番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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上野駅はとてもきれいになっていた。

新入社員のころ、上野駅の待合室で乗客を相手にアンケート調査をした。

「駅の改修に伴うなんたらかんたら」…内容はすっかり忘れたけど、女学生のバイトがアンケート用紙を片手に聞き取る形の調査だった。

ぼくの役目は何ヵ所かの待合室を回って、ちゃんと進んでいるかをチェックすること。

ま、楽な仕事…のハズだったんだけどねぇ。

アルバイトの女学生たちに、地廻りのようなチンピラ3、4人がからみ始めた。

と、言っても「いくつ~?」とか、「かわいい子ちゃ~ん」とか、「お茶しようぜ」とかの、たわいない声をかけてまとわりつくだけなんだけど、乗客はいやがるし、女の子たちは怖がるしで、仕事がちっとも進まない。

困ったね。

「すみませんが、やめてください」

こう言わなきゃねぇ、立場的に。今度はこっちがからまれることになるけどね。

「お前が責任者か?」

「そうですが」

「ほぉ、じゃ、お前は駅長か」

…話をするのもイヤになるね。

ねちねちからまれたのは10分くらいだけど、あんまりアホなんで、スネでも蹴りあげて逃げてやろうかと思ったな。

会社に忠誠を貫いたわけじゃないんだけどね。




そんな待合室があった中央口のコンコースでは、いわき市の物産展が開かれていた。

いわきは前日に会った友人のお母さんのふるさと。原発事故の風評被害で、農産物海産物は苦戦してるとか。

出来事は、起こる前には戻らない。

だったら、学ばなきゃ。慰安の日々を取り戻すためにね。


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32年ぶりの邂逅も無事に終了。

翌日、茨城と福島の県境に近い集落へ、中学時代の友人を訪ねる。

会社を少し早めにリタイアした彼は、田舎暮らしがしたいと縁もゆかりもないこの地に奥さんと二人で移り住んだ。

築100年ほどの農家を借りてるが、あの大震災のときはアップライトピアノが踊り出すほどに揺れ、瓦や風呂の壁は落ち、とっても怖い思いをしたそうで、しばらくは庭にテントを張って生活していたとか。


夜は近くの居酒屋で奥さん共々呑みつつ話し、家に戻ってオリンピックを眺めつつ話し、そのまま布団にごろり。

目が覚めたときには、奥さんはすでにご出勤。

見送りもせずにすみません。


朝食は、飼っているニワトリが産んだ卵で、友人が目玉焼きを作ってくれた。

これも自家製のトマトが添えてある。

うまいね。


周囲は田んぼに囲まれて、夜は窓を開け放ち、網戸ごしに入る涼しい空気が心地よかった。

おじゃましました。

次はいつ会えるかな。




クラス会の会場は東京駅と有楽町駅の間、元都庁の跡地に建てられた東京国際フォーラムという、壮麗な建物の中。

ここに学生時代の友人が支配人を務めるビアレストランがある。

しかし、立派で広い建物だね~。東京駅から徒歩5分と書いてあったので歩いて来たけど、駅地下の蟻の巣のような通路でまず迷い、フォーラムに入ってからまた迷い、開始時間ギリギリに滑り込みセーフ。

仲の良かったヤツが幹事係で、ぼくの顔を見るなり「はい、会費5000円」と手をつき出す。

おいおい、32年ぶりの感慨は後回しかよ。


集まったのは11人。頭やお腹がしっかり中年になったオヤジたち、名刺交換から始まるのがなんとなく滑稽。会話のきっかけが必要だし、やっぱり所属は大切だもんね。

だれが、どんなところに就職したのかさっぱり知らなかったぼくは、おかげでみんなのこしかたがおぼろ気ながら見えた。

卒業してもうかなりな年月がたつので、中には転職を6回も7回も繰り返したヤツもいれば、この7月(つまりは今月)独立して自分のコンサルタント事務所を開いたヤツもいる。

いろいろだね。

そんな中、ぼくは自分の仕事内容を伝えるのにひと苦労。番組の構成係って認知度が低いな、ほんと。

次に全国放送がある際には「見てね」メールを出さねばね。

しかし、26時とか27時とか、「それ、何時?」っていう時間ばかりだからなぁ。見てって言いづらい時間帯なのがネックだな。


みんなでかくなったり、薄くなったり、シワシワになったり。

顔と名前が一致しないヤツもちらほら。ぼくらは第二外国語でクラス分けされていて、ぼくらスペイン語かを選んだのは人数が少なく、政治学科と経済学科、二つの学科が混じった55人のクラスだった。

やっぱり選択科目の関係もあって、同じ学科のヤツの方が馴染みが多いね。


見かけはそれぞれ年相応だけど、話すと中身は昔のまんま。

まぁ、それぞれに山も谷もあるんだろうけど、そんな話をしても楽しくないもんね。

みんなの記憶をジグソーパズルのように組み合わせていくと、当時の光景がクリアに見えて来るのが昔馴染みのヤツらと話す時の楽しみだ。

思い返すとバカな学生時代だったね。だから、楽しいんだけど。


出席者はほぼ全員、東京はじめ関東在住。九州くんだりからやって来たのはぼくだけ。だからそれだけは喝采を受けた。

いやいや、フライトはタダだから…。


次はもっと人数を増やして、来年の正月にやろう!と、盛り上がる。

それまでに、マイル、貯まるかなぁ。



家を午前9時半に出たのに、馬喰町のホテルに入ったのは午後5時半…。

東京は羽田の滑走路からが遠いねぇ。

羽田空港では到着口まで長々と歩き、東京駅までのリムジンバスが渋滞で遅れ、東京駅では馬喰町行きのホームがわからず構内をウロウロ。

いつの間にか待ち合わせ場所て名高い「銀の鈴」へ。

こんなにせせこましいスペースじゃなかったような…。

目指す総武線は地下だった。4番ホームで並んでいたら、「次の列車は2番ホームから」だと。

荷物を抱えてえっちらおっちら、階段を再び登り降りしてそのホームへ。

山手線みたいに続々と来る路線じゃないらしく、車内でしばし待つ。

馬喰町は二つ目。あっさり着いて地上へ出たら、「駅から徒歩2分」のホテルが見あたらない。

コロコロバッグを引いてしばし歩くが…通りが寂しくなって行く。

初めてのホテルでテキトーに歩いても迷ったことは無いのだが…これは、カンペキに間違ったね。

すでに汗だくなので、お茶をしつつひと休み。

気を取り直して、反対方向に歩いて行ったら、10分ほどで目的のホテルが現れた。

その隣に地下鉄の入り口が。確かに2分だね。


部屋でしばし休んで、銀座探訪へ。

銀座界隈で、ぼくは二つの会社に勤めた。

そのどちらも、今はこの地には無い。建物はそのままあるけど、片方はテナントビルとなっている。

もう四半世紀以上前のことだものね。

街の店も変わったね。有名ブランドが連なっている。アップルストアも賑わってるし。

でも、多彩な文具を扱う伊東屋は変わらずあるし、大通り地下の映画&飲み屋街はそのまま。

会社の帰りにしばしば寄ったお好み焼き屋や釜飯屋も変わらずある。

昔と今が入り交じって、なんだか妙な感じ。

しかし、こんな華やかなところを毎日てくてく通っていたかと思うと、なんかイヤだね。

だから、東京からとんずらしたんだ。





今日は、花の東京。いい天気だ。

八重洲南口行きのリムジンバスはガラガラ。

窓からは西に傾いた陽射しがジリジリ。東京も暑いね。

走りはノロノロ。無線で道路情報が着々入る。

「首都高、大井の事故は片付きましたので通れます」

片付いちゃったのか…事故が多いんだろうね。

今回は大学時代のクラス会。こっちに住むヤツらを中心に、集まるのは12、3人。九州くんだりから出席するのは、ぼくくらいかなぁ。

世を去る同年輩がポロリポリと出始めた。

今のうちに会っておかないとアカンかな…。

なんて思ったのが、東京へ向かった理由だね。マイルが貯まってて、往復タダっていうのも大きいけどね。

出席予定のメンバーを見ると、卒業以来、一度も会ってないヤツばかり。ぼくらの頃は4年生ギリギリまで就職活動をしていたし、卒業式は父兄の出席者が多過ぎて卒業生であるぼくらが会場からはみ出るというヘンテコなことがあったから、クラスのヤツらの顔を最後に見たのは卒業前年の冬かもしれない。

メールで届いた案内状によると、32年ぶりの再会だって。

全然そんな気はしないんだけど…時がたつのは速いな、ほんと。

みんなオヤジになってるだろな。

気づかないけど、もちろんぼくもね。







ブログやツイッター等々、インターネット上での書き込みを毎日のように目にするようになってそんなに長い時間はたってないように思うのだけど、書き言葉がどんどん過激になっているような気がする。

直接知らない相手のことを悪しざまに書き連ねているのを読むのはイヤなもの。でも、書き込む方は“この語調がいい”と思っているんだろうな。

過激な物言い、極端な書き込みほど賛同を集める傾向にあるという分析を何かで読んだ。

長いものには巻かれろというのと同じ心理かな。

冷戦時代、大国の核の傘に隠れつつ「そうだそうだ」と言っていた、自分の考えをきちんと述べ得ない幼い国みたいなもんかしら。

ネットの世界に入ると旅人と同じ。旅の恥はかき捨てって感じで、あちらこちらを覗いては深みも厚みも重みもない言葉を置き去りにして行く。

文字の世界でも共感できる言葉遣いというのがあると思うし、それはインターネットの世界でもやっぱりそうだと思う。

書き捨て言葉は、目にする時間ももったいないよ。



最近、よく聞いているアルバムは Fun. の「 Some Nights 」。

新しいバンドではひさびさの“当たり”って感じかな。

アルバムの3曲目「 We Are Young 」は、ビルボードのシングル・チャートで1位を獲得。心に染みる、とってもいい曲だ。

YouTube にあるオフィシャル・ビデオの再生回数は1億回を超えている。びっくりだね。

We Are Young 」(YoutTube)

しかし、邦題は「伝説のヤングマン」・・・・・なんとかならんのかね、このセンス。これじゃ“ヒデキ、カンゲキ!”を思い出しちゃうよ。むりやり日本語の題名なんかつけなくてもいいのに。

彼女ともう一度やり直したい男の思いを歌っているようだけど、性別に関係なく聞いた方が思い入れも多様になるね。


Tonight we are young
So let's set the world on fire
We can burn brighter than the sun

今夜、世界に火をつけよう オレたちは若いんだから
太陽よりも輝けるぜ


こう言い切れるのはちょっとうらやましいね。

ぼくはこんな風に言える若い衆じゃなかったな。

若さに重きを置いてなかったし、若いヤツが「オレは若い!」って言うのって、オヤジが「オレはオヤジだ!」と言ってるのと同じじゃんって思ってたし。

それより何より、「若さ」を思うどころじゃなかったしね。

それは今も同じだけれど。


いい曲だ。




番組紹介

アジア熱風街道
~大塚寧々とアンダマン海の子どもたち~


アンダマン海。
インドシナ半島、そしてマレー半島の西に広がり、
遠くインド洋へとつながる海です。

風光明媚なその海岸には
世界に名高いリゾート地が点在し、
海の幸も豊かなアンダマン海。

その海に沿って旅するのは、女優 大塚寧々さん。

アンダマン海の浜辺で漁をする一家。
小さな女の子が波打ち際でとっているのは“海の蝉”。
さて、“海のセミ”とは?

海を漂いつつ生きる“漂海民”モーケン族。
大塚さんは彼らが暮らす島を訪ねます。
22万人以上の命を奪ったスマトラ島沖大地震。
しかし、その島に住むモーケン族の人々は
ひとりの犠牲者も出しませんでした。
なぜなのでしょう?

めったに獲れることがなく、
“アンダマン海の恋人”と呼ばれる魚や
ナマコから生まれた石けんなどに出逢いつつ、
大塚さんはアンダマン海を南へ。

大学で写真を学び、
写真家としても活動している大塚さんは
旅の途中で出逢った子どもたちにカメラを向けます。

そして、旅の最後に出逢ったのは・・・・・。

詳しい内容は → こちら



* 制 作 *

RKB毎日放送


*放映局 および 日時*

HBC北海道放送 7月16日(月・祝日) 15:55~16:53

TBSテレビ 7月16日(月・祝日) 15:55~16:53

CBC中部日本放送 7月16日(月・祝日) 15:55~16:53

MBS毎日放送 7月16日(月・祝日) 15:55~16:53

RCC中国放送 7月16日(月・祝日) 16:47~17:45

RKB毎日放送 7月16日(月・祝日) 15:55~16:53



“これまでに経験したことのないような大雨”予報が出ている九州北部。

ぼくが住む九州で一番北部の方は、ときおり強くなる程度の雨だ。

しかし、昼間、ほんとに真っ暗になり、轟くカミナリをともなっての大どしゃぶりは怖いくらいだった。

カミナリが苦手なネコ助、大きな音に少し脅えつつ、ゆるゆる近づいてくるところはちょっとかわいい。


熊本や大分は大変だなぁ・・・。

そう思いつつテレビを見ていたら、知人が住む街に避難勧告た出たと速報が。

あらら。

携帯から様子を伺うメールを出したら、折り返し「大丈夫です」との返事が。

安心したけど、「近くの川は氾濫寸前、夜の雨が心配」とか。

だろうな・・・。何ごともありませんように。

天気予報は、気象庁が発表するレーダー図で雲の動きを見たりして雨の降り方に気をつけましょう的なコメント。

みんな気象予報士になれということかな?


しかし、低気圧はイヤだね。アタマも、体の動きも鈍くなる。

取材映像の書き起こしをしていても、ミスタッチが多くなる。

資料を読んでいても、ちっとも頭に入ってこない。ページをめくっているだけだねぇ。

あきらめてゴロゴロしていても、ゆっくり感、まったり感が出ないもんな。

あしたも降るんだって。

そろそろあがって欲しいな。



きょうは、大リーグのオールスターゲーム。

ダルビッシュ君は投げるかな〜。

ごろごろ、画面を眺める。

試合前には恒例の国歌斉唱。で、驚いた。

斉唱中に映し出されたのは、ステルス機?

あの珍妙な形の不気味な機体が一機、歌詞の「ランド・オブ・ザ・フリー」のところに合わせて画面を右から左へと飛んでいく。

この映像はNHKじゃないよね? NHKがこんなモノをインサートしても意味ないし。よく言う「現地で制作された映像」ってヤツかな?

しかし、何の意味があるのかね?

全米の、世界のファンが楽しみにしているであろうオールスターゲーム。

いろんな国のみんながひとつのスポーツを楽しめるなんて、平和の象徴じゃないの。プレーする選手も多国籍だし。

その冒頭を飾る国家斉唱の際に、戦略爆撃機・・・・。

わからん。



きょうはアメリカ合衆国の独立記念日。

「7月4日に生まれて」という映画があったけど、この日に生まれた友人・知人が何人かいるなぁ。

そのうちのひとりは、会社を早めに退職し、農業したり新たな役割を求めたりするために北の方へと居を移した。

家は売り払う予定だったはずだけど、なかなか景気が上向かないこの世の中、まだ買い手はつかないらしい。でも、本人も奥さんも仕事を持ってるし、ゆったり広い農地に家がちらほらという穏やかな空間に楽しく住んでいる。

そうそう、近くの小川には鮭が遡上するそうだ。

そんなところに起こったあの大震災。震源から離れてはいるけれど、それでもアップライトピアノが踊り、瓦の一部が落ち、浴室の壁がはがれるほどの揺れだったそう。

今でも地面の揺れを感じない日はないとか。怖いね。

でも、放射能の方がより怖い。風向きによっては彼の家の方まで流れてくる可能性も無くは無し。

安心な生活って大切だよね。



ぼくが学校を卒業し、某企業に就職したとき、前の机に座っていたひとつ先輩もきょうが誕生日。

仕事は良くできるけれど、だだっ子みたいなところがある人で、でもそれがかわいがられるゆえんでもあり、上司や先輩たちはそばを通るたびに、「しっかりしろよ、お前」とか「また忙しい振りをして」とか言いながら、その先輩の頭を平手ではたいて行くのだった。

「痛ぇなぁ、なんだよぉ!!」

なんて大声あげつつ、仕事はきっちりやってたね。

その先輩とは飲み仲間となり、毎晩仕事帰りには赤提灯コース。そのころ、彼女となんやかやとあった彼はべろべろに酔っ払って乗ったタクシーで「○○へ行ってくれぇ〜zzzzz」と眠り込んで運転手さんを困らせたりしてた。

そんな先輩をタクシーに放り込み、ぼくは続けて飲んだりしてたね。

ちなみに「○○」とは、当時彼女が住んでいた九州のある県の名。遠いよ。

そんな先輩もその彼女とめおととなり、今やその会社の常務取締役とあいなっている。出世頭だ。


時の流れって、面白いな。




零時をまわった。

先ほど、プロデューサー・チェックが終了。

映像の手直し数カ所と、ナレーションへ反映すべき内容を数点指摘されたけど、大きな変更はナシ。

ときには根こそぎダメ出しをされ、あしたがリミットなのにどうすりゃいいのさ思案橋?的状態になることもあるので、ディレクター、編集マン共々、ホッ。

まだちょこちょこと修正しなくてはならないところがあるとは言え、全体の長さも放送時間ぴったりとなり、終わりが見えてきた。

あ〜、良かった。

と、思ったら、車を停めていた駐車場の営業時間が23時までということに気がついた。

きょうは午前中がどしゃ降りだったせいか、よく利用するふたつの駐車場がどちらも満車だったので、あまり停めたことのないところに入れたのがアカンかった。

タクシー使うと万単位かかってしまうし、あぁ、どこへ行けばいいのやら。


ま、あしたもここに来なきゃいけないし、いいことにするかな。



自ら立ち上げたおうちを棄てて、小沢さんはまた出て行ってしまった。

立つ鳥跡を濁して。

親分は強面の方がいいわってことなんだろう、ぞろぞろさっさと出て行く皆さん。

東京都知事の石原さんは「ざまぁみろ」なんて言ってるし。

皆さん、どうしてこうもお下品なのかね?

この人たちの多くが、次の選挙でも国の舵取り役として戻って来るんだろうな。

ぼくらが権利を直接主張できるのは投票だけなんだけど、一票を投じたくなる人がいなくなって久しい。

ぼくが一票投じた人が関門を突破しなくなってからも久しいし。

次はどうしようかねぇ・・・・。




ハガキが一枚、舞い込んだ。

九州電力から計画停電のお知らせだった。

サービスエリアを60のグループに分け、8時半〜21時までを6つの時間帯に分けて、ローテーションを組みながら停電を実施していく。

計画停電をするのか、しないのか? つまりは九州電力がユーザーに向けて電気を送らない「可能性」を決めるのが前日の18時ころ。

そして「送電しない」と決めるのは実施開始時間の2時間程度前。

なるほどね。

で、それをユーザーにどうやって知らせるの?

通知ハガキには、こんな風に記されている。

「当社による公表は、記者発表を行うとともに、ホームページへの掲載やラジオCMの実施、停電対象エリアにおける広報車巡回によりお知らせします」

なるほどね。

情報に接することができず、「あれ、停電?!」となってしまう人たちがいっぱい出てくるだろうな。

ホームページに掲載するといっても、タイムリーにアクセスできるわけじゃないし。インターネット環境に無い人たちは知ることさえできないかも。

うちのお袋なんざ、オロオロするだろうな。

ま、ぼくが調べて、教えてやればすむことだけど。


ぼくが住む界隈は、計画停電スタート初日のあした8時半〜11時、いの一番のグループに入ってる。

18時に「可能性」をHPで発表するということだけど、今のところはなんの表示もない。

HPのどこを見たらいいかも分かんないんだけどね、実は。

トップページで、「18時現在、計画停電実施の予定はありません」くらい教えてくれてもバチはあたらないと思うけど。


しかし、静かな恫喝だね、こりゃ。



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