番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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エリック・クラプトン


・アーティスト=Eric Clapton / エリック・クラプトン

・日付=1988年11月2日

・場所=東京ドーム アリーナ B30列 104番


クラプトンのライブ、何度目だったかな?

チケットの冒頭に「 25th Anniversary Tour 」とある。クラプトンのデビュー25周年を記念した公演だったんだろうなぁ。

このツアーはエルトン・ジョンとマーク・ノップラー(ダイアー・ストレイツ)がスペシャルゲスト&バンドの一員という、どちらも好きなぼくにはとてもおいしい公演だった。

「HIS BAND」とあるくらいだから、主役はもちろんクラプトンだけど、途中で、エルトンとノップラーが数曲やった。

そのとき驚いたのは、エルトンの曲が始まると、ぞろぞろと席を立つアリーナのお客たちが結構いたこと。

エルトンは、「トイレ・タイム」かい!!

お目当てのミュージシャンじゃないのだろうけど、こりゃ、あまりに失礼な態度じゃなかろうか? それを見ているクラプトンもつらかろうに。そう思ったっけ。

ま、当のエルトンさんはその程度でめげるような人であるはずはなく、やっぱり鍛え上げられたプロの芸人、素晴らしい歌とピアノを披露してくれた。

マーク・ノップラーは、もちろん「マネー・フォー・ナッシング」もやってくれた。この曲でスティングが飛び入りするという噂があり、実際にステージにあがった日もあったんじゃなかったかなぁ。

ぼくが行った日は、残念ながら飛び入りはナシ。

でも、パーカッションのレイ・クーパーさんが大乗りで(いつもだけど)、パーカッションだけでものすごく楽しいソロを聴かせてくれた。

チャリティ・コンサートには必ずと言っていいほど顔を出しているクーパーさんって、こんな人。
      ↓
  レイ・クーパー


しかし、東京ドームはひどい音だったな~。


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ぼくはズボラ。

ホームページ制作ソフトを使ってページを維持するのがめんどくさくて、この楽天の場をお借りして2年半近くがたつ。

その間、このページを昔懐かしい人たちが覗き、オレだよ、私だよと知らせてくれたことがちらりほらり。

不思議だなぁと思う。

高校時代の同級生や、大学時代の友人、仕事を始めて知り合った人たちなどさまざまだけど、世の中にいくつあるかわからないブログの中を漂って、この渚(というほど美しくないけれど)へたどり着いていただけるとは。

縁は異なもの、味なものって感じだなぁ。

元々、仕事用の自己紹介ページみたいな感じで始めたので、真の意味での匿名にはなってない。[ izumatsu ] という名も、考えるのが面倒なので本名を縮めただけ。だから、友人・知人たちにもわかりやすかったんだろうとは思うけど、それでもこのインターネットの海で、こんな絶海の孤島をわざわざ訪ねてくれるとは。


こんなブログの恩恵もあるんだなぁ。

いやはや、ありがたい、ありがたい。


イヤな時期がやってきた。

確定申告。

税務署から送られてきた「所得税確定申告書用紙在中」と記された封筒、まだ封も切っていない。あぁ、開けたくない・・・・・・。

数字がまったくダメなぼくは、考えただけでアタマが痛くなるだけでなく、ホントに脳みそが固まってしまい、気分が悪くなり、吐き気をもよおす。数字にヨワイのは遺伝に違いない。

以前も書いた気がするけど、ぼくの母親は、家計簿をつけても合わない数字がひと月に万単位で出てしまうほどに数字がダメ。何度計算しても数字が合わず、ちゃぶ台に向かって頭をかしげている姿を思い出す。

あんな親だから、こんな子でもしゃ~ないか。


しかし、今年で15、6回目になるのに、どんな風にやるんだったか、まったく思い出せない。毎回、いちからやる気がしてしまい、封筒の封を切る前から緊張してしまう。あぁ、イヤじゃ。

ぼくは、売掛金とかなんとかとかめんどくさいモノは一切ない。税金は入金される前に10%が既に引かれているし、やる作業は仕事先から送ってくる支払い調書の金額を足し(これが全収入)、領収書を整理して数字を足しあげ、決められた数字で必要経費をはじくだけ。

足し算と引き算、それにかけ算。算数の世界だ。
でも、ダメなのよね~。


確定申告をすると払いすぎていた税金が戻ってくる。
それだけを楽しみに、数字と格闘だぁ!


でも、きょうはすでにノックアウト状態・・・・・・・・・あしたからにしよ。




ao060226「国民の義務でっしゃろ~」





ハワード・ジョーンズ


・アーティスト=Howard  Jones /ハワード・ジョーンズ

・日付=1987年6月15日

・場所=日本武道館 2F T列 17番



ハワード・ジョーンズを覚えてる、はたまた知ってる人がどのくらいいるだろうか?
テクノポップ(懐かしいな~)の旗手として、大人気だった。

小さなキーボードひとつを前に、インカムつけて歌ってたっけ。


  →ハワード・ジョーンズって こんな人

  →オフィシャル・サイトは こちら


チケットを購入したのが「銀座山野楽器」というのが個人的に泣ける。ぼくはこの店で上京して最初のギターを買ったのだった。それも、ちょいと冷やかし気分でのぞいただけだったのに、キレイで押しの強いお姉さんに押し切られて購入。確か2万円台だったと思うけど、当時の地方出身学生にとっては高かったなぁ。


で、ハワード・ジョーンズ。彼、日本武道館でライブができるほどに人気があったんだなぁ。流行って不思議だ。我が家にも彼のCDが何枚かあるはずだけど、ここ数年、いや、10年以上、聞いたことがない。

久々に聞いてみるかなぁ。


「ブドーカン」が日本公演をする「外タレ」の憧れになったのは、チープ・トリックのライブ、『 At Budokan 』がきっかけかなぁ。

アルバムのリリースは、ディープ・パープルの『 Live In Japan 』の方が早いけど、「日本にブドーカンっていうところがあってよ、そこでやるとビッグになれるらしいぜ」とか、「ブドーカンでやるのが大物の証だってよ」てな感じになったのは、やっぱりチープ・トリックからだろう。

なんせ、アルバムのタイトルがタイトルだもん。これじゃ、アメリカの人なんか、意味がわからんだろうに。


「なんで、こんなに人気があるの?」と、思わず思ってしまうぐらい、『 At Budokan 』は歓声で盛り上がっている。どうしてなのかな~? 確かにロビン・ザンダーやトム・ピーターソンは、のちの言葉で言えば“イケメン”だし、リック・ニールセンとバン・E・カルロスは得難いキャラクターだけど、あんなにキャーキャー言うほどの「外タレ」ではなかったハズ。


でも、あのころ、日本の若い女性は世界でも有数の「才能を見抜く眼力」があったみたい。クィーンだってデビュー当時はイギリスじゃコテンパンな評価だったけど、日本ではグループ・サウンド時代のタイガースかと思わせるほどに人気が急騰したし。


あら? ハワード・ジョーンズさんのことを思い出していたのに、彼はどこに?
やっぱ、影が薄いのかなぁ、最近。

でも、今でも元気に活動してるそうで、よかった。



昨夜、午後7時からラジオ番組(1時間)のナレーション収録。ぼくは、ラジオのナレ録りに立ち合うのは初めてだった。

番組は1時間モノだけど、ナレーションの総量は15、6分のものなので、そんなに時間はかからないだろうと思っていたら、なんのなんの、4時間近くかかってしまった。

音の職人たちに、脱帽。

ぼくには大しておかしくないように聞こえるアナウンサーの言葉の抑揚なども、彼ら音の職人たちには即「ピン」とくるらしい。で、録音したナレーションを聞き直してみると、ふむ、確かにイントネーションがおかしい。

ナレーションを担当した女性アナウンサーはもうベテランの域。だが、パーソナリティをつとめたりしているので、しゃべりが「若者」。通常の会話では別に気にならない若者言葉特有の抑揚も、ドキュメンタリー的要素を持った番組のナレーションとなると違和感が生じる。話し言葉と、ナレーション。音の力の入れる場所が違うのだ。

先日、シェークスピアの喜劇『間違いの喜劇』のメイキングを追った番組の制作に参加した。その稽古場で、蜷川幸雄さんが主役の小栗旬さんはじめ若手の役者にセリフの言い回しのダメ出しを「これでもか!」というほどにやっていた。

蜷川さんが出したダメ出し、そのほとんどが、セリフが若者言葉となってしまった部分。ほんのひと言、例えば小栗さん扮する主役が怒り半分、驚き半分で口にする「なんだと!」というひと言がどうしても蜷川さんのOKをもらえない。「なんだと!」の「な」に妙な力が入るのだ。

何度も何度も「なんだと!」を繰り返し、そのたびに「違う!」とダメ出しされる小栗さん。混乱する彼に、瑳川哲朗さんが芝居のセリフとしての言葉遣いを優しく教えていた姿が印象的だった。

その番組を担当した女性アナウンサーが今回のラジオ番組のナレーション。収録を終えてブースから出てきた彼女は、まずひと言。

「蜷川さんが繰り返し言っていた意味が、やっとわかりました」


テレビは映像(と音声)が主役なので、悪く言えばナレーションもごまかしがきく。映像に力があればそれでいい。ナレーションは、あくまでも進行役であり、サブ的役割だ。

しかし、映像のないラジオではそうは行かないということが、今回、よく分かった。「正しい日本語」という言い方はヘンだと思うけど、「顔の見えない相手にきちんと伝えるための言葉」というのは確かにあるんだなぁと実感した。


それにしても、音の職人たちの耳のコワいこと。

「ギリギリ、セーフかな? いいことにしようか」

「いえ、もう一回、いきましょう」

その繰り返し。
そばで聞いてるだけなのに、ワタクシ、バテました。


さらに驚いたのが、アナウンサー嬢のプロ根性。何度やり直しをしても、決して音をあげない。そして、収録後、とても勉強になったと言ったあと、

「あぁ、きょうは14時間、しゃべりっぱなしだったぁ」

と、元気にのたまった。


音の職人たちに、本気で脱帽!



昨夜。

どうにも仕事をしたくなく、机の中の整理なんぞを始めたら、懐かしいモノが。

その昔、行ったライブのチケット、半券の束。
残っているので一番古いのがこれ。学生時代のモノはなかった。残念!


ガッド・ギャング


・アーティスト=THE GADD GANG/ガッド・ギャング

・日付=1986年11月15日(土)

・場所=中野サンプラザホール 2F 3列 45番


「 Stuff/スタッフ 」のメンバーだったスティーブ・ガッド(ドラム)、リチャード・ティー(キーボード)、コーネル・デュプリー(ギター)の三人に、ピアニスト、ビル・エバンスの片腕的ベーシストだったエディ・ゴメスを加えた4人組。

ぼくが見た公演は、この4人だったのか、はっきりした記憶がない。でも、とても楽しい演奏だったように思う。なんせ、セッション・メンバーとして名うての実力者ばかり。

スティーブ・ガッドは、のちにクラプトンのバンド・メンバーとして来日してる。

リチャード・ティーは、93年に亡くなった。まだ若かったのに。

「スタッフ」や、この「ガッド・ギャング」の作品はもちろん、グローバー・ワシントン・ジュニアの『 Winelight 』などで、心に響くフェンダー・ローズを聞かせてくれる。腕っこきのキーボーディストだった彼。レコーディングに参加したアルバムの数は400とも500とも言われているそう。


このチケットを見て、改めて驚いたのは¥4,000也のチケット代。今ではJ-popの皆さんでもなかなかお目にかかれない価格だけど、当時は結構な値段だったんだろうか? 忘れたなぁ。

来月、ストーンズがまたやってくるけど、S席が¥17,500。こりゃ、清水の舞台から飛び降りる覚悟にならんと、見にも行けんなぁ。

ま、天下のストーンズと、20年前のガッド・ギャングを比べても意味ないけど。


しかしな~、バンドの4人には申し訳ないけど、一番懐かしいのは、薄いブルーの部分に白く抜かれた「Marui Ticket Guide」の文字。

「丸井」ねぇ、あったなぁ。
渋谷の丸井はよく行ったけど、そこでチケットを購入した記憶はない。

どこの、「駅の前の丸井」だったんだろう?


しかし、もう20年になるのね。。。。。思わず、シミジミ。



切羽詰まっちょるなどと言いながら、
仕事にじぇんじぇん身が入らないワタクシ。

ネットをぶらぶらしてたら、面白い記事が出てた。

以下、まるまる引用。

-----------------------------------------------------------
英国のラジオ局が“夢のスーパー・グループ”のメンバーを決める
リスナー投票を行なったところ、シンガー、ギタリスト、ベーシスト、
ドラマーのすべてのカテゴリーで、レッド・ツェッペリンのメンバーが
トップに選出された。スーパー・ロック・グループを作り上げようとしたが、
“夢のバンド”はすでに存在していた。
------------------------------------------------------------

だそうな。


詳しくはこちら → Barks News 2005-07-12


ちょっと古いけど、興味深いな~。

めんどくさいから、上記リンク先から丸写ししちゃお。
叱られるかな~。Barksさん、許してね。


●最優秀シンガー
1.ロバート・プラント(レッド・ツェッペリン)
2.フレディ・マーキュリー(クイーン)
3.ポール・ロジャース(フリー/バッド・カンパニー)
4.デヴィッド・カヴァーデイル(ディープ・パープル/ホワイトスネーク)
5.イアン・ギラン(ディープ・パープル)
6.ボン・スコット(AC/DC)
7.ロニー・ジェイムス・ディオ(レインボー)
8.スティービー・ニックス(フリートウッド・マック)
9.ロジャー・ダルトリー(ザ・フー)
10.ボノ(U2)

ボン・スコットとスティービー・ニックスがベスト10入りしてるのが不思議。
日本でやったら、絶対入らないもんな~。
でも、皆さん、人気・実力共に十二分ですね。


●最優秀ギタリスト
1.ジミー・ペイジ(レッド・ツェッペリン)
2.スラッシュ(ガンズ・アンド・ローゼズ)
3.リッチー・ブラックモア(ディープ・パープル)
4.ジミ・ヘンドリックス
5.アンガス・ヤング(AC/DC)
6.ゲイリー・ムーア
7.ブライアン・メイ(クイーン)
8.ジョー・サトリアーニ
9.スティーブ・バイ
10.デイヴィッド・ギルモア(ピンク・フロイド)

お~、スラッシュが2位とは。しかし、ガンズのギタリストとしてなのね。
ボン・スコットといい、アンガス・ヤングといい、
イギリスでのAC/DCの人気ってすごいんだろうなぁ。
学生服姿のアンガス、忘れられないな。

ジョー・サトリアーニとスティーブ・バイも意外。
ジョー・サトリアーニはミック・ジャガーの日本公演の時に見たけど、
確かに上手だった。ミックには合ってなかったような気もしたけど。


●最優秀ベーシスト
1.ジョン・ポール・ジョーンズ(レッド・ツェッペリン)
2.ジョン・エントウィッスル(ザ・フー)
3.クリス・スクワイア(イエス)
4.フィル・ライノット(シン・リジー)
5.ゲディ・リー(ラッシュ)
6、ジャック・ブルース(クリーム)
7.スティーヴ・ハリス(アイアン・メイデン)
8.レミー(モーターヘッド)
9.ギーザー・バトラー(ブラック・サバス)
10.ロジャー・ウォータース(ピンク・フロイド)

レミーがベスト10に入っているとは思わなんだ。
ぼくもモーターヘッドは好きだけど、
この方、「最優秀」なんてくくりに入れちゃアカンのじゃないでしょか。
ロジャー・ウォータースがレミーを下回ってるってのがおかしい。
そういえば、ポール・マッカートニーがいない。
雑誌の読者層のせいかな?



●最優秀ドラマー
1.ジョン・ボーナム(レッド・ツェッペリン)
2.ニール・パート(ラッシュ)
3.キース・ムーン(ザ・フー)
4.コージー・パウエル(ブラック・サバス/レインボー)
5.フィル・コリンズ(ジェネシス)
6.ジンジャー・ベーカー(クリーム)
7.イアン・ペイス(ディープ・パープル)
8.ロジャー・テイラー(クイーン)
9.デイヴ・グロール(ニルヴァーナ/フー・ファイターズ)
10.エリック・カー(キッス)

ニール・パートが2位とは、大意外。うまいけどね~。
フィル・コリンズさん、今もドラム、叩いてるのかな?
ライブエイドには出てたけど、ライブ8にはどうだったかなぁ。
10位のエリック・カーに、ちょっと涙。


レッド・ツェッペリン勢が1位独占かぁ。
ぼくはツェッペリンがあまり好きじゃなかった。
ロバート・プラントの声が苦手で。
ディープ・パープルの疾走感の方が好きだったな。

聞き始めたのは、解散したあと。30代になってからかな。


ツェッペリンと言えば、今年の1月末時点で、
『Led Zeppelin IV』('71年)の全米での出荷枚数が
2,300万枚を越えたそうな。

この数字、ピンク・フロイドの『The Wall』と並ぶ歴代記録で、
米国内で彼らを越えるのは
イーグルスの『Their Greatest Hits 1971-1975』と
マイケル・ジャクソンの『Thriller』のみだそう。(以上、Barks の記事より)

やっぱり、『天国へ階段』の威力かしら。いいアルバムだもんな~。


今、現在、AM0:22。

ラジオの番組のナレーションを作っているのだが・・・・・。


あした、ナレーションの収録ということ、きのう、知ったのよね~。
そんなスケジュール、初耳。目が点になっちまったわ。


まだ粗編集も始まっていないのに、ナレーション、もう録っちゃうの?
インタビューとのバランスとか、みなくていいのかなぁ。
それより何より、全体でどのくらいの長さになるのか、ワカランのだけど。

ラジオって経験がほとんどナイけど、これが普通なのかなぁ。


収録は午後の7時から。
女子アナも大変だなぁ、夜に。お子様もお宅でお待ちでしょうに。


仕上げは月曜の午後9時くらいからだそうな。
そっちも立ち合わねばならんのだろうなぁ。


テレビの人も、ラジオの人も、夜に働くのが好きなのね。
って言うか、
昼間はバタバタしてるし、機材は別の番組で使ってたりするし、
結局、やれるのは夜しかないというのがホントなんだろうけど。

早寝早起きおやぢには、夜の仕事はしんどかばい。


あ~、こんなことして遊んでて、ナレーション、間に合うかしらぁ。

激・不安。



沖縄の局でキャスターの女性と話した。

どうして、沖縄の局は全国向けのニュース(「上り」と呼ぶらしい)で「おじい、おばあ」という言葉を使うのだろう?って。

例えば、基地建設に反対してテントに座り込んでいるお年寄りを「今日も、おじい、おばあが座り込んでいます」と全国向けのニュースでも言う。その「おじい、おばあ」という言い方を耳にした瞬間、多くの人が、

「あ、それって、沖縄での出来事ね」

と思い、脳みそに留まらず、右の耳から左の耳へと通り抜ける。


基地問題をヤマトは沖縄特有の出来事として矮小化している。
そんな風に言う沖縄の人は多い。


しかし、「おじい、おばあ」という、本来地元でしか使えない、使わない呼び方を全国向けのニュースで使うこと、それ自体が問題を矮小化する原因のひとつだと思う。

沖縄の「おじい、おばあ」という呼び方は、「じいちゃん、ばあちゃん」といった単に気やすい関係を示すだけでなく、長い年月を生きてきた人へのそこはかとない尊称が込められているようにも思う。

しかし、それがその通りに通じるのは沖縄だけで、他の都道府県の人々の頭には「自然、癒し、長寿の島・沖縄」というステレオタイプの沖縄像が浮かんでしまう。それでは、まずいんじゃないか?

ぼく個人で言えば、「おばあ」という言葉で頭に浮かぶのは平良とみさんの笑顔で、ぼくはこの女優さんをあまり好きではなく、だから「おばあ」という言葉自体になんとはなしに拒否感があったりする。

辺野古に座るお年寄りは、時代の風雪を超え、地上戦まで体験した真の意味で「おじい、おばあ」だ。だけど、その呼び方の本来の意味が他の都道府県でも通用すると思っているとすると、沖縄でニュースを送出する側の認識は間違っているし、甘いと思う。

沖縄県外の人間の多くは、単に「お年寄り」ととらえるだけではすまず、上にあげたようなイメージが、まず頭の中でふくらむのだ。

それは、ヤマトの人間がのんしゃらんと、戦争の問題を省みないことに起因していることも間違いではないだろう。

沖縄に新たな基地ができ、そこから殺戮を行うために爆撃機などが飛び立つことよりも、ホリエモンが武部さんの子どもの口座に3000万円を振り込めとメールで指示したという話の方に興味を持つぼくらや、それをあおるマスコミ。「戦争の当事者、当事国」という自覚はほとんどゼロだ。

そんなぼくら相手に、沖縄の局は当地の様子を伝えなければならない使命がある。それなのに、「自然、癒し、長寿の島・沖縄」をまず連想させる「おじい、おばあ」を、全国向けのニュースになぜ使うのか? 「おじい、おばあ」という、沖縄で使っている意味を含まないまま今や全国区となってしまった、言ってみれば「危険な言葉」をなぜ連発するのか?

なぜ「辺野古では、お年寄りたちが座り込みを続けています」ではいけないのだろう? 「わかって欲しい、きっとわかってくれる」という願いを込めているとしたら、逆効果だ。

「玄海原発反対のために、おじいちゃん、おばあちゃんが座り込みを続けています」なんて、言いはしない。多くの人に事実を伝える言葉として、文章として、この言い回しはおかしいだろう。

そのおかしな言い回しと、「おじい、おばあは座り込みを続けています」という言い方とは、“沖縄県外の人間”にとってどこがどう違うのか?

「あ、沖縄でなんかやってるのね」

と、重要な問題が矮小化されてしまう。

自分で自分の首を絞めてしまう。
そんなことはやめた方がいい。



きょうは車で出かけなければ。

ぼくは基本的に安全運転。
一度だけ、スピード違反でつかまったことがあるけれど。

あれは、免許を取り立てのころ。

自宅近くの峠をくだったあたりで、お巡りさんがおいでおいでをしていた。
あちゃ~、これが世に聞くネズミ捕りかぁと思ったけれど、もう遅い。
20キロ弱のオーバーだった。

お巡りさんはぼくに免許証を要求し、反則キップを切りながら、言った。

「助手席は彼女? デートだからって、飛ばしすぎると危ないよ」

乗せてたのは、お袋だった・・・・・。

あぁ、おぞましい想い出じゃ。



一度だけ、ベロベロに酔っぱらって爆走したことがある。

学生時代、久しぶりに友人宅に集まって、仲間たちと飲んだとき。
みんなが自分自身を模索し、それぞれが試行錯誤し、おびえ、逡巡しながらも、それぞれの世界へと足を踏み入れようとしていた。戸惑いながらも、希望にあふれている、そんな感じだった。

そんな中で、ぼくは取り残されているような気がした。

もう、オレらは同じ世界に住んではいない。
時間を共有している仲間じゃなくなった。

そんな、今思えば、あまりに甘っちょろ過ぎる感覚にとらわれた。

深夜、その帰り。

ぼくは泣きながら車を飛ばした。途中、気持ちが悪くなり、車を止めて、窓から吐いた。そして、周囲を見回した。見知らぬところ。月明かりに、田んぼが広がっているのがボンヤリ見えた。農道に入り込んだようだった。

そこからどうやって家に戻ったやら。

ただ覚えているのは、両脇にポツンポツンと灯りがある道をわんわん泣きながらぶっ飛ばしていたこと。制限速度40キロくらいの道を200%オーバーくらいで突っ走っていたような気がする。

あのとき、ひょろと人が出てきていたら。
あとでそう思ってゾッとした。


なにがそんなに泣くほど悲しかったのか、悔しかったのか、情けなかったのか。
今となってはよくわからない。

周囲の人間が完璧な他人に見えたのかなぁ。
どんどん遠ざかり、手の届かない存在へと消えていくように思えたのかも。

手塚治虫さんの『火の鳥』に、一度失った命を機械的に再生させられた男が出てくる話があった。彼の目には、普通の人間が無機質に、ロボットが人間として映る。そして、女性の形を模したロボットが、彼にはしとやかで美しい人間の女性に見えるのだった。

そんな感じだったかな?
ますますなんだかわからんな。



そのとき、一緒に飲んでいた友人たちは、別に他の次元の人間になることなく、この世界に留まってきちんとおとなになり、それぞれの生活を営み、いっぱしの社会人となっている。

そして、前の世代を見送る年代に入ってきた。


一日は長い。
でも、一年ってなんて短いんだろう。
十年なんて、ひと眠りだ。


時間は、長くなればなるほど、短くなる。
これまたなんだかわからんな。


最近は、飛ばしても30%オーバー程度にとどめてる。
きょうも安全運転で行こうかな。


昔々。

東京は花の銀座にほど近い某企業に勤めていたころ。
アルバイトに「○○さんの言い訳人生」と呼ばれるお兄さんがいた。

ことあるごとに、

「だってさぁ~」

で始まる言葉を長々とはく。
その言葉を耳にしたアルバイトの、主に女の子たちは、

「また、○○さんの言い訳人生が始まった」

と、ちゃかす。
○○さんは、ますますいきり立って、

「だってさぁ~」

を、口ごもりながらも連発。
で、バイト嬢たち、大爆笑。

単なる口癖なんだろうけど、「○○さんの言い訳人生」という言い回しがおかしくて、彼らアルバイトを監督するハズのぼくも一緒になってちゃかしてた。

そのお兄さんは、当時新入社員だったぼくよりも確かひとつ、ふたつ年上で、文筆業に進みたいのか、シナリオを書きたいのか、とにかくそんな雰囲気で、ストレートヘアが肩にかかるくらい、『男おいどん』のような黒ぶちメガネをかけていた。

20代も半ばを過ぎて、二言目には「だってさぁ~」じゃアカンよな。

そのころ、ぼくはそう思っていたっけ。


さっきぼんやりしていたら、なぜかふっと、彼の「だってさぁ~」を思い出した。
そうね、あのころ、みんなで「○○さんの言い訳人生!」ってヤジってたな。


でもね。
今となって振り返ると、実はぼくも「だってさぁ~」の言い訳人生を歩んできてるんじゃないかなぁ。ただ口に出さないないだけ。心の中ではいつも「だってさぁ~」を言い続けてきた。

現実は希望するように展開するはずはなく、それが自分の力のなさに起因することは重々承知しながらも、それを認めるのはイヤだ。

なんて、ワガママな我がココロをなだめるのが「だってさぁ~」。


「 izumatsu さんの言い訳人生」

おっ、なんか、語呂もいいな。


なんて、納得してる場合じゃないっ!!

足抜けせねば。




最近、なにをやってるかワカラン部署が局関係に増えてきた。
先日、某民放で初対面の方にいただいた名刺の肩書きに???の嵐。

「コンテンツ局」

なんすか、これ? 「番組制作」じゃアカンのですね?
衛星やインターネット、携帯その他、伝送路の多様化にフィットするように、組織名を変えたんすか?

電話をしたら、「はい、コンテンツ局です」って、皆さん、出るんでしょう? 電話をかけた人、面食らいませんかね?

その方の役職が、

「執行役員 報道担当 兼 コンプライアンス推進室」

ふたたび、スミマセン。執行役員って、なんすか?
「役員」ってくらいだから、かなりな偉いポジションにいらっしゃることはかすかに想像がつくんですが・・・・。取締役さんとはまた違うんですね?

そして、「コンプライアンス」って・・・・ねぇ。

「コンテンツ」もそうですけど、どうして横文字がお好きなんですかね?
ぼくが持っている辞書には「コンテンツ」も「コンプライアンス」もその項目がありません。国語辞典ですけどね。

え? その辞書、古くないかって?
そうでしょか、2、3年前のモノですけど。

「法令遵守」でしたっけ、「コンプライアンス」って。んじゃ、「法令遵守推進室」でよかろうかと思われますけど、ダサイんでしょか、これじゃ?

名刺って、その人が携わっている仕事を明瞭・明確に相手に伝えるモノだと思うんですけど、この肩書きじゃ、アナタ、何されてる方か、さっぱりわかりませんがね。名刺のイミ、ないと思うんですけど。






と、ズルズル書いたのは、名刺をいただいたときに脳裏に浮かんだこと。
お仕事をいただけるかもしれない相手です。口には恐くて出せませ~ん。


なんて思っていたら、年に何回か仕事でお世話になっている某局が機構大改革でテレビ制作部崩壊だそうだ。

テレビ制作部は「コンテンツ制作部」と名を変え、「コンテンツ開発局」にぶら下がる。この「コンテンツ開発局」とは、旧称・事業開発局。要するに、儲かる仕事を考え、探し出し、実行させる部署だ。

これまで「番組」と呼ばれていたパッケージは「コンテンツ」と名を変え、これまで以上に儲けを生み出すことを要求されるのだろう。

「番組を作るのは制作者の情熱だ!」なんてのは、青臭く、古くさいモノとして葬り去られるのか?


そういえば、ドキュメンタリー制作班を擁し、毎月一本のペースできちんとしたドキュメンタリーを作っていた局も、その班はお取り潰しとなり、制作関係は編成局の傘下に入ったと言っていた。
営業や編成の許可なしには番組が作れない体制というわけだ。


局の命であり、確かに商品でもある番組(「コンテンツ」か?!)を制作するセクションをこんな状況に置いといて、明日のテレビ「地デジ」の時代到来だと?

ちゃんちゃらおかしいわい!

番組と呼ぼうが、コンテンツと呼ぼうが、きちんとしたモノを作れる体制がなくて、なんのテレビ局か。デジタル化で100億前後かかる費用をなんとかして回収したいのは分かる。しかし、それは「デジタル化反対!」の声を結集しなかった民放自身が掘った墓穴にはまっただけのことだ。

テレビ局は「多くの人が見たいと思うモノ」だけを作っていいという「多数必ず真」の論理で成り立つ業種じゃないはずだ。

たとえ見る人が少なくても、制作者(報道関係でも番組関係でも)が伝えるべきだと感じたものは確実に作り、放映する。それが存在理由だし、だからこそ国からお墨付きが出るんだろう。

儲けだけを追うもよし。
だったら、規制緩和で誰でも番組(あ、「コンテンツ」ね)を制作し、流せるような、本格的競争原理を導入しないと理屈にあわん。で、潰れる局はとっとと潰れるのが健全な資本主義の論理というもんだ。


そんな大げさなことよりも、見てくれる人が少ないと切り捨てる前に、見てもらうための努力をどのくらい本気でしてるのか?

もんのすごくキモン。

せめて、たとえドキュメンタリーであれ、きちっとした番宣を、「これでもか!」と流してみろよ!



届いたメールに「Happy Valentine!」とあって。

「なんだろか?」

と、思ってしまった自分が悲しい。

「そっか、そういう風習があったんだったなぁ」

思わずしみじみした自分が哀しい・・・・。


きょうは、もう寝るかな。



高校時代の友人のお父さんが亡くなって、お通夜と告別式に出かけた。

お通夜は、友人連中が集まって、心痛ながらも和気あいあい、精進の生臭抜き巻きずしなぞをつまみつつ、お父さんにまつわる昔話を笑いながらした。

お父さんはとても心優しく、穏やかな、朗らかな人だった。
ぼくら悪そう坊主たちが浪人時代や学生時代、その友人宅に集まって宴会に興じていると、お父さんは「巨人の星」の明子姉ちゃんのごとくふすまの陰からこっそり顔を出し、

「お父さんも一緒に飲んでもいいとよ」

と、ニコニコしながら言った。
息子と友人たちの酒盛り、その仲間入りをしたいという気持ちありあり。

ぼくら友人たちがOKしても、その年代の息子がオヤジを酒の仲間に入れるワケがない。軽くいなされたお父さんは、

「いつでも呼んでいいとよ」

と、心を残し、それでもニコニコしながら他の部屋へと去っていった。


お通夜では式場が用意した喪主用の挨拶文を朗読したぼくの友人は、「告別式の文章は自分で考えないかんて。どげんしょうかぁ」と悩んでいたが、その挨拶はとても心のこもったあたたかなもので、ぼくは思わず泣いてしまった。

涙というのは不思議なもので、悲しみをこらえている友人の顔を見たときは、オレもこらえねばと耐えたのだけど、彼の言葉にひとつぶぽろりとこぼれると、あとはなかなか止まらない。

ステテコ姿のお父さんが思い出されて。一緒に飲めばよかったな。


でも、親子とはよくしたもので、友人はあの頃のお父さんと同じ顔になっている。そのうち、自分の息子に、

「お父さんも一緒に飲んでいいとよ」

と言っては、敬遠されるようになるのだろう。


そのときは、また、オレらで飲もうや。


言葉にも、文章にも、表しにくいことがある。

しゃべればしゃべるほど、あらぬ方向へ行ってしまい、
書けば書いたで、思いとうらはらのことばかり書き連ねる。

心に浮かんだままが、話や、文章にできる人って、
ほんに天才なのだなぁと思ってしまう。

足らない言葉、欲しい言葉。
ノドからも出ないし、脳みそにも浮かばない。

胃袋の裏に潜んだなまり玉。
大きくなったり小さくなったり、軽くなったり重くなったり。

揺らめいたり、転がったりしながら、
消え去ることはない。

このなまり玉、年を重ねても慣れることはないのだなぁ。

きょうは、少し、重い。
でも、あしたには、ちっちゃくなるかもね。


トリノ・オリンピックの開会式を編集番組で見た。

氷上を走る真っ赤なF1カーにも驚いたけど、オノ・ヨーコさんが登場したのにはもっと驚いた。

ヨーコさんに続いて出てきたのがピーター・ガブリエル。『 imagine 』を歌い始める。イタリア、トリノでの冬季オリンピック開会式。こんなところでピーター・ガブリエルにお目にかかれるとは思わなかった。

もっとも盛り上がるところで、イタリアは「イタリア」にこだわらなかった。それがイタリアらしいのかなぁ(でも、パバロッティが締めたらしいけど。そこは見なかった)。

ピーター・ガブリエルの『 imagine 』を聞いていて、なんだか悲しくなった。世界は、いまだに『 imagine 』状態なんだ。ジョンがこの曲を発表してから、もう35年がたとうとしているのに。





今年になってから、ポルノに熱中(「日活/にっかつ」育ちのぼくとしては、この表現にはちょっと抵抗があるのだが・・・・・)してるぼく。日々、車の中でポルノを聞いている。

彼ら、ポルノ・グラフィティの曲の一節に、こんなフレーズがある。


♪ディランはこんな風にうたってる
♪そうさ、「答えは風に舞ってる」って


ディランが「 The answer is blowin' in the wind 」と歌ったのは40年以上前。それが21世紀の、J-pop の連中が歌う曲に引用される。なんか、奇妙だ。

ディランのこの曲を、21世紀の、日本の若者たちが知っているということを前提としてポルノは曲を書いている。今でも、いろんなところで流れるし、ディランと言えばこの曲だから、耳にする機会も多いだろう。何より、詩の内容が普遍的で、現代に生きる若人の心の琴線に触れるということが一番の理由。

でも、なんか、奇妙だ。


ポルノはこうも歌っている。


♪ジョンがみつけたシンプルなこと
♪それは「愛とは-愛されたいと願うこと」


この「ジョン」は、明らかに「ジョン・レノン」だ。1980年に世を去ったジョン。そのメッセージは亡くなって四半世紀以上たった今も、そのまま通用している。



Def Tech は、『 Quality Of Life 』という曲で、こう歌う。


♪今の今の今まで 女性は差別されてて
♪耐えて 堪え我慢して 乗り越えてきた流れ
♪変える時がきたんだぜ 今顔を上げ立ち上がれ
  --
♪この奴隷制から逃げて見つけて
♪見知らぬ未知の道を


この曲を作った彼らの頭の中には、ジョンの『 女は世界の奴隷か/Woman Is The Nigger Of The World 』がイメージされていたに違いない。もし、イメージされていないでこの曲が生まれたのなら、それは恐ろしい現実を意味する。


ディランやジョンが自分の曲に乗せて発したメッセージ。それが30年も、40年もたった今でも普遍性を帯びたままに人の心を打つ。世の中って、この程度のスパンでは、なにも変わらないのか?

その30年、40年の間を生きてきたぼくら世代は、世の中に対しなにをやってきたんだろう? 世界はいまだに『 imagine 』のままだ。


平和の祭典のはずのオリンピック開会式。
そんな場でまたも『 imagine 』なんて、もう聞きたくないよ。



あお060112




懐かしい人からメールが届いた。

もう、何年、会っていないだろう。

仕事はやめたという。
居所も変えたそうだ。

人生をリセットできるのならば、その方がいい。
一歩踏み出せば良かった、そんな後悔はしない方がいい。
踏み出す勇気のない人間は、今の自分に留まるしかないのだから。

星の王子様は一日に四三度も日の入りを眺めた。

そんな哀しみにひたるくらいなら、
太陽が沈まないように、太陽に負けないように、
歩き続けた方がいい。

夜明けは必ずやってくる。

だろ?



あお060211


昨年、制作に参加した『軽トラ行商は命 84歳魚売りばあちゃん物語』(STSサガテレビ)がフジテレビ系列のFNSドキュメンタリー大賞で特別賞を受賞。先日、そのお祝いとお礼をかねたパーティ(と言うか、宴会)が行われた。


  「第14回FNSドキュメンタリー大賞」授賞作品一覧は → こちら

  『軽トラ行商は命 84歳魚売りばあちゃん物語』の概要は → こちら

  ディレクター氏の授賞の弁は → こちら


主人公のおばあちゃんが授賞を喜んでくれたことがすごく嬉しかった。

ドキュメンタリーの取材対象になるのはとても大変。おばあちゃんの場合、行商の準備をする前の姿を撮るために午前3時からディレクターがやってくる。

行商先にもカメラはついて回るし、最初はおもしろがっていたお客さんたちも取材がたびかさなるとだんだん奇異な目になってくる。

そんな周囲の目に耐えながら、取材を続けるディレクターも大変だ。


  取材中の出来事は → 2005.7.13日記「軽トラ行商ばあちゃん物語完成」


どんな人生にも陰影がある。その部分がきちんと描けていなければ、見ている人の心には響かない。だから、おばあちゃんの、触れられたくないに違いない過去にも踏み込まなきゃならない。

分かっちゃいるけど、それをやり遂げるのは難しい。

ディレクター氏はさまざまな困難に阻まれながらも、おばあちゃんの信頼を得て、素直な言葉を引き出すことに成功した。

ドキュメンタリーの出来を決めるのは、一に「ネタ」、二に「取材」。おばあちゃんを「ネタ」というのは気が引けるけど、今回はこの二点がピカイチだった。ネタが良くて取材が充分なら、番組はおもしろくなるに決まってる。


宴会に着物姿で出席してくれたおばあちゃん。転んで折ったという指に巻いた包帯が痛々しかったけど、笑顔は最高。指のケガがなければ、得意の「皿踊り」をやってくれたに違いない。

実は、昨年、番組ができあがったときの打ち上げで、一足先におばあちゃんは「皿踊り」を披露してくれていた。両手の指に二枚ずつ皿を持ち、チャンチャカ打ち鳴らしながら踊るおばあちゃん。


おばあちゃん02


苦しいこと、つらいこと。
なにがあっても、なにが起こっても、誰を恨むこともなく、自分を励ましながら生きてきたおばあちゃん。
コツコツと、淡々と、人生を続けることの大切さを教えてくれました。


ありがとう、おばあちゃん!




九州にお住まいの方々へ

◆番組の宣伝です◆


★番組名★

メイキング・オブ・『間違いの喜劇』
~ 蜷川幸雄 vs 小栗旬 ~


タイトルは変わる可能性があります。

シェイクスピアが書いた数ある戯曲の中で
一番短いのが『間違いの喜劇』。
そのタイトル通り、楽しく愉快な「コメディ」です。

ふた組のふたごが互いに互いを取り違え、
周囲の人たちをも巻き込んで起こす、
混乱、混乱、大混乱。
あぁ、なにが、どうなっているのやら?!!


『間違いの喜劇』については → こちら


今回、蜷川さんが主役に抜擢したのが小栗旬さん。
ドラマ『花より男子』で人気急上昇、
若手俳優ではピカイチの彼を
蜷川さんはこう評しています。

「小栗は世界に行けるヤツだ」

小栗さんはこの舞台で
「ふたごの一人二役」に挑戦します。


番組では、
親子以上に年が離れた蜷川さんと小栗さんが
稽古場で巻き起こす演劇バトルを中心に、
『間違いの喜劇』の舞台ができあがるまでを追います。 


トリノ・オリンピック開催日ではありますが、
シェイクスピアの喜劇を
演出家・蜷川幸雄がどう料理するのか、
新鋭・小栗旬は、
大御所・蜷川とどう対峙するのか。

ふたごの一人二役、そのからくりは?

演劇に興味をお持ちの方には
とても面白い場面が登場します。

ぜひご覧ください。

                                        



★制作局★

RKB毎日放送


★オンエア局と日時★

福岡県&佐賀県
RKB毎日放送 2月11日(土) 9時30分より1時間

長崎県
NBC長崎放送 2月11日(土) 12時より1時間

大分県
OBS大分放送 2月19日(日) 10時30分より1時間

熊本県
RKK熊本放送 2月19日(日) 16時より1時間

宮崎県
MRT宮崎放送 2月19日(日) 15時より1時間

鹿児島県
MBC鹿児島放送 2月12日(日) 10時30分より1時間
 

※チケットなど九州公演の情報は → こちら






などと番宣をしつつ、きょう、これからナレーションの収録。。。。。
その後、音の調整をしたり、スーパーを入れたり。
番組の完成はあした。

ぎりぎりスケジュールにディレクター氏、編集マン、皆、疲労困憊。
ワタクシもバテとります。

ゆっくり寝たか~。


編集やプレビュー、資料探しに打合せなんぞとバタバタしているうちに、2月になってしまった・・・・・・。


ここ数日、妙にあったかい。
おととい、部屋でパソコンに向かってたらどうも額や背中に汗が出る。

「カゼかっ?」

仕事先ではカゼやインフルエンザが大はやり。
つい先日も、打合せをする相手がインフルエンザで寝こみ、予定が一週間先に延びた。取材テープを一緒に見ているディレクター氏も、ゲホゲホヒーヒー、不気味なセキを連発する。

我が県は日本で二番目にインフルエンザ患者が多いらしい。

ヤバい!、と思って体温を測ったら平熱。
変だなぁ?と、ふと気温を見ると、なんと20度。

部屋は北向き。なのに20度?! 格好は真冬のまま。そりゃ、汗も出るわなぁ。

最高気温が10度に満たない日々から、いきなりこんな気候になるとどんな服装をすればいいのかわからない。

きょうの最高気温は17度? 17度って、どのくらいだっけ?

天気予報を聞きつつ、アタマの中は「?」。4月上旬の気温と言われてもな~。去年の4月、なにを着てたっけ? 自分のことながら、思い出せない。


めんどくさいので、適当な格好をして車で出かける。窓越しが陽差しにじりじり、暑いというより熱い! 赤信号で停車中に上着を脱ぐ。でも、窓を開けると入ってくる風は冷たい。


出先は暖房が入ってて暑い。ビルって、細かい調節がきかないんだろうか?
汗が出るので、トイレで持参したTシャツに着がえる。これを繰り返していると、いつのまにやらカゼをひくんだよな。


なんて日々を過ごしていたら、今夜から厳しい寒さが戻ってくるという。気温が乱高下すると、カラダがついていかん。暑いか、寒いか、どちらかにして欲しいなぁ。



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