番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック:(-) | コメント:(-) |

元楽天住人のnonkeyさんのブログで、懐かしいビデオを見せてもらった。

『 We Are The World 』。作られたのが1985年だから、もう20年以上前になる。


  → nonkeyさんブログ 「 Paradise City 」 2006.9.23 “KING OF POP”


クィンシー・ジョーンズ指揮のもと、次々と自己のパートを歌いつなぐミュージシャンたち。マイケル・ジャクソンとライオネル・リッチーによる詞と曲はとても分かりやすいし、耳になじむ。とてもいい歌だ。

nonkeyさんが書かれているようにメイキング・ビデオもあって、こちらでは声が大きすぎてマイクから離れるように指摘され、ちょっと不満げなヒューイ・ルイスや、身につけているたくさんのアクセサリーがノイズの元になるというのではずしているとこんがらがってしまって笑い出すシンディ・ローパーなど、楽しいシーンを見ることができる。

ベラボーに多い参加ミュージシャンたちは、上記5人を除いて下記の通り。

  * ダン・エイクロイド
  * ハリー・ベラフォンテ
  * リンジィ・バッキンガム
  * キム・カーンズ
  * レイ・チャールズ
  * ボブ・ディラン
  * シーラ・E
  * ボブ・ゲルドフ
  * ダリル・ホール&ジョン・オーツ
  * ジェームス・イングラム
  * ジャッキー・ジャクソン
  * ラトーヤ・ジャクソン
  * マーロン・ジャクソン
  * ランディ・ジャクソン
  * ティト・ジャクソン
  * アル・ジャロウ
  * ウェイロン・ジェニングス
  * ビリー・ジョエル
  * ケニー・ロギンス
  * ベット・ミドラー
  * ウィリー・ネルソン
  * ジェフリー・オズボーン
  * スティーブ・ペリー(ジャーニー)
  * ザ・ポインター・シスターズ
  * スモーキー・ロビンソン
  * ケニー・ロジャース
  * ダイアナ・ロス
  * ポール・サイモン
  * ブルース・スプリングスティーン
  * ティナ・ターナー
  * ディオンヌ・ワーウィック
  * スティーヴィー・ワンダー
         ※ フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より転載。


レイ・チャールズのように亡くなったミュージシャンもいるが、20年以上を経た今も第一線で活躍している人たちが多いのに驚く。大したもんだよね、皆さん。


ビデオを見始めてしばらくは「お~、懐かしかぁ」と思って見ていた。誰の次に誰が歌うのか、結構きちんと覚えていて、やっぱり相当印象が強かったんだなぁと改めて思ったり。

でも、だんだん切なくなってきて、モニターに背を向けた。forever young な曲を聞いたときより泣けてきそうになっちまった。


『 We Are The World 』は、アフリカの貧困層を解消する目的で行われたプロジェクト。オトナのいさかいで病気や飢餓にあえぐ子どもたちを救おうとミュージシャンたちが集まってこの曲を作り、ぼくらはこの曲を買うことで子どもたちを救うという行動にいくばくなりとも参加した気持ちになれた。

でも、この20年あまりで、なにかが変わったんだろうか?

戦火の火種は絶えない。火のあるところにもないところにも火をつけるかのごときアメリカは、闘うことに世界の盟主の道を見いだして久しい。日本は追随することに喜々とし、その国民はよりタカ派の人間をリーダーに仰ぐことを良しとした。

沖縄では、新たな基地建設に反対する人々のリーダーが公務執行妨害で逮捕された。反対「行動」は「事件」とされた。長い間、反対闘争を遠巻きに見ていた警察がついに乗り込んだ。権力がその力を現場へ持ち込み始めた。

これからどうなるのか? 安保闘争や成田闘争のときのように、権力は力で人々の主張をねじ伏せるのか? 権力側は経験で学んできたことの上に行動するから、同じ轍は踏まないだろう。『美しい国 日本』なる旅行代理店的なキャッチフレーズでぼくらの歓心を買いながら、舵を大きく切っていくだろう。戦争ができる国へと。

暗然とするね。


今、仕事の関係で『アンネの日記』を読んでいる。中学のころ以来かなぁ。内容はすっかり忘れていたけど、アンネはこんなことを書いていた。

「なぜ人間は、ますます大きな飛行機、ますます大型の爆弾をいっぽうでつくりだしておきながら、いっぽうでは、復興のためのプレハブ住宅をつくったりするのでしょう? いったいどうして、毎日何百万という戦費を費やしながら、そのいっぽうでは、医療施設とか、芸術家とか、貧しい人たちとかのために使うお金がぜんぜんない、などということが起こりうるのでしょう? 世界のどこかでは、食べ物がありあまって、腐らせているところさえあるというのに、どうしていっぽうには、飢え死にしなくちゃならない人たちがいるのでしょう?」

ナチスによるユダヤ人狩りにおびえながら隠れ家で暮らす14歳の少女の投げかけた疑問。60年以上経った今、その回答の一端も見いだせてはいない。

「わたしは思うのですが、戦争の責任は、偉い人たちや政治家、資本家だけにあるのではありません。そうですとも、責任は名もない一般の人たちにもあるのです。そうでなかったら、世界じゅうの人々はもうとうに立ちあがって、革命を起こしていたでしょうから」

革命を起こさなきゃね、せめて心の中に。


スポンサーサイト

涼しくなった。
太陽さんさんだけど、真夏時の、あの万物をねじふせるような迫力はもうない。

冷却板のヘバッていたネコ助も押し入れの中で長~い昼寝をするように。

朝から出てこないので覗いたら、イヤ~な顔をされてしまった。

はいはい、あんたが大将。

31年ぶりの「つま恋」は8時間のステージを無事に終えたらしい。拓郎さんも肺ガンを克服して元気な姿を見せた。と言っても、民放のニュースでちらりとその様子をかいま見ただけだけど。

今朝、ワイドショーを見ていたら、この31年ぶりの「つま恋」は、拓郎さんが「かぐや姫」の3人に声をかけて急に決まったとレポーター。拓郎さんはこうせつさんたちにこんな風に声をかけたそうだ。

「俺たちだけの青春の確認をしよう」

拓郎さんらしいね。
そう、青春なんて、当事者だけにしかワカランもんよ。


会場の様子が映し出されたその中に、『落陽』をギター弾きつつ歌っているオヤジ集団がいたのには笑った。昔のワシじゃん。

今でこそ人前に出るのはイヤでイヤで、よほどのことがない限り人前で話したり歌ったりはしないのだが(だから、カラオケにも行かないな)、学生時代はユースホステルを泊まり歩いていて、ギターを弾きつつ『落陽』をよく歌ったっけ。

北海道の某ユースでは、真冬、食堂の大きな窓の真っ正面に夕陽が落ちていく。真っ白な雪原を朱に染めながら沈んでいくその夕陽を見ながら、『落陽』を何度も何度も繰り返し歌った。そのときのぼくの姿を、今のぼくが他人として見たならば、「アホな若造や」と思うだろう。「さぁ、みんなご一緒に!」(なんてことは言わなかったけど)てな集合体は大嫌いだし。

でも、あのときは、あれが楽しかった。その、実際の楽しさ、高揚感、そして寂寥感は、そこにいた人間にしかわからない。

ぼくの下宿は神田川のすぐそばだった。赤い手ぬぐいをマフラーにこそしなかったけれど、横町の風呂屋には通ったし、仲良く一緒に出たものだった。相手が、浪人野郎だったのが慚愧に堪えないけれど。その浪人野郎はそのころすでに腹に脂肪がついていて、自分の背中を叩いては、「ほら、見れ見れ、揺れるとぞ。すごかろうが」と、振動を腹に伝えて喜んでいた。

あぁ、思い出すだにおぞましき・・・・・。

浪人野郎は、その、腹を揺らしていたころの思いを貫いて教師となった。初志貫徹したわけだ。えらいもんだな、小心者だけど。今も腹を揺らしてるだろうか。

神田川は小汚い川で、どこかお屋敷の池から逃げてきたのか、色とりどりの錦鯉ばかりが泳いでいた。鯉は悪食だから、多少の汚れでも生きていける。洗剤の泡よりももっとねとねとした感じの泡の固まりが上流から流れてきては、川面で消えることなく流れ去る。全然、情緒的でもロマンチックでもない、大都会の、大きな排水溝みたいな、そんな川。

そんな川を、橋の欄干から夜っぴいてのぞき込んでいたこともある。あれは学生だったから、ときに後ろを通る人もそのまま許してくれていたんだろう。今のぼくが同じことをしたならば、お巡りさんに「お~い、ちょっと」と呼び止められるに違いない。

そんなとき、若いって得だよね。


社会人1年目。ぼくはまだ神田川に近い下宿に学生時代のまんま、そこにいた。ある豪雨の夜、神田川は増水し、通勤路は完全に水没。それでもなんとかなるさと下宿に向かって歩いていくと、水の深さはどんどん増してくる。水面が胸のあたりまできたとき、さすがに立ち止まり、行きあわせた見知らぬ他人たちと、まだ続く帰り道の先をどうしたものかと見つめていた。すると、通りに面した家の二階の窓が開き、確かオヤジが顔を出して、言った。

「この先は泳がないと行けないよぉ」

外灯も消え、ぼんやりと見えるそのオヤジに、水に浸かっているぼくらは「ありがとうございます」と答えて迂回したのだった。スーツと革靴、ネクタイが、神田川の水でおじゃんになった。

翌日早朝。1年先輩から電話あり。

「お~い、助けてくれよぉぉぉぉ」

なんだかよくわからないまま、ぼく同様、神田川沿いのアパートに下宿していた先輩の部屋に駆けつけると、そこは6枚の畳がオレがオレがと自分を主張して喧嘩し合ったように重なり合い、先輩愛用のベッドに倒れ込んでいた。増水した神田川が一階にあるその部屋の天井までやってきて、暴れ回って帰って行ったのだった。天井から数センチ下の壁には、「ここまで来ましたよん」という神田川の記念が記されていた。

朝帰りした先輩はボーゼンと立ちつくし、「なんでこうなるんだよぉぉぉ」と悲嘆するばかり。聞くと、いつもは歩いて帰る駅からの道を、その朝はボートが通っていて、いつものようにふつか酔いだった彼は我が目を疑ったそうな。

その彼も、今やあるセクションの局長という要職を務めている。時は人を成長させたりもする。

思い出せる情景、そんなものがあるっていうのはいい。


拓郎さんの歌に「フォーエバー・ヤング」という言葉をタイトルに使った曲があったような気がする。『旧友再会フォーエバー・ヤング』だったっけかな? ボブ・ディランも『フォーエバー・ヤング』という曲を歌っているから、拓郎さんもそれにあやかったのかもしれない。その曲らしき歌を、今回の「つま恋」を伝えるニュースでちらりと聞いた。あれれ、拓郎さんもこんなことを歌うのかって思ってしまった。と言っても、歌詞さえ知らないのだけれど。

「ヤング」なんて、年寄りの言葉じゃないか! と、ヤングなころは思っていた。で、ヤングじゃなくなった今、「とわに若く」なんてのはまっぴらだ! と、改めて思う。

若さは特権じゃない。ましてや免罪符でもない。懐かしいけれど、あの日に帰りたいとは思わない。そう思う人は、きっと今に満足してる人じゃないかな? 過ぎ去りし日を手に取り、愛撫するゆとりがあるんだろう。

今は、「今」を過ごすのに精一杯。確かに仲間と飲んだときは、あっと言う間にあの日に帰るけど、醒めたらそのときはやっぱり「今」だもの。

そう言えば、上に書いた腹を揺らしていた友人はハタチになるころ、小椋佳のLP、それも『さらば青春』だけを何度も何度も繰り返し聞いては、「はぁ。。。」とため息をついていた。青春ってそんなに呼びかけたいモノ?って思ったっけな。

あぁ、想い出が走馬燈じゃぁ。



青春なんてなんぼのもんじゃい。オレは今が大切なんだ。「きょう」と「あした」に夢もロマンもあるんじゃい。悔しかったらオレみたいに年をとってみな!


・・・・・・なんて、タンカが切れるジジイになりたいな。

今、言うと、言いわけしてるみたいだもんな。まだまだ先は長いや。




田舎町をのんびりドライブ。
交差点で信号待ちをしていたら、となりに車が停車した。
ふと見ると、ボディになにやら絵が描いてある。

んと・・・なんだろ~?


ティンカーベル“妖精” ティンカーベル?


幸福の象徴、四つ葉のクローバーで我が身を拘束する“妖精”ティンカーベル。
愛らしいような、どこか不気味なような・・・・なんだか妙だわぁ。

車のボディにURLが書いてあった。「 co.jp 」とあるから、日本の会社なのね。
なんの会社だろ? アクセスしてみたいな。
と、思ってる間に青信号にかわり、ティンカーベルは右折して走り去る。

URLまで撮ればよかったわん。



九州では12月までに全局で始まる地デジ。各局の投資額は50億~100億。回収できる出費ではないから経費削減、制作費は削られる。

「手間がかかって視聴率の取れない番組はやめる」
   ↑
某局の偉い人談。アホである。

この狭い日本の津々浦々になぜTV局が置かれているか分かっての発言か?
視聴者の目から鱗を落とし、地元新発見再認識のきっかけにしてもらうためにあるのがローカル局だろう。カネを儲けることは必要だ。しかし、本末転倒しちゃ、局としての存在意義が消えてしまう。

カネがないのはわかってる。それは局員だってわかってるだろう。ならば、その商圏でずば抜けて高い給与に手をつけるべき。

実はその声はあちこちで聞かれる。もらい過ぎを是正しないと、働かなくても安定している生活にどっぷり浸かる局員が増えるばかりでなく、一流地場産業としての「テレビ局」に就職するだけで安堵する、非クリエイティブな人間ばかりが寄り集まると断言するテレビマンも少なくない。

そう言えるテレビマンたちは、自分の仕事・番組に誇りを持っている。視聴率が低くても、だ。その誇りは、見せたい、知って欲しい、知らせなければ、という熱意からしか生まれない。

でも、もらい過ぎをただす、その英断をしうる局員たちが果たしてホントにいるかしら。

局は戦々恐々、ぼくは興味津々。



近くの田んぼの稲が色づき始めた。

色づき

見慣れた風景なので
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
っていうような実感はないのだけれど
はたと気がつくと
頭が重そうになった稲が風にゆらりゆらゆら。

はぁ、季節はやっぱり秋なのね。

なんてわずかな感傷にひたっていたら
近くの田んぼでは早くも稲刈り。

光陰矢のごとし。なんとなく、焦る。


秋の、積もった落ち葉の上を
歩きたいなぁ。

もう、何年も歩いてないや。



勉強会と言うか、講話と言うか、放言大会と言うべきか、TV局制作関連の若い衆とのお話会はなんとか終了。あ~バテた…。

冒頭から話をするのは焦点も定まらず、かつ恥ずかしいのて、まずぼくが制作に参加した番組を見てもらってからスタート。あとは座を仕切る局長に助けられつつ進行。15分弱の休憩をはさみ5時間半ほども続いた。若い衆にはさぞかし退屈だったことだろう。申し訳ないことで…。

しかし、若人は議論をしたがらないと言われる今、ムリヤリにでも口を開いてもらったことは画期的なことなのかもしれない。相手に伝わらなきゃ、思ってないも同然だもんね。

九州山地の上を行く。
とってもいい天気。ふわふわ漂う雲も気持ちよさそう。

心地よく飛んでいたら、間もなく着陸のアナウンス。
福岡→宮崎はメチャクチャ近く、水平飛行の時間は15分程度くらいかな。

あ~、もうしばらく飛んでいたい。

ただ今、10時30分くらい。地元の空港、搭乗口前。これから、南の県に一泊二日の仕事にお出かけ。イスにぼんやり座っていたら、懐かしい人から携帯に電話。ぼんやり頭が元気になった。ありがとさん!

しかし、ぼんやり頭でいるヒマは、実はなかったんだった。きょうは「今、番組作りに求められているものは?!」てな難しいテーマで、某局の制作部員の方々とお話をするのである。困ったね。

局長さんからこのお話があったときに、酒を飲みながらだったらいくらでも話すけど、マジメな席では話せませんバイとお伝えしたんだけど、その心の叫びは聞き入れられず、なし崩し的にきょうになってしまったのだった。ほんに、困ったね。

ぼくがテレビ番組の構成という仕事を始めて今年で18年目。今は亡き小渕さんが「平成」の額を嬉しそうに掲げたあのころ、まったく知りもしないこの仕事を勧められ、真っ白けの頭と経験にもかかわらず、この世界を歩き出し、そのままイバッた顔で居座っているのだから、我ながら厚顔無恥だなぁと思ってしまう。

そんなぼくが上に揚げたようなテーマで話すなんてことは、まず考えられないこと。もし、自分がそんな席に出ろと言われる側だったらガンとして出席しないか、出席して相手をボロカスに言い負かすか、どちらかだろう。あぁ、ぼくのようなヘソ曲がり野郎がいませんように・・・・。

そもそも人前に出るってのがイヤである。昔々のその昔、この仕事を始めたころ、某ローカル局がなにを思ったか情報番組の進行役(なんていうのかな?)をやりませんかと打診してきたことがある。もちろん、ぼくはその場で速攻、断った。テレビカメラの前に立つなんて、ワタクシ、死んでもできまへん。公共の電波に乗せうる風体じゃないがね。


あぁ、搭乗時間が近づく。胸が詰まるぅ~。心臓がばくばくするぅ。思えばこの17年間、なんと生意気な態度をとってきたことか。反省しますっ!

でもまぁ、一応丸17年のキャリアはあることだし、思ったままに話して、それを受け入れるかどうかは相手まかせだな、うん・・・・と居直るしかないなぁ。あぁ、試練じゃ。


がんばろ・・・・・。



20時半過ぎ。台風は足早に佐賀を抜け、福岡北方の日本海を進んでいる。

これまでにない風&家の揺れに玄関にベニヤ板を打ち付けた。
なにせこの玄関、以前、台風で内側に吹き抜けた前科持ち。
あしたの朝まで持ちこたえてね。

でも、写真じゃ、なんだかよくわからんなぁ。気取りそこねた「きっちゃ店」みたい。

18時過ぎ、台風は長崎県佐世保市付近に上陸。時速35キロ程度のスピードで我が家方面へと向かっている。

市の広報車が注意を呼びかけていたし、テレビは編成を変えて「最大級の警戒」を連呼する。しかし、警戒せいと言われても、雨戸を閉めて、窓ガラスにガムテープを貼り、それもムリなガラス部分にはベニヤ板を打ち付ける、これ以上することはないがね。あとは運を天に任せるしかないな。

着々と風雨は強くなり、時に家全体が揺れる。この程度だとスリルを感じて楽しいのだけど、今回の台風は中庸を知らんみたいだから始末が悪い。

立ち止まらないでさっさと行って下さいな。

ようやくカゼが抜けた。大抵の場合、ぼくはノドにくる。なんだかイガイガするなぁと感じたときにはもう遅い。熱がボンとあがらないことを祈りつつ、メシを食い、薬を飲んでゴロゴロするばかり。

今回、飲んだ藥は漢方薬。5日分もらったけど、あと一回で飲みきる。5日間もあれば飲まなくても治ったんじゃない?とも思うんだけどね~。

しかし、冬だと寝込めばいいけど、フトンをかぶると暑い季節のカゼは、かいた汗が、周りが暑いからなのか、体が熱いせいなのか分からないからしんどいし、めんどい。

そろそろバタバタする季節。ぶりかえさないように大事にせねばぁ。

玄界灘(先週ですけど)
玄界灘

台風が近づいてるらしくて、風が少し出てきた。

予報を見たら、先島地方界隈でくぃんと曲がって
沖縄をかすめ
そのまま、こちらへ向かってくるらしい。

あ~、もう。

九州の西部、長崎近辺から上陸する台風が
ぼくが住む北部九州の中ほどには一番タチが悪い。
風も強いし、雨も降る。

強風が玄関を内側へ吹き抜けたくらいしか
被害は受けたことがないのだけれど
台風はイヤだ。なにせ、めんどい。

雨戸は閉めにゃならん。
広くもない庭でばぁさまが手入れしている
鉢植え類も放って置くわけにはいかん。

玄関が吹き抜けた経験があるから
雨戸がない窓にはテープも貼らねば安心でけん。

なんて準備をして、さぁ、来いっなんて気張ってると
あまりに進路が近くて、なんてことがなかったり。

台風が真上を通り、目玉から青空が見えたりする。

拍子抜け。

しかし、沖縄本島や石垣、宮古などに住む人たちは
こんなめんどいことを台風が近づくたびに
されているのだろうか。
どんなに慣れてるって言ったって
台風さんには何度もお出でいただきたくはないだろう。

えらいなぁ。


うちはちょっと高台にあるので雨は平気。
しかし、風はコワい。
ときに家が傾くくらいの風が吹いたりする。
お~、コワ。

瓦が飛ぶとあとが面倒だし。
くるな、くるな、こっちへくるな。
あぁ、このまま、まっすぐ大陸の方へ行きゃぁいいのに。

そう思って、ちょっと恥じる。

台湾や中国の沿岸地方に住む人たちは
「曲がれ、曲がれ、日本の方へ行け~っ」
そう、思ってるだろうか?

思ってるだろうな。
台風って、イヤだもん。


今月はヒコーキに乗らねばいかん。
台風さま、もうお出でにはなりませぬよう。
かしこみ、かしこみ申~す。



涼しくなったとたんに体調いまいちの日々。
体が慣れるまでのことだけど、季節の変化に弱いってのはどうにかならんかなぁ。

やる気も体調に正比例。働かねば…と思いつつ、仕事を前にだらだら。ヤバい~。


「キリッとせんかい」

体調、ほぼ復活。まだノドはちと痛いけど。

しかし、眠れること眠れること。ネコ助と化したかと錯覚するくらい、食事以外の時間はグースカ。

あぁ、起きねばぁ…と脳みそは思うのだけど、体が言うことをきかん~。


「ナマケモノやな」

来るかな来るかなと思っていたら、来た来た、やっぱりノドに来た。ぼくには季節のかわり目の通過儀礼みたいなものだけど、何度経験してもうっとうしい。オヤジなのにガキみたいに扁桃腺を腫らすってのも情けない。はぁ。

横になるほどではないけれど、今月は半ば過ぎからバタバタするので強引に寝込む。足元にネコ助が自分の居場所を確保して丸くなる。ネコには扁桃腺ってないのかな?

3時間ほど眠り、寝起きの頭でゴロゴロしてたら仕事依頼の電話あり。秋がますます忙しくなるけど、ありがたいなぁ。フトンでぬくぬくはきょうだけにして、あしたからはがんばらねば。

夜10時過ぎ。
昼から降り続く雨がふと止むと、聞こえてくるのは虫の音。

♪あれ、マツムシが鳴いてるぅチンチロチンチロチンチロリン…う~ん、風流だなぁと感じる前に、ちょっと涼し過ぎるんじゃない? くつろぎルックを長袖Tシャツに着替えてホッとひと息。

暑いと「あぢ~」とうらめしがるくせに、ちょっとサムいとまたまた文句。ワガママだよねぇ。でも、季節はもう少し緩やかにうつろって欲しい。体温調節がヘタな身体にこたえるし、頭もボケたまま元に戻らんぞ。

テレビの天気予報では、あしたの気温も最低20℃、最高25℃。昼間に鳴く蝉もいつの間にやらツクツクホーシ。やっぱり夏も終わりかな。

半日、図書館。読んでいるのは某女優さんの伝記。映画・ドラマ・演劇にとんと興味のないぼくは、仕事でない限りこの手の本を読むことはない。でも、読んでみると結構面白かったりする。やっぱり人の一生、いろんなことがあるなぁと感心。

図書館を出ると、隣の神社の参道には出店が並ぶ。きょうは祭りだ。もう秋の豊作を神さまに感謝する時期なのかぁ。早いな。

祭りの雑踏をひとりでぶらついて想い出に出会うのもいいけれど、きょうは心の準備が出来てない。またの機会にしよ。

車で走り出すと大粒の雨。
ここ数日、なんとなく肌寒い。残暑を過ぎて、もはや秋雨?

今、とりかかろうとしている仕事のディレクターから電話があったので、なんちゃらかんちゃらと好き勝手なことを話していたら、「ちょっと待って」と電話を誰かとかわった。で、出てきたのがその番組のプロデューサー。それまで、会ったこともなければ、話をしてこともない。まったく初接触のその方が、おっしゃった。

「どうも。ブログ、拝見してます」

ひえ~!!

かようなお遊び日記を、見ず知らずの、かつお仕事をいただいてる相手側の人に「拝見してます」と言われた日にゃ、ビビって穴があったら入りたい思いに駆られてしまった。


元々、自己宣伝のために作った、結構きちんとしたHPだったのだけど、更新するたびに専用ソフトを使って無料で借りてるサーバーにアップすることの面倒さにすぐめげて、しかし、始めたからには続けたいなと思っているところに、友人から教えてもらったのがこの「楽天」。

直接書き込める手軽さに、さっさと乗り換え、今日に至っているのだが、本来は主であったはずのテレビ番組&業界での出来事や、番組評、提言や苦言などはほとんど姿を消し、毒にも薬にもならないことを書き連ねるページになってしまっているのだった。

HPを始めた当初は、営業的要素が強かったから、過去に制作に参加した番組一覧などが表に出ていたのだけど、今となってはこのページのどこかに細々と生息しているだけになってしまった。

載っけているのが、ねじねじ姿のネコ助や、昔懐かし耳馴染み音楽ばかりと化したこのページ、本来は上に揚げたような目的を持っていたので、実はURLを名刺にも刷っていたりする。だから、ここを覗いてくれる人の多くは、業界の人であろうことは想像していた。

しかし、まるで初めての人に「拝見してます」と言われるような状況になると、ちとまずいかなぁと思わないでもない。このページを読んだ人の頭には、誤ったぼくのイメージが植え付けられるのではなかろうか?(全然「誤って」ないという声も聞こえる気がするが)

きちっとしたことを、毎日、書き込む人もいる。偉いなぁと思いつつも、まぁ、ぼくはこんなことを考えてますよ、感じてますよということを知ってもらうのも「営業」のひとつかなと自ら納得して、このページは維持していくこととしようかな。


そんなことなので、このページを覗いてくださっている同業種の皆さま。ここに掲載されているぼくの言葉は100パーセントぼく自身の思いではあるけれど、ぼく自身の100パーセントがここに載っかっているわけではないことをおわかりいただいた上で、駄文を楽しんでいただけると幸甚に存じます。


ヘンな挨拶になってしまった。言い訳だね。

「番組構成師 izumatsu の“言い訳日記”の巻」でした。




ここんとこ数日、ちょっと涼しくて、数日前は明け方、寒くて目が覚めたのに、きょうの蒸し暑さはなんじゃらほい? いったん、涼しさを味わったカラダには、残暑と言うにはキビシイ。寒の戻りってのは聞くけど、暑の戻りってのもあるのかな。

昼過ぎ、カーテン一枚をよっこらせと手で洗っていたら(あまりに汚れてて、洗濯機に入れるのがはばかられた・・・・)、速攻で汗が噴き出した。それも、形容ではなく、ほんとに滝のように流れ落ちる。Tシャツばかりか、着ているモノ、全部を替えるハメに。

洗濯物の手洗いなんぞ、慣れないことをしたせいか、昼下がりの眠いこと、眠いこと。ゴロンと横になって資料を熟読しているはずが(横になって熟読なんかできんけど)、そのまま眠りこけた。で、目が覚めたら、首のまわりを中心に、またも汗をたっぷりかいていた。

午後3時過ぎの昼寝は逆効果と言う。1時間以上の昼寝も同様だとか。ぼくが寝入ったのがちょうど3時のオヤツどき。目が覚めたのがちょうど5時くらいで、昼寝時間は2時間。逆効果の相乗効果なのか、脳みそに霞がかかったまんま。ご機嫌ナナメのパソコンに向かっても、ボ~・・・・・・・。

お! 稲妻が光った! と思いきや、どどどどどっと大粒の雨が!
アカン、洗濯物がっ!

と、イスから立ち上がり、一歩踏み出したら、思い出した。白日夢から現実へ復帰したときに、外から部屋に入れたんだった。あぁ、脳みそは復帰しとらん…。




きのうに引き続き、ヘソ曲がりパソコンでアタマが痛い。

ネットにはつながる。メールは復活した。しかし、起動は出来るが終了出来ないソフト多々、ウィンドウズに組み込まれているデフラグなど管理ソフトは起動さえしない。反応してない旨の表示が出て、強制終了せざるを得なくなってしまう。なんでかなぁ~?

何より、動きがガラパゴスリクゾウガメのように超スローダウン。あ~、もういらつくっ! スローフードはいいけれど、スローワーク、スロービジネスだと、周囲のスピードに置いて行かれるで~。

昼過ぎまでパソコン復旧にかかりっきり。でも事態は変わらず。も~、ふて寝の昼寝でもするかな。


パソコンがおかしい。ウィルスにやられたか? ウィルスソフトは素通り。でも「全てのウィルスを検知することはできない」と但し書きが。ま、そ~だろうけどさぁ。アップデートもきちんとやってたのにぃ。

今、ソフトハウスがネットを通じてぼくのパソコンを調べてる。いろんなことができるんだなぁと大感心。しかし、ノロい。このペースではあしたの朝までかかりそう。やってもらっててなんなんですけど、もうちょっとスピードアップできません?

動きが極端に遅くなり、開いたソフトが反応せず、しかも閉じられず、ウィンドウズ自体も終了できず。

このイタズラ者の正体を知る方、いらっしゃいませんか?

TVニュースは「おめでとう」一色。新聞は一面トップ。号外も出た。

記事の見出しに踊る「3位」。何のことやらと思ったら皇位継承順位。これで安心、大安泰とばかり、愛子さんはあっさり外された。女系だなんだのお話はどこへ行ったのかな?

ぼくらは忘れっぽいから、まだ名前のない皇子が健在であるかぎり、俎上にのぼりそうにない。雅子さんもホッとしているだろう。これで愛子さんが自分で人生を創れるのだから。よかったね。

入れ替りで帝王学に染まる皇子はちょっと気の毒。せめて自分で選択できる自由をあげたいな。せっかく生まれてきたんだからさ。


ただ今、午後9時20分。今のところ、非常招集はナシ。

あしたには番組送出部に納品しなきゃダメ。でも、ディレクター氏、そういう決まりというか社内常識に良くも悪くも無頓着なヒトだからなぁ。一度完成した番組を大晦日に徹夜して音の修正をしたこともあった。「良くなった」とご本人は至極満足されていたが、ぼくにはどこをどう直したのか、全然わからなかったっけ。ちょっと寅さん的な、周囲には困った人だけどにくめない。何より、その驚異的な粘りには誰もが一目も二目も置いていた。

しかし、夜中に呼び出されるのはやっぱコワい。ケータイが鳴りませんように~。

3時に寝て6時に起きると眠いぃ。ナポレオンにはなれん。

締切通り、番組出来上がり。でも完成版に手を入れるディレクター氏なので何が起こるかわからない。スタッフびくびく。

ひとまずアイスココアでも飲んでアタマの休息。なんとかなるさぁ。

きょうはBGM入れとナレーション収録。が、ディレクターの都合により空き時間発生。することがないなぁ…。

休憩室で時間をつぶす。隣のテーブルでは若い衆がカップラーメンをすすり出した。今のうちに体をいたわった方がいいと思うよ。

3時間ほどの打合せの後、ディレクター&プロデューサー&カメラマンその他の方々と番組制作懇親会的飲み会になだれ込み、あ~でもないこ~でもない、どぎゃんする?なんとかするべと5時間ほど話し込み、店の前で「よろしくお願いしまっす」とお開き。ホッとしつつホテルに向かって歩き始めたら、後ろからプロデューサーに呼び止められ、スナックで5時間ほど飲み、ホテル帰りは3時過ぎ。6時に起きて、10時を回ったころには地元に戻る。ふぅ、しんど。
制作現場は混迷の度を深めてる。視聴率は稼がにゃならん。制作力もあげなきゃならん。人はいない、予算もない。
ま、やるっきゃないね。

きょうは九州山地を越えて日向灘方面へ。電車だと九州北部から6時間かかるけど、飛行機だとわずか45分。飛行機はあまり好きじゃないけど、この違いはさすがに大きい。一度だけ電車で行ってみたけれどバテて打合せがうわの空だった。遊びの旅行なら全く平気なのに、変なの。
きょうは上空から見る九州の山々や山に囲まれた集落の姿がきれいに見えた。わぁ~っと思って写真を撮ろうとしたら、デジカメを持ってない。この路線は視界がいいことがめったにないので、いらないなとデジカメは机の上に置いてきた。悔しか~。
油断大敵ってことかなぁ?

特に忙しいワケではないのに、脳みそがよく働かない日々。新聞も読まずにいたら、またまた1週間分くらいたまってしまった。

昔々、京都の大学に通っていた知人に、床から天井まで新聞を積み上げているヒトがいた。たぶん三つ、四つ年上のヒトだったと思うけど、その人に「なんでこんなに新聞をためてるの?」と聞いたら、「うん、切り抜きするから」との返事が軽く返ってきた。

床から天井まで積み上がった、それが2列も3列もある量の新聞を切り抜くにはどれくらいの時間がかかるだろうか? まだ大学生になりたての、世間知らずだったぼく(&一緒にいた友人たち)は、「やっぱ、勉強する学生は違うなぁ」と感心したことだった。

その感心が、実は誤診だったことは、その後、すぐに判明するのだけど。

あぁ、あのヒトは、今どこに・・・・・・?


なんてことを書くつもりじゃなかった。


たまった新聞を読んでたら、一面に写真入りでこんな記事が。


[ 琉球新報 2006.8.26(土) 朝刊一面トップ ]
照明弾誤射

この写真は、同紙の読者が撮影した「照明弾誤射」の決定的瞬間。写真も強烈だけど、米軍の「不注意で放した」っていう発表も信じがたい猛烈度だなぁ。


   新聞記事 → 琉球新報 2006.8.26付記事

   ニュース動画 → QAB ステーションQ 2006.8.25 夕方ニュース


※琉球放送(RBC)も沖縄テレビ(OTV)も動画を配信しているけれど、
いまだに目的のニュースにたどりつけませ~ん。担当者さん、なんとかしてくれぇ。



誤射されたのは、「フレア」と呼ばれる訓練用の照明弾。落っこちた場所は、沖縄の大動脈、国道58号線から20メートルほど。「不注意」のタイミングがほんの少し違っていたら、もろ国道に落ちたことになる。58号線はいつも混雑してるし、どうなったことやら。
 
大学敷地内へのヘリコプターといい、沖縄はほんとにいろんなモノが降る。沖縄のお笑い劇団“お笑い米軍基地”のネタに、こんなのがあったっけ。


 天気予報のコーナーで、気象予報士が・・・

   沖縄地方の天気予報をお知らせします。
   降水確率はつぎのとおりです。
    沖縄本島北部、米軍戦闘機 60%
    沖縄国際大学、米軍ヘリコプター 90%・・・・



ドッとうける地元の観客。あまりに日常的なので、つい笑ってしまうんだろうなぁ。
その日常的な出来事のほとんどを、ぼくら本土に住む人間は知らないけれど。この照明弾誤射事故も沖縄の新聞で初めて知った。


「きょうはなにが降ってくるのかな・・・・?」

って、そんなことを常々感じながら生活するのはたまらんなぁ。で、「不注意でした」でおさめられちゃ、ますますたまらん。現地ではさぞかし怒り爆発だろう、続きの情報を得ようと、この日の夕刊を目にしてズッコケた。


[ 琉球新報 2006.8.26(土) 夕刊一面トップ ]
ホールインワン


宮里藍ちゃんのお兄さんの優作プロが、同一ラウンドでふたつのホールインワンを記録したという記事が一面トップ。いいなぁ、この臆面もないローカル密着度は。

ぼくが住む地方のローカル紙は、テレビ局同様、「ワシらは準大手、5大紙(今は4大紙かな?)に継ぐ有力新聞じゃ」という雰囲気がどうにも漂っているのだけど、沖縄のローカル紙は藍ちゃんのヘソ出しショットが一面を飾るんだもの。


でも、まだこの日以降の新聞に目を通してないけれど、この「照明弾誤射事故(事件)」、遺憾の意を表明して終わりなのかしら? 

沖縄の人たち、いろんなことに慣れ過ぎなのかもなぁ。“お笑い米軍基地”が提供するお笑いが、どうぞ不満の“ガス抜き”で終わりませんように。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。