番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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フィルムのプリント写真しか残っていなかった先代ネコ助。

スキャナーを購入したので試しに読み込ませてみたら、きれいになって再生。

デジタルネコ助化、成功!

ジャージを着せられ、怒っております。
プンプンルー




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今朝は冷えた。

九州も北部内陸は零下まで下がる。

霜が降り、土の上、露天の駐車場に鎮座ましましてる愛車は、窓も屋根も一面真っ白。

放射冷却っていうヤツかな。フロントガラスも凍り付き、視界ゼロ。溶けるまでは動くこともままならない。

放射冷却の日は、とっても晴れる。理由はよく知らないけれど、確かに青空が広がってくる。

陽に照らされて、みるみる、大地の気温があがっていく。


こんな日は、ダメだな。

何もしたくない。

本日、開店休業。


素材を起こし始めて何日目かな〜?

ちょっと飽きたね。


既に起こしてもらっていた他局素材は、見つつ、抜けを埋めつつ、タイムコードを追加しながら40本を見終わった。

地元取材分、こちらはイチから書き起こしなので、ガックンとスピードが落ち、指先がこんがらがりながらボチボチ進む。

文字を起こしつつ見ると、やっぱ最低でも3倍は時間がかかる。40分テープだと2時間かかるという勘定で、内容がしゃべりばかりとなるとその時間は増えていく。

滑舌が良く、起承転結がはっきりした、その上テンポも安定しているという、まるでしゃべりのプロみたいな人のお話ならば、話の区切りのいいところまで聞いて映像を止め、それをとっとと文字にしていくことができるのだけど、ドキュメンタリーは基本的に普通の人が登場するので、こちらに都合のいいような話し方をする人はめったにいない。

あたり前だね。

しかし、上記の反対の方、例えば、口ごもって明瞭でなく、話があっちこっちに飛びがちで、さらには速射砲のように語る人の言葉は書き起こすのが正直しんどい。話の先が予測できないから、ちょっと聞いては止め、ちょっと聞いては止め・・・で、なかなか先に進まない。

う〜。

でも、取材に協力してもらったんだから、きちんと聞かなきゃね。それに、ちゃんと文字に起こしてないと、結局困るのは自分だもんな。

しかし・・・きょうはまだ6本。

う〜む、この主人公は難敵じゃ!

番組紹介

ムーブ
『イスラム教徒として生きる』


世界三大宗教のひとつ、イスラム教。

その厳しい戒律、そしてテロ事件の影響もあり
近寄りがたい印象を持つ人が多いのが現実です。

「イスラム教徒は、なんだか恐い」

でも、本当にそうなのでしょうか?

イスラム教徒は、何を、どのように信じ、
どんな日常を送っているのか。
それをきちんと知った上で、
私たちはそう判断をしているのでしょうか?


番組の主人公は
学生時代、イスラム教に入信した
30代の日本人夫婦。
3人の娘に囲まれたその生活は、
驚くほどに簡素で、平穏です。


世界には16億人もの信者が
いるとされるイスラム教。
およそ4人にひとりがイスラム教徒なのです。

価値観を異にする人々と共存していくには
その日常や考え方を
知ることが欠かせません。


詳しい内容は → こちら





* 制 作 *

RKB毎日放送


*放映局 および 日時*

RKB毎日放送 1月29日(日) 25:00(深夜1時)

RKK熊本放送 2月1日(水) 26:00(深夜2時)

MRT宮崎放送 2月2日(木) 10:50

MBC南日本放送 2月5日(日) 6:15

NBC長崎放送 2月5日(日) 25:20(深夜1時20分)

OBS大分放送 2月5日(日) 25:20(深夜1時20分)

RBC琉球放送 2月5日(日) 25:40(深夜1時40分)





素材を起こしていると、時に同じミスタッチを繰り返すことが。

ぼくはローマ字入力なので、例えば「はい」と入力するには「H」「A」「I」の順に打つ必要がある。

「HAI」=「はい」なのだ。

なのに、時に「はい」と打ったはずなのに「ひあ」と表示される。

くそっと思って、もう一回入力しても「ひあ」。また「ひあ」、ずっと「ひあ」。

「HAI」と打っているつもりが、「H」「I」「A」になってる。

左手の小指が右手の動きについて行けず、「A」を打つ前に右手の中指が「I」を打ってしまうのだぁ!

もどかしい。ギターでスリーフィンガーを始めた頃みたい。

自分の指なのに…悔しか~。


しっかりしろぉ、左手!



きのうに引き続き、素材書き起こし。

とにかくお尻までひとまず見ないと始まらないので、超急ぎつつ見る。

超急ぐと、キーボードのミスタッチが多くなる。

一度指がこんがらがり出すと、続くのよね…。不思議。

今回は他局の素材もあって、それが40本弱。

これは、その局のディレクターが大半を書き起こしてくれていた。

でも、データを消してしまったとかで、もらったのはプリントアウトだけ。これじゃちょっと時間がかかるので、スキャナーで読み込ませてみたら、あまり間違いなく読み込んでくれてファイル化成功。

良かったわ。

で、この素材は、きょうの午前中までに視聴完了。

んで、午後からは地元局の取材素材に取りかかる。

こちらはゼロから書き起こしだからな~。まだ6本。

あと40本以上あるど~。


がんばるけど、今宵はここまで。

テレビ、見よ。


年が明け、年度末が近づく。

テレビの世界も3月末でお仕事のひとまわりが終わり。それに合わせて特番を作ったりする。お笑いも、ドキュメンタリーも。

だもんで、毎年、この時期から年度末の3月末、そしてゴールデンウィークがある5月末まで、なんだかんだと忙しい。

今年も素材を文字に起こす作業に追われはじめた。

仕事があって、とってもありがたいことだけど、しんどいんだわ、この作業。

番組も重なったりするので、起こす素材も多くなる。

今年はテープ200本くらいかな・・・はぁ、先は長い。


しかし、雪が降り、あしたの朝は零下にまで下がる予報の、冬本番だけど、季節は着々と春に向かっているようで、今年もまたアタマの中が渋皮に包まれ始めた。

あ~、うっとぉしい。

季節変動の脳みそって面倒だ。


まぁ、もはやこの体質との付き合いも四半世紀を過ぎ、すっかり慣れていると言えば慣れているので、今の時期はいつもこんなもんだと思ってゆるゆるやってれば通り過ぎる。

休みながら、ごろごろしながら。


でも、きょうは早寝するかな。

残りはあしたにしよう!!



大きな大きな、このあたりではちょっと珍しいくらい大きな雪が降っていた。

車で小さな峠を越えるときは最盛期。

正面から吹き付ける大きな雪で、行く先がぼんやりかすんでしまう。通りかかる車も、すぐ目前まで来ないと分からないほど。

この界隈が、九州ではあれど日本海側なんだなぁと改めて思ったり。

でも、こんなごくたま~に見る大きな雪は、きれいだねぇ。

家路につく前に、駅の10階フロアにあるパスタ屋で遅めの昼食だったのだけど、窓際の席だったので、大きなガラス窓の向こうで雪が乱舞。

一直線に伸びる大通りの向こうには、うっすら海が見えたりして。

あぁ、いい景色だこと…なんて思ったり。

雪は空からの贈り物という表現があるのを思い出す。積もらなければ時々天から落ちてきてくれないかなぁ…なんて思うのは、雪国の大変さを知らないからだろうな、きっと。

ひと晩で周囲の景色が一変するほどに降り積もるらしい。

雪下ろしも大変だ。

たまに舞うくらいがいいね、やっぱ。

しかし、あしたもあさっても、降るかもという予報が出てる。

積もらないといいけどな。


きょうまで編集で一緒だったディレクター氏は、雪に覆われた山村の景観を撮るとか言って、機材とチェーンを積んだレンタカーを駆り、午後には出かけたはず。

海岸線でこれだけ降れば、里山の朝の雪景色はさぞかしきれいだろうな。

それとも、降りすぎて目的地に到達する前に足止めとか?

そうならぬよう、祈りませう。






夜明けにふと目が覚めたら、ぴしゃぴしゃと雨の音。

寝床で聞く雨音は、脳みそにゆったり響いて眠気を誘うなぁ。

きのう、打合せをした編集マンが言ってたっけ。きょうは朝7時に出社してお仕事だって。

きょうは実業団や高校のチームが出場する駅伝があるんだったね。

この雨じゃ、大変だろうな。

と思って、午後の放送を見たら、選手たちがずぶ濡れになりつつ走ってる。

この雨じゃスタッフも濡れねずみ。雨合羽の中まで染みてるだろうね。

大変だな…と、ぬくぬくコタツに入りながら思っているのも申しわけないけど。


あしたは午前中にナレーションの収録。

もうすぐゴールだ。


今、NHKの「SONGS」で、ザ・タイガースの演奏と歌を見ている。

ピーの姿は何十年ぶりだろうね。

中学生の頃、ザ・タイガースの映画を姉貴と見に行ったっけな。

しかし、みんな太ったね。ジュリーなんか、北の地方に住むぼくの友人に体型も佇まいもそっくりだ。

トッポがいないのが残念だね、やっぱり。


でも、古い仲間ってのは見ていてもいいや。

少し遅れたけど、成人式の日の想い出。


学生時代、吉祥寺の喫茶店で友人と二人、時間をつぶしていた。

吉祥寺の街は妙に着飾った女の子たちがぞろりと歩いていて、どうしたんだろ、何かあるのかなぁ…なんて話していた。

隣の席に座った素朴な、小ぎれいな身なりのカップルが嬉しげに、

「ぼくらも今日から大人だね」


そうそう、成人式じゃん!!

あら、オレらもそうじゃん!!


全然、気づかなかったね。ハタチだなんて、ね。

住民票を移していなかったから、行政が開く成人式の案内なぞは届かなかったし、たとえ届いていても、帰省して出席するほどの粋人でもない。

それより何より、ずっと思っていたのだけど、どうして大人が段取りをした式に着飾って出席する気になるのだろう?

親としてはハタチまでよく育ってくれたという感慨があるだろうから、出来る限りのことはして祝ってやりたいという思いはわからないでもない。

でも、ハタチになった当の本人はどうなのかね?

大人から「大人の仲間入り、おめでとう」なんて言われて、気持ち悪くないのかね?

姿形や髪の色のわりには従順なんだね、結構ね。

今年もメディアに載ってその姿がたんと流されていた。

「自分の行動に責任が持てる大人になりたいです!」

なんて、晴れ着の女の子が答える姿がどの局でも見られたね。

まぁ、ああいう街頭インタビューで、

「年とって錆びつくくらいなら、このまんま燃え尽きたいわい!」

なんてコメントしたりしても、それをテレビ局が選ぶわけはないわけで。

ことほどさように、祝う側も報道する側も段取りさえもが出来上がっている。そんなひな壇に並びたくはないと思ってたね。


若いそのころ。

大人の言う「大人の仲間入り、おめでとう」なんて言葉、気持ち悪くて気持ち悪くて仕方なかった。

それは、今もそう。

だから、嬉々として集合写真に収まるハタチの思いがいまだにわからない。

クラス会を兼ねて? なら、自分たちで会を開きなよ。



オレらも成人なんだな…。

そう気づいた夜だったと思う。

一緒にそう気づいた友だちと、吉祥寺のビルの地下にあるジャズ喫茶で飲んだ。

流れている音楽のせいもあったのか、口数少なく、ちょいとブルーな感じで飲んだね。

ふと、壁のお品書きに「哀愁雑炊」という文字を見つけた。

哀愁雑炊? なんなの、それ?

よくよく見ると「京風雑炊」だった。

笑えた。

この話、ここに一度書いたな。


その夜はどうしたんだっけなぁ? 井の頭公園を抜けて、友だちの下宿に泊めてもらったのかしらん。



今でもときどき思うんだ。

“京風”が、なぜ“哀愁”に見えたんだろうって。





イスラム教徒の一家の番組に関わり中なので、家にあったそちら関係の本をちらほら読んだり、インタビューを聞いて書き起こしたり。

「神に任せているから、楽で楽で」

大学生の頃にムスリムとなった主人公はそう語る。

すべてが神の思し召しのままと思えるならば、それは確かに楽かもしれないなぁ。

自分が他人に優しくできるのも、それは神がそう望まれているから。自分は神の思いの媒介に過ぎない。

そう思えると、楽だろうね。

一神教でも、多神教でも、安寧と救いをもたらせてくれるなら拝む価値は十二分にある。

こんな時代だし。

でも、神の御心のままならば、自分って一体なんだろう? なんて、邪念がむくむく。

この疑問、中学の頃のまんまだわ・・・。進歩ってなにかしら?

これも神の思し召し?


どうやらネコ助はミカンが苦手。

むいた皮をコタツの上に置いておくと、そっと近よりくんくんして、みぎゃ★という顔をして砂をかける仕草をする。

うんちと同じ扱いかい!

ミカンを食べた手でよしよししようとすると、首をすぼめて後ずさりする。

イヤなんだね~。


先代のネコ助も柑橘系はダメだったね。

猫族にとっては甘美な香りではないんだろうな。ビタミンCがたっぷりなのにねぇ。

でも、猫は自分の体の中でビタミンCを作り出せるという話を聞いたことがある。だから、いちいち食べて摂らなくてもいいんだな。

でも、そんなに遠巻きにして眺めなくてもいいじゃない。

もう食べ終わったから、寄って来なよ。




世は三連休、きょうは中日なり。

ぽかぽか、というのは今の季節にはふさわしくない表現だろうけど、南向きの部屋は暖房入れずに13度超え。

あったかいね~。コタツに入っているとそのまま寝込んでしまいそう。

でも、ネコ助は押し入れで丸くなってる。

天気のいい日くらいきゃほきゃほしろよ。

雪がたっぷり積もっている中で猫が喜び駆け回っている動画を見たことがある。2匹がもぐらのように雪の中を進んでは、すっぽり顔を出したり、尾っぽを出してひこひこしたり、楽しそうだった。

仲間がいればネコ助も外を駆け回るだろうかしらん。

アオ助新年

ムリだろうなぁ・・・。


ちょろいカゼと思っていたら、38度近くまで熱があがる。

寝てても体が熱いや。

でも、咳はおさまったので、横になってるぶんにはつらくともなんともない。しごく健康体。

でも、縦になるとちょいとしんどい。

面倒やな。

で、ごろごろしながら携帯でワンセグを見る。

初めてまじまじと見たけど、この程度の小さい画面でも結構見られるもんだなぁと感心。

サッカーのような、展開が早くてフィールドが広いスポーツの表示は不得手みたいだけれど、お笑いやアニメだとこれで十分だなぁ。

なんだか嬉しくなって昼からず~~~っとワンセグ画面を見つめていたら、目玉が疲労したせいかアタマが痛うなった。

アホや~。

2、3日前からちょいと咳が出始めて、ひどくはならないのだけど、よくもならない。

熱を計ると37.2度と微熱。でも、ぼくは通常の体温が少々高めなので、別になんともない。

ぼくのカゼは通常熱から。

咳からからなんて珍しいな~。

と、思いつつ、7時半ごろ、行きつけの医院へその日の予約を取りに行く。診察は9時からだけど、患者さんが多いので、7時45分からその日の予約表をカウンターの上に置き、早く診て欲しい人はそこに自分の名前を書くわけだ。

ぼくのように車で移動できるヤツはいいけれど、お年寄りの中にはえっちら歩いてやって来て、名簿に名前を書いてそのまま待合室で待つ人が。

暖房も入っていない待合室で1時間半近く待つのは辛いだろうな。体調が悪いから診てもらいにやってきたんだろうし。

ぼくは四番目に名前を書くことができた。

9時半過ぎ、医院へ行くとたくさんの人が。それでも次から次へと患者さんはやってきて、「1時間はお待ちになることになりますが・・・」と看護婦さんがすまなそうに言っている。

待つことほんの数分、ぼくの名前が呼ばれた。名簿に名前を書いておいたからなのだけど、待合室にギッシリ待つお年寄りを差し置いて診察室に入るのは気が引けるな。


診断は単なるカゼ。

総合感冒剤のPL錠剤と咳止め、そして1日二回の抗生物質を五日分の処方箋を出していただいた。

年始に軽いカゼをひいておけば、続く一年は無病息災だとか(ほんとか?)。


大事にしますべ。

冷えるな~。

早足で駐車場に向かったら、車の脇の枯れ草にまぎれてゴロンとしているヤツが。

2012-01-06 21:15:21

コイツ、きのうは黒助と一緒に同じところでゴロゴロしてた。

2012-01-06 21:15:21

あったかいの?

北風が吹いてるんだけど、枯れ草が風を防いでくれるのかな。

目を細めて、気持ちよさそうだね。

ノラなのかな? これからますます辛い季節だな。

カゼひくなや。

ぼたん雪とおぼしき、大きな雪が舞った。

今朝。

冷えるね。

例年より3、4度低いのだとか。

例年ってどんなだったかなぁ…思い出せないけど、確かに寒い。風邪に気をつけねば。

でもまぁ、ひと冬に一度くらいはノドがいがいがしたりはすることもあるから、インフルエンザじゃなければまぁいいかなくらいの気持ちでいれば、この冬もきっと乗り切れる。

かな?

ウィルスを追い出すためにも、肌のためにも、ひいては健康のためにも換気は必要らしいので、起きて20分くらい四方の窓を開けっ放しにして放っていたら、室内の温度が4度を下回った。

ネコ助も窓から容赦なく吹き込む北風に驚いて、押し入れの中に退避。

ごめんね。でも、お前は風邪をひかんよなぁ。

先代のネコ助はどうだったかな? あいつは毛むくじゃらだったけど、時に鼻水を流していたような記憶が…。


世間は仕事始めらしき今日。

ぼくはおとといから素材を見始めたけど、きのうは丸一日手つかずだから、やっぱり今日が仕事始めみたいなものかな。

エアコンを入れて仕事をすると、ノドや鼻の奥の粘膜が乾く感じがしてイヤだなぁ。でも、消すと室温があっという間に一桁に下がるし。

部屋に棒を渡して、ジーンズやトレーナーなど厚手の洗濯物を除湿器代わりに干す。夕方にはほとんど乾いているから、エアコンを使うと乾燥するんだな、やっぱ。

ま、あったまって、乾いて、一石二鳥だわ。

でもな、「節電のために暖房も18度以下を心がけましょう」って、さっきTVで言っていたけど、そんなに高くしたことなんかないんだけど…。

今の室温は10.4度だ。


祈願するには日が遅いけど、改めて。

まったりと癒される、穏やかな年でありますように。





新年三日目、きょうは散髪。思い返せば、去年もそうだったみたい。

美容師さんが頭をマッサージしてくれながら、「ずいぶん凝ってますねぇ」。

アタマの皮も凝るんだと何かで読んだことがある。頭痛の多くはアタマの中じゃなく、アタマの皮の凝りに原因があるらしいとも。

ぼくは頭痛持ちじゃないし、今も別に頭が痛いわけじゃないけど、凝ってる凝ってると言われると「そうかなのかなぁ…」とも思う。

頭を両手のひらでグイグイグイと挟まれながら、ぼくは3、4年前のことを思い出した。


お袋の知人が訪ねてきたときのこと。

ぼくも小さいころから知っているおばさんだったけど、気功かカイロプラクティックだか忘れたが、「身体の声を聞く」のが得意だということをそのとき知った。

帰り間際、そのおばさんが、ぼくの体をみてやると言う。

ごろんとうつぶせになったぼくの背中にまわったおばさんは、ぼくの頭を手でつかむなり、

「わぁ、××ちゃん、パンパンやん!」

それから、「わぁ!」とか「きゃぁ!」とか「かわいそう!」などと声をあげつつ、頭から首、肩、背中と触れていく。

で、ふくらはぎから足首へと進んで身体の声を聞き終わり、さて診断というそのときに、

「あ、電車に間に合わん! ××ちゃん、次に来たとき、ちゃんとみてやるけんね」

と言って、タクシーで風のように去っていった。

残されたぼくは「?」の嵐。

本人はなんともないのだけれど、身体の声が聞こえる人には代わりに悲鳴をあげざるを得ないくらいに、ぼくの身体は痛んでいるんだろうか?

何が、どうだから、ぼくの頭はパンパンなんだろう?


次の機会はまだ来ないんだよね。

ま、いまだになんともないから平気ではあるのだが。



新年ふつか目。お昼過ぎ。

もらったあんこ入り餅を焼いてほおばりながら、箱根駅伝を見てる。地味な競技で、盛り上げようとする力業の演出もないから見やすい。

ここのところのテレビは、スポーツ中継でも選手個人にヘンテコなキャッチコピーをつけて見せるような演出ばやりで、見ていると白けてしまう。

視聴者の興味をひこうと懸命なのはわかるし、実際、その方が数字もとれるのだろうなぁ。

局も利益をあげなければならないし、スポンサーを説得するには視聴率という物差しが不可欠だから、「やり過ぎ」だとか「代わり映えがしない」とか、いろんなことを言われながらも、その演出は見ている側が気に入るであろう形を模索する。

で、へんてこなキャッチコピーの嵐に。結局は見ている側へと還元される。

でも、異種格闘技戦のようになってしまっている柔道の中継を目にしたときには、これはないだろう、と思ったね。格闘技のリングアナウンサーのように呼びあげられる自分の名前を耳にすると、選手の闘争心も逆に萎えるんじゃなかろうか。

そんな演出があってもその試合を見たいときはボリュームを下げきってしまうか、いったん録画して、あとからすっ飛ばしながら見る。

スポーツは淡々と淡々と。だから、時に起こるドラマチックが映える。

演出は時の流れだけでいい。


東洋大学の柏原君が箱根の坂道にかかった。もう4年生なんだ。初めてトップでたすきを受け取って、慣れない展開にリズムが狂わないといいね。

どんなタイムが出るか。山の神は四たび降臨するか?

楽しみだね。



北部九州の元旦は大晦日からの雨が朝にはあがったけれど、空はそのまま曇りがち。

部屋の気温は10度とちょっと。去年の今日は雪だったから、今年はかなりあったか目かな。

コタツで丸くなり、ニューイヤー駅伝を見ているところ。お笑い系には食指が伸びないね。

雑煮は朝食で食べたし、ランチはピザだ。

昼下がりからは取材テープを見始めようかな。見終わらないことには、次のステップに進めない。

でも、きょうはやめようか、正月だし。

おかきでも食べながらゴロゴロするのがらしいかなぁ。

・・・正月って、なんだろね。シーンとしてて、声も聞こえない。



今年もよろしくお願いします。

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