番組構成師 [ izumatsu ] の部屋


きょう、5月1日は水俣病が公式に確認されてから50年目の区切りだそうだ。

50年の区切り・・・・・・どんな意味があるんだろう?
たとえば、胎児生の患者の人たちにとって、「水俣病公式確認から50年」という言葉はどんな意味を持つのだろう?

「50年、50周年だと、まるでお祭りのように騒ぎ立てるのはやめて欲しい。自分たちは、この50年間、ずっと悲しい日々だった」

こんな意味のことを患者の方が語っていた。

そうだろうな。50年たったからといって、亡くなった人がもどるわけでもなければ、崩れた体調が回復するわけでもない。できるのは、もう二度と繰り返すまいと祈ることだけ。

どうしてぼくらは「区切り」が好きなんだろう? 去年は太平洋戦争敗戦60周年記念ということで、テレビ各局はこぞって戦争をテーマにしたドキュメンタリーなどを作成した。

ぼくは、60年だから何だっていうんだ?と思いつつ制作に参加していた。戦後59年だろうが61年だろうが、あの出来事の重大性が小さくなるわけでもなければ、まして忘れ去ってしまっていいわけでもない。

60周年目の懺悔であの出来事を完全に過去のものとする。そんな意志が見え隠れする。

60年たったから、自分の体験を語り始めた。

そんな人たちも多いという。その人たちにとっては、意味ある「区切り」なのだろうし、語らずに去るよりも、後の世をになう子どもたちに自分の体験を伝える方がいいとぼくも思う。

しかし、伝えられた方がその思いを受けとめることができるのか。受けとめるだけの想像力を持ち合わせているのかを考えると、これから先の時代にふたたび闘いの炎が燃えさかることはないと言い切れないのがつらい。

自衛隊は軍隊となり、憲法は改悪され、教育基本法には愛国心が載り、ぼくらが酒を飲みつつ国の政治に対してぐだを巻くと共謀罪に問われる。そんな時代がもうそこに来ている。それを良しとする有権者のなんと多いことか。まぁ、世論調査というのも回数を重ね、比較した上での傾向を見るひとつの手段に過ぎないけれど。

今の政治の動きを是とする人、肯定する人たちは、我が子だけは、自分の身内や愛する人や友人たちだけは、闘いの地に行くことはないと信じているんだろうか?

水俣病公式確認から50年。その間、水俣を訪ねた総理大臣はひとりもいない。小泉さんはアフリカで日本の経済協力を約束し、その姿勢がアフリカの国々に高く評価されることに喜々としている。

でも、そうだよな。
革新総理だった村山さんでさえ、水俣には足を踏み入れていないんだもの。

国にとってはその程度の関心度で、この50年間が過ぎてしまった。


水俣で公式行事が開かれていた場所は、水銀で汚染された海を埋め立てたところ。公園になってはいるが、深く重い水俣の思いが集積されている。そして、そこはぼくにとっても想い出の地だ。


せめて、祈ることだけは忘れまい。


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