番組構成師 [ izumatsu ] の部屋


夕方のニュース、そのトップに載せるべき問題なのだろうか? ライブドアとフジテレビの株式取得合戦。

ぼくは株関係はダメ、と言うより経済関係はまったくダメで、株を何パーセント確保したら、なにがどうなるのかはさっぱりわからないし、それが経営やその商品・サービスのどのような形で影響を与えるかどうかも想像さえできない。放送と通信との境目がなくなってきていることは感じるけれど、テレビとインターネットが相乗効果により、利用者に一層身近なものになるのかどうかもよくわからない。

しかし、「ライブドア vs フジテレビ」という見出しを掲げるマスコミ、特にテレビははしゃぎ過ぎじゃないか? 同業他社の出来事で、企業としてのテレビ局にとっては興味津々、楽しいことなのかもしれないが、資本主義の社会では通常の、よくあるできごとなんじゃないかと思えてしようがない。

おかしかったのは、ライブドアのニッポン放送株取得に対し、フジテレビの日枝さんが言った「テレビは公共財ですから」という言葉。自ら口にすることなのかと、思わず吹き出してしまった。

「私どもは公共の財としてふさわしい番組を終日にわたり提供しています」

なんてことを胸を張って言えるような番組編成だとは思えないのだが・・・。常には営利企業として番組提内容に関係なく多大な額の金を堂々と請求しながら(ま、当然だけど)、こんなときに限って「皆様のテレビでございます」というのはあまりにご都合主義のような気がする。

「公共財」とは便利な言葉だ。国会議員の方々も、「公共財を金で買おうとはけしからん」と言い出した。その言葉だけを聞き、読めば、至極ごもっとものように聞こえるが、そんなことが言えるほどに政治家の皆さんが「公共」のために働いているとは思えない。番組放送前にしろ後にしろ、「こんな内容でよろしいでしょうか?」と局側がお伺いをたてることを当然と考えているような人たちである。誰にとっての「公共財」なのだろう。

フジテレビという民放の雄がNHK&政治家と同じ言葉を口にするというのもまたおもしろい。テレビは許認可事業なので、国の(というか、政治の)監視から逃れることはできないし、その意味では国営放送・NHKとなんら変わるところはない。

日本全国どの局も、月に一度、「番組審議委員会(略して番審)」と呼ばれる、地元の名士による番組の審議を受け、その結果を報告書として総務省に提出しなければならない。提出されたその報告書に総務省側が目を通しているのかどうかは知らない。そのまま書棚か倉庫に直行しているんじゃないかと思うが、間接的に国に検閲されていると言えなくもない。

ぼくは「番審」の場にいたことはないのだが、局の社長以下、プロデューサーやディレクターなども同席するその会議で発せられる審議委員の意見は「ごもっともでございます」と拝聴しなければならないらしい。委員の意見に反論するなど、もってのほからしいのだ。

ぼくも自分が構成した番組が「番審」で審議され、その場での論議の内容をディレクターから聞いたとき、その権威主義的な的外れさかげんにあ然としたことがある。

審議委員に地元の名士をそろえるというところから権威主義の顔がのぞく。ぼくら制作現場が知りたい聞きたいのは、普通の視聴者のナマの声。銀行の会頭や有名企業の社長などの、こねくり回したようなご意見は、番組制作の役にはまったく立たないし。


ところで、テレビ局に所属する人たちに、「自分たちは公共財で働いている」という自覚はあるのだろうか?

「公共」に奉仕する「公僕」は、視聴者に受ける番組ばかりではなく、物議をかもしだしても知らせるべきことは知らせるという覚悟が必要だと思うのだけど・・・。

これはかなり疑問だな。



「日だまりは気持ちよかもん」

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