番組構成師 [ izumatsu ] の部屋



「きょうの1曲」





元号が「平成」と変わったその年に、今の「テレビ番組の構成」という仕事を始めたから、ぼくのキャリアは足かけ18年。企業に勤めているとしてその年数で行けばようやく中堅どころだ。

それまで、3回か4回か5回か(正確に何回転職したのか忘れた)仕事をかわり、続いても最長3年程度だったぼくが、他の仕事をほとんどすることなく、この請負業だけで曲がりなりにも18年間やってきたということは、奇跡に近いことのようにも思う。それだけ肌に合っていたとも言えるだろうし、多くは出会った人たちのおかげでもある。

会社というのは不可思議なシステムで、なぜかみんな一様にポジションがあがっていく。ぼくがこの仕事を始めたころ、ペーペーの平社員だった人たちも、皆さん「長」がつくポジションへと出世なさった。

先日、某局で社長賞かなにかの授与式の末席を汚したとき、部長以上の役職についている人に、昔、制作の現場で顔見知りだった人たちがずらりと並んでいて、皆さん、マジメな顔をしているのがどうにも滑稽だった(すみません)。あぁ、みんな偉くなるんだなぁ。。。。

それにしても、制作現場からどんどん人が減るのはどうにかならんもんだろうか。テレビ(ラジオも)は番組を作ってなんぼの世界だと思うのだけれど、その作り手が各局、軒並み減っている。某局などは定年退職などの自然減で部員がゼロになった時点で制作部をなくす計画だという。

テレビ局から制作部が消える。
制作セクションのないテレビ局? それって、サギに等しいんじゃないのかな?

じゃ、どこでその局は番組を作るのかというと、子会社や外部のプロダクションに丸投げするわけだ。ぼくも何度か局の人間はプロデューサーだけで、他のスタッフは全員外注という仕事をしたことがあるけれど、これからは会社の方針として、一番重要であり、基幹であるはずの「番組作り」を外に放り出すことになる。

おかしい話だと思うんだけどね。

制作現場もだんだんおかしくなっている。

番組作りに費やす時間はどんどん短くなり、五里霧中の中を試行錯誤の船に揺られながら目的地にたどり着くなんてことができなくなってきた。以前は図書館にこもって資料を探すなんてことが当然のようにできたのに、近頃はその時間がとれない。

制作期間が短くなっていくのに、収録されるテープの本数は急増している。「とにかく撮っとけ方針」なのかな。

カメラマン(ほとんど外注)にも言い分はある。取材前にテーマを熟考熟慮する時間が与えられないから、取材現場では撮れるだけ撮っておかないと不安でしょうがない。あとから、「あれが撮れてない、これも撮れてない、お前はなにをやっていたんだ!」なんて言われても困るし。だから、どんどんカメラは回り、取材テープは量ばかりが増え、その質は低下していく。

局には、その局の社員カメラマンがほとんどいない。ほとんどが関連会社からの出向だ。目が回るほどに忙しく、なのに、収入は局の社員よりも少ない。変でない?

いいのかなぁ、そんなことで。ハイビジョンになったって、中身が薄いと見ている方も飽きると思うよ。きれいな画像を撮るだけがカメラマンの仕事じゃないんだし。

取材対象者の、どんなコメントの時に、顔にズームするか、または動かずじっとしているのか。そんなことは、つい10年ほど前のカメラマンは、指示されるまでもなく自分の意志でやっていた。テーマを考えつつ、取材対象者の話を聞き、自分で理解しながら、カメラを回していたから、それが可能だった。

今は、もう、ムリかな。

昔、一緒に仕事をしたカメラマンの中に、自分が取材した相手のコメントをノートに書き起こす人がいた。それはディレクターのためじゃない。自分自身のため、自分の取材感覚を磨くためだ。インタビューを書き起こす。そんな一見ムダな作業をするカメラマンが、ぼくが知る限りでも数人はいた。

今、そんなことをするカメラマンがいるだろうか?
ま、時間もないかもしれないけれど。


インタビューをノートに書き起こしていたカメラマンのひとりは、その後、報道を経て制作セクションの長となった。その彼が異動で報道へと出戻りする。

彼の半ば強引な制作セクションの引っ張り具合の社外ファンだったぼくは、彼にとっても、会社にとっても異動は惜しいと思うし、番組を作ることこそがテレビ局の存在意義だと考えれば、あたら才能をなんとまぁもったいないことをするもんだと思うけれど、ぼくは社内力学にはとんと薄いので役員の皆さん方には番組制作充実への深慮遠謀があるのかもしれない。

ま、ないだろうけどね。


で、「きょうの1曲」だけど、その友人に捧げよう。

彼はこの曲を番組に何度か使っている。
先月、制作した1時間番組のエンディングもこの曲だった。




夢のカリフォルニアThe Mamas The Papas 『 California dreamin' 』





ママス・アンド・パパス 『 夢のカリフォルニア 』


→ 『 California dreamin'


“パパス”のひとり、
この曲や、『花のサンフランシスコ』の作者
ジョン・フィリップスが世を去って5年。

早いもんだね、5年なんて。

そりゃそうか。
この仕事を始めての18年間も
あっと言う間だったもの。

友人は、局に入って28年!
よく辞めなかったねぇ。

信じられません・・・。



All the leaves are brown
And the sky is gray
I've been for a walk on a winter's day
If I didn't tell her
I could leave today
California dreamin' on such a winter's day

葉っぱは、みんな枯れ葉色。
空はどんより鉛色だし。
冬の日に散歩だなんてさ。
彼女に散歩しようなんて言わなかったら
きょうにでも出て行けるのに。
こんな冬の日はカリフォルニアの夢を見ちまうよ。



「カリフォルニアだって、夢の土地じゃないんだよ」

友人は、そう言っている。



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ここのところ、毎日、ここに書き込みをしてる。取るに足らないことや、愚にもつかないことをまとまりもなく、ずるずると。読み返すと「つまらん!」と一刀両断、切り捨てたいようなものばかり。

それでも書いているのは、やっぱり読んで欲しいから。
でも、読んで欲しい人が読んでくれているのかは、よくわからない。

特に最近は「アファリエイト」ばやりで、楽して小金を稼ごうかという思惑の人たちばかりが、ただ単に自分のブログへぼくを導き、そこに並べた商品へアクセスして欲しいがためだけにぼくのページを覗いてることが多い気がする。

そういう皆さんは、ここに書かれている文章などは読まないだろうから、「いらっしゃい」とも言えないし、お客さんとも呼べないね。小金が貯まるのが楽しいのだろうけど、推敲もすることなくズルズル書くのを目的としてるぼくとは相容れない。

間借りしている「楽天」自体が、市場を商売としているところだから、文句も言いにくい。ぼくのように、楽天市場もまったく覗かない(amazonやYahooオークションは行くけどね)、アファリエイトにもまったく興味ないみたいな店子は、楽天さんにしてみれば無用の存在なのかもね。

おバカな書き込み、トラックバック、スパムメールに「ステキな奥さま、いますよ」的なご紹介。あぁ、なんとヒマな人々の多いことよ。あ、一部の人はヒマじゃないんだろうな、お仕事だろうから。

アホの相手をするのは面倒だけど、ブログの引っ越しはさらに面倒。
今しばらくは、ここに居座ろう。


読んで欲しい人、ここを覗いて欲しい人、きてくれてるかな。