番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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口にしないように気をつけてるけど、言わずにおれない。

暑か~っ!

東と北に窓のあるぼくの部屋は、元気いっぱいに昇りくる太陽の光を浴びまくり、朝から軽く30℃超え。日射しが強くて10時を過ぎるくらいまではカーテンを開けられない。こんな夏は初めてだぁ。

8時くらいにパソコンをON。ぼくのパソコンは静音が売りの水冷式。ファンの音もしないのが嬉しいのだけど、やっぱり熱を放出するのは変わらない。モニターも熱を出すし、音楽用のアンプも熱を持つので、南の壁に向いたぼくの机あたりは熱がたまる。

扇風機を窓から外に向けて回すと、部屋の空気が動いてなんとなく涼しい。が、それも最初だけで、首から胸から手首から、汗が浮いてくる。タオルで拭きつつ、仕事進行。

背中を汗が流れ下る。う~、気持ち悪し。タオルで何度もこするので、首や胸が赤くなる。マウスを使う右腕の下にも汗取りのタオル。タオルは汗を含んで重くなるので、どんどん替える。

西の壁の本棚には、畳んだタオルが積んであるのだけど、その山がどんどん低くなる。

使ったタオルが窓際にどんどん吊される。


かくて翌朝の洗濯物の大半は、汗を拭いたタオルが占める。今朝は12枚のタオルを洗った。

これが一ケタの始めの方になるころには、秋風が吹き始めるのかなぁ。


暑い

写真だと“爽やか”なんだけどな。




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ぼくは陸上競技が好きで、世界陸上は楽しみにしていたのだけど…、

どうして、真夏のこの時期に、日本の大阪という地で、やっているのだろう?

開催地や開催時期って、どうやって決めるのかなぁ。今年が特別に猛暑だからというわけじゃなく、例え平年通りの気候でも、真夏の大阪なんて戸外でスポーツをするような場所じゃないと思うのだけど。

んじゃ、甲子園は? という疑問も湧くのだけど、まぁあれは精神面も含めての若き情熱の発露であって、世界最高のパフォーマンスを期待するモノではないからして。

長距離なんて厳しいだろうなぁと思っていたら、マラソンには世界のトップレベルの選手は参加していないみたい。陸上の競技の中ではレースの賞金で生活している選手が最も多い種目だろうし、この気候を避けるのは当然といえば当然だろうなぁ。

真夏の日本でやるのなら、湿気が低くて蒸し暑さも低い北海道か沖縄にして欲しかったな。見る方の「気の毒か~」という気持ちも少なくてすむのに。


さらに、どうしてめぼしい選手には奇妙なキャッチフレーズをつけるのだろう?

選手についての説明って、どの国の人で、どういう記録を持っていて、その記録はどうなのか(例えば、その国トップの記録とかね)くらいでいい。さらにプラスするなら、身長と年齢くらいかな。

キャッチフレーズをつけるのは、それはテレビ局側の都合だろうね。個々にそんなキャッチがついていれば、番組を盛り上げるのも簡単だし。CMに行く前に、「次は“カリブの弾丸娘”の登場です!」なんて言えばそれでいい。

でも、アナウンサーが賑やかなのはどうにかならんかしら? 「メダルにあと一歩でした!」なんて連呼してくれなくても見ていればわかるんだけどな。

スポーツってレベルがあがればそれだけで、ドラマも感動も含んでる。こむら返りしそうな声での画面説明って必要ないと思うんだけど。

でも、静かなアナウンスだと局からも、スポンサーからも、視聴者からも叱られるんだろうな。サッカーのゴールと同じだね。いったんあおり、さらにあおればあおるだけ、引っ込みがつかなくなってくる。あとは音量があがるばかり。

でも、陸上競技って説明や解説がないと見ていて分からないところもあるし。要所要所で的確な言葉をはさむだけにして欲しいのだけど、入り乱れて進む各競技をライブでオンエアするには無用な言葉を使わざるを得ないだろうし。

静かな画面だと、見ている方も物足りなく思うのかもね。織田君と中井さん、どちらも感じのいい人だけど、ふたりのMCはゼヒとも必要というモノじゃないし。失礼をかえりみずに言えば、時間つなぎ&場つなぎって役割だし。


音量下げて、トップ・アスリートの技と力を拝見しよう。



今週の火曜日。取材テープをダビングした2時間のVHSテープが10本、送ってきた。

以来、映像をモニターで見つつ、音声をイヤホーンで聴きつつ、テープ起こしの日が続く。飽きる…。

2時間テープ×10本=20時間

すぐ済みそうなんだけどなぁ。
でも、やっぱり3倍はかかるんだなぁ。

取材先が沖縄の小さな島で、その海の美しさときたらない。溶け出したクリスタルのような海の水はその底が見通せる。見上げると白い雲を浮かべた真っ青な空が広がる。

きれいか~。
こりゃ、ドライブには最高の場所だね。
窓を全開して、走りたいなぁ。


主人公はこの島に住むウミンチュのおじさん。このおじさんがクリスタルの海に潜ってタコを突く。海底の岩やその他を目印に、自分の庭を歩くが如くスイスイ泳ぎ、おじさん曰く「タコのおうち」を一軒一軒訪ねては、そこからタコを引きずり出す。

おうちから引きずり出されたタコは苦し紛れにスミを吐く。

クリスタルの海の視界が一瞬さえぎられる。
でも、おじさんは手にした獲物は逃さない。

映像はきれいだし、興味深いし、見ている分には飽きないなぁ…。


しかし、おじさんのインタビューが聞き取れない。早口&方言に加えて、ウミンチュ言葉まじりなんだよなぁ。イヤホンから聞こえる言葉に耳をそばだてても…う~ん、ワカラン。

ワカラン言葉をそのまま流すわけにはいかん。スーパーでフォローせにゃいかん。でも、スーパーを書くためにはおじさんの言葉の意味を知らねばアカン。

困ったね…。

しかし、不可思議なもので、何度か繰り返し聞いていると、意味が分かってくる。

番組で使うインタビューは、視聴者に100パーセント分かってもらう必要がない場合が多い。その人がどんな思いを持っているか、どんな気持ちで話しているかをなんとなく分かってもらえばそれでいいっていうことがほとんどだ。

だから、大切なのは話している人の表情を見てもらうこと。人は言葉だけでしゃべるんじゃない。顔でも、腕でも、背中でも、震える肩でもしゃべるから。

話している顔にスーパーをかけてしまうと、当然ながら視聴者はスーパーの文字を読むので、肝心の表情を見落としてしまう。それじゃぁ、意味がないもんなぁ。


ウミンチュのおじさんのお話、耳では分からなくても、体で聞けばなんとなくわかるな。
できるだけ文字スーパーは出さないようにしよっと。


でも、ストーリーを考えたり、ナレーションの裏付けのためには、おじさんの言葉が分かんないとやっぱりアカン。


デッドラインは間近であるが、道まだ遠し、かな。
あぁ、夏休みが欲しか…。






きょうは、佐賀。

改札口に人だかり。複数のテレビカメラもウロウロ。何か事件でもあったのかな?と思ったら、甲子園の決勝だった。みんな、駅に設置されたテレビに見入っているのだった。

2007-08-23 11:36:52街頭テレビに一喜一憂。

ぼくが佐賀駅に降りてからほぼ30分後、佐賀北高校は頂点に立った。

夜、小料理屋での打合せは甲子園で持ちきり。周りの酒席から聞こえてくるのも「あの満塁ホームランはすごかった」「まさか優勝するっちゃな~、信じられん」「これが葉隠魂よ」という声ばかり。県民の皆さん、ホントに大喜びといった感じ。

何より、選手がみんな地元中学出身の公立高校というのがいい。ここ数年は県大会でも負け続け、昨年一昨年は県大会初戦敗退負。みんな小柄で、170センチ以上ある選手は2、3人しかいないとか。やっぱり「まさか」だ。

数年前、ぼくの住む県の代表が甲子園で優勝したことがある。その時、ベンチ入りした選手の大半は県外の出身だった。

ちっとも嬉しくなかったな。それは選手たちのせいじゃないけれど。

駅まで迎えに着てくれたディレクターは興奮覚めやらず。目的地に行く前に佐賀北高校へ寄ってくれた。

何のへんてつもない、地方の、普通の高校。それほど広くないグラウンドは他のクラブと共有。サッカー部の練習中は硬球を使うノックなども出来ない。その間は内野の守備練習に費やすとか。ナイター設備などはもちろんない。部の予算は5、60万くらいらしい。

それでも頂点に立てる。

高校野球と言うか、アマチュアスポーツのあり方を再認識させてくれた感じだね。

どちらかと言うと地味な印象のある佐賀県。自虐を売りにする芸人もいる。その彼に似たピッチャーも活躍しての見事頂点。

佐賀県ここにあり! いやいや、良かった。



昔々のその昔。ぼくがまだ学生だったころ。
真夏に友人と東北を旅した。

「北国は涼しいだろう」

九州生まれ育ちの若人ふたり、考えることが単純だ。

ところが、行くとこ行くとこ暑いこと。
ある町の民宿で、あまりに暑いから廊下に下がる温度計を見たら、40℃をちょいとクリアしていた。

「お~、40℃! 初体験じゃぁ!」

友だちとふたり、盛り上がった。
若人ってのはやっぱりアホである。

昼下がりの、日陰の廊下で40℃ちょい。
白昼、その民宿まで歩いて行く間は直射日光が照りつけていた。アスファルトの照り返しもあったあの田舎道の気温はさらに高かったことだろう。

普通に歩いているのに、どこか呼吸困難。

うぅぅ…苦しい…。

そんな感じがしたっけな。

気象庁が発表する気温って、確か地面から一定距離離れた日陰だった気がする。あれはあくまで公式。非公式だと40℃を軽く超えてるに違いない。

あの暑さが何日も続いているところがあるのかぁ…。

大変だな。



お盆で帰省してきた友人と飲む。

いろんなことがあったみたいで、
いろんなことがあるみたい。

生きてる限りは進行形。
過去形にできないってのは
辛いよな。

陳腐だけれど、贈り物。


なんとかなるよ。



午後3時半。暑い…。

太陽の陽射しは南の島なみに強く、きょうは風も入らないので南の部屋はこもった熱気が温められるばかり。たまらんね~。

たまらんヤツがここにも。

あぢ「暑か…」


アイスノンにすがりつくネコ助、いつもの姿。
こヤツに野性ってのはナイのかなぁ。ノラには冷たい枕なんぞナイぞ。

お~い、そこのお前。お前だよ、ネコ助。
娘っ子のくせに、お盆の帰省疲れのオヤジみたいだぞ。


ほんにあぢ「なんとでも言え…」


ネコ助がすがるのは、おニューの「アイスノン・ソフト」。なおニンさんが書かれていた「侮るなかれアイスノン」を拝見し、昨日、購入。なんせ10時間も保冷が持続するのが良!。

今までも同じ商品名のアイスノン・ソフトってのがあったのだけど、こいつはすぐにぬる~くなってしまって猛暑日の真昼にはキモチ悪くなってしまってた。

新たなアイスノン・ソフトは格別「冷た~い!」と感動するほどのものではないけれど、なんとなくひんやりが長持ちする。

出かけるときもネコ助がいるから窓を締め切ってはいないけど、入るか入らないかわからない風に頼るのも猛暑日などは特にツライ。

この「アイスノン・ソフト」をタオルに巻いて置いておけば、ネコ助が涼を求めるときには自分ですがりつける。半日近くもてば、夏バテ寸前ネコ助も大丈夫だろう。


てなわけで、でれでれネコ助の世話は新入りのアイスノン・ソフト君に任せて、ぼくは帰省中の高校時代の悪友と一杯やりに地元の都会へと出かけるのであった。

なにを飲もうかなぁ。
やっぱり、「とりあえず、ナマ、大!」かな。



真夏の陽射しが降りそそぐ窓際で、なにかをジッと見つめて動かないネコ助。
もう、5分くらいたってるぞ。

空を見るなにが見える?


ネコ助と同じ視線になるように、ごろんと寝ころんで見上げたら、
見えたのは…


空青い空と白い雲。


他にはな~んも見えんのだけど? おもろいか?
答えることなくネコ助はただひたすら一点見据えて「ジ~ッ」。
負けずにぼくも「ジ~ッ」。

大きな雲が、かなりの速さで流れてる。きょうも暑い。でも、雲を飛ばす風があるから、汗は出るけどすごしやすい。

そっか、もう残暑見舞いの時節だもんなぁ。
田んぼを走ると舞い飛ぶ赤トンボの数がものすごい。
猛暑日の中にも秋があるんだろうかなぁ。

時の流れる早さに少ししみじみして、ふと隣を見たら、ネコ助見あたらず。
あら? どこへ行ったかな?

探したら、押し入れの奥でとっととお休み中。

空を見上げる仲間をほっといて。
お前は共に語らえんヤツやなぁ。



きょうからお盆らしい。帰省する友人たちもちらほら。

この「お盆」というのが、どうもわからなくて…。「ご先祖様がこの世に戻ってこられる日」だとか、「お墓の掃除をして手を合わせる日」だとか。

ぼくは生まれてこの方、お盆の墓参りというものをしたことがない。と言うより何より、ご先祖様のお墓がどこにあるのかということ自体、知らない。第一、おじいさん&おばあさんの代までしか先祖をたどれない。その先は「?」の、未知の世界だ。

おじいさん&おばあさんというのはお袋の両親。だけど、ぼくが生まれたときは既にふたりとも彼岸の住人となっていたので、実際にその存在を意識したことはまるでない。この、お袋にとっては父と母、ぼくにとっては祖父と祖母が、今、どこに眠っているのか?

知らないんだなぁ。

以前、こんな話を知人にしたら「先祖をまつらないとは、罰当たりヤツ」と叱られた。

それはちょっと違うんだなぁ。

ぼくは拝むための対象なんて必要ないと思ってる。墓石や遺影の前に座って手を合わせなくても、心に思い描けばそれで十分だと思ってる。お盆なんて日を限ってその間だけご先祖様へ顔を向けるより、ふと思い出し、その人へ思いを巡らせることの方がよほど供養になると思ってる。

言い訳のように聞こえるけど、昔からそう思ってる。

墓や仏壇の前で手を合わせるのは、子どもの教育のためには必要かもしれない。昔の人がいて、だからこそ自分がここにいるという連綿とした命を実感できるだろうし、一族揃って墓の掃除をすれば絆も強くなるだろう。

でも、墓や仏壇がなくたって先人への思いは馳せられる。お袋は彼女の両親が眠る墓にぼくを連れて行くかわりに、生きていたころの両親の話をよくしてくれていた。ぼくにとってはそれでさえもう十二分で、右の耳から聞いては左の耳から出していたので、どんな祖父祖母だったのか、実は頭の中にはあまり残っていないのだけど。

やっぱ、バチ当たりかな。

お袋は今の家に越してきた30年ほど前、近くの小高い丘の上にある霊園に自分の墓を買い、「ここに私は入るの。眺めが良くていいでしょ」とご満悦だった。

その墓石には「○○家」ではなく「倶会一処」と彫られている。

ぼくはこの言葉が結構好きだ。浄土真宗の言葉らしいけど、ぼくの家が何宗なのか、ぼくは知らない。

あ、「何宗」で思い出した!
話はまったくそれるけど、高校時代の同級生の女の子の天然ボケエピソードをひとつ。





その女の子は学生時代(だったと思う)にお父さん(だったと思う)を亡くした。葬儀屋さんがやってきて、「このたびはご愁傷様です。で、おたくは何宗でしょう?」と聞いたそうな。

女の子は悲しみにくれつつひと言、「北九州です」と答えたそうな。葬儀屋さんは場面が場面だけに二の句が継げず、女の子は「お葬式なのにどうして住所を聞くのかなぁ。おかしいなぁ」と思ったそうな。

「なに・しゅう?」→「きたきゅう・しゅう」……。

真似の出来ないあまりの天然さ。ボケようと思っていたら、こうはいかないなぁ。

数年前に会ったとき、彼女は地元の小学校の教頭先生をしていた。
先生! 子どもたちに宗教の常識程度は教えてあげてくださいね。





話を元に戻そう。「倶会一処(くえいっしょ)」という言葉が好きって話。

本来の意味は「極楽浄土に往生したものは、皆、ひとつの所で会うことができる」という意味で、先祖と同じ浄土へと成仏したい願いがこもった言葉だそうだ。

でも、ぼくの勝手な解釈は違う。この世ではどんな人生であったか、どんな身分であったかは関係なく、男だったり、女だったりってことも関係なく、血がつながっていようがいまいが、そんなことだって関係なく、みんな仲良くあの世に行って、みんな元気に再会しましょ、というのがぼくの解釈。

だから、この墓には誰が入ったっていい。血縁なんかどうでもいい。気が合う人なら誰でもOK。人だけじゃなく、ネコ助でもぼくはOKなのだけど、それは周りの墓の縁者がイヤがるだろうな。


お袋が入手した墓には、まだ誰も入っていない。世の理のままに推移すれば、まずはお袋が入ることになる。いつの間にか知人に陶器の骨壺を焼いてもらい、その出来映えに悦に入っていた彼女が初代の住人となっても、お盆にぼくが墓石の前にひざまずくことはないだろう。

少なくとも、面影を心に描くことができるうちは。


想えば、誰しもそこにいる。
そんなことだと思うんだけどな。



ネコ助はときどき虚空を凝視する。

きっとなにかいるんだろうな、ぼくには見えないなにかが。

あんまりジ~~~~~ッと見つめているので、背中をポンと叩くと「にゃっ?!」と驚き鳴いて、目玉を丸めて耳がピン。


ちょっぴりウサギになったねぇ。

年々、夏が暑くなってきている気が確かにする。

きのうは37℃オーバー。きょうもきょうとて猛暑日を記録…。

朝、6時前からクマゼミ大合唱。今年のヤカマシさは尋常ではナカ。

アイスノンにかじりつくネコ助の横で15分ほどウツラウツラしたら汗みどろ。疲れる昼寝は意味がないなぁ。

確かに暑い。でも、青空はやっぱり気持ちいい。今年の陽射しは例年になく強く、明るい。その光を浴びて稲の緑は日々濃くなっていく。台風さえ来なければ、今年は豊作かな。

緑の中をのんびりゆったり、涼しいドライブしたいなぁ。


夕方に近くなると、セミの主役が代わる。
クマゼミからツクツクホーシへ。

ツクツクホーシが鳴き出すと秋が近いとか。

田んぼの緑の上には赤とんぼが乱舞し始めた。猛暑日のどこかに、虫たちには感じられる秋が潜んでいるのかもしれないな。


しかし、暑い…。
このお天気、あしたも続くとか。ペットボトルが手放せませ~ん。

高砂親方は横綱 朝青龍関の説得を諦めたとか。どうなるんだろうなぁ?

当初から完璧に「朝青龍悪し」的報道に終始してきているけれど、そうなのかなぁっていう疑問がぬぐえない。モンゴルでサッカーをやっていたのも「なぜなのか?」という問題の根本が語られてない気がする。その報道も少ないし。

大統領主催のチャリティ・イベントで、大統領に直接頼まれた朝青龍がOKし、中田選手らと共にサッカーに興じた。

そんな報道がチラリとあったような気もする。それが事実なら、「今日は腰も痛くないし、いっちょやるか」と思ってもおかしくないし、ピッチに出たら楽しくてボールを追ってしまっても当然だと思うんだけどなぁ。

横綱は力士のトップ、鏡だ。
それはそうかもしれない。が、朝青龍関はまだ26歳。東西に一人ずつはいるはずの横綱をずっと一人で務めてきて、その間、横綱として恥ずかしくない成績を残してきた。20代前半の異国の若人が、縦社会の魑魅魍魎とした世界でその力を存分に発揮した。それを相撲協会や力士たちは感謝すべきじゃないのかなぁ。

素行が良くないという。
それは躾ができていないからにすぎない。どこの誰だって、教えてもらわなければ知らないことは知らないままなのは当たり前。その上、異国生まれの異国育ち、文化も違う。その異国の若者が、日本の中でも特殊な相撲の世界に飛び込んだ。その彼を教育し、躾けるのは相撲界の責任。本人が100パーセントの責任を負う話じゃないと思うなぁ。

自分で気づくべきという人もいる。
そりゃ、ムリだろう。周囲から指摘されずにいれば知らないままだし、諫められなければそれでいいと思うのは当然。おとなじゃないのだから。朝青龍関は日本の高校を卒業したとは言え、その時点では日本の文化に対してはまだまだ子ども。相撲の世界の認識はレベルは赤ん坊。それを自ら育てと言うのは育児放棄みたいなもんだと思うけどなぁ。


どうも朝青龍バッシング的になっているように見えて不快だなぁ。それも相撲協会じゃなく、ぼくら普通の人々の方がやいのやいの言っている気がする。

昔、阪神タイガースにいたバース選手は、シーズン中にアメリカに帰国したことがある。確か息子さんが脳腫瘍か何か重篤な病気で、その手術に立ち合うためじゃなかったかなぁ。すると日本の野球ファンから非難の声がわき起こる。優勝を争うシーズン中に家族の問題で職場を放棄するとは! 「敵前逃亡だ!」というのだ。

家族の一大事なら、職場なんぞ放棄したって側にいてやりたいと思っても当然だろうに。ついて行けなかったなぁ、あの論調。今回の朝青龍関の問題に対するぼくらの反応にはあの時の違和感を感じる。

突飛に飛躍するけど、ぼくらのそんな脳みそ構造が先の大戦で軍部の暴走を許したんじゃないかなぁ。みんなそろって同じことを言い出す、同じ方向を見る。それが高じると「美しい国 日本」てなへたっくそなキャッチコピーの元、一致団結して走り出すことになるんだろうなぁ。

くわばら、くわばら。


きちんと躾けられなかった親方は責められても仕方ない。
高砂親方、元大関 朝潮は、近畿大学出身で、めちゃくちゃ無口だった当時の関取衆にあっては当意即妙な答えをしたりと、聞いてて楽しい話をする力士だった。しかし、親方としてはダメだったということ。

相撲界では、一説には数億円するという年寄株を買わないと親方としてその世界に残れない。その人間に親方としての資質があるということは全く関係なく、経済的裏付けのある者だけがその年寄株を手に入れることができる。そうして親方となった人の中には、若い衆を導くことに長けた人もいるだろう。でも、しょせんお金で買った地位。他人を引っ張っていくことに向かない人が親方になることもある。元大関 朝潮の高砂親方は、人の上に立つ器量はなかったということだ。


どうしてこんなに責められるんだろう?
朝青龍関はそう思っているかもしれない。ずっとず~っと相撲協会&親方に「それでいいんだよ」と言われ、振る舞われてきたのに、頼まれてちょっとピッチを走っただけで大騒ぎ。頭の中は「?」の嵐じゃなかろうか。

「引退してモンゴルへ帰れ」という人もいる。それって、異国の男の子を預かった責任を放棄してない? まだ26歳。今から日本の風習を知り、相撲の世界のしきたりを学び、体を治して土俵へ戻ってきてくれたらいいんじゃないかなぁ。


朝青龍関に同情しているワケじゃなく、事の流れを見ていて自然に考えるとそういう結論になるんだけどなぁ。

こんな考えって、甘いのかしらん?





中田英寿選手がこの問題について自身のHPに記していると nonkey さんが教えてくれました。

 → 中田英寿オフィシャルホームページ Hide's Mail

ここで中田選手が言っていることは、問題の発端を知り、その解決をはかるために重要な示唆を与えてくれる。

中田選手はこうも言っている。

「すべての人に…中略…メディアや周りの意見に簡単に惑わされない“自分”を持ってもらいたいと思う」

その通りだね。



毎日毎日毎日、太陽さんは大活躍。おかげで今日も猛暑日。そんなにマジメに働かなくていいのに…。

ロシアンブルーなる、いかにも暑さに弱げな種族に属するネコ助、いささかへばり気味。

かじりついているのはタオルに包んだアイスノン。太陽があがりきったころに冷凍室から持ち出すと、待ってたよぉ~と寄ってくる。

おいおい、気持ちはよくわかるけど、あんまりぺったりしてると腹をこわすど。



暑いよな…。



「暑い!」

と、口にするのは悔しいし、口にしたって涼しくなるわけじゃないから、出来るのならば言いたくない。

しかし、つい出ちゃうんだなぁ…。

「暑かぁっ!」

南向きの部屋には太陽さんさん降り注ぎ、熱気が込もって息苦しいし、北向きの部屋は風も入らず湿気がたまり、座っているだけで滝の汗。

たまらず逃げ出すのは車の中。原油は高いし、温暖化に心ならずも寄与してしまうのは申し訳なくも情けないけれど、エアコンつけてドライブすると回りの景色も爽快に見えてくるから不思議。

今日、ぼくの住む街あたりは猛暑日だったとか。
北部九州の方が沖縄よりも気温が高いのはナゼなのかなぁ。

青空のもと、車を走らせるのは心地いい。
行き先を決めずに迷子のドライブしたいなぁ。

で、ドライブを兼ねて(なんて言うと叱られるな…)仕事先に打ち合わせへ。

都会の街中を走ると、ビジネスマン、ビジネスウーマンが汗を拭き拭き歩いてる。

こちらは涼しい車内でTシャツ姿。申し訳ないなぁ。

熱くて暑い陽射しの中、お仕事にいそしんでいる皆さま、頑張ってください。

負けずに仕事しよ。


最後のお願いというと
選挙みたいでヘンなのですが…。

番組の紹介&宣伝です。


RBCサマーセレクション
田場流
~ 自信過剰でちょうどいい ~


制作 RBC琉球放送

放送日時 本日 8月9日(木) 18:55 ~ 19:48

語り 上江洌清作 ( MONGOL800 )


番組内容等については
きのうの日記をご覧いただけると
幸いです。

2007.08.08 の日記





主人公のプロ・ハンドボール・プレイヤー
田場裕也さんが
ご自分のブログで書かれているように
ハンドボールを描いた番組が
ゴールデンタイムでオンエアされるのは
初めてかもしれません。

田場さんのブログ 8月7日付


ハンドボールがどんなスポーツなのか?
知らない方も楽しめる
番組だと思います。

田場選手の姿を
3年間にわたって追ったのは
田場選手の高校&ハンドボール部の後輩。
まだ30歳の若手です。

今回、彼は
カメラマンとディレクターという二役。
さらには編集&選曲を
担当しました。

仕上げの数日は連日徹夜。
編集機の前で眠りこけている姿を
上司に目撃されたり。

あ~でもない、こ~でもないと
編集機の前で格闘しました。


3年前、彼は
フランスのプロリーグで活躍する
田場選手の姿を撮影しました。

自分の先輩だから
その姿を追い続けたのではありません。
田場選手の生き方に
引かれたのです。

ですから彼は
まずは自分のために
フランスまで田場選手を訪ねました。
渡仏は自費。カメラも自前です。

そこまでしても追いたい。
その熱い思いがあったのです。

「自分が面白いと思うものを追う」

制作者としての当たり前の姿勢を
若い彼に
改めて教えてもらいました。


ぼくは仕事仲間のことを
ここに書くことはほとんどありません。

伝えたいことを追う。
そのためには少々のムリもする。

それは当たり前だと思うからです。
でも、この「当たり前」のことを
実践できる制作者が
少なくなってきています。

「番組が流れれば、お仕事終了」

制作現場の人間に
そう考えている人が増えている気が
するのです。


「伝えたい」
その熱い思いがなければ
「見てください」と言える番組には
なりません。

この番組には
その熱い思いが確実にあります。

ぜひ、「見てください」。




番組宣伝です。

こんな番組の制作に参加しました。


RBCサマーセレクション
田場流
~ 自信過剰でちょうどいい ~


制作 RBC琉球放送

放送日時 8月9日(木) 18:55 ~ 19:48

語り 上江洌清作 ( MONGOL800 )





「田場裕也」を知る人は
あまり多くないかもしれません。
日本で初めての
プロ・ハンドボール・プレイヤーです。

2002年からの4シーズン、
世界のトップレベル、フランス1部のチーム
「ウサム・ニーム」に所属。

2シーズン目にはリーグの得点ランキングで3位、
ペナルティスローランキング2位。
チームのエースとして活躍しました。

その田場選手が
チームとの契約が切れた昨年、
フランスやスイスなどのチームから
好条件のオファーがあったにもかかわらず
活動の場をふるさと 沖縄に移しました。

なぜなのでしょう?

田場選手には、トップアスリートとして
肉体的にも精神的にもピークにある今だからこそ
やらねばならないことがあるのです。

それは 沖縄にハンドボールのプロチームを作る こと。

ハンドボールをメジャースポーツに!
沖縄をハンドボールの聖地に!

プレーすることを中断し、
プロのチーム作りに乗り出した田場裕也。

番組は3年間にわたる取材を元に
田場選手のハンドボールへの思い、
ふるさと 沖縄への熱い思いを追います。





田場選手のプロフィールは → こちら

語りを担当した
MONGOL800 の上江洌清作さんは
田場選手の友人でもあります。

MONGOL800 MESSAGE BOARD 」の
書き込みNo.378に
初めてのナレーションに臨んだ
上江洌清作さんの様子が記されています。





ハンドボールに夢を賭ける田場選手。
自分を信じることの大切さを
教えてもらいました。

サブタイトル「自信過剰でちょうどいい」は
田場選手のブログで見つけた言葉ですが
自分の生き方を貫く田場選手には
ほんとにぴったり。

名言だと思います。

ディレクターがつけたタイトルには
田場選手の生き方への憧れも
込められています。


オープニングを飾る曲は
MONGOL800 ではありません。

ボブ・ディランの
「追憶のハイウェイ61」。

若いディレクターのこだわりです。



きょう、8月8日はムーミンの日だそうな。
      ↑
 実はあした、9日が正解なのでした。訂正訂正…。

原作者トーベ・ヤンソンさんのお誕生日だからとか。

ごろ合わせで6月3日にしようという案もあったけど、それじゃあ日本人にしか分からないというんでボツに。

6月3日→むー・みん……確かにワシら日本人にしか分からんわな。

ムーミン、毎週必ず見てたなぁ。番組が始まる時間に間に合うように、その日だけは家にまっしぐら! 級友たちにはバカにされたけど、この良さが分からん方がアホやねんと思いつつ、蒸気機関車の客車の中を走ってた。

さすらい人のスナフキンに憧れたり、不可思議生物ニョロニョロになりたいなぁと思ったり。

「カミナリを生きる糧にするなんて、カッコええなぁ…」

ハイティーンに差しかかった男の子って、なにを考えるかワカランな。それがカッコええなら、雷サンは最高だろう。



しかし、暑か~。

きょうからは、暦の上では「秋」だとか。

「どこが秋やねん!!」

怒鳴りたいくらいに暑いど~! 久々に家にいるのに、暑うてゴロゴロもできん。冷気はニガ手なのでエアコンはほとんどつけないし。

たま~に吹き入る風が極楽。あぁ、心地いい。

でも、このまま昼寝に突入すると干からびるかなぁ。家の中でも熱中症になるらしいし。



ムーミンのふるさとは北欧・フィンランド。ムーミン谷も夏はこんなに暑いのかなぁ。

「スニフ! ど~してこんなに暑いのよっ!」

「ミィ~、ぼくのせいじゃないよぉ」

なんて会話が聞こえる。



あかん、暑うてダメだ。ドライブにでも行こ。




南の島にさよなら。
名残惜しいな。

ほぼ毎日、朝帰りだったけど、仕事は楽しかった。何よりも「伝えたい」というディレクターの思いが熱かった。熱のこもった取材がしてあれば、番組は自然と面白くなる。

しかし、今回もまたナマ海を見れなかった。遊びで来ないとダメだな、やっぱ。


搭乗口でイスに座っていると、観光客の皆さんが続々と降りてくる。その中に、にわかサーファー、エセ日焼けの女王的姿の若人の多いこと。あの姿で自宅から来たんだろうか?

そうした姿はビーチだからこそ許容範囲、存在しても許されるんであって、あれでイナカ町を歩いていたら、単なる変わり者である。

そういえば、春先、自宅近くの駅のホームに「今から南へ行きます」と全身ファッションでまわりに告げている娘っ子たちがいたっけ。まだ肌寒い空気の中、高いヒールのサンダル+ストラップで首にひっかけただけの上着+短いパンツのお嬢さんたちは浮きまくってた。

太陽ジリジリの下ならともかく、北部九州のどんよりした春曇りのひんやりした気候でそのカッコ。「私たちはアホです」って主張しているようなもんだもんなぁ…。風邪、ひかなかっただろうか。


飛行場に降り立つ「南の島へ行くぞ!」との気合いを込めたファッションの若人たち。楽しんでね。
しかし、総じてみんな似合ってはいないな。気の毒…。

モノレールが走る反対側に目をやれば、青空を背景にここ数日間おじゃましているビルが。

太陽の光を反射しているガラス窓あたりでここしばしお仕事中。

深夜、あのガラス窓から通りを見下ろすと、ひとり歩く女性のシルエット。その伸びた背筋に、蒸し暑い空気を吹き飛ばす颯爽さを感じたっけ。
あれは何日前だったかなぁ…。

ホテル戻りが午前7時→5時→4時→4時と推移した時はどうなることかと思った。ぼくは朝型なので、例えば4時に戻って4時半に寝ても、必ず6時頃には目が覚める。

ま、単に年寄りと化してるだけだとも言えるが。

でも、午前4時までかかってひとまず書き、朝9時から手直しをしたナレーションもMONGOL800の清作さんが生命を吹き込んでくれたし、あとはスーパーを入れれば終了だ。

仕上げはディレクターに任せてぼくはサヨナラ。30歳と若いディレクターは本来カメラマン。彼が自費をもつぎ込んで撮り続けたテーマが面白いので、番組化とあいなった。

今回、彼はカメラ&演出&編集&選曲をひとりでやった。本来はカメラマンなので、職分に小ウルサイ連中の中には越権行為だのなんだのと言うヒトがいるかも。

もし、そう言う人がいるとしたら、チンケ&情けないことを言うなと言いたいなぁ。

視聴者にしてみれば、誰が番組を企画したか、誰が制作を主導したかなんて関係ない。虚ろでボンヤリしている心の関心を引いてくれ、感心させてくれ、感激感動させてくれればそれでいいのだ。

「面白い!」と感じる対象があるのなら主張するのがテレビ局員の義務。肩書きがディレクターだろうが、カメラマンだろうが、記者だろうが音声さんであろうが庶務のヒトだろうが関係ないし、身分が正社員であろうが、子会社からの出向だろうが、契約社員だろうが、フリーランスだろうが、そんなことはどうでもいいことだ。

チマチマと、ヤッカミもどきのムダ口を叩くヒマがあるのなら、街を歩いて「面白い!」と思える何か、「伝えたい!」と信じられる何かを見つけてくれば? 番組を作ることのみが放送局を放送局たらしめているのだから。

ま、なにはともあれ、足かけ3年の熱意がひとつの番組となって生まれようとしている。見知らぬ視聴者に何かを伝えたいならば、年月かけて追わなきゃね、やっぱり。テレビの前にごろ寝している人たちは、画面に映る番組の底の浅さを見通す眼力を持ってますもん。

…他人事じゃないな…自戒しよ。


交差点の横断歩道で信号待ちをしていたら、頭上でゴロゴロと大きな音が。

見上げると、モノレール。那覇空港から首里城の足元までをゆっくり走る。

ぼくも何度か乗ったことがあるけれど、こぢんまりと可愛くて、乗り心地もいい。窓からの眺めもなかなか。

スピードはちょっと遅いかなぁ。次の駅が見えているのに、なかなか到着しないのが時にもどかしい。

でも、別に急ぐわけじゃなし。ちゃんと着けばいいのだから。

首里城までつながっていないのは観光客にはツラいかな。首里城までは結構な坂道を登らなければいけなかったような気がする。


那覇の街をちょっぴり上から見下ろしながら、ゆっくりゆったり。のんびり走るのは悪くない。
お邪魔している局は「おきなわのホームソング」をオンエアしている。

先月25日には4月~7月にオンエアされた4曲を収めたCDが発売された。局の壁には発売を知らせるポスターが。結構反響が大きいと言う。

今は8月の曲がテレビとラジオで流されている。絶滅にひんしたヤンバルテナガコガネの歌。切り紙を使ったアニメも楽しい。



早くDVDが出ないかな~。



「おきなわのホームソング」 8月の歌は → こちら

沖縄 北谷のスタジオでナレーションの収録。

こちらに来てからのホテル戻りがAM7時→5時→4時→4時と推移し、ようやくここまでたどり着いた。ふぅ…。

今回のナレーターは、MONGOL800 のボーカル、上江洌清作さん。マスコミにあまり出ることのない彼だけど、若いディレクターの熱意に応えてナレーションを引き受けてくれた。

彼がナレーションをやると聞いたとき「おぉ!」と思ったけど、ナレーターとしては素人。どうなることやらと心配だった。

しかし、最初のひと言を聞いて安心。もちろん本職のようにうまくはないし、安定していないけど、静かな、落ち着いた声。そっけないけど、どこか温かくて味がある。

意を決して彼にナレーションを頼んだディレクターは、最初のひと言を聞いたとき、「やった!」と感じて泣きそうになったと言う。彼にとっては大きな賭け。それが見事にはまったのだ。良かったね。

清作さんはがっちりと大柄で、目元涼しい爽やかな若者だった。今、小さな島を巡るツアー中で、明日からは宮古、石垣と回るという。

楽しい仕事をさせてもらった。ありがとうございます。


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