番組構成師 [ izumatsu ] の部屋


中学生が自殺し、その主たる誘因が教師の「いじめ」(暴力だと思うけどな)にあるとされる事件では、その中学を政府の担当者が訪れ、詰問する事態となっている。その訪れた女性、どこかで見たような・・・と思ったら、故小渕首相の娘さんだった。なんでまた彼女が?と思ったら、文部科学省の政務官であらせられるのね。ちょっと頼り無げなところが、何となく心配。

いじめの問題って、地域社会の問題とよく言われるけど、んじゃどうすればいいかっていうと、よくわからない。おとなが子どもを気にかけましょう、なんて言葉は飛び交うけど、核家族化し、子どもが少なくなり、妙な事件が頻繁に起きるこのご時世、「子どもを気にかける」ってのも至難のワザだ。

自宅で仕事をしているぼくが、昼下がり、気晴らしの散歩中、街角にひとりたたずむ少女を見つけた。で、「ちょっと、お嬢ちゃん、どうしたの?」と声をかけようものなら、ぼくは立派な「不審者」と化す。

平日昼日中、ぶらぶらしている中年オヤジが少女に声をかけてたら、ぼくも「怪しいヤツ」と思うだろう。難しいなぁ。。。。





ぼくは炭坑街の育ちだけれど、炭坑街っていいところだったなぁとよく思う。なにより、「来る者拒まず、去る者追わず」という雰囲気が街にはあった。どこからか逃げてきた、流れてきたあんちゃんたちも、その日から街の一員として受け入れられ、我が物顔で闊歩していた。

ぼくの家にも東京あたりからあんちゃんが流れてきて、近くに借りた四畳半に住んでいた。あるとき、そのあんちゃんを呼びに行ったぼくは、あんちゃんが見知らぬ姉ちゃんと抱き合ってるところに遭遇し、度肝を抜かれた。

抱き合ってると言うのは大げさで、ランニング姿のあんちゃんにノースリーブの姉ちゃんが添い寝していただけなのだけど、小学生高学年の僕には衝撃が強すぎた。思わずたじろぐとあんちゃんが、「お、わりぃわりぃ」と言いつつ、ぼくの頭をポンポンと叩いたっけ。

「来る者拒まず」という気風は、石炭最盛期の頃、拒んでいたら坑夫が集まらないからだったのだろうけど、斜陽になってもその気風は変わらず、おおらかというか、いいかげんというか、そんな人間関係だった。

これが「土地」というものに何物にまして重きを置く農村だったら、他の土地からの侵入者にあっさりと心を許すことはないような気がする。炭坑街独特だったのかもしれないな。





おおらか or いいかげんな気風ってのは、人を助ける。

ぼくの家は妙な家で、表札が三枚、ぶらさがっていた。ひとつはぼくの名字、もうひとつは母の名字、あとひとつは、母と同居している男性の名字だ。

ぼくの両親はぼくが3歳くらいの頃に離婚していて、ぼくはお袋に引き取られたのだけど、名字は父親のもの。お袋は旧姓に戻ったから、母と子の姓が違う。そこに、子連れの男性が同居し、表札がみっつになったわけだ。

ぼくはこの「みっつの表札」が自慢で、ことあるごとに近くのおばちゃんに、

「オレんとこ、名前がみっつ、あるとばい。よかろ」

と言っていた。ぼくがそう言うたびにおばちゃんは、

「すごかね~。○○ちゃんとこは名前がみっつもあるっちゃね」

と相手をしてくれた。

大学に入ったころだろうか、この出来事を思い返し、おばちゃんに感謝してもしきれないなぁと感じた。名字がみっつあり、どこからきたのかさっぱりわからない連中(ぼくと母&姉も他の土地からの移住者だ)を、そのまま、丸のまま受け入れてくれたんだもんなぁ。

もし、そのおばちゃんが「あんたの母ちゃんな、男ば引きずり込んどるとばい」てなことを言ったとしたら、可憐で無垢な(かな?)ぼくの心には深い傷が残ったかもしれない。おばちゃんはじめ、周囲の人たちが受け入れてくれたから、ぼくは助けられた。ほっ、よかった。

まぁ、炭坑地帯のガキだから、そんな風に言われても平気の平左だったかもしれないけれど、農村だと、このおばちゃんのように「名前がみっつもあるっちゃね、よかね~」といった対応はしないんじゃないだろうか。よそ者を排除することで、限られた土地を守ってきたのが農村だろうから。

これは、ぼくの偏見かもしれないな。





炭坑街って愛すべき、素晴らしいところだけど、子どもの「教育」にはよろしくないかもしれない。

ぼくの家の台所は石炭ストーブが置かれた板張りで、冬になると男衆が車座になり、花札で沸き立った。男衆が敷く座布団の下には、小銭、100円札、500円札、1000円札、5000円札、そして1万円札がきちんと並べられていて、一場の勝負が終わる毎に金が飛び交っていた。

要するに、簡易な即席賭場だったのね~。男衆が叩きつける花札の音が小気味よく、ぼくはいつもその様子を飽かず見ていた。

ぼくもこの即席賭場に参加したことがある。

小学校低学年のころの正月のこと。お年玉でふところが暖かだったぼくに男衆の誰かが「入らんか」と声をかけてくれた。よっし、やってやろうと意気込んではみたものの、「赤タン、青タン、猪鹿蝶に月見で一杯、松桐坊主、二ゾロにカラスッ!」なんて言葉が飛び交う花札なんぞが小学生の手におえようはずもない。アッと言う間にすってんてんにされてしまった。

身ぐるみはがされ、浮き世の厳しさに打ちのめされてベソをかいていると、男衆のひとりが「これ、お年玉たい」と、ぼくが負けた金額を丸々渡してくれた。つまりは、軽くからかわれただけなのね~。




こんな地域社会だったら、子どもは自ら命を絶つ道を選ばなくてすむだろうか? つかず離れず。来る者拒まず、去る者追わず。いろんな人間がいるのがあたり前・・・・人と人との間にそんな関係性があれば。

そうかもしれない。でも、そんな関係性の中にバラバラな人間たちがうごめく社会を今の地域が持てるだろうか。ムリなような気がするなぁ。「みんな違って、みんないい」とお題目は唱えるけれど、実は「みんな同じじゃなきゃダメなのよ」というのが現実だもの。


鈴と小鳥と それからわたし
みんな違って みんないい



金子みすゞがしたためた、こんな「あたり前」のこと。それに、改めて心ひかれるような現状ではね。


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