番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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育児放棄されたホワイト・ライオンの兄弟の育児風景がテレビで流れた。

飼育係が手にするミルクを無心に飲む姿が愛らしい。

お尻を触ってもらってオシッコをし、背中を叩いてもらってゲップする。ミルクで満腹のおなかをふくらませて、湯たんぽの温もりにじゃれる姿も愛らしい。

ぼくは動物園が好きだけど、行くと切なくなるのでもうかなり長い間行かない。最後に行ったのは京都の大学に通う中学時代の友人がぼくの下宿を訪ねてきたとき、一緒に行った上野動物園だろうか。

その時、パンダ舎を覗いた友人は、ひたすらごろごろ寝っ転がるだけの大熊猫の姿を見て、

「でたんだい、わざわざ京都から来たんに、寝ちょるだけやが」

と、大きな声で言った。周囲の客がくすくす笑った。

あれはちょっと恥ずかしかったなぁ。


動物園に行くと人間に見られるためにそこにいる動物たちの健気さに負ける。

生きた動物を自分の目で見るという動物園の重要性はわかるし、単なる感傷だとは思うけれど、やっぱり自然の中を走り回りたいだろうなぁと感じる。

メシ付き昼寝付き、どこが悪いとこがあろうかと言う人もいるけれど。

真夏のペンギンやシロクマは気の毒だし、雪が舞う中でのライオンの姿もなぁ。


先日、これまた親から育児放棄にあったアシカの赤ん坊が飼育員に育てられている様子がオンエアされていた。

人の手からミルクを飲み、怖くて浸かることもできない水で泳ぐことを人から学ぶアシカの赤ん坊。免疫力を強くするための日光浴をするために、よちよち、自分で歩いて飼育係のあとを追い道路へ。

暖かい陽の光を浴びて目を細め、気持ちよさそう。

そして、よちよち、自分で歩いてアシカ舎へ帰って行った。

ひとり遊ぶアシカの赤ん坊。その映像に、撮影してから間もなく世を去ったというスーパーが表示された。

驚いた。

はかない・・・って表現していいのかなぁ。
飼育係も力を落としているだろな。


この映像、どうしても使わなきゃいけなかったんだろうか?

いけなかったんだろうな、きっと。





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脳内イメージを具現化せねば

取材がある程度進むと、ディレクターに取材テープをDVDにダビングして送ってもらいます。

通える局ならばぼくが足を運び、局の編集機で取材テープを拝見します。この作業を「プレビュー」と呼んだりしますが、プレビューの機材が完備していたり、専用のコーナーを設けている局もあれば、編集機が日常業務にも支障を来すほどに数が少ない局もあります。

その場合、日常業務が終わったあとからプレビューを始めることになりますから、作業はどうしても夜となります。ヘッドホンをし、深夜までモニターと向かい合いながら見取り聞き取った取材テープの内容をパソコンに入力していく女性ディレクターの姿をときおり見かけます。

社外の人間であるぼくは、声をかけることはありません。

大変ですよね、がんばって…と、心の中で祈るばかりです。

機材の問題は、単純に資本の大きさの違いだったり、機材担当の人の考え方だったり、現場の力の強弱だったりしますが、撮ってきたモノを見直すことはとても大切なので、緊縮予算を切り裂いてでもプレビューがらみの機材は充実を図って欲しいといつも思います。

プレビューは単に大切というよりも、番組に使えるのは実際に収録してきた映像と音しかないのです。素材は撮れたモノだけ。それだけがすべてなのです。

たまに「こんな映像を撮ったはずなのに・・・おかしいな・・・」と首をかしげつつプレビューをしているディレクターがいたりしますが、現場に出ている彼ら彼女らは頭の中にイメージを抱きつつ取材にあたりますし、実際に撮るのはカメラマンなので、頭に浮かんだだけのイメージを撮れたモノと思い込むことが時々あるようです。

頭にあるイメージは取材現場で具現化すること。それが大切ですし、でも、難しい。事前に台本を作ってその通りにやってもらうことは、ドキュメンタリーでは基本的にやりませんから。

どんなにいいイメージが頭の中にあったとしても、それが映像化、音声化されてないとそれは無いモノと同じになってしまいます。これがキビシイ。

ちょっと恋愛に似てるでしょうか。心でいくら思っても、相手に届かないとそれは思ってないことと同じ。

違うかな?

何にしろ、番組に使えるのは撮れたモノだけ。それだけで番組は組み立てられていきます。


目を凝らし、耳をそばだてる

ぼくの元に送ってくるDVD、それが番組作りに使用できる映像と音のすべて(資料映像や編集後に入れるナレーションとBGMなどの効果関係は別です)となります。

料理にたとえると、それだけしか材料がないのです。それが活きのいい素材なのか、ちょっと食すにはためらわれる質のものなのかにかかわらず、材料はそれしかありません。

その限られた素材をどう料理するか、それが構成係のぼくの役割であり、与えられた使命です。

なので、ぼくがまず第一に始めること。それは、DVDにダビングされて送られてきた取材テープを隅から隅まで見ることです。

その際、特に気にするのは「ノイズ」と呼ばれる、取材テープに収録された何気ない音です。それはマイクを向けられていないときの取材対象者のリラックスした言葉だったり、鳥のさえずりだったりしますが、そうした「ノイズ」を活かすことによって、番組がグンと視聴者に近くなることがおうおうにしてあるのです。

最近、番組作りに参加して感じていることのひとつに、この「ノイズ」を大事にしない現場の人が増えてきているということ。

取材対象者の言葉も、マイクを向けたりした、きちんとしたインタビューのみで終わらせようとしたり、取材現場周辺の音の収録をしていなかったり。

そうして撮ったインタビューは紋切り型になりがちですし、映像は情感のないモノになってしまう気がします。

しかし、「ノイズ」を探すのは大変です。

特に最近は機材の性能がアップし、1本で1時間以上撮れるテープが登場。その上、現場ではがんがんテープを回す風潮があるので、ひとつの番組でまわったテープの数が50本、100本というのも別に珍しいものではないようになってきました。

映像と音の収録は、カメラマンやディレクターの思いが入りますが、記録するのは機材です。でも、収録した素材を見直し、「ノイズ」を探すのはヒトの目と耳。これしかありません。

収録時間の2倍、3倍かけ、目を凝らし、耳をそばだてて、こつこつ探す。

そんな、とてもアナログな作業が、構成作業のスタートです。


<この項は続きます(ときおりですが)>


  → 2009.05.01 「構成-スタート」

  → 2009.05.02 「構成-打合せは大事だけれど。」

  → 2009.05.05 「構成-取材対象者には会わない。」

  → 2009.05.028「構成-取材前に台本?」



ぼくのパソコンのフォルダのひとつに[企画関係]というのがある。ここには、これまで、またはこれから、時には現在進行中の企画書が入ってる。

ぼくが立案した企画じゃない。友人のディレクターが「こんなのどう? 一緒にやらない?」と声をかけてくれたモノのみ。ぼくは立案者になったことがないのだ。

この仕事を始めて20年が過ぎたけれど、いつの頃からかぼくは自身が企画者じゃないことに気づいている。

とっちらかっていたり、筋道が通っていなかったり、言いたいことは分かるけど気合いが入りすぎてこれじゃ誰も分からんだろう的なレアな企画や企画書を、普通の人が理解できる内容や流れにすることの方が向いている。ウマイというわけではないのだけれど。

どんな話を聞いても冷えている(ように見えるらしい)ところが「構成係」なんだろうな、やっぱり。


今、実現を目指している企画がある。

ディレクターが企画書を書き、ぼくも考え、あれやこれやと書き直し、ディレクターが局へ持っていく。

プロデューサーからダメ出しが出る。

書き直し、再度ディレクターが局へ持参する。

再度、ダメ出し・・・なんてことが数回続き、その局はアカン、となる。


別の局へディレクターが持っていく。内容を狙った番組のテイストに合わせて書き直し。

プロデューサーからダメ出しが出る。

書き直し、再度ディレクターが局へ持参する・・・・ということを繰り返し、制作させてくれるところを探し続けて半年が過ぎた。最初、話が出た頃からすると1年くらいはたつかなぁ。

熟成させて滋味深くなる企画と、旬を逃すと二度と再び戻せない企画があるけど、これは後者の方かしら。

時節柄、局の制作環境は厳しい。そんな中、コツコツ足を運ぶディレクターには頭が下がる。

ぼくは座してメールを開き、携帯で話し、パソコンを打つだけだもんな。

実現したいよね。



きのう、沖縄の宜野湾市で行われた基地の県内移設反対集会(正式には「辺野古への新基地建設と県内移設に反対する県民集会」)には2万人を超す人たちが集まったそうだ。

すごいな。

教科書問題のときみたいに、空撮写真で参加者の数を数える人がまた出てくるかしらん。


しかし、政権発足前の意気軒昂さはどこへやら。

あっちへふらふら、こっちへよたよた。

足元の定まらない鳩山さんたちに沖縄の人たちは怒り心頭だろう。

防衛大臣は、「現行案でも県外移設、国外移設は織り込み済みだからマニフェストには違反しない」という珍解釈を披露してぼくらを唖然とさせてくれた。

がちがちの保守でもそんな解釈はせんのじゃなかろうか。情けない…。

こわもて論客の外務大臣も県外移設はムリとあっさり判断。普天間飛行場の機能の嘉手納基地への移設を自らの案の第一候補とした。

どこか県外、国外を検討したのかな? その過程が全然見えないけど。

首相は、移設先の市長選の行方を見てから判断するとのたまった。


なんだかなぁ・・・。

国の優柔不断で、地元はまた基地建設を巡る対立を迫られるのかしらん。

あの住民投票は何だったのかなぁ…と地元の人は悲しく思っていることだろう。

あれはもう12年も前だよ。


国のリーダーたち、しっかりしてちょうだい。

アメリカの国防長官がやってきて、「普天間移設がないと海兵隊のグアム移転もない!」と恫喝。それにシュンとなってしまったようにしか見えない。

国防長官は、米軍再編は普天間飛行場のすみやかなる移設がそのスタートだと言った。

それは変だよね。

普天間飛行場の移設は少女暴行事件に昔年の思いを爆発させた沖縄の人たちの行動が当時の国を動かして決まったことじゃなかったっけ?

「アメリカが国軍の編成を変える → 普天間飛行場の機能を移設する」じゃなかったはず。まぜこぜにしないで欲しいね。

それに、移転するのはヘリコプター基地の機能のはずなのに、辺野古に作ろうとしている基地にはいつのまにやら軍港が予定されているじゃないの。

いいチャンスとばかりに軍事機能を強化しないで欲しい。

これは「基地機能の移設」じゃなくて「新基地建設」だよね。


それよりなにより、「基地って必要なの、この世の中に?」じゃないかな、やっぱり。

基地や基地関連の企業などで働く人も多い沖縄。基地は必要とする人も多いだろう。生活基盤が消えていくのを「良」とすべき、なんてとても言えない。

でも、少しずつでも減らしていかなきゃ、軍の思惑を待っていたら何年たっても変わらない。敵が攻めてくることを前提として安全保障の考えはあるのだし。

外交でとことん話をつけましょうという姿勢が互いにあれば、武力による安全保障なんて必要なくなるんだろうな。

いかんせん、相手を信じ切ることはなかなか出来ない。

難しいね。

元はと言えば、日本という国が戦争を始めたことに端を発するわけだし。

なんてことを言うと、「アメリカが石油をストップしたからだ!」と言う人が必ず出てきて、対するには、さらにさかのぼり、「中国大陸に侵略したじゃないか」、「アレは“侵略”じゃない、“進出”だ」なんて堂々めぐりになったりする。

難しいな。

どこに視点を置くか、だけどね。

でも、やっぱり軍事基地はない方がいい。

沖縄の新聞社の号外や速報(出たんだ、やっぱり!)に載る沖縄の人たちの表情を見るとそう思うし、基地があるのは日本というぼくらの国の中なんだということ、それを心新たにする。


  → 沖縄タイムス 2009年11月8日 速報版

  → 琉球新報 2009年11月8日 号外


沖縄の放送局も熱気を伝える。

  → 琉球朝日放送 2009年11月9日 夕方ニュース

地元のメディアには現状と生活する人たちの思いを伝え続けて欲しいな。遠く離れたぼくらは、ともすると脳裏からこぼし落としてしまうきらいがあるから。



さてさて転職のお話ですが・・・。

ぼくは自分自身が転職を繰り返してきたので「仕事場&職種をかえたい」という相談があった時に「思いとどまった方がいいよ」と言ったことはありません。

人が「こうしたい」と思うことを本人以外が止めることはできないと思っているからでもあります。

ですから、Aさんが今いる会社を離れて新たなスタートを、と考えていられるならば、「どんどんやれ~!」とエールをおくります。


しかし、今が転職の時機か?と尋ねられると「う~ん・・・・」と思案してしまいます。

先日の新聞にも掲載されていましたが、テレビ業界は経営的にガタガタで、民放キー局の売り上げは合わせて数百億円のマイナス。

Aさんも現場で実感されていることと思いますが、その影響は確実にローカル局にもあらわれていて、制作費のカットはえげつないほど。

局の番組作りを受注する制作会社はそのえげつなさの直撃を受けるので、経営的にはとても厳しいようです。

でも、こういう時機・環境だからこそ、制作経験のあるスタッフを欲しがっているプロダクションは確実にあることと思います。

局自体は制作を外部に出そうとする動きが顕著で、今後経済環境が好転しても局が制作スタッフをかかえることはないでしょう。

そうなると制作会社への発注は増えてくる可能性はあります。その時まで制作会社が生き延びるということが前提ですが。


「ドキュメンタリーを作りたい」と思われているようですね。心強いです。

しかし、プロダクションでドキュメンタリーを作るのは、現在の経済環境ではかなり難しいでしょう。なんせドキュメンタリーにはスポンサーがつかないですからね。

ぼくの知る人で、ずっとキュメンタリーを作ってきたディレクターがいます。今、40代半ばでしょうか。

その人は社長直々に「もうドキュメンタリーは作らんでいい」と言われ、悩んだあげく、やはりドキュメンタリーが作りたいと退社して自分のプロダクションを立ち上げました。

幸いなことに彼の会社は順調らしいのですが、ドキュメンタリーを作りたいという本人の思いはまだ実現していません。

企画はあるのですが、局に話すと「スポンサーを連れてきて」との返事。きついですよね。

でも、自分で企画を持ち込むことが出来るのは、それだけ自由だとも言えます。


ぼくはドキュメンタリーという番組の形が消えることはないと思っています。

番組としてドキュメンタリーが他の番組形態より優れていると言っているのではありません。ぼく自身、よく見るの情報番組・娯楽番組ですし、テレビというのはやはり「楽しむ」ためにあると思っています。

しかし、民放キー局とローカル局とでは、その存在する意味が違うんじゃないでしょうか。

キー局はまずスポンサーありきです。企業から巨額なお金を預かり、その製品を消費者に認知してもらう。そのためには、多彩な人たちに広く見てもらえる番組を作らねばなりません。

どうしても「量」が問題になりますよね。

「量」が問題になるのはローカル局が制作する番組も同じです。しかし、ローカル局の存在理由は、それが第一ではないと思います。

地域で起こるさまざまな出来事の中から、制作者が伝えたいと感じること、伝えるべきと信ずることを拾って視聴者に届ける。それがローカル局が存在を許されている理由だとぼくは思っています。

だからこそ、市場規模を無視してまで、日本の各地に放送局が置かれているんでしょう。

ローカル局がその存在意義を果たせるのは、報道と情報番組とドキュメンタリー番組、その三つ。その中で制作者が抱く疑念や情熱を注げるのはドキュメンタリーというフォーマットが一番向いている。ぼくはそう思っています。


デジタル化が落ち着いて、経済状況が上向いてくれば制作現場にも活況が戻ってくるのではないかとぼくはほのかに期待しています。

ちょっと先の話ですが。

しかし、その時は(現在もですけど)テレビの世界も以前のような殿様商売は出来ず、インターネットなど放送以外にも手を広げて行かなくてはならないでしょう。

テレビで放映する番組以外のフォーマットを考えつつ仕事の出来る人をプロダクションは欲しがることと思います。


なんてことを考えてくると、転職は「今」がいいのか、少し様子を見た方がいいのか・・・。

難しいですね。

どこか会社に打診してみましたか?


先日、某局の偉い方と話す機会がありました。その時に、その方は「経営的に厳しくても、ローカル局を救うのは結局制作力だ」と断言されていました。

ぼくもそう思います

その制作力を社外に求めようとする動きはこれからも加速するでしょう。Aさんの新たなステージもそこに求められるかもしれません。

とてもあいまいな言い方で申し訳ないのですが。



近いうちに、一杯やりましょうか。



きょうはぼくの誕生日。

何回目かな?

んと・・・・・・ま、いっか。


ぼくは歳をとることが別に気にならないので(って、それが理由のすべてじゃないけど)、誕生日に特に思い入れはない。

やっぱり歳っていうのは墓石に刻むためにあればいいのであって、「今年でいくつ」という定規はあまり意味がないと思うのだ。

以前も書いた気がするけど、高校時代の友人に、ハタチになるときに異常に思い入れを抱いたヤツがいた。そのころ、ぼくらは彼の家に「月例会」と称しては集まって、酒を飲みつつグダを巻いていた。

あと数日でハタチになるという日。彼はウィスキーを飲みつつ小椋佳のLP(当時はレコードだったね)に入っている『さらば青春』を繰り返し繰り返し聞いて瞳を潤ませていた。

曲が終わると、ターンテーブルからアームを持ち上げ、また曲のアタマのミゾへと針を置く。

そして、曲が始まると「はぁ・・・」とため息をついてウィスキーをあおる。

同じ動作の繰り返し。
見ててかなりおかしかったっけ。

あれはきっと彼にとっての儀式だったんだろうなぁ。大人の階段をのぼるというとあまりに青臭いけれど、曲名に青春におさらばするという意味そのままを読み取り、一方方向へしか進むことのない時間という非情な計りに、瞳だけではなく胸のうちでも泣いていたのだろう。


年齢とか、自分から言わねば相手にはわからないことは別に重要なことじゃないのだ。

と、思っているぼくなのだけど、でも、家族以外の人に誕生日を覚えていてもらっているとやっぱり嬉しいのだから言うことにあまり説得力はないことは自覚している。

今年も数人の人から心のこもった、優しい、穏やかな「おめでとう」をいただいた。

ありがとうございます。


毎年思うのだけど、これからの一年くらいは無為に過ぎた前の一年間よりも多少はプラスになることが多い年にしたいな。

なんて思ってしまうのだから、なんだかんだ言ってもやっぱり誕生日は多少なりとも気にしてはいるのだなぁ。


ゆるゆる、がんばりますべ。







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