番組構成師 [ izumatsu ] の部屋


きょうは暑い。朝の天気予報によると、最高気温予報は沖縄と同じだった。

沖縄の人には「ちょっと涼しい」くらいの気温かも。でも、北部九州に住むぼくらには、かなり暑かぁ~という温度。実際、外を歩いたら30歩くらいで「ご勘弁」という感じだった。

外出帰りの昼下がり。日差しは強いけど、窓から吹き込む風は心地いい。眠かね~と、きのう録画したレインボーのライブを見つつ、聞きつつ、目玉とろとろ。ネコ助は押し入れでぐっすり中。

半分眠った脳みその中で、ロニー・ジェイムス・ディオが叫んでる。
うぅ、でかい声じゃ・・・。

レインボーはぼくが初めてライブに行ったバンド。録画したのは1977年10月、ドイツはミュンヘンでのライブ。ぼくが見たのはその前の年、1976年の12月だから、もう30年以上前のこと。

場所は、千駄ヶ谷駅前の(今は亡き)東京体育館。ぼくは友人(頭突きで英単語を覚えた彼については こちら)とふたりで出かけた。

ぼくらの席はステージに向かって左側。「席」と言っても場所は体育館だから、パイプ椅子が並べてあるだけだったような覚えがあるけど、ライブの記憶はほとんどあいまい。ぼくはレインボーというグループが特に好きだったわけじゃなくて、リッチー・ブラックモアという希代のギタリストを見たかっただけだから。

だもんで、実は来日メンバーに、のちに若くして交通事故で世を去る流れ者バカテクドラマーのコージー・パウエルがいたことに気づかなかったし、ボーカルがロニーであることさえ知らなかった。バンドの曲も全然聞いたことがなかったのだった。

生リッチーが見れたら、それで良かった。

だから、どんな曲をやったのかもまったく覚えてないのだけれど、しかし、も~のすごいライブだった。当時は“ヘッド・バンキング”なんて言葉は使わなかったと思うけど、ステージではリッチーがあおり、客席はそれに応えて暴動寸前。ぼくも自分の席を蹴飛ばし、立ち上がり、騒ぎに騒いだ(ような気がする・・・)。

リッチーは、のちに伸ばした詐欺師のようなヒゲもなく、まだまだスリムな体。「客のことなんか知らないよ」てなたたずまいで超然とギターをかき鳴らす。

ライブ終盤、リッチーがふと舞台袖に消える。なんじゃらほい?と思ったら、すぐに出てきて、お約束のギター破壊。ギターをステージの床に叩き付け、モニターをぶん殴り、ネックが折れると弦を持って振り回し、そのまま客席にぶん投げた。

このギター、ぶっ壊し用の日本製ギターだったそうだけど、ぼくらは彼に狂気を感じた。

リッチーの狂気はギターだけじゃおさまらず、アンプ(モニターだったかもしれない)を蹴り倒し、客席に放り投げた。あの直撃を受けたら痛いじゃすまんだろうなぁって、その時、現場で思ったっけ。暴れまくっていたけど、結構、冷静にステージを見ていたのかもしれないなぁ。


ライブが終わり、下宿に帰ろうと高田馬場の駅前を歩いていたら、若い衆が二、三人、当のそのアンプを嬉々として担いで行くところに出くわした。いいライブ土産をもらったなぁって、ちょっとうらやましかったっけ。

リッチーがぶん投げたあのアンプ。あの若い衆たちの誰かが、30年以上たった今も大事に持っているだろうか? そして、きのう、BSから流れるレインボーのライブを大学生の息子と見ながら、「父さんの宝物のこのアンプは、この黒ずくめギタリストが放り投げたんだぞ」と威張っていてくれないかな。


あぁ、春の夢は脳を勝手にかけめぐる・・・。

リッチーさ~ん。きれいな奥さんとのコラボレーションもいいけれど、ぼくはあんさんの狂気丸出しソロが好きでしたぜ。テレビカメラにストラトをぶち刺したこの世界に、もう戻ってきてはくれんやろうね。


あれから、はや30年。
こんなやかましい音を聞くといまだに心地よいのはナゼやろね?


このレインボーのライブに続き、きのうはレッド・ツェッペリンの「狂熱のライブ」が流れた。この映画、ぼくは学生時代にも、社会人になってからも見たけれど、二度とも途中で眠ってしまった覚えがある。

映画としてつまらないというせいもあるのだけど、ぼくは、ツェッペエリンがどうにも苦手だったのだ。じゃ、なんで見に行ったのか? う~む、今となっては動機は不明だが、ハードロックの世界に君臨する“鉛の飛行船”を一目だけでも見ておくべきだと思ったのかも知れない。

でも、彼らの曲に「いいな」と思う曲は、当時なかった。中学時代に流行した「移民の歌」ぐらいかな? バンドでやるロックの基礎を築いた連中であることは間違いないけど、きょう、改めて見て、やっぱりあんまり好みじゃないや、と再確認してしまった。

ぼくは、例えばディープ・パープルの「ハイウェイ・スター」に代表されるように、曲に、演奏に、ボーカルに、疾走感がないとダメなのだ。ジミー・ペイジのギターや、ジョン・ボーナムのドラム、ロバート・プラントのボーカルには疾走感がない。ロバートの金切り声も「かんべんして」という感じだし。

ジョン・ボーナムが頓死したときにスパッと解散したことで、ツェッペリンはより以上に伝説の存在に祭り上げられてしまった気がする。

でも、ジッパーの横にイギリス国旗(だっけかな?)を縫いつけたロバートのジーンズは欲しかった。ぼくが履いても似合うはずもないのだけれど。


4月下旬の昼下がりは、こうしていにしえのロック三昧で流れ去っていったのでした。


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