番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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2009年のラスト・ディは雪で明けた。昼間は青空がのぞいたけど、ここ数年は年末年始と冷えることが多い気がする。が、さだかじゃない。なんせ今年はどんな正月を迎えたかも覚えていないのだから。

でも、一年が過ぎるのは早い。一瞬一秒、一時間一日は長く感じることが多いのに、その一瞬一秒一時間一日が積み重なったはずの一年は「あ」と言う間っていうのはなんでかね?

年始の挨拶をご遠慮します旨のハガキが今年も数枚届いた。「父が104歳で天寿を全うしました」という、ある意味「ご苦労さまでした。ゆっくり休んでくださいね」と思えるハガキもあれば、そうではないものもある。

驚いたのは高校時代の友人の奥さんが亡くなっていたこと。この秋らしいけど、旅先から戻ってハガキを見るまでまったく知らなかった。病気なのか、事故なのか、ハガキには子細が記してないのでわからない。

確かめる勇気がない。なんて言えばいいのか。

年齢は上に挙げた104歳の天寿を全うしたというお父さんの半分もいっていないはず。方や一世紀をまたいで生き、方や半世紀に満たず世を去る。寿命なんだろうけれど、こんな時、神さまって不公平だって思わざるを得ないな。

明るい笑顔が印象的な奥さんだったけど。彼はどんな新年を迎えるんだろう。


今年も年賀状を出せなかった。最終週まで旅先でバタバタしていると文面を考える気もしない・・・っていうのは怠け者の単なる言いわけに過ぎないな。

「男はつらいよ」の寅さんは「一月元旦」と思い切り大きく書いてから、「思い出すだに恥ずかしきことの数々」と続けるだろう。

ぼくも同じ。

コタツでゆっくり反省しよう。



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沖縄の友人が送ってくれたお菓子をかじりつつ、きょうもコタツでゴロゴロしながらテレビ三昧。

BSでやっている作詞家作曲家の半生と作品を紹介する番組が面白い。

きのうは作曲家の船村徹さん。きょうは作詞家の吉岡治さんだった。

吉岡さんの代表作は「さざんかの宿」や「命くれない」、「天城越え」など。女の情熱を書かせたら当代一と言われているそうな。

サトウハチローさんの元で3年間修業を積み、作詞の世界に入ったとか。

ほ~…と思いつつ見ていたら、美空ひばりさんの「真赤な太陽」も吉岡さんの作だと知ってなおさらホ~。

それ以上にホォ~だったのが「八月の濡れた砂」。学生闘争が学生側の(大まかに言うと)敗北に終わり、行く先を見い出せない若者の気持ちを気だるい歌唱の石川セリさんがしっかり表現していた、あの曲も吉岡さんの作だった。

他にも「真夜中のギター」やアニメ「キャプテン翼」のテーマソング「燃えてヒーロー」、童謡「おもちゃのチャチャチャ」(野坂昭如さんの補作詞)など、その作風の多彩さに驚く。

いや、単に多彩さに驚くと言うよりも職業作詞家の凄味を感じるなぁ。

それはミリオンセラーを記録した「大阪しぐれ」に対する分析にも見られる。

100万枚のヒットにも、吉岡さんは納得がいかなかったそう。自分の詞は観光絵葉書みたいなもんで隙間だらけ。もっときちんと書きたかったと言う。

でも、歌った都はるみさんの言葉が面白い。吉岡さんのこの詞は、少ない言葉に想像力が働くと言う。自分なりに想像力をふくらませ、心を入れていくことが出来る詞なんだとか。

すべて言い切らない。歌い手聴き手にイメージをふくらます余裕を持たせることが大事ということかな。

この曲に隙間の大切さを教えられた吉岡さんは次々とヒット曲を産み出して行く。

プロの仕事ぶりって、面白い。



確かに「間」は大事、それは番組でも同じ。作り手の伝えたい言葉や映像で埋め尽くしてしまうと結局見ている人に思いが伝わらない番組になってしまう。

受け手の想像力を喚起し、受け手の思いもあいまったところに完成があるってことかなぁ。

難しいね。

一日コタツでうだうだゴロゴロうとうとグーグー。

天気がかんばしくなくて、洗濯物が全然乾かない。目の前には旅先に持って行った半袖Tシャツ14枚。ずらりと並んでうっとうしい。

年末に向け冬の嵐で、天気予報は吹雪の雪だるまマーク。

どこに出かけるでもないし、雪でも別にかまわないけど、洗濯物に囲まれたまま迎春っていうのもなぁ。

ストーブをつけた部屋の湿度は90%を超えている。これなら新型インフルエンザも大丈夫かな。

午前中からつけっぱなしのテレビはずっとBS。民放も見なきゃと思ったりするけれど、楽しさおかしさが騒がしさとしてだけ伝わってきて見ていてつらい。

もうしっかりオジサンなのね…。

編集の旅、終了。今回は9泊10日と少々長かった。

あったかい季節は下着など洗う気分になったりもするのだが、冬は面倒くさいは、乾きにくいはで、日数分の下着やシャツを持って行く。

ピジネスホテルの狭い部屋に日ごとに汚れものがたまって行く様子はかなりおぞましい。

仕事が始まる日に合わせ、大きめのコロコロバッグに洋服類は送っておく。

さて、仕事が終わってバッグに詰めようとすると、入っていたはずのモノが入らない。

なぜかしら?

洋服その他、増えたモノは何もないのに。要するに梱包がヘタなだけなんだろうけど。

はみ出た分を背負って帰る気力はないので、結局送る荷物は2コになってしまった。


ひとまず役目を終え、コタツでネコ助を撫で撫でボ~ッとしていると、今回の番組の元締たる取締役から電話。

「エンディングのナレーションがスタッフロールと重なっているのが惜しい」

そうそう、今日の昼下がりに最終プレビューがあるんだった。

今回のテーマはこの取締役がずっとあたためてきたものらしい。

制作現場のいちディレクターの時代から、いつか形にしたいと思い続けて月日は過ぎ、取締役という立場になった還暦過ぎの今、ようやく世に問える機会がやって来た。

「ラストの映像が平板なのでナレーションの意味が見ている人に伝わらない」

電話の声に、番組に込める思いの強さがよくわかる。

こんな気っ風の制作者がいるから、ローカル局の制作現場、特にドキュメンタリー番組は青息吐息ながらなんとか生き長らえている。

その粘りと心意気に、呼応しなきゃね。

音声やBGMは完成しているはずだから、手を入れることが出来る部分は限られる。

でも、工夫の余地はあるだろ。もうちょっと考えましょ。
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