番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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ただ今、2時間番組の制作に構成係として参加中。2時間って長かぁ、と改めて感じているきょう、この頃。

きのう、粗編集がDVDで送ってきた。編集は我が家から遠く離れた某大都市で行われている。取材テープがDVDにダビングされて送ってきたり、メールで構成を送ったり、まぁ、なんと便利になったことか。

でも、郵便でやりとりしていたその時間が浮いたのに、ち~とも余裕が生まれないのは不思議だなぁ。いろんな手段が便利に、効率的になるにつれ、現場の“テンパリ度”はアップするばかり。編集もテープからパソコンへと変わりつつあるけど、これまでできなかったことができるようになった分、試行錯誤の時間ばかりが長くなる。

ヘタな考え、休むに似たり・・・ってことは重々承知はしているけれど、考えてしまうのよね。きょう、電話をかけてきたディレクターは「真っ白に燃え尽きたと思ったら、まだ先があった・・」と言って、乾いた笑い声をあげた。

だいじょうぶかね、そんなに働いて?

今、やってる2時間番組も現場はテンパリまくってる。ディレクターは女性だけど現場では性差は関係ないから(待遇その他は知らないけど)、夜、遅くなろうがなんだろうが、やらなきゃならんことはやらなきゃならん。このディレクター嬢は編集の間、自宅を離れ、ホテル住まいでお仕事三昧。毎日、朝の5時6時まであ~だこ~だとやっている。

だいじょうぶかね、そんなに働いて??

別の番組で地元の局に行くと、編集用のパソコンの前でフリーズしているディレクターがいた。じ~っ・・と見ていたら、眠っていた。ここのところ、ずっと編集室で寝ているという。編集室は機械が一番大切な場所。夏冬かまわず冷房が効いているから非常に寒い。ときどき、冬山登山のような姿で編集に臨んでいるディレクターや編集担当がいるくらいだから、居眠りするとほぼ確実にカゼをひく。

だいじょうぶじゃなかろ、そんなに働いちゃ。

でも、忙しいときは仕方ない。ぼくも5日連続で編集室に泊まったことがある。その編集室には虫がいて、起きたときには体がかゆくなっていたっけ。

そんな工程を経てできあがった番組も、ひと握りの人の目に触れるだけで、流れ去り、消えていき、戻らない。未来永劫、ほぼ確実に、再放送されることはない。

TV番組なんて、瞬間芸みたいなもんだわね。

アカン、愚痴になりつつあるぞ。


今夜も、編集室で、取材現場で、働いているTVマン、TVウーマンたち。

みんな、がんばれ。いい番組を、いい報道を。







などとエールを贈りつつ、ぼくはぬくぬくコタツにあたりながらパソコンで粗編集のDVDを見る。しかし、2時間番組は長か~。一度、チェックするだけで2時間かかる、って当たり前だけど。

「2時間番組」とは言うものの、正味は98分。CMがいかにたくさん入るかがわかる。大体、テレビで2時間番組って長すぎないかなぁ。映画の『男はつらいよ』だって90~100分くらいしかないのにさぁ。視聴者ってそんなに根気があるのかなぁ。CMで興味と集中がぶつ切りにされるしさぁ。

アカン、禁断の領域に入りつつある。墓穴を掘りかねん。


マジメに仕事しよ。



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うちのカーナビはおしゃべりという話をいつか書いた。毎日、初めてエンジンをかけたとき、「○月○日、きょうは××の日です」と女性の声でしゃべるのだ。

きょうは11月29日。何の日かなぁと思いつつ、朝、エンジンをかけると・・・


「11月29日。きょうは『いい服の日』です」


だと。「1・1・2・9=い・い・ふ・く」。なんじゃい、語呂合わせかぁ。つまんね~。もっと気がきいたことを言って欲しいなぁ。

でも、ぼくのお袋はカーナビのおしゃべりを聞くたび、いまだにびっくらしてる。目的地を設定されているカーナビさんが「700メートル先、○○交差点を左折。××が目印です」と言ったりすると、


「どうしてこの人は、こんなに道をよく知ってるの? どうしてわかるの?」


と驚く。
ここで、アメリカの軍事衛星が出す電波を無料で利用して車の位置を測定し・・・・なんて説明し出すと、


「なんのために軍事衛星が飛んでるの? どうしてタダで利用できるの? なんであんたの車の位置がわかるの? この人(カーナビさん)はどうやって軍事衛星とお話しするの?」


てな、ガキレベルの質問攻めに合うことは、長い親子づきあいでもう知っている。ゆえに、先のこの質問、


「どうしてこの人は、こんなに道をよく知ってるの? どうしてわかるの?」


に対するぼくの答えはただひとつ。


「さ~?」


カーナビさんがに関しては、なにを聞かれても、「さ~?」。
そう答えていると、先日、お袋はこうのたまった。


「あんた、この人(カーナビさん)より、頭が悪かね」


悪かったなぁ。オメーのお子様であるぞ、ワシは。ふんっ。


頭の悪い息子の母親であるお袋は、電気製品にからきし弱い。ま、年寄りは大半がそうなのかもしれないけど、電卓も満足に使えない息子の母親だから、「からきし弱い」レベルが高い。

うちの洗濯機は風呂の残り湯が「すすぎ1回」「すすぎ2回」などと選択して使える優れものなのだけど、使い方はごくシンプル。給水ホースを湯船に入れ、排水ホースを倒し、電源を入れ、洗濯スタートのボタンを押すだけ。

でも、お袋はこの簡単な工程を覚えることができない。いや、覚えることができないというより、洗濯機にコワくてさわれないと言った方が実情に近い。

ボタンを押すとメロディが流れたり、まず水を入れずに空回りして洗濯物の重さを量り、必要な水量や洗濯にかかる時間を自動的に表示したりするのがコワいのである。だもんで、下着その他小さな洗濯物は手で洗っている。ご苦労様なことだ。

でも、上着やズボンなどは身長148センチを切るチビ助が手で洗うにはデカいし、冬間近になってきたきょうこの頃は水も冷たくなってくる。そんなとき、昼間も自宅でブラブラしているぼくに声がかかる。きょうもトイレに行こうと二階から降りると、


「悪いけど、ちょっと洗濯しちゃらん?」


ときた。
「しちゃらん」まんまに放っておくワケにもいかないし、かわりに洗濯をしてやると言っても上記の簡単な工程をやるだけなので代行する。賢い洗濯機さんは決まった通りにきちんと動き出す。すると、お袋は、動き出した洗濯機に、そ~~~~っと足を忍ばせ近づいて、こわごわのぞき込む。

ばぁさんをその姿を見ていると、人間って猿から本当に進化してきているんだろうかと疑問に思ってしまうわぁ。


あぁ、しかし、ワシはこの“猿のまんまおばぁ”の息子なのだった。。。。。
トンビの子はトンビにしかならんのだなぁ。

納得。




ここのところ秋の長雨って感じでユーツな天気だったけど、きょうは太陽が少し顔を出してる。

晴れが続くといいな。

レッツ、ドライブぅ!

でも、お仕事なのだった…。

税務署から封書が来た。やましいところはどっこにもないはずなのに、ドキッとするのは小市民の証かしら。

内容は、


 昨年、所得が○万円を超えたヒトは申告の義務があるよ。
 あんたはそれに適応しとる。
 適応しとるヒトは「帳簿」を作り、7年間保存する義務があるよ。
 で、「帳簿」の作り方を教えてあげるから、説明会においでなさい。



というもの。義務は知ってるし、領収書その他、必要なモノは部屋のどこかにあるはず。でも、いきなり査察が入って「出しなさい」と言われても出せないなぁ。どこにあるやら。

会社を経営したり、店をやってたりする人は「帳簿」作りも面倒だろう。でも、ぼくのように、昔風に言えば「紙と鉛筆」しか使わない仕事は「帳簿」作りがめちゃラク。出る金も、入る金も、回数も額も少ないから、エクセルなんぞでフォーマットを作り、金額を打ち込めばハイ終わり。

の、ハズなのだけど、税務署からの通知を読んで目の前が暗くなった。

小学校のころから、ぼくは足し算がダメなのだ。
ついでに、電卓もダメなのだぁ~! 会社員のころ、アルバイトの女の子に「○○さん、電卓も使えないのぉぉ」とあきれられたことがあったっけ。

単なる足し算を、電卓を使ってやっているのに、何度やっても合わないのだった。。。。虚しかった。。。

あれから四半世紀。電卓を使えないのは今も変わらない。パソコンを使って大枠の計算をしても、申告書に書き込んで、それを足したり引いたり、掛けたり割ったりするには電卓を使う。すると、毎年、必ず、合わない。。。

1月から12月が申告すべき期間。領収書はガバチョととってある。それを一枚一枚台紙に貼り、パソコンに入力し、経費を計算し、申告書に書き込んで、さぁ、検算・・・・・・きっと、今年も合わないだろうな。

イヤな時期となってきた。気が重か。。。


あぁ、早く、のんびり、まったり、風呂に入りたい。
って、毎日、同じことを言っとるな。




ここ数日、大阪で編集、東京でナレーションの収録。楽しかった、けど、ちっとバテた。


すんごく久しぶりに新幹線に乗り、新大阪へ。座席に座り、メールを打って、さて出そうと思ったら、アンテナが立っていず「圏外」の文字。関門トンネルだ。昔、友人の操るバイクの後部座席に乗って通り抜けた関門トンネルは自動車&人間用だから、新幹線が通っているこのトンネルじゃない。でも、なんとなく懐かしい。

トンネルから出るとアンテナが三本立つ。よし、送信!とボタンを押す間もなく次のトンネルへ再突入。で、また「圏外」。あらら、どうしよ、あたふたあたふた。

その繰り返し。

こちらから出せない、ということは、こちらへも届かないということ。となると、メールがきていないか気にかかる。しかし、こちらから読みに行こうにも「圏外」連発。山陽新幹線のトンネルの多さを再認識。


新大阪駅から大阪駅近くにあるプロダクションへ。タクシーであっと言う間だった。大阪はメチャ久しぶりなので、車窓を楽しもうと思ったのにぃ。が~っかり。

プロダクションに行くと、ディレクター(女性)と編集マン(プロダクションの社長さん)が待っていて、そのまま編集作業へ。But、ディレクターとぼくとの意思の疎通が取れていず、ち~っとも進まない。

ぼくらの体たらくにあきれられ&怒られていたであろう社長さんは、PM11:00ごろ、「ちゃんと流れを作っておいてくださいね」との言葉と会社のカギを残して帰られた。ま、そうだよね~。編集作業が始まってから、ディレクターと構成係が「あ~だこ~だ、そうじゃないだろ、どうすんべ?」などと言ってるんだから。

社長さんに置いて行かれたディレクターと構成係は番組の流れ作りを開始・・・・とは、ならず。海外取材のインタビューの翻訳(英語)がまだ終わっていないのだった。ぼくは英語が全然ダメなので、語学に堪能なディレクターが聞き取り&翻訳している間、お菓子をかじりつつテレビを見たりして時間をつぶす。よかった、英語ができなくて。

翻訳作業も済み、さて、どんな流れにしようかね? こ~でしょ、あ~でしょ、そ~じゃないでしょぉ、なんてやっていたらAM4:30。あらら、もう朝じゃん。残りはあしたにしよ(って、今日じゃんか)と、会社の並びに立つホテルにチェック・イン。

ふわわぁぁぁ・・・・と、ベッドに入ったのはAM5:30。

で、目が覚めたのはAM8:00。二度寝すると目が覚めないタチなので、そのまま起きてる。ちと眠い~、でも、ホテルのチェック・アウトはAM10:00。仕方ないからフロントでとっとと手続き。この日は10時前後に大事な電話が入る予定だったからロビーで電話を待ってたら、ディレクター嬢がふらふらよたよたやってきた。チェック・インしたあと、そのまま別の仕事をしていたらそのまま夜明けとなったそうな。

あんたね~、仕事をこなすのはエラいと思うけど、そんなことしてると体を壊しまっせ。

同時進行の番組を三本抱えているディレクター嬢は「わかっちゃいるけどやめられない」などと言いつつ、電話を待つぼくをロビーに残してよたよたとプロダクションへ。大丈夫かね?



この日、ぼくは編集の途中でプロダクションにサヨナラ。翌日は東京でナレーションの収録なのだった。仕事って、重なるときは重なるもんなのよね。


ふぅ。。。。
ゆっくり風呂に入って、まったりしたか~。




築30年になろうとする我が家。雨、風、太陽光線で軒下の板があちこちべろりんと垂れ下がって久しい。さすがにこりゃみっともないし、そこから家が崩れていっては困るので、修理を依頼した。

工事の下見が済んで数日後、足場屋さんが3人、トラック2台でやってきた。

トラックからさっさとパイプと踏み台を降ろすと、がちゃがちゃ屋根に登っていく。そして、次は何番、次は何番と声を掛けながら、しゅぱしゅぱ足場を建てていく。

我が家は見る間にフレームだけのマジンガーZのようになり、ものの2時間しないうちに作業は終了。「終わりましたっす!」のひと言を残し、足場屋さんは去っていった。

思わず見とれるような手際の良さ。いや、大感心。職人だわぁ。
いいなぁ、腕があるって。


テレビ界って、職人が減ってる気がする。

道具の使い勝手が良くなって、今や短い番組の編集などはディレクターがパソコンを使ってやっている。撮影してきた映像素材をテープからハードディスクへ丸々コピーし、そこから使いたい映像を切り取って、ソフトでつなぐ。

自分でつなげ!というのが局や制作セクションの方針だったりすると、ディレクターはイヤでもパソコンが使えなくちゃならないし、編集用ソフトも使いこなせるようにならなきゃならない。それはディレクターの仕事を増やすことだし、「編集マンとしての給料もよこせ!」と主張してもおかしくはない。

でも、編集マンとしてはディレクターは素人だ。パソコンのソフトは使い易くなってきているから、ちょっと練習すれば誰でも映像をつなげる。だけど、それは「つながる」だけであって、編集センスとか技術を磨いてきた編集マンの仕事じゃない。視聴者は素人がつないでいる番組を見せられることになる。

ちょっと変でない?

現場のディレクターは「一生懸命やってる」と言う。覚えるのに必死だとも言う。そりゃ、よくわかる。ぼくだって覚えたくもないソフトの使い方を覚えさせられて、その道のプロにやってもらいたい編集を素人の自分がやって、それを「番組でございます」と視聴者に提示するようなコワい仕事はしたくない。ディレクターはシステム簡略化の被害者だと思う。

でも、やっぱり変だよね。

テレビって面白い世界で、製品である番組の出来を確認して流すということをしない。プロデューサーや代理店、スポンサーのチェックもあったりはするけれど、「製品としての完成度」などを問われたりはしない。

メーカーの製品のように歩留まりなんて思考はないし、活字メディアのように、表に出してから勝負という厳しさもない。視聴率という必要悪的な尺度はあるけれど、それだけが番組の出来を示すものじゃない。

流して終わりの、瞬間芸のようなテレビの世界。視聴者からのフィードバックも期待できないとすると、制作側の満足度ってなんに求めればいいんだろう?

って考えると、求めるものは“自己満足度”ってことになるんだなぁ。で、それは自分の“職人度”ってことにもなると思う。それは編集技術でもいいし、センスでもいいし、「このフィールドはオレに任せろ」っていう取材分野への特化でもいい。じゃないと、番組が光らない気がする。

近い将来、カメラもディレクターが自分で回すようになるだろう。取材も、カメラも、編集も、なんでも“そこそこ”できれば、ディレクターとして一人前。そんな「制作部」ってアリだろうか? 看板に偽りありって言われても反論できない業界になってしまうんじゃなかろうか。

なんて思いつつ、我が身を振り返ると、胸を張れないんだなぁ。「番組構成師」っていかがわしい旗を立てたのも、この仕事を始めたころに「職人になりたい」って思ったからだけど、はや18年目。ち~とも腕に職がついとらん。


そうだよね。人のことはいいから、自分のスキルをあげなきゃね。
反省しよ。




取材テープを見る。
最近は素材を「テープ」じゃなくて、「DVD」にダビングして送ってくれる局も出てきた。きょう、見たのは「DVD」。パソコンの画面上に出しながら書き起こしできるし、止めたり戻したり進めたりの他にも、細かい速度の調節ができるので、かなり重宝。いいわ、こりゃ。


見ていた中に豆腐屋さんが登場。朝の仕込みは1時半から! それって「朝」じゃないがね、「深夜」じゃろ。寝るのが夜の10時過ぎ、起きるのが零時を回ってすぐの1時とか・・・・・。

偉かぁ。

もう店を息子に譲ったおばあさんが、「とにかく寝たいと思いよったな」と言って笑う。

偉かぁ。


朝早くから起き出して黙々と仕事をする人もあり、連日、夜を徹して働く人もあり。


みんな、偉かぁ。
その日のうちに寝てしまうぼくなんて、遊んでるようなもんだわね。

がんばろ。



きょうもいい天気。
ちょろっとドライブ。

ぶっぶー。

クラクションは鳴らさないけどね。

しかし、どうもスキッとしない。
お仕事からの逃避だもんね。

あぁ、
心晴れやかにドライブしたいな。

きょうも山の端に陽が沈む。

穏やかなあしたが来ますように。
そして、無理なく一日が終わりますように。

南無阿弥陀仏&アーメン。。。。

夕陽を見るときだけ、信心深いのであった。

あぁ、いいお天気。
でも、またお仕事。

ゆっくり、まったり、
のんびり、したいね。

炭坑街はとてもいいところだったけれど、悲しいような、辛いような想い出もある。その想い出は、今のぼくの立ち位置に強く影響を与えているような気がずっとしてる。

ぼくの家にはお袋と姉とぼく、そして生活を共にしていた男性とその娘の5人が暮らしていた。男性の娘は姉とぼくとの間の年齢だったので、そのころ、ぼくには姉がふたりいたことになる。

ぼくが幼稚園のころ、男性は労働運動に首をつっこんでいて、板張りの台所に置いてあったテーブルのまわりには、炭坑で働く人たちや、近くの大企業に勤務する人たちがいつもたむろしていた。

そのテーブルは鉄道の枕木で作られた、黒光りするどっしりとした大きなもので、ぼくや隣の家の同い年の赤ん坊などがその上に座り、ソーメンを手づかみで食べていたりしたものだ。

そのテーブルの周りでは、いろんなことが起こった。

ある夜、一緒に暮らす男性の元へ、若い男が怒鳴り込んできた。何度もみたことがあるあんちゃんで、炭坑夫だったような記憶があるが、なんせ幼稚園に入るか入らないかのころなので定かでない。

が、とにかくものすごい勢いで飛び込んできたその男は、手に包丁を握っていた。

同居している男性は取り乱すことなく、「まぁ、落ち着け」みたいなことを言っていた気がするが、包丁の光が恐かったぼくはお袋の胸にすがっていた。お袋はぼくを抱き締めながら「だいじょうぶよ、だいじょうぶ」と言っていたような気がするが、これも定かではない。

幼いぼくは、台所に響く男の罵声と、それに冷静に答える男性の声を聞きながら隣の部屋で眠ってしまった。

翌朝、男性は腕に包帯を巻いていた。その白さに、前夜の恐怖がよみがえった。

男性の怪我は大したことなかったし、警察もやってくることはなかった。そのあんちゃんはその後も顔を見せていたから、もめ事はあとを引かなかったのだろう。

でも、なぜそのあんちゃんは包丁片手に飛び込んできたのか? どうやら労働運動のやり方、あり方でぎくしゃくしたあげくの出来事だったらしい。あんちゃんは勤め先に首を切られそうな状態だったのだと、中学に入るころに聞いた。


この出来事のもう少しあと、ぼくが小学生のころ。台所の板張りの上で、見慣れたおじさんがうぉんうぉん泣いていた。首から腕を吊っていたような気がするが、記憶違いかもしれない。でも、腕や顔に傷があったのは確かだ。

おじさんは、なぜ声をあげて泣いていたのか? 子供の目から見たら、もう十二分に「いいおとな」だったおじさんが?

以下は、のちに聞いた話。すべて真実かどうかはわからない。

おじさんは某大企業に勤める労働者で、人員整理をしようとする会社側と対峙している労働組合の一員だった。会社側は労働者間のつながりを壊すべく、組合員の一部を会社側に取り込もうと画策する。

アメを配られ、会社側へと転向したある元組合員が、運動破りの実力行使に出た。組合の中心人物のひとりだったおじさんを車ではねたのだ。

おじさんははねられ、ケガをした。でも、ぼくの家の板張りで声をあげて泣いていたのは、傷がうずいたからじゃない。同志だと思っていた人間が、手のひらを返したように会社におもねり、信じられない行動に出た。その悔しさ、虚しさに、声をあげて泣いたのだ。


どこまでが真実なのやら、聞いた話なのでわからない。

でも、あんちゃんが包丁片手に怒鳴り込んできたのは事実だし、おじさんが声をあげて泣いていたのも事実だ。そしてそのどちらも、会社という組織に追い詰められた結果の、感情の爆発だった。


学生時代、ぼくは「雇用される」ということに恐怖を感じていた。なぜ会社という組織に身をゆだねてしまうような働き方ができるのか、なぜ終身雇用という潜在的に人間を侮蔑しているシステムに身をおけるのか、まったく理解ができなかった。

そんな、ぼくがいだいた雇用への恐怖は、あんちゃんが持つ包丁の光や、板張りに座り込んだおじさんの泣き声にその根源があるような気がする。


もう四半世紀以上前。ぼくは友人に誘われ、月に一回の勉強会に顔を出していた。それはテーマにひかれたから。そのテーマは「働くことの意味」。ま、勉強会の実際は、喫茶店に集まってお茶をしながら思い思いにだべるだけだったのだけど、ある企業に就職したぼくは、毎月振り込まれる「給料」なるものに違和感を感じ続けていた。

どうして毎月決まった日になると、ぼくの銀行の口座には決まった金額が入金されるのだろう? 身を粉にして働いても、えへらえへらと過ごしていても、会社はぼくに金をくれるのだ。

この金は、いったい、なんなのだろう?


その違和感は、今も消えない。

働くって、なんなのだろう?
どうしてみんな、平気な顔をして、莫大な金額を受け取ることができるのだろう?

いつの間にか、「首切り」は「リストラ」と言葉を変えた。
どうしてこんな言葉を、みんな平気で使うことができるのだろう?

炭坑街のガキがいだいた疑問は、今もまったく解消されてはいない。




今週は奇数日には社員の如く朝から局に行き、偶数日は自宅でパソコンに向かってうなるという日の繰り返し。一時間番組の編集中なのだけど、

  粗編集=100分強 → 第2稿=67分弱

と、変遷。一回の再編集で30分以上落としたことになる。落ちた方々、ごめんなさい。

1時間番組とは言え、CMが入るので実際に番組に割くことのできる時間は47分程度。上記の67分にはオープニングが入っていないので、これから最低25分は短くしなくてはならない。

ここからが、ツライ。

構成係のぼくは、冷徹に「これは、いらん」と言えるのだけど、自ら取材に行き、相手が少年少女なら時にはお菓子なぞも自腹で買ってお土産としながら対象者と人間関係を構築し、聞きづらいことをなだめすかしつつ聞きだしてきたディレクターは断腸の思い、泣いて馬謖を斬る日が続く。

あ、そうそう。ディレクターが取材対象者へと持参するこの土産のたぐいを「取材対象におもねってる」だの、「やらせも同じだ」と言うアホンダラもいるけど、それはよほど名刺に威力がある巨大マスコミの「寄らば大樹の陰野郎」か、現場を知らない無知蒙昧な「エセ文化人」。誰が信用も信頼もしない相手に、話したくない、触れられたくないことをしゃべるだろうか。信頼関係を作るには、たとえカメラをまわさなくても足繁く通わなくてはならないし、時には小道具だって必要なのだよ。

と、思いつつ、やっぱり「いらん」とぼくは言うけどね。

今回も、登場人物のひとりを落とすべきかどうなのかの瀬戸際に来ちょる。ディレクターはもちろん、編集マンも、ぼくも落としたくはないし、落とす前の流れを知っているだけに、落とすと内容がすんなりあっさり、まろやか薄味番組なってしまう。でも、落としたら落としたで、視聴者は「薄味番組」を薄味と感じずに、なんの違和感もなく見るだろう。

14日にはナレーションを頼んだ女優さんにナレーションの原稿を送らにゃいかん。タイム・リミットは迫っちょる。困ったね。

しかし、どうして毎回せっぱ詰まるんでしょう? この仕事を18年間やっているけれど、余裕綽々でスケジュールをこなしたことって片手で数えるくらいしかない。それにここ数年、せっぱ詰まり度がより逼迫してきたように感じる。編集期間が短くなっているということもあるんだろうな。

あぁ、なにごともなく、無事に終わりますように。。。。

ま、必ずなにかあるんだけどさ。




今日は、ぼくの誕生日。なおかつ休日。わぁ、めでたい。

でも、仕事。

待ち合わせはホテルのロビー。約束の時間に行くと、相手はまだ到着していない。他県から飛行機でやってくるのだし、地下鉄からこのホテルまで迷うことなしに到着できるような方ではないから、そのうちやって来るだろうとロビーのソファに座って待つこと15分。

おいでなさった方が言うには、

「地下鉄、反対側に出てしまったぁ」

ほら、やっぱりね。

どこで打合せをしようかと相談していたら、フロントの女性が、

「あの、レストランをお使いください」

そう言ってくれた。朝食の時だけに使っているレストランをぼくらのために開放してくれた。まぁ、親切。

打合せを始めようとしたら、相手が言った。

「あ~、ラフ、忘れたぁ!」

ほら、やっぱりね~。なにか忘れると思ったんだよぉ。で、ぼくが持っていたラフをフロントでコピーさせていただくことに。

フロントから戻ってきた相手が言った。

「お金を払おうとしたら、枚数か少ないから結構です、だって」

ま~、親切! こういうサービスが、「今度、機会があったら泊まりたい」と思わせるんだろうなぁ。


それから、海外取材の大変さをたっくさん聞きつつ、徐々に打合せの本題へ。2時間番組だから、ひと通りの話をするだけでも時間がかかる。思いつきでしゃべり合うことを、相手がパソコンに打ち込んでいく。

徐々にバテてくる。アイデアが出ず、脳みそが沸騰する。

「で、どうする?」

相手は問いかけて、そのまま、シーン・・・・・・・。息が詰まるぅ・・・・・。

う~ん、な~んも思い浮かばんぞぉ。

そんなときに、携帯が鳴る。それも、絶妙なタイミングで2回。
ちょいと席をはずし、携帯でしばし歓談。行き詰まり、気詰まりを救ってくれた電話に感謝。

ホッ。


そんなあんなこんなで、打合せは計7時間。で、なんとなくひと通り終了。ぼくがあと10日間は動きが取れないので、まとめは相手がすることに。

ごめんね、よろしく~。

なんて感じで家に戻ると11時過ぎ。ねみぃわぁ。


去年も、一昨年も、誕生日はお仕事だったっけ。
今年は電話でひと息入れられた。ありがとぉ!



ふぬけのようにテレビ画面を眺めていたら、ニュースキャスターのお姉さんが「今週末は三連休ですね」とおっしゃった。カレンダーを眺めてみると、なるほど、3日は祝日らしく赤くなっていて、4日・5日は土曜と日曜。はぁ、確かに三連休だわ、世間的には。

今の仕事を始めてからというもの、「曜日」ではなく「日付」で動いているので、きょうが何曜日か忘れてしまうこと、多し。今週末の三連休も、春のゴールデン・ウィークも、カレンダー通りに休んだことがない。って言うか、休みの日に働かないとアカンようになってるのよね、仕事の流れが。

週末に、「週明けでいいよ」と頼まれること、多し。

昔は、「人に頼んどいて、自分は土日とお休みでっか~?」と思ったりもしたけど、今となっては、はいはいOK、なんでもやりまっせ、てな感じだなぁ。慣れっていうのは恐か~。

「なんでも」と書いたけど、それは可能なことに限る。どんなに頼まれようが、脅かされようが、すかされようが、できないものはできん。三日間、一睡もせずにできるのならば眠らなければいいけれど、できんものはできんのだ。

それが分からない依頼主がたまにいる。

ずっとずっと昔、20年ほど前。東京で編集プロダクションに勤めていたころ。某大手出版社の孫請けで、「小学校低学年向けコンピュータ絵本・全8巻」てな出版物を担当したときのこと。あ、この話は以前、書いたなぁ…。ま、いいや。

「誰が買うんだろ?」と担当した人間が言うのもなんだけど、8巻セットでボックスに入ったこの絵本。ぼくが打合せに出向いたときには既に日本全国の小学校と公立の図書館、合わせて○○セット(数字は忘れたけど、売り上げは軽くン千万だった)ご購入が決まっていた。

その大手出版社は学校関係の図書が大得意なのだった。

そんな流通ルートがあるのかぁ。確かに販売部数が読めるもんなぁ。
おいしい商売だなぁ……と思った。爆発的ヒットは必要ないんだもんね。

鋭意、編集をやってたある日の夕方、某大手出版社の部長さんから直に電話が入った。通例ならばぼくら孫請けのところには元請けを通して指示がくる。そうしないと仕事の進み具合いがわからなくなってしまうから。

でも、この部長さん、常識無し、遠慮知らずの方で、その上、編集の流れもご存じない困った方だった。

電話に出ると部長さんは、

「用語集を各巻末につけることにしたよ。原稿、あしたまでによろしくね」

とおっしゃった。ま、もっと「仕事をまわしてやってるのはオレだ」然とした言葉遣いだったけど、書くとアタマにくるからこの程度にしとこ。

電話の言葉を聞きながら、こヤツはバカに相違ないと思った。コンピュータ用語を小学校低学年向けに解説する。ということは、オトナにも理解不能なコトバをコドモに分かるよう文章でときほぐすってこと。それって、どえらく手間がかかるってことがおわかりになってない。

その、手間がかかる言葉が全8巻で250語前後ある。それを、日も暮れかかった夕方、電話一本で「あしたまでによろしくね」と言える神経とセンスには敬意を表すにやぶさかじゃないけど、それ、死んでもできまへんで。担当はワシひとりしかおらんとですから。

てなことを懇切丁寧にお話ししたのだけれど、おわかりにならない。で、電話が切れたあと、FAXで指示のダメ押しがきた。

これからあとの展開が、ちょっと悲しかった。

アタマにきて怒鳴り込んでやろうと思ったら、元請けの社長(当時、30代半ば)が言った。

「○○さん、がまんして」

その社長の会社は某大手出版社の仕事だけで成り立っていて、部長さんのご機嫌を損ねて仕事がこなくなると、即倒産の憂き目に遭うのが確実だった。この社長は、この部長さんに頭を下げて仕事をもらっているわけだ。とらやの隣のタコ社長みたいだったっけ、若いのに。

他人が頭を下げて受けてきた仕事を、ぼくがぶち壊すわけにはいかない。この仕事はぼくの会社の社長が、この30代半ばの社長に頭を下げて受注した仕事だし。頭の下げっこしながら仕事が回る。あぁ、メビウスの輪みたい。

ぼくの頭の中で、社長の言葉がぐるぐる回った。

「○○さん、がまんして」


現場知らずの部長さんのおかげで、ぼくは「ならぬ堪忍するが堪忍」って言葉、身をもって覚えたよ。ありがとさん。


どんな仕事でも、現場知らずの言葉先走り管理職って必ずいるみたい。組織で生きながらえて偉くなったのは大したもんだと思うけど、発注元だろうが、社長だろうが、ヤクザの親分だろうが、総理大臣だろうが、金正日さんだろうが、カミ様だろうが、どこの誰がなんと言っても、できんもんはできんのでっせ。

そこんとこを把握しないと、現場を動かすことはできませぬ。


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