番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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毎日、局に通っていると、きょうが何曜日だったかを忘れてしまう。というか、何曜日だろうが関係ない。土曜だろうが日曜だろうが、国民の祝日だろうが、盆だろうが正月だろうが、「それがなんやねん?!」という感じ。

おとといの土曜日。高校3年間同じクラスだった友人が、関東方面から帰省して飲もうというお誘いがあった。でも、編集真っ最中で動けない。ディレクターの体調が芳しくないので、1日に2時間ほど会社に出てくる彼とは筆談で意思を確認する。その工程を編集マンに任せ、1日だけトンズラすることもできなくはないけれど、その状態を知りながら酒を飲んでもおもろない。

ここ数年で、自分が結構几帳面&見栄張り野郎であることに気づいた。できないことは、早々に「できん」と言うのだけれど、引き受けた以上は精神的に乱れようが、肉体的にしんどかろうが、とにかく終わりまではやる。それがどんな結果に終わろうが、心残りは少ない方がいい。心に浮かんだことが一番正しいと思わないとやってけないし、やっぱりそれが一番だと思う。

しかし、このトシになって友だちと疎遠になるのは、ちょっと困るなぁ。次に会ったとき、話について行けなくなるのがちとコワイ。近い将来の飲み仲間、過去を追慕する仲間が減っていくのもコワイしなぁ。


9月第2週の土曜日、ひょっとしたら中学の友人たちと飲むことに。
何ごとも起こりませぬように・・・・・。

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毎日、社員の如く局通い。今日もブィンと行ったら、形容しがたいほどの超渋滞。デーゲームと24時間TVがあったそうな。
やっとの思いで局の駐車場にたどり着けど、満車。周辺の駐車場はコインパーキングを含めてギッシリ。どこにも停められず、街中に戻って立体駐車場に入れ、そこから改めてタクシーで行くハメに。
一般に開放している局の駐車場は満車になると仕事で来ても入れない。これっておかしくない? 空いた土地を有効活用するのはいいけれど、業務用のスペースくらいは確保すべきじゃないの。曜日に関係ない仕事なんだから。
ま、儲けの方が優先するんだろうけどね。


ゴロゴロ寝ころんでた。

すると、ネコ助が、股ぐらからこんにちは。


こんちは03「なんだ?」


こんちは02「お?」


こんちは01「おぉ~」


なんか、おもろいもんが見えたか?





新聞の一面に、大きな見出し。琉球新報 8月24日朝刊。

060824見だし01

沖縄県名護市の辺野古崎に建設が予定されている普天間飛行場の代替施設(回りくどい言い方だなぁ。「日米政府ごり押し決定の辺野古崎基地」じゃダメ?)の滑走路が1800メートルの長さになったことについて、沖縄に在駐する米軍海兵隊基地司令官はこう述べた。

「有事の際にC130(輸送機)や、MV22オスプレイを使うのに必要な滑走路の長さだ」


   琉球新報の記事はこちら→ 琉球新報 2006.8.24付記事


記事にはこんな見出しもついた。


      060824見だし02 ← いつものことだけどね。


いつもこうなのだ。「そんなことはない」と日本政府は言い、アメリカ側が事実の一端をちょろと述べる。それに対して日本政府は「そんなこともあったかも」と言い出し、いつの間にやらなし崩し的に既成の事実となっていく。

たとえば・・・・・、
沖縄返還の際、密約があったことは、公開されたアメリカの公文書で明白だ。しかし、その事実が「公文書」という形で明らかになったとき、時の官房長官・福田康夫氏は、

「密約はない。ないんです」

と、記者諸氏の前で言い切った。なんとも信じられない嘘八百。
これは、アメリカ側から出た証拠を見せつけられても「ナイ」と強弁した例だけど、「ありました」と認めると日本政府はよほど困るのだろう。沖縄返還当時、外務省のアメリカ局長だった吉野文六氏も「密約はあったよ」と言っているのに。

自分たちの前でおおっぴらされた日本政府の嘘八百を追求しなかった記者諸氏も情けないし、その嘘の奥にあるモノを明らかにしようとしないマスコミの及び腰も治療不可という感じだけど、もっとアブナイのはそんな事実が留まらずに通り過ぎていくぼくたち国民の脳みそだ。


考案した額賀さんが自画自賛したというV字型の滑走路を備えた普天間基地の代替施設。それを使用するのはヘリコプターと空中給油機だけと日本政府は言っていた。そんなこと、どうして信用できようか。

米軍の基地司令官は、有事の際に必要十分の機能を持つと言っているし、「有事」か否かは米軍の判断だろうから、アメリカがまた世界のどこかで戦火を起こせば毎日、24時間が「有事」となって、V字型の滑走路は米軍が自由自在に使用することになるのだろう。

普天間飛行場の移設により、緊急時の滑走路使用は宮崎の新田原と福岡の築城にある自衛隊基地へと移転するという説明を日本政府はしている。辺野古崎のV字型滑走路を「有事」に活用するつもりが米軍にあるからといって、新田原と築城がその難を逃れたわけでもなんでもない。いざというとき、使用に耐える基地があればあるほどいいだろうしね。


「V字滑走路は、有事も想定」

沖縄の新聞の一面を飾ったこの情報、全国紙に載ってたのかなぁ。掲載されてなかったのか、ぼくが見落としたのか。見落としたとしたら、ぼくの脳みそもかなりヤバイかも。



いつもは取材をする側の人が、取材をされる現場でお仕事。
いつもはシロウトにカメラを向けながら「自然に、自然に」と言っているくせに、自分にカメラが向くと自然に演じてしまうその滑稽さ。面白いなぁ。

ぼくにカメラが向けられたら、動きだけじゃなく、表情も言葉もギクシャクしちゃうだろうな。画面に出ることを職業とする人たちってスゴイと思う。「ふにゃ」も「きりっ」に転換できるんだもの。それがプロと言われれば、そうだと言うしかないけれど。


しかし、「取材する側の人が取材される番組を同人物がディレクションする」という番組を組み立てるのはしんどい。

ナレーションはどうするだ?
画面に登場する「取材されつつ取材している」主人公の思いと想いをモノローグにする???

何が何だか、よ~わからん。


撮影後、「取材されつつ取材している」主人公との打合せ。

「ここのアナタの映像はこのママでいい、と、ディレクションするアナタは思いますか?」

あぁ、アタマがこんがらがるぅ。

2時間半ほどで、脳みそが行き倒れるほどにバテました…。
あしたは編集じゃ。。。。



ネコ助は袋が大好き。
ひょいと飛び込んで、おくつろぎ。

そのまま、どこかへ、みやげにするぞ。


おみやげアオ助「覗かんといて」


はよ、出れし。




ごくたまにだけど、「番組を見て、意見をくれ」と頼まれることがある。大抵の場合は、まだ経験の浅いディレクターから。自分で思いついたのか、先輩ディレクターまたはプロデューサーから聞いたのかは分からないけれど、ぼくのところにVHSテープが送ってくる。

送ってくるのは編集中の場合もあれば、オンエア後の時もあるけど、頼まれて断ったことは今のところ、ない。別に「後進を育てなきゃ」という使命感があるわけじゃないが、他人に意見を募るというのは結構度胸のいることだし、のんしゃらんとした、「ディレクターでござい」的勘違い野郎(もちろん、女郎もいる)に比べるとはるかに向上心を感じるし、好感も持てるというのが引き受ける一番の理由かな。

ぼくは言葉がきつい(らしい)。これでも、昔のぼく、高校から大学時代を知る友人たちに言わせると信じられないくらい丸くなった(らしい)のだが、ともすれば相手を不快にさせたり、怒らせたり、傷つけたりする(らしい)。

(らしい)だらけだけど、まぁ、自分じゃ自分のことはワカランということなんだなぁ。決して傲慢に見えるタイプではないと自分を慰めているのだけど、編集が終わった打ち上げの席でディレクターから「○○さん、あんた、冷たいって言われるでしょ」って決めつけられたり、「殴りつけてやろうかと思った」と告白されたり。中には怒り心頭で編集室を出て行き、戻ってこなかったディレクターもいる。別にケンカを売ってるわけじゃないだけどな…。

懺悔をするつもりなのではなかった。

今回は某局の、やはり若いディレクターが、オンエア済みの1時間番組を送ってきてくれた。「見てくれ」と言われ、引き受けたからにはしっかりみっちり見る。で、言いたいこと、言うべきことは言う。時に「あまり言うと仕事の依頼がこないのでは…」という、モロ現実的な考えも脳裏を横切るが、こちらが太鼓持ちになって持ちあげて喜ぶ程度の相手なら、一緒に仕事をしても楽しくはなかろう。縁がなかったと思えばいいことだ。

番組を見せてもらう際にひとつだけ決めてることがある。それは、「見返さない」こと。見ていてよくわからなくなったりしても、そのまま見続ける。テレビは、止められないし、巻き戻せないし、勝手に流れてきて勝手に流れ去る、失礼千万なメディアだ。だらだら流れる映像と音を見せて、「わかってね」と言って恥じない、ちょっと考えると信じられないような“あなたまかせ”なメディアである。だから、見てくれている人にその内容がきちんとわかること、それが番組として必要最小限の条件だ。

見ていてわからなくなった時点で、実はその番組はオワリ。制作者側の意図は視聴者へは届かなかったということになる。名をなすディレクターの中には「わかる人だけ、わかればいい」と考える人もいる。それもまたひとつの考えだから、それはそれでいいけれど、わかってもらうにこしたことはない。

見ている人は、まなじりを決して画面を見つめているわけじゃない。別に番組を見なくても困るわけじゃなし、内容が伝わらなくても死ぬわけでもない。だから、普通はぼんやりと画面を見つめる。ぼく自身も、テレビの前にゴロリ寝ころんでいるとき、頭の準備はサル並みだと思う。そのサルの頭が画面に展開する情報に刺激され、人間に戻っていく。そしてようやく番組という物語を見る体勢に入るのだ。

ぼくはそう思っている。

番組に「コンテスト用の作り方」があるなんてことを言うディレクターもいる。男女構成など、審査員がどんな人たちかを調べ、よりウケる作り方をする猛者もいたりする。そして、実際に受賞したりもするから、ちょっと始末に困るけど、それも業界での生き方だとは思う。

そんな猛者とはちょっと違うけど、ぼくも「コンテスト用の作り方」はあると思う。審査員は視聴者じゃない。番組のド頭から、あら探しをするかのように画面を見つめるのだ。そして、少しつまらなくなると先を見なかったりする。それに対抗できる作りを、番組のド頭からしなくちゃならない。ま、ぼくの考える「コンテスト用の作り方」と言っても、その程度だけど。

逆に普通の視聴者に見てもらうには、ド頭からギッシリ詰め込んでもダメ。だって、テレビの前で寝ころんでいるぼくの頭はサルなんだもの。サルから人間に戻る時間がないと、ぼくはサルのまま、テレビの前で眠ってしまうだろう。

だから、番組の始まりって大切。自分が主張したいことをド頭に持ってくるディレクターは多いけれど、とてももったいないことだとぼくは思う。CMから瞬時に切り替わって勝手に始まる番組のド頭を、意識して見ている視聴者がどれほどいることか。サルに「私はこう思う!!!」と言っても、「はぁ???」というのが関の山だ。

視聴者をあんまりサルサルと言うと叱られるけど、テレビの前でほうけてる自分を「あ、オレ、今、サル…」と思ったのが始まりだから許してもらおう。

とにかく、「見なければ!」と目玉を皿にしているわけじゃない視聴者に番組最後のロールが流れ終わるまで見てもらうには、おもしろいこと(あたり前だけど)、わかりやすいこと、そして、徐々に本題へ入っていくことが不可欠だ。それがクリアできれば、いい番組になること、間違いなし!

でも、わかっていても、できないのよね、それが。。。。


なんてことを考えながら、送ってきた番組を見る。1時間番組を見るのだから、かかる時間はやっぱり1時間。意見をまとめるのに3時間。しこしこと感想を書きながら、「結構、気を遣ってるな」と思ってしまった。筆致が優しいもん。

トシかなぁ。






今回の沖縄行きは、久々に晴れて
窓際の席に座ったかいがあったって感じ。

きれいだったな、やっぱり。


空01

入道雲の上? いい気分。



空02

地球は丸いってのが分かる気がする。



空03

どこの島だろう?
もう、沖縄に近かったから、伊平屋島あたりかなぁ。
飛び降りて、遊びたいっ!
見知らぬ島で迷子。楽しいだろうなぁ。




仕事は「祭り」じゃないけれど、予定を終えてひとり帰るのはやっぱり寂しい。

何をしたのか、自分でも「??」。でも、減ったシャーペンの芯は旅先で過ごした時間を確実に物語る。

気を取り直して

「次があるさね!」

沖縄に来ると必ず仕入れる睡眠薬。今回もホテルに戻る途中のコンビニで入手。

睡眠薬だけど、読み切るまでは寝ないので、結局眠っている時間は短くなる。

役にたっているやら、いないやら。

那覇の朝、陽射しは強い。肌にジリジリ。でも、息苦しいほどに蒸し暑い北部九州に比べるとはるかに過ごしやすい。気温も低いし。

そろそろ仕事場に行かなきゃ。歩く時間は5分もないのに陽射しに負けるのだった。

きょうから沖縄。

福岡空港の搭乗口は、団体のお子さまたちでやかましい。
父親や母親、そしてじいちゃん、ばぁちゃんたちは、どうしてお子様たちが走り回るにまかせるのか、子どものいないぼくにはその神経が理解しがたい。

お子さまは楽しい旅行だから、はしゃぐ気持ちを抑え切れないのはよくわかる。だからといって、その喜びがこんな公共の場でイスをまたいだ追いかけっこをしてもいいという免罪符にはならない。

ぼくもおとな。ぼくが注意すべきなのだろう。
が、しかし。常識知らずの両親に育てられている、無常識のお子さまを常道に戻すつもりはさらさらない。将来、困るのはこんな育てられ方をしたお子さまたち。それを考えると、10数年後のお子さまたちの困惑を思い、涙せずにはいられない。


しかし、アタマに来たら、イカるけどね、オジサンも。


太陽、ぎらぎら。

言いたくないが、あつい…。

今、午後2時。部屋の中は34℃。
温度計を外に出したら、日陰で35℃。日なたには出しとうないなぁ。
今年の夏は、どっかヘンやで。

そんな中、中学時代の友人が大阪からやってきた。お母さんの一周忌、初盆なのだ。早いなぁ、もうそんなに時がたつのか・・・・。

この友人、昨年の今ごろは、真っ赤なドゥカッティに息子とふたり乗りでやってきた。仲良し父子ぶりに、びっくりしたことだった。


 → 2005.08.17 の日記 「 友、遠方より来る with 若い衆 」


今年はと言えば、ひとり旅。息子はバイトで忙しく、あんまり相手をしてもらえないとか。仕方ないから、お母さんの初盆を終えたら、阿蘇山あたりまでひとりツーリングをしようかと言う。親父なんて、そんなもんよね。元気であればエエんじゃろ。

ぼくが今もつきあう仲間の中で、きちんとした給料取り、まっとうな会社員を続けているのは彼ひとり。あとはいわくありげな半生をつづってきている。10代初めのころからの付き合いだけど、彼がこんなにきちんとした生活をし、穏やかな家庭を持つとは思わなかった。

すまん、オレの目はふし穴じゃ。

きょうは真っ赤なドゥカッティにまたがって飛ばしてきた彼だけど、普段はネクタイ&スーツに身を包み、なにわ大阪でアスファルトの強烈な照り返しの中を汗だくで歩いている。ぼくもトータル3年ほど、ネクタイ&スーツ姿をし、東京砂漠で働いていた。銀座のアスファルトも照り返しは強かったっけ・・・・・。

その、首の息苦しさ、肩の窮屈さ、非人間的な非機能を知っているから、あの姿で仕事を続けている、もう、その事実だけで「偉いっ」と、思ってしまう。しょせん、ぼくら自由業者の多くは、その辛さからエスケープ or ドロップアウトした人間だからなぁ。

自由業という点では大先輩のぼくの母は、サラリーなるものを一度も手にしたことがない人間なので、会社で働くということがどういうことなのかを知らない、と言うか、わからない。だから、彼の話に興味津々、なにを聞いても目を丸くして驚き、喜び、感動する。あんたもね~、もう80になるんだから、落ち着きなさいよ。


「福岡のうどんが食いたい!」

そう思いながら走って来たと言う友人と一緒に“英ちゃんうどん”へ行き、ごぼ天うどんに卵を落としたヤツを、かしわのおにぎりと共にいただいた。“こし”より“もちもち感”を重視する福岡のうどんは、彼が半生を過ごす場となった大阪のそれと良く似ている。


彼が我が家をあとにしてから、冷たいお茶を飲みながら机に向かってボ~ッとしてたら、ネコ助が寄ってきた。なにかと思ったら、お茶を入れたポットにすりすり。そうか、お前も暑いよな。



「ひんやり~」

ひんやり






あぁ・・・・・・・

また遊んでしまった・・・・・

忙しいハズなのに。。。


アホ助

「アホんだら!」


働くのって
嫌いなのかもなぁ。

大学4年の秋。
就職せずに
大学に残ろうと思っていたら
お袋が言った。

「あんた、働くのがイヤなんやろ」

う。。。。図星。。。!


お袋は続けてこう言った。

「あんたがおらんやったら
家がもう2軒建っとる」

へい、おっしゃるとおりでおま。

で、めでたく社会に出ることに。

就職が決まったのは
11月も下旬だったっけ。


あれから幾星霜。
やっぱ、働くよりも遊んでいたいっ!


「大学院で遊ぶつもりやったんか?」

ぐ。。。。図星。。。!


真面目な学生さんたち
不遜なヤカラで
すみません。




頭に来るほど暑いけど、空を見上げるとホカッといい気持ち。


雲01雲02


大空のあちこちに、いろんな姿の雲が浮かんでる。


雲03雲04



おうい雲よ
 
ゆうゆうと
 
馬鹿にのんきさうぢやないか
 
どこまでゆくんだ

ずつと磐城平の方までゆくんか


・・・・ 山村暮鳥 『雲』 ・・・・



雲には雲の都合もあるだろに
「馬鹿にのんきそうじゃないか」はないだろね。

暮鳥の詩集 『雲』 には
「おうい雲よ」の詩の前に
こんな「雲」の詩が載せられている。


丘の上で
 
としよりと
 
こどもと
 
うつとりと雲を
 
ながめてゐる



うん、雲って、眺めていると
ついついうっとりしちゃうもんね。

そして、
「おうい雲よ」の詩のあとには
こんな一編が。



雲もまた自分のやうだ
 
自分のやうに
 
すつかり途方にくれてゐるのだ
 
あまりにあまりにひろすぎる

涯のない蒼空なので
 
おう老子よ
 
こんなときだ
 
にこにことして
 
ひよつこりとでてきませんか




ほんと、途方にくれてばかりだよ。


迷子になって
おもしろがってる子どものように
たまには空の端にたたずんで
時が過ぎ去るのを
ただひたすら見ていたい。

なんて贅沢は許されん。
「時をかけるおじさん」に休息はないのだっ!


よしよし、よしよし、なでなで、なでなで。。。。



雲05



仕事にとっかかるところからノロノロなもんで、本腰を入れた時にはもうお尻に火がついている。2度、3度と同じことを繰り返すのは学習しないアホだけど、仕事にとっかかることに関しては、ぼくは確実にアホである。

アホでもなんでもいいから、仕事を終わらせて遊びたいどぉ。


パソコンとオーディオの熱を飛ばすために扇風機は機械たちの方に向け、ぼくは汗を流しながらキーボードを叩く。なんかヘンだなぁと思うけど、今、この時点でパソコンがトラブッたら、ぼくは卒倒するだろう。

ちょっと原稿を書いてはセーブ&それだけでは心配だからUSBに挿したメモリーへもセーブ。ついでにプリントアウトまでしたりして、やっぱりアナログ人間なのかな?

今週末からは沖縄行き。今年になって9回目かな? 海辺に行って、打ち寄せる波に触れたいなぁ・・・・と毎回思うのだけど、今回も仕事はそれを許さないだろうなぁ。沖縄に行くと聞けば「ゴーヤチャンプルーで泡盛! ヨカね~」と友人知人は必ず言う。あのね、オレは飲みに行くのとはちゃうで~。

そう言えば、泡盛って、ここしばらくは口にしていないな。数年前、ディレクターのお姉様と古酒を飲ませるお店に行ったけど、このお姉様が激しくお酒に強く、60度の古酒(クースー)などを同じペースで飲んでいたら、危うく腰が抜けそうになった。道をはさんで斜め前にあった泊まっているホテルに戻るのにもヨタついていたもんな。

お酒を飲むときは、相手を選びましょう。

沖縄でワインってのもいいけど、要するに必要なのは「ヒマ」ですな。

でも、九州北部とはまったく違う空の青さと、陽射しの強さ、空気の爽やかさを味わえるだけで良しとしようか。おニューのデジカメ持って、那覇の空を撮ってこようっと。




あぁ、夏は夏。

買い物通りも、ちょっと見、高原のハイウェイ。
雲がすごいわぁ。


空10万都市とも思えない…。

こんな天気はドライブに限る。
が、仕事に首根っこを押さえられては身動きとれず。机に向かうか・・・・・。


でも、ネコ助は、


大の字大の字なり。


こんなに思い切り、大の字になっていいのかぁ。
野生はゴマの実ほども残ってないのね。


長~い長~い。


どアップにも気づかず、スースー寝息。
さては、お前、本気で寝とるな。


熟睡熟睡 zzzz・・。


ときどき寝返りうって、足がぴくぴく。
なにやら夢でも見てるのかなぁ。


斜めのびのび。


ぐるぐる回って写真を撮ってたら、目をお覚ましに。


お目覚め「なんだ?」



ダンナ、いい天気でっせ。






なんと、きょうから8月! 驚きの事実。 早かね~。


空8月1日
青い空に、夏らしい雲。あぁ、真夏だぁ。



ネコ助は・・・・・・・・、

ao8月1日
「あぢ・・・・・・。腹ばいにならんとやっとれん」


オレも、なろ。


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