番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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ここ数日、陽射しは残暑初頭なみに強いけれど、吹く風は肌にひんやり。

ツクツクホーシの鳴き声が消え、聞こえるのは虫の音。

頭を垂れはじめた稲の上にでは赤とんぼが乱舞。

季節のうつろいを感じるね。
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蔵書2
持っている本のデータベースをちょろちょろと作り始めた。

蔵書と呼べるほどの冊数はないので、気合いを入れると1、2日で入力が終わってしまいそう。

それじゃ寂しいので、一日、本棚の一段ずつを入力。漫画から雑誌から、手元にあるものすべてを入れちゃう。

まずは身近な机まわりの本を入力していったら、最初はオール漫画になってしまった。
『鋼の錬金術師』とか、『ONEPIECE』とか。それに『くるねこ』や『きょうの猫村さん』、『聖☆おにいさん』とか、結構ありますなぁ。

まだ『らんま1/2』とか、『風呂上がりの夜空に』とか、『出直しといで!』とか。

さらには、『三国志』、『史記』、『水滸伝』など横山光輝さんの手によるものもあるし、手塚さんの『火の鳥』もどこかにあるはず。『男おいどん』も全巻しっかりあるし、本棚の奥には『ぼのぼの』に到達する前のいがらしみきおさんの一連の著作も隠れてる。

近年は旅先での「睡眠薬」と称して、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の数も増えてきた。

みんなちゃんと完読どころか再読再々読もしてるもんね。漫画読む暇があったら勉強しろよ!って一人突っ込みしたいよな感じだわ。



東京から引っ越すとき、本の大半を処分してきた。その後、「おしいなぁ…」と思ったことたびたび。

いしいひさいちさんの『バイトくん』シリーズ、手元に置いておくべきだったなぁ。こちらに落ち着いてから古本で買い戻したけど、学生時代に四畳半で読んだプレイガイドジャーナル掲載時の、“あの”本の方がええなぁ、やっぱ。

ぼくは本にラインを引きながら読む。一時は、装丁の方には本当に申し訳ないけど、カバーも買ってすぐ取って捨ててしまってた。書籍を大切にしないタイプだな。

とびとびに何回か「蔵書印」を押していたことがある。それぞれとても短い期間だ。

名字の一部「松」の字を篆刻した印を押していたのはいつ頃かなぁ。手元にほとんどないから、東京にいたころの本かもしれない。

こちらへ越してきたころは読み始めと読み終えた日を本の一番最後のページに記入している。上の写真の本は「870825~870826」とある。

22年前、二日間で読んじゃったのかなぁ。それじゃ、アタマに入らなかっただろうに。

焦燥感にかられて、貪るように読む時がたまにある。“たまに”じゃなくて、実はこれまでに2回しかないけれど、そんな時に読んだ本はその内容をちっとも覚えていない。

でも、その焦燥感の貯金でこの20年間、今の仕事を続けてくることが出来ているような気がする。そう思うと自分がいとおしいですわ。

よしよし撫で撫で…。頑張ったこともあったのね。


しかし、そろそろ貪る時期3回目に突入かな。貯金をはたいて、アタマの引き出しってからっけつだもんね、今。


Tシャツカーテン
モニターを横長の20インチにかえてから画面が広くなったし、明るくなったし、なかなかいい感じ。

でも、光沢のあるタイプだから、映り込みがかなりきつい。蛍光灯の明かりが反射しないように角度を調整。だけど、真後ろにある窓の明かりはどうしてもモニターに映り込む。

ブラインドがあるのだけれど、降ろして明かりが入らなくすると風が通らなくなり、パソコンの熱気もともなってとっても暑い。

端布をカーテンにしてみたけど、あ~、布が薄いし、幅が足りな~い。

どうしようかなぁ…。

しばし、思案。

…… Tシャツをぶら下げてみたらどうかしらん。

ほどんど着ないTシャツを、まずはハンガーで吊してみた。
でも、風に吹かれるとガタガタうるさい。

で、窓枠に両肩を画びょうで止めてみた。
お、布で足りない幅をうまく埋めてくれるし、生地が厚めなので太陽の明かりも防いでくれる。風が吹くと適度に揺れて空気の流れを作ってくれる。

良きかな、良きかな。


両肩を十字架に打ち付けられたキリストみたいに見えるけど、怨まないでね~。


幻泉館主人さんのところで、拓郎さんの新しいベスト・アルバムが出たことを知った。

  → 幻泉館主人さん 「TAKURO PREMIUM 1971-1975」

5枚組。すごいね。

幻泉館主人さんも触れているけど、「ペニーレインでバーボン」はやっぱり入っていない。歌詞の問題があるんだろうな。残念ね。

拓郎さんは2006年の「つま恋」でこの曲をやったとき、歌詞を変えていた。

  → 2006 10 31日記 「ペニーレインで…」

確かに現在は使用を控える言葉ではあるけれど、書籍などは「問題のある箇所もあるが発表当時の表現ゆえご了承を」的な但し書き付きでそのまま再版されている。

当時の“もの言い”の表現でないと表せない時代の雰囲気があるはずだけどな。


ずっと聞きたいと思っているのだけど、今回の5枚組集大成でも入ってない曲がある。これはSONY時代の総まとめ集だからかなぁ。

「ペニーレインでバーボン」のような「放送禁止」的な意味とは違って、“総まとめ”や“ベスト”に入れるほどではないと目されているのかもしれない。

ちょっとさびしいね。

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20代の若造、その心の奥底でふつふつと焦げるまだ見ぬ人生への恐れが見える。恐れが溢れてしまいそうになって叫んでしまうことが確かにあった。

ぼくもこんな風に感じていたっけ。

友人に「賢いオトナにはなりたくない」と言っていた女の子がいた。彼女が言う「賢いオトナ」は、拓郎さんが歌う「さとりし人」のことなんだろう。

「わかったつもりにならないと人生は歩いていけない」。

まだ人生をほとんど歩いていないのに、そんな風に思っていた。「賢いオトナ」、「さとりし人」にはなりたくないと思っていた。20代だね。

でも、それを懐かしいとは思えない。今も時にこう思うもんな。




この曲が入っているアルバムはエレック時代の『人間なんて』しかないのかしら? レコード→CDと移行したとき、入手し直した拓郎さんのオリジナル・アルバムは『元気です』と『LIVE 73』の二枚だけ。

オリジナルの歌詞で歌う「ペニーレインでバーボン」が入った『今はまだ人生を語らず』は友人からもらったけど、『人間なんて』は買ってない。

ぼくの手元にはこの「笑えさとりし人ヨ」が入った2枚組のベスト・アルバムがあるのだけれど、LPなので聞けない…。

「笑えさとりし人ヨ」は確かに人気曲じゃないのかも。ぼくの手元にある2種類のベスト盤CDにも入っていないし。「春だったね」なんかは5つものバージョンがあるのに…。

「川の流れの如く 」とか「ある雨の日の情景 」なんかも聞きたいなぁ。「ある雨の日の情景」、ギターの練習、したっけな。

もう指が動かないや。


『人間なんて』、手に入れるかな。


踏切で電車にひかれた女の子。

助かった。

車体と踏切の間でうつ伏せになり、おでこを擦りむいただけだったとか。

電車が止まったとき、女の子の頭の10数センチ先には電車の車軸が迫っていたそうな。

良かったね。

「母親が目を離したスキに、祖父の家を出て、踏切に入り込んだ」

ニュースはこう伝える。

この言い回しだと、お母さんの責任のように聞こえるなぁ。

子どもから一瞬も目を離さずにいることはムリだろうに。

報道する側としてはこんな風に表現するしかないのかもしれない。凍りつく思いをしたお母さんの心が砕けないといいけれど。


きっと強い運を持った女の子だろうな。

おでこの傷の痛さ、忘れませんように。
夕陽シルバーウィークだとか。

「敬老の日」が9月の第3月曜日にかわったことで出来た大型連休。

敬老の日からの一週間は「老人週間」としてお年寄りを敬う気持ちをあらわし、心を育てる期間なんだそうだけど、世間は「休日」の話ばかりだなぁ。

「不況の底を脱した」と日銀総裁が発言していたような気がするけど、まだまだ不況。でも、これまでみんな働き過ぎだったのかもしれないし、まとまって休みが取れるのはいいことだ。

旅に出る人たちが多い。エコカー減税の効果もあるのだろうけど、車の販売も上向いてきたとか。

100年に一度の大不況と言われていても、旅は出来る、車は買える。それだけ日本の経済は体力があったということなのかなぁ。

でも、不況から抜けきったわけではないだろうし、リーマンショック以降の経済的な冷え込みが本当に見えてくるのは来年だと言う人もいる。これまでは本格化するまでの序章だったってことかな?

専門家の分析ってのは、どうもわからない。素人に分かるように説明するのがマスコミに登場する人や記事・番組の義務だと思うのだけど、耳にし目にするたびに「???」が増えてしまう。

「?」を理解するだけの経済的な素養がこちらにないからだとは思うけど。経済って難しい。


カレンダー上は連休だけど、休めない人たちもいる。
ぼくも、どこへも出かけません。

自分にも言おっと。 「ご苦労さまです」。

きょうも晴天。

風が気持ちいい。

テレビは2011年7月24日に映らなくなる。

「なんで?」

そう老母から尋ねられ始めてそろそろ2年。いまだに納得してもらえる答えをあげられない。

テレビがらみの仕事をしてるのに、すんませんね。

ここのところ、頭にアンテナを乗せた直立鹿がやたらとテレビに登場する。地デジ広報の切札?として生まれたキャラクター。「ゆるキャラ」として彦ニャンに互するほどに人気があるとか。

ほんとかなぁ。

そのスタイルがスクール水着みたいで「よろしくない」と眉をひそめるむきもあるとか。

ほんとかしら?

どちらがホントか知らないけど、地デジカさんの話すことや振る舞いがなんとも慇懃無礼に見えるのはナゼかなぁ

丁寧に知らせようとしているのはよくわかるけど、そうしようとすればするほど墓穴を掘っているように感じるのは、地デジカさんの言葉では老母の疑問は解消しないから。

「なんで?」を抱いたまま、安くなったと喧伝される地デジ対応テレビを買わされる。

安い…と思うようになってしまった感覚もコワいな。ま、老母はチューナーしか買う気はないけれど、国策で出費を強いられることには変わりない。


地デジ化も「なんで?」をほっておいたままGoする国策のひとつになるのかな。
新政権のうたい文句は官僚からの離脱。「国民が選んだ政治家による政治」を目指すということだけど、そんな当たり前のことが公約になるなんて奇妙と言えばとっても奇妙。

いつから政治家は本来の仕事をしなくなり、官僚主導となって行ったんだろ?

各省庁が国民に向けて機能しているか把握し、リードするのが役割の大臣&政治家。それが地元に向けての利益と自己の勢力拡張を考える族議員になってしまう。

それって、官僚に取り込まれてしまったということなのかな?

新政権の皆さん、時がたっても今の熱を持ち続けられるかな?

ぼくらにも待つ根気が必要かもね。
内閣のメンバーが決まりつつある。個々の実績&実力は、ぼくら選挙民としては把握しきれないけど、皆さん、しかとそれぞれお仕事して欲しい。

特に郵政事業はどうなるか。興味津々。

自民党が大勝利をおさめた前々回の選挙。郵政事業をどうするか、それのみが焦点という考えられない選挙でばくら選挙民は踊った。

小泉さんの思惑のままに。

今回の衆院選は自民党のあまりの体たらくにぼくらがどんな声をあげるか。政権交代も十二分に考えられる選挙だった。

投票率は高かったものの、それでも70%に届かなかった。10人のうち3人が国の動きにを左右する一票を無にした。

もったいないね。

「投票しても政治は変わらない」
そんな諦めは確かにあるけれど、自分の票を投じるという権利を行使しなければ、不満の声をあげるのも虚しかろう。

今回は国のかじとりを民主党に委ねたけれど、彼らの実力を認めたわけじゃない。未知数に少々の期待をかけた。

何をどうやるか? それを期待と呼べるのならば、期待している。

裏切られるのか、納得出来るのか。

楽しみではあるね。

年に数回、飛行機に乗る。
乗るのは必ずANA。JALには、JALしか乗り入れてない路線にしか乗らない。

小学校時代、初めてヒコーキに乗ってからずっとJALだったのだけど、数年前にかわった。

ほんの小さなきっかけだけど。

その日、ぼくは羽田空港で搭乗機を待っていた。ちょうど台風が来ていて、雨も風も強くなるばかり。ぼくが乗る便から全便運休に。

あ~らら。荷物もいっぱいあるのにぃ。
ま、台風だもん、仕方ないや。

チケットの払い戻しや搭乗機変更をする人でコンコースは大行列の大混雑。

整理する航空会社の人も大変だ。


その時、感じたこと。


ぼくはワケあってJAL→ANA→JALと列を移動したのだけど、ANAの列に移った時はちょっとホッとした。

JAL列に並んでいた時は、イライラ不機嫌だったんだけど。

で、JAL列に戻ると、またイライラに。

なんでかな? と思ってふと気がついた。

ぼくらの面倒をみてくれるJALの担当の人たちからは、「台風だから仕方ないじゃない。私のせいじゃないも~ん」という思いがそこはかとなく漂ってくる。

一方、ANAの担当者の人たちからは、旅の途中に足止めをくらったぼくらに対する「大変ですね」という気持ちが感じられた。

ANAの人は、かなり低姿勢?

JALの人は、どこか居丈高?

これ、ぼくの気のせいじゃなかったみたい。

JAL列からは対応の悪さに対する非難の声がちらりほらり。その声のいくつかは、遅々として進まない手続きではなく、担当する社員の態度に向けられていた。

別にぞんざいな言葉遣いをするわけでもないのに、どこか「他人事」。それを微妙に感じるんだなぁ。もちろん、みんながみんなそうだったわけじゃないけど、利用客って敏感だから。

以来、JALには乗らない。
ANAにマイルがたまってきたせいもあるけど。


ぼくが乗らなくなったせいじゃないけど、ここんとこJALはずっと左前。で、ただ今、財政再建中。デルタ航空とアメリカン航空、2社からお声がかかってるとか。

JALが消えると、飛んで行けなくなってしまう場所もある。

再建して欲しいな。

暑さにだらけ、出かけを言い訳に、ぐーたらを決め込んでいたら、あらら、もうひと月も更新なし。

パソコンの前に座り、久しぶりにブログを開いてみたら、書き込みのページなどのレイアウトが変わってる。世の中はずんずん進んでいくなぁ。

涼しさが増し、ツクツクホーシの鳴き声も遠く小さく聞こえるようになってきた今日このごろ。ぼちぼちと再開いたしましょう。


先日、沖縄のある局で編集をしていたら、キャスターの女性がディレクターに向かって「あのCMの入り方、ひどくない?」と話し始めた。

話を聞いてみたら、ニュースの間に入るスポットCMのこと。それは、毎号に付属するパーツを組み立てると「ゼロ戦」が完成する週刊誌のCMだった。

アメリカ軍基地の存在に対して異をとなえる人たちの動向を伝えた直後に、戦闘機を作る喜びを強調するCMが流れる。確かに妙だし、ジャーナリズムとしての放送局の姿勢を問われることにもなりかねない。

アメリカ軍の基地からは、ベトナム戦争時には爆弾を満載したB52が飛んでいったし、イラク戦争の時にも重要な拠点となった。アメリカ軍の演習は今も日常的に行われているし、頭上にはジェット機やヘリコプターが飛び交っている。

地上戦を体験した沖縄は戦争に敏感だし、だからこそ、ニュースの間に流れるCMの内容に対しても繊細になれるのかもしれない。

が、結局は個人の意識の問題だ。ぼくは「おかしい」と指摘されるまで、その奇妙さに気づかなかった。
恥ずかしいね。

基地との同居を強制されている沖縄は、アメリカが世界で起こしている戦闘に無関係ではない。そしてそれは、本土に住むぼくにも無関係ではないはずだ。日本が国としてそれを認め、推進しているんだから。

ぼくらは、もっともっと繊細にならなくちゃね。
大切なことを教えてもらいました。ありがとう。


今月10日、沖縄 辺野古では普天間基地機能移設に関する騒音調査がアメリカ軍のヘリコプターを実際に飛ばして行われたとか。

そんなニュース、ぼくらのまわりで流れたっけ?


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