8時半。

さて、早めの日記を書こうかなぁと思いつつ、ネットをぐるり。
すると、音楽情報「BARKS」のページにこんな記事が。
  ↓
「お葬式で流したい曲 ベスト10」

調査の詳細などは上記リンク先を読んでいただくとして、選ばれた曲がおもしろいので、下記にイギリスとヨーロッパのベスト10をコピー。


<お葬式で流したい曲ベスト10/イギリス版>

1.ロビー・ウィリアムス 「Angels」
2.フランク・シナトラ 「My Way」
3.モンティ・パイソン 「Always Look On The Bright Side Of Love」
4.レッド・ツェッペリン 「Stairway To Heaven」
5.クィーン 「Who Wants To Live Forever」
6.グリーン・デイ 「Good Riddance (Time Of Your Life)」
7.R.E.M. 「Everybody Knows」
8.オアシス 「Live Forever」
9.ベット・ミドラー 「Wind Beneath My Wings」
10.ロイヤル・スコットランド騎馬隊 「Amazing Grace」

う~む、雑多である。クイーン、グリーンディからベッド・ミドラーにロイヤル・スコットランド騎兵隊までとは。

「Stairway To Heaven」という、ベタな曲があるのもおもしろいけど、モンティ・パイソンの曲が3位にランクされているのは驚き。イギリスでは人気があるらしいけど、ぼくは「ジョージ・ハリスンのお友だちたち」程度の認識しかないし。聞いてみたいな。(※下記注参照)

知らない曲も多い。モンティ・パイソンの曲の他、No.1、6、7、8、9と半分以上の曲を聞いたことがない。1位の「ロビー・ウィリアムス」という名に、「ほ~、歌も歌うのか。知らなんだ」と反応してしまう。おっと、これはロビン・ウィリアムスだ。


<お葬式で流したい曲ベスト10/ヨーロッパ版>

1.クィーン 「The Show Must Go On」
2.レッド・ツェッペリン 「Stairway To Heaven」
3.AC/DC 「Highway To Hell」
4.フランク・シナトラ 「My Way」
5.モーツァルト 「鎮魂歌」
6.ロビー・ウィリアムス 「Angels」
7.クィーン 「Who Wnats To Live Forever」
8.ザ・ビートルズ 「Let It Be」
9.メタリカ 「Nothing Else Matters」
10.U2 「With Or Without You」

イギリス版とNo.2、4、6、7の4曲がダブり。1位のクィーン「The Show Must Go On」が選ばれたのはよくわかるけど、AC/DCの「Highway To Hell」っつうのはなにかしら? シャレかシニカルな自虐か、はたまたヤケクソなのか。最後の審判をあきらめたのかなぁ。

クイーンが2曲にビートルズ、U2と並ぶのを見ると、こちらがイギリス版のような感じもする。クラシックに疎いのでモーツァルトの「鎮魂歌」がどんな曲か思い浮かばないけど、聞くと「あぁ、これ!」的な曲のような気がするな。
ん? 「鎮魂歌」?・・・「モーツァルトのレクイエム」ってヤツかしら? 我が家にあったような。あとで探してみよ。


さて、自分の葬式にどんな曲を流して欲しいかとなると・・・・・。う~む、悩むな。
ガンズの「Paradise City」を流すというのは nonkey37さんだったかしら? 「Welcome To The Jungle」もいいなぁ。でも、あのイントロで参列者を驚かすのもなんだし。「走れコータロー」を流した競馬好きな人もいたらしいけど、そこまでやると痛快かも。笑ってもらえたらいいしなぁ。


ひとまず候補をあげてみよ。

*Allman Brothers Band 「Rumblin' Man」

*Lynyrd Skynyrd 「Freebird」

*Eagles 「Take It Easy」

*Dave Mason 「Every Woman」

*Leo Sayer 「More Than I Can Say」

*John Lennon 「Stand By Me」

*Elton John 「Border Song」

*Neil Young 「Heart Of Gold」

*Tom Waits 「Ol' 55」

*America 「Tinman」

*よしだだくろう 「友だち」

*Blue Hearts 「チェイン・ギャング」

*井上陽水 「能古島の片思い」

*高石ともやとナターシャセブン 「さよならが言えない」

*村田英雄 「人生劇場」

*RCサクセション 「トランジスタ・ラジオ」


あかん、葬式が終わらん。





※注
<お葬式で流したい曲ベスト10/イギリス版>でNo.3にあがっているモンティ・パイソンの曲名が「Always Look On The Bright Side Of Love」ではなく、「Always Look On The Bright Side Of Life」であるというご指摘をコブラクローさんからいただきました。
コブラクローさん、ありがとうございます。

こちらでその曲が聴けます。楽しい曲でした。
  ↓
http://orangecow.org/pythonet/audio/audio.html






ほぉ、「画像オプション」なるものができちょる。きょう、リリースなのね。

クリックすると「画像オプション利用規約」が。
こういういかめしい取り決めをしないとアカンのかなぁと思いつつ読む。

なるほどなるほど、要するに裁量権はすべて楽天さんにあるということの確認ですね。利用者には発言その他の余地はないように読めるが、ま、無料で場所をお借りしている身、写真も文章も消えてかまいませぬ。でも、消す前にはひとこと言ってくださいね。

5メガバイトまでは枚数に制限なく使えるそうで。ありがたいことです。

さて、んじゃ画像を指定してっと・・・・・ありゃ? 画像のサイズは事前に調整しとかなきゃダメなのかな? 640×320では巨大な写真となってしまうな。

小さくして、っと。レイアウトは「下」を選択。

これでどうだっ?

もぐり込むネコ助


あら? 画像が出ちょらん。なにか間違えたかしら?

よし、再度挑戦。

今度はどうだっ?!

もぐり込むネコ助(再トライ)




お~、できたできた!

と、喜びの感想を記そうとしたら、写真がどんどん下にずれて行ってしまう。写真を「下」に置くレイアウトを選択したから、写真より後ろには文字は入れられないのね?

やっぱりタグを使って自分で設定した方が自由はきくみたい。う~ん、でもちょっと残念かも。面倒くさがり屋のワタクシとしては「便利だなぁ」と感激しかけたんだけどなぁ。

いやいや、ぜ~たくを言ってはバチがあたる。他のサーバーに画像倉庫を作らなくてすむだけでも嬉しいことです。謙虚に、厳かに、「ありがとうございます」。



きのうの日記に書き込みが3件あった。
見てみたらどれも同じ「無修正動画無料ダウンロード」のご紹介。
お願いもしないのに、わざわざ、それも3回も書き込んでいただき、ありがとうさま。うやうやしく消去させてもらったけど、ひとつくらい記念にとっておけばよかったかしら。

パソコンで自動的にアクセスし、自動的に書き込んでいるのだろうけど、文面を書いたりするのは人の手だろうから、ご苦労さんなことである。できればもうちょっと文章を練った方がいいように思うが、まぁ、余計なお世話だと思うのでやめとこう。

ここ楽天に日記を書くようになってから、書き込みばかりでなく、こうしたメールが激増した。アドレスが流出しているんだろうけど、サーバーの管理が甘いのかな?

こうした書き込みやメールに嫌悪感を感じる人も多いだろうが、ぼくはあまり気にならない。着信メールにも料金が発生する携帯に多数届いていたころはアタマにきたけど、なぜかここのところは一通もこなくなった。不可思議。

先日、3日間ほど出かけていてメールを開かなかったら、およそ100通のうち90通近くがこうしたメールだった。毎日、30通前後の「アタシ、ヒマなんです」「ご主人様、私を・・・」「隣の奥さんが・・・」的メールが届いたことになる。

最近は「はろ!」とか「おっひさ~!」「メール、くれた?」といったフレンドリーなタイトルも多い。多少は工夫してるのね。ま、ぼくはそうしたタイトルをつけたメールのやりとりはしないけど。

タイトルを見て、開くことなく一気に削除。今年になって削除したメールは、まだメールソフトの「ごみ箱」に留まっている。その数2000以上。全部が「熟女がお小遣いを・・・」といった内容ではないにしろ、メールを作成した人の労力と、メールを伝えるための電気その他のエネルギーがムダになったわけだ。あぁ、もったいない。

需要があるから供給がある。それが資本優先、射幸心ありきの、この世界の常ならむ。

も一度言っとこう。ご苦労さま。


番組がひとつ、制作終了。あしたが番組を配信する局への納品日だそうだから、今ごろは宅配便のトラックの中か、集荷場だろう。いまは、無事に配信局へと到着し、何事もなくオンエアされることを祈るのみ。

納品日に間に合わず、ぼくが配信局までテープを持ち込んだことが2回ほどある。そのうち一回は、納品日翌日だった。徹夜明けにビールをひっかけ、テープを小脇に抱えて朝一の飛行機に乗り、始業時間前にテープを持ち込んだら、担当のデスクが休暇を取っていた。別に翌日でもオンエアに支障はなかったのである。

しかし、テレビの、特に制作セクションは時間に実にアバウトなので、本当にギリギリのラインを「納品期限」にしてしまうと放送事故につながりかねない。オンエア時間は決まっているので、時間にぴりぴりしている(ように見える)番組送出担当部署からすれば、なんとまぁルーズな輩かと思えるに違いない。

数年前、某局で編集が遅れに遅れたことがある。その編集は、社外のプロダクションの一室で、パソコンを使ってやっていた。最初はさくさく進み、「楽勝楽勝、丸一日は余るよ」なんてゆったりしていたのだが、途中からパソコンがなかなか言うことをきかなくなり、ズルズルと遅れはじめた。

それでも余裕しゃくしゃくだった。が、余るはずの一日が、あぁぁぁ・・・・と言う間に過ぎたころから、完璧にヤバイ感じとなっていく。編集が終わり、ハードディスクからオンエア用のテープへ映像をダビングする段階になって、パソコンの反応は最悪に。動いているのやらいないのやら、編集マンも把握し切れていないのがその表情に如実に表れている。

ダビングを終えたのがオンエアの40分ほど前。テープを抱えたディレクターとふたりで、タクシーに飛び乗った。10分かからずに局へ着くはずだ。

ところがこの日は休日で、メインストリートは大渋滞。編集プロダクションのあるビルからブーッと数十メートル走ったきり、動けない。こりゃ、ヤバイどころじゃすまないぞ。

事情を知ったタクシーの運転手、脇道へと左に折れると、狭い抜け道を走る走る。局の前でお礼もそこそこにタクシーから飛び降り、サブと呼ばれるコントロールルームへ駆け込んだ。そのとき、オンエア4分前。その場にいたスタッフから拍手が起こった。番組が出来上がって拍手喝采を受けたのは、このときだけである。

そのままホテルに戻ったぼくは、疲労困憊でテレビをつけてベッドにばたり。すると、スイッチの入ったテレビから、今、持ち込んだばかりの番組が流れ始めた・・・・・。

あぁ、胃袋が裏返るような、あんな思いは二度としたくない。
でも、スリル、あったなぁ。



『ムーブ2005』 という、九州・山口・沖縄で流れる30分番組がある。この地区のJNN系列(キー局はTBS)8局が持ち回りで作るドキュメンタリー番組だ。こうした番組がブロックネットという形でレギュラー番組化しているのは、全国でも珍しい。

ぼくはこの番組をほぼ毎週、見ているのだが、先日、次回の番組を担当したディレクター氏と少し話をする機会があった(立ち話だけど)。

番組の内容は、「中国残留日本人孤児の妻の連れ子が『実子と偽って入国した』という理由で国から強制退去処分された事件」(一度読んだだけでは理解しきれないが)を中心に、家族における血縁とはなにか、数奇な運命を負った家族を生み出したものはなにか、そして、その生みの親であり、ふたたび家族を引き離そうとする国とはなにかということを追っている(のではないかと思う。これは立ち話から得たぼくの想像)。

詳しくはこちら → 「井上家の裁判~中国残留孤児家族に強制退去の危機~」


夫の、父の祖国である日本で家族一緒に暮らすには、裁判で勝ち抜いていく必要があるらしい。が、入国管理局はなにをやっていたのか? いや、なんのためにあるのか? 法務大臣が在留特別許可を認めなかったのはなぜなのか? 疑問がいっぱいわいてくる。

福岡高等裁判所の判決は3月7日に言い渡された。その結果も当番組に反映されているはず。


ぼくはこの番組の制作にはなんら絡んではいないのだが、きちっとした番組を作るディレクター氏でもあるし、興味深い内容のでお知らせする次第。


番組の放送日時は以下の通り。各局バラバラなのがちょっと残念。

・RKB 3月13日(日) 24:40 ・MBC 3月14日(月) 11:00

・RBC 3月14日(月) 25:26 ・TYS 3月14日(月) 26:05

・RKK 3月16日(水) 25:50 ・NBC 3月17日(木) 25:50

・OBS 3月19日(土) 07:00 ・MRT 3月19日(土) 06:00



午後3時。

少し早いけど、晩メシのおかずを買いに行こう。
ついでに郵便局へ寄って、落札した本の代金を振り込まねば。

さてさて、きょうはなにを食おうかなぁ。。。








きょうの買い物。



夕餉、そしてあしたの朝のために、買ったもの。

・牛乳====昔は冷たいまま飲んだら必ずおなかをこわしてた。

・ヨーグルト(プレーン)2個====朝、果物と共に。

・バナナ====空腹だったので写真を撮って即2本食す。

・もやし====炒めるか、はたまた、おひたしか?

・ほうれん草====いまだ高し。この冬はこれ以上安くはならんかな。

・ダイコン====きょうのみそ汁の主役。でも豆腐も入れる。

・納豆====夕餉には欠かさない。

・パック入りお茶====ぼくは茶飲みおやぢ。仕事中によく飲む。でも面倒くさがり。


そして、右手前のビニール袋に包まれ見えないのが、きょうのメインディッシュ、アオアジ。すでに3枚におろしてある。活きのいいマアジもあったのだが、サバかと見まがうような巨大さ。わが家はふたり。ネコ助を入れても食べきれないほどだったので断念した。

ここ数年、ぼくは食べる量を減らしている。人間は25歳を過ぎると体が成長するための栄養はとらなくていいらしい。健康を維持し、脳みそを動かすだけの必要最小限のモノを食べると効率がいいと言う。

そりゃ、効率はいいだろうけど、おやぢでもたまにはチョコパフェなぞを食べたくなる。そんなとき、ガマンはしない。甘くて気持ち悪くなるほどに食べれば、少なくとも一年は食べずにすむ(かな?)。

でも、「25歳を過ぎると成長する栄養は必要ない」と聞いたときにはちょっとがっくり。生き物としてはそうかもしれないけれど、作物じゃないんだからそんなに都合よく摂取する栄養をコントロールできない。だから、肥満にもなる。ぼくも「身長 対 体重」比で割り出すと“正常”と“軽肥満”の境目だ。

ぼくは、学生時代は60キロ前後をうろうろし、「せめて65キロになりたいな」と思っていたのだが、20代の終わりにタバコをやめて太りだした。そのペースはぴったりひと月1キロ。念願の65キロになったときには「やった!」と思ったけれど増加は止まらず、65→70→75キロとのびていった。

いくらなんでもまずいんじゃなかろうか?と思っているうちに80キロの大台へ。こりゃダメだと食事の量を気にしだし、今は75~77キロの間で高値安定。定期検診を受けるたび、「あと5キロ、やせなさい」と先生に言われ、「はい」と答えはするものの、努力が嫌いなタチだから、これ以上減っていく気配もみせない。

体を動かさなきゃなぁ。。。


さてと、みそ汁は作ったし、アオアジは素焼き(塩はふらない)にすっかな。
あとは面倒だから、冷蔵庫にあったモノもぶちこんで、必殺まぜこぜ野菜炒めだっ!


7日8日と東京へ。史料の接写と都心のイメージを撮影。

自衛隊駐屯地を撮影に市ヶ谷へ。
行ってみて驚き、防衛庁に変身してる。数年前、移転してきたのだとか。ぼくの記憶では正門にいかめしい門番が立ち、その奥には三島由紀夫が演説をぶちって世を去った建物がそびえているのだが、今は正門はひろびろと、建物は近代的に変身している。



防衛庁正面のマンションから。広い。



正面のマンションの通路から撮影させてもらおうと、所用に出ているという管理人さんの帰りを待っていたら、住人が「北朝鮮のスパイ?」。なるほど、防衛庁の真正面に住んでいるとそんな心配もしなきゃならんか。大変だ。


次に向かったのは、東京駅。



レンガの色がホッとする。



駅はそれほど変わりはないものの、周囲に建物が増えたのか、駅前(丸の内側)がずいぶん狭くなったみたい。高架下の飲み屋でよく飲んだけど、もうないのかな。




丸の内の顔、丸ビル。



ぼくは再就職した会社が丸ビルの隣に立つ郵船ビルの中にあった。懐かしいやら、思い出すとハラ立つこと多々あるやらなので、この界隈はかなりフクザツ。


10数年ぶりに歩く銀座4丁目のやかましいこと! 学校を出て最初の勤め先、そして再々就職先がこの近辺なので通勤コースだったけど、こんなによけいな「音」が氾濫していただろうか? 三越の壁面が新宿アルタのようになっていてびっくり。世の趨勢に合わせたつもりだろうが、老舗がこれじゃアカンのじゃないかしら。




ライオンの居場所も移動?



日産ショールームも外見が変わり、CMを壁面のモニタで流す。三越の巨大モニターからもテレビの音声が。あぁ、やかましかぁ! ぼくが東京にいたくなくなった理由のひとつが「音」の圧迫感。都会には暮らせないな、やっぱり。


変わった銀座4丁目。その中で和光だけは昔の面影そのまま。




時計台も懐かしい。



確か初代ゴジラもこの時計台を壊したはず。特に好きな外観ではないけれど、通った書店も、喫茶店も、マクドナルド1号店も、4℃も消え去った銀座4丁目。和光にはこのままの姿で建っていて欲しい。


その和光を撮影するあやしげなクルーが。




いい映像が撮れたかな?



今回はアポをとったインタビュー取材はなかったけれど、田舎に比べて地下鉄その他、階段の上り下りが多いし、さらに人も多いので疲れるやら気をつかうやら。朝の満員電車にカメラと共に乗ろうものならケンアクな視線を浴びてしまう。

ぼくも数年、東京で電車通勤を経験したけれど、走る電車のガラスが乗客の圧力で割れたり、降りられない女性が泣き叫んだり、あの混みようは異常。その中にカメラや三脚を持ち込むのだから、厳しい視線も当然だ。しかし、車では時間がよめない。心の中で謝りながら、クルーは取材先へと向かうのだった。

いやいや、ご苦労さんです。


羽田空港第二ターミナル、搭乗口。
「肉の万世」のカツサンドを頬ばりつつフウ。働いてないのに何だかバテた。

昨日今日と史料の撮影。昨日は竹橋で延べ5時間。市ヶ谷本村町で元自衛隊市ヶ谷駐屯地撮影。防衛庁が移転していたとは知らなんだ。

今日は恵比寿→六本木、そして東京駅と銀座の様子を撮影して空港へ。

ぼくは見ているだけ。撮影するカメラマン、あ~だこ~だと指示しつつ重い三脚を運ぶディレクターは大変。特に都会は地下へ地上へと上り降りがあるからイナカよりキツイ。ある年齢を過ぎると現場で動くのを支えるのは自分のための使命感みたいなものかもしれない。

しかし、防衛庁前のマンションでは北朝鮮のスパイでは?と疑われるし、やっぱり現場は面白い。

朝5時起きで東京へ。今日明日と史料の接写。
公文書館では担当の女性がず~っとすぐそばで見ている。貴重な史料を手荒に扱うTV局が多いんだろうが息苦しくて窒息しそう。

ホテルは赤坂TBS近く。「グレードアップして小さなツインに変更させて頂きました」とのフロント嬢の不思議な言葉に首を傾げつつ部屋へ。
あ~ぁ、シングルより部屋は広いがベッドは狭いってことなのね。

中級ビジネスホテルというたたずまいにしては、洗面所のコックをひねるとお湯が。手を洗うだけなのに、あぁモッタイナイと思うのはぼくの年代がサイゴかな?

遠くに六本木ヒルズが浮かびあがる。 大都会だなぁ。

ふと気づくと、机の上にVHSテープが積まれてる。

ジェットコースターの頂点から滑り落ちるというか、カーブを抜けたF1というか、トップギアで走り切らねばならない季節となってきた。

テレビ局はだいたい同じ時期にドキュメンタリーなどの特番を制作する。
進行中の番組が何本かあり、その取材テープがVHSにダビングされて送ってきて、机に積まれるという寸法だ。

今、26本のVHSテープが。同時進行している局から同じ日に送ってきたりすると、頭が混乱する。

オンエア日の近い方を先に見るのは当然なのだけど、ぼくがちゃんと見ているかどうかを気にするのもディレクターとしては当然なわけで、その気持ちを知るこちらは遠い場所からニラまれているような心持ちになる。

あぁ、つくづく小心者。

あしたは東京へ資料の撮影に。この番組は16日が納品だ。東京の居酒屋で一杯やりながら、ディレクター氏&カメラマン氏と“三人寄れば文殊の知恵”、ストーリーを固めなければ。

そのための予習もしなきゃな。


読みかけの本が寂しげだ。
忙しくなると、本を読みたくなるのはどうしてかしら?


◆熊本県にお住まいの皆さまへ-番組の宣伝です◆


「分け入っても分け入っても青い山」

「うしろすがたのしぐれてゆくか」

「こんなにうまい水があふれている」

「ありがたやあつい湯のあふるるにまかせ」


墨染めの衣を身にまとい、家々を行乞しながらの旅。

一生の大半を自由律の俳句に捧げた俳人・種田山頭火。





熊本市に住んでいた山頭火は、昭和5年9月、

妻も子も、すべてを捨てて、行乞の旅に出ました。

熊本から宮崎、大分をめぐる昭和5年の旅を記した日記『行乞記』。

俳優・佐野浅夫さんが山頭火に扮し、彼の足跡をたどります。


番組名:『さすらいの旅路~俳人 山頭火・行乞記』

放送日時:3月6日(日) 14:30から1時間

放映局:RKK熊本放送







三代目水戸黄門でおなじみの佐野浅夫さんは、
個人的にも山頭火の生き様に没頭。
山頭火の生涯をひとり芝居にするべく、台本を執筆中です。
熊本滞在中に古本屋で山頭火に関する書籍を見つけ、ご機嫌でした。



成り切る“佐野山頭火”






山頭火は水に関する句をたくさん詠んでいますが、
彼が飲み、詠んだ水を分析し、
「山頭火は水利きの名人」と結論づける大学の先生がいます。
その先生、広島国際学院大学の佐々木健教授も番組に登場。
山頭火が飲んだ宮崎の名水について語ります。

佐野さんと佐々木教授との関係はこちら → 「健さんの水の旅日記」


上記の番組は宮崎県と大分県でも放送される予定です。

放送日時が確定したら、お知らせしたいと思います。




一日にみっつまで日記に書き込みができるようになった。と、幻泉館主人さんから教えてもらったのだが、どうすればできるのかな?

どこを見ればいいのか、よ~わからんし。
ま、やってみよ。

ぼくはマニュアル類が大のニガテで、パソコンやAVのセッティングもテキトーにつなぐ派。マニュアルを開いたことがほとんどない。

考えてみると、通信関係もあれこれやってたらいつの間にかつながって今に至っているので、この環境がコワレたら、自分で元に戻すことは不可能だ。これじゃ、マズいかも。






ほ~。こんな風に、別枠になって登録されていくのね。

便利なのかしらん?

なんか、「掲載映像の選択」っていうところができてるな。なにか選んでみよ。

でも、テキトーにタイトルをつけているから、なんの画像だか自分でもさっぱりワカラン。

ひとまず、「死んだマネ」なるタイトルの、この画像でも。

おっと、画像を選択したら、「掲載画像レイアウトの選択」なる囲みが登場。手取り足取り、ありがたいことで。これは画像倉庫にあるモノしかダメなのかしら。

んじゃ、ひとまず「下」位置レイアウトを選択し、それっ「登録する」をクリックッ!

こんな、なりましたぁ。


あ、「プレビューを開く」がある。プレビューが出来るようになったのね。どれどれ。

ほ~、確かにプレビューである。実際に書き込んだモノと微妙に違うようにも感じるが・・・・。気のせいかな。



出張に出て帰ってみると、HPの感じが変わってる。

どこがどうなったのか、まだよくわからないけど、「より便利に」を目指して、バージョンアップをされたのであろ~。

しかし、届いたメールに返信すれば書き込める「携帯日記」、書くべき日よりも遅れて届くのはなぜ? 今朝は2月28日の日記用メールが届いた。意味ないな~。もう3月3日、ひな祭りなんですけど。

このメールに返信したら、2月28日の日記はどうなるのだろうか?

消えたらめんどくさいから、やめとこ。

いやぁ、最近は便利だなぁ。

編集作業のためにやってきた某局のとなりにあるホテル。純然たるビジネスホテルだけど、そのせいかOA&IT機器&システムが充実してる。いま、ネットにつながっているのは、ホテルの1FにあるOAコーナー(って、ネットに接続したパソコンとプリンタが並んでいる半畳くらいの小部屋だけど)。

インターネットは使いたい放題。ま、一定の価格でつなぎっぱなしができるようになったから、ビジネスホテルとしては導入しない手はない。ぼくのように、遊びで夜中に使う客もいるのだし。

きょうは編集終了後、打ち合わせを兼ねて馬刺しで乾杯!
人間はウマも食うのかぁと思うとコワいし、あの大きく愛らしい瞳を思い出すと残酷極まりないと思うけど、こらえきれないくらい馬刺しはウマい。

ウマどん、ごめん!

芋焼酎と馬刺しでエヘエヘご機嫌。
でも、今からナレーションの最終チェックをせねば。

でも、眠いな~。きのうは3時まで飲んで、今朝6時に起きたんだった。
チェックできるかしら? ごく、不安!

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