番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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あっちこっちウロチョロしてると移動が多い。ほんとは電車・列車で動きたいのだけど、地面がつながってなくてレールが届かないところや、地続きなのだけどレールが大きく迂回してるので特急に乗ってもどえらく時間がかかるところなどは、空から行くことになる。

学生時代は飛行機が嫌いで(お金もなかったからだけど)、東京から帰省するときは絶対に列車。たまには新幹線でふるさとまで直帰することもあったけど、普通は友人のいる京都へ途中下車してアルバイトしたり、遊んだり。

ぼくが学生のころは岐阜県の大垣行きの夜行鈍行という列車があって、それに乗ると大垣に朝の6時くらいに着いた。そこでまた鈍行に乗り換えて京都へ。通勤・通学の人たちに混じって、ぼくのような文無し旅行のフラフラ学生がちらほらいたっけ。

できれば、山の向こうの穏やかな街にも、海を隔てた優しい島にも列車で行きたいなぁ。

一度だけ、山の向こうの穏やかな街を特急で往復したことがあるけど、その時は反省した。遠くて遠くて、疲れて疲れて。やっぱり、フーテンに近い、背負うモノがなにもない学生の鈍行旅行と、行く先にはやらねばならない仕事が待っている社会人の義務で乗る特急旅行とは全然違う。

でも、行った先でやったことがホッとできることであったかどうかで、その疲れ方が全然違う。出先で体験したりやったりしたことに満足できれば、帰り道の心も体も心地よい疲労感に包まれる。

ま、その逆のときの方が多いのだけど。

二泊三日の旅帰り。きょうの疲労感は心地よい。くーくーグースカ、眠れそうだ。

あしたも良き日でありますように。




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あっちこっちをウロチョロしてて、日記もすっかりご無沙汰してしまった。以前は携帯から更新していたのだけど、機種変更したら使い勝手が変わって、ここにアクセスするまでに時間がかかるようになってしまい、ついつい白紙の日が続くことに。あかんな。。。

なんて、自分のページなのに言い訳をするのも妙な話だけど。

ウロチョロしてると新聞がたまる。仕事柄、新聞はきちんと読んでいなければならないとは思うものの、日々の朝刊・夕刊でさえ全ページを読むことはほとんどないぼくが、積まれた新聞を読破するハズがない。

なのに、やっぱり仕事で必要かなぁと思って沖縄の新聞も購読してたりするから、ちょっと留守にすると郵送形態の新聞が机にほんとに山積みになる。

そのままリサイクルに出すのも気が引ける。かと言って、全部読む気力無し。で、パラパラめくりながら見出しだけを見るというおおちゃくなことを始める。ま、見出しだけでも記事の内容はなんとなくわかるしぃ、と、これもまた言い訳だな。

脳みそ空白状態でひたすら新聞に目を落としていて、びっくりしたのが下の記事。朝刊の一面に大きく掲載されていた。


「沖縄タイムス」2007年2月6日付
夜間中学


記事の内容は、沖縄・那覇市の自主夜間中学(私立の夜間学級)である「珊瑚舎スコーレ夜間中学」で学ぶ60代、70代の女性7人に対し、沖縄県の教育庁が「中学校を卒業したと認定する」と決めたということ。この措置により、同夜間中学の卒業生は定時制・通信制の高校への進学が可能となった。

  → 沖縄タイムス 記事

  → 珊瑚舎スコーレ 夜間中学

ぼくがこの記事にギョッとしたのは、昨年の初夏に同夜間中学を舞台にしたドキュメンタリー番組の制作に参加したから。番組の流れを作るのがぼくの役割なので、ディレクターやカメラマンが取材してきたテープを見ることから始まるのだけど、モニターに出てくるお年寄りたちの、学ぶことへの意欲や楽しげな様子を見ていろんなことを考えさせられた。

授業中の熱心さにも驚いたけど、一番心ひかれたのは、休み時間の皆さんの生き生きとした、若々しくも愛らしい姿。たわいない会話が本当に楽しそう。

そう、戦争や貧困で満足に学校へ通うことが出来なかった生徒たちには「クラスメイト」がいないのだ。

ぼくには思い起こせる教室があるし、頭に浮かぶクラスメイトがいる。いたずら小僧もいれば泣き虫もいた。愛らしい女の子もいれば、腕相撲をしてもねじ伏せられる怖い子もいた。みんなでバスに乗って社会見学へ行ったり、運動会や文化祭などいろんな行事もあった。

その中にはイヤな想い出もあるけれど、夜間中学へ通う生徒たちは違う。そのお年寄りたちには思い出す光景そのものがないのだ。そのことに気づいたときは、ちょっとショックだった。居て当たり前の同級生たち、級友、クラスメイト。あって当然な修学旅行や卒業式。ぼくにはあるそんな想い出をお年寄りたちは持てなかったのだ。どんなに「持ちたい」と願っても。

あるお年寄りは、こう言っていた。

「近所のお友だちが『きょうは同窓会』なんて言うのを聞くたびにうらやましくて。私にも同級生が欲しいと思いました」

まいったね。。。。。


九州・沖縄には公立の夜間中学はない。ぼくが住む地方は在日朝鮮・韓国人の人たちが多く、彼ら向けの夜間中学(夜間学級)は昔からあるし、その活動も盛んだけど、それは学生をはじめ民間の人たちの熱意に支えられている。公立の小・中・高等学校の教室を借りて毎夜行われる民間の夜間中学。

妙な話だ。

公立の夜間中学を設立するのは、地方自治体の教育長の裁量らしい。要するに教育長が「いいよ」と言えば、公立の夜間中学はできるらしいのだ。簡単じゃん。

義務教育を終えることができなかったけど、今、ようやく学ぶ余裕ができたお年寄りがいる。その人は、学校に行きたいという切なる希望を持っていて、「中学を卒業した」ことを証明する卒業証書が欲しいと思っている。

それって、当然の思いなんじゃない? 教育長は何をしとるねん。はよ「いいよ」って言わんかい。

でも、現実には「いいよ」と言う教育長は、日本全国を見渡してもほとんどいない。行政には行政の、いろんな難しい事情やプロセスがあるのだろう。


義務教育って言うけれど、それは「学校に行く義務」じゃない。「教育を受けさせる義務」で、それは親の、ひいては国の責任のはず。戦争や貧しさで学校へ行くことを断念せざるを得ず、義務教育を終えることできなかった人たち。そんな人たちにその権利の完遂を国が保障するのは当然のことのように思えるのだけど。


今回の沖縄県の「卒業認定」は、あくまで「特例措置」。この「珊瑚舎スコーレ夜間中学」が公の「夜間中学」と認められたのではないけれど、那覇の繁華街で、卒業証書を出して欲しいというビラを配り、署名を集めていた夜間中学に通うお年寄りたちには朗報だ。

記事には「高校に挑戦できるなんて夢にも思わなかった。合格したら、卒業まで必死にがんばりたい」という60代後半の女性の話が掲載されている。こんな切なる思いをぼくらは持ったことがあるだろうか?

ないな。。。。。。でも、卒業証書が出そうで良かった。



しかしなぁ、この記事が載った新聞って2月6日付けだもんなぁ。きょうはもう23日。その間、オレってなにしてたんだろぉ?

夜間中学で学ぶお年寄りたちの姿を思い出し、反省しよ。




今月から隣県の某局へ制作のお手伝いに伺うことになった。基本的に第2週、第4週の水曜日~金曜日の予定だけど、今月及び来月は別の仕事でドタバタしてるので行けるときに行くという感じで、先週の木・金及び一昨日、昨日とおじゃま。どちらも打合せがちょっぴり、あとは宴会と、実質的に仕事はしていないけど。

フリーの仕事もしつつ、月に計六日間、勤務するという感じ。その日数は忙しさによりフレキシブルに変わる。

先週の木曜日、初出勤の日。制作部の空いていたデスクをいただき、座って見る景色の新鮮なこと。

ぼくは学校を出てから10年間は会社員だったのだけど、最初に就職した会社以外はオフィスと言えるほどに大きなスペースを持ってはいなかったので、自分のデスクから周囲を見渡すその中に他の社員が仕事をしている姿を見るのは四半世紀ぶり。懐かしい風景だわぁ・・・・と、しばしキョロキョロ。

でも、すぐ飽き、そして苦痛に。

自宅で仕事をしているときは常にやかまし系のハード・ロックな音楽を流しているし、飽きたらゴロリと横になれるけれど、会社となればそうはいかない。ずっとデスクに向かっていなければならないし、脳みそが空白になってもボーゼン自失しているわけにもいかない。

みんな、偉いなぁ。
デスクワークに勤しむ皆さんを見つつ、感心すること、しばし。

会社勤めをしていると、出勤退勤で仕事にケジメや区切りがつけられる。「きょうの仕事はここまで!」と思い切り、帰宅し、風呂に入ってビールでも飲みつつまったりできる。自宅が仕事場ではその切り替えが難しい。

「仕事、や~んぴ」とテレビの前にゴロリとしても、ドアを隔てた向こうにはやらねばならない仕事が「早くしろぉ」と存在感を主張するので心が安まらない。精神衛生上、非常によろしくない。

会社勤務とフリーな身分、どちらも善し悪しってのがあるもんだ。その「悪し」の方だけ2倍にならぬよう気をつけなければ。でも、「善し」を広げると楽しいぞ、きっと。

などと思いつつ、新たな取り組みへのスタートを切った。

ずっとフリーだったので、月々のお手当てをいただくのも20数年ぶり。ぼくが最初に勤めた会社を辞めた一番大きな理由は、仕事をきちんとしてもしなくても決まった金額が決まった日に振り込まれることへの違和感だったのだけど、その違和感から既に四半世紀が過ぎ去り、今は妙に楽しみなのであった。

堕落かしら?

あの、神経がはち切れるような青い違和感を思い出しつつ、がんばろっと。

ぼくの住む地方は、きょう、春一番が吹いた。

きのうの夜半から風がびゅーびゅーで、「あらま、もう春一番かにゃ」とアタマの中で冗談ほのめかしていたのだけど、ほんとに吹くとはね。

2月の半ばだよ、まだ。バレンタインデーって雪が舞ったりするんじゃなかったっけ?

「もう、春だよ」なんて言わないでね~。まだ、心も体も準備ができとりませんけん。

きのうの最高気温は17度。陽射し的には春を突破し、あたかも初夏のごとし。そんな太陽さんさんの中、確定申告を仕上げた反動からか、きょうは脳が瀕死状態。そこに春一番の大風と、陽が落ちてからの気温低下で脳は仮死化。ち~とも働かん。

確定申告の受付はあしたから。こんなに早く済ませる必要はなかったのだけど、とっかかったら一気に頂点を極めないとダメなのだ。二度とそこには戻れない気がして…。実際、戻れなかった年もあるのだった。

今年で17回目の確定申告。でも、前年のことを完璧に忘れてるのはナゼだぁ!

平易に記された「確定申告の手引き」がついているのだけど、今年もまた何が書かれているのかがさっぱりワカラン…。用語も、文章も、図表も、見れば見るほどに脳がしびれる。

例えば、こんな。

  Aの金額×0.25+25,000円(最高5万円)=C
  Bの金額×0.25+25.000円(最高5万円)=D

  控除額=C + D(最高10万円)=E

で、こう書いてある。

  「計算欄 E の金額を14欄に転記します」


書き写すと、すんげ~簡単なことに見えるのだが・・・。「Aの金額って、なに?」から始まってしまうのだなぁ。

で、Aが「一般の保険料」で、Bが「個人年金保険料」だと分かると、「その違いはなに? どうすればわかるの?」となってしまふ。毎年、同じことをやっているのだけれど。この時期、自分の学習能力に自信をなくすなぁ。


  早すぎた春+早すぎた確定申告仕上げ=身体バラバラ


きょうはもう寝るかな。
朝は夜よりも賢いと言うが如し。


あっちウロウロ、こっちでオロオロオロオロ、自宅でズルズルと過ごしている間に、日記を書かない日が半月も過ぎ去ってしまった。

ボウゼンとさせたらいつまでもボウゼンとできる体質なので、時に自分でカツを入れないと冬眠している熊的状態になってしまう。

でも、今年はあまりに暖冬で、熊も冬眠できずに里へと降りてきては猟友会の方々におっかけられたりしている。見かけは愛らしいから、「あら、かわいそ」と思ってしまう。が、熊に出られる里の皆さまはたまったもんじゃないだろうな。

以前、ぼくの住む町を子連れのイノシシが走り回ったことがあった。地元テレビ局のニュースにもなり、イノシシの何頭かは撃たれて(たぶん)しし鍋となったのだけど、残りの数頭(かなりの数だった)は夜のうちに国道を越え、JRの複線のレールを越え、そしてまた県道を越えて、ぼくの家に近い山へと逃げ込んだ。

そのニュースは、地元のぼくらにとっても「のどか」なのだけど、数年に一回は田畑で働くおじさん・おばさんが猪突猛進のイノシシに跳ね飛ばされて大けがを負ったりしてるから、実は「のどか」では済まないわけで。

「平成狸ぽんぽこ」じゃないけれど、動物と人間の棲み分けって、今さら言ってもムリだろう。人間は先住動物にその占拠した領地を明け渡すつもりなどさらさらないし。そうなると見かけの愛らしいヤツらは得で、パンダの子どもなど、「性格はイヤらしい」との陰口などすっ飛ばすほどに愛らしく、こいつらなら絶滅の危機から救ってやって当然などと思ってしまう。

「レッドデータブック」に載ってても「ウスケメクラチビゴミムシ」てな、放送禁止用語を含むその名前からしてどう眺めても愛らしくない昆虫などは、絶滅の危機に瀕していても「お気の毒」なんて思わないし。

オレって、見かけに甘ちゃんなのだなぁ。


あぁ、半月ぶりに指の動くままに書いた内容がこれかぁ。
あかん、精進しよ。


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