番組構成師 [ izumatsu ] の部屋


炭坑が相次いで閉山してから、ぼくが育った街、特にぼくが住んでいた界隈は昔の面影がほとんどない。

ぼくの家はぼくが学生時代に引っ越したので、育った炭坑の街のようすをずっと知らなかった。数年前、それこそ四半世紀ぶりに訪ねたその街は、知らない、大きな道が何本もできていた。もう、「見知らぬ街」って感じだった。ぼくの家の前には国鉄の線路が走っていたのだけど、廃線となり、今や広いバス通りとなっている。

レールも、駅も、踏切も、ぼくらが目印にしていたものはあっさりと姿を消した。先日、これまた久しぶりにその街を訪れたぼくのお袋は、あまりの変貌ぶりに「いつも通っていた、あの大きな通りはどこにいったの? なくなってしまった?」と、とんちんかんなことを言ってぼくの頭をこんがらがせた。

実は、彼女の言う「あの大きな通り」は新たにできた広い通りにはさまれるようにして、今もある。でも、あのころは「大通り」だったはずのその通りは、今やまったく目立たない、地味な路地になってしまっているのだ。


--------------------------------


炭鉱街で育ち、経験したことが、実は世間では「異質」であることを知ったのは、大学に入学してからだった。と言っても、別に大したことじゃないけれど、列車にまつわる話だけでも「異質」を感じさせられたことが何度もある。

例えば。。。。。。

ぼくは高校の3年間+予備校1年間を蒸気機関車、いわゆる「SL」で通った。石炭をエネルギーに、黒い煙をしゅぽしゅぽと吐いて走る、あの鉄のかたまり。ぼくが乗っていたのは“かの名SL”D51(デコイチ)だった。

そのことを大学に入って級友たちに何気なく話したら、こんな反応が返ってきた。

「嘘つけ、お前。今の日本にSLなんか走ってないだろ。戦前の話じゃないのかぁ」

炭坑街育ちのガキは、ちょっと傷ついた。


--------------------------------


上にD51を“かの名SL”と書いたけど、毎日乗っていたSLが“かの”と呼ばれるほどに人気のあるものだったとはあとになってからのこと。ぼくにとっては単なる通学の足に過ぎなかったし。

ぼくの姉貴は、D51をよく止めていた。

ねぼすけだったぼくの姉貴は、近くにある無人駅にD51が近づく汽笛が聞こえるころに家を飛び出していった。そして、家の前に敷かれた線路の真ん中を駅にむかって突っ走っていく。

D51は正面から髪を振り乱して走ってくる少女を轢くわけにはいかないから、駅に停まって待っている。息せき切ってD51の脇を走る彼女に運転士さんは、

「お姉ちゃん、もう1分、早う起きりぃね」

そう言った。


この話を聞いた級友たちは、「あり得ん」と言った。


--------------------------------


SLの乗降デッキはドアが常に開けっ放し。夏などそのステップに座っていると、風が心地いい。冷房なんぞないから、夏はいつもデッキでぼくら仲間はダベッていた。

あるとき、いつものように友人たちとくだらないことを話していると、駅の手前にある線路のポイント切り替えあたりでガタンと大きく揺れた。いつものことなので気にもせず友人たちとの話を続け、ふとデッキのステップを見ると、今までそこに座っていたはずの友人がいない。どこに行ったんだろう???

ぼくらは次の駅で降り、その友人を待っていた。しばらくして線路の真ん中を走ってきた友人は、お尻をさすりながらぼくらのそばに駆け寄って、言った。

「落ちてしもた」

デッキのステップに座り、うつらうつらしていたその友人は、ポイントが切り替わったところの揺れで外に投げ出されたのだった。駅の手前で減速していたし、落ちたのが雑草が生えた草むらだったので、命を落とすことなく、お尻にアザをつくった程度ですんだ。


この出来事、大学の級友たちは「でたらめだろ」と言った。


--------------------------------


あるとき、これはSLじゃなく、ディーゼル列車に乗っていたときのこと。

快調に、それでものんびりと走っていた列車が急ブレーキ。ぼくらは窓から顔を出し、なんだなんだ、誰かが飛び込んだか?と色めき立つ。

すると、車内アナウンスが入り、車掌が間延びした声でこう言った。

「ただいま、“おばさん”が前を横切りましたので、急停車したしましたぁ」

そして、列車は走り出した。

窓の外を見ると、列車の前を横切ったその“おばさん”が、線路に平行して走る道を何ごともなかったかのように、のんびりてくてく、歩いていた。


「そんなことがあるわけないじゃん」

級友たちはそう言って、切って捨てた。


--------------------------------


きりがないからやめよ。

結局、級友たちにはその大半が信じてもらえなかったSL通学。

楽しかったなぁ。。。




スポンサーサイト