番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

♪今日のBGM=38Special 『 Live At Sturgis 』 


両手「両手」




昼下がり、ふと思いついて地方の都会へ髪を切りに。

いきつけの、と言っても、年に3回くらいしか行かないのだけど、散髪屋さんが都会の地下街にある。
ぼくは、たまにしか来ない、あてにならない客だけど、ここの担当のお兄さんはちゃんと年賀状をくれる。もう10年近くになるだろう。
今日もぼくの顔を見ると、名前を呼んで、

--お久しぶりですね。

と言ってくれた。その言葉だけで、車で1時間の距離を走り髪を切りに行っているようなもの。何気ない、さりげない言葉が大切だと思う瞬間。

他にサービスがあるでなし。寡黙なお兄さんは、ぼくの髪をあたっている間、まったく口をきかない。それがぼくには心地いい。
やたらめったら話しかける、それはサービスでもあるのだろうけど、散髪屋さんに限らずそんなお店は疲れてしまう。
髪をやってもらっている間、ぼくは目をつぶってアタマの中をカラにする。ちょきちょきしゃっしゃ、耳元で音がする。日常にはないその音に、気分がふんにゃり、溶けていく。

いいなぁ、はさみと、くしのおと。

音を聞きながら、ぼくは思い出していた。
東京に住んでいた頃は、家から歩いて3分くらいのところにある散髪屋さんに行っていた。
その散髪屋さんは、店を開いて50年。ご主人は一日と休まず、ずっと店に出続けているというおじいさん。なんだか、奇跡のような店だった。
セメント打ちっ放しの床、足踏みで上下する椅子。頭を洗うための流しは、鏡の下にない。頭を洗うには、シャンプーでアワだらけになったまま、からかさお化けのような格好で、店の片隅にある格子タイル張りの流しまで歩いて行かなくちゃいけない。
ひげを剃る時には、上あご下あご、そして頬にシェービング・クリームを塗りつけて、しゃっしゃっとリズムよくカミソリを革でとぐ。チャップリンの映画、確か『独裁者』に、同じようなシーンがあった。あの散髪屋の親父をもっと年をとらせて東洋風にした、そんなおじいさんだった。

おじいさんは、ぼくのヒゲをそりながら、近頃(と言っても、もう15年以上前だけど)の、この界隈の話を聞かせるともなしに話した。

--近頃ぁ、高級住宅街なんて言ってるが、ちゃんちゃらおかしいね。

ぼくが住んでいたのは、自由ヶ丘と田園調布にはさまれた、エアポケットのように(あえて良く言えば)庶民的なところ。ほんの1、2分歩くと、これぞ豪邸というようなお宅が並んでいるような場所だった。

--昔はね、このへんのお百姓は100坪単位でしか土地を売らなかったんだ。面倒だからね、計算が。それを、浅草とか谷中とか、ハイカラなところに家を建てられない貧乏人が仕方なく買ったんだ。
それが、何が高級住宅街だい。東急電車が通ってくれたから、あとから値が上がっただけじゃないか。ワタクシお金持ちでございって顔して、道歩くんじゃないよ、胸が悪くなる。

頬にカミソリの刃を感じるので、笑えない。ぼくは、心で「ほんとほんと」とうなずきながら、おじいさんの話を聞いていた。

50年間、こうして人の髪を切り、ひげを剃りながら人のいい悪口をはきはき、おじいさんは生きてきた。偉いもんだ。真似できない。
おじいさん、いくつくらいだったんだろう。


今もまだ、あの散発屋さんはあるだろうか?
おいじさんは、店に立ち、カミソリを研いでいるだろうか。

上京するたびに、あのあたりへ行ってみたいと思う。
でも、きっと行かないまま。その方がいいんだ。


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散髪、あっさり終わる予定だったのだけど、染めたりしたので2時間以上もかかってしまった。昨年、「いっちょ染めてみっかな」とやってみたのはいいけれど、伸びるにつれて白髪の根元が見えてくるのがすきっとしない。んで、根元は白く、中程は黒く、先っぽは染めた色という、三色頭になった頃、散発屋さんへ行くこととなる。

染めるといっても、そこはおやぢの社会人。少しだけ赤みがかってるかな?という程度。金髪にでもしようかと思ったけど、お得意先をなくすと困るのでヤメ。おやぢの金髪ってのも、気味が悪いし。

しかし、染めると高い! だから年に3回程度しか行かない。
夏になったら、また後ろで束ねてポニーテールじゃっ!


番組構成師の部屋


“ネコ助-Aoi's Room”

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