番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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久びさ、午前3時まで飲む。前回、午前4時まで深酒した時も同じ相手だったような…。気が合うのも考えモノだろうか?

ま、オジサンの憂いを発散しまくり、楽しかったからそれでいいのだ。

しかし、彼は翌日はお休み。今ごろ、ようやくチェックアウト。ぼくは仕事で7時前起き。これも前回と同じだったような…。

局に着き、焼酎&ジントニックで傷んだ胃袋にパウンドケーキをアイスココアで流し込む。

酒がまだまだ残ってる体は、持て余すほどに鈍重。この店の名前じゃないけど、たりぃ~っす。

…シャレの切れも悪いな。

ソファに身を埋め、あぁ、このまま眠ってしまいたいぃぃ。
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我が家から海まではトロトロ走って20分弱。仕事に飽きたり、行き詰まったり、やる気が出なかったりしたら、車でブ~。

今日は北風が強くて波が荒い。岸壁に並べられたテトラポットに波が砕けて車道に降りかかる。

少し離れた場所に停めた車まで、霧のようになった海水を風が運んでくる。

少し離れた砂浜では、ウィンドサーファーたちが喜々として海面を疾走中。彼らには最高の風なんだろうな。

海っていい。

でも、最後に海水に体を浸したのっていつだろう? 学生の時に九十九里浜に行ったのが今のところラストかも。あ、そのあとに西表島に行ったっけ。でも、あの時は川をさかのぼって滝を越えたりしたけど、海に入ったっけなぁ?

その時の旅で、石垣島をサンダルに短パンいっちょでバイクに乗ってたら、白バイのお巡りさんに呼び止められた。

ぼくの免許と学生証をチェックしたお巡りさん、

「ほぉ、東京の学生さん? 東京では裸で運転してもいいかもしらんけど、石垣じゃダメ」。

はい、東京でもダメです…。

大深謝…。

こんなアホな旅姿の若い衆、今もたくさんいるんだろうな。でも、アホをやるなら若いうち。今、この歳で同じことをしたら不審者にしかならんもん。

時分の花って、やっぱりあるのよね。

今日はナレーションの収録。

今回は男性と女性、ひとりずつナレーションをお願いしてる。まずは男性の収録が終わり、女性のナレ録りまで2時間ほど間があいた。

で、ただ今、待機中。


局の裏手の砂浜に出てみる。
もう10数年も通っているけど、海辺に来たのは初めてだ。

韓国からの修学旅行だろうか、若い衆がハングルでキャピキャピはしゃいでる。

そっか、釜山からビートル使えばすぐだもんな。あちらへ行って、おいしいサンゲタン、食べた~い。

みんな携帯で写真をパチパチ。日本以上にケータイ文化が進んでるって聞いたことがあるような…。


今日は快晴。晴れ過ぎのせいか、広がる玄界灘も、浮かぶ能古島もぼんやりくすんでる。

悔しか~。

能古島と言えば、やっぱり “片想い”。

  「能古島の片想い」 井上陽水(YouTube)

懐かしか…。

振り返ると、椰子の木&タワーの2ショット。肩を並べて日がな一日、海を眺めて。

ヨカね~。


しかし、暑いわ…。
今朝の天気予報では最高気温が那覇と同じだったっけ。

干からびそうじゃ。どっかで涼もっと。




バタバタ今月。
はやあと一週間となりにけり…。

知る人ぞ知る、
だから、ほとんどの人はその名も知らない
韓国の詩人から月が始まり、

山間の蕎麦屋で奮闘する
じいちゃんと孫ふたりのガチンコ勝負、

そして、
スーダンで活動するお医者さんの話と続き、
夜間中学で勉学に励む
お年寄りの三年間へと突入。


いろんな人の、いろんな話を聞き
その姿を見るにつけ思うのは
誰もが「頼り頼られ」してること。

韓国の詩人は
ふるさとへの思いにすがりっ切り。
ふるさとが消えたら
詩人も消える。

蕎麦屋の孫たちは
80歳のじいちゃんに寄りかかり、
じいちゃんも孫たちに自分を託してる。

スーダンで地元の人を診る医師は
高校時代の仲間に支えられ、
戦争の混乱で学ぶ機会を失われたお年寄りたちは
互いの存在と無償のボランティアに
力づけられてる。

意識なんかしてない。

あぁ、頼ってる。
お、頼られてる。

そんな風に意識してしまうと
繊細なバランスは雲散霧消してしまう。

頼り頼られ。

いいじゃん、その関係って。





「いつも誰かに依存してる、そんな自分がイヤだ」

友人がそう言ったのは
ギリギリ二〇代だったけ。

・・・ いつもだれかに寄りかかってる、頼りにしてる ・・・

そんな自分をふと自覚して
我が身を情けなく思った。
そんなとこかな。

ぼくが答えたのは、こんな風。

どこのどいつだって
いつも誰かに、何かに依存してる。
互いの関係の中にしか
互いは存在しないんだから。

・・・ 青いな ・・・。


依存症って病があるけど
その意味での依存ってワケじゃない。

自分が自覚しようとするまいと、
相手が知ろうと知るまいと、
何をするにつけ
人は他の誰かを頼ってるってことを
言いたかった。

他の誰かの存在で
息抜きしたり、反省したり、
気合いを入れなおしたり。

でないと
プレッシャーでつぶれちゃう。





持ってるCDの大半を
外付けハードディスクに入れた。
クラシックを除き、全29457曲。

で、70年代、盛んに流れた曲を集めて
ランダム再生。

今日の昼下がり。
流れ出したのがこの曲


『 Lean on Me 』

ジャズ・サックス奏者グローヴァー・ワシントン・ジュニアの
『 Just the Two of Us/クリスタルの恋人達 』の
歌唱も印象的な
ビル・ウィザースのヒット曲。

『 Lean on Me 』Bill Withers (YouTube)


あ、エアロスミスのボーカル、
スティーブン・タイラーの『 Lean on Me 』もいい。

『 Lean on Me 』Steven Tyler (YouTube)






Sometimes in our lives we all have pain
We all have sorrow
But if we are wise
We know that there's always tomorrow

そりゃ誰だって辛いときはたまにはあるさ。
傷ついたり、悲しんだりね。
でも、きっと気づくだろ。
あしたはいつもあるんだってね。


Lean on me, when you're not strong
And I'll be your friend
I'll help you carry on
For it won't be long
'Til I'm gonna need
Somebody to lean on

頼ってくれていいよ、頑張れないときは。
ぼくが友だちになって、
君が頑張るのを手伝うさ。
そのうちにぼくも
頼れる誰かが必要になるんだし。



頼り合い、もたれ合い、
よりかかり合い、支え合い・・・。

今月、見た取材テープの中の人たちは
自然に、しなやかに、穏やかに、
互いを支え合ってる。


So just call on me brother,
When you need a hand
We all need somebody to lean on
I just might have a problem
That you'd understand
We all need somebody to lean on

ぼくを呼んでくれるだけでいいんだよ。
手助けが欲しいときはさ。
誰だって寄っかかる人が必要だもの。
ぼくが抱えてる問題だって、君はもうわかってるはずだよ。
誰にだって頼る相手が必要なんだ。



意識する方がおかしいんだな。
ひとりじゃ立ってさえいられないもの。

でもなぁ・・・
困難の中でそっと支え合う人たちの
爽やかな、はじけるような、そんな笑顔を見ると
泣けちゃうんだよなぁ。



修行が足りんな。

ゆるゆる、がんばろ。




あぁ、この時期は一年で一番忙しい。

一番忙しいこの時期に
脳みその調子が一番よろしくない。

気温が乱高下したり、
低気圧がずぉんとやって来たりすると
脳みそが渋皮付きの栗みたいな
感じとあいなる。

こんな時。
決まった時間に決まったところに
いなければならない。
そんな仕事の人は大変だ。

ぼくは仕事を後まわしにして
ごろごろできるけど。

会社員だった頃。
きちんと起床し、きちんと通勤。
就業時間中は
きちんと目を覚ましていたんだろうか?

かなりあやしいな。

あ、そうだ。
デスクを空っぽにして
会社近くの喫茶店でうだうだしてたっけ。
そうだそうだそうだった。

遅まきながら、反省…。


しかしね。
この時期にお仕事が
入らなくなったとしたら、
それは職替えのサインということかしらん。

「いつまでこの仕事を続けるつもりですか?」

この間、30歳そこそこの若い衆に
そう尋ねられた。
彼は放送局の契約ディレクター。

足を地につけず
ふらふら生きてるオヤジに
自分の未来を重ね合わせたのだろうか。


ごめんね~、仕事の行き先って
考えたことないのよ。
自ら望んで手にした職でもないしね。


不謹慎で不誠実な回答だな。
でも、ホントだよ。

ゆらゆらと波にまかせて流れてきたら
この浜に打ちあげられたんだよ。
そこの居心地が結構いいから
そのまま禄をはんでるだけなんだ。

でもね。
手を染めて、それが面白ければ
それでいいじゃん。
そこで出来る限りのことをする。
飽きられるまでね。

自ら身を引くことはないな、たぶん。
アタマに来ることは
多々あるけど。

あまり多くの人が
体験できない世界。
幸か不幸か
その世界の一員になったんだから。
心を残して去ることはしたくない。

ゴールはないよ。
だから、第二の人生もない。

エンドレスにループする。
それが流れに身をまかせた魂に
与えられる罰なのさ。


なんてワケのわからんことを考えていたら
ネコ助のシッポがピンッ。

鬼太郎のアンテナみたいに
ぼくの心が読めたかな?

アンテナ

こいつ、ベッドカバーにもぐり込むのが
なぜか好き。
暑いだろうにな。

シッポをいらいら、いらっていたら
ネコ助、ちょっとお怒りに。

ムスッ
「…ム…」

なぁ。
たまには入れ替わろうか?




メシを食おうと車でブ~。

ん?
ガソリン切れのランプがチカチカ。

しまった。
前の日から、車も「ハラ減ったよぉ」と言ってたんだったっけ。ワシの腹いっぱいが先か、メシ屋まで運んでくれる車のご飯が先か?

う~ん、悩む。ふところが寂しい。
キャッシュディスペンサーはそろそろ閉まる時間だし、腹が減っては戦はできぬ。やっぱり人間さまのガソリンが先だよね。

が、しかし、明日は仕事で都会に出にゃならん。バイパス沿いに銀行はないし、ここで人間さまがメシを食うと、明日の打合せ場所までたどり着けない恐れあり。

そりゃ、マズい。

でも、ガソリンはグンと高くなったし、満タンにすると所持金じゃ足りないかもしれん。「2000円分、入れて下さい」と金額を限ってお願いも出来るが、財布が軽いと何故か逆に恥ずかしい。

しばし悩むが、足を確保しないとこれからずっとず~っと先まで腹へり人生になりかねん。やっぱ車の腹いっぱいが先だとガソリンスタンドへ。

満タンをお願いし、いくらになるかなぁ、ドキドキドキドキ。

で、車が腹に入れたガソリンは33.4リッター。金5210円也。おつりが来たぁ。ホッ。


人間さまのご飯が終わったら、財布がほんとに空っ欠。明日、高速の料金所で「ありゃ!?」というハメに陥らないようにせねば。

昔、食事をしたあと支払いをしようとして財布を落としていたのに気づいたことがあったなぁ。ぞわ~っと背中に鳥肌が立ったっけ…。

う~、思い出すだにコワい。銀行行くのを忘れぬよう、指に輪ゴムでも巻いとこ。


きょうはナレーション書き。

今回のナレーターは蟹江敬三さん。ディレクターが番組内容からイメージし、果敢にアタック。見事、OKをいただいた。嬉しいこと。

ローカル局が、著名な俳優やタレントに出演を依頼するのは思い切りが必要。それも、スポンサーがつくあてのないドキュメンタリーだと予算の面からも限りなく厳しい。

東京のスタジオで収録するならまだしも、こちらまで足を運んでもらうと必ず一泊二日の日程になる。となると、ギャラがグンとはねあがる。ほぼ必ずマネージャーが同行するし、画面にチラリとでも顔を出すとなると女優さんならメイクや衣装担当の人もついてくる。旅費と宿泊費も局持ちだから、当人以外にアゴアシが三人分かかるということに。

厳しかね~。

予算がなければ、見せられるのは誠意のみ。熱を込めて口説くのみだ。

以前、ある局で打合せ中に出演&ナレーションを「泉谷しげるさんにお願いしよう!」と盛り上がり、「予算もないから、どうせダメだろ」などと言いながら、「当たって砕けろ!」と電話に立ったディレクター。

10分ほどで会議室に戻って来た彼は「OKだって…」と半放心。まさか受けてもらえるとは思っていなかったぼくも、意外な展開に唖然…。

第一候補に即答OKをもらったのは、この時くらいじゃないかしらん。

まぁ、仕事を受けてくれた著名人もいろいろで、泉谷さんは本気に、真面目に、真摯に取り組んでくれたけど、例えば一泊二日で九州に来るとなると旅気分で、仕事ではなく温泉が目的じゃなかろうかと邪推せざるを得ないタレントさんもいたりする。

ディレクターが必死の思いで口説いたタレントさんが、あまりにヘタで愕然としたことも。ある女優さんはギャラをぼくの4倍も取りながら、ナレーションはからっきしダメ。スタジオでディレクターとアタマを抱えた。

あまり書くと恨み節になりそうだから、もうやめよ。


ナレーションは番組のトーンを決める切札、主役と言っていい。番組を売るためには著名人のナレーターが営業的にキーになるというのは分かるけど、現場としてはプロのナレーターの方がありがたい。

読み方ひとつでシーンの色まで変えてくれるその力、一流のプロはやっぱり違うなぁ~。聞いててホレボレする。

ナレーターは年齢を声の音色に込めることが出来る。歳を重ねて行けば、それだけ表現に深みを増せる。いくつになっても、その経てきた時間を番組の中に響かせることが出来る。

羨ましい仕事だなぁってよく思う。ま、単に歳をとればいいってワケじゃないけれど。

素敵なナレーター、常時募集中なんだけどな。

編集大詰め。番組の正確な長さ(完尺)にこぎつける。

CMの入り方などによって微妙に違うけど、今回の正味の長さは46分45秒。これで1時間番組とは看板に偽りあり!…と、叱られたという話は聞かないから、見ている人も結構寛大。と言うか、「CMの方が面白いよ」とみもふたもないことを言われたりして、ガーンとなることも多々。

今度の番組は山あいのお蕎麦屋さんが舞台。80歳のおじいちゃんと孫二人の家族模様がじんわり心に染みるなかなかいい出来。ごく珍しくも全国放送! なのだけど、オンエア時間は各局にまかされているので、制作にあたったディレクター本人でも、いつ、どこで流されるか分からないという珍妙なことに。

また27時台とかなんだろうな…。見返したくなるような、素敵な家族模様なんだけど。

オンエア後に見返す番組は少ない。いい評価をもらった番組より、制作中に楽しかったり四苦八苦した番組の方を見返すことが多いのが不思議。が、見返したくても手元に録画テープ等がない番組がたくさんある。

ぼくがこれまで制作に参加したドキュメンタリー番組は300本くらいだと思うけど、何らかの形で手元に残っているのは半分強くらいかなぁ。取材に協力していただいた人や外部スタッフには、今ではDVDにダビングして送付することが多いし、それが礼儀でもあるのだけれど、それを省略する制作者が多いってことかな。

まぁ、そうした制作者みんながみんな礼儀知らずとは言い切れない。協力してくれた人たちに送るためにダビングする手間も費用もディレクター個人の負担っていう常識知らずの上司がいたりもするし。ただでさえ忙しいのに、DVDを何十枚も一人でダビング出来るかい!とディレクターが思ってもそれはムリない。

ダビングを送ってこない率の高い局ってあるから、これは組織としての局の体質なのかも。組織として世間知らずなその局もマスメディアとして世論形成に強大な力を持っていると思うと少々コワいな。

かと思えば、こんなに丁寧にしてくれなくてもいいのに…と思うほどに取材テープまできちんきちんと送ってくれるディレクターやカメラマンもいる。

結局、個人の常識度や性格によるってことなのね。


隣県の局で編集の詰め。90分強→61分→47分45秒ときて、あと1分切ればいいところまでこぎつける。

編集に入ってからのぼくの役割は、より分かりやすく、よりスリムにすること。なので、要らないな…と思った映像やインタビューは「これは必要ないよね」と言わねばならん。

懸命に取材し、アレもコレも入れたいディレクターにとって、ぼくの言葉は冷徹至極に響くだろうな。

頭を下げて取材をお願いした人も、いざ番組の流れを作るとそれにそぐわない場合が多々ある。なんとか入れたいディレクター、しかし、要らんもんは要らんと言うのがぼくの仕事。言うことだけは言わねば、お金をもらうわけにはいかない。

今回、一緒にやっているディレクターは50歳過ぎの義理がたい男。取材をして、結局番組に登場する機会のなかった対象者の元へは必ず謝罪の挨拶に行く。自費で用意した協力お礼を携えて。

自費を使うことは善し悪しだと思うが、きちんと筋を通すおじさんディレクターには教わることが多い。

とにかくテレビは礼儀知らずと目されて久しい。依頼する時は強引&歓心を引くようなことを言い、そのあとは知らんぷりん。番組で使われたのかどうなのかさえ分からないまま、協力者の心はテレビへの不信感で埋まって行く。

資料を貸すと戻ってこないからと、協力を拒否する人も増えてきた。「何様だと思ってるんだ、たかがテレビのくせに」という声を実際に聞いたこともある。

取材協力は基本的に謝礼なし。相手の善意だけに頼っている。その善意をぼくらはこれまでどれだけふみにじってきたことか。

マスメディアとしても、ジャーナリズムとしても、自ら評価を落とし続けているテレビ。その原因のひとつは、自ら足を運んで番組に入れられなかった旨を説明するおじさんディレクターのようなテレビマンがごく少数しかいないことにあるだろう。

地方の名士然として、高給をはむ放送局の社員たち。周りは「たかがテレビ」と思っているのだ。そのイメージを払拭出来るかどうかは、取材協力者にこまめに気を配れるかにかかっている。

でも、もう遅いかな。テレビ放送が始まってもう半世紀をはるかに過ぎた。その長い期間で「たかが」を関係者自らが作り上げて来たんだものな。

番組作り(ニュースも同様)を懸命に、真摯にやって行くしかないね。

完成まで、あと1分オーバー。まずはこれに取り組もう。

地元の局で打合せ。
一度作って放送した番組を、10数分長く作り直して再放送することに。コンテスト用ということかな。

テレビ番組のコンテストというのも数あって、それぞれ「○月末までに放送のこと」といった条件がある。放送文化基金が3月末、民間放送連盟が5月末だったかな? 芸術祭は何月だったっけ…。

コンテストに参加できるのは制作者側としてはとても嬉しいことだけど、その条件をクリアするためにオンエア日時が月末最終日の「27時台」だったりすることが多いのがちょっと悲しい。できるだけ多くの人に見てもらいたいというのが現場の思いなんだけどなぁ。

27時って、夜中の3時ってことでっせ。ほぼどの家庭にもビデオデッキがある時代ではあるけれど、「見てください」って友人知人にさえ頼みにくい時間帯。ぼくもオンエア時にリアルタイムで見たことないもんな。

なんらかの賞を受賞をするとその番組は再放送というご褒美にあずかることが多いけど、何も受賞しなかったあかつきには深夜にサッと流れて未来永劫帰ってこないという、流星のごとき番組となってしまう。目立たなくとも、キラッと光ったりしてるんだけどな…。

原油高騰のせいではなく、デジタル化によるところが大なのだろうけど、局の制作費は右肩下がりで減り続けているらしい。某局の制作費は前年比30%カットだそうな。放送局って、その名の通り電波に乗っけて伝えるという機能だけにいずれなるのかな。

キー局かプロダクションが作った番組を、お金をもらい、または買い受け、電波に乗せて流す。うん、放送局だ。制作部門を内部に持たない局もちらりほらりと出てきているし。名称通りの機能を果たす企業となるってことはいいことなのかもしれない。

番組を作りたい人は制作会社へ。ステイタスが欲しい人は放送局へ。そんな時代がもう来ているんだろうな。



きのう。
隣県から始まったこの初夏の巡業シリーズ、第一弾終了。

南の島に久しぶりにおじゃました。
空港を出たときは蒸し暑くて、やっぱり南なんだなぁと思ったけど、その日、次の日と日本中が季節はずれの高温に包まれて、南の島よりも北部九州の方が気温が高いのだった。

南の島よりも北海道の方が暑いなんて、気候って、不可思議。

打合せをし、速攻で戻ったから、友人知人に知らせずじまい、飲まずじまい。仕事で行こうがなんだろうが、オフの時間はワシのものなのだけど、同業他社・ライバル関係にある会社の友人に「一杯やろうよ」と声をかけるのはなんとなく気がひける。

結構、小市民なのだなぁ。
でも、友人のオフィスへ突然ずかずかと入って行って驚かすのは好きだったりする。

悪趣味…。


生の海を見る時間はないけれど、南の島に行くとなんとなくゆったり、まったり、癒される。これでオーシャンブルーの波が寄せる浜辺を散歩でもできれば言うことないのになぁ。

今回は行きが曇り、帰りが夜の便だったので空からの景観もおあずけ。きれいな画像が欲しくて、デジカメ、持って行ったのにな…。

次回に期待しよ。




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