番組構成師 [ izumatsu ] の部屋


日本テレビの(しつこいな)ホームページを覗いたら、社長が出てきて「このたびの事態」を陳謝していた。

そのコメントの内容はともかく、

「便利なもんだなぁ」

と、妙に感心してしまった。

マッチ箱くらいの画面の中、原稿を手に社長は立っている。
読み上げるコメントがパソコンのスピーカーから聞こえる。

おもしろい。
くり返し、見てしまった。

パソコンでの画像と音声の伝達か・・・・・・。
こんな利用法、増えるんだろうなぁ。

お手軽に過ぎる気もするが。


午後に届いた友人のメールに、「わが家の猫はライブ中」とある。

どれどれ。

アクセスしてみると、自分のベッドの中に丸くなったおネコさまが!

「お~っ!」

おなかが上下しとる。「Live」の表示にいつわりはないようだ。
しかし、残念、カメラにお尻を向けている。顔が見えんっ。

「こっちを向いてくれ~っ!」

と、メールをしたら、即座に、

「どアップにしておきました」。

どれどれ・・・。

どわっ! どどどアップ!!  丸まって寝とる。
かわいか~っ!

お~い、お~い。起きれ~、起きんかぁっ!

って、パソコンに向かって呼んでもあかん。
テレビ電話じゃないんだから。


このネコさん、九州から遠く離れた神奈川は湘南。
窓を開けると潮風かおる海に間近いマンションにいるはず。
今日、初めて見た。
飼い主である昔の同僚にも、もう20年近く会っていない。

でも、ネコベッドにまぁるくなってぬくぬく眠っているネコさんを見ると、彼&彼女の幸せな生活も見えてくるから不思議だなぁ。
単にぼくがネコ好きだからかもしれんが。


これは虚像の世界、バーチャルではないだろう。

いや、やっぱ、バーチャルかな?
あたたかみはあっても、触感はない。

カメラの先にネコがいるという確証はないのだし・・・・。


どれが本当に存在して、どれが存在しないのか、見分けがつかない時代になってきた。

テレビに映し出される映像もホンモノが出ているかどうか。
もうCG抜きでは語れないし。

ぼくが東京でフリーライターをやってた頃、初めて全編CGのCMを作ったという会社に取材に行ったことがある。
それは、キリンの「Mets」という飲料のCM。

砂漠をバイクが猛スピードで走って来て、Metsの缶に駆け上がるといった映像だった(ような気がするのだが・・・・違っているかもしれない)。

今思えば、パソコンで簡単にできそうな画像。
しかし、当時は、そのCMを担当したチーム--チーフひとりに、サブ・チーフがふたり、その下に数人のメンバーたち--が、何日も不眠不休でかかりっきり。
パソコン(まだ一般的にはこう呼んではいなかった)に、ひたすらプログラムを打ち込む毎日だったそうだ。

砂漠の砂つぶ、その微妙なうねりと陰影。そこに走ってくるバイク、蹴散らされる砂。飛び上がるバイクの濃い影が、砂つぶひとつひとつを黒く染める・・・・・・。
文字にするとこれだけにしかならない映像を、コンピュータに計算させて作る。
プログラムを何行打ったか、聞いたけど忘れてしまった。
ものすごいケタだったような気がする。

漫才コンビのように入れ替わりしゃべり、つっこみ合うふたり。
見るからに、聞くからに、大変そうだった。


その頃、某キー局はいち早くCGルームを設置。その部屋には、壁二面を占めるドでかいコンピュータと操作卓、それに小さなソファが置いてあった。

ぼくが訪ねた時、そのこぎたないソファにお兄ちゃんが眠っていた。取材対象者のその彼を起こしていいものか、ぼくはためらった。

しばらくしてもぞもぞ起きたお兄ちゃんは、目の下にクッキリくまを作っていた。

「映像の最先端、CGを使わにゃオクレる!」

各番組のプロデューサー、ディレクターがこぞって番組のオープニングをCGで作りたがり、彼はほとんど寝ていない。
ひと言ひと言、途切れるように話すお兄ちゃん。
ここ、CGルームに住んでるも同然だった。

カメラマンも同行したのだが、この、目の下くま入りお兄ちゃんを記事にしたのかどうか、忘れてしまった。
写真は気の毒でやめたかもしれん。

CGの質感は今でも好きになれないし、テレビでの使われ方もどうかと思う。

予算のあるキー局やNHKは、見えないものもCG化して見せる。
朽ち去り、消え去った遺跡をCGで復元して見せる。

「本当にこうだったのか?」

ぼくは疑う。
大学の先生たちの研究のたまものを猜疑心いだいて見てはいけないのだろうが。

絶滅した恐竜を生き返らせ、走らせ、飛ばせ、争わせる。
骨格など、最新の研究から、筋肉の動きまで“リアル”に再現した。
そう、ナレーターは言う。

「本当か? なぜその動きが“リアル”だと言える?」

“動物学的”に計算して割り出した動きをさせてみただけだろう。
人知を超える動きをしていた可能性、それは計算上ですでに否定されたのか?

化石から、うねうねとティラノザウルスを立ち上がらせ、咆吼させる。
そこまでCGにやってもらって、ぼくらは、視聴者は幸せなのか?


今もあるかな、「飛び出す絵本」。
ぼくはあれが嫌いだった。嫌いというより、イヤだった、不気味だった。

強い主人公や、きれいなお姫様、青い水をたたえた神秘の湖、空から降る星、荒れる海を行く帆船・・・・・・。

そんなものを絵本から飛び出させるのは、ぼくの想像力だ。

勝手に絵本から飛び出してもらっちゃ、困るのだ。
ぼくだけの世界なのだから。


周囲の不思議や疑問が勝手に飛び出す世界。
そんな世界の中で生きる子どもは、なにを“リアル”に想像すればいいのだろう。
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