番組構成師 [ izumatsu ] の部屋


プレステ3が180台、一挙に盗まれたそうな。

発売が延期されていたプレステ3、その人気はすごいらしい。販売店には長い列ができ、買い占め&転売をはかるブローカーに雇われた人たちも買っては並び、買っては並び。妙なところで礼儀と常識を知ってるなぁと、ちょっと感心。

でも、ゲームをまったくやらないぼくには、並ぶ気持ちも、盗む気持ちもわからない。


昔々。今は合併し、スクウェア・エニックスとなったスクウェアとエニックスの両社を取材したことがある。「ドラゴンクエスト」が爆発的にヒットし、それに少し遅れて「ファイナル・ファンタジー」が発売されようとするころだったろうか。

取材対象はソフトを開発する20代の若者たち。泊まり込みでプログラムを組んでいるというある若者は、寝不足で目を赤くしていた。開発室の床には寝袋が転がり、カップラーメンの食べかけが冷たくなっていたっけ。

激務でしんどそうだったけど、自分たちの力で新しい世界を拓いて行っているという情熱を感じた。ぼくと年齢がほとんど同じの若者たち。偉いもんだなぁと感心したっけ。

でも、同時に、ゲームソフトの限界みたいなもの感じた。

彼らがプログラミングしたこと以外のことって、ぼくらはできないんじゃないの?

そう思うと、ず~んと白けたっけ。


夜を徹してプログラミングしている姿を見たときに思った。ゲームをやり、熱中している、そのときのぼくは、彼らの手のひらの上で踊っているんだなぁって。

「お釈迦様の掌の上を飛ぶ孫悟空」って感じかな。

緻密に、綿密に練り上げられたストーリー。音楽も、キャラクターも、一流の人が力をふるっている。プログラマーも叡智を尽くし、よりよいもの、おもしろいものを作り上げようとしていた。それはすごくよくわかった。

でもなぁ・・・・・。

やってる途中で自分の空想に遊んだり、その空想の方がおもしろくなって手元が止まったり、そのままアタマの中がどこかへ行ってしまったり。そんなことができないんじゃ、それって「遊び」じゃないんじゃない?

そこがマンガや、小説や、テレビや、映画と、決定的に違うな・・・。

マンガも、小説も、テレビも、映画も、読んだり見たりしている途中でも自分の世界に浸れるし、想像をたくましくすれば、その世界をどんな風にでも作り上げられるし、広げられる。想像の世界への導入部分はマンガや小説やテレビや映画に作ってもらったとしても、それを遊ばせるのは自分自身。だから、おもしろいんじゃないのかなぁ。

ゲーム・・・行く先も、行き方も、結果もプログラミングされているストーリーをたどるのって、そんなにおもしろいのかなぁ。

なんてことを思いながら、取材をしたっけ。

そのときはぼんやりとしか思ってなかったから、ゲームの開発に携わる若者たちにそのことを尋ねなかった。なんて答えてくれただろうか? きいてみればよかったな。


ぼくのこんな感想は、食わず嫌いの思い込みなんだろう。

でも、家電量販店の店頭などでゲームに没頭する子どもたちや少年たち、若者たちを見ていると、いつの間にやら彼らが「孫悟空」に見えてくるんだなぁ。

偏見かしら?



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