番組構成師 [ izumatsu ] の部屋


午後3時。

少し早いけど、晩メシのおかずを買いに行こう。
ついでに郵便局へ寄って、落札した本の代金を振り込まねば。

さてさて、きょうはなにを食おうかなぁ。。。








きょうの買い物。



夕餉、そしてあしたの朝のために、買ったもの。

・牛乳====昔は冷たいまま飲んだら必ずおなかをこわしてた。

・ヨーグルト(プレーン)2個====朝、果物と共に。

・バナナ====空腹だったので写真を撮って即2本食す。

・もやし====炒めるか、はたまた、おひたしか?

・ほうれん草====いまだ高し。この冬はこれ以上安くはならんかな。

・ダイコン====きょうのみそ汁の主役。でも豆腐も入れる。

・納豆====夕餉には欠かさない。

・パック入りお茶====ぼくは茶飲みおやぢ。仕事中によく飲む。でも面倒くさがり。


そして、右手前のビニール袋に包まれ見えないのが、きょうのメインディッシュ、アオアジ。すでに3枚におろしてある。活きのいいマアジもあったのだが、サバかと見まがうような巨大さ。わが家はふたり。ネコ助を入れても食べきれないほどだったので断念した。

ここ数年、ぼくは食べる量を減らしている。人間は25歳を過ぎると体が成長するための栄養はとらなくていいらしい。健康を維持し、脳みそを動かすだけの必要最小限のモノを食べると効率がいいと言う。

そりゃ、効率はいいだろうけど、おやぢでもたまにはチョコパフェなぞを食べたくなる。そんなとき、ガマンはしない。甘くて気持ち悪くなるほどに食べれば、少なくとも一年は食べずにすむ(かな?)。

でも、「25歳を過ぎると成長する栄養は必要ない」と聞いたときにはちょっとがっくり。生き物としてはそうかもしれないけれど、作物じゃないんだからそんなに都合よく摂取する栄養をコントロールできない。だから、肥満にもなる。ぼくも「身長 対 体重」比で割り出すと“正常”と“軽肥満”の境目だ。

ぼくは、学生時代は60キロ前後をうろうろし、「せめて65キロになりたいな」と思っていたのだが、20代の終わりにタバコをやめて太りだした。そのペースはぴったりひと月1キロ。念願の65キロになったときには「やった!」と思ったけれど増加は止まらず、65→70→75キロとのびていった。

いくらなんでもまずいんじゃなかろうか?と思っているうちに80キロの大台へ。こりゃダメだと食事の量を気にしだし、今は75~77キロの間で高値安定。定期検診を受けるたび、「あと5キロ、やせなさい」と先生に言われ、「はい」と答えはするものの、努力が嫌いなタチだから、これ以上減っていく気配もみせない。

体を動かさなきゃなぁ。。。


さてと、みそ汁は作ったし、アオアジは素焼き(塩はふらない)にすっかな。
あとは面倒だから、冷蔵庫にあったモノもぶちこんで、必殺まぜこぜ野菜炒めだっ!

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7日8日と東京へ。史料の接写と都心のイメージを撮影。

自衛隊駐屯地を撮影に市ヶ谷へ。
行ってみて驚き、防衛庁に変身してる。数年前、移転してきたのだとか。ぼくの記憶では正門にいかめしい門番が立ち、その奥には三島由紀夫が演説をぶちって世を去った建物がそびえているのだが、今は正門はひろびろと、建物は近代的に変身している。



防衛庁正面のマンションから。広い。



正面のマンションの通路から撮影させてもらおうと、所用に出ているという管理人さんの帰りを待っていたら、住人が「北朝鮮のスパイ?」。なるほど、防衛庁の真正面に住んでいるとそんな心配もしなきゃならんか。大変だ。


次に向かったのは、東京駅。



レンガの色がホッとする。



駅はそれほど変わりはないものの、周囲に建物が増えたのか、駅前(丸の内側)がずいぶん狭くなったみたい。高架下の飲み屋でよく飲んだけど、もうないのかな。




丸の内の顔、丸ビル。



ぼくは再就職した会社が丸ビルの隣に立つ郵船ビルの中にあった。懐かしいやら、思い出すとハラ立つこと多々あるやらなので、この界隈はかなりフクザツ。


10数年ぶりに歩く銀座4丁目のやかましいこと! 学校を出て最初の勤め先、そして再々就職先がこの近辺なので通勤コースだったけど、こんなによけいな「音」が氾濫していただろうか? 三越の壁面が新宿アルタのようになっていてびっくり。世の趨勢に合わせたつもりだろうが、老舗がこれじゃアカンのじゃないかしら。




ライオンの居場所も移動?



日産ショールームも外見が変わり、CMを壁面のモニタで流す。三越の巨大モニターからもテレビの音声が。あぁ、やかましかぁ! ぼくが東京にいたくなくなった理由のひとつが「音」の圧迫感。都会には暮らせないな、やっぱり。


変わった銀座4丁目。その中で和光だけは昔の面影そのまま。




時計台も懐かしい。



確か初代ゴジラもこの時計台を壊したはず。特に好きな外観ではないけれど、通った書店も、喫茶店も、マクドナルド1号店も、4℃も消え去った銀座4丁目。和光にはこのままの姿で建っていて欲しい。


その和光を撮影するあやしげなクルーが。




いい映像が撮れたかな?



今回はアポをとったインタビュー取材はなかったけれど、田舎に比べて地下鉄その他、階段の上り下りが多いし、さらに人も多いので疲れるやら気をつかうやら。朝の満員電車にカメラと共に乗ろうものならケンアクな視線を浴びてしまう。

ぼくも数年、東京で電車通勤を経験したけれど、走る電車のガラスが乗客の圧力で割れたり、降りられない女性が泣き叫んだり、あの混みようは異常。その中にカメラや三脚を持ち込むのだから、厳しい視線も当然だ。しかし、車では時間がよめない。心の中で謝りながら、クルーは取材先へと向かうのだった。

いやいや、ご苦労さんです。