番組構成師 [ izumatsu ] の部屋


先日、沖縄でスタッフと飲んでいると、そのうちのひとりの携帯にTELが入った。仲間たちが飲んでいるから合流しようということになり、零時過ぎに瀟洒なスナック(?)へ。そこで思わぬ人にお目にかかった。

平良夏芽さん。(平良さんのHPは こちら。)
辺野古の海への基地移転に体を張って抵抗した人たちのリーダーだ。ぼくは取材テープ上では何度もお目にかかっているのだが、ご本人にお会いするのは初めてだった。

軽く挨拶を交わした平良さんは、とても穏やかな、でも、とても楽しい人だった。とは言え、ぼくは多量のアルコールですでに酔っているし、平良さんもお酒が入っているので込み入った話はしなかったけれど。

平良さんは、今年の春先にぼくも制作に参加したQAB琉球朝日放送の『海にすわる 沖縄・辺野古 反基地600日の闘い』の1時間バージョンが「ギャラクシー賞」で「選奨 」を受賞した記念にとスタッフたちが内々で開いたお祝いの席に呼ばれたのだそうだ。


  → 『海にすわる 沖縄・辺野古 反基地600日の闘い』 については こちら

  → ギャラクシー賞 については こちら

  → ギャラクシー賞受賞番組などについては こちら


同番組は辺野古での出来事を反対派の側から見て、新たな基地建設に反対するお年寄りや若者たちが、ほんとに決死の覚悟で基地建設を阻止する姿を描いている。その描き方はほぼ完璧に反対派へのシンパシーから生まれていて、テレビは公正公平であるべきだとあり得ない主張をする業界の石頭連中には酷評を受けた。しかし、それをも見越して制作したのは、ディレクターはじめスタッフが「確信犯」だったから。

今、辺野古で起きていることは、日本の小さな島の、そのまた小さな地域でごちゃごちゃやってることだと見過ごすわけにはいかない出来事だ。朝と言わず夜と言わず、国側が海上に設置した工事用のヤグラにのぼり続けたお年寄りや若者。彼らの体を張ったがんばりが、日本という国が闘いへと暴走することを防いでると言っても過言ではないだろう。

辺野古で起こっていることをぼくらは知るべきだし、それは同時代を生きる人間としての義務だと思う。が、しかし、賞を受けたから同番組は沖縄ローカルでは再放送されたものの、全国ネットで流されることはほとんど考えられない。QAB琉球朝日放送はテレビ朝日系列なので、テレ朝がその気になれば全国ネットだって不可能じゃないのに。

そこには、上記したように、「公正公平」であるべきテレビとしては、こんなに「偏向」した番組は流せないという判断もある。さらにはスポンサーもつかないのに流してなんのプラスがあるのだという考え方もある。こうした、いかにも正論に聞こえる意見が、テレビのマスメディアとしての可能性を阻害していることは、もうイヤというほど感じてきた。「偏向」していないドキュメンタリーなぞ、ないのだ。公明正大、公正公平。どんな考え方の人にもフィットするような、そんな番組があり得るか?

『海にすわる』 も、賛成派の意見がきちんと取り上げられてないという批判・批評が同業者や評論家からあった。なに言ってんだかね、この理念家たちは。それじゃ、番組を作る意味がないだろう。反対派、賛成派、両方の言い分を同レベルで取り上げ、それでバランスをはかったつもりになって「いい番組でしょ」なんて言うのは下の下だ。流す価値も、見る価値もない。

この番組を作るためにスタッフが撮影した取材テープはおよそ900本。ざっと450時間分だ。それは「カメラが回っている」時間で、スタッフが辺野古にいたのはその何十倍もの時間になる。そこで写し撮られたもの。それは国側の信じがたい傲慢さであり、詭弁であり、裏切り。そして、それに対抗しようとする平良さんはじめ反対派のお年寄りや本土からやってきた若者たちの真摯な姿。その様子に心動かされた地元の漁師たちが反対運動に参加するシーンなど、取材テープを見てると思わず泣ける。

それだけの労力と熱意を傾けたこの番組も、沖縄以外の他県で流される可能性は限りなく薄い。しかし、ディレクターは諦めてはいない。依頼があれば出かけて行ってこの番組を流し、自らの意見を語っている。番組を見た人たちの多くは、辺野古の問題がいち地域の問題ではなく、日本という国全体のあり方が凝縮された問題であることを再認識する。ディレクターには映画化したいという希望もあるが、最近は権利関係が厳しく、局としては取材した映像の二次利用となるということで二の足を踏んでいるのが現状だ。


この番組に限らず、基地をめぐり、今、なにが起こっているのか。それを知るのは、繰り返しになるけど、ぼくらの「義務」だ。


午前2時過ぎ、平良夏芽さんは飲みながら、「あしたは6時に起きて、辺野古で見張りです」と淡々と言いながら帰っていった。辺野古沖案が動いている最中は4時起きで辺野古へ駆けつけ、ボートで海上へ出たという。それが毎日、毎日続いたのだ。ただもう、頭が下がる。

辺野古沖案を廃案に追い込んだがために、より陸地に近く、二本の滑走路をも備えた新たな基地ができようとしている。「お前たちのせいだ!」 そういったプレッシャーをかけられることもあるようだ。本末転倒もはなはだしいが、地元の感覚としてはあり得ることだ。しかし、目をくらまされてはならない。元凶は、沖縄に負担を封じ込めようとする日本政府であり、沖縄を戦略基地としようとはかるアメリカ政府であり、なにより最も責められるべきは、なにが起こっているかをきちんと知ろうともしないぼくら日本の国民なのだから。


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