番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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ネコ助、朝の4時から
「起きろ、起きろ、遊ばんかぁ」
とフトンをバリバリ。

もうちょっと寝かせてね、頼むから。

陽射しがポカポカし始めたら
ひとりで勝手に丸くなる。


眠い「眠か…」


お前だけを寝かすかぁ!     
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今週のお勤めを終えて空港のラウンジ。アイスココアを飲みつつ、まったり。

今月もあしたで終わり。早いねぇ。もう三ヶ月が過ぎちゃう。まいったね。

今月は毎週いずこかへ巡業してた。のべ18日間の旅の空。と言っても、太陽を拝むことはめったにないのだけれど。

熱を出し、ビジネスホテルで汗まみれになっていたら差し入れをしてもらったりと、皆さまの愛に支えられていることを再認識した巡業の日々でありました。

来月は皆さまにご迷惑をかけぬよう、さらにはいい出来事や出逢いがたくさんありますようにと祈りつつ、今月の旅を締めましょう。

夜、レストランから通りを眺める。南の穏やかな街は今日も暑かった。 25度あったというから、夏日ということ。季節はもう初夏?

でも、降り注ぐ陽射しは南の島に比べてずいぶん穏やか。肌にジリジリという感じじゃなくて、なんだかほんわかしてる。

あぁ、眠たかった…。
ふと気づくと編集が進んでる。自分の気持ちとしては瞬きしただけのつもりなのに、時間は三分進んでる。おかしいなぁ。

放送局もそろそろ来年の新卒採用試験が始まった。現大学三年生がこの業界を目指す。早いなあ。

ハタチそこそこで自分の歩く道を選択するんだから偉い。ぼくはいまだにフワフワしてる。

でもね、放送局には番組を作りたい、真実を追求したい、それがやれるなら待遇は二の次(と言っちゃいけないんだろうけど)だという人に来て欲しい。

地方の一流企業という単なる「就職先」としては見て欲しくないな。

ローカル局が存在できるワケやその意味も考えて欲しい。せめて放送法や電波法くらいには目を通して、放送局がどれほど行政の手のひらに乗っているのかを知って欲しいな。

ジャーナリズムの一翼をになう放送局。しかし、実は鵜飼いの鵜なんじゃないか、首にかかったヒモを握っているのは誰なのか、それを常に考える人たちにやってきて欲しいなぁ。

とにかく、もの作りをしたい人のみが局の門を叩いてくれることを望みたい。

初任給を下げたらどうなんだろ?

搭乗して小一時間後は、南の穏やかな街の空港でヒコーキを見ながらお茶中。

実際に空中を飛んでる時間は30分くらいかな。速かぁ。

地上を電車で走ると6時間もかかる。ヒコーキってすごいなぁ。

すごすぎて、会社に行くまでに時間が余るのがちょっと手持ちぶさた。

ま、いっか。ゆっくりお茶ができるしね。

南の穏やかな街は今日も快晴。頑張ろっと。

南の穏やかな街へ。午前中に8時発11時発のと二便しかないので、この時間には搭乗口。

イナカ住まいなので5時起き。旅は苦にならないけど、やっぱ眠いわぁ。爆睡しよ。

録画してたこんな番組を見た。放送したのは、NHK-BS2。

nhk01

ポール・サイモンやデヴィッド・ギルモアなどの大ベテラン(ドクター・ジョンからアイアン・メイデンまで出た!)から、最近の若い衆まで、たくさんのアーティストが出て、楽しませてくれた。

でも、妙だったのが、画面。上にあげたオープニングの映像じゃわからないけど、これならよくわかる。

nhk02

画面の左右が切れている。「ポール・サイモン」は「ール・サイモン」(長音記号は長さ半分)になってるし、右側縦に出ている文字スーパーは丸々一行が切れてる。サイモンさんがなんて言ってるか、わからんぞ。

この状態はポール・サイモンの演奏中もずっと続き、次なるアーティスト、ピンク・フロイドのデヴィッド・ギルモアのときも同じ。

nhk03

デヴィッド・ギルモアさんも名前の一文字半が切れて奇妙な名前になってるし、演奏している曲 『 ON AN ISLAND 』 も画面に入りきれていない。

あ~らら、これって放送事故にはならんのかな?


横長16:9のハイビジョン・サイズの番組は、現在の四角4:3テレビの画面サイズに合わせて自動的に両端を切るか、それとも横長サイズを4:3の画面にムリヤリはめ込むか(上と下に黒いラインが出る)、大ざっぱに言ってふたつの方法で放送される。

横長ハイビジョン・サイズでその美しさが売り物の「地デジ」は既に始まっているので、どのテレビ局もハイビジョンサイズで番組を作る。しかし、現在、まだまだ大多数を占めるのは4:3のテレビ画面。撮影するカメラマンは左右が切れることを頭に入れながら撮影し、編集室ではオンエア時に切れないように、その位置に注意しながら文字を入れていく。

そんな風に作った番組を横長ハイビジョン・テレビで見ると、顔の作りが真ん中に集まった人を見るような感じになる。「どうして文字が内側に寄ってるの?」ってな感じ。

作ってる方も、とても気になる。が、今は過渡期。仕方ないというのが番組を送る側の判断のようだ。

が、しか~し。

NHKのこの番組は、4:3の画面が大多数を占める現状を知っていながら、無視してハイビジョン・サイズでオンエアしたのね。

ちょっと、ひどくない?

ぼくがこの手の放送を見たのはこれが初めてじゃない。もう3回は見ている。そして、そのすべてがNHKのBSというのはなぜなのかな? 『明日に架ける橋』も同様なオソマツ放送じゃなかったっけ? 

その番組を見た友人は「視聴者をナメてる!」と怒っていたが、そりゃそうだろう。“ハイビジョンありき”っていう高慢な思いが知らず知らずのうちに出たのだから。現状を気遣っていたら、こんなミスなどあり得ない。

あり得ない・・・・そう思いつつ、でも見ていたら、ドクター・ジョンのパートでもっとあり得ないことが起こった。

nhk04

始まりはポール・サイモンたちと同様、左上の名前はやっぱり切れてるし、右縦に出ている文字スーパーも一行分が切れている。

ところが! 次の瞬間、かように変身。

nhk05

右と左がせばまって、名前と文字スーパーがきちんと顔を出したのだ。以降、4:3画面に映るハイビジョン・サイズのまま、無事に番組は終了した。

びっくりしたぁ。

テレビ画面は1秒間に30コマの画像で出来ているから、「両端が切れてるハイビジョン・サイズ」→「4:3画面に収まったハイビジョン・サイズ」へと1/30秒で変身したわけだ。

これって、どんな放送の仕方をしてるんだろう? 編集でこんな奇妙なつなぎ方をするハズがない。オンエア用のテープにコピーするとき、その途中で気づいて切り替えたんだろうか? そんなことってできるのかなぁ。いやいや、できるとしても間違ってることに気づいたら、初めからもう一度やり直すだろう、普通はね。

それとも、オンエア最中に間違いに気づいてあわてて直したのかなぁ?


どうしてこんなことになったんだろう??? 受像機側の問題? そんなことはないよなぁ。


NHKさん、教えてくれませんか、この秘密?


でもね、こんなことが頻繁にあり過ぎ。日本に1億台あると言われてるテレビのうち、ハイビジョン・サイズのものって、まだまだ微々たるものなのよ。どういう思いで番組を流しているのかなぁ。

スポンサーがついた民放が同じことをやったらどうなるか。担当者は命が縮む思いだね。

いやいや、何より、放送局は視聴者をバカにしてると言われても仕方ない。

他山の石とさせていただきます。ありがとさん。







猫タグをたぐっていったら、こんなのが。

 → 「夢の中へ」 笑えた。見てるだけで楽しかぁ。

 → 「くずかごにあたまを」 泣けた。こういうの、ダメですねん。


こちら がオリジナルとか。
FLASH版ではカットされている絵がいくつか含まれてる。


しかし、猫っていいよね、うらやましいな。
うちのネコ助、日だまりでまったり、畳で腹ばい。
今はコタツに入った膝の上でしっぽを頭に乗せてまん丸化。

と思ったら、のっそり膝から降りて水を飲む。
水の中に手を突っ込んで、したたる水滴でノドを潤すのはいいけれど、そのまま歩きまわるのはやめてね。

水飲み01「ちゃぽ」

水飲み02「くんくん」

水飲み03「ぺろぺろ」


あぁ、濡れた手のまま、パソコンなんかに乗らないでぇ!

はらはらしちゃいます。

でも、お前は生まれて一度も「シャーッ!」て言わないね。
ごろごろ転がしても、シッポをつかんで持ちあげても、おなかの下に組み伏せても、ジッとこちらを見つめてダンマリ猫。ツメを切るときも、毛をとくときも、よそ見しながらノドを鳴らしてゴロゴロゴロゴロ。

庭先で眠る先代は、シッポにちょっと触っただけで「シャーッ!」と一喝。ツメでも切ろうものならこの世を叫び倒すほどに鳴きまくった。病院に連れて行ったら大暴れして、注射器を何メートルも吹っ飛ばしたのに。

お前はひたすら怖がって、ぼくの体によじのぼる。

猫にも個性があるんだよね。


まったりしようよ、一緒にテレビを見よう。



メールというものは便利なもので、長い空白の期間があったハズなのに、届いたメールを開いたその時点からその空白期間は消え去って、頭に甦るのは一緒に遊び歩いていたあの頃の顔とたたずまい。

その空白が1年だろうと四半世紀だろうと、いやいやそれ以上だとしても、甦るのはあの頃のあの表情だ。

埋められない、でも、埋める必要もない空白の期間には、それぞれが説明しきれない体験をしてきているはずだけど、それも抜きにして「あらま、久しぶり~」とあの頃に戻る。

便利な、怖い機能のひとつだ、メールが持つ。今現在の相手を知れないし。

唐突に届いたメールは、唐突に途絶える。死んだか、それとも生きているのか、それを知る手だてもない。メールが届いたのだから、この時代の、この地球上にはいたのだろうけど、それが日本なのやら、海の向こうやらもわからない。

結局、なにも事態・状況がわからないままに音信不通となり、友は瞬時に眼前から消え去る。

それがメール。

このページを「見たよ」と言って思いも掛けず近況を知らせてくれた旧知の友。一年経たぬ間にまたかき消えた。今もこのページを見てくれているのやら、それもわかりようがない。


それでもメールは楽しい。

傍若無人な電話のごとく相手に同時間での対応を強制しないし、今を伝えることも出来れば、過ぎ去った時を再現することも出来る。会話のようにリズムある心の交歓もできるし、受け取った言葉を読んでその意味を考える時間を持つことも出来る。

文字の会話にあたたかみを感じない人もいるかも。でも、それは想像力が足りないんじゃないのかな? 行間を(ムリヤリにでも)読むと、短文での交流ってのも結構スリリングだと思うんだけどな。

文面が短いからこそ、発信者の人柄がほの見えることもままあるし。



しかし・・・・機種変更したおニュー携帯の変換バカタレさ加減を思うと気分がなえる。

「御社へ伺います」と書きたくて、「おんしゃへうかが」まで入力する。フツーの辞書なら「おんしゃへう」まで打つと目的の一文「御社へ伺います」という候補が出るハズ。

でも、このおニュー携帯は違うんだなぁ。

「おんしゃへうかが」の候補筆頭 =「御社へ羽化が」

そんな日本語、ね~だろ! あほんだらぁ!!

も~、抹殺してやろうかしら。

あかん、きょうも携帯の愚痴で終わってしまった・・・。



三泊四日で家に戻ると、ひさびさのネコ助。

べろりん「いっちょ、もんだろ」

「べろりんべろりんべ~ろべろ」

お手柔らかに・・・。



編集のメドがつき、ぼくはお役ごめん。早目に搭乗口に行くと山の人。天気が悪いせいなのか、使用機が到着しないらしく、続々と遅れてる。

今、東京行きの便が「さらに遅れまして~」とアナウンス。沸き上がる不満の声。ま、しゃ~ないね。待つしかないし。

でも、ぼくが乗る便は定刻だそうな。なんだか申しわけないな。

南の穏やかな街にサヨナラ。でも、来週も来るかもね。


今日はホントにあったかい。街を歩くと雲ひとつない空。上着もいらない。少し歩くだけで汗ばんでくる。春の始めは苦手な季節だけど、今日の陽射しは気持ちがいいな。

でも、外に出たのはこの時だけ。あとは陽の傾きも感じない部屋にこもって編集三昧。こりゃ、体に良くはないわな。

なんて書いてる今の時間は午前二時過ぎ。「今の制作現場は!」「ローカル局のこれからは?」なんてマジメな話を盛り込みつつの飲み会を経てこの時間。

話の内容は後日にしよう。なんせアホンダラ変換のケータイ君。ここまで打つのに20分が過ぎ去った。ふう…。

あぁ、今回もこの穏やかな街を知らないままにサヨナラするのかな。ホテルから半径300メートルくらいしか歩かないもんな。

ま、眠たくなれば寝ればいい。フトンもかけずにゴロゴロできるあったかさは嬉しいな。眠りに入るまで、心地好い空想に遊ぶべし。


南の穏やかな街にあったかい。雲ひとつない空から太陽さんさん。あぁ、気持ちよかぁ。のんびりまったりしたいなぁ。

食事に出た街角で見つけた花。何の花?花の名前にはトンと疎いので、よ~わからん。

でも、穏やかな陽射しのもとであでやかに咲く花。綺麗だな。都会の真ん中で、ちょっと気の毒だけど。

綺麗な姿を見せ続けてくださいな。

引き続き、編集中。まだつながっていないのだけど、アナウンサーさんの都合で本日ナレーションの収録となる。

先日、制作に参加した番組では隣にディレクターがいるのにもかかわらず、ぼくがナレーションのキュー出しをやったけど、今日はディレクター氏が自らとりおこなう。だもんで、収録中、ぼくはヒマ。

今日はなぜだかひたすら眠い。編集中、ふと気がつくと全然知らないところをつないでいた。アカン、寝てた。きのうもちゃんと寝たのにな。

ヒトは夜中の零時前に寝るか、過ぎてしまうかで、眠りの効用が違うという。ホントは太陽の出入りに合わせて寝起きするのが一番いいんだろうな。

夜は仕事なぞせずに、自然の呼び声のまま、まったりした方が体にも心にもいいに違いない。

夜遅くならざるを得ないお仕事の方々、体をいたわってあげてくださいませ。

なんて書きつつ、そろそろ午前一時半をまわろうとしてる。「探偵ナイトスクープ」なんぞを見てたら、この時間に。

いかん、明日も居眠りしてしまふ。

寝よっと。


今日からひとまず三泊四日の予定にて南の穏やかな街に巡業。

地域によって生活習慣がやっぱり違うのか、この街では仕事で午前様になることは滅多にない。南の温かな島では確実に二時三時になるんだけどな。ふしぎ~。ま、この街でも飲んで午前様はままあるが。

今夜も零時前にホテル入り。ベッドにゴロンして壁を眺める。いつもは既にグーガー夢をみている頃だけど、旅先では何故かずるずる起きてる。直前まで見知らぬ他人に囲まれつつ仕事をしていて高ぶった神経は、静まるまでに少々時間がかかる。よしよしよしよし…。

こんな時間に電話をする相手もいないしな~。そうそう、飲むとケータイ魔になるオジサンもいたっけ。

今から酒を飲むのもめんどいし、ゴロゴロしながらバスケットでも見よ。

なんてことしながらなかなか寝ないから、遅寝早起きになって、昼間、編集の最中に居眠りしてしまふ。目撃されたこともあるもんなぁ。

明日も寝ないようにせねば。用心用心。


編集室は寒い。今もフリースなどの上着が欠かせない。

こんなに冷えるのに、時々、なぜか体がカユい。どこの局でも、編集室にはどうやら虫がいるらしい。薄いカーペットもどきが敷いてあるので、虫がわくんだろうなぁ。

昔、五日連続で編集室に泊まりこんだら、痒くて眠れなかったことがあったっけ。

で、欠かせないのが殺虫剤。何千万もかけた、技術の最先端ルームとダニ・キンチョール。そぐわないけど、相性ぴったりなのよね。

なんて携帯で書き込んでたら、痒くなってきたぁ。ボリボリ。

軽い気持ちでケータイを機種変更して、反省中。

世界中でバカ売れしている(変更した時は知らなかったけど) Motorazr、コヤツの辞書がアホンダラで…。

的確な予測をしてくれんもんだから、ほとんど全文を打たにゃあならん。

友だちに送る短い文章は苦にならんけど、仕事でも携帯メールを使うことの多いぼくには時にしんどい。

仕事のメールって、ルンルンしながら打てないし~って当たり前だけど。

使い慣れたSONYの携帯に戻したいのだけど、一年たたなきゃ新たな機種変更をしちゃアカンとのこと。

ムリヤリ変更するには、携帯を正規の価格で購入せねばならんのだと。ソニーエリクソン製のワンセグケータイは6万円強だと。

そんな大金が出せるかぁ!

「だせる」と入力したら、「だ競る」と変換。アッホ~!!


コヤツと一年、付き合うのね…。


地元の局へ取材テープの書き起こしに通う。距離は30キロちょっとしかないし、朝の国道もそれほど渋滞するわけでもない。赤信号によくひっかかりはするものの、流れている時は時速70キロは出ている。

なのに、7時半に出て到着するのは9時ちょい過ぎ。なんで1時間半もかかるのかなぁ? 都会の道は不可思議だ。

走っている間、音楽を鳴らしっぱなし。HDにダビングしたものを流してるけど、最近は iPod shuffle に凝ってる。iPod で聴くこともあろうかと、そのためだけに外部入力端子付きのナビをムリヤリ車に積んだんだもの。

でも、車はそんな予定で作られていないから、iPod を固定する場所がない。だもんで、ペットボトルなんかを入れるところに iPod をかみつかせてる。


shuffle01こんな感じ。ちとダサい。


shuffle02shuffle ちょっとちっこ過ぎ。


クリップ型の Shuffle は、かみつく力が弱いのがたまにきずだけど、音は意外なほどに good で嬉しい。

車に乗る前、アルバムを数枚、テキトーに iPod に入れ、ランダム再生。レインボーの「マン・オン・ザ・シルバーマウンテン」に続いて、バッド・フィンガーの「ウィズアウト・ユー」なんて選曲をしてくれる。

う~ん、「 Without You 」の哀しさが、改めて新鮮。

しかし、アルバム単位で聴いていると次の曲がなんだかわかるので安心していられるけど、複数枚でシャッフルすると「この曲、なんだっけ?」という戸惑いが次から次へと出てくるのもまた新鮮。で、いつもは曲名さえ気にせずに聴いていることを改めて実感。アーティストの皆さんに申し訳ないかも。

でもな~。近ごろは曲単位で入手することが可能になっている。リリースする方は一枚の、まとまった「アルバム」としてぼくらリスナーに提示しているはずだけど、そこから好みの曲だけ抜いてダウンロードされてしまうと、表現の形としての「アルバム」の意味ってなんなのかなぁ。

CDサイズに小さくなっても、やっぱりジャケットが中身を彷彿とさせるような、ひとつのまとまりとしての「アルバム」は消えて欲しくないな。

なんて、機械まかせのシャッフル・メドレーを楽しみながら言うのも矛盾してると思うけど、アーティスト側は曲の流れなんかも練りに練って並べているんだろうしね。針をおろす1曲目からA面最後の曲への流れ、そしてB面のスタートからアルバムを締めくくるラストの曲へ。なんて、LP時代の、流れの緊張感って、結構居住まいただして拝聴するって感じもあったっけ。

ま、音楽は楽しめればいいって面もあるけどね。


さてさて、今夜も何枚か iPod へコピー。
あしたはどんな選曲をしてくれるのかな? 楽しみっ。




夜。ニュースを見ていたら、「派遣社員を正社員にするために奮闘する労働組合」なる特集をやっていた。驚いた。そんな奇特な(と言ってはいけないのだが)労働組合が今どき存在するなんて。60年代の話かと思ってしまった。

その会社の労働組合員である正社員の人がこう言っていた。

「彼ら(派遣社員)がいるから、品質がキープできるというのは現実なんで」

正しい認識だと思う。


派遣社員を正社員にすることは、自分たちの給与を下げることになるんじゃないか。

派遣社員を正社員にするよりも、新卒採用を増やして職場に活気を呼び込んだ方がいいんじゃないか。


正社員の組合員にはそれぞれの思いがある。でも、「同じ仕事をしていて、給与は派遣社員の倍以上」という事実を正当なことだと説明できるだけの“社員のプライオリティ”をきちんと説明できる正社員はいない。

正社員である組合員たちに迷いはある。誰もがこの動きに賛同しているとは思えない。しかし、派遣社員にとって「一緒にやろうよ」と声を掛けてくれる仲間のいることの、どんなに心強いことか。

この労働組合は今年の労使交渉に「派遣社員の正社員化」を持ち込んだ。経営側は難色を示し、その提案を退けた。でも、まだ決裂したわけではないそうだ。製品の「品質保持」に派遣社員の力が大きく寄与していることは経営側もわかっていることだから、無視したり無下にすることはできないだろう。

この春闘でこの労働組合の動きが現実の物になる可能性は薄い。しかし、働く人の三人に一人は非正社員となった現在にあってなお「労働力は安けりゃいい」と考える経営陣は、自らの製品を購入してくれる消費者の購買力のことをまるで考えてない、時代に追いつかない経営センスしか持ち合わせていないと言える。

このニュースが流れ始めた当初、ぼ~っとして聞いていたので、どこの、なんという会社の労働組合か聞きそびれてしまった。がんばって要求を勝ち取って欲しいな。


非正社員で品質を保ってるっていうのは、放送業界も同様だ。

「社員の特権ってなんなのさ?!」

先日、酒の席でこんな言葉を聞いた。こう言ったのは契約社員ではなく、怒れる管理職。この人は管理職になる前から「社員の給料に手を付けないと、もうモチベーションは高められない」と言っていたのだけれど。

「オレは社員だって言うんだったら、契約の連中に負けない仕事をしてみろよ!」

世間の人並みに働かないくせに、世間の相場をはるかにしのぐ給料は「もらって当然」という顔をしている社員の多さに、彼の堪忍袋はその緒がもう切れそう。実は、そんな思いにかられている放送人って結構多い。

ぼくはと言えば、とっくに切れている。そして、今は八割方、あきれてる。


なぜ放送局は「免許」という、言ってみれば国のお墨付きをいただきつつ、もっと言えば国のヒモ付きでありながら、特権階級のような仕事の仕方をすることができるんだろう?

キー局のことは知らないが、自社制作番組だけでは黒字化することがほとんどないローカル局で、なぜ自分たち社員はこれほどに優遇されているんだろう?

そもそも、ローカル局って、なぜ存在しているんだろう? 自分たちは何のために(黒字となることのない)番組をも作り続けているんだろう? 「儲ける」という、資本主義の原理に反しているのに。


そんな疑問が湧かないのかなぁ。
もどかしか。




ぶるぶる。

きのうと同じことを書くのも気がひけるが、書かずにいられん。

寒か~。

最高気温が10度に届かないってのは、どういうつもりやねん。春一番はとっくに吹いてるし、庭先の梅の花も完璧に咲き切って今や葉っぱだけとなっているのに。

季節の移り変わりがめちゃめちゃやな。

そう言えば、桜の花の開花時期をめぐり、気象庁や気象サービス会社の予想がまったく逆になっているそうな。例年よりずっと早いという方と、いやいや、開花は遅くなるという予報と。

あったかくなったなぁ、そろそろ出番か。そう勢い込んでいた桜の花も、ここ数日の冷え込みには驚いているだろうなぁ。桜など植物だけじゃなく、土の中で冬を越してる動物たちも、冬の間にきちんと冷え込まなければ、春に心地よく目覚めないそうだ。メリハリが必要なんだね、やっぱし。

今年は灯油を使い切って良かった良かったと思っていたけど、まだまだストーブが活躍する場面が登場しそう。灯油販売の車が廻ってきたとき、思わず購入してしまいました。


しかしね~、あしたの朝の最低気温は零度だそうな。
カンベンしてくれ~。


日溜まりで丸くなっていたネコ助。
体に太陽の熱をたんまりためて、夕方、むっくり起き上がる。

べろりん「べろりん」

準備万端。日が落ちて、夜は彼女の時間だ。
恐ろしや・・・。



きょうは寒かった。明け方、最低気温は零度近くまで下がったそうな。

昼間も冷たい雨が降り続く。きのうの天気予報の予想最高気温は18度だったけど、10度までもあがらなかったんじゃなかろうか。コタツに両足をつっこんでぶ~るぶる。うぅ、冷える・・。

つい先日までおじゃましていた南の島は、地元的には寒かったとは言え、ぼくとしてはあったかだったなぁ。ホテルの部屋で横になりつつ、クーラー入れたっけ。それが、きょうはコタツにストーブだもの。やっぱりあったかい方がいいなぁ。

コタツでゴロゴロ、日がなゴロゴロ。ふと、思う。

「きょうって、何曜日だっけ?」

曜日で区切られることのない、メリハリに欠ける仕事をしてると、きょうが何曜日だったかまったくわからなくなることがしばしば。別に生活上は困らないけど、世間の仲間に入れてもらえてない気分になったりもする。いじけて仲間はずれのひねくれオヤジと化すと危ない。気をつけねば。

カレンダーを見ると、あぁ、土曜日だ。きょうはみんなと一緒。お休みにしよ。

コタツでぬくぬくしてると、「取材中」のメールが届く。そっか、世間の人がお休みの日は、じっくり取材ができる日なんだなぁ。聞きづらいことを尋ねたり、話しづらいことをもらしたり。そんな時間をとってもらえるのは、取材相手が仕事的にも気分的にもお休みのときしかないもんね。

そんな風に時間をかけて得た素材があればこそ、ぼくは腕の振るいがいがあるというもの。ありがたや、ありがたや。編集が始まるとふた言目には「いらん」と言うけれど、結構腹をくくって言うとるんでっせ。取材陣の大変さは知ってるつもりだからね。

そっか。月曜日からは取材テープを見て、書き起こしを始めなきゃ間に合わんね。ワシもがんばらにゃぁあかんなぁ。

でも、がんばるのは月曜からでいいよね。きょうとあした、土曜と日曜はゴロゴロぐだぐだ過ごさせてくで~。



土曜も日曜も祭日もなく、取材や編集に従事するご同業の皆さま。体に気をつけつつ、がんばってくださいませ。

世間の目は厳しいけどね、やることやっときゃ、胸だけは張れる。



今回の巡業でこんな番組の制作に参加した。

→『そして うたが生まれた~BEGINからの贈物~』 制作:琉球放送

その昔、新人バンドの登竜門だった「イカすバンド天国(通称:イカ天)」で5週間勝ち抜き、二代目の「イカ天キング」となったBEGIN。1990年に『恋しくて』でデビューしてからもう17年がたちました。

比嘉栄昇、島袋優、上地等。石垣島出身の三人は同じ小学校、中学校、高校に通った同い年の幼なじみ。島にいた時、バンド活動をしていた三人は、高校卒業と同時にバラバラで上京し、予備校や専門学校など、それぞれの道を模索。そんな三人が東京で偶然に再会し、BEGINを結成したというのも、ありきたりな表現だけど運命ってあるんだなぁという気が。

その三人も今年で39歳。結婚し、子どももでき、父となり、ふと思います。

「子どもが歌える歌って、ないよな・・・」

彼らが石垣島で育ったころ、地域の言い伝えや決まり事をそれとなく知らせてくれる歌がありました。それは地元に伝わる歌であったり、民放は映らずNHKだけを見ることができたテレビから流れてきた沖縄制作の歌「あたらしい沖縄の歌」であったり。そうした歌や、お年寄りの言葉を聞きながら、子どもたちはやっていいこと、いけないことを自然に学んでいきました。

「夜中に口笛が吹いたらヘビがくるよ」・・・「子どもは夜中まで起きてたらダメだよ」っていういましめを柔らかく、楽しく教えてくれる言葉。そんな含蓄のある歌を、今、大人になった自分たちが作って、沖縄の子どもたちに贈りたい。そう考えたBEGINの三人は、このプロジェクトを「おきなわのホームソング」と名付け、活動を始めたのです。

「おきなわのホームソング」、記念すべき第一曲目は、彼らが音楽に目覚めたころ、あこがれだったミュージシャンに頼みたい。その人は・・・・ジョージ紫さん。

沖縄のロック、通称・オキナワンロックのトップとして、地元沖縄はもちろん、日本本土やアメリカにも進出した伝説のバンド「紫」。そのリーダーとして、Deep Purple のジョン・ロードを超えるほどのキーボードを聴かせたジョージ紫。BEGINの三人があこがれたジョージさんに「おきなわのホームソング」一曲目を書いてもらうべく、三人はジョージさんに会います。

番組は、その様子からスタートします。

子どもが楽しく歌える歌が欲しい。でも、歌は大人が作らないと生まれない。それは“売れる”歌ではなくて、今の子ども、そして未来の子どもへと歌い継ぐことができる歌。そんな歌を大人の本気の思いで作りたい。大人の気持ちのこもった歌を、大人の力で作りたい。それがBEGIN三人の思いであり、こだわりです。

番組は、ジョージ紫さんに作曲を頼む姿から、沖縄の放送局で45年にわたりラジオ番組の制作にあたると同時にさまざまな曲の歌詞を書いてきた上原直彦さんに詞をお願いする比嘉栄昇さんの言葉、BEGINの新しいアルバムのレコーディングの様子、詞の完成、BEGINによる曲のアレンジなどを織り込みながら、「おきなわのホームソング」第一曲目が生まれるまでを追っています。

その「おきなわのホームソング」、クライマックスはレコーディング。参加したのはBEGINの他、沖縄在住のミュージシャンたち。ジョージ紫さんは愛用のハモンド・オルガンをスタジオに持ち込みました。ジョージさんのふたりの息子もベースとドラムで参加。島唄奏者のよなは徹さんは三線と横笛で要所に沖縄テイストを加えてくれます。

コーラスを担当したのは、栄昇さんのふたりの子どもをはじめ、BEGINの友人・知人の子どもたち。まるで、道ばたで遊んでいる子どもたちをそのまま連れてきたような、普通の子どもたちは、元気なコーラスを聴かせてくれました。

「おきなわのホームソング」、記念すべき第一曲目は『走(は)え-ゴンゴン』。その詞には、詞を書いた上原直彦さんの、子どもたちには野山を思いっきり走り回って欲しいという心からの願いが込められています。

番組のナレーションは、沖縄をベースに活動するバンド「しゃかり」のチアキさん。「沖縄のホームソング」一曲目は、プロジェクトの立ち上げから、作詞・作曲、アレンジ、レコーディング、そしてナレーションまでを沖縄のミュージシャンたちによって作り上げられました。

今、誕生した「おきなわのホームソング」。これから一ヶ月に一曲づつ、沖縄の子どもたちに贈る新しい歌が、沖縄のミュージシャンの手で生まれていくのです。


オンエア局と放送日時は以下の通り。
(九州・山口・沖縄地域だけなのが残念至極です)

 『ムーブ2007』
 ・NBC長崎放送  3月11日(日) 10:30
 ・RKB毎日放送  3月11日(日) 24:40
 ・TYSテレビ山口 3月11日(日) 24:50
 ・MBC南日本放送 3月12日(月) 25:00
 ・RBC琉球放送  3月12日(月) 25:25
 ・RKK熊本放送  3月14日(水) 25:50
 ・MRT宮崎放送  3月15日(木) 25:20
 ・OBS大分放送  3月18日(日) 25:20


大人が本気になって作って贈れば、子どもたちもきっと受け入れてくれる。そんなBEGINの純粋な思いに心が打たれます。


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楽しく仕事ができた、楽しい番組。考えさせてもくれるし、「おきなわのホームソング」という言葉が何の違和感もなく成立する沖縄という場所の面白さも感じた。こんな言い方ができる都道府県って、沖縄の他にあるだろうか?

しかし、上記のようなオンエア時間にあっさりと流れ去り、未来永劫、戻ってこないと考えると、テレビというメディアの「無意味な思い切り」に直面する。もったいないなぁ。

音楽活動を真摯に続けるBEGINの三人が、今の、そして未来の子どもたちにも歌ってもらえる曲を、沖縄のミュージシャンで作りたいという思いが現実化するまでを映像化したこの番組。他の都道府県でも興味を持って見てもらえると思うのだけど。番販(番組を単体で販売すること)などで他の地域のローカル局でも流してくれないもんかなぁ。

同様に、他の局でも「見て欲しいけど・・・流れて消えて、そのまま倉庫行き」という番組ってたくさんあると思う。デジタル化で巨額の出費を強要されているローカル局。自社制作できるキャパシティに限界があるローカル局同士、互いに興味深いと思える番組を融通し合えもんだろうか?

先日、某番組を見ていたら映画の関係者が出ていた。その人はこんな趣旨のことを言った。

「テレビはリピートできず、出来が悪くても流れて消え去るもの。映画は時間がたっても見るに堪えるクオリティこそを大事にし、見返してもらうことで評価をあげるもの。同じにしてもらっちゃ困ります」

聞いててムカッとしたけど、実はほとんどその通り。テレビは出来損ないでも、捏造であっても流します。その厳然たる事実が次々に明るみに出てる。弁明のしようもない。情けなか&悔しか~。



足かけ10日間の巡業の旅から帰還。

あちこちウロウロするのも移動も慣れてるし、尻が軽いのだけが取り柄で呼ばれるといつでもどこでも参上する。

だもんで、周囲が気遣ってくれるほどに疲れはしないのだけど、今回は最初に訪ねた南の穏やかな街が気温二度まで冷え、震えて目覚めて暖房を入れた朝からノドをやられた。マスクはしてたんだけどなぁ。

でも南の島におじゃました日、体調は回復してて、まったりした日を過ごせたけれど、人間より機械が大切な編集室に入り浸った翌日は寒さと乾燥でまたノドにきた。

同じ過ちを繰り返すのはアホである。それもわずか三日の間に。

ディレクター&編集マンの頑張りで、本編集初日に番組の流れがほぼ出来上がったのはぼくにとって幸せだった。その日、午前三時過ぎにホテルへ戻ってからボンと熱が出た。汗が切れ悪くでれでれ流れ出る。

ノドからきた熱は高いけど、たっぷり汗をかけばスパッと下がることは経験知から分かってるので、ベッドの寝る位置を変えながら汗をかいては着替え、かいては着替えを昼過ぎまで繰り返す。

すると、あらま、着替がなくなった。泊まったホテルにはコインランドリーがある。そこで学生時代以来のお洗濯。半祖と長袖Tシャツ各10枚強をぐるぐる回転する乾燥機で乾かすのに二時間かかった。学生時代はのんびりしてたんだなぁ…とボンヤリ見てたらまた汗。

番組の流れを仕上げ、ナレーションを書くのがぼくの役割。でも、汗を垂らしながら冷房の効いた部屋に詰めるとスタッフの足を引っ張りかねない。で、ディレクター氏に現状を連絡し、ホテルでゴロゴロしつつ汗を絞り出す。

ありがたかったのは、食べ物その他の差し入れ。大感謝。皆様の愛で生き長らえていることを実感した。ありがとう。

愛を実感しココロ温まれどすれど、仕事は待ってくれない。汗をほぼかききった夕方から、ホテルの部屋でパソコンに向かってナレーション書き。DVDに落としてもらった粗編を見つつ、言葉を考える。

しかし、便利になったもんだなぁと夜中に感心。ほんの一、二年前までは汗が出てようが、熱が何度あろうが、編集室でないと映像を自由に見ることは出来なかった。ありがたやありがたや。


でも、一番嬉しかったのは、汗みどろ中の差し入れ。ほんとにありがたかった。お陰で翌日にはウソのように熱も汗もひいていた。

ありがとうございます。



でもなぁ、仕事であれ何であれ、いつまでたっても、旅の途中って感じなのはなぜだろう。
居ずまい正せよ、いいかげん。

ムリだけどね。



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