番組構成師 [ izumatsu ] の部屋


捏造捏造、続いて捏造。慣れというのは怖い。

「チェック機関が機能していなかった」と局側は言っているようだけど、そんな機関があったのかしら? 下請けから納品されたら、そのままオンエアしてるんじゃない?

視聴率がいい番組だけに、なおさら、チェックをしていたとは思えない。

と、ここまで書いたら、NHKのニュースで「プロデューサーが7回、チェックしたが捏造を見抜けなかった」だと。それは捏造を“見つけようとしなかった”からじゃない? 視聴率を稼げるかどうかを見る、それがテレビ番組のプロデューサーの役割になってしまってるんじゃない?

朝な夕なに納豆を食ったり、味噌汁をたっぷり飲んだり、レタスをバリバリ食うだけで、痩せる、不眠が解消する。その「最初にありき」のゴールに向けて番組を作るから、ムリヤリのストーリーができあがる。傍目から見ると「おかしいだろ、それ」と思えるそのゴールを“おかしい”と思う余地が脳みそにないと、番組を何回チェックしたって“捏造”を見抜けるワケがない。

今ごろ、戦々恐々としているテレビ関係者も多かろう。


しかしねぇ。。。

ちまたに流れる「テレビってそんなものじゃん」という認識。「捏造なんて日常茶飯事じゃないの」と言い切られるのがやるせない。オレらは真面目に作ってるよ、なんて、当たり前過ぎて反論にさえなりゃしない。

テレビは時間を切り売りすることで成り立っている。ある時間はおちゃらけをやり、ある時間はスポーツをやり、別の時間ではドラマをやり、他の時間帯ではニュースを視聴者へ届ける。NHKも含めて、どの局もそう。

テレビ局には(特に「日本の」と言えるかもしれないけど)総体としての独自の「顔」がない。NHKも民放キー局もローカル局も、混沌とした得体の知れなさをその個性としている。その混沌の中には捏造も含まれてしまうのかな。

テレビ放送が始まって半世紀以上の時間が流れた。なのに、「テレビはジャーナリズムたり得るか?」「テレビはメディアか?」という問いがいまだに成り立つ。新聞社が出している雑誌に「テレビの未来」をテーマにした座談会などが掲載される。

その程度なのかな、テレビってのは。

ひとつのテレビ局が、ある番組では社会の実相を伝え、他の番組では捏造をやる。それでは、テレビは、未来永劫、ジャーナリズムにはなり得ない。


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