番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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恐ろしい言葉を知った。


「およそ戦争という
 国の存亡をかけての非常事態のもとにおいては、

 国民がその生命・身体・財産等について、
 その戦争によって何らかの犠牲を余儀なくされたとしても、

 それは、国をあげての戦争による『一般の犠牲』として、
 すべての国民がひとしく受忍しなければならない」


1980年12月11日、厚生大臣の諮問機関「原爆被害者対策基本問題懇談会(基本懇)」の答申に含まれていた言葉。すでに周知の言葉なのだろう。被爆者の間では『基本懇の受忍論』と名付けていたそうだ。知らなかった。


戦争でぼくらがどのような犠牲を受けようとも、それは国民として堪え忍ぶべき『一般の犠牲』に過ぎないという、この信じられない文章は、よりによって原爆の被害・後遺症に苦しむ人たちに向けて発せられた。


放射能に汚染され、今なお外傷や体内被曝による後遺症に苦しむ人たちに向かい、「がまんして当然」と言い放つこうした文章を編み出した人間たちはどのような人たちなのだろう? 学者など“有識者”と呼ばれる人たちなのだろうが、他の人間にふりかかった苦しみを自らのものとして考える姿勢がみじんも見えないのは、同じ人間として恐怖すら覚える。

上記文章が言うように、戦争は確かに国の存亡をかけて行われるものだろう。しかし、戦争までに至る過程を省みることなく、ただただ「非常事態だから堪え忍べ」というのは帝国主義の時代と変わりない。国の責任をまったく問おうとしていないのも、「お国があるから、お前らがいる」というお上思考から導き出されたものだ。


しかし、この25年前の文章。今は当時以上に賛同する人たちが多いのじゃないだろうか。そう思うと、戦慄を覚える。

小泉さんの煽動により自民党が圧勝した政治の場では、憲法改悪の準備が着々と進んでいる。各種世論調査によれば憲法に手を入れるべきだと考えている国民は50%前後にも達している。憲法をいじり、九条を書き換え、自衛隊を軍隊とし、社民党じゃないが日本を「戦争のできる国」にしてもいいと考えている人が半数いるということだ。

日本国民の半数を占める人たちは、家族が命を落とそうが、すべての財産を失おうが、それは「国をあげての戦争による『一般の犠牲』として、すべての国民がひとしく受忍しなければならい」こととして堪え忍ぶ覚悟があるのだろうか?

ぼくには、そんな覚悟、まったく、ない。
戦争が起こったら、青くなって逃げ出す。


しかし、わからんのは、憲法をいじってもいいと思う一般の人たちの心情。ぼくは、なにを、どう考えても、なぜ憲法を、第九条をいじらなければいけないのかいまだにまったく理解できないのだが、それはぼくが時流に乗り遅れているということなのだろうか?

頭曲がれば尾も曲がる。犠牲を強いる社会へと突っ走る暴走電車に目隠し状態で乗るくらいなら、ホームに取り残された方がいい。

ほんのちょっとしたこと、たとえば、今回の衆院選での自民党圧勝と、それを現実のものとした有権者の一票が戦争への道をより可能にしていく。投じた側にとっては郵政改革への賛同の一票にすぎなかったのかもしれない。が、権力の座に座る方は、圧倒的多数の国民の信任を得たと言い換えることが可能だ。

やはりぼくらは、郵政改革だけでなく、憲法改悪にも、税制改悪にも、その他多くの自民党主導の政策・議案にも賛同の一票を投じたことになる。投票することへの思慮の浅さが、結局は僕ら自身の未来をせばめ、自分の首を絞めていく。


「およそ戦争という
 国の存亡をかけての非常事態のもとにおいては、

 国民がその生命・身体・財産等について、
 その戦争によって何らかの犠牲を余儀なくされたとしても、

 それは、国をあげての戦争による『一般の犠牲』として、
 すべての国民がひとしく受忍しなければならない」


何度読んでも、恐ろしい。
誰が、どのような理由で戦争を起こそうとも、それが国家の名で行われる以上、ぼくらはなんの異議も唱えられない。

だが、これまで、国民の圧倒的多数の支持を確認してから遂行された「戦争」なんてあるのだろうか? あとから見れば、国民は踊らされていたと言える戦いは数多いけれど。

そんな過去を知るにつけ、国の進む道を決めているのは誰なのか? ぼくら有権者のはずなのに、その視点が揺らいでいるんじゃないか。そう思えてならない。


「国をあげての戦争による『一般の犠牲』として、
 すべての国民がひとしく受忍しなければならない」


この文言があらわれてから25年間。きょうまで、こんな非人道的な考えが公にされていたことさえ知らなかった自分のボンヤリ野郎ぶりを恥じる。

しかし、もう、忘れない。

・・・・・・・・・首相の靖国神社参拝に、初の違憲判決が出た日に。


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きょう、通信回線がISDNからADSLにかわった。

ISDNだと出てくるまでボーッと待っていなければならなかったWebのページが「シュン」と出てくる。嬉しか~。

ネットで資料を探すことが結構多いので、この時間差はかなりな違い。画像入りのページなど、ちょっと席をはずしてトイレに行って、戻ってきたらまだ半分も読み込んでないというのもしばしばだったけど、ADSLだとイスから立ち上がろうとする間もなく表示される。あぁ、もっと早く乗り換えておけばよかった。かなり「ボ~」の時間を浪費したに違いない。

光ファイバーになると、動画もなめらかに見ることができるとか。科学はずんずん進んで、周囲はどんどん便利になる。ぼくが老人の仲間入りをするころは、便利の洪水に飲み込まれ、あっぷあっぷしているかも。

先日、78歳になるお袋からCDとDVDの違いを尋ねられた。

「音が出るのがCDで、動く絵も入るのがDVDだ」

この説明は間違っているのは重々承知なのだけど、ぼくの知識ではその程度の区別しか言い表せない。

「なんで絵が入ると?」

そう聞かれると、もうお手上げ。「さ~??」と言ってごまかすしかない。この上、ブルーレイディスクとHD-DVDの違いなんぞを聞かれた日にゃ、絶句してしまうなぁ。

結局、ソニーや松下電器をはじめとするブルーレイ陣営と、東芝などのHD-DVD陣営は手を組むことなく商品開発に突入するらしい。この2方式、記録をする深さが決定的に違うとか。確かブルーレイディスクは0.1ミリ、HD-DVEは0.6ミリ。「なんやねん、そのくらい。間をとって0.4ミリにしたらどう?」と言いたくなるけど、そんな生やさしいものではないのだろう。

ソニーはベータで負けたし、最近はソニー神話も地に堕ちているから、これにかける決意はなみなみならぬものがあるに違いない。

ベータ方式のデッキが出たとき、20万か30万かしたその先端機器を喜々として購入し、反り返らんばかりにいばっていたヤツがいたっけ。でも、それから何年もしないうちに街の家電店の店頭からはベータテープは姿を消したとき、友人はテープを求めてさまよった。さらには音頭をとっていたソニーがVHS方式も発売するようになったときには、怒髪天をつく勢いで怒った。

友人にしてみれば、常に数歩先を行く、世界のソニーの腰砕けぶりが許せなかったのだろう。こんな人、かなりたくさんいるに違いない。

そう言えば、ぼくはソニーのPDA「CLIE」を使っていたのだけど、いつの間にやら生産中止になった。PDA市場から撤退したらしい。携帯の機能がアップしてきて、PDAの存在理由が薄くなってきたからなのかな?

ぼくも最近は使わなくなり、「CLIE」は机のすみでほこりをかぶっている。友人知人の住所や電話番号などのデータが消えると困るので、ときどき充電だけはしてる。なんだかエサだけ与えて飼い殺ししてるみたい。ちょっと気の毒。

でも、電子手帳というモノの便利さを十二分に実感できるほど、ぼくは「CLIE」を使い込めなかった。やっぱり手書きの方がいいなぁ・・・・・・と、昔、使っていた革製のシステム手帳を引っ張り出し、そっちに戻ろうかと思っている今日この頃なのだった。


さて、ブルーレイディスクはどうなることやら。今、使っているDVDと互換性がないというのはかなりつらいと思うし、マイクロソフトとインテルが敵側に参加したことも衝撃に違いない。

PDAやノートパソコン、テレビやデッキ、さらにはミニ・オーディオシステムなど、ぐるりと見回すとソニーの製品がかなりある。だからと言ってソニーのシンパではないけれど、今のじり貧状態を見ていると「がんばんなよ~」と声をかけたい気にもなる。

巻き返し、なるかしら?




夏前から苦しみ悩んでいる児童劇団の舞台台本、まだできず。夏休み中の公演のはずが、秋になり、ついには12月へ大移動。ひとえに台本係のいたらなさ。ほんに子どもたちには申し訳ない。
きょうは演出担当と温泉旅館に一泊してストーリーの練り直し。物語が戦争がらみなので体験者の俳優さんが同行してくれた。70代半ばの彼は地方演劇一本、他の仕事はしたことがない。妻もめとらず、今も一人暮らし。ただ舞台にあがることだけを貫いた半生。真似できん・・・。
そんな憧れの演劇馬鹿にアドバイスをもらいつつ、内容整理。今度こそ仕上げねばぁ!

6時ちょい前起床。自宅近くの駅に行くのに余裕を持ってタクシーを頼んだら、なかなかやってこない。電話で確認すると、手違いで他の人を乗せてしまったとのこと。え~っ、なんたるちゃ! 乗るべき電車を逃したら、打合せに遅刻してしまうっ! かっ飛んできた別のタクシーに飛び乗って、駅まで猛スピード。階段をかけ上りホームにかけ降りたら、客が乗り込み終えようとしていた。よかった、間に合った。
ホッと電車の座席についても、久々に走ったもんだから動悸ドキドキ、あぁ苦しい。やっぱり体を鍛えんとあかんなぁ。何があるかわからんし。

nonkeyさんの日記「 背中のネジをフルに回そう 」を読んで思い出した。

あるナレーターの嘆き。

そのナレーターは50代半ば過ぎの男性。仮にS氏としよう。S氏の声は、テレビを見ていると番組のナレーションやニュース内の特集コーナー、そしてCMなどで誰もが一日に一回は聞いているはず。今、最も売れているナレーターのひとりだ。その彼が、飲みながらしみじみ言ったこと。

「静かな番組をやりたいね」

制作現場では、もっと明るく、もっと楽しく、もっと力を入れて、もっと感情を込めて、もっと大げさに、もっともっともっと・・・・の連続だとか。

その要求にこたえると、ナレーションは無用なテンションが張りつめ、メリハリがつきすぎ、やっている自分でもうるさいと思えるようなものになる。

「オンエアで自分の声を聞き直すのがイヤなんだよね、聞き苦しくてさ。どうかすると、サッカーのゴォォォォォォォォォォ~ルゥゥゥゥッッッ!!!と同じになっちゃう。声って、張り上げればいいってもんじゃないんだよ」

でも、現実はもっともっともっとの繰り返し。かんで含めるような、言葉の行間を読んでもらえるような落ち着いたナレーションをやれることはめったになく、今の制作現場にほとほとイヤになっているとか。

その話を聞いていたローカル局の、これも50代のプロデューサーは言った。

「オレも静かで、それでいて心にしみる番組を作りたいんだけどさ、落ち着いた番組にすると数字がとれないんだよね。どうしてみんな、あんなやかましい番組を見たがるのかなぁ。視聴者の気持ちが全然わからん・・・・・・」

番組が数字を取らなければ営業収入に直結するから、プロデューサーの悩みも切実。ドキュメンタリーは数字を気にしなくていいという時代も変わりつつある。目標視聴率は5%、それが2%台をうろうろしていたら、プロデューサーの心も安らかじゃない。

プロデューサーの言葉を聞いて、ナレーターのS氏が続ける。

「仰々しい形容詞とか、必要以上に力を込めた声とか、そういうナレーションに見ている人がなびくのは事実だもんな。みんな、番組を真剣に見てくれてないんだよ。大きな音とか扇情的な言葉のときだけ、画面を見てる人が大半だから」

プロデューサーもうなづき、

「最近は画面もうるさいだろ、バカでかいスーパーがもういいよっていうほど出てくる。あれ、出さないと、手抜きだって視聴者からクレームがくるんだぞ。あんな字だらけの画面、みんなどこを見てんのかな? わからん・・・・。それに、昔、あんなスーパー出してみろ。カメラマンが『オレの映像を汚すのか!』って激怒したんだけど、今はそんな反応なんかもう全くないもんなぁ」

答えて、S氏、

「作る方も、見る方も、おかしいよ、最近。番組の中身じゃなくて、外観で勝負してるようなもんだから。派手で目を引けばそれでいいって感覚しかない。ドキュメンタリーはそうならないで欲しいと思ってたけど、タレントのネームバリューに頼ったり、ろくにしゃべれもしない局アナの甘え声で気を引いたり。もう、ドキュメンタリーにも期待できないな」

そして、S氏は再度繰り返した。

「静かな、ナレーションが心にしみる、そんな番組をやりたいよ」







S氏は来年の秋口には東京を引き払い、田舎に引き込むと言う。そして、自分のやりたいと思える番組や、語り構成の舞台活動をやっていくつもりだとか。

またひとり、テレビの世界に愛想をつかした。

だいじょうぶなのか、この業界。

クロネコヤマトのお兄さんがパソコンを持ってきてくれた。

デスクトップ・パソコンが自己破壊し、言うことをきいてくれなくなってはやひと月。自作したらいいですよと勧めてくれる知人もいたけれど、根気も勇気も知力もないぼくはネットで購入してしまった。T島さん、すみませ~ん。

購入したのはNECの水冷パソコン。昔々、仕事で少しお付き合いをしたことがある(末端の、そのまた隅っこでですけど)同社。そのときの体験からは、あまりお近づきになりたくなかったのだけれど、一番重視した「静けさ」では、どうもこれが一番かなぁと思った次第。

で、箱から出してセットアップしてみると、確かに静か。ハードディスクの回転音は、耳を澄まさないと聞こえないくらい。へえ~、これはかなりいいかも。

データを移すため、4年くらい前に使っていたゲートウェイをONしたら、一瞬、壊れているのかと思うくらいのガリガリ音が。そうだ、この音。夜、この音が部屋に響いてうるさいので買い換えたんだった。忘れてた。静かになればなるもんだなぁ。感心しきり。

最初のデスクトップは、エプソンのPC98互換機だった。もう18年近い前のこと。以来、NEC → ソーテック → ゲートウェイ → ヒューレット・パッカード と来て、NECに逆戻り。なんとなく悔しい。

購入する前の選択は、CPUを最高速に、ハードディスクも余裕しゃくしゃくの大容量、グラフィック・ボードは3Dのゲームも迫力満点、テレビも見れれば、無線LANあり、ソフトも満載と、アフターサービスまで目一杯選択したら目玉が飛び出そうな金額に。


それから、必要ないか、と思われるものを切っていく。

モニターは、今年、ヤフオクで買ったばかりだからいらないか。

普段はワープロと通信関係しか使わないし、たまに映像を見るくらいだから、CPUはそんなに強力である必要もないよな~。

ゲームはしないから、グラフィック・ボードも普通でいいや。

パソコンでテレビが見れたら仕事をしなくなること受け合い。チューナー機能は、はずしちゃおう。

テレビ機能をはずしてしまえば、映像は記録しないから、ハードディスクは80GBもあればおつりがくるな。でも、メモリーだけはたくさん積んどこう。

そんなこんなであれこれはずし、結局、すっぴんの本体だけを単品購入。ま、こんなとこかしら。

で、壊れたパソコンをなだめすかし、ふらふら立ち上がっている間に必要なデータをフラッシュ・メモリへそ~っとコピー。「お気に入り」と「メールアドレス」までコピーしたところで、先代パソコンはうんともすんとも言わなくなった。4年間、ご苦労さまでした。


おニューはやっぱり嬉しいなぁ。
来週には通信回線がISDNから憧れのADSLになるし。なかなか画面に現れない画像に耐えること8年。うぅぅ、長かった・・・・。



「一番、住んでみたい都道府県は?」

う~ん、そう聞かれても困るなぁ・・・。北海道なんか、いいかなぁ。。。


時事通信の調査によれば、次のような順位になったとか。


■1番目に挙げられた住んでみたい都道府県

  1.沖  縄 11.3%(2)
  2.静  岡 9.9%(1)
  3.京  都 9.0%(5)
  4.東  京 8.8%(3)
  5.福  岡 6.5%(7)
  6.北海道 5.4%(6)
  7.長  野 5.0%(8)
  8.神奈川 4.6%(4)
  9.宮  城 3.5%(9)
 10.兵  庫 3.5%(-)  ※かっこ内は前回2003年調査の順位

  琉球新報 「 住んでみたい都道府県で沖縄が1位に 」より。


トップは、やっぱり沖縄。ここ数年の沖縄ブームそのまま。

あたたかくて、人情があふれ、自然は豊かだし、食べ物もおいしい。よそから見れば、いいとこ満載という感じ。時間はゆっくり流れているし、長生きできそう・・・。

でも、それってやっぱりイメージ先行。住んでみたいと言われれば、そこに暮らす人間は嬉しいけれど、なんとなく素直に喜べない。ぼくが住む福岡県は5位に入っているけれど、何を根拠に「住みたい」と思うのか、よくわからんな~。

よく言われるように、魚はうまいし、物価が安いせいか。はたまた、華麗な祭り・山笠が疾走するせいか。それとも、今年も強いホークスの人気かな? いやいや、タモリに陽水、聖子ちゃん、浜崎あゆみに椎名林檎、さらには氷川きよしなどなど、出身芸能人がわんさかいるせいじゃない?

「住みたい」と言う人も、はっきりとした理由があるわけじゃないのだろう。マスコミや口コミにのる量によってイメージをふくらませているに過ぎない。ぼくは「北海道がいいかなぁ」となんとなく考えたけど、北海道も広かろう。「そのどこに住みたいの?」ときかれたら「さぁ?」と答えざるを得ない。地元のことをまったく知らないのに「住みたい」と言うのは、考えてみれば失礼かも。


ところで、この時事通信の調査、対象者が「有識者」と、ちょっと変。新聞記事によれば「行政や経済界、教育・マスコミなど47都道府県ごとに15人を選んで」調査したという。これって、結果がかなり偏るんじゃないかしらん? 旅行したことのない人に尋ねると、まったくのイメージになってしまうと思ったのかなぁ。10位に「兵庫県」が入ってるのは、回答者が「有識者」だから?

それに、ひとつの都道府県を代表するのが15人というのもあまりに少なくないかなぁ。全回答者数は、わずかに679人。昔、調査会社にいたことのあるぼくは、この調査対象者の少なさが気にかかる。

でも、視聴率調査は、関東地区で数百世帯。統計学上はそれで十分ということになっている。だから、この「一番、住んでみたい都道府県は?」調査も、これはこれでいいのかも。

しかし、おおざっぱな調査だこと。


旅から帰ったら、オークションで落札したCDが届いていた。

その名も「想い出のフォーク&ポップス大全集」。4枚組のオムニバスCD。いまだ、こんなものを買いあさっている。

この、いかにも、というベタなタイトルのCD、購入の決め手になったのは、改めて聞いてみたい曲がいくつかあったから。



*「帰ってきたヨッパライ」 ザ・フォーク・クルセダーズ

1967年の、当初は自主制作盤。
深夜ラジオ番組がきっかけとなって大ヒット。当時、小学生だったぼくの脳みそにも、このへんてこりんな歌はしっかり刻み込まれた。フォークルはこの曲がヒットしたころ、すでに解散することを決めていたとか。


*「青年は荒野をめざす」 ザ・フォーク・クルセダーズ

五木寛之さん作詞。
最初聞いたとき、えらく甘い歌詞だと思ったぼくはオロカであった。
我が家にはフォークルのLPがあり、上記2曲はそれに収録されているのだが、プレイヤーがないので聞きたくても聞けない。特に、「青年は荒野をめざす」は懐かしかったな。


*「小さな日記」 フォー・セインツ

1968年、カレッジ・フォーク(死語)の草分け、フォー・セインツのデビュー・ヒット。
ギターを引き始めたころ、最初に練習した曲のひとつ。優しいメロディと詞がとてもマッチしている、いい曲。


*「野バラ咲く路」 市川染五郎

現・松本幸四郎(松たか子のお父さん)が作詞作曲という多才なところをみせた曲。歌は別に上手じゃないけれど、大学のグリークラブ崩れ的な感じが結構いい。


*「長い髪の少女」 ザ・ゴールデン・カップス

GSブームのころ、黒いフィーリングで他の一線を画していたカップス。演奏も、デイブ平尾のボーカルも好きだった。あれこれ問題行動の多かったデイブさん。活動を再開したとか。
この曲は、作詞=橋本淳、作曲=鈴木邦彦という、ヒットメーカーの作。いい曲だわ、やっぱり。


*「遠くで汽笛を聞きながら」 アリス

のちの谷村さんや堀内さんの曲には顕著だけど、アリスの曲はどこか仰々しくてあまり好みではなかった。でもこの曲は、学生時代、ユースホステルで「落陽」と共に、ギターを弾きながらよく歌った。懐かしい。


*「ぼくの好きな先生」 RCサクセション

我が家にあるRCは、チャボが加入し、ロックバンド然となってから。この当時のRCは、脱力系の3人組フォーク・グループだった。

♪ たばこを吸いながら あの部屋にいつもひとり ♪
♪ ぼくと同じなんだ 職員室がきらいなのさ ♪

こんな先生、いたなぁ。
授業が始まってもこないので探しに行ったら、食堂でひとり、うどんをすすってたり、修学旅行の列車の中でウイスキーをラッパ飲みして泥酔し、同僚の教師たちからひんしゅくをかったり。
仲間から疎まれている先生って、結構いるんじゃないかしら。


*「たどりついたらいつも雨降り」 モップス

拓郎さんの曲だけど、ぼくはこの“モップス版”の方が好きかな。
タレントとなって久しいけれど、鈴木ひろみつのボーカルは猥雑な味があってよかったと思う。タレントもやってていいから、歌も歌って欲しいなぁと思っているけれど、もう歌手は廃業したのかな。


*「サルビアの花」 もとまろ

早川義夫さんの名曲。
1972年にこの歌を歌った“もとまろ”は、女子大生3人のグループだったような記憶がなんとなくある。改めて聞くと、あんまり上手じゃないなぁ。


*「どうぞこのまま」 丸山圭子

丸山圭子の作詞作曲。
この歌がヒットしたとき、ユーミンが「私のマネをしてる」とおかんむりだという記事を何かで読んだ。確かに雰囲気は似てる。でも、ユーミンがこの曲を歌うと、もっとあっけらかんとしちゃうんじゃなかろうか。


*「東京」 マイペース

このグループの曲は、この一曲しか知らない。
以前、数年に一度くらいしか行かないカラオケでこれを歌ったら、同席していた若い衆はもちろん、オヤジたちも、誰も知らなかった。ちょっとさびしかったなぁ。


*「スローなブギにしてくれ( I want you )」 南 佳孝

こんな曲が「想い出のフォーク・ポップス大全集」というオムニバス盤に入っていると、妙に違和感。南佳孝の曲は、学生時代、友人の下宿でアルバム『摩天楼のヒロイン』を聞いたのが最初だったような気がする。
彼が注目され始めたのは、郷ひろみが「モンローウォーク」をカバーし、ヒットさせてから。ご本人は決してビジュアル勝負の人ではないのでテレビなんぞには出ないものと思っていたら、のちに出演するようになって驚いた。
でも、歌声はいい。


こうしてあげていくと、結構、聞きたい曲が並んでいる。

他にも、「待つわ」/あみん、「海は恋してる」/ザ・リガニーズ、「真冬の帰り道」/ザ・ランチャーズ、「ANAK(息子)」/杉田二郎、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」/ダウン・タウン・ブギウギ・バンドなどを収録。

選曲はハチャメチャで、音もいまいちだけど、ま、聞きたい1曲のためにアルバムを買うのもなんだし。で、今、結構ご満悦。



一週間強のつもりで、ころころバッグに着替えを詰め込んでいった南の島の旅、二泊で帰郷。ちょっと拍子抜け。気合いを込めて、ころころバッグ、準備したのになぁ。

仕事が終了したから戻ったのではなく、あれやこれやで編集その他が滞っているので、現場にいてもあまり役に立たないから。自宅でナレーションを仕上げることにして南の島をあとにした。今回もまた「ナマ海」を見ることができなかった。悔しか~。

今回、おじゃました局では、社外のプロダクションからパソコンを使ったノンリニア編集機を借り、外部の編集マンに来てもらって編集作業をやっていた。
今、各局はアナログからデジタルへの過渡期なので、こうした形をとるローカル局は多いだろう。デジタル機器を何にするか、試行錯誤している話もよく聞く。編集機はじめ映像機器は、べらぼうな、暴利をむさぼっているとしか思えないような価格なので、導入を決める方も決められる方も胃が痛いことだろう。

デジタル化を機に新規参入をねらうメーカーは、テレビ局のデジタル担当者(日本だけじゃなかったらしい)をアテネ・オリンピックに招待していた。その数、数百人に上ったという。それだけ成約時のうまみが大きいと言うことなんだろう。アテネでスポーツの祭典を観覧できた担当者たちは役得と言うべきなのかなぁ。


デジタル化のおかげで、現場は結構混乱中。編集もこれまで同様テープで編集するところもあれば、パソコンを使ってデジタル編集(ノンリニア編集)をするところもある。パソコンに映像を取り込んで編集するノンリニアは、映像の入れ換えが自由自在なのでとても便利。でも、編集を後ろで見ていると、ちーともおもしろくない。

AとBを入れ換えてもらっても、以前のテープ編集だったら入れ替わった様子がモニターに映し出されるので、どんな風になっていくのかがよくわかった。でも、ノンリニア編集になると、ピッピッと音がして、

「はい、できました」

と、編集マンの声。

「え、なにができたの?」と、聞き返したくなるくらいに、あっけない。映像として見ていないので、どんな風になったのか、感覚的にわからない。編集をしているという実感に乏しい。便利になったのかなぁ。

で、パソコンでスーパーを入れようとするとメマイがするほど時間がかかる。先日、1時間番組(正味46分くらい)の右肩にタイトル名を出しっぱなしにするため、編集マンがレンダリングをかけたら16時間か18時間かかったそうな。会社を出るとき、セットしたパソコンが、翌日、出社したらまだ一生懸命働いていたとか。パソコンって働き者である。

デジタル化は世の動き。今でも15分番組(正味12分くらい)は、ディレクター自らパソコンでつなぐという局が増えているような気がする。カメラもディスク化するのはそれほど遠いことではないようだし、ディレクターがカメラも自分で回さねばならない時代ももうすぐそこにきている。上からは企画を出せとせっつかれるし、視聴率が足りんとカミナリを落とされるし、することばかりあれこれ増えるディレクターって気の毒かも。

でも、番組を作りたくてテレビ局に入ったというよりも、地方の名士となったことだけで喜んでいる連中も多々いるし、そのくらい忙しくないとローカル企業にあるまじきと思えるほどの高額給与を得ている身としては恥ずかしいだろうし。それに視聴率がとれないといっても、キー局のように二度と番組を作らせてもらえないところへ追いやられることもあまりない。ローカル局のディレクターって、やっぱりおいしい仕事かも。

目一杯がんばって欲しいな、立場はおいしいんだから。


今回の番組は南の海にサンゴを植えているお兄さんとウミンチュのお話。ディレクターとカメラマンは取材先のインドネシアから戻ってからノンストップで編集へ。足掛け3年にわたる取材で撮った映像は30分テープにして200本余り。その集大成と言うわけだ。
力の入った企画だから、たくさんの人に見てもらいたいのは人情。でも番組は沖縄ローカル。他エリアの局が買ってくれない限り、他県の人たちの目に触れることはない。一度流れたらそれっきりというのがテレビの弱点。面白いと思えても単発番組だと友人知人に知らせることさえできない。
何人くらいの人が見てくれるかな。

搭乗手続きを終えて空港2Fのパン屋さんでお茶を飲みつつ一休み。この店は以前、アイスコーヒーをぶちまけたところ。あれからだいぶたつのに、いまだにトレイで運ぶ時はドキドキ。
あの時は持っていたトレイが傾き、満杯のアイスコーヒーが滑り台のごとくシュンと滑って飛んで、席に座る女性の足元で砕け散った。幸いケガもなく、コーヒーがかかることもなかった。その方は白いジャケットをおめしだった。コーヒーを浴びせてたらどうなったろう?、と後から考えるとひや汗たら~り。
今では必ずトレイ上のグラスに手を添えて、ソロリソロリと運ぶのだった。今日もトレイを戻すまで用心用心。

最近、ハマッてるマンガ。


ほしよりこ 『きょうの猫村さん 1』

 出 版 社:マガジンハウス
 発行年月:2005年7月
 価格(税込) :1,200円


飼い主とそりが合わず家出し、通いの家政婦としてお金持ちの家庭で働くネコ「猫村さん」のお話。

通う家庭は、大学教授で囲い者がいる主人と、整形美容美人の奥さん、就職間近な大学生の息子と、中学に通う不良娘の四人家族。てんでバラバラの家庭の中、猫村さんはその得意な家事と優しい気遣いで不良娘の心を少しずつ開かせていく。

なんて書くとヒューマンドキュメンタリー・マンガのようだけど、落書きのような絵と、下書きのようなセリフが、ただひたすら、奇妙に心をなごませてくれる。わら半紙とまではいかないが、軽く、薄い紙に印刷されたマンガは、1ページに2コマしかない。このチープな感じが、またいい。

だいたい、「家政婦」という言葉からして今どきじゃない。それも、住み込みではなく、通い。これは、昭和30年代の風景じゃなかろうか。

本の奥付によれば、作者は30歳の女性のようだ。CATV向けのネットサービスで毎日1コマずつ、描いているのだそう。そのペースだと、第2巻が出るのは来年の春くらいかしら?

でも、インターネットあればこそのマンガだなぁ。




うちにもネコ助家政婦さん、欲しいよぉ、ねぇねぇ。

「知~らんぷりん」




「ぼく、会社に出る時間が、朝、早いんですよね」

初対面のディレクターが、飲みながらそう言う。
何時に出社ですかと尋ねたら、

「2時半です」

だと。それって、「朝」じゃないがね。

ぼくの、というより、一般の感覚だと「深夜」だろう。草木も眠る丑三つ時にまだ間のある真夜中に出勤し、仕事に励むとは・・・・。朝の情報番組を担当する人たちって、すごいや。


2時半出社だから、8時間勤務した10時半には帰宅の途についていいはず。だけど、組織はそんな風に動かない。なんだかんだで、会社を出るのは結局夕方になるという。いったい、何時間勤務になるんだろう?

2時半出社だとしても、ずっとその時間なら体も慣れる(不健康にはかわりないけど)。でも、そういう勤務は労働基準法かなにかに触れるそうで、日中勤務の日も入れなければならないらしい。だから、担当ディレクターはふたりいて、交代で番組制作にあたっているとか。

なまじ昼間の勤務があるから、よけいに体はしんどくなる。労働者のことを考えているようで、その実、辛苦を強いる。不思議なシステムだなぁ。

妻(夫)もいれば子どももいる。見かけ上は普通の家庭でも、出社する夫(妻)を見送るのが午前2時前となればフツーじゃない。そんなフツーじゃない生活を強いているのは何なのだろう?

局? スポンサー? それとも、視聴者? 


なんて考えているぼくは、彼が携わる朝の番組を見たことがない。と言うより、民放の朝番組は見ない。6時に起きて、テレビをON。現れる画面はNHKだ。

ぼくが民放の朝番組を見ないのは、やかましいから。CMにしろ、番組の司会者その他の出演者にしろ、肌を逆撫でするほどうるさくて朝の脳みそに響く。

きのうは何があったか、きょうの天気はどうなのか。ぼくが知りたいのはそれだけ。ムリヤリ元気を与えてくれなくてもいいし、新聞紙面の解説なんぞもしてくれなくていい。今日の占いなどにも興味はないし、商品やグルメ、旅行その他の情報も、それらを詰め込むアタマがまだ起きてないのだから無用の長物だ。


番組を作っている方も、「やかましいだろうな」と時に思いつつ、それでも毎日オンエア。それを要求しているのは、誰だろう?

局? スポンサー? それとも、視聴者? 



いまだノスタルジア進行中。

先日、沖縄で。同い年のディレクターが運転する車の助手席に乗っている時のこと。カーステレオのカセット(古いなぁ、今どき)から、女性ボーカルが。


♪ ムンライッ ムンライッ ムンライッサーファ ♪


おや、この心地よいリフレインは?

で、このCDをヤフオクで入手。


石川セリ 「気まぐれ」


  1.Moonlight Surfer
  2.ひとりぼっちの日曜日
  3.昨日はもう
  4.Midnight Love Call
  5.Why
  6.ダンスはうまく踊れない
  7.すれ違い Highway
  8.Flight
  9.るれーぶ えらび
 10.気まぐれ


1977年リリース。

車のカセットから流れていたのは、1曲目の「 Moonlight Surfer 」だった。

後に夫となる(そして、今も?)井上陽水の曲が、ご本人も歌っている「6:ダンスはうまく踊れない」以外にも、「8」と「10」の計3曲。「6」ではギターも弾き、ブルース・ハープも演っている。

他にも、

「3」=矢野顕子
「4」=南佳孝
「7」=来生たかお
「8」=長谷川きよし

という作家陣の贅沢さ。参加ミュージシャンは、大村憲司、吉川忠英(ギター)、小原礼、高橋ゲタ夫(ベース)、かしぶち哲郎、浜口茂外也(パーカッション)などとキラ星のごとし。


車の中で石川セリの歌に揺れていると、流れてきたのは「セクシィ」。

おぉ、これは!!

懐かしさにかられて、このCDも思わず知らず速攻落札。


下田逸郎 「さりげない夜」


  1.夜の雨
  2.ちいさなため息
  3.恋に生きる女
  4.暗い部屋
  5.そんなもんじゃない
  6.さりげない夜
  7.ぼくと逃げよう
  8.ふたりの夜
  9.セクシィ
 10.40すぎて


1976年リリース。
ぼくの思い入れは、こちらのアルバムの方が深い。

学生時代、友人の下宿で飲んでいたときのこと。彼のラジカセからはこのアルバムが流れていた。音楽カセットと言えばこれと、岩崎宏美のデビューアルバム「あおぞら」しかなかったので、そのふたつを繰り返しかけながら、飲んでいた。

その夜、友人は昔から想い焦がれていた女の子に電話でやんわりと振られた。電話ボックスの脇に立っていたぼくは、「あぁ」と思った。

深夜になって雨が降り出した。

何度目かの「さりげない夜」が流れているとき、友人は、つぅと雨の中へ出て行った。酔っぱらっているぼくは何の気なしに見送った。が、1時間たっても帰ってこない。雨は本降り、音を立てて降っている。

心配になって飛び出したぼくは、近くの神社の境内や、飲み屋の路地など、彼がふらついていそうなところを探した。そんなことはあるまいと思いながら、川沿いの小道から川面を覗き込んだりした。

しかし、どこにも彼の姿はなかった。

地面に沈み込みそうな気分で下宿に戻ると、友人が畳の上に濡れねずみで転がり、いびきを立てていた。絞め殺してやろうかと思った。

ぼくも濡れたまま彼の脇に座り、飲み続けた。
友人は朝まで目覚めなかった。


そヤツも、もう人の親。
子どもたちは、あの頃のぼくら以上の年齢になっている。


しかし、あの寝顔にはアタマにきたな~。





近くに住むおいっ子がカニさんを拾ってきた。
裏のミカン山に近い田んぼの側溝でガサゴソしてたという。


でかい~!


足の先から先まで、30センチくらいあるんじゃなかろうか? これで海のカニじゃなく、山のカニ。お山の主かしら?

こんなヤツがのしのし歩いていると思うと、このあたりもなかなか捨てたもんじゃないという感じだな~。


不敵なツラ構え。


写真ではよく見えないけど、口からぶくぶく、泡を出してる。その音が部屋に響く。

お~、怒ってらっしゃる!


豊かなツメ毛。


両方のツメには、お父さんもうらやましい豊かな毛がふさふさ。

母「これって毛ガニ?」   あんた、見たままじゃん。


「なんやねん」


いえ、なんにも・・・・。







自宅のデジカメが壊れていたおいっ子は、写真を撮って欲しくて我が家までこのカニさんを持ってきたのだった。

お袋もまじえた興奮の撮影会が終了したあと、おいっ子は母親とカニさんを山へ放しに行った。巣に帰った山の主は、この日の出来事を子々孫々まで伝えるであろう。「不遜な人間ヤカラが見せもんにしよった」と。

カニさん、怒らないでね~。


ぼくの住む町は、世帯数=35,549世帯、人口=94,825人(平成17年8月31日現在)という、決して小さな山奥の集落ではない。すぐ近くに鹿児島本線が走り、その向こうには車がひっきりなしに行き交う国道3号線がある。

が、しかし、数年に一回は必ず、「野良仕事をしていた人がイノシシにはねられた」というニュースが流れる。それを聞くと友人たちは笑い転げるが、はねられた人は瀕死の重傷を負い、ときに亡くなる。笑い事ではない。

でも、やっぱりどこかユーモラス。

数年前はウリ坊を連れた母イノシシが住宅街を縦横無尽に駆け回り、鉄砲を持った猟師に追われるという騒ぎが起こった。その日、ちょうど某局で仕事をしていたぼくは、ニュースのカメラマンが撮ってきた「射殺されたイノシシ」の映像を見て、「なんとまぁ気の毒に、で、あとは鍋にしたのかな?」と思ってしまった。

・・・・・ワシって、ひどいヤツ。


この日、銃火をかいくぐり生き延びた残党は、国道を、JRを越え、ぼくの家の近くの山に逃げ込んだという。その山が、おいっ子がカニさんを捕獲した山らしい。

今ごろ、カニさんは、傷跡を残したイノシシと、ぷんぷんぶくぶく、けんけんごうごう、人間を糾弾してるかもしれない。


う~ん、自然って、エエなぁ。



選挙の結果を知らせる新聞を読みつつ思う。

地元出身者は、その選挙区で立候補できないようにしたほうがいいんとちゃう?

「地元の利益を代表し、地元の声を国会へ」

そんなことを唱え、確かに当選するのは地元に密着し、経済基盤という支持基盤を築いている方々だ。角栄さんのやっていたことは正しかったのか、やはり。

しかしまぁ・・・亡くなった夫の無念を晴らすために出馬する妻、父の遺志を継いで国政へ打って出ようとする二世・・・・・。いかにもボクラ好みで美しい。が、それが美しい一葉の絵として留まらず、ホントに当選させてしまう「地元」っていったいなんやねん?!

政治家としての力量どころか、人間として生きていく常識やセンスがあるかどうかさえはっきりしない、どこの馬の骨かは分かってるというだけの後家や青二才を「センセイ」と呼んで恥じない品性が理解できん。


地元から立てないとなれば、ネームバリューのある落下傘候補ばかりが当選するかも。でも、その方がいいようにも思う。ホリエモンさんは、「ジバン・カンバン・カバン」、三位そろった亀井さんにはかなわなかったし。


こんなこと言っても、負け犬の遠吠えのように聞こえるなぁ。。。。

結局、自分に跳ね返ったり、痛い目にあったりしないとダメなのね。


特定郵便局の局長をやっている友人は、以前、飲みながら「小泉のばかやろぉ!」と言っていたっけ。今ごろは飲む気力もないんじゃなかろうか。多くの局員をいずれ整理しなければならなくなるのか? そんな先の憂いも抱えなければならない。


改革は必要だろう。でも、それが今の小泉さんのやり方でなぜ「OK」なのか。やっぱり、さっぱり、ワカランなぁ。



もう、アンタンたる気持ち。

自民党圧勝。単独過半数どころか、300議席を突破すること確実。ぼくの住む県は、小選挙区すべてが自民党で議席を埋めてしまいそうな勢いだ。野党の砦だったあの頃の有権者の心はどこへ行ってしまったの?という感じである。小泉さんの「郵政改革、イエスか、ノーかを問う選挙」の面白さに誘導された票がいかに多かったかということか。

亀井静香さんが「国民の皆さん、目を覚ましてください!」と、憤死せんかの錯乱状態で声を裏返していた。タカ派の亀井さんにそう言われるというのも情けないが、小泉さんの「公務員とか、一部の勢力の言うなりになる議員は国民の代表じゃない!」とか「改革を後退させて本当にいいのか!」といった、耳ざわりのいい、一見正論に目をくらまされたのは間違いないだろう。

ボクラは、“コイズミ催眠術”にやられてしまった。


郵政改革をやるだけが国会じゃない。年金問題も、靖国問題も、憲法九条も、増税問題も、環境問題も、教育も少子化も、あれこれもやらねばならない。なのにボクラは、「カイカク」という、見た目おいしい氷山を与えられ、それだけに気をとられ、水面下に隠れたより重要な部分に気づかなかった。

ボクラは、「カイカク」よりも重要な問題まで、小泉さんにゆだねてしまった。
憲法九条は、憲法改悪は、どうなるんだろう?


たったひとつの「カイカク」で国政を揺るがす。なぜそれをボクラは許しているのだろう? 

マスコミは参議院での議決の結果をもとに衆議院を解散するという、憲法違反の疑いさえある総理大臣の強権発動をなぜ追求しないまま、「カイカク選挙」を喧伝し続けたのだろう?

憲法九条問題で、国民にイエスかノーかを問うために衆議院を解散する、そんな“強権発動”が考えられるだろうか?

亀井さんが言外に匂わせたように、ボクラは「オロカ」な国民なんだろうか?


今、自民党の武部さんが「国民は賢いです!」と強調している。
あなた方にそう言われれば言われるほど、ボクラのオロカさが見えてくるのだ。




台風が行ってしまうと青空が広がる。でも、朝はまだどんよりしていたので、すっきりしないなぁと思いつつ、机に向かう。

昼食をとり、腹ごなしにごろごろしつつ『項羽と劉邦』を読んでいたら、頭にピンッ。

「あ、洗濯物、干しちょらんっ!」

台風一過で晴れ上がるだろうと、朝の内に洗濯物を洗濯機にぶち込んで回していたのを、なかなか天気が良くならないもんで忘れてた。

あら~、からみあってしわくちゃになっちょるわぁ。

ま、いっか。ジーンズにTシャツばかりだし。しかし、ねじれ、からんだままに放っておいた天罰か、一枚一枚解きほぐすのに往生した。

午後から干しても乾くかなぁ。



遠くから選挙カーの声が聞こえる。と、思ったら、ずんずん近づいてくる。あ~、家の前を通るぅぅぅぅぅ。。。。やかましか。

ぼくの住む選挙区は候補者3名。うち、自民党と民主党の二名は、どちらが選挙区で落ちようとも、比例区で復活当選することが確実。まったくつまらない。無風選挙区もいいとこだ。比例で復活するなんて、選挙民に失礼極まりないと思うんだけどなぁ。

家の前を通ったのは民主党の二世議員。オヤジさんは社会党で「国会の爆弾男」と異名をとったやり手議員だった。あのころが社会党は花だったのかもしれない。

「その父が、こうして車の中から皆さまにご挨拶いたしております」

ほ~、老骨にむち打ってオヤジさんも息子の選挙に応援参加してるのね。もう80代半ばになるはずだけど、がんばるなぁ。やはり選挙区で当選しないと「負け」という感覚があるんだろうか。

まぁ、オヤジさんが来てると聞いたって、二階から駆けて行ってその顔を拝見するほどの興味はないけれど。


今回の選挙は多くの人が関心を持っているという世論調査が毎日のようにマスコミから流れる。調査の仕事をしていたことのある身としては、鵜呑みにはできないところが多々あるのだけれど、そういう傾向があるということは確かだろう。

きのう、見たニュースの世論調査では、選挙民が関心を持っているという項目の二番目に「郵政民営化」があがっていた。その結果にぼくはすごく違和感があったのだけど、「郵政民営化を問う選挙だ!」と声をからしている小泉さんにしてみれば、してやったりというところだろう。

民営化、改革・・・・前向きに聞こえる、耳ざわりのいい言葉のられつ。

「なぜ、いま、必要なのか」ということが、ぼくはいまだにまったくわからないのだけど、○か×かを出さねばならないのだろうか? どちらを出しても端役として小泉劇場のステージにあがってしまう。

でも、棄権するつもりはない。政治に踏み込める、たったひとつの手段を行使せずして、なんだかんだと文句が言えるか。


ニュースで20代前半のお母さんが、「誰がやっても変わらないから政治に興味ない」とおっしゃっていた。まぁ、確かに劇的に変わりはしないかもしれん。でも、「興味がない」で過ごしていると、ある日突然、お子さまが命のやりとりに他国へ行かされるハメになっても反抗できませんよ。

権利と義務は果たしとかんとね。なにもしないのは、為政者にとってプラスに作用するだけだもん。





あぁ、空が真っ青だぁ。。。。。


♪ おぉブルースカイ ブルースカイ この空の明るさよ ♪
♪ なぜぼくの この悲しみ 映してはくれない ♪


なつかしかね~。


♪ 忘れようと破ってみた 君の写真だけど ♪
♪ なぜか想い出させる きょうの空の青さは きょうの空の青さは ♪

♪ おぉブルースカイ ブルースカイ この空の明るさに ♪
♪ まぎれながら 生きてゆこう 悲しみがくる前に ♪


夕餉の買い物がてら、ドライブにでも行くかな。







朝、起きる。
雨戸を開け、窓ガラスに貼ったガムテープをはがし、外へ出る。風はそよ風。道路はもう乾きだしている。きょうは燃やすゴミの収集日。近所の人たちが朝早く出したのだろう、歩道のはしには既にゴミの袋が並んでいる。

いつもの朝の風景。昨晩は吹き戻しの風もないまま。ほんとに大型台風が通り過ぎたのかしらん? 

首を傾げつつ、テレビをON。ローカルニュースで隣町で屋根にのぼっていた男性が強風に吹き飛ばされて落下、大けがを負ったと知らせる。近くの町では、ダンプが強風で横転し、運転していた女性がこちらも大けが。せいぜい20キロほどしか離れていない町では川が氾濫し、床上浸水。あぁ、やっぱり大きな台風だったんだ。

しかし、隣町では人やダンプが吹き飛ぶほどの風が吹き、町に水があふれるほどに雨が降ったというのに、我が町の平穏さは不可思議。ちょうど台風の目が通ったからなのか? 台風のコースがほんのちょっとずれていてば、我が家の屋根が飛んでいても不思議じゃない。幸不幸というのはほんのちょっとした運に左右されるんだなぁ。


7人の方が亡くなり、12人の方が行方不明となっている。

九州の西側、特に宮崎県の被害が大きい。宮崎市や延岡市は床上浸水。救助にあたる消防士が、あふれた水の中を泳いでいる。大変だ。

高千穂では土砂崩れで家が流された。高千穂は仕事で何度か訪ねたことがある。緑深い山々に囲まれた、なんともしっとりした雰囲気のある神話の里。その山々が牙を剥くとは・・・・。

早く復旧することを祈らずにはいられない。


それにしても、籠城を決め込んだおととい以降、きのうの朝、夕、そしてきょうの朝と、新聞はきちんと届いていた。一回一回、ビニール袋に入れて。

頭がさがります。



夕方、風も雨もパタッと止まった。窓を小開けにすると、ほんのり空が薄明るい。リーリー、秋の虫が鳴いている。

これって、台風の目?

と思って、はや4時間近く過ぎてもう9時をまわった。が、いまだ虫が鳴いている。今回の台風がいくら大きいとは言え、目玉がデカすぎないかしら?

ニュースでは二階まで水に浸かったり、山肌が崩れて崩壊したりした家が次々と映し出される。我が家から数10キロしか離れていない町も水があふれて大変だ。なのに、この界隈の、この静寂はなんだろう?

と、書いていたら、知人から「だいじょうぶ?」と電話が。

「全然、なんともないんですよ」

そう言うと、「へ?」と驚いている。そりゃそうだなぁ。ニュースでは九州のどこをとっても決壊した川に押し流されているかのような伝え方。亡くなった人も、行方不明になった人もいる。こりゃ大変だと見ていて思う。

でも、このあたりはホントになんともない。どうしてかしら?

天気図を見ると、我が家の真上を通っていそうなコースで台風は進み、いつのまにやら海へ抜けている。吹き返しがあるはずなのに、いまだ無風。このまま台風一過となるんだろうか?

雨戸をかたく閉め、雨戸のないガラス窓にはガムテープを「×」印と「+」印を重ね合わせた如くに貼りまくったのに、ちょっと肩すかし。

でも、被害の様子を見ていると、ほんになんともなくて良かった。あすの朝には籠城も解けるぞ。



台風を逃れ、制作途中でとんずらした番組、ディレクター氏のがんばりで無事にできあがった模様。キー局納品は今日だけど、この台風では早くてもあしたの午後。台風が日本縦断という最悪コースをとれば、納品はいつになるやら。だいじょうぶかな?

番組は、今や伝説と化したオキナワン・ロックの重鎮『コンディション・グリーン』のボーカルだった「かっちゃん」が主人公。昨年、九州・山口・沖縄でかっちゃんの番組をやったけど、今回はそれに追加取材分を入れて再構成し、めでたく全国ネットでオンエア。うれしか~。

ドキュメンタリーの常ながら、流れる時間が早朝だったりするけれど、『コンディション・グリーン』が1978年の大晦日に京都大学西部講堂でやったステージ(監督は『オキナワンチルダイ』『ウンタマギルー』の高嶺剛氏)の様子をチラリと見ることができるだけでも一見の価値はあり。

ギター:シンキ、ベース:エディ、ドラム:エツ、そして、かっちゃん。
演奏するは「ボニー・モロニー」。あぁ、涙・なみだ・ナミダ&笑い。。。。。


高校3年のとき、コザの街で『コンディション・グリーン』のステージを見てぶっとんだというおじさんディレクターが、自らナレーションもやるという、チカラの入りまくった、まったり系ドキュメント。その人物の追い方は実に真摯。


 *番組の簡単な紹介は → 「かっちゃん~還暦超えのロックンローラー」

 *局別オンエア日時は → こちら


毎日、自分の店のステージに、夏にはロック・フェスティバルのステージにも立つかっちゃん。今年で23回目を迎えた「ピースフル・ラブ・ロック・フェスティバル」には20年連続で出演中。

60歳過ぎても歌い続けるって、やっぱ、すごいや。





「元気? イェイ!」





台風はまだ九州に上陸せず、鹿児島県沖をのろのろしているらしいのだが、日が落ちると風と雨が強くなってきた。生き延びるための食料をお昼に買い込み、午後にはいち早く雨戸を閉めて、あとは通り過ぎるのをひたすら待つのみだ。

もう何年前になるのかな、雨戸も閉めて準備万端、のんびり昼食をとっていたら、グワシャーン!となにやら大破する音が。おそるおそる覗いてみると、玄関のガラス戸が風圧で内側へ吹き倒されていた。雨は吹き込む、強風は吹き抜ける。ふすまをはずして打ち付けたりしている間に、あわれ濡れネズミと化したっけ。


それ以来、台風、特に風の強い台風はコワい。
今回の台風は風も吹き荒れそうだなぁ。。。。。。

ネコ助も風が雨戸を叩く音に戦々恐々としている。コワかよね~。


しかし、まだ9月初旬。雨戸を締め切ると、やっぱり暑い。部屋の真ん中に座っているだけで、じわ~んと汗が。うぅ、うっとおしい。


やってきている台風は、アメリカで数千人にのぼる被害者を出した「カトリーナ」よりも大きいと新聞やテレビでは言う。暴風圏が多少広いだけで、風力その他の強さは1ランクかそれ以下なのに、どうしてこんな恐怖心をあおるような表現をするかなぁ。マスコミのデスクは、扇動家か?

「カトリーナ」の被害は、ニューオリンズという都市が海面や湖面よりも低い場所に広がった街だったことが大きな要因。そのまま日本全体にあてはまるもんじゃない。おもしろがって情報・データをもてあそぶんじゃないよ。


台風殿。荒ぶることなく、通り過ぎ去られますように。



今度の台風はとても巨大&強力。足留めをくらうと困るので、番組の仕上げはディレクター氏にお任せして、さっさととんずらすることに。

きのうの午前中にきょうの8時50分の便を携帯から予約しておいた。でも、帰るのなら1便でも早い方がいいなぁと、昨夜、再度予約しようとしたら、午前中の便は第一便から全部満席。きのうの午後はまだ空いていたのになぁ。旅人の皆さん、ヤバいと早帰りを決め込んだのだろうか。

朝、7時前に那覇空港へ。空席待ちの整理券を配布するカウンターに長い列。モニターに映し出される台風の予想進路を不安な表情で見上げる日焼けした若い女性も多数。きょう、帰れないと、空港泊まりになる可能性が大。せっかくの休暇なのにね。

とっとととんずらさせてもらったおかげで、午前中には我が家へ到着。旅先でたまった汚れ物を洗濯をしてから、ひたすら惰眠をむさぼってると、あっと言う間に夜のとばりが。

日が短くなったなぁ。



映像はほぼつながり、今日はナレーション作成日。普通は映像をVHSテープにダビングして自宅に送ってもらい、それを見ながら文言を考えるのだが、今回は明日がナレーションの収録日とスケジュールがギチギチなのでエイヤッと今日中に仕上げ。
巨大台風も近づいている。明日の午前中に沖縄を離れなければ、6日7日まで足留めを食うかも。台風は北部九州にとって最悪のコースをたどりそう。ヤバイな。
「台風の沖縄もオツなもんよ」
そうディレクター氏は言うけれど、暴風雨の中、ビジネスホテルにひとり居るのはもう2度ほど経験してるからもういいや。
明日、飛行機、飛ぶかしらん?

朝から太陽ピカビカ。残暑と呼ぶにはあまりに強力な陽射し。部屋の気温もグンと上昇。9階の部屋は窓も開かない。たまらずエアコンをON。う~、生き返る。
今回の旅、荷物が少ないなぁと思ったら寝る時用のTシャツをすっかり忘れ、一枚もなし。仕方なしにコンビニで典型的オヤジシャツを二枚購入。朝、シャワーを浴びる時が洗濯タイム。洗っては干す毎日。空気が乾燥しているので、夜にはほとんど乾いているのが嬉しい。
今日の仕事開始はお昼から。別の仕事の資料も持ってきているけれど、やっぱり手をつけん。
ホテルを出るまで、およそ二時間。ゴロゴロしてよ。

喫茶店で開いたスポーツ紙の訃報に目が止まる。「松村孝司氏 70歳」。知らない作曲家。ところがその作品を見てびっくり。「昭和枯れすすき」「どしゃぶりの雨の中で」「グッドナイト・ベイビー」・・・お~、みんな聞いた、聞いてたで!
極めつけは「八月の濡れた砂」。石川セリさんの気だるい歌声と、映画のエロチックな映像に、確か学生街の三番館でドキドキしたっけ。この作品で映画の道を志した同年代は多いんじゃないだろうか。藤田敏八監督だったっけ? ね、幻ちゃん。

♪ あの夏の光と影は どこへいってしまったの ♪

ほんに遠くなりにけり。

朝、シャワーを浴びてTVをONすると、マイケル.J.フォックスが。笑い声が入っているからTVコメディだろう。彼が難病に倒れたニュースを聞いてからもうかなりたつ。今はどんな状態なんだろう。
小柄で、はしっこく、スケボーが得意でギターもいける。バック・トゥ・ザ・フューチャーのマーティは、結構ぼくの憧れ。生き生きした若者の雰囲気を自然に出せる彼がどんな中年俳優になるのか楽しみだった。でも、その道は病で断たれた。
彼は難病に冒されたからこそ分かったことがたくさんあると書いている。だから自分は「ラッキーマン」なのだと。

元気に復帰する「ラッキー」が起きて欲しい。
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