番組構成師 [ izumatsu ] の部屋


大晦日も午後11時を過ぎた。2006年、平成18年もあと40数分也。一年間って過ぎてみるとほんに“あ”と言う間だなぁと改めて実感。

今年は、いい年だった。

仕事では、いろんな人に初対面。とても素敵な心惹かれる人も、メチャクチャひで~“この野郎!”人間もいたりしたけれど、「あぁ、いろんな人がいるんだなぁ。おもろいなぁ」と感じることがまだできることで良しとしよう。

新たに出会うのは人だけではなくて、会社という組織とも邂逅する。どことは言えないけれど、この仕事を始めて18年にして、「こんなに冷たい、まるで深海のような、しんしんと心に凍みる冷たさをたたえたところもあるのか」と感じた組織の存在を知ったことは、ぼくにとって得難い経験だった。

局に限らず、どんな会社でも、社内ですれ違う人が社員であれゲストであれ、「こんにちは」とか「お疲れ様です」とか声をかけるだろうし、声を出さないとしても、黙礼したり、軽く会釈したりするのは最低限の礼儀。

しかし、その会社では、廊下で社員とすれ違っても黙礼さえしないのだ。たまに「お疲れ様です」と言い合う相手を見ると、こちらもあちらも“ゲスト”のカードを首からぶらさげていたりした。ゲスト同士で挨拶してどうすんねん!

その会社で仕事をしていると、あまりの冷たさにぼくも深海魚になった気がした。組織は大きくなればなるほど人間味が薄れると言ったりするけれど、それは企業ポリシーで変わるだろうから一概にそうは言えない。巨大組織でも素敵な人間関係のところもある。

しかし、そこは違った。

きっと「頭曲がれば、尾も曲がる」ってヤツじゃないかな。大体、大株主の新聞社から数年の腰掛けでやってくる社長ってのがおかしい。前任者と違うことをしようとし、仕事のできる人間たちを平気で飛ばしたりする。現場の大切さ、現場から生まれる番組の重みってのを知らない“社長”に牛耳られてエエんかい!

フリーのぼくは得意先が減ってもいいやと思えば何とでも言えるけど、社員はそんな声を上げるには覚悟がいるな。

でもね。腹をくくらないと当然の権利も主張できない組織って、ホントは変なんじゃないかい?


ブログでは、いろんな人に再会した。中学、高校、大学、それぞれの時代の友人たちがこのページを訪ねてくれた。今の仕事を始めてから知り合った人も、どこで見つけたやら知ったやら、ここで再会。文字上だけの再会だったけど、元気で生活していることが分かったことはとてもうれしいことだった。


我が家は外観だけが新品となった。

軒板を取り替え、屋根を葺き替え、壁を塗り替える我が家のリフレッシュ。初冬の悪天候に予定をくるわされながらも、大晦日前に足場をとりはずすことができた。2階の屋根の上まで足場が組まれた家の外観はマジンガーZ風。それはそれでかなり気に入っていたのだけど、業者さんは「大晦日までにはなんとか」と言っていたので良かった良かった。

これであと30年はこの家に住めるらしい。そっか、家賃の心配はないということだな。


あと3分で“今年”が終わる。新年がやってくる。

「一年の計は元旦にあり」と言う。どうして元旦に一年の計を置かねばならないのか、ちょっと首をひねる。“計”なんて思いつきだから、衝撃的なことがあった日や、「これだ!」と思えることに巡り会った日であれば、2月であろうが5月であろうが7月であろうが、“計”を置いていいはずだ。どうしてみんなそろって、こぞって同じ日に、同じ思いにならなくちゃならないんだろう。

なんて、そんな屁理屈をムリヤリ言う必要もないな

おっと、零時を過ぎてる。


みなさま、明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願い申しあげます。



なんにしろ、出会いを大切にしながら、平穏な年であってくれるといいな。


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フセイン元大統領があっさり処刑された。死刑という判決が出されてからわずか四日。あまりの素早さに驚くばかり。その、あまりの早さとあっさりさに、絞首刑に処せられたのは“影武者”じゃなかろうかと思ったり。

処刑、早すぎ。

裁判に関する情報はほとんど流されず、フセインさんが何をやったのかということもほとんど明らかにされなかった。いやいや、なんにもわからないままにフセインさんの口はふさがれたって感じかな。

古い体制が復活することはもうあり得ないということを明確にするため、それだけのためにフセインさんは処刑されたような気がする。彼の口から発せられる虚々実々の情報に戦々恐々とする人々がたくさんいることだろう。そんな人たちはこの処刑でほっと胸をなで下ろしただろう。

アメリカ主導の法廷でフセインさんは裁かれ、世を去った。素早い処刑はブッシュさんの指示があったとフセインさんの弁護団は語っているという。

そうだろうな。

イラクという国で、フセインさんが独裁政権を築き上げることができたのはなぜなのか? その後押しをしたのはアメリカという超大国だったはず。言うことを聞かなくなった傀儡には“死”しかないということをフセインさんの処刑は明らかにしたということなのかな。

彼を葬り去ることで表に現れることのなくなった真実がどれほどあることか。

イラクにミサイルを撃ち込み、あまたの市民を死に至らしめた大義名分の“大量破壊兵器”はどこにあるのだろう。「実は、ありませんでした」というレポートもまとめられたけど、でっち上げ情報を元に主権国家への侵攻を命じたブッシュさんが国際法廷で裁かれることは、未来永劫、ないだろう。

結局、力あるものが正しことになっちゃうのね・・・なんて、諦めはしないからね。