番組構成師 [ izumatsu ] の部屋


31年ぶりの「つま恋」は8時間のステージを無事に終えたらしい。拓郎さんも肺ガンを克服して元気な姿を見せた。と言っても、民放のニュースでちらりとその様子をかいま見ただけだけど。

今朝、ワイドショーを見ていたら、この31年ぶりの「つま恋」は、拓郎さんが「かぐや姫」の3人に声をかけて急に決まったとレポーター。拓郎さんはこうせつさんたちにこんな風に声をかけたそうだ。

「俺たちだけの青春の確認をしよう」

拓郎さんらしいね。
そう、青春なんて、当事者だけにしかワカランもんよ。


会場の様子が映し出されたその中に、『落陽』をギター弾きつつ歌っているオヤジ集団がいたのには笑った。昔のワシじゃん。

今でこそ人前に出るのはイヤでイヤで、よほどのことがない限り人前で話したり歌ったりはしないのだが(だから、カラオケにも行かないな)、学生時代はユースホステルを泊まり歩いていて、ギターを弾きつつ『落陽』をよく歌ったっけ。

北海道の某ユースでは、真冬、食堂の大きな窓の真っ正面に夕陽が落ちていく。真っ白な雪原を朱に染めながら沈んでいくその夕陽を見ながら、『落陽』を何度も何度も繰り返し歌った。そのときのぼくの姿を、今のぼくが他人として見たならば、「アホな若造や」と思うだろう。「さぁ、みんなご一緒に!」(なんてことは言わなかったけど)てな集合体は大嫌いだし。

でも、あのときは、あれが楽しかった。その、実際の楽しさ、高揚感、そして寂寥感は、そこにいた人間にしかわからない。

ぼくの下宿は神田川のすぐそばだった。赤い手ぬぐいをマフラーにこそしなかったけれど、横町の風呂屋には通ったし、仲良く一緒に出たものだった。相手が、浪人野郎だったのが慚愧に堪えないけれど。その浪人野郎はそのころすでに腹に脂肪がついていて、自分の背中を叩いては、「ほら、見れ見れ、揺れるとぞ。すごかろうが」と、振動を腹に伝えて喜んでいた。

あぁ、思い出すだにおぞましき・・・・・。

浪人野郎は、その、腹を揺らしていたころの思いを貫いて教師となった。初志貫徹したわけだ。えらいもんだな、小心者だけど。今も腹を揺らしてるだろうか。

神田川は小汚い川で、どこかお屋敷の池から逃げてきたのか、色とりどりの錦鯉ばかりが泳いでいた。鯉は悪食だから、多少の汚れでも生きていける。洗剤の泡よりももっとねとねとした感じの泡の固まりが上流から流れてきては、川面で消えることなく流れ去る。全然、情緒的でもロマンチックでもない、大都会の、大きな排水溝みたいな、そんな川。

そんな川を、橋の欄干から夜っぴいてのぞき込んでいたこともある。あれは学生だったから、ときに後ろを通る人もそのまま許してくれていたんだろう。今のぼくが同じことをしたならば、お巡りさんに「お~い、ちょっと」と呼び止められるに違いない。

そんなとき、若いって得だよね。


社会人1年目。ぼくはまだ神田川に近い下宿に学生時代のまんま、そこにいた。ある豪雨の夜、神田川は増水し、通勤路は完全に水没。それでもなんとかなるさと下宿に向かって歩いていくと、水の深さはどんどん増してくる。水面が胸のあたりまできたとき、さすがに立ち止まり、行きあわせた見知らぬ他人たちと、まだ続く帰り道の先をどうしたものかと見つめていた。すると、通りに面した家の二階の窓が開き、確かオヤジが顔を出して、言った。

「この先は泳がないと行けないよぉ」

外灯も消え、ぼんやりと見えるそのオヤジに、水に浸かっているぼくらは「ありがとうございます」と答えて迂回したのだった。スーツと革靴、ネクタイが、神田川の水でおじゃんになった。

翌日早朝。1年先輩から電話あり。

「お~い、助けてくれよぉぉぉぉ」

なんだかよくわからないまま、ぼく同様、神田川沿いのアパートに下宿していた先輩の部屋に駆けつけると、そこは6枚の畳がオレがオレがと自分を主張して喧嘩し合ったように重なり合い、先輩愛用のベッドに倒れ込んでいた。増水した神田川が一階にあるその部屋の天井までやってきて、暴れ回って帰って行ったのだった。天井から数センチ下の壁には、「ここまで来ましたよん」という神田川の記念が記されていた。

朝帰りした先輩はボーゼンと立ちつくし、「なんでこうなるんだよぉぉぉ」と悲嘆するばかり。聞くと、いつもは歩いて帰る駅からの道を、その朝はボートが通っていて、いつものようにふつか酔いだった彼は我が目を疑ったそうな。

その彼も、今やあるセクションの局長という要職を務めている。時は人を成長させたりもする。

思い出せる情景、そんなものがあるっていうのはいい。


拓郎さんの歌に「フォーエバー・ヤング」という言葉をタイトルに使った曲があったような気がする。『旧友再会フォーエバー・ヤング』だったっけかな? ボブ・ディランも『フォーエバー・ヤング』という曲を歌っているから、拓郎さんもそれにあやかったのかもしれない。その曲らしき歌を、今回の「つま恋」を伝えるニュースでちらりと聞いた。あれれ、拓郎さんもこんなことを歌うのかって思ってしまった。と言っても、歌詞さえ知らないのだけれど。

「ヤング」なんて、年寄りの言葉じゃないか! と、ヤングなころは思っていた。で、ヤングじゃなくなった今、「とわに若く」なんてのはまっぴらだ! と、改めて思う。

若さは特権じゃない。ましてや免罪符でもない。懐かしいけれど、あの日に帰りたいとは思わない。そう思う人は、きっと今に満足してる人じゃないかな? 過ぎ去りし日を手に取り、愛撫するゆとりがあるんだろう。

今は、「今」を過ごすのに精一杯。確かに仲間と飲んだときは、あっと言う間にあの日に帰るけど、醒めたらそのときはやっぱり「今」だもの。

そう言えば、上に書いた腹を揺らしていた友人はハタチになるころ、小椋佳のLP、それも『さらば青春』だけを何度も何度も繰り返し聞いては、「はぁ。。。」とため息をついていた。青春ってそんなに呼びかけたいモノ?って思ったっけな。

あぁ、想い出が走馬燈じゃぁ。



青春なんてなんぼのもんじゃい。オレは今が大切なんだ。「きょう」と「あした」に夢もロマンもあるんじゃい。悔しかったらオレみたいに年をとってみな!


・・・・・・なんて、タンカが切れるジジイになりたいな。

今、言うと、言いわけしてるみたいだもんな。まだまだ先は長いや。



スポンサーサイト