番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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朝は冷えたし、午後になっても開け放した窓から入る風は冷たいけれど、陽射しはあったか。南向きの部屋の日だまりで「これぞ春ぅ」って感じで伸びているネコ助のアタマを触るとぽっかぽか。


「お前、脳みそ沸騰してアホになるがね」


ao060331「平気だも~ん」


不毛な会話を残したまま、ぼくは北向きの部屋へもどる。

これまでひんやりしていた板張りの部屋もさすがにきょうはあったか。あまりに体がもわっとするので温度計を見たら20℃!

あぁ、こりゃ、仕事をする気温じゃないわ。


春とか秋とか、気温の乱高下のある時期は脳みその働きがイマイチ以下。ネコ助同様、外気の温度や湿度に一日が左右される。ヤツは春光にご機嫌だけど、ぼくはこの時期がほんにダメ。メチャ暑いか、メチャ寒いか、どっちかにして欲しい。

「う~ん、奇病にとりつかれましたねぇ。でも、歳をとるにつれて治りますよ」

そうお医者さんに言われて、はや20年。結構な年齢になりましたぜ~。でも、あんまり変わんないんですけど、まだ年の取り方が足りんということなんすかねぇ。

要は、体温調節とか、ネコ助も持ってる能力が劣っているのだな。劣るならもっと劣って、冬眠せざるを得ないくらいになるとそれはそれでおもしろいのになぁ。


しかし、春。
な~んもアタマに浮かばないので、仕事が進まん。

きょうは一日、ダメの助。


あしたは南の島だぁ。


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ラジオのドキュメンタリー的ドラマを考えにゃいかんのだが・・・・・。
あしたまでに。。。。。


はっきり言って、ムリでっせ。でけんっちゅうねん。
ワシは居直ると強いんや。
無い袖は振れんちゅうねん(って、なんでか怪しげな関西弁になっちまう)。

ラジオって、難しい。

テレビは映像があるから、ストーリーを組み立てやすい。逆に言えば、どんなにうまいストーリーをでっちあげたって、映像(と音)がなければ番組にはならん。

ラジオは違う。
音を聞いた人の頭にどんなイメージが浮かぶのか。そこをきちんと押さえながら物語を作らないと、なにがなんだかさっぱりわからないモノになってしまう。

テレビは、つまらなくてもわからなくても、ボ~ッと見ておける。映像が流れている限りは。

しかし、ラジオは違う。
ラジオを聞く人は、理解できない、なんだかわからない、そんな音の洪水に耐えようとはしないだろうし、意識が別のモノに飛ぶだろう。

あぁ、なんだか、無から有を生むような、雲をつかむような話だわぁ。

な~んも頭に浮かばんもんな。また、脳のシワが消えたかな?
四つ玉ビリヤードの白い玉みたいに、つるりん化。

ビリヤードの玉と言えば、本棚に四つ玉ビリヤードの赤い玉が置いてある。
学生時代、そのときはまだ浪人生だった高校の友人のTが、大学近くのビリヤード場からくすねてきたもの。以来、30年近く、なぜかぼくの机のそばにいつもある。

翌日、そのビリヤード場に行ったら、それまで台の上に並べられていた赤ふたつ、白ふたつ、計よっつの玉が、カギ付きの箱に入れられていた。商売モノの玉がちょくちょく消えるんじゃ、経営者もたまらんだろうな。


玉と言えば、ちょっと下品な話だけれど。
もう10年以上になるだろうか、沖縄某局のディレクター氏から電話をもらったときのこと。

夜、部屋に入ると、留守電に伝言アリを示す赤いランプがついていた。誰からかなぁと思いつつ、再生をON。すると・・・・・・。

「初めて、お仕事の件でお電話いたします。○○××の玉城、タマキと申します。玉城の玉はキ○タマのタマ~」

目が点に。

この人の言うごとく、彼とぼくとは一面識もない。その、初対面すら果たしていない相手の留守電に、こんな自己紹介を残すとは、なんちゅうおもろいやっちゃ!

会う前から、なんだかこの人の人間性を見た気がした。

そして、実際、会ってみると、人間の根底から奇妙な方でした。
お元気だろうかしらん?


しかし、こんな人間って、他の業界にもいるのかなぁ。
初めて営業に行く先の留守電に「タマはキ○タマのタマ~」なんて自分の名前を説明するヒト。

いそうにないな。





旅から戻る。


ふだんは夜0時前にはフトンに入る早寝オヤジなのだが、たまにホテルに泊まるときゃほきゃほ昂揚するタイプなので、おとといは4時近くまでなにをするでもなく起きていた。

で、何時に寝ても6時には一旦目が覚めるほとんどジジイ状態でもあるのだが、きょうの朝はなにを思ったか5時ちょい過ぎに目が開いた。1時間半くらいしか眠ってないので、へろへろ眠いのだが、眠れない。

仕事は10時から。ヒマ。

泊まった部屋にはコインを入れる方式の有料放送があったので、お金を入れてON。あらら、ハードコアが始まった。こんな時間にも放送してるのね。たいしたもんだ。しかし、朝5時から見る気にゃなれん。

有料放送はもう1チャンネル、映画専門チャンネルがあった。そちらではモハメド・アリのドキュメント映画『モハメド・アリ かけがえのない日々/ WHEN WE WERE KINGS 』をやっていた。


  → 『 モハメド・アリ かけがえのない日々/WHEN WE WERE KINGS


「あら、アリじゃん」

ぼんやり見始めて、そのまま見入ってしまった。


映画は、アフリカ、ザイールで開催されたジョージ・フォアマンとの対戦を中心に、人間モハメド・アリを描き出していく。

ベトナム反戦、徴兵拒否をし、常にアメリカにおける黒人の社会的地位の向上を訴えていたアリは、ザイールの人々に熱狂的に迎えられる。一方、彼らに黒人としての誇りを見たアリは、アメリカ社会におけるアフリカ系アメリカ人の置かれた状況をかえりみ、自らのルーツを改めて知ることになる。

「オレはアメリカに住んでいるが、アフリカこそが黒人の故郷だ。
400年前、オレは奴隷だった。そして今、オレは兄弟たちの前で闘うために
故郷に戻ってきた。オレはこの一戦で兄弟たちを自由に出来るんだ」


う~ん、深い・・・・。

なんて、別にまなじり決して見ていたワケではないけれど、アリの速射砲の如く口から飛び出す扇情的な、しかし、真実を含んだ言葉、言葉、言葉。天才だわ、この人。

ボクシングの実力としては、若く力強いフォアマンが上なのだろうが、カリスマ性という点ではアリの足下にも及ばない。

アリを讃えるザイールの人々は、口々にこう叫び始める。

「アリ、ボンバイエ!」

そう、のちに「猪木、ボンバイエ!」でぼくらも知ることになるあの言葉。

「アリ、ヤツらを殺しちまえ!」

そんな意味だということ、初めて知った。


試合は周知の如く、だが、当時は誰も予測していなかった結果に終わる。アリがフォアマンをノックアウトでくだしたのだ。

改めて見ても、鳥肌が立つようなシーン。


その後、アリは脳神経が徐々におかされていくことになる。

あるとき、失読症が進んだアリは、ハーバードの卒業式に招かれ、演説した。用意していた原稿をほとんど覚えることが出来なかった彼だが、その語りは学生たちを魅了した。

感極まった卒業生が、叫ぶ。

「 Give us a poem ! 」

すると、アリは口を開き、ひと言、こう言った。

「 Me,we.」


寝不足の目玉から、涙が、だ~。

朝っぱらから、泣けた。

「 Me,we.」


うん、そばにいなきゃね。




きょうから足かけ3日間、南へ。

青空の印象的な宮崎市。もう、あったかいかなぁ。
でも、部屋にこもりっきりになるから、天気はあまり関係ないのよね~。


電車で行くと6時間、バスを使うと4時間、飛行機だと40分。
空を飛ぶ便利さがわかるなぁ。ありがたや。

きょうは月曜日、新たなスタート。
なにごともなく、無事に乗り切れますように。


んでは、行ってまいります。



朝の曇り空がウソのように晴れあがり、
でも、どこか霞がかかったようなきょうのお天気。

陽射しがあつい。
もう、寒くなることはないだろうな。

車で分別ゴミを捨てに行く。
プラスチックやら、ビンやら缶やら段ボールやらの分別ゴミの集積場は、こんもり小高い丘のふもと。木立と畑に囲まれている。

ふと、ぷ~ん・・・・・・となにかが飛んできて、「ぴた」、ぼくの胸にとまった。

小さな小さな、春の使者。


てんとう虫01→拡大っ!てんとう虫02


てんとう虫を見るのも久しぶりだなぁ。

気がつくと、田んぼのあぜ道のツクシはもう姿を消した。
黄色に染まった菜の花畑には、そろそろモンシロチョウが舞い始める。


明るい春まで、もうひと息だ。



パソコンに取り込んだ曲、ただいま7171曲。
トータル時間、491時間25分15秒! 500時間まで、あと少しだ!

・・・・・・・仕事中になにやってんだかね~。


ちょっと気分転換に、「泉谷しげる」なぞをBGMにしてみた。

が、

アカンな、やっぱ。
言葉に聞き惚れてしまう。きょうは、特に『黒いかばん』。


 ♪ 『黒いカバン』

 黒いカバンをぶらさげて歩いていると
 おまわりさんに呼びとめられた
 おーいちょっとと彼は言うのだった
 おいちょっとというあいさつを
 くれたことがなかったので むかっときたのです

 するとおまわりは
 そのカバンを見せてもらいたいといって
 さも それが当然のような顔をした
 見せたくなければ見せない
 これは当然のことなのであるから
 見せたくないですね というと
 おまえは誰だというので
 僕は人間ですよ と答えたのです

 すると おまえは と大きな声で言うので
 あなたのお名前は と尋ねると
 それはいえない という
 それは変ですね 人にあったら まして初対面なら
 お互いに名のるのが最低の礼儀でしょう というと
 おまわりは たてつくのかというので
 礼儀知らず というと
 なに! とおこったが  思いなおしたように彼は
 まあ今度だけは許してやる などといったので
 そこでぼくも 今度だけは許してやるといってやった


いかにも泉谷さんらしい歌詞だなぁと思うけれど、実は岡本おさみさん。泉谷さん自作の詩は、『春夏秋冬』のような、どこかナイーブなものの方が多い。

しかし、この歌って、フィクションなのかなぁ、ノンフィクションなのかしら?


学生時代から、おまわりさんにムカッときたこと、なんどもあるなぁ。


これは「ムカ!」じゃないけれど、吉祥寺(だったかな?)の駅前で、自転車を押していた高田渡さんがおまわりさんと口論をしていたのを目撃したのは友人のかずやんだった。いいもん見たね、かずやん。

渡さんも亡くなってもう一年になる。

そのかずやんと酒を飲み、深夜、井の頭公園の裏あたりを徘徊していたら、背後にびみょ~な気配を感じたので振り返ると、ぼくらの5、6メートル後ろをライトを消したパトカーがつけてきていた。これには「ムカ!」。

つけてもいいけど、自分の足を使えよ。

かずやんだったか、ぼくだったかは忘れたけれど、手に拾った角材を持っていたのが官憲の目に止まったのかもしれない。恐かったのかな?

つい先日。

仕事先を出るのが深夜1時をまわってしまった。駐車場からぶぃんと出たら、道路の脇にパトカーが。通りには車なんぞぜんぜん走っていないのに、なんでこんなところにいるんだろう?とは思ったけれどあまり気に留めず、メールを打とうと路傍に車を止めた。

暗い車内でぷちぷちメールを打ってると、いきなり後ろからビッカリ、サーチライトが! なんだ?!と思ったら、いつの間にやらパトカーがぼくの真後ろにやってきて、一気にライトをつけたのだった。

同時に拡声器で、

「そこの青い○○(ぼくの車)、さっさと移動しなさい!!」

ぼくが停まっていたのは、車も人通りもない海岸沿いの道。誰にも迷惑をかけてるわけでもないし、メールを打ち終わってもいなかったのでムシしていたら、

「そこの青い○○、聞こえんのか! さっさと車を移動しなさい!!」

と、連呼。
選挙運動終盤戦じゃないんだから、深夜に拡声器で叫ぶと周囲のマンション住まいの人々に迷惑だろうが。

ぼくは窓を開け、パトカーに向けて携帯を突き出して「メールを打ってる」旨叫んだが、やっぱり、「そこの青い○○~!!」なので、アホらしいやらムカつくやらで哀しくなったけど、メールを中断して車を動かした。

ぼくが車を停めたのは、仕事先の駐車場から4、5分走ったところ。パトカーはその駐車場の脇にいたので、そこからぼくの車のあとを同じ時間かけて追跡してきたワケだ。ご苦労さんだけど、ワタクシ、そんなにアヤシイ運転だった?

パトカーに乗ったままいきなりライトをあてての命令口調はないだろう。せめて『黒いカバン』のおまわりさんのように、直接言えばいい。不審に感じたのならパトカーを降り、ぼくの車のところまできて、

「失礼ですが、こんな時間になにをされてるんですか?」

ぐらい言うのが礼儀だろうがぁ!!

あぁ、思い出すと、また腹が立ってきた。

しかしなぁ、いきなりブスッていう可能性もあるし、おまわりさんもコワいというのがホンネだろうな。高校の同級生で、県警に勤務している友人がいるけれど、我が身を守ることをまず第一に考えなきゃいけないそうだ。そりゃそうだよね。


でもね~、「おい、そこの!」って呼ばれると「ムカッ」とくるのよ。


この『黒いカバン』を、中学、いや、小学校のときだったかな、全校生徒の前で歌ったというキモのすわった女の子がいたっけ。。。。


ブログを開いて書き始めようとしたら、出かけなきゃいかんことに気がついた。

気づいた瞬間、書こうと思っていたことを忘れてしまった。

オヤジ化進展? やばいかもぉ。
ひとまず、行ってこよ。


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などと言いつつ出て行ったのが午前9時。

戻ってきたのが午後3時半。

なにを書こうとしたのか、いまださっぱり思い出せず。
よっぽど大したことない内容だったのね~。

しかし、あぁ、もどかしい。


お袋がよく、

「ほら、あれが、ほらほらあれで、あれよ、それそれ」

なんて言ってるのを聞きながら、

「あれとそれとで、誰に話が分かるとな?」

と、小馬鹿にしていたバチがそろそろ当たるのかしら?

あぁ、親の因果が子に報いぃぃぃ・・・・・・・ちょっと違うか。


子どものころのお祭りで。
神社の一角に、必ずおどろおどろしい幕がかかり、

「親の因果が子に報い、あぁ、かくも哀しきこの姿。
頭は人間、体はけもの、よたりよたりと歩く姿もすさまじきかな」

てな口上を述べつつぼくらを呼び込むおじさんがいた。

学校で「入っちゃいけません!」ときつく言われていたから、いやいや、たとえ「どんどん入んなさい」と勧められたところで踏み込む度胸などないぼくだったのだけど、一度だけ、幕のかげからちらりと舞台を覗いたことがある。

そこには、おじさんの言うように、頭は人間の女の人で、体は牛のような生き物がいて、肝をつぶしたぼくはその晩、熱が出た。


あれはなんだったのかなぁ。


長く会わない友人たちの近況を聞くと、会いたくなるのは不思議なもので。


苦境にある連中を肴にしながら酒を飲む。それは肴にするのがおもしろいからではあるけれど、飲んで騒いであげつらうことで、自分の気持ちが口から漏れ出る気恥ずかしさを取り繕うためでもある。


「苦労は肥やし」なんて言うけれど、そんなものを浴びてまで成長したいかと問われれば「いんや」というのが正直なところ。何ごともなくときが過ぎ去れば、これ以上に幸せなことはないだろう。


それでも、思いもかけぬ出来事がふりかかり、倒れ来るのがこの世人の世。他人の身に起こったことが自分にも現実のものとならない保証はどこにもないし。


せめて当人の話を聞けたなら、酒で笑い飛ばしてわずかな時間でも忘れさせることはできるだろうけど、笑い飛ばした現実に再び直面し、一層当惑するのはぼくじゃなくて当事者だから、それは立ち向かうまでの時間かせぎに過ぎないのかもしれない。


ぼくにできることは、酔った頭で想いながら、思うこと。


「がんばれ」




太陽さんさん、南の日だまり。

ネコ助、ごろごろコロコロ、ご機嫌さん。

でも、春の陽射しが、ちょっと


まぶしか~。「まぶしか~」


すぐに慣れるさ。もう4月だもの。

穏やかな春が訪れますように。




北九州市の市長が「高額接待」をしていたそうな。

東京・赤坂の料理店で、市長を含め4人で12万強。
北九州市門司区の料亭では、市長を含め5人で12万。

市の秘書室はこの接待額について「社会通念上の範囲」とコメント。

ひとりあたり3万の飲み食いが「社会通念上の範囲」なのかぁ。すごいなぁ、日本の社会って。

などと言ってみても、皮肉にもならん。
大きな企業の役職にある人たちならば、この程度の支出は当然のごとく「アリ」なのかもしれない。

しかし、公僕であるはずの公務員が「社会通念」を振り回しちゃいかんだろう。自分を律するべきは、「公務員としての通念」じゃないのかな? 市長は「オーナー社長」でもなんでもない。住民がお金を出し合って行政を託しているに過ぎない「ただの人」なのだ。それは、他の公務員にも言えること。その立場を見誤っちゃ、困る。

でも、公務員の友人によると、ここ数年来、公務員の給与体系はあれこれカットで大変らしい。今年(だったかな?)、数年ぶりにほんのわずかだけど昇給したそうだ。

飲みながら彼らの話を聞いていると、マジメな人ほどソンをするのが公務員の世界のような感じがしてしょうがない。「大変だなぁ」と思いつつ、「番組の構成料って、17年前より下がってるんだけどねぇ・・・・・」とも思うぼくなのだった。まぁ、「常識的通念」さえない業界だからね。


とにかく、税金のムダ遣いだけはやめてよね、市長さん。



昨年秋、沖縄の友人が「沖縄そば」の店を開いた。

一度、寄ってみたいなぁと思いつつ、仕事で行く身ではなかなか自由がきかない。で、まだ足を運んでいない。

その友人から、先日、メールが届いた。

「4月23日に店で下田逸郎さんのライブをやります。遊びに来ませんか?」

ん? 沖縄そば屋で下田逸郎さんのライブとな?

う~ん、「沖縄そば」と「下田逸郎」・・・・・・・つながりがワカラン。

しかし、ガセネタ(失礼!)ではないようで、下田さんのHPでも告知していた。


    → 下田逸郎コンサート情報 4月23日をご参照のこと。


ついでにと Google したら、友人の沖縄そば屋の情報がちらほら。
そのうちのひとつがこちら。写真入りなのでどんな店なのか、よくわかる。


    → 花花そば家


いやぁ、まだ行ったことないけど、こんなきれいなお店だとは思わなかった!
びっくり至極でございます!!

テーブルやイスもそば屋さんとは思えないたたずまい。友人のセンスでは、こうはいかないだろうから、きっと奥さんのお見立てに違いない。友人は「そばの味はオレが決めた!」と豪語していたが。

このきれいで広いお店なら、下田さんのライブがあってもおかしくないかな。

沖縄そばを食べながらの下田逸郎ライブ。
エエね~、行きたか~。

しかし・・・・・4月の後半っつうのがなぁ。





下田逸郎さんと言えば、ぼくにとってはこの一枚。


さりげない夜下田逸郎 『 さりげない夜 』


このアルバムにまつわる想い出は、
以前もここに書いたので繰り返さない。

→ 2005.09.14 「さりげない夜」


でも、ちょっとだけ書こ。
酒を飲みながら、
この曲を聴いていた友人(そば屋の友ではない)は、
そぼ降る雨の中、
3畳一間のアパートを飛び出した。


どうしようもなく哀しくて、
いてもたってもいられないときって
あるよね。

とくに、若いころはさ。





4月。『トム・ダウド-いとしのレイラをミックスした男』という映画が封切られる。

『レコード・コレクターズ』誌の4月号。

第一特集は「ナイアガラ・トライアングル」(こちらもなかなかおもしろい)だが、第二特集が「トム・ダウドとアトランティック」。なかなか興味深い内容だ。


レコードコレクターズ0604『レコード・コレクターズ 4月号』


トム・ダウド/Tom Dowd は、2002年10月に世を去った、今や伝説のプロデューサー。手がけた作品の数はハンパじゃない。邦題のタイトルにもなっている『いとしのレイラ』(デレク・アンド・ドミノス)をはじめ、我が家にあるアルバムを思いつくままあげてみても、


01allmanAllman Brothers band 『 At Fillmore East 』

02rodRod Stewart 『 Atlantic Crossing 』

03lynyrdLynyrd Skynyrd 『 Gimme Back My Bullets 』

04claptonEric Clapton 『 461 Ocean Boulevard 』

05tonyTony Joe White 『 The Train I'm On 』

06デラニーDelaney & Bonnie 『 To Bonnie From Delaney 』

07サウザーSouther-Hillman-Furay Band 『 Trouble in Paradise 』

08コルトレーンJohn Coltrane 『 Giant Steps 』

09プライマルPrimal Scream 『 Give Out But Don't Give Up 』

10ラスカルズThe Young Rascals 『 Groovin' 』

11オーティスOtis Redding  『 Otis Blue 』

12クリームCream 『 Disraeli Gears 』


・・・・・・・・・・・・・まだまだあるに違いない。


『レコード・コレクターズ』誌の特集は、トム・ダウドが日本に原爆を落とした「マンハッタン計画」に参画していたことや、レイ・チャールズの『ホワッド・アイ・セイ』がシングルにするには長すぎるともめたとき、AB両面に分ければいいと提案したことなど、興味深い話が満載だが、ぼくが一番興味を引かれたのがクラプトンの「裏方に興味はなかった」という発言。

上記の映画『トム・ダウド-いとしのレイラをミックスした男』(原題=Tom Dowd & The Language Of Music。このままの方がずっといいのに・・・・。クラプトンの人気に便乗したのが見え見え)は、クラプトンのこの「裏方に興味はなかった」という言葉で始まるという。

そう、その通り。裏方に興味を持ってもらう必要は、ホントはないのだ。裏方に光が当たるのは言ってみれば間違いで、裏方の仕事が成功した証は主役を光らせること。主役が光り輝く。それが、裏方の仕事としては最高。裏方は職人に徹すればいいのだ。

テレビの世界でも同じ。ぼくが主に参加しているドキュメンタリー番組の主役は映像と音。ディレクターをはじめとしたスタッフが収録してきた素材をどう光らせるかが、構成係のぼくや、編集担当、選曲担当、ミキシング担当などの仕事。結果的にいい番組となり、できる限り多くの人たちに見てもらうことができれば、ぼくら裏方の仕事は大成功と言える。

ぼくが「番組構成師」というふざけた(と思われること多々あり)肩書きを名刺に入れているのも、裏方に徹したいから。ぼくは「作家」ではなく「職人」でありたい。表には出たくない。

なのに、たま~にだが宴会やパーティの席で発言を求められることがある。もう、ほんとに、死ぬほどイヤ! 番組制作スタッフの代表はディレクターであり、目付役のプロデューサーもいるのだから、彼らのコメントで十二分のはず。構成係にまで話を振らないで欲しい。

番組が光るかどうか、それは取材スタッフが収集してきた映像と音という素材でほぼ決まる。どうにも手の施しようがない素材を裏方の力で光らせることは、はっきり言って不可能。誤解を招くかも知れないが、「番組はディレクターの力量を超えることはない」のだ。

「じゃぁ、なぜ構成係のお前が存在してるの?」

そんな素朴な疑問が、実は自分自身でも湧く。そのたびに、う~ん・・・・・・と頭が痛い。構成係がいなくても番組は成立するのは確かだから。

で、う~ん・・・・・の上に到達する存在の根拠は、自分が裏方として関わり、ディレクターのサポートをすることで、彼または彼女の能力を最大限に発揮するサポートができるのではないかということ。

考えてみれば、吹けば飛ぶような根拠だけれど、裏方には裏方の思い入れがある。トム・ダウドのような、「著名な裏方」になろうとはさらさら思わないが、手がけた仕事は、職人として最善を尽くしたと言えるものでありたいとは思う。


しかし、そう言って胸を張り切れない場合が多いのが問題なのよね~。

がんばらねばぁ。



NHKは3月22日が「放送記念日」だそうで、きょうとあす、特番があるそうな。

  → NHK 「放送記念日特集」

きょうは『テレビとネット アメリカ最前線レポート』と題しての1時間45分。内容はタイトル通りで、「おぉ、これは!」と思える情報はなかった。

ひとつだけ、うらやましいというか、やらねばならないなと思ったことがある。
それは、ドキュメンタリー番組をネットへ乗せること。

アメリカの某局では、放送が終了した番組を即、ネットに乗せている。ニュースやドキュメンタリーなど、ジャンルは問わない。こうしたサービスを始めた理由と意義について、その局の責任者は次のような内容のことを語っていた。

「これまでテレビ番組は“一度流れれば終わり”というものでした。これからは違います。インターネットに乗せれば、見たい人が、いつでも、自由に見ることが出来るのです」

そう、そうなんだ。テレビ番組って、富士の高嶺に降る雪みたいに、流れて溶けてハイ終わり。それが宿命。特にドキュメンタリーなど単発番組は、見逃した!と思っても、たいていの場合はもう二度と見ることはできない。流れてしまえば、もう未来永劫に戻ってこないのだ。

テレビが持つこの特性は、ディレクターなど制作者側に「この程度でいいか」と思わせてしまうという強烈なマイナス面も持つ。

テレビ局にとって番組は商品であり、製品だ。同様に、例えばテレビ受像器を商品とする家電メーカーは、明らかに性能の劣るモノや欠陥をかかえたモノを売ることは考えられない。

しかし、テレビは違う。オンエア日は厳然として決まっているから、どんなに出来が悪かろうとその時間には必ず放送される。ここが活字メディアと決定的に違うところ。新聞や雑誌などは世に問うてからが勝負だけれど、テレビは「流れてしまえば終わり」なのだ。あまりにひどくて差し替えという芸当ができるのは、番組を豊富にかかえるNHKくらいだろう。


あら? 話がズレてきた。

ぼくがきょうのNHK特番を見て「うらやましいな、ぼくらもやらねば」と思ったのは、単発番組の再放送。自分がかかわったにしろ、かかわらないにしろ、多くの人に見て欲しい番組が、たくさんたくさんあるのだ。

例えば、先日、制作に参加した『海にすわる~沖縄・辺野古 反基地600日の闘い~』という30分番組。世界で一番危険と言われる普天間基地の機能移転を理由に、豊穣の海を埋め立てて新たな基地を作ろうとする日米政府(と、それを支えるぼくら有権者)に対して厳然と座り込んだ辺野古のお年寄りや若者たちの姿を伝えている。

見て欲しい。たくさんの人たちに。

海に建てられたパイプで出来たボーリング用のヤグラに一晩中座り込んでいる人たちは、ぼくらの代わりに座っている。彼らは、日本が国として安全保障という呼び名の殺戮集団へと歩を進めることを、体を張って阻止しているのだ。

徹底的な非暴力を貫きながら、止める、阻止する。
その姿をぼくらは目に焼き付ける義務があるんじゃないだろうか。

と、思っても、もう全国の系列局ではオンエアが終わってしまった。もう、見てもらう手段はない。「見逃した、ダビングして」と言う友人・知人たちには個人的にテープなりDVDなりを送ることはできる。しかし、そうした手段のない人たちにとっては、辺野古で起きていることを深く知るすべがひとつ消えたことになる。

惜しい、メチャクチャ惜しい。

ディレクターはじめスタッフが取材に費やしたテープの量はおよそ400本、260時間強。そこから、泣いて馬謖を斬る思いで24分にまとめたディレクターとカメラマン。辺野古の人たちとスタッフの凝縮された思いを見て欲しいと願っても、たぶん、沖縄以外の都道府県の局で再放送されることはないだろう。

放送終了後、そのままインターネットに乗せれば、見たい人は、見たい時間に、自由に見ることが出来るし、口コミで広げることもできる。早くそんなシステムにならないだろうか。アメリカではすでに行っている局もあるのだ。日本でできないはずがない。

でも、局側はおよび腰。権利関係がからんでくるからだろう。著作権や肖像権など、権利意識が高くなってきたから、「放送されるのは一回だけ」と念を押して取材に応じる人も確かにちらほら出てきた。しかしそれは、局側の努力でクリアできる問題だろう。

NHKでは「アーカイブ」と称して昔のドキュメンタリー番組を放送している。見ていると良くできているものも多いし、なによりも懐かしく、自分の生きてきた痕跡を見るかのような感じがする。

しかし、そんなに時間がたった再放送じゃ、意味がない。
今、起きていること、伝えられなければならないこと。それは、本来、繰り返し、何度もオンエアされるべきものだろう。それがスポンサーその他の理由で不可能なのならば、せめてインターネットに乗せて欲しい。

そこにビジネスチャンスもあると思うが、英断する局があらわれるだろうか?





◆沖縄県にお住まいの方々へ◆


報道特別番組
海にすわる
  ~沖縄・辺野古 反基地600日の闘い~  


放映日時 3月25日(土) 午前10:30
放映局 琉球朝日放送(QAB)


番組内容は → こちら

ぜひぜひ、ご覧ください。




あぁ、いい天気だぁ。。。。。

blueskyこんなに。



なのに、見なきゃいけないテープが。。。。。

vhsこんなに。。。


ふぅ・・・・・。


お~い、雲よぉ、どこ行くんだぁ?
オレも乗せてくれんかなぁ?


アカンか・・・・・・。


んじゃ、想いを乗せて、自由に泳げよぉ~。
オレはパソコンへばりつき虫と化す。


なんか、もう、イヤ。



「どうしてテレビは、あぁ傲慢なんだ?」

高校時代の友人に叱られた。

友人は養護学校の教師をしている。ある日、受けた電話が某テレビ局のディレクターからで、生徒のひとりを取材したいと言う。友人は教師の常識として、

・親の了解を取ること。

・校内での撮影については校長の了承を得ること。

この二点を、まず伝えた。

翌日、テレビの取材陣がやってきた。あまりの早さに友人はどうなっているのかと尋ねると、ディレクターは「親の了解は得ているし、急いでいるので校長の了承はきょう取る」とのこと。

友人は、たとえ校長の了承がきょう取れたとしても、取材対象となっている子ども以外の生徒たちの親の了解がない限り、取材をされては困ると言った。子どもの顔を映して欲しくない親もいるのだから。

するとディレクターは、顔はあとからボカシを入れるからだいじょうぶだと言う。友人はアタマに来て言った。

「ボカシを入れたら済む話なのか! 第一、なんの信頼関係もない初対面のアンタに、大事な子どもたちの映像をどうして撮らせることができるんだ!」

しかし、取材陣はカメラを回し始めた。

「取材する子どもだけじゃなく、子どもたちの両親に事情を説明して取材に協力してくれるよう説得すること。そして、そのときに顔を出すことをためらう親たちがいたら、ボカシを入れたりすることで誰だか特定できないようにするという説明を誠意を込めてする。それをしたあとで、学校に来るのが当たり前じゃないのか? どうして『取材依頼を受けて当然』という態度ができるんだ?」

話を聞いてて、滅入ってきた。
こんな例、あちらこちらに転がっているのだ、テレビ業界は。

「取材をしてやる」という傲慢。
自分が高見に立っているかのように錯覚しているディレクター。

バカだよ、お前ら。

カメラの被写体になる人たちのすべてが、自己顕示欲や自分の利益ためにそこにいるわけじゃない。それよりも、テレビの画面に出ることがなんのプラスにもならない人たちの方が多いのだ。

それでも取材を受けてくれるのは、取材する側の誠意と熱意に気持ちを動かされるから。それしかない。金銭的な見返りもなにもなくとも、「そこまで言うのなら協力してもいいかな」という思い。取材はそんな人たちの善意と協力によってようやく成り立っている。

そんな取材のイロハが理解も出来ず、「オレはテレビだぞ」とやってきて、「予定しているんだから撮らせてくれないと困る」と臆面もなく言える愚かさ加減にほとほとあきれる。

懸命に、地道に、コツコツと、取材を重ねているディレクターもいる。そんなディレクターをも、悪い意味の「業界人」としてまとめ込ませてしまう勘違い野郎のあほんだら。

コイツのおかげで、友人がまたひとり、テレビを見限った。

ぼくは、止める言葉が見つからなかった。
見限って当然だもの。




拓郎さんの『イメージの詩』に、こんな一節がある。


 悲しい涙を流している人は
 きれいなものでしょうね
 涙をこらえて 笑っている人は
 きれいなものでしょうね


初めて聞いた10代半ばは「なに言ってんだか」と思っていたけれど、人生も半ばを過ぎたこのごろは、この一節の意味がなんだかわかるようになってきた。

ホンモノの悲しい涙を流すことも、
グッとこらえて笑うことも、なんて難しいことなんだろう。


泣くのは簡単だし、オロオロするのも簡単だ。
でも、それが、本物の涙、瞳から自然にあふれこぼれる涙なのか、情に流された悲しがりたいだけのものなのかは、涙を流す本人にも実はよくわからない。

涙を流すより、こらえて笑っていたい。でも、涙はあふれ出す。

泣くから悲しい。そんな逆転現象の自己満足に陥るのはイヤだ。


苦しい環境にある人が、ふともらすほほえみは、それだけで人の胸を熱くする。苦しさを耐えて、こらえて、がまんして。そしてなお見せる明るいまなざしには、惹きつけられずにいられない。


真っ白な白目が印象的な女の子。

落ちくぼんだ目玉のしわくちゃおばぁ。

見えない未来に戸惑う若い瞳たち。


みんな、笑っておくれよ、お願いだから。

でも、涙はこらえない方がいい。流せるときに流そうよ。
苦しいときは「苦しい」と叫ぼうよ。胸の内にしまっておくことはない。

祈ること、聞くことだけは、ぼくにもできるから。



『イメージの詩』には、こんな一節もある。


 たたかい続ける人の心を
 誰もがわかっているなら
 たたかい続ける人の心は
 あんなには 燃えないだろう


ぼくは、せめてわかりたい。


「がんばれ!」




苦境にいる人を、どうすればいいのだろう。

辺野古では、戦いの悲惨さを知るお年寄りたちが座り込んだ。
本土から来た真摯なまなざしの若者たちがそれに続いた。
ウミンチュたちも、恵みの海を守るために船を出した。

ぼくは、どうすればいいのだろう?


イラクでは殺戮が終わらない。
かの日、ミサイルの破片で頭蓋骨を砕かれた女の子。
頭から流れ出る脳みそを元に戻そうとする父親がいた。

ぼくは、その映像を見ていただけだ。


悲しみ、憤り、涙を流す。
だけど、そこまでだ。


そんなぼくは、なにも感じない人間と同じなんだろうか、
苦境にある人にとっては。

共感という感情の流れがあるだけ、厄介かもしれない。


学生時代、『男はつらいよ』の中で、
「相手に伝わらない愛情は、ないのと同じ!」というセリフを聞いた。

苦境にある人への座した共感は、伝わらない愛情と同じなんだろうか。


わからない。

見ているだけ、感じているだけ、考えているだけ。
それが、苦境にいる人への、せめて励ましになるのだろうか。


わからない。


自分を安全な場所に置いた人間の、無責任な言い方かもしれない。
それでも、ぼくはこう言い続ける。


「がんばれ!」



「うずまきノートさん」のご指名で、

  → うずまきノートさん 「バトンが流行ってます」

「バトン」なるものに挑戦!!


と、言いつつ、「バトン」ってなんのことやら、実はじぇんじぇん知らないんですけど、質問をつなげていくのかしら??


ま、いっか。





じゃ、「なんとかバトン」、スタート!(同じ質問でエエんかしら?)


Q1:起きてまず始めにするコトは?

 うずまきノートさんも書いてたけど、メガネ探し。
 中学時代は2.0だった視力も、いつのまにやら0.01程度に・・・・。
 「立派な目玉に産んでやったのに」と、今もお袋にいじめられている。


Q2:コレだけは欠かせない日常的なコトは?

 ネコ助いびり。
 実は、テキトーにあしらわれていることの方が多い。


Q3:好きな食べ物を3つあげて下さい。

 ごぼ天うどん。山かけうどん。卵とじうどん。
 あ、そうだ!!
 とれたばかりの生のシラス(ちりめんじゃこ)。
 漁港で食べたあの味は忘れられない。


Q4:嫌いな食べ物を3つあげて下さい

 無。
 キライではないが、強いて食べたいと思わないモノは「シナチク」。


Q5:アナタが踏まれたくない地雷は?

 「なんでも知ってます」という顔でへらへらしゃべっている胸のうち。
 「決死の覚悟」が脳みそ内を駆けめぐっているので、猛爆の恐れアリ。
    

Q6:ココ1週間で嬉しかった出来事は

 ずっと「あれって、なんて曲だっけ?」と胸に引っかかっていた曲が
 レオ・セイヤーの『 MORE THAN I CAN SAY 』だとわかったこと。
 きのうの日記をご参照ください。


Q7:ココ1週間で悲しかった出来事は?

 歯医者で虫歯を見つけられ、ほじくられたこと。
 きのうの日記をご覧ください。

     
Q8:今、使っているシャンプー&リンスは?

 ん~と・・・・・どこかの、ひじょ~に頭皮に優しいシャンプー。
 中身同様アタマの皮も弱いらしく、普通のシャンプーでは頭皮が真っ赤に。
 同様の理由でリンスは使わず。
 皮膚科にて「お湯だけで洗いなさい」と言われております。


Q9:お風呂で体を洗う時、どこから洗うタイプですか

 左の頬。
 ときには、左足の裏。


Q10:あなたにとって恋愛とは?
    
 「記憶」と「時間」の共有。
    
     
Q11:恋愛で手のひらで転がるタイプ? 転がすタイプ?

 のたうつタイプ。転がしてくれ~。


Q12:アナタの長所は?

 なにごとにも驚かない、「柳に風」の風情。
 Q11の回答と整合性がないな。。。


Q13:アナタの短所は?

 Q12と同。
 昔、勤務していた会社の社長に、
 「お前は平然とせずに、本気を出せばなんとかなるのに」と言われた。
 実はそのとき、必死だった。
 しかし、「なんとかなる」とは、なんぞや?


Q14:アナタを動物に例えるなら?

 だんご虫(まる虫と呼ぶ地方も)。
 すみっこで、小さくちぢこまるのが心地いい。


Q15:アナタのウィークポイントは?

 近視と、遠視と、乱視混じりの目玉。
 韓国にロケハンに行ったとき、韓国焼酎で泥酔し、フレームを破損。
 メガネがないと仕事にならないので、レンズをガムテープで止めて
 残り1週間を過ごした。
 「日本には奇妙なメガネがあるんですね」
 と、韓国に間違った日本のイメージを残してしまいました。懺悔。


Q16:寝る前に必ずするコトは?

 マンガを読む。
 ここ数日は、藤臣柊子さんの『人生とはなんだ』シリーズ。


Q17:リラックス&ストレス発散にするコトは?

 ネコ助の肉球をふにふに。
 ネコ助にストレスがたまり、ふすまがバリバリ。


Q18:四季で1番好きな季節は?
 
 真夏&真冬。
 春や秋など、中途半端はアカン!


Q19:好きな香水・思い出の香水・毎日つける香水は?
    
 女性の香水はまだしも、男の香水は不可。
 会社員時代もヘアトニックなど多少なりとも匂いのするモノは
 つけたことがない。
 すっぴんが一番!







う~む、読み返してみると底の知れたヤツが丸見え。

まぁ、いっか!


さて、バトンを渡す次の方は・・・・・・・、

うずまきノートさん → ワタクシときたので、
同郷のよしみ、 chappi-chappi さん、なおニンさん、いかがです?




先週から、丸四年ぶりに歯医者に通ってる。

別に虫歯が痛いとかいうんじゃなくて、ある日、ふと、「ず~っと歯の手入れ、してないなぁ」と思ったから。歯石なんかをきちんととってもらわないと、じいさんになったとき、メシを食うのにも苦労してしまうようにならないとも限らない。

で、通い出したのはいいけれど、一回ごとにドキドキ(まだ3回だけど)。

歯石をとったり、以前、詰めた場所を診てもらったりしてるうちに、虫歯を発見されることって、前にもあった。

今回はそんなことありませんように・・・・・・!

との願いもむなしく、きょう、昔治療した歯が再び虫歯になっていることが判明。かぶせていた詰め物をとり、キーン!と高速回転するとんがりヤスリで虫歯になった部分を削る。

大して痛くないのだけれど、あの「キーン!」という金属回転音と歯を削る振動に、心臓バクバク。

そんなこっちの気持ちを知ってか知らずか、ミスター・デンティストはガリガリ掘って、サッサと埋めて、あっさり、

「はい、終わりました」

ありがとうございます。。。。。。でも、もう、見つけないでね。





歯医者に行くといつも思うのだけど、あんぐり開けた人の口の中を覗いて、なにがおもしろいのだろう?

今、ぼくの歯石を取ってくれているのは、まだ若い女性(歯科技工士さん?)。きょうは、ぼくの歯をガリガリとやってくれながら、「ふぅ~っ」と、大きなため息をついた。ほんとに大きなため息だったんだろう、目をつぶっていたぼくの額に彼女の鼻息が届いたくらいだから。マスクをしているのにもかかわらず。

なにがそんなに「ふう~っ」なのかは知らないが、うら若き女性が、無精ヒゲをはやしたオヤジのノドち●こを覗きながら汚れた歯をガリガリしていても、格段楽しくはないだろう。

なんだか悪いことをさせているような気がして、「申しわけないね」と心の中でわびたことだった。

あぁ、次の虫歯が見つかる前に、すべて終わってくれますようにっ!



イエス


・アーティスト=YES/イエス

・日付=1988年4月9日

・場所=横浜文化体育館 39列 7番


何度も解散し、何度も再結成をしているプログレの雄。
ぼくが見たこのライブには、果たして誰がいたことやら??

ちょっと Google してみて、たぶん、下記のメンバーだったと思われる。

  Jon Anderson ジョン・アンダーソン/ヴォーカル
  Chris Squire クリス・スクワイア/ベース・ギター
  Alan White アラン・ホワイト/ドラムス
  Tonny Key トニー・ケイ/オルガン
  Trevor Rabin トレヴァー・ラヴィン/ギター

『ロンリー・ハート』で再結成し、『ビッグ・ジェネレーター』を出した翌年に来日した。そのときの公演らしい。

う~ん、自分で行っておきながら、ほとんど記憶にない。

この日、ぼくは箱根の山の上の方にあるデザイン事務所に取材で行っていて、どうあがいても開演時間に間に合わない時間に。それでもタクシーに飛び乗って、箱根駅伝の名物・山登りコースを逆行し、横浜まで駆けつけたんだった。

そして、会場に飛び込んだぼくの耳に聞こえてきたのは、「どんぐりころころ」。


♪ ドングリコロコロ ドンブリコ
♪ オイケニハマッテ サァタイヘン


目が点に。

会場を間違ったかと思ったら、ステージには確かにイエスの皆さんが。どうやら日本のファン向けのサービスらしかった。あぁ、びっくりした。

プログレと呼ばれる範疇に属していたグループの中では、ぼくはELPが好きで、イエスは特別好きでも嫌いでもなかったし、キース・エマーソンのようなハチャメチャ兄ちゃんがいないイエスのようなテクニシャン揃いのグループは、ライブの熱狂という点ではあまりおもしろみがない。

ステージ間近で、ギタリストの運指に目を輝かすギター・キッズならまだしも(でも、スティーブ・ハウじゃないしなぁ)、箱根から駆けつけ疲労こんぱい、オヤジに足を突っ込みかけたネクタイにスーツ姿のワタクシには、ちょいと眠たいライブでした。

でも、「あぁ、すんげーじょうず・・・・・・」と思ったことは覚えている。


再結成イエスはこのツアーのあと、あっさり解散し、ジョン・アンダーソンは昔のお仲間、スティーヴ・ハウ、ビル・ブラッフォード、リック・ウェイクマンと「アンダーソン・ブラッフォード・ウェイクマン・ハウ(ABWH)」を結成。そして、「YES」というバンド名をめぐってか、裁判沙汰に。

なにやってんだかね、まったく。

その後、ABWHとトレヴァー・ラヴィンの「YES」は合体し、確か8人の大所帯に。でも、長続きせずにまたバラバラ。

なにがなにやら、さっぱり分からんし~。今はどうなってるのかな?


でも、最近出たこのライブは、デビュー当時や、キーボードがパトリック・モラーツ時代、バグルス組在籍時のころの演奏もあり、とてもヨイです。

YESYES 『 THE WORD IS LIVE 』


振り返ると、この年、1988年はやたらとライブへ行ってる。
我が半生で、一番お金持ちだったころなのかもしれないなぁ。




ここ数日、不気味に暑い。

風に吹かれるとひんやりする瞬間もあるのだけれど、車に乗っていたりすると日射しが熱い。まだ冬の装いの首筋から両肩にかけてじんわりと汗。春を通り過ぎ、初夏近しという感じ。

かと言って、仕事をしようと部屋にはいるとひんやり寒い。ふたつある窓は朝も夕も微妙に太陽を避けるような位置にあるから、部屋の空気があたたまらない。そんなわけで、部屋では膝に毛布をかけていたりする。

でも、上半身は暑いので、フリースは床に放り出す。

あぁ、暑いか、寒いか、どっちかにして欲しい。

三寒四温なんてのが、温度や湿度の変化においてけぼりをくってしまうぼくの体には大敵。だから春先ってイヤなんだ。


などと思いつつ天気予報を見ると、あしたは最低気温7度、最高気温8度だと。

なんじゃ、そりゃ?

と、思ったら、月曜日は雪だるまのマークがついている。

この期に及んで雪を降らそうというのかい? やめてくれよ、北風さん。


あたたかくて、優しくて、凝り固まった心も溶かす明るい光。
そんな、ほんとの太陽に出会える日。

その日が早く来ないだろうか。

待ち遠しいな。






Bud PowellBud Powell 『The Scene Changes 』

部屋に流れているのは、「 Cleopatra's Dream 」。

久々に聞いて、ずっぽしはまった。

思わずリピート & リピート。

仕事にならんな。




仕事先から取材テープをダビングしたVHSテープが3本、送ってきた。

取材テープにはできるだけ目を通しておきたいので、通える局には通うし、それができない場合はお手を煩わせてダビングして送ってもらってる。

「今回はたくさん回ってるんですよ、40本くらい」

ディレクター氏からそう聞いていたのでVHS3本とは少ないなぁと思いつつ、見ようとしたら画面がなぜか砂あらし。

え~、なんで~????

「???」なまま、ふとディレクター氏が添えてくれた手紙を見ると「5倍速でダビングした」とあるではないか。

5倍速のVHSビデオ・デッキ??

そんなの、あるの? 初めて聞いた。

我が家のビデオは民生用で、MAX3倍速。これが「常識」と思っていたのに、世の中はそんなに進んでしまっていたのかしら?

なんにしろ、全編砂あらしではどうにもこうにもしようがない。
スチル画像にすると、そこだけ見える。しかし、それじゃぁなぁ・・・・・。

休暇をとっていたディレクター氏の携帯に、申し訳ないけどTEL。

「全然、見れないんですけど」

「え”~っ!!」

ディレクター氏、電話の向こうで絶句。

40分×40本ということは、ダビングに1600分。ざっと26時間以上かかった苦労が水の泡となったことになる。あぁ、気の毒。しかし、どうしようもない。これを見るために「5倍速対応VHSデッキ」なるものを購入するのもなぁ。。。。

カメラがテープではなくディスク化すればHDなどへのコピーも簡単になるだろうし、それが現実のものとなるのもあまり遠くはないだろう。今でも、取材テープをまるまる全部HDへコピーして、パソコン編集をしている局もある。

しかしねぇ・・・・・。
器機の進歩って、ホントに「便利」なのかしら?


結局、5倍速で収録されたVHSテープ3本はいったんディレクター氏へ送り返し、それから3倍速へ再度落とすということに。

大変だなぁ。

申し訳ないですけど、がんばってくださいませ。




ラジオ番組です。


★番組名★

TBS-RKB 2局ネット特別番組
『それぞれの上京物語』 
制作:RKB毎日放送 





【出 演】

The LOVE(平義隆、内田敏夫、中村勝男)

武田鉄矢

南こうせつ



【放送日時】

RKBラジオ:3月12日(日) 15:45~16:45

TBSラジオ:3月12日(日) 19:00~20:00




人で溢れる街、東京。
数多くの若者が集まります。

東京。
そこは音楽を志す若者が
夢をかなえる街でもあります。 

そして、福岡。
音楽が盛んな地方の大都市。

70年代、この街は
数多くのミュージシャンを排出しました。 
   チューリップ、井上陽水、海援隊、甲斐バンド・・・・・。    

すべてのミュージシャンに言えるのは
まず上京したこと。

東京へ出ることは、成功への第一歩。
当時、「上京」は夢への旅立ちだったのです。


今は違います。

沖縄の音楽シーンに見るように、
地元を離れずメジャー・デビューをし、
地元を拠点に音楽活動を続ける、
そんなミュージシャンが増えています。

福岡出身のバンド「 The LOVE 」。
上京して10年目をむかえました。
メジャー・デビューを果たし、
何枚もアルバムをリリース。
その楽曲は、高く評価されています。

でも、どうしても人気が実力に追いつきません。

10年目。

ターニング・ポイントをむかえたバンドの思いを中心に、
「上京」が持つ意味を考えます。


番組内容は → こちら






もう、戻ってきた!
月曜日に「不具合あり」とメーカーが回収に来たデスクトップ・パソコン。

きのうの夜、家に戻ると玄関を入ったところに「ドン」と大きな段ボール箱。なんだろかと思ったら、パソコン。家にはお袋しかいなかったので重くて運べず、玄関に置きっぱなしになっていた。

しかし、もう戻ってくるとは。驚きだぁ。

月曜日の午後3時ちょい前に家を出て、戻ってきたのが水曜日のお昼ごろ。九州北部~群馬県太田市を二泊三日。ほんとに部品を交換したの?と言いたくなるような速さである。

やればできるじゃん、N●Cさん。
以前、電話での応対はえらく事務的&つっけんどんだったけど、今回は出荷時の不具合ということで素速い対応となったんだろう。どのメーカーも、いつもこんな風だとユーザーとしてはとても嬉しいんだけどな。


しかし、セッティングがめんどい。単にコード類を差すだけなのだけど・・・・。
机の上に置くから、持ちあげるのも重いし。

素速く運んでくれたついでに、セッティングもしてくれればいいのに。

ぶつぶつ言いながら夜中に元通りに。

スイッチをONすると響いていた「カラカラカラ」という音も消え、水冷パソコンの売りである「静音性」が現実のものに。本当はこんなに静かだったのかぁ、と思えるほどに音がしない。

う~む、確かに静かだ・・・・・・。
あまりに静かで、「おい、ちゃんと動いてる?」と聞きたくなる。

ハイブリッド車のエンジンがあまり静かなので、視力に障害がある人にとっては車の存在がわからないのでキケンだということをニュースかなにかで見た。それと同じかなぁ(違うか)。


ネットにもちゃんとつながったし、メールもきちんと出せた。

メールのやりとりができないと、とたんに困り果てるということに改めて気づいた。こんなにIT頼みの生活でいいのかしら?

でも、メールで即答してもらったりすると、文明の利器のありがたみを感じる。
要は使い分けなんだろうな。




普天間飛行場の代替基地建設に揺れる沖縄県名護市辺野古。

「辺野古沖案」が地元のお年寄りたちを中心とした10年間の座り込み、さらには600日間に及ぶ海上での阻止行動で頓挫したかと思ったら、「辺野古崎案」なるものが待ってましたとばかりにあらわれた。

代替基地とは言うが、実は1966年にアメリカ海軍が計画していた軍事基地とうり二つ。アメリカは40年前に青写真を描いていた基地をまんまと手に入れようとしている。それも日本の予算、つまりぼくらの税金で。

アメリカ側の言い分としては、

「代替基地をめぐるごたごたは日本国内の問題で、その結果がどうなろうと、どこに基地が造られようと、それは日本が決めること」

ってことだろう。うまい言い分だ。

日本側がごたごたを起こしてくれたおかげで、本当に欲しかった「軍港&滑走路付き軍事基地」を手に入れることができる。濡れ手で粟ってところだ。

「辺野古崎案」」が浮上したとき、辺野古沖案に反対し、建設工事を体を張って阻止し続けてきた人たちの心に浮かんだものはなんだろう。

新たな基地建設は阻止した。それは明らかな勝利。

しかし、彼らを待っていたのは、海岸に隣接し、サンゴをはじめ豊かな自然あふれる大浦湾を埋め立てる「辺野古崎案」。たまらんだろうな、この仕打ち。





自民党の山崎さんは、地元の理解が得られたら、小泉首相と沖縄の稲嶺知事との「トップ会談」で事の収拾をはかりたいと言う。

「地元の理解」って、なんですか?

辺野古で座り込んでいる人たちは言う。「地元にはまったく相談もなにもない」と。その地で生活し、生きているひとが「地元」。沖縄県知事が「地元」じゃないのだ。彼の言葉をして、「地元民の意見」とするわけにはいかないだろう。

なんて思ってたら、名護市の助役が、

「辺野古崎案と、辺野古沖合案との間の位置まで設置場所を移動すれば、政府と話し合う用意がある」

と、市議会で発言したという。

なにを考えてんだろねぇ、この方は。「じゃ、中をとって、このあたりでどうでしょ?」といって妥協し、シャンシャン手を拍って締めるってな問題じゃないだろ、軍事基地をつくるってことは。

軍事基地って、武装したジェットやヘリが飛び立つんでっせ、生きてる人をターゲットに。人の命を奪う以外にその使用目的はないんだよ。「安全保障」なんて、外交の努力不足の隠れ蓑に過ぎない。

新たな基地は軍港も併設するかもしれない。核ミサイルを搭載した潜水艦が係留されるかもしれないんですぞ。核ミサイルって、人が生活する街を壊滅させる以外に使い道はないんだよ。

そんな人殺し基地から落ちる金を使って、我が町を作り、子どもを育てようというのかね? 

なにがなんでも、「辺野古ありき」で押し通すつもりなんだろうか。

辺野古で基地建設阻止を貫いている人たちはもちろん、沖縄の人たちの多くは「新たな基地ができること」自体に「NO!」と言っているのだ。その動きを直視せず、地図上でちょこちょこと位置をずらして日米両政府にいい顔をしようとする輩が地元の議会にまだいるとは、市民にとって不幸この上ない。


景気が上向きや、満額回答も大切なこと。
同じように、戦争への道を着々と固めつつある日本という自分の国の行く末に目を向けることも大切だ。





★番組名★


テレメンタリー
海にすわる
  ~沖縄・辺野古 反基地600日の闘い~
  



普天間基地の移設問題に揺れる
沖縄県名護市辺野古。

人々に自然の恵みをもたらしてきた辺野古の海。
そこに海上基地を建設する計画が発表されてから8年。
辺野古のお年寄りたちは座り込みを続けてきました。

しかし、2004年9月。

辺野古の海は、
海上基地を作るための大船団に埋めつくされました。

その日から、
沖縄にはもう基地はいらないと信ずる人たちは、
海に座り込みを始めます。

600日間にわたる攻防の末、
辺野古の海に基地を作る計画は
消え去ったかに見えました。

ところがそれにかわる新たな建設案が浮上。

しかも、その基地建設案は、
40年前、アメリカ海軍が計画していたものと
瓜二つだったのです。






制作=QAB琉球朝日放送

放送日時=テレビ朝日 3月13日(月)深夜2:40


※放送日時は局によって異なります。

各局別放送日時は → こちら





辺野古の海で600日間、
夏も、冬も、基地建設のためのボーリング用ヤグラに座り続けた市民たち。

夏はぎらつく太陽が容赦なく照りつけ、
冬ともなれば沖縄とは言え、海上に吹く風は強く、冷たい。

トイレもなく、電気もない。パイプで組まれただけのヤグラ。
そこに24時間、座り続ける若い女性や70代のお年寄りたち。

基地建設阻止を非暴力で貫こうとするその姿は、
「自分の代わりに、あそこに座ってくれているのでは?」
と、思わずにはいられない。


着々と戦争ができる国に変貌を遂げている日本。
その中で、体をはってこう主張する人たちがいる。

「人殺しのための基地はいらない」

それは、単に辺野古の、名護市の、沖縄県だけの問題ではない。
イラクに自衛隊を派遣している日本は、既に戦争の当事国でもある。


宝の海をつぶして、なぜ市民を殺戮する基地をつくらなければならないのか?
沖縄からの問いかけに答える義務がぼくらにはある。



昨年9月、デスクトップ・パソコンを新調した(本体だけ)。

それまで使っていたHP社のデスクトップが、ある日突然、自己崩壊。
本当は、なんらかの原因があるに違いないのだけど、使っている方からしてみれば「おいおい、なんなんだよぉ!」ってな感じの唐突さで動かなくなった。

変わった使い方をしていたワケじゃなく、文字を入力していただけなのに、

--ひょっとして、オレのせい???

と、ドキドキしてしまうのも情けないが、これもITに弱い自分のなせるワザ。
結局、復活せず、新たなパソコンの登場となった。

新入りは静けさが売りの水冷パソコン。確かに、ハードディスクやファンの回転音などがほとんど聞こえない。

--お~、こりゃぁよか!

と、悦に入ってたら、輿入れしてから1週間後くらいから電源を入れると「カリカリカリカリ・・・・・」という、ファンかなにか回転しているモノが、なにかとこすれ合うような異音がし始めた。

ありゃ、ヘンだなとは思ったものの、5~10分もするうちに異音は小さくなっていき、いずれ聞こえなくなる。だもんで、あったまるまでの始動音かなと別に気にも止めなかった。

そしたら、このパソコンのメーカーから「ご利用のお客様へお詫びとお願い」という封書が届いた。なんじゃらほい?と思ったら、このカリカリ音ったら、単なる始動音じゃなく部品による不具合、つまりは立派な欠陥品なんだそうな。

で、無償にて回収し、修理するという。つまりはリコール。

--ほぉぉぉぉ~!!!

と、メーカーに指摘されるまで気づかないユーザーというのは、あまりにボンヤリ野郎に違いない。封書で知らせてくるところをみれば、この音に疑問を問いかけた人がかなりの数にのぼったのだろうから。

しかも、この封書が述べるには、「2月1日に修理のご案内のE-mailを送付したお客様の中で、2月23日時点で弊社でお申し込みを確認できていないお客様に送付しております」んだそうな。

--あら~、そんなメール、まったく心当たりがありまっせん。

「セレブの奥さまからご指名です」てなエッチ・メールをはじめとし、売り込みその他、どうでもいいメールが毎日わんさと届くもんで、アドレスをチラと見て、「あ、知らん」というメールは開かずそのままゴミ箱へ直行させている。このリコール・メールも開封されず削除されたに違いない。お気の毒。


どうでもいいメールか、重要なメールか、ひと目で判断できるようにして欲しいとは思うものの、受け取る方にとってはどうでもよくても、送る方にとっては「とても重要」というメールばかりだろから、文字の色を変えたり、旗を立てたりしても同じことなんだろうな。


こんな用件のときは、どこをどう通って相手に届いているか、実はまったく理解できていないメールよりも、封書の方がやっぱり確実だね。相手が見えるアナログの方が信頼できることが多いのさ。

と、言いながら、回収の申し込みを電話じゃなくてネット上でしたワタクシ。言行不一致、申し訳ない。

そんなこんなで、本日の正午から午後3時までに業者さんが取りに来るハズなんだけど、未だ来ず。朝からパソコンの裏につながったあれやこれやのコード類に一本一本「これはモニター」といった札を付けながら作業して、すっぴん状態にして待っているのにぃ。


--落ち着いて仕事ができん。← これは言い訳。

--買い物にも行けんどぉ。 ← これはホント。


--早く来てくれ~!!





と、書いて15分もしないうちに、日通のお兄さんがやってきて、ひょいひょい手際よく段ボール箱を運搬用に組みあげて、我がパソコンにプチプチ緩衝剤を巻き付け、箱に入れ、あっと言う間に連れ去っていった。

入院先のサービスセンターは、群馬県の太田市だ。
遠いなぁ。


帰りは来週半ばかなぁ・・・・・・。


--きれいになって、帰ってこいよぉぉぉぉぉ!!




「 Wet Willie / ウェット・ウィリー」という、アメリカ南部出身の、見かけも音楽もむさ苦しいグループに、『 Keep On Smilin' 』という曲がある。


  → Wet Willie

  → 『 Keep On Smilin' 』(mp3)


ぼくはこのグループが好きで車にもMDで乗せているのだが、きょう、適当に突っ込んだMDをランダムで鳴らしたらこの曲が流れてきた。英語がサッパリなぼくは歌詞もちんぷんかんぷんなのだけど、このリフレインだけが聞き取れる。


「You got to keep on smilin', keep on smilin'.」

「You try to keep on smilin', just keep on smilin'.」


  → 英語がおわかりの方はこちら 『 Keep On Smilin' 』 Lyrics



アメリカ南部に住む人間たちも、笑顔でいなきゃいかんのだろうか、やっぱり。


人はどんなときに笑うのだろう?


いつもえへらえへらと太鼓持ちのように笑顔が顔面に張り付いているヤツの大笑よりも、常に苦虫を噛みつぶしたようなツラをしている頑固おやじの、かすかにかいま見える微笑みの方が人の心には染みてくる。


笑顔にも軽重があるんだろうか?


笑顔を忘れた人の、その胸の奥に眠っている最高の笑顔を引き出すことができたなら、それはこの上もない至福。

だけれど、その笑顔を保ち続けるのは笑顔の持ち主にしかできないし、それを現実のものとするのはなんと難しいことか。


そうしようと思わなくても溢れ出る笑み。

それでこの世が満たされているのなら、『 keep on smilin' 』なんてタイトルの曲が生まれるはずもない。


「笑っていようよ」のカゲには、「そりゃぁ、ムリさね」という現実がある。
アメリカ南部も、日本の片隅も、大変なんだね、時代はうつろっても。


誰もが最高の笑顔を持っている。
でも、それを出せる瞬間が必ず訪れるとは限らない。


世界って、渇望してるんだな、きっと。
最高の笑顔を。




太陽さんさん、陽差しぽかぽか。

風はまだちょっと冷たいが、車を運転しているとあったかくて汗がにじむ。

梅の花もほころんで、そろそろ春の気配だなぁ。


しかし・・・・、

あ~、ダメダメな季節がやってきたぁ。
冬 → 春 & 夏 → 秋という季節の変わり目は、とんと、さっぱり、ダメだ。

カラダは重く、アタマも重く。ついでにボケも入ってくるし。
脳みそを地面から離しておくのがしんどいわぁ。

「どうして人間は直立二本足歩行を選んだんだろう?」

遠い昔のご先祖さまをうらみたくなるよな、このアタマの重さはなんなのさ?


これに気分の底なし沈殿が加わって、『ダウナーの大波にひとりビッグウェンズディ状態』になれば「はい、あなたはウツです」と診断されるのだろうが、ありがたいことにぼくは気分が落ち込むことはナイので「あぁ、しんどい」で済む。

しかし、済むことは済むのだが、ひたすらシンドイことには変わりなく、アタマをタテにしておくよりもヨコの方が楽であることに変わりない。で、日がなコタツでごろりごろごろ。

あ~、怠惰なおやぢだぁ。

ま、ぼくが東京からとっとととんずらしたのも、ウツ化の兆候を感じたというのが大きな理由なのだけど。


  → 2003年10月20日の日記 「 ウツにくらいなってみろよ、たまにはね。


花の都会におさらばし、イナカに引っ込んだのは正解だったと今も思う。


友人・知人にもウツに悩まされているヤツが何人かいて、会社を一ヶ月二ヶ月と休んで治療に専念したりしているが、中には復帰することなく退社する人もいる。

元々、社内の人間関係がウツの発端となっている人が多く、その人たちが仕事に戻れるかどうかは本人の問題と言うよりも、実は会社の受け入れ態勢がどう変わるかということが決定的な意味を持つ。どんなにこちらが心と体を懸命にケアしたところで、仕事をする環境が変わらなければ復帰しても元の木阿弥だ。

ぼくもこの身体的しんどさに、社内の、根拠不明のこんがらがりまくった人間関係が加われば、やはり「はい、あなたはウツです」ということになるかもしれない。おぉ、コワい。

いまだに「気のせいだ」とか「根性が足りない」という程度の認識しかない会社や人間たち相手に、ウツのしんどさを説明するのは困難至極だ。頭痛がするとか、胃が痛いといった、ひらたい言葉で形容しがたい。それがウツ症状。ほんとは「原因はあんたらにあるんだよ!」と言いたいのだが言えないところがサラリーマンのつらいところだ。

経済的な事情が許せば(できれば、許さなくても)、心のしんどさを理解しようという姿勢さえ見せない時代遅れの集団にはさっさとおさらばした方が自分の、ひいては社会のためというものだ。



しかし、あぁ、しんどかね~。

ごろごろしつつ、録画していた元「憂歌団」の木村充揮さんデビュー30周年記念ライブを見る。

30年間、歌い続けるっていうのはすごいなぁ。デビューのころに比べると、木村さん、顔までヨコに大きくなったけど、歌声も凄みを増してるし。

友人の「かずやん」とふたりで、スリーピー・ジョン・エステスと憂歌団のジョイントライブを見に行ったっけ。このときはスリーピーの「さよならコンサート」で、憂歌団は競演という立場だったけど、どろりとブルースをやったあと、いきなりロックバンドと化したのにはビックリしたなぁ。

スリーピーはこのコンサートからそう時もたたないうちに亡くなったので、ほんとに「さよならコンサート」となったんだったっけ。


おや、上田正樹さんが出てる。

渋谷のトンカツ屋でトンカツ定食を食べているキー坊を見たのは何年前になるのかなぁ。食べ終わってレジでお金を払ったあと、キー坊は「おいしかった、ありがと」と言って出ていった。

あぁ、キー坊っていい人だぁ。

そう、思ったっけ。


しかしなぁ、『おそうじオバチャン』を歌う木村さんの勇姿を、HNKの、しかも特番で見ることができるようになるとは。時代って変わるもんだなぁ。

「放送禁止歌」って、いったいなんだったのかしら?




あぁぁ、ボケボケの日が暮れていくぅ。

ダメだな、きょうは。






ミックジャガー

・アーティスト=Mick Jagger / ミック・ジャガー

・日付=1988年3月22日

・場所=東京ドーム アリーナ C36列 61番


ミック・ジャガーの初来日公演。ストーンズよりも先にやってきてしまって、なんとなく役者が足りない感じのステージだったような記憶が・・・・・。

ミックはカゼをひいて、直前の大阪公演を延期していた。でも、この日は元気に登場。東京ドームはできたばかりで、ライブはこの日が初めてだった。つまり、こけら落としだったそうな。きょう、初めて知りました。

が、東京ドームのこけら落としライブとして認知されているのは、「美空ひばり 復活コンサート」らしい。ひばりさんの公演は1988年の4月11なので、ミックの方が早いのだけど・・・・・・・・ま、どうでもいっか。


ギターがジョー・サトリアーニで、ドラムはサイモン・フィリップス。ベースはダグ・ウィンビッシュだった(かな?)。テクニックは最高だけど、やっぱ、ストーンズの面々と比ぶべくもない。

サトリアーニは文句なくうまかった。だけど、スニーカーをはいた、小柄な少年のような彼は、当時すでにゾンビのごとき面相だったキースの不在を一層強調するようで、なんとなく気の毒だった。


  →  ジョー・サトリアーニ


席は、アリーナの、結構いいところ。が、ミックが登場するや、いきなり総立ち。この「いきなり総立ち」が、のちにぼくをライブから遠ざけることになるのだが、ま、ここではいいとして、座っていては見えんではないか!とこちらも立ち上がる。

前の列には小柄な女性がいて、まわりの男どもが立ち上がるもんだから、杉林の中のツクシみたいになってステージのミックどころか、なんにも見えない。しばらくその場でピョンピョン跳んでいたけど、それでもダメだったんだろう、クツのままイスの上に立ち、なおかつその上で飛び跳ねていた。

40代くらいに見えたその女性。ミックと同世代なのかもしれない。

長年待って待って待ち続けて、ようやくミックがやってきた。その姿を死んでも瞳の奥に焼き付けてやる! そんな勝手なストーリーをこちらにでっちあげさせるほどに気合いが入っていたっけ。

アリーナ席の一角に、ズボッとまったく人のいない部分があった。この公演はサントリーがスポンサー。きっと、営業関係であちこちに配ったんだろう。ストーンズのフロントマンのソロ公演、そのチケットも、興味のない人にはただの紙切れ。もったいないな~と思ったことだった。


この日のセットリストは下記の通り(らしい・・・・・。ネットで見つけました)。

 1.Honky Tonk Women
 2.Throwaway
 3.Bitch
 4.Let’s Spend The Night Together
 5.Beast Of Burden
 6.Tumbling Dice
 7.Miss You
 8.Ruby Tuesday
 9.Just Another Night
 10.War Baby
 11.Harlem Shuffle
 12.Say You Will
 13.Party Doll
   BAND INTRODUCTION
 14.You Can’t Always Get What You Want
 15.Radio Control
   DRUM SOLO~GUITAR SOLO
 16.Gimme Shelter
 17.Start Me Up
 18.Brown Sugar
 19.It’s Only Rock’n Roll
 20.Jumping Jack Flash
 21.Sympathy For The Devil
 22.(I Can't Get No)Satisfaction


改めて驚くのは、¥6,500也という、チケット代のリーズナブルさ。初来日&ソロ公演だったから、ミック側も多少の遠慮をしたのかしら?

でも、この来日でミックのギャラは、6公演で13億と言われていたっけ。

すごか~。


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